仮面の理   作:アルパカ度数38%

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2章2話

 

 

 

「あ、う……」

(がんばれフェイトっ!)

 

 フェイト・テスタロッサはガチガチに緊張していた。

ウォルターを連れて帰宅する途中に、基本的に特定の時間帯にしか時の庭園に帰れず、今は恐らく転移魔法の妨害結界が貼ってある事を説明。

ウォルターから感じる超常の魔力ならばそれを破れるかもしれないだろう。

だが帰還予定が余程遠かったのなら兎も角、元々翌日の午前中には一旦時の庭園に帰宅するつもりなのだ。

ウォルターの感覚からすると後数日でリニスの命が危なくなると言うぐらいらしいので、半日程の遅れであれば許容範囲だ。

更に言えば、無理やり結界を破ればプレシアは傀儡兵を出してきてしまい、収集がつかなくなる恐れすらある。

よってウォルターは、翌朝フェイトと共に時の庭園に向かう事になった。

そう、つまり今夜は、ウォルターがフェイトの部屋に泊まる事になったのだ。

 

(わ、私変な格好じゃあないかな、アルフ……)

(大丈夫、フェイトにバッチリ似合ってるって!)

 

 黒いワンピースを翻らせながら、鏡の前で何度も自身の姿を確認するフェイト。

ちょっと待ってて! とウォルターをマンションの部屋の前に置き去りにして早数分。

フェイトとアルフは大急ぎで埃っぽかった部屋を掃除し、身支度を整えていた。

何せ相手はウォルター、ウォルター・カウンタックなのだ。

小さい頃リニスに請うて何度も英雄譚を聞かせてもらった、あの実在する英雄なのだ。

変な格好をして迎え入れる事なんてできないし、何時もの無精気味な部屋に入れるなんてもっての他だ。

ドタバタと急ぎ支度を終えたフェイトは、アルフに何度も確認をした後、ようやくマンションのドアを開けた。

ウォルターはバリアジャケットを解き、光沢のある黒いシャツに、つや消しの黒いジーンズと言う、黒尽くめの姿で腕組みしながら待っていた。

鍵を開ける音で気づいたのだろう、視線は部屋の中、つまりフェイトの正面を見ており、すぐさま目が合う。

ニコリ、とウォルターは何処か男臭い笑みを浮かべた。

 

「おっ、似合ってるじゃんか、フェイト」

「あ、ありがど……っ!」

 

 舌を噛んでしまった。

フェイトは自分が耳まで真っ赤になるのを自覚しながら、思わずその場で膝を折り、蹲ってしまう。

穴があったら入りたい気分だった。

本当なら、フェイトはウォルターの前でもう少し格好いい自分を見せていた筈である。

そして機嫌の良くなったウォルターから、母を元気にさせる為の秘訣を聞き出そうとしていた筈なのだ。

なのになんだって自分は、こんな時にこんなミスをしてしまうのか。

 

 リニスにたまに言われた、フェイトのおっちょこちょいは中々治りませんね、と言う台詞が脳裏を過る。

自分の間抜けは生まれつきで、もう治らないぐらいの重症なのではあるまいか。

そう思うとちょっとだけ涙がこみ上げそうになってきて、アルフに助けを呼ぼうとした瞬間の事である。

ふと、フェイトの視線の先に、ウォルターの靴が見えた。

見上げると、少しだけ困った表情で、ウォルターが屈みながらフェイトに手を差し伸べている。

 

「お招きに預かり光栄だ、早速俺を中に案内してくれるかな?」

「う、うんっ!」

 

 無かった事にしてくれるウォルターの優しさが、手に取るように分かるようだった。

それもその優しさは、高い位置にあってフェイトが見上げるような物ではなく、同じ位置まで下りてきてくれるような感覚の物。

だからフェイトは余計に凹むのではなく、期待に応えたいと思い、ウォルターの手を取り立ち上がった。

あまりにも硬い手に、一瞬驚いてフェイトは動きを止めてしまう。

ウォルターが不思議そうな顔で見ていたので、なんでもないよ、と答えてフェイトはウォルターを中へと案内した。

男の人って、こんな手をしているんだ。

何気に生まれて初めて男性とこんなに近い距離に居る事を自覚し、少しだけフェイトの頬が火照る。

もし私にお父さんがいたら、こんな手をしていたのだろうか。

そんな風に考えつつ廊下を超え、ロフトのある天井の高い部屋に出ると、ヒュウ、と小さくウォルターが感嘆した。

 

「いい部屋だな、開放感があって素敵だ」

「あ、うん……」

 

 と言っても、フェイトは殆ど寝る為に此処に戻ってくるだけである。

部屋に実用性以外の何も求めていなかったが、ウォルターの為に掃除をして整えた今見ると、確かに立派な部屋だった。

それを今まで休憩と睡眠にしか使って来なかった事を、少しだけフェイトは後悔する。

今はジュエルシードの探索に忙しくてこの部屋でくつろぐ事はできないけれど、全てが終わったら少しだけ休ませてもらおうか。

そんな事を思いつつ、フェイトはウォルターをソファに案内し、飲み物を用意。

フェイトとアルフで対面のソファに座り、向かい合った。

 

 が、いざ向い合ってみると、フェイトは何を聞けばいいのかわからなくなってきてしまった。

リニスの事をどう思っているのか、リニスが隠していたムラマサ事件の真相、リニスとどう過ごしてきたのか、ムラマサ事件からこれまでどんな生活をしてきたのか。

聞きたい事は山ほど有る筈なのに、頭の中でグチャグチャに混じりあって、言葉にならない。

アルフに頼ろうと視線をやろうとする、その時であった。

ウォルターが、口火を切る。

 

「さて、時の庭園に転移できるのは明日の午前中。

体力温存の為そんなに遅くまでは起きていられないが、大抵の話だったら話してやれるぞ?

