とある教師は、   作:to110

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第7話、開幕。


何かを見つけていく

あのあと、いつもの通り一色と一緒に帰り、家でぽけーっとしている。

やっぱり社会なんてロクなもんじゃない。そんなことを思うには十分な日だったと思う。高校のころの俺の考えは合っていたんだ!証明できたよ!………なんとむなしきことかな。

まぁだからといって、どうということはない。明日も明後日も、まだまだ教師として人のため社会のため、働くのだから。ま、わかってたことだしな。

 

「はぁ………」

 

そんなことよりも、おそらく俺が考えなければいけないのはクラスのこと、そして奉仕部のことだろう。

クラスは、まぁ大丈夫かな。なんて軽い気持ちでいる。おそらくクラスの人たちはあの2人に対して、もうこれ以上関わることはないだろう。いじめは起きない。

 

「転校、ねぇ」

 

だが、なにが正解なのかはやはりわからない。俺は結局なにをどうすればよかったのか。今回俺のやったことは、俺の独断と偏見と拘りによるものだ。これが正しいなんて保証はどこにもない。

 

間違えたのか。

そんなことも、考えてしまう。俺は奉仕部の、前田と中畑のために、あの2人を捨て石にしたのではないか。今になって、そう考えてしまう。考えれてしまう。

一色は言った。奉仕部が楽しみだと。

つまり今回俺は奉仕部を中心に考えていたということだ。クラスのことではなくて。それで本当によかったのだろうか。

 

そんな、自己嫌悪が俺を包む。

けれど、俺は間違っていると、そう断言することができないでいる。きっとどこかに、俺のやったことは正しいと、そう見れるところがあるはずだ。そんな、考え。いや、正しいと思っているからこそ、今こんな考えをしているのだろう。

そんな中、俺の携帯が震えだし曲を奏でる。この音は電話である。誰かなーっと。

 

「うわぁ」

 

そう呟きながら俺は電話を取った。こういうときの彼女はたいていめんどいことを言ってくる。俺の勘がそう告げる。

その人物とは、

 

『ひゃっはろー比企谷君』

 

雪ノ下陽乃である。

 

「なんの用ですか、陽乃さん」

 

『いやー前回の過去編の部分で私出てきてたし、さすがに出ないとまずいと思ってさー。後書きでもそんなこと描いてたしねこれの筆者』

 

いやなんなの、なんの話をしてるの、この人。前回ってなに、なんなの。そして後書きとは。ハチマンワカラナイナー。

 

『ま、そんなことはいいとして、聞いたぞー比企谷君。なんか高校でやらかしたんだってね?』

 

「相変わらずお早いことで」

 

『えっへん』

 

陽乃さんは結局親の地位を引き継ぎ、千葉の経済を回している。議員ではなく企業の方で。父親は議員として働いている。議員は議員でも国会議員だが。

その関係上なのか知らないが、陽乃さん率いる雪ノ下は総武高校への寄付を全面的に行っている。それで、高校内での話を簡単に聞けるそうだ。

自分の顔を完全に使いこなせるようになってからの陽乃さんは、いろいろと強かった。

 

「で、それを言うために電話してきたんですか?」

 

『いやーまた変なことやってるなーってからかいたくってさっ』

 

なんちゅう人だ!

人があれやこれやと悩んでいるというのに。

 

『人というのは考える葦だからね。たっぷり考えなさいな、少年よ』

 

「少年ってなんすかね」

 

さすがにこの歳で少年呼ばわりはちと困る。もう立派な大人だ、社会人だ。

 

『妹離れもできない比企谷君はまだまだ子どもだよん♪』

 

「うぐっ………」

 

それを言われると弱い。いやもうほんとそんなこと引っ張り出さないでくださいよ、陽乃さん。

でも、と電話の向こうから声がして、そこからは空気が変わった。相変わらずのすごさだ。その場にいなくても、雰囲気が伝わる。空気の震えが止まったかのようだ。

 

『君がうじうじしてたら、とてもじゃないけど君は納得いくような結末にはならないよ。そうだったでしょ?』

 

