仮面の理   作:アルパカ度数38%

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2章8話

 

 

 

 僕が飛び出すと同時、遠く戦場となっていた部屋からプレシアの声が聞こえる。

 

「——確実に心臓を止めたわ、それでも私を守るなんて戯言を吐けるかしら?」

「……ぁ」

 

 偽悪的にあざ笑うプレシア。

その声が痛々しくて、僕は余計に心の中を燃やしながら、床板へとティルヴィングと共に激突。

ぶち抜きながら階下に登場する。

ダンッ、と床板を響かせながら着地、パラパラと崩れる元床板に囲まれ、ゆっくりと起き上がる僕。

まず目に入ったのは、唖然とした顔をするプレシアであった。

探していた彼女が一番に見つかるとは幸先がいい。

口を開けている彼女を見据えながら、僕は叫んだ。

 

「いいや、俺は死なないっ!」

 

 声が物理的な波として衝撃を放ったかのように、プレシアが一歩退いた。

それから一歩下がった自分を信じられない物を見る目で見つつ、愕然とするプレシア。

僕はそれに僅かに目を細めるだけにし、すぐに仲間たちを探すことにする。

あたりを見回し、斜め後ろを振り返ると、目を丸くしてこちらを見ているフェイトが目に入った。

クロノもそれより少し後ろに立っており、隣にはいつの間にか到着したなのはが居る。

全員目を丸くしているのが少しだけ可笑しくて、僕はくすりと内心微笑んだ。

あまり心配をかけてもいけないだろうと、僕はUD-182の勇敢さを思い出しながら、叫ぶ。

 

「俺は負けない! 誰にも、何にもだっ!」

「——っ」

 

 フェイトとクロノ、そしてなのはにユーノが息を呑む音が聞こえた。

勿論、僕など精神的な弱者に過ぎないというのが現実だ。

僕なんていつも暗い考えばっかりで、すぐに心が折れそうになる弱い精神しか持たない。

けれど、どれだけ心で差をつけられても、この肉体があれば誰にだって勝てる。

そんな自負が、僕の内側にはあった。

僕の3倍の魔力を持つプレシアを正面に見てさえ、僕はそんな言葉を吐けた。

 

 視線をプレシアに戻す。

動揺していた彼女はすぐに落ち着きを取り戻したかのように見えた。

しかし、その腕が僅かに震えている事が、その表面が取り繕いでしか無い事を示している。

僕が目を細め、一歩踏み出そうとした瞬間、プレシアがあざ笑う。

 

「へぇ、なら貴方は最強の魔導師だとでも言うのかしらっ!」

 

 視界に重なるように、これまでの強敵達が次々に浮かんできた。

どの敵も、圧倒的に強い人間たちだった。

精神の格が違い、そこに人間としての価値の差を知らされてきた。

すべての人々が、僕なんかでは及びもつかない程の心の強さだった。

 

 けれど。

だけれども。

僕は、そんな人々全てに、最終的に勝利を納めてきたのだ。

ならば少なくとも、この肉体だけに限れば、僕は。

こう叫んでみせるのだ。

 

「そうさ、俺は次元世界最強の魔導師だっ!」

 

 力の限り叫びながら、僕は地面を蹴り飛翔する。

プレシアが杖を構え、紫電を走らせた。

 

「戯言をぉぉおっ!」

 

 絶叫と共にサンダーレイジが発動、次々と僕へと向かってくる。

僕はそれをわざとギリギリで避けてみせ、軽く掠るぐらいの軌道で突っ込んだ。

紫電の走る、チリチリした感覚が全身を覆う。

心臓が止まるような恐怖が、僕の全身を支配した。

今にも涙が滲んできそうになるのを、必死で歯で口内を噛み切り耐える。

体が麻痺して動かなくなり、僕は恐怖に怯え体をこわばらせた。

それでも僕は必死で、内心で叫ぶ。

 

 ——それが、どうしたっ!

心のなかで絶叫すると同時、僕は狂戦士の鎧によって無理矢理肉体を動かす。

神経が泣き叫び、脳がパンクしそうになるぐらいに痛みの信号が送られてきた。

けれども、僕は勇ましい叫び声をあげてそれを押しつぶすのだ。

 

 痛みはある。

恐怖はある。

けれど僕は、それを押し殺して動き、戦えているのだ。

——ならばそれでいい、これでいい!

 

 必死の強がりで体を動かし、雷をスレスレでかわしながら僕はプレシアに迫る。

それに目を見開き、プレシアが忌々しげに口を開いた。

 

「あの一撃を食らって、少しも怯えないなんて、正気!?

次に食らえば、間違いなく貴方は死ぬのよ!?」

「生憎、俺をビビらせるにはそれだけじゃあちっと足りねぇなぁっ!」

 

 叫びながら僕は高速移動魔法を展開、紫電を避けながら足を進める。

距離はあと20メートルほど、先程の中断地点まで後少しと言うぐらい。

だが当然、先に進めば進むほど弾幕は濃くなり、進むのが難しくなっていく。

それでも僕は会話を止めず、偽りの言葉を叫び続けた。

 

「なぁ、あんたが本当にフェイトを憎んでいるのなら、何故俺が吹っ飛んでいった後にフェイトを殺していないんだ。

いや、それどころか、ペラペラお喋りまでしてたみてぇだなっ!」

 

 危険な言葉であった。

じゃあ殺すと言われれば僕は途端に劣勢に変わらねばならない。

フェイトを守りながらプレシアを倒すのは困難に過ぎるし、フェイトを退避させれば今度はプレシアを本当に救う事ができなくなってしまう。

確かにプレシアの目には、フェイトに対する慈しみのような物が見えた。

けれど僕はそれが本当に確信できる程の物とは思えなかったのだ。

だからこれは、危険過ぎる賭け。

プレシアが救えるから吐く言葉ではなく、その通りの事実じゃなければプレシアを救えないからと言う、盲信から生まれた言葉。

こんな言葉に頼らねばならないぐらい、僕の他者の心を見抜く力は弱い。

そんな弱さに頼らねばならない今の僕は、心細くて今にも心折れそうだ。

救いたいと、そう叫べるようになった筈なのに、僕といえば同じ事を繰り返してばかりでまるで成長がない。

けれど。

プレシアは、顔を歪ませた。

 

