仮面の理   作:アルパカ度数38%

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第二章 黄金期編・前 PT事件 新暦65年 (無印)
2章1話


 

 

 

 リニスは結局何もできなかった。

本当に何もかと問われればまた違う答えが出るが、まず第一声で言うならそうなるだろう、とリニスは思っている。

何故ならリニスは、ウォルターの言葉を受けて見た希望を、何一つ達成できなかったからだ。

プレシアとの会話を意識してしようと努力したけれど、プレシアの心を動かすどころか、彼女が本当にフェイトに対して嫌悪以外の感情を持っているのかどうかすら分からなかった。

フェイトとプレシアの接点を増やそうにも、真実を知るプレシアは少しでもそんな様子を見れば凄まじい表情でリニスを睨んだし、フェイトはそれを怖がった。

 

 せめてもの救いは、フェイトに対し話すことのできる外の世界の話ができた事か。

リニスはフェイトとアルフに請われるまでもなく、よく時の庭園の外の世界の事を語った。

ウォルターとの出会い、陽気な店主、ムラマサを持った殺人鬼、そして何よりウォルターの言葉で心動かされる自分。

流石に血なまぐさい内容やティグラの狂気、二人の犯人の最後はぼやかしてながらの話だったが、フェイトとアルフは何時も目を輝かせながらリニスの話を聞いてみせた。

語るリニスも楽しく、休憩時間を逸脱しそうになってしまう事もある程であった。

 

 フェイトはウォルターに仄かな憧れを持ったようだった。

——だって、そんなに人の心を奮わせる事のできる人なら、母さんの心の栄養になれるかもしれないから。

そう言ってはにかみつつ、フェイトはウォルターへの憧れを語った。

言われて、リニスは確かにそれができるかもしれない、と思うようになる。

ウォルターのあの胸の奥が燃え盛るような言葉を、借り物とは言えフェイトに与えられたら。

そうしたら何時しか来る真実との直面の時、フェイトの言葉がプレシアに届く為の一要素となるかもしれない。

そうでなくとも、プレシアの言葉に心折れたフェイトの事を、支える一助となるかもしれない。

何もできない自分だけれども、せめてウォルターの言葉の持つ炎をフェイトに伝えよう。

そう考え、リニスはフェイトにウォルターの言葉を聞かせながら、無能な自分を呪い最後の時間を迎えた。

 

 使い魔は主との契約が切れた場合、即刻死に至ると言う訳ではない。

残る魔力が徐々に消費されていき、それが零となった瞬間に死ぬのだ。

なので当然、リニスも契約を解除されてすぐに死ぬ訳ではなく、せめて消え行く自分をフェイトに見せない為に隠れる時間ぐらいはあった。

場所は、フェイトのデバイスであるバルディッシュを作った工作室。

椅子に腰掛けながら、リニスはゆっくりと最後を待とうとして。

彼の言葉が頭を過ぎった。

 

 ——求める物が手に入るまで、決して諦めるな。

 

 爆炎がリニスの心を燃やした。

興奮で体温が上がり、汗が拭きでて、四肢に思わず力が入る。

目は見開かれ、歯は噛み締められ、痛いぐらいに活力が回った。

そうだ、このままただ座して死を待つ訳にはいかない。

そうやって諦める事は、あのウォルターの炎を分け与えられた生命として、やってはならない事だとリニスは直感した。

けれど魔力が無く、寿命があと僅かしか無いのは事実。

ならば運否天賦に賭けて、スリープモードで醜くも生き長らえる事の方が重要ではないか。

そう考え、急ぎリニスは数年は見つからないだろう場所を探し隠れ、そこでスリープモードになって眠りについた。

 

