とある教師は、   作:to110

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第6話、開幕。


自らを信じ続ける

「君が呼ばれた理由はわかっているかな?」

 

そう聞いてくるのはこの学校のお偉いさん。偉そうな風格漂う人である。どのくらい偉いのかは知らない。

 

「2年B組のこと、ですか」

 

まずこれで間違いないが、まぁとりあえず確認。これ以外だったら呼び出される理由とかないけど。いやこれについても呼び出されるのは間違ってると思うんだけどな。

 

「わかっているなら聞こう。なぜあらかじめ止めに入らなかった?」

 

やっぱそうなるよなぁ。めんど。

どう答えたらいいだろうか。俺の考えをただただ述べればいいだろうか。それできちんと聞き入れてもらえるだろうか。

あの表情、俺はきらいだ。自分がすべて合っていて、ほかの人間が間違っていると見ている目だ。自分の考えや報告は正しく、俺は正しくない。きっと、俺がなにを言っても聞き入れられはしないだろう。

仕方ない。とりあえず考えてるふりして俯いておくか。まぁなんか向こうが勝手に判断してごちゃごちゃ言うのを待とう。

 

「最近いじめとか騒がしいのわかるよね?そういうのされるとめんどうなんだよね、こっちは」

 

あーこの人そういう人か。普段会わない、というかたぶんまともに関わるの初めての人だから今知った。まぁやっぱりお偉いさんともなると学校のメンツだとか、評判だとか、自分への負担だとかを気にするんだろうな。いやーお偉いさんは俺のような下っ端と違って違うことを考えるんですねーさすがお偉いさん。

………ちっ、気に入らねぇ。

とは思っても言えるものではない。まぁさっきの通り俺は下っ端なのだ。いくら気に入らなかったとしてもそれには従うしかないのだ。いい人ばかりではないな、やっぱり。これが仕事か。

 

「はぁ。それで、そのあと学校に来なくなった生徒2人はどうするつもりだ?」

 

教師があーだこーだ騒いだ結果、きっと、あいつらが学校に来たらいじめられるだろう。クラスの人たちに、学年の人たちに。なぜなら、教師があいつら2人を悪だと定めてしまったからだ。その大義名分を掲げていじめは行われる。それを止めるのは俺の役目ではあるが、教師のやれる幅はたかが知れている。残念ではあるが。

 

「こっちとしては転校させたいのだが。それでいいよな?」

 

いじめをしそうになった生徒を弾く。うむ、妥当な判断だ。理由・目的はともかくとしてその提案(というかただの確認)はこちらとしても都合がいい。

親がどう思うかだな。できればこの聖地千葉県を出てくれる方が今後あいつらが傷つくリスクが減るからそうしてほしい。ものではあるのだが。

 

「はい」

 

「それでは、その件はこちらでやっておきますので、あなたはクラスでその説明をお願いします」

 

「はい」

 

クラスで、まぁその2人が転校するよってことを言え、ということだろう。

俺としては親への嘘の説明をしなくていいから気が楽だから正直ほっとした。もちろん、それ以上に大事な生徒を手放すという苦痛があるが。

 

「失礼します」

 

会議室のあの空気はきつい。俺、なんか悪いことしたっけな、みたいな現実逃避をしたくなる。いや事実なんですけどね?

 

「あ、せんぱい!」

 

いたのは一色。なにこいつ、待っててくれたの?なにそれ嬉しい。

 

「えーっと、その、どうでした?」

 

ふむ。会議室であったことを言っていいものなのかどうか。まぁいいか、どうせこいつだし。

 

「うちのクラスでーー」

 

とりあえず全部話した、事実のみを。俺の考えとかは言わなかった。言っても仕方ないしな。

 

「ーーということだ」

 

「それで、そのときせんぱいはなにも言わなかったんですか?」

 

「言ってたらそう言ってるっての」

 

俺が言ったのは事実すべてなんだから。さっきあったことをすべて話した。だから言い逃してることなんてない。記憶喪失でもしてない限り。

すると一色は、はぁと一息ついて、なんとも楽しそうに、笑って言った。

 

「せんぱいの奉仕部、楽しみにしてますよ!」

 

………奉仕部のことなんて一言も言ってねぇんだけど。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は彼女に淹れてもらったコーヒーを飲んで座っている。ここで言う彼女というのはいわゆるガールフレンドというやつではなく、代名詞だ。目の前にいる彼女、雪ノ下陽乃のことだ。

