とある教師は、   作:to110

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第13話、開幕。


彼らの物語を見る。

いつでもどこでも、人は油断してはいけないのかもしれない。どんなに仲が良いと思っている人でも、どんなに信用のある人でも、どんなに信頼を寄せられる人でも、自分とは違う、所詮は他人なのだから。

けれど、それは歳をとり、それなりに人生に対しての経験値を得られたら思えることである。もちろんこの考えに行き着かない人もいるけれど。そんな領域には、大人ですらなかなか行けないというのに、子どもではとてもじゃないが無理だろう。

ーー健全に生きてきたならば、だが。

しかし、精神的になにか、周りの人と違うものを得たならば、そんな領域に行き着いてしまうのかもしれない。

そして気づくのだ。

今まではなんだったのか、と。

今までの自分は、世界は、なんだったのか、と。

周りの経験しないことを経験するというのは、それは経験となる。というようにも言えるが、実際その時々で違うだろう。

この話なんて、まさにそれではないだろうか。

 

「またあいつ、恵介君と話してたよ」

 

「ほんとなんなんだろうね」

 

小学校という名の社会における絶対正義は数。

これにより民主主義の死票切り捨てという思想は定着するわけだが、それは大きくなってからの話。

小学生において、数とは人気度であり、強さであり、なによりも絶対正義だ。正義は正しい。正義の味方は正しい。だから自分たちは正しい。

そんな間違った考えを生み出してしまう。もちろん、これは子ども社会に限った話ではないけれど。

 

「なーんかやっぱり前田さん調子乗ってない?」

 

「だよねー」

 

「ほんとほんと」

 

「やっちゃうしかないかー」

 

「そうだよねー」

 

とある人がうざいと言って数日過ぎたある日、ついにはこんなことが言われ始めるようになった。

1回目は、きっとためらいもあっただろう。それは止めようと、そう思っていた人だっていただろう。

けれど、一度全体が傾いてしまった以上、一人一人のわずかな、ほんのわずかなためらいごとき、消されてしまう。いや、流れに従って、自分から消してしまう。溶けて見えなくなってしまう。

 

それから数日後の下駄箱。

日常に潜むのは非日常。日常を過ごしている人たちとは無関係に進む非日常。

日常の影に隠れて、だからこそ日常と並列して進んでいく、非日常。

小学生の、いや学校という名の場所に行っている人のそのほとんどが、誰もかれもが無意識に通過している下駄箱で、意識的なため息が一つ、溢れた。

 

「………また」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

由比ヶ浜とネズミーなところのシーに行った帰り道、彼女の家へと向かう。もちろん俺がストーカーをしているわけではなく、送っていっているだけのことだ。

 

「ヒッキー、楽しかったね」

 

突如、口を開く彼女。帰りの電車から、珍しく喋らなかった彼女の発した言葉。今日一日、ずっと彼女といたはずなのに久しく聞かなかったような感覚に陥ったのが、少しおかしく、そしておもしろく思えた。

 

「まぁ、そうだな」

 

「おぉ、ヒッキーが珍しく素直だ」

 

立ち止まり、そして振り返り、そう言う彼女の笑顔は、街灯を浴びてよく見える。

………なんとなく、一年と半年ほど前の光景と重なった。2年の夏休み、小町のおつかいという、今になって思えば、まるで意味がわからんぞと言わざるを得ない理由で行った夏祭り。浴衣姿の彼女もたしか、ここで振り返っていた。

 

「あのさヒッキー」

 

彼女にしてはやけに真剣な、けれどきっと彼女の持っている一面で、俺も知っているその様で、彼女は続けた。

すー、はーと、一呼吸おく。冬の、少し乾いた風が肌に当たる。胸の前で握られた彼女の右手は、力が入っているのかわずかに震える。

 

「ずっと言おうと、してたんだけどさ………」

 

そんな雰囲気に当てられて、左に目を流した。これも、あのときと同じだ。あのときは、彼女の携帯に電話がかかってきて、そのまま結局、なにを言おうとしてたかは知らない。

 

「あのさ、そのね」

 

あのとき、彼女は………。

 

「受験勉強、お疲れ様!」

 

………へ?