「それは……! あの子に、いえ、あの人形の生死に、もう興味なんてないからよっ!」

 

 杖を振り上げ、空気分子が裂けるような凄まじい勢いで振り下ろすプレシア。

絶叫する彼女に、しかし僕は嘘の色を見た。

今度こそ僕は確信的に、プレシアが嘘をついている事を見ぬいたのだ。

つまり、すると、確かにプレシアはフェイトを愛していた事を認めつつあるのではないだろうか。

 

 僕は、急に目の前が大きく開けたような感覚を得た。

胸の奥にある僕の心の居場所が、窓を開け放ち、天井を通り抜けて蒼穹を見て、どこまでも広がっていくのを感じる。

今や僕は、不思議な全能感をさえ得ていた。

何時もは怖がりで、細心の注意を払って確認してから一歩をようやく踏み出せる僕。

けれど今は、霊的な勘に全てを任せて両足を次々に踏み出し、雷のような速度で駆け抜ける事ができるよう感じるのだ。

 

「嘘つけ、そんなに現状を見つめるのが嫌なのかっ!

本当は愛していた相手を、人形同然の扱いをしていた自分を見据えるのは、そんなにも怖いかっ!」

 

 勿論怖いに違いない。

自分の間違いを見据えるのは、僕だって当たり前に怖くてたまらない。

特に僕の間違いはUD-182の間違いとなってしまうのだ、認めてしまえば僕が彼の存在を汚してしまったかのように思えてしまう。

そう思うと、何時だって心が凍りつくような感じになってしまい、僕は足踏みばかりだ。

けれど今は何故か、過去の間違い全てが必要だった事のように思えて、間違いが否定ばかりすべき物ではないかのように思えて。

勿論間違いは僕の心に傷を残していくのだけれども、その痛みに耐える事が、辛うじてだけどできて。

全てを受け入れられるような気さえもして。

だから僕は、叫ぶ事ができた。

 

「今を見つめなければ——、あんたが本当に求めている物は、その目に映りはしないっ!」

「黙れぇぇっ!」

 

 絶叫と共に、プレシアは僕との距離が縮まってきた事に反応し、即座に魔法を組み替える。

それは紫の花弁が舞ったようにさえ見えた。

瞬き程の時間でそれは無数の光と化し、僕の視界を埋めていく。

現れたのは、もはや数える事すらままならない数の、直射弾スフィアだった。

それもプレシアから横一直線にではなく、僕の前方半分を半球状に包むように設置されている。

 

「死ね、死んで、そしてもう黙りなさいっ!」

 

 絶叫と共に、秒間10発を超えるフォトンランサーが僕へと降り注いだ。

フェイトのファランクスシフトの、軽く見て5倍はあろうかと言う数のフォトンランサー。

しかもその一つ一つに込められた魔力は、フェイトのそれの3倍はあるだろう。

概算でフェイトの15倍以上の威力と言う、圧倒的殲滅力が僕の目前にそびえ立つ。

 

 流石の僕の背筋にも、死への戦慄が走る。

しかしそれでも尚、僕の霊的な勘は行くべき道を感じ取っていた。

迷いなく僕はその道を高速移動魔法で行きつつ、少しでもその道が広がるよう攻撃魔法を放つ。

そうしてみて、初めて僕は理屈で自分の行動を理解した。

プレシアの魔法は膨大な数のフォトンランサーであり、更に込められている魔力も超常の物のため、フォトンランサー同士で干渉して僅かな空隙ができていたのだ。

 

 本来は10歳児の僕の肉体ですら半分ぐらいしか入らないそれを、何とか魔力を使ってこじ開け、先へ先へと突き進む。

それは、紫電の海を泳ぐ行為に似ていた。

僕はフォトンランサーの波が干渉して凪ぐ瞬間を次々と見つけ、そこを渡り歩くように攻撃魔法でこじ開け、進んでいく。

不思議と恐怖は欠片と無かった。

一発でもフォトンランサーに当ってしまえば、連鎖的に攻撃を受けてしまい、今度こそ骨も残らず消し飛ばされると言うのにだ。

それは多分、僕の中にプレシアに勝てると言う不思議な確信があったからに違いない。

10秒程の斉射時間が終わる頃には、僕は奇跡的にも一撃も貰う事なくスフィアの雨を抜け出し、プレシアに肉薄していた。

 

「はあぁああぁあっ!」

『断空一閃、発動』

「……ぐっ!」

 

 絶叫とともにカートリッジを使用し、断空一閃を発動。

超速度で振り下ろし、一瞬で20近い障壁を削り取るも、そこでプレシアの杖による防御が間に合い、鍔迫り合いとなった。

単純な攻撃力の差では、瞬間魔力放出量でも最大魔力放出量でもプレシアに分がある。

しかし僕は僅かに剣を引きプレシアのバランスを崩そうとしたり、重心を傾け相手の空振りを誘ったりと、技術的な面でプレシアに迫った。

やはり近接戦闘においては、3倍の魔力差があろうと、僕の方が上手である。

ニヤリと微笑むと、僕はプレシアの心を救うために、そしてプレシアを救いたい自分の為に、次ぐ言葉を叫び続けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 プレシアの脳裏を、かつての光景が過ぎった。