何がいい? リニスの事か、それとも俺の関わった色々な事件の話か?」

「う、うん……」

 

 身を乗り出し指組みしたウォルターの瞳は、静かで深い海のようで、急かされる感じは全くしない。

それに甘えて、フェイトは何を聞くべきかもう一度考えてみる事にする。

そんな時一番にフェイトの思考に現れるのは、矢張り母の事であった。

 

「その……、私には、母さんが居るんだ。

母さんは、ずっと不幸で、笑っている所もこの数年ずっと見なくって……。

だから私は、そんな母さんに幸せになって欲しい。

そこで、ウォルターはなんて言うか、人の心の栄養になるような言葉が言える、ってリニスから聞いていて。

だから私にも、そんな言葉が言えたらな、って思うから、その、そういう言葉を教えて欲しいな、って……」

 

 我ながら分かり難い話だ、とフェイトは思う。

大体そういう言葉を教えて欲しいなんて言われても、ウォルターだって困ってしまうかもしれない。

チラリと俯いてしまった面を上げると、ウォルターは腕組みして悩んでいるようだった。

やっぱり、困らせてしまった。

内心落ち込んでしまうフェイトを尻目に、アルフが慌てて口を開く。

 

「あ、あたしもご主人様を励ます言葉とか、聞いてみたいかなー、って。

ほら、あんたがこれまでの事件で、人の心を動かせたような言葉を教えてくれれば、それでいいんだよ」

「そう、か、まぁそれなら」

 

 と一つ頷き、ウォルターは真っ直ぐにフェイトを見据えた。

まるで心の裏側まで覗かれるような視線に、フェイトの心臓が思わず脈打つ。

しかしそれでも何故か、不快ではない。

それはきっと、ウォルターが真剣だからなのではないか、とフェイトは思う。

これがもし興味本位での視線であればフェイトは目を伏していただろうが、不思議とフェイトは真っ直ぐにウォルターの視線に答えられていた。

 

「そうだな、まずはフェイト、お前から見た母親……プレシアでいいんだよな、その人となりを教えて欲しい。

そうじゃなきゃ、何を教えればいいのかサッパリだからな」

「う、うんっ!」

 

 弾けるように頷き、フェイトは高揚した気分のまま語った。

お花の冠を作ったら、上手ねと褒めてくれた事。

作ってくれるお菓子はほっぺたが落ちそうなぐらい美味しい事。

お仕事が忙しくても、必ず自分に構ってくれた事。

そして……、金色の閃光を見てから意識不明だった自分を、研究を続けて治してくれた事。

 

 フェイトは様々な事を語った。

他所の家の家庭事情なんて聞いても楽しくもなんとも無いだろうに、ウォルターは嫌な顔一つせず、それどころか興味津々と言った風に聞いてくれる。

それが嬉しくて、フェイトは久しく無理せずに満面の笑みを浮かべ、母との思い出を事細かに語った。

だが、楽しい時間は早く過ぎる物。

すぐにフェイトの楽しかった幼少時代は終わり、母とのエピソードも小さな物になってゆく。

小さい頃なんてなんとピクニックに出かける事すらあったのに、最近の母との思い出は久しぶりに話しかけてくれたとか、そんな物である。

だんだんと尻すぼみになってゆくフェイトの言葉。

それでも最後まで言えたのは、変わらずウォルターが興味を絶やさずに聞いてくれたからであった。

 

 そんなウォルターに感謝しつつ、フェイトは最後まで話し終えた。

分かっていた筈なのに、現状を確認すると、どうしてもフェイトの内心は落ち込んでしまう。

母が少なくとも表面的には変わってしまったのは、どうしようもない現実だった。

原因は断定できないけれど、やっぱり自分の所為なのかな、とフェイトは思う。

プレシアはフェイトの事を何度も折檻し、その度にプレシアはフェイトをなじった。

どうして母さんを悲しませるの、どうして母さんの言う通りにできないの、と。

そう思うと自分なんて消えてしまったほうがいいんじゃないかとさえ思うが、フェイトにはそれはできない。

フェイトは、プレシアの心には昔の通りの優しさが残っていると信じている。

とすれば、今プレシアはそんな優しさを無くしてしまうぐらいに酷い状態なのだ。

フェイトはプレシアの娘なのだ、そんな母を自分が支えなくてどうしろと言うのだ。

だから近くに居たいけれど、その自分が母の苦しみの一因かもしれなくて。

切なさに、フェイトの胸が痛む。

 

 精神リンクでそんなフェイトの内心を感じたアルフが、悲痛な顔をするのが視界の端に見える。

アルフはなんだかんだでまだ4歳に満たない年齢だ、時々吃驚するぐらい大人っぽい仕草も見せるが、基本的にフェイトより年下である。

思わずフェイトはアルフに手を伸ばし、頭を撫でてやる。

目を細めながら、嬉しいような、苦しいような、複雑な表情でアルフはフェイトの手を受け入れた。

アルフがプレシアを嫌うのは、分からないでもない。

自分がプレシアの娘ならば、アルフはフェイトの娘でもあるのだ。

自分だって母親を傷つける相手が居れば、それが例え祖母のような存在であろうと嫌ってしまうだろう。

けれどフェイトがプレシアの事を好きな気持ちだけは変えられなくって。

板挟みにさせちゃってごめんね、と内心で唱えつつ、フェイトはアルフを撫で続ける。

暫く目を瞑っていて考え事をしていたウォルターは、急に目を見開いた。

 