 それでも僅か数年で、魔力は底をつきそうになっていた。

みっともない悪あがきですらも、後10日もすれば完全な魔力切れ、死の時だ。

使い魔として主の為に死を厭わぬよう作られたリニスは然程死への恐怖と言う物は無かったが、それでもリニスの脳裏には走馬灯が見えた。

その中で大切なのはフェイトだったし、幸せにしたいのはプレシアだったけれど。

最も鮮烈だったのは、矢張りウォルターだった。

そんな思い出の中でも、リニスが久しく思い出した一言が思い起こされる。

 

 ——それでももし、力足りず、求める物を手に入れる事ができなくなりそうだったら……。

リニス。俺に、助けを呼んでくれ。……絶対に、駆けつけてみせるから。

 

 最早リニスには、それしか縋るものがなかった。

残る魔力の半分程を使い、この次元世界の何処かに存在するウォルター目掛けて、念話を発信する。

 

(——ウォルター。お願いします、貴方の手でプレシアとフェイトを救ってください——)

 

 念話の魔力が次元世界に吸い込まれていくのを見る事なく、リニスは再び意識を手放した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……い、胃もたれがするぞ……」

『マスターには前回も進言していますが、あの大食いに付き合う必要なんて全く無いですよ』

「いやさ、そうなんだけど……」

 

 と、僕はティルヴィングから視線をそらす。

僕の部屋から見る外の景色は相変わらず近くの古いビルが見えるだけで、身を乗り出さないと空など見えはしない。

相変わらずのカビの生えたコンクリートにため息をつきつつ、僕はベッドに倒れかかった。

 

 2年半前、僕は世間に言うムラマサ事件の解決に関わり、それを皮切りにして、僕は主に勘を持ってして大事件に関わるようになった。

時には民間協力者として管理局に協力したり、時には管理外世界をふらついているときにロストロギアを見つけたり。

僕はこの2年半で、クラナガンのニュースに流れるぐらいの事件を7つも解決する事になった。

魔導師としても成長し、僕は次元世界でも有数の大魔導師の一人として数えられる事になっている。

有名所のフリーの魔導師としては最強と言っても過言ではないだろう。

まぁ、フリーの魔導師は強くても無名な場合が多く、有名なのが珍しいだけ、とも言うのだけれども。

 

 そんな僕だが、利害関係の絡まない人との関わりは、出来る限り絶っている。

何故なら、限りなく自由に動ける必要のある僕には、人質として使える人間と言うのは邪魔にしかならないからだ。

UD-182ならそんな事関係無く広い人脈を築いているのだろうが、所詮紛い物でしか無い僕には、そこまではできない。

……いや、それも言い訳か。

何処まで行っても仮面でしか誰かに接する事のできない僕は、誰とでも素の心を見せた付き合いと言うのができない。

それでも尚人と付き合いを持つと言うのが、酷く傲慢で卑劣な行為であるように思えるのだ。

 

 そんな僕の限られた対人関係の一角を占めるのが、クイントさん達、ナカジマ一家だった。

あの事件から一年ほど経ってから家に呼ばれるようになり、最初は旦那さんと何とも言えない空気の中で過ごした。

そして二回目、先日の事である。

ナカジマ家に行くと、なんと二人程家族が増えていた。

それには流石に吃驚し、サプライズ成功、とか呑気に言っているクイントさんに文句の一つ二つ言ってやりたかったが、なんとかそれを我慢。

人見知りする二人に気を遣いながら過ごしたのだが、それは午前中のうちぐらいだった。

何故か二人ともが僕に懐いてしまい、姉のやんちゃなギンガだけでなく、妹のおとなしいスバルの方にまで僕は遊び倒された。

口には決して出さなかったが見目と比べて恐ろしく体重のある二人で、僕の方が軽いぐらいだったので、そのパワフルな遊びに付き合うのに魔力まで使わされてしまった。

加えて夕食の席にも参加させてもらったのだが、クイントさん含め三人の食う事食う事。

一度目もクイントさんに釣られて胃もたれしそうなぐらい食ってしまったのだが、その反省を生かせない結果となってしまった。

 