まだアリシアと多くの時間を過ごせていた頃、プレシアは時にアリシアを連れてピクニックに行く事もあった。

どこまでも続く緑の原っぱで、楽しく駆けていくアリシアを見るのは、プレシアの至福の時間の一つであった。

二人はよく花の冠を作る事があった。

そんな時はアリシアと作業を分担し、アリシアは花を集める係、プレシアは冠を作る係としてお互いに協力しあって花の冠を作った物であった。

できた冠は、時にアリシアの物となり、時にプレシアの物となり、そして時には二人でお揃いの冠となった。

そんな風に冠を二人で作った、最後の時の会話が、プレシアの精神の奥底で響き渡る。

プレシアがアリシアに誕生日プレゼントは何がいいか、と聞いた時の事である。

唇に指をやり、首を傾け、少し迷って見せてからアリシアは言った。

 

「私、妹が欲しいっ!」

「えっ……」

 

 想起される光景に、プレシアは思わず赤面した。

そんなプレシアを尻目に、アリシアは嬉々としてその理由を話す。

 

「だって妹が居ればお留守番も寂しくないし、ママのお手伝いもいっぱいできるよ!」

 

 満面の笑みで言ってみせるアリシアに、プレシアは戸惑いを見せるが、それには気づかずアリシアは続けた。

 

「妹がいい、ママ、約束っ!」

 

 元気いっぱいに差し出された小指。

プレシアはその輝かしい笑顔を曇らせるのがどうしようもなく躊躇われて、結局微笑みながら小指を差し出した。

二人の小指が触れ合い、ぎゅ、と握り合う。

プレシアはその暖かな感触を、あれから20年以上経った今でさえ、確かに覚えていた。

そして今は、その感触だけでなく、アリシアとした約束でさえも。

 

「おぉおぉぉっ!」

 

 ウォルターの絶叫に、白昼夢に心奪われていたプレシアは意識を取り戻す。

また意識が飛んでいたようだ。

プレシアはジュエルシードの莫大な魔力を操っているが、それで体にかかる負担は相応の物である。

意識が飛びかけたのも、これが初めてでは無い。

にも関わらずプレシアがウォルターとの戦闘を続けていられるのは、魔力の関するあらゆる能力が3倍以上の差がある為である。

魔力の収束技能、魔力の瞬間放出能力、魔力の精密操作……。

あらゆる魔法技能でプレシアはウォルターに優っていたが、それでも尚ウォルターはプレシアに食いついていた。

否、それどころか。

 

「まだだ、まだ俺は負けないっ!」

『縮地発動』

 

 プレシアの最高の技量を持って隠蔽発動されたスフィアに感づき、高速移動魔法で場所を変更。

プレシアの側面に回りこみ、肩に担ぐようにしたティルヴィングを超速度で振り下ろしてくる。

それも、カートリッジを数発使った、超威力の一撃をである。

空気分子が焦げる匂いすら感じ、戦慄するプレシア。

多重障壁でどうにか抑えている間にデバイスを合間に割り込ませ、辛うじてプレシアはウォルターの一撃を防ぎきった。

再び鍔迫り合いになるのに、プレシアは内心舌打ちする。

それどころか、ウォルターは一度縮めた距離を殆ど開かせない。

常に一足の間合いにプレシアを入れて動き、油断すれば気絶させられる程の威力の一撃を打ち込んでくる。

そう、圧倒的なスペック差を持ってしても、プレシアは劣勢であった。

 

 ぎぃぃん、と、甲高い音。

プレシアの杖とウォルターのティルヴィングとが鍔迫り合いになる。

圧倒的魔力を持つプレシアの杖を、ウォルターが絶妙な筋肉運用で抑え切り、徐々にプレシアの側へと侵略してきた。

歯噛みしつつ、プレシアは叫ぶ。

 

「無駄だって言っているのが分からないのかしら、私は貴方に何を言われようが考えを変えないっ!」

「だろうな、俺はあんたの考えを変えようとしているんじゃあない。

俺はあんたの、本当に願っていた事を明かそうとしているだけだっ!」

 

 魔力でも強化した膂力でもプレシアの方が上で、ウォルターの斬撃など重く感じる理由は一つもない。

なのに何故か、ウォルターが口を開く度にその斬撃は重みを増していっているかのようだった。

それはやはり、その言葉の重量故になのだろうか、とプレシアは思う。

 

 ウォルターの言葉には奇妙な重みがあり、不思議とプレシアの心を打った。

最初は言葉に苛つかされるだけだった。

プレシアは最早アリシアの事以外に心を動かされる事は無かった筈なのに、ウォルターの言葉は奇妙にプレシアの心を抉った。

最初は目障りだから掃除しようと思っただけなのに、いつの間にか全身全霊を持ってウォルターを排除しようと思うようになっていたのだ。

 

 そして最後にフェイトを人質のように扱って、プレシアはウォルターに勝った。

これでプレシアはようやく爽快に戻れる筈だったと言うのに、ウォルターは高速転移で消え去り、そしてプレシアの胸には何故かフェイトを人質扱いした事に罪悪感が残った。

一歩間違えればフェイトを殺しかねない攻撃を放った事は、何故かプレシアの心を強く揺さぶった。

続くアリシアになりきろうというメモが更に一際プレシアの心を揺さぶり、それ故にプレシアはこれ以上心を揺らさないよう、本来ならばフェイトに対して行う筈だった仕置すらも辞めた。

アリシアに対する気持ちを、これ以上揺らしたくなかったのだ。

フェイトに対面するだけで再び心が揺らいでしまうだろう事を、プレシアは本能で理解していた。

だからフェイトに再び命ずる時も、すぐに目をそらし、背中越しに命令するに留めたのだ。

それからはウォルターの事も出来る限り考えず、フェイトをついに捨て去り、プレシアは今度こそ全身全霊を持ってしてアリシアを愛する事ができる、と一安心した筈だった。

 

 なのにウォルターは、プレシアの元までたどり着いてしまった。

ならば速攻で殺すべきだとジュエルシードの魔力まで使ったのに、ウォルターはプレシアに肉薄してきたのだ。

加えてあの言葉、ウォルターが言い放った言葉。

——なら、今のあんたがまだ気づいていない事は、本当に何も無いのかっ!