自分で考えて、考えに考えて、そうして動いた結果、俺はさまざまなものが得られた。そこでは、それをしたあとでは、俺のやったことに疑いの余地などなかった。迷いなどなかった。

なら、俺はやはり自分の信じるようにやるしかない。

 

「そうですね」

 

『うん、わかればよろしい。もともと誰かと付き合っていけるような人じゃないしね君は』

 

なんで急に落下させてくるのんこの人………。

 

「いや俺は人付き合いーー」

 

『んじゃあまたねっ、比企谷君。今度またお茶しようね〜』

 

ーーぷつり。電話は勝手に切れた。無機質な無音が耳に届く。

陽乃さんは相変わらず、勝手なことをする。自由奔放というのはあの人のためにある言葉なのだろうな。

 

「はぁ」

 

陽乃さんと電話する前とはまったく違うため息をつく。今回のため息は、ただの呆れだ。呆れも呆れ。俺は呆れた。

陽乃さんに対して、そして俺に対して。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

小町の声がなくならない。いつもいつも、俺の耳に、頭に、あり続けている。真っ赤な笑顔と共に。いや、実際大して赤くもない。頰に朱みがある程度なのだろう。

けれど、俺にはそうは見えていない。

 

小町がいなくなってから半年ほど経った。俺はきちんと生活している。教師としてもまじめにやっている。

毎日を、きちんと過ごしている。俺がそうするべきだからだ。もう、妹離れはできただろう。小町なしで十分に生きていけている。頼ろうともしていない。

案外、俺が今の自分を受け入れきれてないってだけなのかもしれない。なら、あと半年もして慣れて、違和感もなくなるだろう。ならいいか。

そう結論を出したタイミングで俺の携帯が鳴る。誰だろなと。

 

「………はぁ」

 

表示される名前にため息をついて、俺は電話に出る。

 

「どうしましたか、陽乃さん」

 

『ひゃっはろー。はるのんだぞー。嬉しいか?嬉しいな?お姉さんからかかってきて嬉しいね?っとと、いやーそれにしてもお姉さん最近よく出番あるから、もしかしたら人気なのかもしれないねっ、ふふっ。嬉しいなぁ、まったく』

 

「はいはい、そういうことは言わないでください。それで、なんの用ですか?」

 

まったく、とんでもないこと言ってんなこの人。なんでそんな俺たちの知らない世界の話をしているんだか。

 

『そうそう、今から君の家行っていい?』

 

「はぁ、まぁいいですけど」

 

『わーい。じゃあ今から行くね?』

 

「30分くらい時間をくださいね、ちゃんと」

 

あの人の場合行くと言ったらすぐ来そうだからな。ちゃんと時間はほしい。着替えたり部屋片付けたりせなならんからな。まぁ一人暮らししてからはきちんと片付けてるから大丈夫だけどな。

そう、きちんと。

 

そして、陽乃さんはこっちが要求した時間通り、30分後に来た。

もちろん来るまでの間にやることはやっておいた。鏡を見ても、うん大丈夫、という感想しかなかった。

部屋へ通して座ってもらって、お茶を出す。

 

「それで、なんでわざわざ俺ん家に来たんですか?」

 

「いやー電話で話すようなことじゃないなーって思ってね」

 

そんな重要なことなのか。うーん、なんだろう。とりあえず思いつかないから、要件は陽乃さんのことか。俺のことなら俺が知ってないとおかしいし、そもそも誰にも聞かずに解決する。

 

「で、それはなんですか」

 

「君のこと」

 

「………は?」

 

「君のことだよっ」

 

2回目はにこっとして言われた。いや、そんなこと言われても、ねぇ。

 

「別に俺は困ってないんですけど。しっかりきちんと仕事も生活もしてますよ、誰にも頼らなくていいように」

 

まじでわからん。この人はなにが目的なんだ。

その目的について触れてはくれないまま、この人は続けていく。悲しげな顔をしながら。

 

「私はさ、なんで君がそんなふうに狂ったのか考えたんだよ」

 

狂う?俺が?