 

「え、あ、いや、どうも?」

 

………ん?

 

「いやー、なかなか言う機会なかったからさー。でもどうしても言いたくってさ。ヒッキーずっと頑張ってたんだもん」

 

うーん、まぁ、その、なんというか。

………さっきまでの溜めはなに⁉︎

確かにこの手の話はできていなかった。俺の結果が出るのが学校終わってからだったってのと、今もなお頑張ってるやつがいるということを考えて、由比ヶ浜に対してもそういうことは言わなかった。言えていなかった。

だから、こういう二人きりのときに言うのは正しい。

………やばい。二人きりを意識したら変に体温が上がった。

 

「あーいや、お前も、その、お疲れさん」

 

その結果、わたわたした返答になってしまった。やめろ、いつも通りだろとか言うな。

 

「ううん、私は2月の最初でもう終わったもん。ゆきのんやヒッキーみたいに長くなかっーー」

 

「いや、それは違う」

 

彼女の言おうとしていることがわかって、途中で言葉を遮ってしまった。人の話はきちんと最後まで聞きましょうという小学校の道徳の授業で習ったことを今まで実践してきた俺にしては珍しく。俺に話しかける人は俺に引いて声量が小さかったから、きちんと聞かなきゃ聞き取れなかったってだけだけど。わぁ悲しい!

まぁそれはともかくとして。

 

「お前だって頑張ってただろ。頑張りの評価は、レベルの高さや期間の長さじゃない。お前が必死に勉強してたの、俺は知ってるぞ。見てたぞ。だから、ちゃんとお前は頑張ったんだ」

 

誰もがきっと、そんな間違いをするだろう。レベルの高い大学を目指して頑張るやつと、レベルの低い大学を目指して頑張るやつでは、頑張りに差があると。

けれど、それは違う。

その人はその人なりに、頑張るんだ。レベルなんて、些細な問題に過ぎない。レベルが低くても、そこに本気で行こうとしている人は必死にやるんだ。

だから、目の前にいる彼女の頑張りを評価しないことを、俺は認めない。

………こいつの場合、留年ぎりぎりの成績だったんだし。

 

「そ、そっか。ヒッキーは、私を、見ててくれた、んだ………」

 

………なんか俺の言ったセリフに加工が加えられていて恥ずかしいセリフに生まれ変わってるんだけど。

頭のお団子を右手でわしわしと触りだした彼女は、少しためらいながら、それでも自慢げに、続ける。

 

「うん!私も頑張ったよ、みんなみたいに。だからもっと褒めてもいいよヒッキー?」

 

「調子に乗るなっての」

 

そして、互いに笑い合う。

スクールカースト上位者に近づくなんてことを思ってもいなかったのは、もう遥か昔のように、この光景が当たり前のものとなっている。

 

「んじゃ、ここでいいや。ありがとねヒッキー」

 

「ん、おう」

 

ーーじゃあな、と続けようとしたところでちょいちょいと招かれた。耳を貸せということか。なぜに。

まぁ別にわざわざ逆らう必要もなかろうと、少し屈む。

すると彼女は俺の耳に口を近づける。

………いやまぁ、耳貸せという時点でこうなることは想像に難くないんだが、実際にこうなるとしんどい。女の子がこうも近くにいると、いろいろと、こう、あれだよね、うん。

そうして、ぼそっと耳に聞こえてきた。

 

彼女はいたずらに成功をした子どものような顔をしただろう。

俺はよくわからない気持ち悪い顔をしただろう。

けれど、きっと、お互いに望んでいること、なのかもしれないことだったりする。

 

「また、2人で行こうね」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

大勢の中で孤立している人を台風の目なんて言ったりすることがある。

当然、本当に台風の目であるならば、きっとなにも起こらない。風の吹かないその地では、その台風の被害がそのときはないのだ。

けれど、台風の目という現象は、人間社会ではそうは存在しない。孤立させられて独りとなり、周りがそれを攻撃する。

その現象は台風の目という表現ではなく、狩る側と狩られる側という表現の方が適切だろうか。

 