あの言葉に、プレシアは思い出してしまったのだ。

アリシアとの約束を。

アリシアに妹をあげると言う約束を。

 

「——なぁ、あんたが現実を見つめる事を怖がるのも、分からんでもない」

 

 ウォルターの言葉に、プレシアは目を細める。

約束を思い出しても、プレシアはその内容や意味について、深く考えようとしなかった。

したくなかった。

それを考えてしまえば、最早自分はアリシアの事だけを考えられなくなってしまう。

アリシアにだけ捧げる筈だった愛情を、誰かへ分かち合ってしまうような予感がある。

だからプレシアは全力でそれに抵抗する為、血を吐く覚悟でフォトンランサーのスフィアを高速発動。

十字砲火でウォルターを打つも、姿勢を低くするだけであっさりとかわされてしまう。

 

「フェイトを傷つけてしまったのに、今更自分が何処かでフェイトの事を想っていたなんて知ってしまえば、自分は好きな相手を傷つけてきた事になる。

あんたの子、アリシアに愛情を捧げるのが足りなくて後悔した筈なのに、それをまた繰り返しているなんて思いたくもないだろうさ」

「それは、勝手な想像よっ!」

 

 ウォルターがどんな人生を歩んできたかは知らないが、プレシアの気持ちなどわかる筈が無い。

そう思わねば、思い込まねば、プレシアはアリシアに対する誓いを破りかねない程に消耗していた。

だからそれは、プレシアの必死の叫び。

アリシアに捧げる筈だった愛情を、他に捧げる事など無いと一人誓った、あの時の誓いを守りたいと言う叫びだった。

 

 ウォルターの回避で鍔迫り合いは終了、自由になったプレシアは半秒程で500近いスフィアを形成。

プレシアとアリシアの生体ポッドに当たらないよう打ち出すも、ウォルターはプレシアとアリシアを盾に回避する。

どころか同時に直射弾を20ほど形成、剣戟の邪魔になるスフィアをずらし、再び魔力付与斬撃がプレシアに襲いかかった。

再び大剣と杖が噛み合い、実力伯仲の場となる。

 

「そうだな、俺の勝手な想像さっ!

俺に家族はいないからな、所詮俺の言葉なんてただの想像に過ぎない。

ただの関係ない奴が言っても、耳を通り過ぎるだけの無責任な言葉なんだろうな」

 

 瞬間、プレシアとウォルターとの瞳が合った。

黒曜石の瞳の中に、プレシアは爆発するかのように燃え上がる心の炎を見た。

誰もの体の中に宿り、心を燃え盛らせる不死鳥の炎を見た。

戦い以外の理由で体が火照るのを、プレシアは感じる。

 

「だが俺は今、あんたの唯一の宿敵だっ!

あんたの偽りの願いを阻止しようと、命を賭ける男だっ!」

 

 ウォルターの叫びに、プレシアは心の芯が揺さぶられるのを感じた。

そうだ、そうなのだ。

ウォルターはただの道端を通り過ぎるだけの他人では無い、自分と命と願いを賭けて戦う宿敵なのだ。

不覚にもそう思ってしまったプレシアの内心に、じんわりとウォルターの言葉が流れこむ。

 

「その偽りの願いを叶えようとしても、その道先には俺が立って邪魔をしている。

それなら、俺の言葉を無視する訳にはいかねぇだろう!

例えそれが、俺の勝手な想像だとしてもだっ!」

 

 ならば。

今までのウォルターの言葉を、心で聞くのだとすれば。

心に、自分がフェイトの事を愛しているのかと問えば。

答えは——。

是、だった。

 

 胸の中の扉が、音を立てて開いたような気がして、プレシアは思わず茫然とする。

その瞬間、プレシアは全てに気づいた。

フェイトはアリシアではなかった。

けれど確かにプレシアの娘だと思わせる所もあったのだ。

アリシアがプレシアの頭脳と身体能力の無さを継いだのだとすれば、フェイトはプレシアの魔力資質と性格とを継いでいた。

落ち込みやすく、何か一つの事に向かうと視野が狭くなり、何よりも家族を大切にする性格をだ。

それはアリシアがかつて望んだ妹に、ピッタリと当てはまる条件であった。

 

 だからプレシアは、フェイトを心の底から人形だとは思えなかった。

けれどアリシアに全ての愛情を注ぐために、フェイトに愛情を注いではならないくて。

なので顔を合わせる事もできず、少しでも自分の人格を継いでくれるよう自分の魔力で作った使い魔に教育をさせて。

それすらも、フェイトを手駒にするためと言う言い訳がなければできなくって。

フェイトは健やかに成長していき、ロストロギアの入手の失敗に厳しい罰を与えねば、フェイトに愛情を感じずに居る事すらもできなくって。

そして今、その全てにプレシアは気づいた。

 

「おぉぉおぉっ!」

「——っ!」

 

 プレシアが自失した刹那の間に、ウォルターの剣は一気にプレシアへと近づいた。

最早目前となったティルヴィングに、歯を噛み締めながらプレシアは堪える。

 

 けれど、気づいたから今更なんだと言うのだろうか、とプレシアは内心独りごちた。

顔も滅多に合わせず、鞭を振るい、大嫌いだと告げて心を折り、どの面下げて好きだったなどと言えようか。

しかも、病で命短いこの身である。

今更フェイトが好きだと気づいた所で、できる事は何もない。

そんなプレシアを尻目に、ウォルターは叫んだ。

 

「あんたは、気づくべきだ。

そして気づいたとしても、諦めるなっ!」

 

 プレシアは、内心を読んでいるかのようなウォルターの言葉に、思わず目を見開いた。

それをどう見たのか、ウォルターは僅かに目を細め、続ける。

 

「物凄い苦境で、認めたくない現実で、悲惨な真実だってこの世にはある。

けれど、それでも諦めるなっ!

諦めたら、あんたの欲しい本当の願いは手に入らない。

掴むんだ、心の底から本当に求める物を!