この人はなにを言っているんだ。もともとこの人の言動なんてわかるようなものではないが、これについてはおかしいと断言できる。

 

「いや待ってください。俺は別に狂ってなんかーー」

 

「それでさ、私なりに結論を出して、雪乃ちゃんたちに聞いてみて、あーなるほどってみんなで結論出したんだよね」

 

どうならこの人は俺の話を聞く気はないようだ。なら俺もわざわざ聞く必要はあるまい。この人が好き勝手に話してるだけだ、それはつまり独り言。

独り言ってすごいな。独りとか超俺。つまり俺の言葉はすべて独り言。ナニコレ。

あいつらには最近、ここ半年くらい会っていない。会ったら、会ってしまったら、頼ってしまうかもしれない。助けを求めるかもしれない。けれど、それではいけない。俺はしっかりすると決めたんだ。だから、会っていない。これは意図的なものだ。そんなあいつらとこの人がなにを話したかなんて俺の知ったことじゃない。

しかし、この人は俺に自由を与える気はないようだ。なぜなら、この人の次の発言は、

 

「小町ちゃんを無視しすぎじゃない?」

 

俺を引きつけるには十分な言葉だったからだ。

 

「………どういう意味ですか」

 

自分でもわかるほど、俺の出した声はきつくなっていた。「ほんとにわかってないんだね」とぽつり呟いて、この人は続きを言う。

 

「なんで、君は一人で生きていこうとしてるの?」

 

そんなの決まっている。

 

「小町がそれを望んだからですよ。妹離れをしてしっかりとした俺を、あいつが望んだんですよ」

 

「いつ、そんなことを小町ちゃんが望んだっていうの。君に」

 

明確にいつというのはない。でも、そういうことはいつでも言っていた。それはもちろん、あの日も変わらない。

 

「小町の死んだ日にも、そう話しましたよ。あいつが言ったんですよ。妹離れをしてほしいと、そうやってあいつがーー」

 

「じゃあ!!」

 

ーーあいつが言った。

その言葉は発することなく喉の奥へと戻っていく。陽乃さんがいきなり声を荒げて言い、それに続く言葉は、ひどく、弱々しいものだった。

 

「じゃあ、さ。小町ちゃんはいつでも嘘をつかない子だったの?なんでも君に言う子だったの?違うでしょ?あの子だって嘘をつくし言わないことだってあったはずだよ。なのに、なのに君は、さ」

 

………たしかに、小町のことをすべて知っているわけではなかった。

そんな、当たり前のことが、俺は見えていなかったのか。でも、でもそれが嘘かどうかはわからない。ほんとに、小町がそう思っていたかもしれないじゃないか。

 

「君のしていることは演技、欺瞞だよ。君の否定した、そんな私のやってたことだよ」

 

欺瞞、か。

まさに、それだろう。俺が、俺たちが高校2年の冬、あの閉じた箱の中でやっていたのと同じことを俺はまたやっていたのか。

 

「それに、君は知ってるはずだよ。小町ちゃんの笑顔をさ。あの子が一番笑っていたのは、一番きれいに笑っていたのは、君の隣にいるときだった、はずだよ」

 

………俺の出せる音は、いつのまにか、ゆったりと刻む心臓と呼吸の2つだけになっていた。

ほとんどのことが、俺の中ですとんと落ちていた。受け入れていた。この半年間の無機質さが、しみじみと伝わってくる。

あと一つ、俺の中で落とせばきっと、俺は落ち着く。それを、彼女は言ってくれるはずだ。

 

「散々小町ちゃんの名前あげてたけど、それは逃げだし、なによりも、君が殺したんだよ」

 

逃げ。そう、逃げ。俺は逃げていた。その事実から。俺の不注意で、ああなってしまったということを。誰にもそんなことは言われなかった。そんなことは当たり前だった。けれど、俺の見るものは赤く染まっていた。俺が染めたんだ。

 

すとんと、俺の中でなにかが落ちた。俺の中で、どうやら決着がついたようだ。

 

彼女、陽乃さんのおかげで気づくことができ、俺の中で決着もついたが、礼なんて陽乃さんに言いたくない。代わりとしてなにを要求されるかわかったもんじゃない。

だから俺は、八つ当たりと称して彼女へ攻撃しようと思った。襲おうと思った。

 

「人を人殺し扱いとは、ひどいもんですね」

 