「聞いていていっぱい伝わってきたけど、お前はプレシアが大好きなんだよな?」

「うん」

「また昔みたいに仲良くなりたいんだよな?」

「うん、勿論」

「だったら俺にできるアドバイスは、一つだけだ。

きっと俺の言葉なんかよりも、きっとこっちのほうが為になる」

 

 ウォルターは腰をかがめ、身を乗り出す寸前のような姿勢で言った。

 

「絶対に、諦めるな」

 

 ごう、と心のなかで炎が巻き上がったかのようだった。

胸の一番奥にある場所が熱くなり、それが一瞬で全身に伝わっていく。

汗が全身から吹き出し、喉の奥はカラカラに乾いてしまう。

けれどそれが全然不快じゃないのだ。

むしろその熱がとても大事な物に思え、フェイトは熱を逃さぬよう両手を握りしめる。

 

「気持ちが中々伝わらない事があるかもしれない。

伝わっても、それを無視されるかもしれない。

受け入れられても、その気持ちが報われるとは限らない。

だけど、それでも諦めるな」

 

 じんわりと体温が上昇していくのが、フェイトには分かった。

全身を得体の知れない熱が伝わり、まるで心のなかにあった氷の刺を溶かしていくかのよう。

胸の中の切なさは、いつの間にか、決意に変わっていた。

自分がプレシアの苦しみの一因だったとしても、それなら自分はプレシアを笑顔にする存在に変わってみせる、と。

 

「お前は、プレシアの事が大好きなんだろう?

それなら、どんな障害があってもその心だけは本物だと、信じ続けるんだ。

例え心裏切られる事があっても、自分の心が何をしたいと思っているか、考え続けるんだ」

 

 渦巻く熱量を吐き出したくて、フェイトは深く息を吐いた。

まるで室温が上がったかのように感じるほどに、吐息は熱かった。

 

「例え何で負けても、心でだけは負けるんじゃあない。

何度挫けても、立ち上がっていけば……道は、必ずある!」

 

 言って、ウォルターは掌に拳を打ち付ける。

パシン、と言う小さな音が、フェイトにはまるで、大鐘が打たれたかのような轟音にさえ聞こえた。

これが、ウォルター。

これが、ウォルター・カウンタック。

リニスの心を燃やしてみせた、小さな英雄。

ウォルターが自分よりたった一つ年上なだけなんて、フェイトにはとても信じられなかった。

どうやればこれ程に熱い人間に育つ事ができるのだろう、とそんな疑問さえ頭の片隅に湧いて出てくる。

だけどフェイトはそれを封殺し、今自分がすべきだろう最適な動作をしてみせた。

 

「……うん、分かった!」

 

 叫び、力強く頷く。

それにウォルターも男臭い笑みを浮かべながら頷き、グッ、と手を握りしめてみせた。

心の炎がより燃え上がるのを感じつつ、フェイトは上気した頬のまま、同じように手を握りしめる。

するとウォルターが握りこぶしを寄せてくるので、フェイトもまた自然とそちらに握りこぶしを伸ばす。

カツン、と小さな音を立てて、拳と拳が打ち合わされた。

 

「約束だぞ? やってみせろよ?」

「うん、当然だよ」

 

 熱く燃える激情のままのフェイトの言葉は、常の物には無い自信が込められていた。

それを感じ取ったのだろう、野獣のような笑みを浮かべると、ウォルターは拳を離してみせる。

胸の奥に宿る約束に、フェイトは思う。

例えどんな事があっても、自分が母を好きだと思うこの心だけは、決して折れる事は無いだろう。

必ず、母を幸せにしてみせる。

新たにしなおした決意により、フェイトの心は生まれ変わったかのようになるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 黄金の魔力光が視界で明滅する。

そのあまりの光量に目を閉じた次の瞬間、瞼を開くとそこは荘厳な城のような場所に変わっていた。

やたら天井が高い古風な建築で、扉もやたらでかく、まるで自分が小人になったような気分だ。

装飾も柱には蔦が巻き付いていたりと、どこか古めかしい感じが拭えない。

それが時の庭園。

以前はミッドチルダのアルトセイム地方にあったと言う、次元航行施設である。

 

「フェイト、まずはリニスの念話の逆探知場所から辿ってみていいか?」

「うん、母さんには念話で連絡しておいたから」

 

 僕が地球に来た翌日、僕とフェイトとアルフの3人は転移魔法で時の庭園へと来ていた。

その座標はティルヴィングが逆探知したリニスの居場所に近く、故に僕はフェイトに許しを得てまずは逆探知した場所へと向かう事にする。

にしても先日は、なんとも言えない夜だった。

わざわざ合流する手間を入れると白い魔導師の邪魔が入る可能性を示唆され、僕はフェイトの拠点に泊まる事になった。

それ自体はいいのだが、中でやっていた事と言えば、僕の関わった事件の話とフェイトの心の鼓舞であった。

 

 果たしてフェイトに対し、僕はあんな言葉を吐いても良かったのだろうか。

何せリニスの話から想像する限り、プレシアはフェイトの事を憎んでいるのである。

勿論それ以外の感情がある事も考えられるが、使い魔の精神リンクで発見した以上、憎しみが無いと言う事はありえない。

せめてその時が来た時、フェイトが僕の言葉を頼りにできるように、必死で取り繕った言葉を吐いたけれども。

けれども、本気でプレシアがフェイトに対し憎しみしか持っていなかったとすれば、僕の言葉は逆効果でしか無い筈だ。

 

 その時は僕は責任を取らねばなるまいが、一体どうやって?

自分でけしかけておいて、自分でフェイトを止めるのだろうか?