それを、決して諦めるなっ!」

 

 瞬間、プレシアの脳裏にある絵面が思い浮かんだ。

古ぼけた木造の家の中、燃える暖炉の前で椅子に腰掛け編み物をする自分。

後ろではリニスが料理を作っており、フェイトは寝転んだアルフを枕にして床に寝転んでいる。

リニスが料理ができたと言いに来て、プレシアはフェイトに声をかけた。

けれどなかなか起きず、苦笑しながら椅子から立ち上がり、フェイトに直接手を伸ばして——。

 

 頭を振り、プレシアは妄想でしかない絵面を脳内から引き剥がした。

違う、今自分にできる事は、一つしかない。

こんな悪い親が居て、娘の為になれる事なんて、一つも無いのだ。

それどころか、再び狂ってしまい、またフェイトを鞭打ってしまうかもしれない。

そんな自分は、時空の狭間に消えてしまったほうがフェイトの為なのだ。

それが、自分が娘の為にできる唯一の事。

そう思い直し、必死の形相で杖に力を込める。

 

「うぉおおぉぉっ!」

「く……ああぁあぁっ!」

 

 しかしウォルターは、強敵だった。

余計な行動を一つ挟めば魔力ダメージで気絶させられ、確保されてしまう勢いである。

今も全力で杖を押し上げていると言うのに、僅かづつながらウォルターが押してきている様相だ。

フォトンランサーを打ち込むなどと言う真似をすれば、その瞬間プレシアは気絶させられてしまうに違いない。

その様子が、自分の願いが決して叶わないと言われているようで、プレシアは、目尻から熱いものを零した。

思わずプレシアは、激情に駆られ叫ぶ。

 

「何で……何で私をこのまま逝かせてくれないのっ!」

 

 最早プレシアには、ウォルター以外の人間は目に入っていなかった。

ウォルター以外にこの場に居る人間の存在を忘れ、全ての心を込めて叫ぶ。

 

「もう少しで、後もう少しで全てが終わるっ!

こんな……フェイトに親として何もできず、これからも何も出来ないに違いない私が、消える事ができる!

それもアリシアと一緒にこの世を去る事ができるのよ!

なのに……なのに何故貴方は邪魔するのっ!」

「……そうだな……」

 

 背景で、誰かが息を呑むような音が聞こえた。

けれどプレシアは、ウォルターのあまりの存在感の強さに、それを流してウォルターの返事に耳を傾ける。

 

「……本当の自分に気づかず目を背けている奴が居るならば。

自らの信念に気づいていない奴が居るのならば。

そいつをぶっ飛ばして、本当の自分に気づかせてやるのが、俺の信念だからだ」

 

 静かな言葉だと言うのに、驚くほど胸の奥に響く言葉であった。

でも、その本当の自分ができないから、自分は苦しんでいると言うのに。

思わず歯ぎしりし、プレシアは叫んだ。

 

「気づいた所でどうするのよっ!

今更フェイトに向かって謝れと言うの、家族としてやり直せと言うの!?

出来るわけが無いじゃないっ!

私なんかが居た所で、フェイトの事を縛る事しかきっとできない。

私は今、死ぬべき女なのよっ!」

 

 濁流となった涙で顔をくしゃくしゃにしながら、プレシアは叫んだ。

化粧が溶け落ち、ひどい顔になっていくのが自分でも解る。

そんな醜いプレシアに、表情一つ動かさず、ウォルターは真摯な顔のまま告げた。

 

「いいやっ、出来る、必ず出来る!」

 

 所詮家族の居ないどこぞの魔導師の戯言だ、真に受ける必要などない。

なのに何故か、その言葉はプレシアの胸を強く打った。

それはもしかしたならば、ウォルターが何処か必死なように見えたからかもしれない。

真摯で熱い表情の筈のウォルターが、どうしてか、プレシアの目には今にも泣き叫びそうな顔に見えたのだ。

それが、決め手だった。

杖を握る手からゆっくりと力が抜けていくのを感じながら、プレシアは最後に呟いた。

 

「私は……、アリシアを見捨てて、一人で幸せになってもいいのかしら。

フェイトを、幸せにできるのかしら?」

「あぁ……なれるとも、できるともさ」

 

 非殺傷設定の、魔力ダメージに置換される斬撃がプレシアの胸部を襲う。

リンカーコアにかかった巨大なダメージに、意識が薄れていくのをプレシアは感じた。

その目はふと視野が広がり、こちらに駆けつけてくるフェイトの姿が見えるようになる。

必死に叫んだ言葉の全てを聞いていた、フェイトの姿がである。

その光景を見てしまうと、プレシアの胸に暖かな感情が蘇った。

望まない決着だった筈なのに——、何故か何処かが、嬉しかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 数時間後。

戦闘終了と同時に気絶したウォルターは、怪我を押して動いていたらしく、現在は集中治療室に居た。

プレシアも敗北と同時に血を吐いて気絶した事から、病室で診察を受けた後、現在は深い眠りについているらしい。

なのはやユーノは次元震の影響がある程度収まるまでは、とりあえず艦内に居るそうだ。

そしてフェイトとアルフは、クロノに連れられアースラの艦内を歩いていた。

 

 ちょっとついてきてくれないか。

そう言われてフェイトとアルフはクロノについて隔離されていた部屋から出てきたのだが、それ以降クロノはずっと不機嫌そうに黙っている。

それがまるで自分に断罪を告げる事をためらっているかのように思え、フェイトは思わず身震いした。

自分のした事の罪の重さは分かっている。

母の為とは言え許されることではない事をフェイトはしてしまった。

けれど、折角ウォルターが母の口からフェイトが想像だにしなかった本音を引き出してくれたのだ。

せめて一目でいいから母と出会いたい。

そんな言葉を口にしようとフェイトが下がり気味だった視線を上げた時、丁度クロノが振り向いた。

目が合い、思わずフェイトはキョトンとしてしまう。

 