 さて、僕は“家”を出てからティルヴィングの指導で勉強を続けている。

魔導師としては博士号も取ろうと思えば取れるぐらいに納めてきたし、一般教養もそれなりに身につけている。

何が言いたいかと言うと、子供ができないと言うクイントさんに、コウノトリがいきなり赤子を運んできたりしないと知っている、と言う事だ。

かと言ってギンガとスバルはクイントさんと瓜二つの姉妹であり、無関係の子供と言うには頭をひねる部分がある。

そしてギンガとスバルの足音、関節の駆動音、見目に合わぬ体重。

裏に何かあるのは悟ったが、タイミングが無かったのか、クイントさんにはその詳細を語られぬままであった。

まぁ、何かあれば向こうから言ってくるだろう、と、そんな風に考えつつ何とか疲労を見せないでギンガとスバルの相手をし終え、帰宅した。

 

「あの二人、仮面が外れないかと言う意味では、ティグラ並の強敵だったかもしれない……」

『大袈裟です』

 

 とティルヴィングは言うが、「食べないの?」とでも言いたげにこちらを見る二人の目は、本当に強敵だった。

UD-182ならどうしただろうか、と思うも、UD-182が年下の子と会話している場面が思い浮かばない。

そういえばアイツは男子のボスと喧嘩ばっかりしていたから、年下の子とは巻き込まない為に滅多に会話しなかったんだっけか。

と、そんな風にUD-182の事を思い出すと、連鎖的にムラマサ事件の最後に誓った事を思い出す。

 

「完璧になる、か……」

『はい。マスターは完璧を目指さねばなりません』

 

 何時かと同じ文句がティルヴィングから発せられるのに、憂鬱な気分になった。

あれから7つもの大事件に関わった僕だが、結局の所、全員を救えた事なんて一度も無かった。

そもそも原理的に全員を救う事が不可能な事件もあったが、いくつかの事件は奇跡が起きれば全員が救われる事になった筈である。

なのに僕は、全員を救う事などできなかった。

当たり前といえば当たり前だ、奇跡などそうそう起こるものじゃあないから奇跡と呼ぶのだ。

奇跡が起こらない事に憤るなど、馬鹿みたいな行為に違いない。

そう分かっている筈だけれども、蒼穹に一人で放った言葉とはいえ、UD-182に誓ったつもりの言葉を守れていない事に心が痛む。

勿論分不相応で無理な約束まで履行する必要など無いのだけれども、一度そうやって妥協してしまうと、何から何まで妥協してしまいそうで怖い。

 

「次だ……、次こそ誰も犠牲にせず、救わなくちゃ……いけない」

『了解しました、マスター。

次こそマスターは、誰も犠牲にせず救わねばなりません』

 

 こうやってティルヴィングが復唱しているのを聞くと、自分の言葉を外から言われるようで心が重くなる反面、他に思う事がある。

と言うのも、ティルヴィングが『どうです、役に立っているでしょう』と胸をはっているようで、微笑ましくなってくるのだ。

勿論まだまだ機械じみたティルヴィングにそんな感情など無いのは分かっているが、それでも、である。

何となく嬉しくなって、何時かみたいに僕はティルヴィングに軽くでこピンをし、胸元で揺らした。

 

 その瞬間である。

背筋が凍りつくような戦慄。

 

「ティルヴィングっ! 念話受信最大っ!」

『了解しました』

 

 咄嗟に勘が命ずるままにティルヴィングに命令。

セットアップしフルスペックを発揮できるようにしながら、全力で僕へ向けての個人念話を受信しようとする。

額に汗が滲み、力み続けた両手が限界を迎えそうになった頃、僕の耳にこんな声が聞こえた。

 

(——ウォルター。お願いします、貴方の手でプレシアとフェイトを救ってください——)

 

 声の主は、リニスさんだった。

思わず目を見開きつつも、手は冷静に動き、声は録音、魔力パターンの波形も記録しかつてのリニスさんと照合をしている。

結果は一致、これが確かにリニスさんから着た念話だと分かった。

短く、ティルヴィングに告げる。

 