「ほら、お前も行こうぜ」

 

そんなことを知らずに、一人でいる子を誘うのは純粋さの証明なのだろうか。

自分の行なっている行為が、その子をより追い詰めているというのに、それをする。

きっと、彼にはわからないのだ。そんなことになっているということが。そんな過酷な事実が存在しているということが。

なにより、その原因が自分だということには。

 

ーーそして、両者はなにも知らない。

 

「ううん、ごめん。今日も行かない」

 

「………そっか」

 

自分がああいうことをされる原因はわからない。

自分が誰かになにかをしたのが原因かもしれないし、他の誰かがしたことの冤罪を被せられているのかもしれない。

誰にされているのか明確にわからない。

だからこそ、唯一、自分を、きちんと見てくれる彼ーー中畑恵介ーーの存在というのは、心を支えてくれる。

 

「前田さんなんかほっといていこうよ恵介くん」

 

「そうそう、どうせ誘っても一緒に遊ばないんだしさー」

 

「そんな言い方はーー」

 

「けいちゃん、僕も今日は遊ぶよ。ほら行こ、ね」

 

「え、あ、あぁ」

 

被せるように声を発したとある子が会話を切って、それをきっかけに、彼らはグラウンドへ行く。

ドタドタドタ。そんな効果音があるような移動だ。その音に乗らないのは、その教室でただ一人。

外に遊びに行く彼らと、家に帰る彼女は、共に下駄箱へと向かう。それなのに、まったく別の場所を目指しているかのように、その二つの動きは、走りと歩きの速さ以上に、違って見えた。

 

ーーその数時間後。

家路に着いた男子が2人。

 

「いやー疲れた」

 

「そうだね、けいちゃん動きすぎだもん」

 

そんな、どこにでもありそうな、楽しげな会話。小学生にとって存在している当たり前を体現したようなこの景色は、夕陽の紅さも相まって、とても絵になる。

そんな中で、一人が止まった。

 

「ねぇけいちゃん。前田さんと幼馴染だったよね?」

 

「ん?あぁそうだな。どうしたんだ?急にそんなこと」

 

「いや、ちょっとね」

 

「どしたのほんと。なに、あいつのこと好きになったの?え、そういうこと?」

 

「そういう話ほんと好きだよねけいちゃんは」

 

「そりゃあおもしろいからな。特に、そんな素振りをぜんぜん見せないつっくんの話なら、なおのことさ」

 

「今はその話がしたいわけじゃないよ。前田さんと仲良いんだから、なにがあったって味方でいてあげてねって話」

 

「んー、まぁ、そうだな。あいつ敵にすると大変だしな。俺が味方でもしてやれることなんてないと思うけど。帰ろうぜ」

 

「うん、そうだね」

 

日常に溶け込む非日常。いつもとは違う非日常だとしても、それは些細なことだと、そう示すかのように、日常に溶けて入り込む。

違うものすらも違わないものにしてしまう、それが日常という言葉。その力の働きは日常に起こることであり、また日常という存在を肯定するものである。

 

「彼女にとって大きい存在なんだよ、けいちゃんは」

 

無力さを嘆き、力あるものを頼る。

無いものは無いと受け入れ、決意をする。

そんな一言も、今となってはもう暗くなった空へと、溶けていった。

 

ーーまたも時は巡り、とある日の帰りの時間。

授業が終わり、皆が一斉に同じ方向へと動き出すこととなる。

なにが原因で起こるのかもわからないような理不尽を、今日も一人の女の子は背負っていた。

 

「今日はたぶん、あそこ、かな」

 