「プレシア・テスタロッサの罪は重い。

今回の事件は次元断層が起きかねない最悪の事件だった、死者が出なかったとは言え、罰は相応の物になる。

おそらく、永久封印の可能性が高い」

「……っ」

 

 覚悟していたのとは別方面からの言葉に、思わずフェイトの内心は揺れた。

当たり前と言えば当たり前である、フェイトが関わった違法行為は殆どジュエルシード関連で、しかもプレシアの命令を受けての物。

対しプレシアはプロジェクト・フェイトを含め多数の違法行為を行い、その多くで主犯であったのだ。

罪の重さが違うのは当然と言えよう。

それでも、まさか、死刑の無い管理局では最大の刑罰となるとは。

考えたくなくて目をそらしていた事実にぶち当たり、フェイトは思わず目眩を起こす。

アルフに支えてもらうフェイトのその目前で、クロノは何処か苛つきながら続けた。

 

「しかしこの類の刑は裁判にも時間がかかるし、執行までも時間がかかる。

そこで、さっき起きたウォルターが、早速コネを利用して掛け合ったようでね、恐らくプレシアは実質的に辺境の次元世界に幽閉される事になるだけで済むだろう。

勿論、その頭脳を管理局の為に役立ててもらう事なんかは必要だけれどもね」

「……え?」

 

 呆然と呟くフェイト。

その脳裏に、二度三度とクロノの言った言葉は反芻され、ようやくその意味が通じる。

夢のようだった。

勿論母といつでも逢えるような、とはいかないだろう。

思い描いていたような理想の生活ができる訳じゃあない。

けれど、私は、また母さんの笑顔を見れる?

その想像に、フェイトの心に暖かい物が流れ込み——。

苦い顔で、クロノが告げた。

 

「——最も、プレシアの寿命が残り少なくなければ、こうも行かなかっただろうが」

「……あ、え?」

 

 目を見開き、フェイトは思わず呟いた。

クロノは硬い、凍りついたような顔で続ける。

 

「プレシアは、リンカーコア関連の病気にかかっていた。

違法研究を続けるうちに、魔法薬品を吸い込む事が多かったのが遠因のようだね。

ただでさえ魔法を使うだけで寿命が縮まる程の進度の病気だったんだが……そこでウォルターとの死闘だ。

もう少し詳しく調べてみなければ断言はできないが、プレシアの寿命は恐らく、残り2、3年と予測されている」

「に、さんねん……?」

 

 思わず言われた言葉を口にするフェイト。

頭の中がグルグルと回って、何も考えられなかった。

それどころか、あんまりじゃないかと目前のクロノに食って掛かるアルフの言葉も、冷静に返すクロノの言葉も、耳に入らない。

自分が何を考えているのか、それすらもあやふやになっているのに、何故か足だけは動きクロノの後を追っていた。

まるで自分の中に冷静さだけで区切られた場所があって、そこが体を動かしているかのようであった。

そんな風にフラフラと歩くフェイトだったが、クロノが足を止め振り返ると同時、意識をはっと取り戻す。

 

「プレシアの病室だ。

いいか、面会が許されるのは30分、30分だけだぞ。

元々君等は重要参考人の立場なんだ、こうやって会うだけで無茶をしているんだって分かってくれ。

全く、艦長もウォルターも無茶を言ってくれる……」

 

 ぶつぶつと呟きつつ、クロノが横にズレ、扉が顕になる。

恐る恐るフェイトは扉に向かって歩いた。

現実感の無いふわふわとした足心地で、まるで雲の上を歩いているかのような気分であった。

小さな音をたて、自動扉が開く。

そこは、緑のタイルに白い壁紙で形作られた、清潔そうな部屋であった。

扉から右手には薬品棚があり、リニスが棚を開けて何やらいじっている。

左手には扉と垂直にベッドが3つ並んでおり、一番奥の一つだけが膨らんでいた。

フェイトは視線を、ゆっくりとそのベッドの枕の方へ向けて動かす。

シーツの膨らみが途切れた所からは、白い清潔そうな患者服に包まれた細い腰が、その上には乳房の膨らみ、やせ細った喉元、細い顎と続いて。

プレシアの顔が、その上にはあった。

化粧を落としたその顔は、年齢に比して少ないものの、浅い皺が刻み込まれている。

紫玉の瞳には今まであった狂気的な光はなく、かつてと同じ優しさに満ちた瞳であった。

何より、その唇がゆっくりと動き、呼んでみせたのだ。

 

「……フェイト……」

「……っ!」

 

 思わずフェイトはプレシアのベッドの側まで駆け寄った。

母の体を抱きしめたい衝動がフェイトの中を過るが、本当に受け入れてもらえるのかという疑問詞がそれを邪魔する。

結果、フェイトは両手を伸ばそうとして、肘が伸びきる前に両掌を閉じた。

そのまま両手をゆっくりと下げていき、プレシアの太ももの上で重ね合わせられた、母の両手の上へと重ねる。

それが今のフェイトとプレシアに精一杯の、二人の距離であった。

 

「ほら、椅子を持って来ましたよ」

「あ、悪いね、リニス」

 

 使い魔たちの会話と共に、用意された椅子にフェイトが座る。

しかし、会話はそれで終わった。

じっと重なった両手に視線を落とすプレシアもフェイトも、立ち尽くすアルフとリニスも、誰一人言葉を発する事ができなかった。

何を言っていいのか、分からないのだ。

それでいて、何かを口にすれば今こうやって出来上がった奇跡が崩れ去ってしまうのではないかと思え、下手な言葉も発する事ができない。

 

 それでも。

両手と相手との間で視線を行き来させるプレシアとフェイトの、視線が出会った。

思わず、と言った風に二人の口が開く。

 

「フェイト……」

「母さん……」

 