「ティルヴィング」

『逆探知はできています』

「ナイスだ」

 

 肩をすくめると、ティルヴィングの示すデータを目にする。

リニスさんの送信元は相当遠くの次元空間からの送信であった。

恐らくは次元航行艦か、次元航行施設かがそこにあるのだろう。

ならばとりあえずは近くの次元世界に降り立ち、それから探索するべきか。

そう考え、僕はその世界の名を口にする。

 

「第九十七管理外世界、地球、か……」

 

 リニスさんの声には、今までに聞いたことのないぐらいの必死さが垣間見えた。

これは急がねばならないだろう、と違法スレスレの手段を取る事を決意し、僕は早速転移ポートへと向かう事にするのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 高層ビルにアスファルトの大地。

かと思えば適度に作りこまれた自然がところかしこに配置されており、無機質一辺倒の街と言う訳でもなく。

滅茶苦茶な人の多さに、僅かな汗や香水の匂いに混じって、心地良い潮の香りがする。

僕の降り立った地球の街、海鳴はそんな感じの、中々良い街であった。

と言っても、僕がこの街に来たのは、前回地球に転移してきた人が海鳴に来ていたので、何となくその通りにした方が良さそうに思えただけなのだが。

 

 僕はこの街に、拠点を作り、サーチャーでリニスの念話発信位置を確かめるまで、リニスの関係者と出会えないかどうか探してみる為に来た。

と言うのも、念話の逆探知は個人でやると、多少の誤差はあるものなのだ。

いくら僕が強くとも、次元空間内に放り出されれば即死である。

焦りは募るが、流石にそんな命を投げ出すような行為はできず、今の状況に甘んじている形となる。

が、当たり前だが、数時間経ってもまだ手がかりの欠片も手に入っていなかった。

 

(元々勘頼りとは言え、結構無謀だったか……?)

『何時もの事です』

 

 と、何時もの機械音声で言うティルヴィングに、でこピンで返す。

ムラマサ事件で優れた情報源を無くした僕は、それからかなり勘頼りの捜査をしてきたのだった。

今となれば少しは情報源となるコネもあるが、それまでは取っ掛かりですら勘で探していたので、最初の頃はやたら大変だったのを覚えている。

その経験が勘を更に磨いたと考えれば、というかそう考えないとやってられない作業だった。

何の目的もなく街中を歩きまわり、何の成果もなく家に帰ってきては憂鬱な気分で、今日は鍛錬しておけば良かったのかなぁ、と思う事もざらにあったし。

まぁ、その作業で地形把握した事が後に役立つ事もあったので、完全に無駄では無かったのだが。

 

(まぁ、愚痴言わずに探しに行こうか)

『イエス、マイマスター』

 

 ティルヴィングとの念話を終えると、僕は背を柱から離し、歩き出す。

ショーウィンドウに映る僕が、視界の中に入った。

視界の中の僕は2メートル近い長身を持ち、全体的にやや筋肉質な男として映る。

そう、僕は変身魔法で20歳ほどの自分に変身していた。

と言うのも、この次元世界では平均的な就業年齢が約22歳と、ミッドより遥かに高いのである。

今年10歳になる僕がうろついていれば、当然現地の治安機関に捕まり、学校はどうしたの、とか聞かれる事になるのだろう。

いや、僕はミッドでも学校に通った事が無いので、これはこの世界特有の問題と言う訳じゃあないのだが……。

それは兎も角として。

 

 そんな訳で僕は、地球について以来変身魔法を使いながら行動していた。

違和感バリバリな上リーチが違いすぎて、戦闘行動は不可能だが、お陰で何の問題もなくホテルを取る事ができた。

と言っても、勘がどう囁くのか分からない現状、とりあえず3日分だけ宿を取らせてもらった。

リニスさんがこの付近の次元空間に居る以上、何の弾みでこの世界を離れる事になるか分からない事だし。

 