 

「このコーヒー、どう?」

 

「すごくおいしいと思いますよ」

 

異論の余地などない。それほどまでにおいしい。MAXコーヒーとはおいしさのジャンルが違うからそこの比較はNGな。

 

「ふふっ、よかった〜。私、コーヒーはすごく好きでさ。いろいろとやってるんだ。雪乃ちゃんと違って紅茶はだめなんだけどね」

 

彼女は満足げに笑った。相変わらず分厚い仮面だこと。彼女のその仮面の下にはなにがあるのだろうか。

そして、ここまでしてほしいわけではないが、小町や雪ノ下、由比ヶ浜あたりはもう少し彼女を見習ってポーカーフェイスを頑張ってほしいものだ。先週、小町の総武高校の受験が終わり、みんなで遊びたいと小町が言うもんだから俺の家で遊んだんだが、そのときにやったババ抜きであいつらはこてんぱんにやられた、俺と一色に。なんでいたのあいつ、マジで。初対面だったはずなのにいつのまにか仲良くなって楽しそうにやってた。なんで来ちゃったのあいつ、マジで。

 

「それで、俺はなんでここに呼ばれたんでしょうかね」

 

先ほどの文章からわかる通り、俺たちは今雪ノ下さんがコーヒーを淹れられるところにいる。まぁあれですよ、あそこですよ。はい。

雪ノ下さんの部屋………。

 

「お姉さんの部屋に来ちゃって興奮して落ち着かない?」

 

「そんなわけないじゃないれふか」

 

噛んだ。恥ずかしい。

いや、あのね、別に興奮してるわけじゃないんだよ。緊張とか落ち着かないとか、そういうことだよ。なんか広いしさ。なんなんこれ。雪ノ下さんは一人暮らしをしていないため、ここは雪ノ下家のお家なのだが、それはそれは大きい。門とかおかしいでしょ。なんで柵じゃないのさ。廊下広いからここに来るだけでけっこう歩いたぞ。

 

「ほれほれー。女の子の部屋入ったの初めてなんじゃない?」

 

完全に俺の反応を見て楽しんでるなこの人。まぁいつも通りと言えばいつも通りなんだが。

 

「いや、初めてじゃないですよ」

 

そう、初めてじゃないのだ。1週間ほど前に由比ヶ浜の家にお邪魔したのだ。あれ、これ俺リア充じゃね?女の子の部屋行くとか、俺、マジリア充じゃね?っべーわー、マジっべーわー。

………なんか虚しくなってきた。

いや、待て。まだ慌てるような時間じゃない。他にも、ほら。あれだよあれ。小町の部屋とか何回も行ったことあるし。

………なんか余計に虚しくなった。

 

「あーそういえばガハマちゃん家行ってたねあのとき」

 

あのとき。

雪ノ下にこの人がちょっかいをかけて、その後由比ヶ浜の家に逃げたというとき。

 

「それで、なんの用ですか?」

 

あのときのことを放り込まれたら俺の胃がもたない。死ぬ。だから話を変えようそうしよう。

あれから1週間。雪ノ下にアクションはないらしい。一緒に暮らすようにしても、特にアクションはないらしい。互いに不干渉。雪ノ下さんが絡みにすらいかないとのこと。なに考えるのかは相変わらずわからない。

 

「ねぇ比企谷君」

 

空気が変わった。さっきまできゃっきゃきゃっきゃと笑っていた彼女はもう別の顔をしている。声音も全然違う。それでも同じ人から出た声だとわかるのは、それが奥の見えなさ、掴めなさをまとっているからだろう。

 

「本物なんて、ないよ」

 

「………どういう、ことですか」

 

「君の言った、求めた、理解しようとした、信じた本物なんて、存在しない」

 

彼女は断言をする。それはまるで、すべての証拠が出揃い、関係者全員の話を聞き、事件すべてを見通した裁判長が下す判決のように、彼女は断ずる。

彼女はきっと、いつでも正しかった。周りからの期待に応え、それはさらに増していき、たとえ理不尽な期待だったとしても、彼女はそれに応えてきたのだろう。なんでもこなす彼女。それはあの雪ノ下雪乃が認め、尊敬し、嫉妬するほどだ、まず間違いない。