考えれば考えるほど暗雲立ち込める未来に、内心げっそりとしつつも僕は頭を振る。

せめてフェイトを連れている間だけでも、暗い想像は止さねばならない。

ただでさえ、昨夜は暗い想像が拭えず、一睡も出来なかったのだから。

 

「そこそこ遠いし、無言で行くってのもアレだ、少し地球に来てからの事、教えてくれないか?」

「え? うん、いいけど……」

 

 と、フェイトは語り始める。

地球に来てまず出会ったのは、ジュエルシードで大きくなった猫だった事。

その時なのはと言う白い魔導師と出会った事。

ただの素人だった彼女が急成長を遂げていった事。

話を聞いてと何度も言われた事。

 

「おかしいよね、私はジュエルシードを巡る敵なんだ、そんな事を言うべき相手じゃあないのに」

「フェイトちゃんの事を知りたい、ねぇ」

「ふん、あんなのただの甘ちゃんの言葉さ」

 

 吐き捨てるアルフに、思わず内心渋い顔を作る僕。

甘い環境で育ったら甘くなるほど、人間は簡単にできてはいないと思うが……。

しかし僕はあのなのはと言う子の事を殆ど知らないに等しいので、この場では黙っておく。

僕自身、そんなに甘い環境だったかと言うと、そうでもない育ちな事だし。

それにただの甘い子だったらすぐにメッキが剥がれるのでは、と思ってから、なんというブーメラン言語なのだろうと思って、僕は落ち込んだ。

メッキが剥がれて困るのは僕も同じである。

そんな僕を尻目に、フェイトは続ける。

 

「私の事なんて知っても、大した価値は無いと思うんだけど……」

「そんな事は無い」

 

 と、思わずアルフと輪唱してしまった。

目を見合わせ、どうぞどうぞと違いに発言を譲ろうとするも、中々順番は決まらない。

いや、私は何時もフェイトと一緒だし、と言うアルフに、ならば尚更アルフの言葉が必要だろうに、と僕。

お互い譲り合っているのにお互い相手に先に話させる事を譲らない、と言う妙な状況になってしまった。

なんだか言っているうちに負けられない気分になってきて、軽く構えながらも譲りあう僕ら。

 

「くす」

 

 と、そんな僕らにフェイトが小さく微笑んだ。

思わずアルフと同時に振り向くと、これ以上無いぐらいに満面の笑みを作ったフェイトがそこに居た。

清流を思わせる邪気の欠片も無い笑みに、僕は内心少しだけドキリとする。

クイントさんやリニスさんも美女だったが、同年代の子を美しいと思ったのはこれが初めてだった。

頬が熱くなりそうなのを全力で統制している僕に何を思ったか、慌てて弁解するフェイト。

 

「い、いや、二人が譲り合っているのが、なんだか面白くって。

……決して、滑稽で笑った訳じゃあないんだよ?」

 

 不安そうに付け加えるフェイトに、思わずまたもやアルフと目を合わせる。

フェイトの言葉からは、少しだけ嫌われるんじゃあないかと言う不安が滲んでいて、それを隠そうとする必死さも垣間見えた。

それがいかにも可愛らしい仕草に思えて、今度は僕とアルフがくすりと笑う。

 

「こ、今度はなんで二人が笑うの!?」

「いや、なー」

「だって、ねー」

 

 アルフと顔を見合わせ、互いに首を傾けながら笑みを交わし合う。

だって、こんな小さな事なのに嫌われたかもなんて思う所がいかにもいじらしくて、心をくすぐる物があったのだ。

こんなに可愛い娘を育てるなんて、リニスさんは子育ての天才だったのかもしれない。

そんな風に思いながら僕とアルフは歩みを進め、それに半歩遅れて、あの、何でなの? と疑問符を漏らしながらフェイトがついてくる。

そうこうやっているうちに、僕らはリニスさんの念話を逆探知した辺りまでたどり着いていた。

 

「此処らへんみたいだけど、此処って……デバイスの工作室、か?」

「ごめんってばフェイト、膨れないで……あ、うん、そうだよ」

 

 後ろではついに頬を膨らませながらプイッと他所を向いてしまったフェイトと、それを慰めるアルフが居た。

僕の言葉で慌てて事態に気づいたらしく、フェイトはすぐさま真剣な表情に戻る。

それでもその頬が僅かに赤みを帯びているのは、ご愛嬌か。

そんな僕の邪念を尻目に、フェイトは硬質な声で返してくる。

 

「うん、私のバルディッシュが作られたのも、此処だった」

「そうか……さて、リニスさんは山猫だったか、山猫の体格で隠れられそうな所は……っと」

 

 ひと通り見回す。

引っかき傷などが無数についた金属製の机、頑丈な工具棚に書物がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれた本棚。

それぞれ中を開けてみるも、全てにきちんと中身が詰まっており、リニスが隠れるようなスペースは無い。

徐々にフェイトの顔が暗くなっていくのを尻目に、僕は一通り調べ終えると、うん、と一つ頷いた。

膝をつき、手を床に添える。

つつ、と動かすと、僅かに凹凸を感じられる部分があった。

そこを指で押し込むと、ビリリ、とシールが破ける音の直後、隠されていた取っ手が現れる。

そして取っ手を掴むと、一気に持ち上げた。

 

「ていっ」

 

 パカッ、と開いたその収納の中には、丸くなった山猫が一匹。

2年半も前の事なのであまり覚えていないが、リニスさんはこんな山猫だったような気がする。

流石僕、いや僕の勘だな、と中途半端に自画自賛しつつ、確認のため二人へと肩越しに振り返った。

すると二人は、目を丸くしながら人差し指を開いた隠し収納に向けている。

パクパクと口を上下させた後、飛びつくように喋り始める二人。

 

「え、ええっ!? な、なんでそんなのが分かるの!?」

「ずっと此処で暮らしていた私達でさえ見つけられなかったのに!?」

 

 肩を掴まれグラグラと揺らされる。

内心ため息をつきながら、僕は答えた。

 

「見つけられなかったのは、どうせこの部屋はこのままにしておいてくれ、とかそういう風に言われていたんだろう?