 暫く歩いた僕は、ふと魔力の波動を感じたような気がして、通行人の邪魔にならないよう端に寄りつつ辺りを見回す。

時は既に夜。

濃紺の夜空には星々が輝き、ビルはネオンに彩られ種々様々な色に染まっている。

何も起きていないか、と思った、その瞬間であった。

金属質な、高音。

橙色の魔力光の柱がビルの屋上からそびえ立ち、暗雲を呼び起こす。

 

『魔力流を打ち込んでいるようですが……一体何故?』

「分からないが、兎に角……」

 

 行ってみよう、と言おうとした瞬間である。

広範囲に魔力が発せられたかと思うと、世界が薄紫色に染まってゆく。

咄嗟に僕もティルヴィングを手に抵抗魔法を発動、すると僕らを取り残して雑踏の人々が消えてゆくのが分かった。

封時結界である。

時間信号をずらし現実世界に影響を与えない空間を作り出す魔法であり、魔法戦闘を非魔法文明から隠蔽するのによく使われる魔法だ。

とすれば、魔法戦が起こる可能性がある。

 

「行くぞっ、ティルヴィング!」

『セットアップ・レディ』

 

 僕は即座にティルヴィングをセットアップ。

黒尽くめだった服装からまた黒尽くめになる、と言う地味な変身を終え、変身魔法を解除、その場を飛び立った。

するとすぐに、どくん、と何かが脈動するのを感じる。

直後発動した何かが青い魔力光を天空に向けて伸ばした。

おおよそAランク相当の魔力がそこから溢れだし、無秩序に暴れまわる。

だが、それはただ暴れまわっているにしてはどこか人工的な感じがし、魔導師による物とは考えられない。

 

 ロストロギア、だろうか。

僕のこれまで関わってきた大事件は、多くがロストロギアが関連する犯罪であった。

ロストロギアはいずれもその魔力量に比さない不思議な効力があるものばかりで、どんな危険があるのか簡単には分からない。

例えばあのムラマサとて、現在の技術ではただのオーバースペックなデバイスとしか解析できないのだ。

今度もどんなロストロギアだか分からない、と緊張を途切れさせずに空を飛び、青い光柱の周辺までたどり着いたと思った所で、である。

突然、二箇所で莫大な魔力が湧き上がった。

 

『AAAランクの魔力です』

 

 ティルヴィングの言う通りの巨大な魔力を用いて、封印魔法が放たれる。

桜色と黄金の二色の光線が青い光柱の根本に突き刺さった。

それらは同時に着弾、直後光線は極太のビームになって突き刺さる。

流石の僕でも、無防備に食らえば一発で落とされそうな威力である。

その中心にあるだろうロストロギアが、可哀想になってくるような光景であった。

 

 さて、相手がAAAの魔導師が二人ともなると、僕としても用心せねばなるまい。

魔力量は二人合わせても僕以下だが、技術的に後塵を拝する可能性がある以上、あまり余裕ぶっていると負ける可能性がある。

発散魔力の関係で魔力的感覚で見つかりやすい飛行魔法ではなく、隠蔽性を重視し身体強化魔法でビルの屋上を伝っていった。

夜空に、桜色と黄金の魔力光が交錯する。

桜色の魔導師の魔法は何処かぎこちなく荒い感じの魔法であるのに対し、黄金の魔導師の魔法は洗練されており、高等な教育を受けてきたのだろうと想像させる物だった。

まぁ、ビルの間から飛んでくる魔法でしか判断できないので、実物を見ないと何とも言えないが。

内心で黄金の魔導師に要注意のチェックをつけつつ、僕は近くのビルの屋上へと到着する。

 

(……子供だなぁ)

『体格からするとマスターと同年代、誤差は2年程でしょう』

 