それなりの回数靴を隠された彼女は、ある程度パターンがわかってきていた。もともと頭の良かったことも起因しているだろう。

嫌な慣れだと、そう自虐する。

靴を隠されるというのは、最初のころは毎回心を傷つけられるような痛みだったが、今となってはそれほど頭を悩ませるようなものではない。

自分の体に直接の傷がつくようなこともないし、決まって靴は砂程度の汚れしかつかないところにしか隠されない。

慣れてしまったら、そこに隠されるというよりはそこに置かれる、という感じに思えてきた。

さらに、靴を隠す人たちは、彼女が靴を取りに来るときにはすでにその場にはいない。そのことによって、彼女がこの状況に慣れてきたという事実を、その人たちは知らない。すぐにいなくなってしまうせいで、その人たちが誰なのかがわからないのだが。

 

けれど、その日は違った。

誰かがいる。

自分の靴を左手に持った人がいる。

場所は予想した通りの場所。

いつものように周りに人がいない。

 

「誰」

 

そう発した声に、ぴくりとも驚かずに、その人はこちらを向いた。

ーーなんで。

なんで、彼がここにいるのだろうか。

なんで、彼が自分の靴を持っているのだろうか。

なんで、彼がこんなことをやっているのだろうか。

なんで、なんでと、次々に疑問が、そして怒りが、頭を、体を、覆う。

これが事実だ。自分のまだ知らないことはあるかもしれない。けれど、これだけは事実なんだ。

 

その人が自分の靴を持っていて。

少なくともその人が靴隠しに関わっていて。

ーーそして私を傷つけた。

 

「鎌田くん」

 

「………」

 

彼はぼんやりと、こっちを見てる。けれど、決して私を見ているわけではない。

私に見つかって戸惑っているのか。けれど、うろたえているわけではない。

彼がなにを見て、なにを思っているかは知らない。そんなこと、私には関係ない。

 

「どうして、こんなことしたの」

 

「………」

 

彼の無言が、私をさらに焚きつける。なにをしたってきっと怒りは増す一方だとは思うけれど。

 

「こんなことする人だとは思わなかった」

 

「………」

 

彼はなにもしない。

こちらを振り返ってから、なにもしていない。

もう、早く帰ろう。

 

「返して」

 

「………」

 

こう言ってはいるけれど、渡してもらう気はまったくない。彼の左手にある私の靴を、右手で奪った。いや、奪った、なんて言い方はおかしい。取り返した、というので正解だ。

罪には罰を。

だから私はこれで終わる気はない。きちんと、彼に仕返す。

 

「明日、恵介に言うから」

 

私にとって大切な彼なら。

この2人が仲良いのは知ってる。

でも、それでも。私の味方をしてくれる。

ーー守ってくれる。

 

「さようなら」

 

言いたいことを言うだけ言って、私はその場を離れる。

何人でやっていたかはわからないけど、これが公になればきっと止まる。

私は、もう、悩まなくて済む。

 

「そうだよね、恵介」

 

ーーけれど、振り向くときに彼はうっすらと、笑っていた気がした。




みなさん、お久しぶりです!
………はい。いえ、あの、いやわかってますよ?
8月に次出しますとか言ってたのにその一月後になってるって言いたいんですよね?
まぁあれですよ、いろいろあったんですよ(遠い目)。
でも、これからは2週に1回をキープしていきますので、これからもよろしくお願いします。

さて、物語の方ですが、過去篇ではガハマさんが攻めてましたね。
ちなみに私はネズミーなところのシーには行ったことないということで、そこでの出来事が描けませんでした。
とりあえず過去篇でやりたいことはほぼほぼ終わったので、これからどうしようかと考えています。
・今回のようにヒロインとのお話を描く。
・友情を描く。
・日常の奉仕部を描く。
・家族のお話を描く。
・そもそも過去篇を描かない。
などの候補があるので、いろいろとコメントくれたらなーチラチラ

今のお話については、なんか、思い出の話なのでこっちも過去篇感がすごいですね。
次の話でたぶん一区切りすると思います。

こんな感じに、今回は終わりましょうか。
久々に描いたので作風とか変わってたらごめんなさい(変わってないと思うけど)。
これからも、長々とよろしくお願いします!
では再来週にお会いしましょう。
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