埃は積もっていなかったから掃除ぐらいはしていたんだろうが、それじゃあ上から迷彩された隠し収納は分からないわな。

俺が分かったのは、まぁ勘と、あとはこんな鉄臭い部屋なのに微かに食べ物の匂いがして、昔は台所か何かだったのかな、と思ったとか」

「よ、よくそんなの分かるね……」

「よく見ると、壁の色がちょっと違う所もあるだろ?

今は窓の外が次元空間なんで分かりづらいが、日が指して居れば日焼けしていた部分だ。

その境目が見えるって事は、前は工作室以外の用途で使われてたって事だな」

「そういえば、リニスが時の庭園は何度か所有者が変わった事のある、息の長い施設だって言っていたような……」

 

 関心して黙りこむ二人を尻目に、僕は取り急ぎ中のリニスさんを抱えて取り出す。

ティルヴィングで早速魔力パターンの波形を調査、僕の記録したリニスさんの物と一致するのを確認。

 

「よし、こいつは確かにリニスみたいだ」

「本当っ!?」

「良かった、アイツはまだ生きていたんだねっ!?」

「ただ……」

 

 喜色満面となる二人に、思わず渋い声を漏らす僕。

 

「魔力が物凄い少なくなっている、これじゃあ普通に供給するだけじゃあ足りないな」

「……え?」

 

 疑問詞を上げるフェイトに、噛み砕いて僕は説明した。

 

「使い魔を持っているお前なら知っている事かもしれないが……。

使い魔は元々主以外の魔力をプールさせておく事はできても、自身の根幹部分の構成に使う事はできないんだ。

つまり誰かがリニスさんの主になって、魔力を供給する必要がある」

「それなら私がっ!」

 

 思わずと言った様相で申し出るフェイトだが、僕は頭を横に振る。

 

「いや、普通に主になるだけじゃあ駄目なんだ、それじゃあリニスさんを素体に新しい使い魔を作る事になってしまう。

だからまぁ、使い魔に関する専門的知識が必要なんだが……」

 

 と、そこまで言ってから、僕は意識して男らしい笑みを作った。

暗い表情の二人を前に、ビッ、と親指で自身を指さす。

 

「それなら、俺が居る」

「……え?」

 

 疑問詞を上げる二人に、くすりと笑みを漏らしながら、僕は続けた。

 

「かつてリニスさんから主の名としてプレシアの名前だけ聞いていてな、どんな人物か調べた事があるんだ。

抹消されてる記録も多かったが、研究に関しては割りと簡単に出てきた。

そしたら研究の一つに、使い魔に関する特殊研究って奴を見つけてな。

次元エネルギー関連とかは置いておいて、先ずそれからって事で論文を読破してきたんだ。

だから俺は、ある程度使い魔に関しては融通の効く知識を持っているのさ」

 

 事実である。

プレシアについて調べた時出てきた研究はやたら違法性が高い物が多く、記憶転写関連や次元エネルギー関連など、閲覧禁止になっている物が多かった。

その中で最も違法性の低く、閲覧可能な研究がそれだったので、まずそれから理解してみようと論文に手を出したのだ。

一応これでもティルヴィングに教育されて、博士号ぐらいなら取れるレベルの教養を持っている僕である。

まだ完全に理解したとまでは言えないが、使い魔を変質させずに契約を結び直す事ぐらいなら何とかできるのだ。

 

「それじゃあ……っ!」

「あぁ、俺がリニスさんの主として、契約を結び直す。

ちょっと広い場所が必要になる、案内してくれるか?」

「うんっ、こっちに私が魔法の練習に使っていた広場があるからっ!」

 

 と、小走りになるフェイトに、苦笑しながら僕はついていく。

勿論、問題が無いわけではない。

当たり前だが、僕は内心を悟られる訳にはいかない為、リニスに対して精神リンクを開くことができないのだ。

主従としてそれは歪だし、やってはならない事だと僕も思う。

けれどまぁ、僕が主になっても、この技術の完成者であるプレシアの手を加えれば、プレシアとの再契約なども容易だろう。

それが許される事態ではなくなってしまっても、管理局などの技術者の手を借りればフェイトとの再契約も可能だ。

腰掛けの主になるけど、構わないよな、と内心リニスさんに呼びかけながら、僕はフェイトの後についてリニスさんとの契約を結びに行くのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「リニス、早く元気にならないかなぁ……」

「うん、そうなったらお祝いだねっ、フェイトぉ!」

 

 きゃいきゃいと話し合う二人に半歩遅れ、僕は一匹の山猫を抱えながら歩いていた。

優に大人が7人は並べるだろう巨大な廊下を歩き、僕らは今プレシアの元へ向かっているのである。

何せ僕が此処に来た理由は、リニスさんの命を助ける事だけじゃあない、彼女の願いを叶える事なのだ。

プレシアとフェイトを助けてください。

その願いを叶える為には、プレシアの人となりを知らねばなるまい。

勿論リニスさんの言から悪い人では無いんだろうと分かっているし、フェイトの言葉から昔は良い母親だったと聞いている。

けれど一番いいのは、直接出会う事だろう。

家主に挨拶抜きで居るのも心苦しいし、と言う訳で、僕はフェイトと共にプレシアに挨拶しに行く事にしたのだ。

 