彼女に手を伸ばすと、俺は予想通りに、予定通りに、期待通りに、宙を浮いていた。

とりあえず落ち着きたい、整理したい。だから気絶させてほしかったのだ。彼女ならそれを叶えてくれると思っていた。だから大丈夫だと、そう思えた。

ただ予定外のことだったのが、床に衝突したときの痛みが思いのほか大きかったことだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「先生、私は間違えたんでしょうか」

 

クラスに転校などのいろいろと説明をした日の昼放課、彼女、前田由那はやって来た。

おそらく昼ごはんをぱぱっと食べていたのであろう、昼放課が始まってから10分後のことである。そのとき俺は仕事の処理をしていて、今から食べようと、弁当を机に広げていたところである。

別に途中で邪魔されて気分を害するような子どもではないからいいけどな。

 

「どうしたいきなり。なんのことだ?」

 

なんのことか、なんてわかってはいるのだが、確認はしなければいけないだろう。彼女がなにに苦しんでいるかも聞かなければわからないし。

 

「先日の鎌田くんの依頼です。B組の、先生のクラスのことです」

 

「それで?お前は、なにをどう間違えたと思うんだ?」

 

「………わかりません。でも、あれで解決だとは、とても思えません」

 

そう言う彼女の両拳は強く握りしめられていた。きっと、自分の無力さや至らなさを感じているのだろう。俺に今回の正解を聞いて、取り入れて、受け入れて、成長でもしたいんだろう。

でも、それは違う。テストの答えみたいに誰かがいつでも答えを知っていて、解き方を知っていて、教えてくれるとは限らない。人生なんてそんなもんだ。縁がなければ見ることすら叶わない。そんなことばかりだ。

少なくとも、今回の件についての正解はおそらくない。なにをどうしたって衝突は起きた。それが誰と誰と、ってのは違ったにしても。そんなものを彼女ら奉仕部に押し付けたのかと非難されるかもしれないが、人生に壁はつきものだ。いつでも解決できるものばかりではないのだと、知らしめなければいけない。

そして、このことについて、俺はもう迷わない。

 

「なら、それでいいんじゃないか?」

 

「えっ………?」

 

お前にはできないことがいくらでもあるって、ただそれだけのことだ。そんな、当たり前のことだ。それが知れてよかったな。世界を変えるなんて不可能だし、それを一人でやるなんて不可能のレベルじゃない。

ふむ、しかし、どこまで言えばいいのだろうか。すべて言うのはおもしろくないし彼女のためにもならない。

 

「挫折が人生で一度や二度なわけがない。何度でも挫ける。それが人生だ。諦めて、今を楽しめ。その方がいい。いろんな経験をして、いろんなことを見て、考え続けろ、な」

 

うーん、微妙。なんともいえないな、これ。もう少しうまい言い方とかあったんじゃないの?むむむ………。

しかし、前田はどうやらお気に召したようで、ふぅと一息ついて、言葉を出した。

 

「わかりました」

 

………なかなかにいい笑顔じゃないか。

ふと、一つ聞きたいことができたから聞いてみることにした。

 

「お前ってどうしてーー」

 

キーンコーンカーンコーン。

昼放課に鳴る予鈴である。あと5分で授業開始だ。仕方ない、またそのうち聞くか。

 

「ーーいや悪い。そのうち聞くわ。次の授業遅れるなよ。じゃあな」

 

「はい、失礼します」

 

前田が出て行くのを見送り、俺も次の授業の準備をする。えーっと、次のクラスはーっと。

そこで、机の上に広がるものを見て、絶望する。どうしよう。まじで、どうしよう。

 

「昼飯、食べてねぇ」




来週で小町編は最後になると思います。まだあるのかよって感じではありますけど、あります。
もちろん小町編以外でも過去編はいろいろとあるので過去編がなくなることはありませんけど。
まぁでも、これからはたぶん奉仕部がメインになるのかな?

いやーはるのん大抜擢ですね。小町についての話は、たしかに誰でもいいって気がしますけど、でも一番合うのははるのんだなって思って彼女に頑張ってもらいました。言葉遣いとかおかしかったらごめんよ。

さてさて、ではまた来週も会いましょう。さよなら!

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