 続く言葉は、二人とも思いつかなかった。

けれど何故か、二人はそれで互いの思いが僅かながら通じ合ったような気がして。

口元が緩む。

少しだけ、微笑み合う。

それが二人にとって、できる限りの心の会話だった。

掌を伝う体温が、互いの体の温度を教えてくれる。

それだけで二人は充分だった。

 

 それを皮切りに、アルフやリニスも口を開き、リニスが居なくなってからの事や、プレシアと相対したウォルターの言葉やらを話し始める。

プレシアとフェイトは偶に相槌を打つだけで、ずっとそんな二人を見ていた。

言葉を発するには、まだ二人の距離は遠かった。

それを縮めるのに必要なのは、これから時間をかけて積み重ねていかねばならない事なのだろう。

けれど、それと同時に、それは必ず達成できると言う確信が二人の心にはあった。

あの誰よりも鮮烈で、熱く燃え盛る、ウォルターの言葉が二人を引きあわせてくれたのだから。

それを苦い顔で時計を睨めっこしていたクロノが止めに入るまで、四人の暖かな時間は続くのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ふぅ」

『お疲れ様でした』

 

 ため息と共に、僕は複層多重結界により外部と遮断された室内、与えられたベッドの上で天井を睨みつけた。

全くもって、僕は怪我人だと言うのに大忙しだった。

プレシアを倒した後激痛に倒れた僕は、ついに魔力が尽き果て狂戦士の鎧が解除。

一気に死にそうになった僕は、集中治療室に連れ込まれた。

といっても、一度場所を整頓してある怪我だったからか、手術による治療は大成功。

ほぼ後遺症ゼロ、どころか酷使したリンカーコアの超回復で総魔力量が数%上昇と言う不思議な事態が起きる程。

流石に吃驚している僕だったが、ついでに普通ならプレシア戦で動ける筈が無かったのがバレてしまった。

ティルヴィングのセキュリティはハード的にもソフト的にも最高峰の物を使っていたので、狂戦士の鎧が直接バレはしなかったが、何かあると言うのは最早明白。

そこでリンディ艦長が出張ってきて、僕に尋問を開始したのだった。

 

 所が、どうにか話を逸らそうとしているうちに、僕が管理局のお偉方とのコネが結構ある事がリンディさんに伝わる。

そこで尋問とお説教は後に回すと言う約束で、コネのある人に通信をしまくり頭を下げまくり、プレシアの残り短い時間が、できる限り拘束されない物にする事に成功した。

勿論、それには話術は並程度の僕一人では不可能だっただろう。

リンディさんの海千山千を乗り越えてきた話術があってこその、裏ワザ的な結果である。

実を言えば、リンディさんは僕の今まで出会った人の中で、一番の交渉上手だったのではないだろうか。

密かにリンディさんの交渉術に感嘆し、それをできる限り観察し、可能ならば吸収しようと記憶する僕であった。

 

 が、当然その後に待っているのは、尋問に説教である。

というか、尋問は一瞬で終わった。

というのも、僕はコネを利用中体を動かすのに狂戦士の鎧を使っていたのだ。

最初こそ新しい違法魔法にでもされてしまえば困るので隠していたのだが、リンディさんの口先の上手さに隠すのは不可能だと思い知り、途中からは大っぴらに使った。

お陰で僕は大目玉を食らう事となるのであった。

いや、プレシアに対抗できるのが僕以外居なかった以上正しい判断ではあったのだが、それはそれ、これはこれとの事である。

目からハイライトが消えそうなぐらいの長時間説教を食らった僕は、なんとドクターストップがかかるまで説教をされる事となったのであった。

 

 ちなみにその後、流石にプレシアと同じ部屋は気まずいと言って勘弁してもらい、自室で寝る事を許された。

お陰で今は、この部屋には僕とティルヴィング以外の誰も居ない。

リニスさんが難色を示したが、今はプレシアかフェイトと一緒に居てやってくれ、と言うと渋々と頷いてくれた。

その為僕は、ティルヴィングと二人でゆっくりと喋る事ができる。

 

「ティルヴィング……」

『どうされましたか、マスター』

 

 相変わらず機械的な声のティルヴィングに内心小さく苦笑しつつ、僕は言った。

 

「今回も、別に反省すべき点が無い訳じゃあない。

プレシアに言った言葉なんて、通じたのが奇跡だったしね」

 

 事実ではある。

僕はプレシアの前に立ちはだかる壁として、プレシアに言葉をかけた。

あの時は不思議な確信があったし、結果的に見れば良かったのだが、冷静になって思い返せばそれが通じるかどうかなんて一か八かの賭けだった。

それに、燃え盛る心に突き動かされた言葉は、熱さこそ持っていたものの、精緻さには欠けていて、解釈次第ではプレシアの心を歪めかねない物もあった。

 

「それに僕の真実を知る人が居るとすれば、お前が言うなって言うような台詞だったさ」

 

 事実である。

死者にとらわれる事を是とした僕が、本当の願いでなくとも死者にとらわれる事を是としたいプレシアを諭すのは、どう考えても説得力が無い。

あの時は爆流のような勢いで流れる感情に従い叫んだものの、後から考えて自分に向かって同じ言葉を吐いてみれば、痛いぐらいに胸が軋む。

 

「けれど。だけれども」

 

 僕は、目を細めた。

本当ならばあの日UD-182がしたように、手を高く伸ばし、何かを掴みとれたかのような仕草をしてみたかったのだけれども、今の体でそれは叶わない。

だから僕は、口で言う。

言ってみせる。

 

「プレシアは、救われてくれたんだ」

『……それは、言葉がおかしくはありませんか?』

「ううん、これでいいんだ」

 

 冷徹なツッコミを入れてくるティルヴィングに、思わず苦笑をもらした。

そして視線を遠く、今は医務室で眠りについているだろうプレシアに向けて、言う。

 

「プレシア……救われてくれて、ありがとう……!」

 