 僕とリニスさんとの契約は、無事に成立した。

しかしリニスさんは僕が思っていたよりも高性能な使い魔だったらしく、基幹構造の再生だけでいきなり僕の魔力が半分も使われてしまった。

強靭な僕のリンカーコアでも、これは流石に辛い。

正直言って、戦闘を満足にできるコンディションでは無いだろう。

しかも契約がまだ完全に繋がっていないからか、僕はリニスさんから離れる事ができない。

加えてリニスさんは、今の状態で攻撃を受ければ容体がどうなるか分からない状況だ。

と言っても、まぁプレシアがどんなに邪悪な人間だったとして、いきなり戦闘になる事はなかろう。

……無い、よなぁ。

と、なんだか嫌な予感がするのに、内心ですら語尾が怪しくなる。

そんな僕の内心を読み取ったのか、ぴたり、と停止して振り向くフェイト。

 

「その、かなりの魔力を使ったみたいですけど、具合は大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だって、まだ半分近く魔力は残っているしな」

 

 リニスさんを片手で支え、ぐるりと腕を回してみせる。

そんな僕の様子を気遣ってくれたのか、フェイトは納得した様子を見せて再び前に体を向ける。

年下に気遣われるのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。

案外心にくる物なんだな、と内心苦笑を浮かべつつ、フェイトに続いて僕は時の庭園の道を歩んでいった。

 

 数分ほど歩いただろうか。

巨大な扉を前にしてフェイトが立ち止まる。

そのだいぶ前でアルフが立ち止まり、口を開いた。

 

「それじゃあ、私はいつも通り適当な所で待っているから」

「へ? 一緒に行かないのか」

 

 思わずそう漏らす僕に、苦笑するアルフ。

やんわりと追求して欲しくなさそうな空気に、僕はそんな事もあるか、と納得した様子を見せる。

扉を開くフェイトに続いて、僕もまた部屋の中に入っていった。

 

 巨大な部屋であった。

吹き抜けの高い天井に、そこら中を覆い隠す濃紫色のカーテン。

しかし窓は一つも見当たらず、何処か閉塞感がある。

部屋の中心には青いレンズのような発光体が埋め込まれており、そこから発せられる光が薄ぼんやりと部屋を照らしていた。

そんな発光体と扉をと結ぶ直線で赤い絨毯が敷かれており、その直線の反対側には矢張り赤い絨毯が、その終点にはやたら背の高い椅子がある。

 

 その椅子に、一人の女性が座っていた。

薄紫色の髪に紫玉の瞳、体は豊満で肌は青白く、魔女と言う形容がよく似合う美しさである。

年の頃は一見見分けがつかない。

服装は露出が多く、なんというか、フェイトのバリアジャケットを思うに、あぁ、フェイトの母親なんだなぁ、と言う感じの服装。

肌にもシワひとつ無く艶然とした美貌を誇るものの、その目には深い隈が刻まれ、肌の青白さは不健康的な容体を思わせる。

何よりその威容が年長の威厳を想像させ、余計に年齢の見分けをつかなくしていた。

 

「母さん、ジュエルシードの探索の、報告に来ました。

それと先程話した通り、偶然出会ったウォルターを連れて此処に」

「……そう、分かったわ。

母さんはまず、ウォルターと少しだけ話があるの。

一旦席を外してもらえるかしら?」

 

 そう言うプレシアの言葉には、フェイトへの労りは少しも感じられなかった。

予想通りの反応に内心が陰鬱になるが、単に部外者が居るから抑えているだけかもしれない、と自身に言い聞かせる。

こちらを視線で伺うフェイトに、一つ頷いてやると、フェイトは小さく肯定の返事を返し退いていった。

扉を開け閉めする音が、広い部屋に響き渡る。

フェイトの軽い足音が徐々にこの部屋を離れていき、やがて聞こえなくなった。

僕はそれを合図に足を踏みだし、発光体の上にまで歩みを進める。

 

「初めまして、ウォルター・カウンタックだ。

リニスさんを抱いたままで失礼する」

 

 軽く頭を下げ、それから視線をやる。

プレシアは僕を、氷の視線で見ていた。

まるで自分が本当に氷漬けになって動けなくなってしまっているんじゃあないかと思うぐらいの、威圧感。

それを感じていないかのように、強がりで肩を竦めてみせる。

半目になり、ようやく口を開くプレシア。

 

「ウォルター、ね。

全く、余計な事をしてくれる餓鬼だ事。

わざわざ廃品を回収して復活させるだなんてね……」

「廃品、だと?」

 

 思わずこちらも怒気を強め、言った。

フェイトもリニスさんもプレシアを悪くは言わなかったが、そもそもリニスさんを使い捨てにするような人間である。

あまり上等な反応は期待していなかったけれども。

他所の子供の僕が賞金稼ぎをしていると言うだけで涙ぐんでしまったリニスさんを、思い出す。

あの涙もろく、子供に甘く、フェイトを大切にしていたリニスさんを、廃品、だと?

 

 腹腔を炎が湧き上がるのが自分でも理解できる。

久しく覚えの無い程の怒りが、僕の中を渦巻いた。

必死で力もうとする手を抑え、リニスさんを抱える手に力を入れないよう努力する。

それでも力は入ってしまったのだろう、リニスさんが僅かに身動ぎするのが僕の両手に伝わった。

そんな僕を尻目に、プレシアは立ち上がる。

 

「そればかりか、何時だったかはムラマサを破壊までしてくれたと聞くわ。

廃品回収だけなら目障りなだけで済ませてあげるけれど……、ムラマサの破壊だけは許せない。

アリシアの助けになる可能性の高かった、あのロストロギアを破壊するなんてね……」

 

 莫大な魔力が、プレシアを中心に渦巻いた。

咄嗟にこちらも身構え、リニスさんを片手持ちにし、ティルヴィングをセットアップする。

それでも普段両手で持つ大剣を片手で持つのだ、慣れない重みに内心舌打ちした。

プレシアはと言うと、待機状態だったデバイスを杖へと変換。

一目でワンオフと分かる形状の杖を、こちらに向ける。

狂気の渦巻く視線が、僕の目と合った。

 