 思わず漏らした感想通り、交錯する二人の魔導師はどうも僕と同年代のようだった。

一人は桜色の魔力光の白い魔導師。

茶色い髪の毛をリボンでツインテールに纏め、瞳は青く、何処か力強さを感じさせる。

服装は白を基調とし青いポイントの入った物。

デバイスはオーソドックスな杖型だが、パーツがやたら高級っぽいのでワンオフ物かもしれない。

一人は黄金の魔力光の黒い魔導師。

金髪をこちらも黒いリボンでツインテールにしており、瞳は赤く、澄んだ感じの瞳だ。

服装は黒いレオタードに黒いマントと装飾過剰。

デバイスはミッド式には珍しい、魔力刃を用いて近接戦闘もできるような、斧だの鎌だのに変形する物だった。

しかしそれにしても、同年代の高ランク魔導師と出会うのは、何気に初めてである。

これまでとは違う意味での緊張感が湧き出てくるのを、僕は感じた。

 

(どど、どうしよう、ティルヴィング)

『何がですかマスター』

(僕、同年代の子に向けて、どうやって演技すればいいのか分からない!)

 

 事実である。

というか僕は初めて同年代の子と話したのは、ギンガとスバルと出会った時、つまり昨日だった。

それまで一応脳内でマニュアルを作り暗記してはいたものの、パワフルな彼女らに僕は押されっぱなしだった。

それでも何故か尊敬は得られたようだが、僕が思うにそれはクイントさんから事前に僕の話を聞いていた事が大きいだろう。

とすれば、僕がまっさらな状態から同年代の子と向かい合うのは、これが初めてと言う事になるのだ。

 

『どうって何時も通りで良いのでは?』

(でも、UD-182が年下の子にどう見られていたかなんて、よく分からないし……)

『マスター自身がその例では。

と言うか、マスターから聞いた情報から申しますと、UD-182が年上からどう見られていたかもよく分からなかったのでは』

(…………あ)

 

 その通りだった。

僕って馬鹿なのではないだろうか。

ちょっと本気で落ち込みつつも、何とか心を整理。

元々最初に仮面をつけて話したのは何の情報も無い年上相手、ならば同年代相手でも行けるはず。

多分。

きっと恐らく。

と、そんな風に次第に弱気になっていく心に鞭打ち、僕はどうにか二本の足で直立。

とりあえず二人の戦いに介入しようと思った、その瞬間であった。

 

「——……っ!」

 

 背筋が凍りつくような戦慄。

即座にティルヴィングから薬莢を排出、全開の魔力で高速移動魔法を発動する。

光の線分となる視界の中心、先程まで青い光柱を立ち上らせていた宝石だけが原型を保ったまま拡大された。

が、目的はそれではない。

僕は宝石の寸前に到着すると同時、ティルヴィングで二人の魔導師のデバイスを打ち払う。

 

「にゃっ!?」

「わっ!?」

 

 悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく二人を尻目に、僕はすぐさまティルヴィングを宝石に当てる。

 

「ティルヴィングっ!」

『了解、収納します』

 

 と、ティルヴィングのデバイスコアが明滅。

数字の刻印された青い宝石を、コア内部に収納する。

ようやくの所胸騒ぎが収まった僕は、静かに二人へ向けて振り返った。

無言で杖を向ける、二人の魔導師。

 

「やれやれ、嫌な予感がしたんで介入させてもらったんだが……。

お話から、って雰囲気じゃなさそうだな」

「えっと、私はそれでもいいんだけど……」

 

 と言う白い魔導師は比較的柔らかな態度だが、それでも何処か表情が硬い。

黒い魔導師に至っては消えていた魔力刃を再展開、攻撃の準備にすら入る。

空気を読めと言われているような視線に、内心でいたたまれなくなる僕。

これじゃあ尊敬どころかただのウザイ相手である。

が、UD-182も時に人を苛立たせる事だってあったのだ、これぐらい乗り越えてみせなくて、何が彼の志を継ぐだろう。

そう内心で奮起し、僕はどうにか口元の不敵な笑みを崩さずに保った。

それからこちらも、ティルヴィングの排気口から魔力煙を排出。

攻撃の準備をしつつ、念のため口を開く。

 

「念のため、戦闘に入る前に聞いておくが……、二人とも、俺の言う名に聞き覚えはあるか?