周りへの態度や反応、関わり方だってそうだ。期待以外でも彼女は完璧だった。いや、それすらも期待なのかもしれないが。とにかく、人の心をきちんと掴んでいる。いつだって相手は満足してきたはすだ、彼女の言動で。

そして、妹である雪ノ下雪乃に対してもそうだ。雪ノ下は成長した。大きく、たくましく、かっこよく。それはまるで、魔王を倒す勇者のように。そう、魔王である、雪ノ下陽乃を倒すように。

 

俺は否定しなければいけない。彼女の発言を、断言を。

本物に触れるのを恐れ、しかし近づこうとした雪ノ下雪乃。本物に戸惑い、しかし理解しようとした由比ヶ浜結衣。本物に関わらず、しかし心から欲した一色いろは。

雪ノ下雪乃の涙も、由比ヶ浜結衣の涙も、一色いろはの涙も、そして彼女たちの言った本物も、どれ一つとして否定させはしない。させてはいけない。

 

だから俺は口を開く。俺は見えたんだ、見えてしまったんだ。触れられない、距離すらわからない。けれど、見えてしまった。もう引き返せない。

俺は言った、本物がほしいと。それは努力なしでは得られない。俺が言ったことで、それは届きうるものになったと、思える。

 

「俺は、本物を信じます。それは、きっとあるから、いつか見つかるから。だから、追い続けますよ」

 

目をそらしてはいけない。俺はこの人に、今日、今ここで、勝たなければいけない。負け続けた俺の人生、その結果得られた彼女たちとの関係。それはもう、俺にとってはかけがえのないものだから。

 

「存在しないものなんて見つかるわけがないじゃん。君はそれもわからないほどばかだったっけ?」

 

存在しないものは見つかるわけがない。そんなことは当たり前だ。存在しないんだから。見えなくても、見つけられる。空気の発見はそういうことだ。だから存在しないものは見つけられない。

だが、俺は知っている。存在するかもわからないのに、追い求める人を。そんな、目の前の彼女を。

でも、その人はばかじゃない。それを俺は知っている。

 

「存在しない。そうやって断言する根拠なんてないですよね。それに、あなただって追い続けてるじゃないですか、存在するかもわからないものを。存在しないと、あなたが思っているものを」

 

彼女は表情を一切変えない。けれど、俺にはわかった。彼女の目が、すがるような目になったのを。きっとわずかな変化だ。目を見続けていたからわかった。だから俺は言う。言いつけてやる。

 

「雪ノ下陽乃、という個の存在を、求めてきたじゃないですか。ずっと、あなたは」

 

雪ノ下雪乃が、きっと雪ノ下陽乃を最も倒す可能性のあった人間だ。少なくとも雪ノ下陽乃本人はそう思っている。だからこそ育てた。

それは、自分の分厚くなった、意のままに操れなくなった、仮面を壊してくれることを願っていたからだ。仮面の崩壊、それはきっと、その下にある、あるであろうと思われる、雪ノ下陽乃という個の存在。感情が豊富で、人間らしい、普通の女の子。

そんな、存在するかもわからない存在を、彼女は求めていた。仮面の下には、なにもないかもしれないたのだから。もう雪ノ下陽乃という個は死んでいて、なにも残っていないかもしれない。むしろ、小さいころから潰し続けてきた個がきちんと残ってる可能性の方が低い。それも限りなく、低い。

それは、今の雪ノ下陽乃という存在が否定するものだ。すべてをこなす雪ノ下陽乃の手の届かないものだ。得られない、唯一のものだ。欲しい、唯一のものだ。そして、唯一の弱さであり、脆さだ。

 

「君は、ほんと、なんでもわかっちゃうんだね………」

 

俯いてそう言う彼女に、先ほどまでの冷たさも、恐ろしさもない。あるのは、頼りなく弱々しい女の子の姿だけ。

 

「私のやってきたことって、間違ってたのかな?おかしかったのかな?」

 

そんなもの決まっている。

俺は、雪ノ下に対して譲る気のなかった考えであった、そんな、俺の人生とでもいえるような考えを口にする。

 

「過去は肯定されるものですよ。どんなことでも。昔を認め、それをもっと大事な、今や未来に、繋げないと。だから、間違っていたとしても間違いではないし、おかしかったとしてもおかしくはないんですよ」