「貴方だけは……、私の手で殺さないと気が済まないッ!」

「……上等ッ!」

 

 それを合図に地面を蹴り、体を突き動かす。

背後をプレシアの放った紫電が打ち抜き、轟音を立てて床を砕いた。

クラナガンでかつて調べたプレシアの魔導師ランクは、条件付きSS。

魔力の供給があればSSランクとの事だが、目を細めれば何処ぞからプレシアに魔力が供給されているのが分かる。

とすれば、プレシアの戦闘能力はSSランク相当。

これまで僕の戦った敵の中でも最強の魔導師との戦いが、今始まるのであった。

 

 紫電が連続して走る。

地面に立っていて、地面を走る雷撃にやられるんじゃあ話にならない。

僕は地を蹴り空中に躍り出て、広いとは言え一つの部屋での空戦を余儀なくされる。

空中を自在に動きまわりプレシアの雷撃を避けるが、こちらは一度でも防御魔法を貫通されたら終わりである、中々前に進む事ができない。

プレシアの使うサンダーレイジは、一撃目の雷で拘束、二撃目で雷撃と言う二段構えの魔法だ。

当然魔法としては重量系に属し、連発できるような魔法ではない。

のだが、プレシアはそれを容易く連発してくるのであった。

流石大魔導師の面目躍如か、と内心毒づきつつ、僕は遅々とした歩みで前に進んでいく。

ティルヴィングを振るおうにも、一度押し負けて捕縛されてしまえば、そこからエンドレスで雷撃が来るのは簡単に予想できた。

そうなれば僕などすぐに黒焦げである。

そんな僕をあざ笑うプレシア。

 

「そういえば、あっちの不良品とも貴方は仲が良かったわね。

廃品に不良品、貴方はゴミ拾いか何かかしら?」

「不良品だぁ?」

 

 疑問詞を吐きながら、ティルヴィングの側面で雷撃を逸らしつつ空中跳躍、したと見せかけ平行移動。

先読みで放たれた雷撃を避けつつ再び僅かながら前進してみせる。

しかし直後雷撃に混ざり飛んできた直射弾に撃ち負け、一歩進んで二歩下がる状態となってしまった。

せめて両手が使えればまだ違ったのだろうが、リニスさんの命を考えるとそうはいかない。

そう考えていると、口元に半月の笑みを浮かべ、プレシアは叫んだ。

 

「それは勿論、あの子……フェイトの事よっ!」

「……てめぇっ!」

 

 目の前が真っ赤になりそうなぐらいの怒り。

昨晩フェイトがプレシアの事を語っていた時の、幸せそうな顔が思い出される。

あれだけ純粋に母親の事を思ってくれる子を、よりにもよって、不良品などと呼ぶのか。

全身がはち切れそうなぐらいの怒りが湧いてきて、思わず前に出ようとする、振りをして下方へ落下。

頭上を雷撃が飛んでいくのを感じながら、僕はプレシアに向かって突進する。

当然直線になる動きに、にやりとプレシアは嗤った。

 

「ばぁか」

 

 紫電が僕へ向かって直進。

僕はそれに対し、ティルヴィングを振るって対抗する。

激突。

一瞬僕の斬撃が押すものの、直後2つ3つと飛んでくる雷撃にこちらが押し込まれそうになる。

だが、野獣の笑みで微笑んでいるのは、こちらもまた同じであった。

 

「ティルヴィングっ!」

『ロード・カートリッジ』

 

 排出される薬莢が、金属音を立てて床を転がる。

今や5つになっていた雷撃を纏めて切断。

余波が嵐のように吹き荒れ、髪を渦巻かせる。

 

「くすっ、廃品にあれだけの魔力をつぎ込んだ今、そんな無茶をしていいのかしら?」

「……」

 

 しかし代償として、僕の全身の毛細血管がいくつか破裂。

耳朶や眼球から耳血や目血をこぼし始めた。

邪魔臭いそれを拭いつつ、僕は口を開く。

 

「無茶? まだ血反吐も吐いていない、骨も折れていない、内蔵も破裂していない。これの何処が無茶だって!?」

 

 口が耳まで裂けるつもりで笑みを形作り、僕は笑った。

それに気圧されたのか、僅かにプレシアの連撃が収まる。

——今だ!

内なる勘の命令に従い、僕は突進を開始した。

 

「ちぃっ!」

 

 紫電をティルヴィングの斬撃で切り裂き進む。

微かに残った電撃は、決してリニスに届かないようリニスにだけ防御魔法を貼り、残りは全て肉体で受けた。

肉の焦げる匂いと神経が加熱される痛みが踊り狂う。

だが、僕は直進を止めない。

代わりに口先を開き叫ぶ。

 

「リニスから聞いていた、お前がフェイトの事を憎んでいるってな」

「だから何よっ!」

 

 叫びと共に、プレシアは雷撃を一旦停止、他の魔法に切り替える。

一瞬だが僕の身が自由になり、ようやく雷撃を抜け切れた安堵が体を支配した。

しかし、それも正に一瞬の事である。

次の瞬間、100個近く形成された直射弾スフィアに、脊髄を死の予感が駆け抜けた。

 

「不良品だなんて言うなんて、よっぽど憎んでいるみたいだなぁっ!」

「そうよ、その通り、あの子はその廃品と同じ紛い物っ!