リニス、フェイト、プレシアの三人なんだが」

 

 あまり期待しないで言った台詞だが、反応は劇的だった。

白い魔導師は目を見開き、黒い魔導師は目を見開くどころか武器を下ろし、口をぽかんと開く。

どちらからも反応が無くなってしまったので困っていると、緑と橙色の魔力光。

ベージュの毛並みのイタチとオレンジ色の狼がこちらにやってくる。

 

「なのは、ジュエルシードはどうなったの!?」

「フェイト、どうしたんだい、あいつは一体!?」

「……へ?」

 

 オレンジ色の狼は、フェイトと黒い魔導師に向けて言ってみせた。

流石にあっさり行き過ぎな展開に目を見開き、恐る恐る黒い魔導師へと視線をやると、こくん、と頷いてみせる。

 

「あの……私がフェイト、フェイト・テスタロッサ。

貴方はその名前を何処で?」

「ああ、スマン、自己紹介もまだだったな。

俺の名はウォルター・カウンタック。

リニスさんとは以前の知り合いでな、あいつから名前を聞いていたんだが……」

「あ、貴方があのウォルター!?」

「えぇっ!?」

 

 と、再び驚いてみせるフェイトと、オレンジ色の狼……恐らくアルフ。

リニスさんが話したのかな、と納得しつつ、続けて僕は口を開く。

 

「今リニスさんは何処でどうしているんだ?」

 

 と、フェイトの表情が完全に固まった。

すぐに鋼の表情で感情を覆い尽くすが、分かりやすい子である。

しかしリニスさんが何か危うい状況にあるのは、彼女が僕に助けを呼んだ事で分かっている。

ならば次なる情報を、と続ける僕。

 

「昨日、俺はリニスさんから念話で助けを呼ばれてな。

一日かけて、その発信源を辿り近くにある次元世界の此処に来たんだ」

「え……?」

「何だって!?」

 

 目を見開く二人に、頷き続きを口にしようとするのを、アルフに遮られる。

 

「待ってよ、そんな事ありえない!」

「ん? あぁ、リニスさんが年下に頼るなんて、よっぽどの事が……」

「違う! リニスはもう……2年近くも前に死んだ筈なんだよ!」

「……へ?」

 

 思わず、目を瞬く。

ニネンチカクモマエニシンダハズナンダヨ?

頭の中でアルフの言葉を数回咀嚼、ようやく意味を理解する。

膝が崩れ落ちそうな絶望感が僕を襲った。

リニスさんは、クイントさんと同じく僕の数少ない利害を超えた友人であった。

少なくとも、僕の方からはそう思っていた。

そのリニスさんが、死んだ?

頭の中を暗雲が占めたかのようだった。

吐き気がし、体が震えそうになるのを必死で抑えなければならない。

駄目だ、このままでは仮面が外れてしまう。

念話が2年近くも遅れて届くなんて事は想像し難いと言う事実により、何とかリニスさんが死んだかもしれないと言う事実から目をそらしてみせる。

顎に手をやり首を傾け、僕は口を開いた。

 

「……嫌なことを聞くが、お前たちはリニスの消える瞬間を見たのか?」

「……ううん、リニスは誰もいない所で最後を迎えたいと、そう言っていたから……」

「ならそれからスリープモードにでもなって生きながらえたって方が、念話が2年近く遅れて届いたってのより信憑性があるな」

 

 言ってみると、意外と納得できる話であった。

何とか絶望から逃れられた事に安堵すると同時、僕の胸には悲痛な痛みがあった。

結果的に合理的な判断だったとはいえ、僕は数少ない友人の生死よりも自分の仮面が外れない事を優先したのだ。

相変わらず僕は最低で、それに反吐が出そうな気分になるが、何とか飲み込み堪える。

 

「リニスが最後を迎えようとしていた所まで、連れて行ってもらえないか?