 

少しの間を開けて、彼女は口を開く。

 

「そっか、そっか………」

 

とても納得がいった、といった顔をしている。すっきりとした、そんな顔だ。

 

「それにしても、比企谷君に全っ然似合わないセリフだね、さっきの」

 

「失礼、な………っ!」

 

あーっと、ええと、あのー、その、ええとですね、なんで俺は雪ノ下さんに押し倒されたんでしょうか。

 

「え、え、あの、うん、え?」

 

「比企谷君、しばらく、このままでいて」

 

「っ………」

 

俺の胸元に顔をつけ、その両隣に彼女の小さい手が置かれている。

そしてなによりも、彼女は泣いていた。声が震えていた。そんな彼女のお願いを聞き入れないほど無粋ではない。

それに、それに少し、こんな予想もしてみた。雪ノ下雪乃が追いかけてきた雪ノ下陽乃という存在。ならばきっと雪ノ下雪乃の強さはもともと雪ノ下陽乃の持っていたものだろう。ならば、雪ノ下雪乃の持っていた、周りに流されてしまったあの弱さや脆さは、もともと雪ノ下陽乃のものなのではないだろうか、と。雪ノ下雪乃は、そのおおよそが、雪ノ下陽乃の現し身だと仮定してみたら、雪ノ下陽乃もその弱さや脆さを持っていなければおかしいのではないだろうか。それは、雪ノ下陽乃という存在が、なんでもできるわけではない、ただの普通の女の子だという証明になるのではないだろうか、と。そんなことを思った。

 

………あぁそうか。彼女の欲しかったものは、今、この、雪ノ下陽乃という個だけじゃなかったのか。

それをわかった俺は、彼女の頭を撫でた。

そして、こんなことを言いたくなった。言いたくなったのはなんとなくだ。けれど、それを彼女も望んでいたのだと、そうわかる返答をされた。

彼女、雪ノ下陽乃の欲したもう一つのものは、彼女がどう頑張っても手に入らず、欲したものはーー

 

「………よく、頑張ったな、陽乃」

 

「………うん。お兄、ちゃん」

 

ーー甘えられる兄の存在、だな。

 

そして、そのまま時間が経ち、俺は帰った。雪ノ下さんは笑顔が、その、まぁ、あれだ。すごくかわいくなっていた。あれはやばい。その反応を見てさらに笑うんだからさらにやばい。

それから、その数日後、雪ノ下との関係が良くなったと聞かされた。無事、姉妹の関係は改善された。

さらに驚いたのが、親が放任を認めたことだ。あのきつそうな雪ノ下母が認めたことがなかなか信じられなかったが、雪ノ下さんのあの自由な振る舞いようと、雪ノ下のあの気の抜けた雰囲気を見てしまったら、信じざるを得ない。その光景を見た俺は危うく雪ノ下姉妹に口封じのために殺されかけた。

そのとき、俺の命との交換条件に、雪ノ下さんは陽乃呼びを、雪ノ下には富士山のごみ拾いを提示された。雪ノ下さんの方は陽乃さんと呼ぶことで合意を得て、雪ノ下の方は校内の完全清掃で合意を得た。2人ともおかしいでしょ交換条件の内容………。




いやー、描き始めたら止まりませんでしたはるのん編(ただし1話)。個人的にはすごく楽しかったですし、なにより内容には満足です。やりきった、っていう感じです。最終回じゃないですよ?
そして、急に出てきたはるのん。ついに次回登場か………⁉︎

前半の会議室でのことですけど、お偉いさんのような存在が学校に実際に存在するかは知らないですけど、まぁ、会社の理不尽な上司とかと思っておいていただければ問題ないと思います。
後半の一番最後の駆け足となった落ち的部分なんですけど、さすがにこれ以上描くのはいろいろと無理でした。字数的にも。まあここはあまり濃くなくていいかなぁと思ったのでこんな感じになりました。八幡が見たはるのんとゆきのんの光景についてはご想像にお任せしますね。きっとすごかったんですよ、いろいろと。

とりあえず12巻を読んでいない段階でこれ描いてるので、原作との矛盾があるかもしれないですけど、そのあたりは目をつぶってくださいお願いします。

ではでは、また来週お会いしましょう。
さよなら!

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