だから目障りな貴方と一緒に、その廃品も消えてしまいなさいっ!」

『ロード・カートリッジ』

 

 咄嗟にカートリッジを使用。

7つの弾倉のうち一つが排出され、薬莢が床に跳ねる。

強化された僕の砲撃魔法が高速発動、僕とプレシアを結ぶ直線を辿るように伸びていった。

が、次の瞬間プレシアがニヤリと微笑む。

プレシアのファランクスシフトが発動したのだ。

リニスの物の3倍以上の密度の魔法に、2秒と持たずに砲撃は圧壊。

その間にもう一弾カートリッジをロードし、強化防御魔法を発動するも、それすら1秒で掻き消える。

それで直射弾は何とか相殺できたのだが、100を超えるスフィアはまだ残っていた。

再び、背筋が凍りつくような戦慄。

 

「スパーク……エンドッ!」

 

 閃光。

爆音。

視界が赤く染まり、悲鳴を上げそうになる自分をどうにか抑えるのに必死だった。

まるで背中が掻き消えてしまったかのような感覚。

それでいて、その内側のむき出しの肉に、焼き鏝を押し付けられたような痛みが走る。

完全に背側のバリアジャケットを粉砕されたのだ。

血反吐を吐きつつも、咄嗟にリニスさんを庇って背中を向ける事ができた事に、僅かに安堵する。

野獣の笑みを浮かべながら、僕は肩越しに振り返った。

 

「……消えなかったみたいだぜ?」

「……ひっ」

 

 プレシアが、半歩下がった。

何のつもりか分からないが、隙ができた事は好都合だ。

無理やり体を動かし、ティルヴィングを片手で構え、地面を蹴り再び空中へ。

紛い物の言葉を叫んでみせる。

 

「その割には、フェイトをずっと側に置いているじゃねぇか!

あんたの思いは、本当の願いは、フェイトを憎んでいるだけなのかっ!?」

「何も、知らない癖をしてぇ!」

「……ちっ!」

『切刃空閃・マルチファイア』

 

 再び直射弾を形成しようとするのに、僕は白光の直射弾を20個瞬間形成、無理やり割り込んで阻止する。

そう、僕は何も知らない。

プレシアの事も、フェイトの事も、まだ僕は会ったばかり。

何か言える程の事を知っている訳じゃあないし、その義理だって無い筈だ。

けど、それでも。

 

「知っているさ。

ついさっきだが出会って、あんたの本気の攻撃をこうやって凌いでいる。

それだけで、あんたの心を知ったと言うには、充分過ぎるぐらいじゃねぇか?」

「知った風な口をっ!」

 

 それでも打ち漏らした直射弾が飛んでくるのを、ティルヴィングを振るい排除。

一瞬だが僕とプレシアの間に何もない直線ができる。

背中の大怪我を押して戦える時間は然程長くない、突進あるのみだ。

 

 僕は本当は、プレシアの内心なんて少しも分からない。

ただ、その瞳に憎しみ一辺倒なんてもんじゃあない、複雑な光があるのが分かるだけ。

憎んでいる筈なのに、僕の事を邪魔に思っている筈なのに、その瞳を見るとまるでプレシアが泣き叫んでいるようにさえ聞こえるのだ。

勿論目が話している、なんていうのは何の根拠にもならない。

そんな薄い根拠に縋ってプレシアの内心を、僕に都合よく想像するのは、きっと悪行だ。

だけど、僕は言わねばならない。

僕はUD-182の志を受け継ぐ為に、叫ばねばならない。

 

「あんたの望みは何だっ!

何のためにジュエルシードを集め、何の為にムラマサを手に入れようとしたっ!」

「……貴方如きの知る所じゃあないっ!」

「なら、無理やりにでも聞かせてもらうぞっ!」

『ロード・カートリッジ』

 

 ついに僕は、プレシアに肉薄した。

薬莢を排出、強化した膂力で魔力付与した斬撃を放つ。

片手持ちで怪我があり、魔力は半分程でリンカーコアに異常だ、その威力は断空一閃と呼ぶには程遠い。

当然プレシアの咄嗟の防御魔法に押しとどめられ、このままでは弾かれるのが関の山。

だが、ティルヴィングの弾倉には残り3つのカートリッジがある。

これを連続してロードすれば、斬撃を通す事も可能だ。

勝利の予感に薄く笑った、まさにその瞬間であった。

ドアの開閉音。

 

「母さん、一体何が……!?」

 

 フェイトの声が、血まみれの耳朶に響く。

一瞬だけプレシアと目が合い、すぐにその視線がフェイトを発見、口元が歪になるのが分かる。

再び背筋が凍りつくような戦慄。

 

「ティルヴィングっ!」

『ロード・カートリッジ。強化縮地発動』

 

 薬莢を跳ねさせ、僕は高速移動魔法を発動。

フェイトの目前にまでたどり着くと同時、プレシアの手から圧倒的な魔力が弾けた。

 

「サンダースマッシャーッ!」

 

 怒号と共に、紫電の砲撃が完成。

こちらもまたカートリッジをロード、強化した防御魔法をフェイトを含めて発動する。

刹那の後、凄まじい衝撃が僕らを襲った。

辛うじて床に突き刺したティルヴィングを盾に、歯が割れそうな程に噛み締め、耐えぬく。

何時終わるともしれぬ衝撃に耐え切った時、ついに僕は全身の力が抜けていくのを感じた。

崩れ落ちそうになる体に鞭打ち、叫ぶ。

 

「ティルヴィング、高速転移っ!」

『了解しました』

 

 何とかプレシアの言葉を引き出せそうだっただけあって悔しいが、最早僕に戦闘能力は残っておらず、残る手は逃げのみ。

何時しかナンバー12が使った物を研究していた甲斐があり、転移魔法は即時発動する。

プレシアの手に次弾が装填されるより早く、僕を白光が包んだ。

視界が暗転、僕は時の庭園から逃げ去る事に成功するのであった。

 

 

 

 

 


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