あいつの助けになりたいんだ、頼むっ!」

 

 勢い良く、頭を下げる僕。

それにデバイスを胸に抱えつつ、ひと通りあたふたとした後、フェイトは答えた。

 

「分かった、代わりに……、さっきの青い宝石、ジュエルシードを私にくれるなら構わないよ」

「ああ、そんな事でいいなら、勿論やるよ」

『排出します』

 

 と、僕は迷いなくジュエルシードとやらをフェイトに渡す。

勘は小さく警笛を鳴らしていたが、同時にここで拗れたらリニスさんの命が危ないと言う感覚もあった為だ。

僕と同じようにしてフェイトがジュエルシードをデバイスに収納すると同時、黙っていたベージュ色のイタチが叫んだ。

 

「待て、そのロストロギア、ジュエルシードは危険な物なんだ!

一体それをどうするつもりだっ!」

「……ウォルター、一旦私の拠点に場を移さない?」

「そだな、此処だとちょっと邪魔が多いし」

 

 と、僕とフェイトとアルフは一箇所に固まり、フェイトが転移魔法を発動する。

 

「あぁっ、逃げられる! なのは、なんでもいいから攻撃を!

転移魔法を中断させないと!」

「ふにゃっ!? う、うん!」

 

 所在なさげに足をブラブラさせて頬を膨らませていた少女は、即座にデバイスを構えた。

足元に桜色の円形魔方陣を展開、自身を空間固定しつつその杖先に魔力を集める。

砲撃魔法の準備と一目で分かる光景であった。

迎撃の為にアルフが前に出ようとするが、僕はそれを遮る。

怪訝そうな目で僕を見る彼女に、僕は肩を竦めて答えた。

 

「大口叩いたんだ、少しは役に立つって所を見せたいんでな。

任せてもらえるか?」

「あー、まぁいいけどさ、あの子の砲撃は強烈だよ?」

「大丈夫大丈夫」

 

 ひらひら手を振りながら前に出ると、その様子になのはと呼ばれた少女は井桁を作りながらトリガーワードを叫ぶ。

 

「行くよっ! ディバイン……」

『バスター』

 

 極太の桜色の魔力が、光線となりこちらに押し寄せた。

が、こちらとてこの2年半、遊んでいた訳でも無い。

砲撃魔法の一つぐらい、僕だって憶えたのだ。

 

「ティルヴィング」

『了解。パルチザンフォルムへ変形。突牙巨閃、発動します』

 

 二股の薙刀と化したティルヴィングの切っ先に、白い魔力光が集中。

僕の足元に白い三角形の魔方陣が形成され、次の瞬間、こちらからもまた極太の白い光線が放たれた。

ドリルのように回転しつつ発射された桜と白の光線は、僕と少女の中間で激突。

数秒の拮抗の後、互いに互いを爆散、掻き消える。

 

「って、互角かよっ!?」

「ベルカ式で砲撃、しかもなのはと互角っ!?」

 

 感じる魔力は僕の方が上なのだが、砲撃魔法自体の練度が違うのだろう、僕の砲撃と少女の砲撃は互角であった。

というか、最後ちょこっとだけこっちに抜けてきたような気さえする。

しかしいくら僕のスタイルが近接で遠距離が補助程度とは言え、魔力量が倍以上差のある相手に負ける事になるとは。

内心凹み、今にも両手を地につきそうなのを、必死で隠して不敵な笑みを作る。

 

「中々強かったぜ。じゃなっ!」

 

 手を振り少女に挨拶をすると、フェイトの転移魔法が発動。

僕ら三人は黄金の魔力光に紛れ消えていくのであった。

 

 

 

 

 


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