 そう言ってみせると、あぁ、やっと僕はプレシアを救う事ができたんだな、と実感できて。

胸の中がいっぱいになって、目が潤いを増す。

ティルヴィングに注意される前に、と瞬きを幾度かして、涙をこぼさぬように務めた。

するとティルヴィングが静かに明滅。

まるで自分の役割を持っていかれて拗ねているかのように思えて、僕は小さく微笑んだ。

機械的なのに、偶にこんな仕草を見せるから、僕はティルヴィングに愛着を忘れずに居る。

 

 それにしても、僕はこれで、今回の事件を犠牲一つなく誰もを救いきってみせる事ができた。

僕はこれで、ほんのちょっとだけ完璧になる事ができたのだ。

視線を天井に向ける。

僕の視線は天井の板でもその奥にある暗闇の空でもなく、あの日みた蒼穹へと注がれていた。

 

 間違いじゃあなかった。

UD-182なら、彼ならもっと完璧に誰もを助けられたと言うのは、間違いじゃあなかったのだ。

なぜなら、彼の志を受け継いだ僕が、こうやって完璧に事件を解決してみせる事ができたのだから。

完璧な人間というのが夢想じゃなく、実在しうる物なんだと、心で理解できたのだから。

 

「ティルヴィング」

『何でしょうか』

「僕はもっと完璧な人間を目指して、やっていけそうだよ」

『イエス、マスターはもっと完璧な人間を目指し、やっていけます』

 

 復唱するティルヴィングに目を細めながら、思う。

そう、完璧に近づけなくて、存在しているのかどうかすらも疑問に思って、僕はずっと前に進んでいないような気さえしていた。

けれど実際は、こうやってプレシアを救えていて。

もっと完璧な人間というのが実在していて、そこに向かって僕は歩めているのだと実感できて。

だから僕は、少しだけだけれども、下を向かずに歩いていけるのだ。

それが少しだけ誇らしくて、僕は小さく笑った。

あの日の蒼穹に向かって、微笑んでみせた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 雲一つ無い晴れ晴れとしたその日。

フェイトと会えるという管理局からの通信を受け、たったと軽い足取りで駆けながら、なのはは海鳴臨海公園へと向かっていた。

曲がり角をいくつも曲がり、木々の連なる光景を後ろにおいていき、ぱっと視界が開ける。

海に面したその橋の中央には、あの見間違いようもない鮮烈な二人の少年少女と、クロノにアルフにリニスが立っていた。

 

「フェイトちゃんっ! ウォルター君っ!」

 

 手を振りながらなのはが駆け寄ると、ユーノが肩をつたって降り、アルフの肩へと移る。

ウォルターとクロノが目を合わせ、一つ頷き告げた。

 

「あんまり時間はかけられないけど、二人で話すといい」

「折角なんだ、二人で話しとくんだな」

 

 と言うウォルターに、思わずなのはは目を瞬く。

フェイトと話したい事も沢山あったが、これには流石に心配の言葉が胸の内から出た。

 

「うん、ってウォルター君、全治3週間って言われてなかったっけ」

「無理はしてねぇよ、戦闘以外の日常活動ならもう充分って言われたんだ」

 

 ちなみに今日はあの決戦の日から、1週間ほどが経過した所である。

ウォルターの非常識な行為には慣れてしまったなのはは、何とも言えない表情でウォルターを見やった。

それに何処か後ろめたそうにしながら、ウォルターはクロノとアルフにリニスにユーノと連れ立って離れてゆく。

リニスがウォルターに小声で小言を漏らすのに、くすりとなのはは笑った。

輪唱する、もう一つの声。

はっ、と振り向くと、フェイトもまた微笑みを形作っていた。

 

「ウォルターって、相変わらず滅茶苦茶だよね」

「うん、本当に相変わらずで安心したよ」

 

 あのウォルターが病室で大人しく寝ている姿など、似合わないを通り越して不気味である。

顔を見合わせ、もう一度クスリと微笑み、改めてなのははフェイトと向い合った。

熱い感情が胸の中にいっぱいになり、今にも飛び出てきそうなぐらいに暴れまわる。

何か言いたくて、伝えたくて、ずっとそう思ってきた筈なのに……言葉は不思議と出てこない。

そんななのはを見かねたのか、フェイトが先に口を開く。

 

 二人の会話は、それを切っ掛けに流れるように続いた。

フェイトが心折れ自分を見失った時、初めて心に響いた言葉はなのはの物だった事。

友達になりたいと言うなのはに対する、フェイトの返事。

友達になるのには、どうしたらいいか。

それになのはは力強く、名前を呼んで、と答えた。

相手の目を見て名前を呼び合う、それだけでいいんだよ、と。

 

 互いの名前を呼び合いながら、二人はお互いを抱きしめた。

重なる鼓動に、互いの唇が互いの耳の近くになる。

互いの呼吸までが手に取るように分かり、なぜだか胸の奥が熱くなるのをなのはは感じた。

暫く時間が経つと、小さな声でフェイトが口を開く。

 

「……私の中で母さんの存在が大きい事は、多分変わらない。

けれど、今はそれだけじゃあない。

なのはが……そして、ウォルターも居るから。

私はきっと、大丈夫」

「うん、そうだね。

離れていても、お互いを想う気持ちがあれば……きっと、通じ合えるよ。

それに、ウォルター君、か」

 

 言われてなのはは、ふと思い出す。

ウォルターとの約束をした時、ウォルターと握りこぶしをぶつけあったあの時の事を。

瞬間、爆発的な勢いでなのはの内側を炎が巡った。

なのははあのウォルターと対等のように約束をし、それを先に果たす事ができたのだ。

そしてウォルターは必死になりながら、大怪我をしつつもその約束を果たしてくれて。

なのはの胸の奥に、誇らしさと嬉しさが混ざった、不思議な感情が湧き上がる。

と同時、思い出した。

 

「そっか、私まだ、ウォルター君に約束を果たしたよ、って言ってなかった」

「あ、そういえば私も……」

 

 自然、二人は抱きあう姿勢を止めた。

目を合わせると、同時にウォルターの方へと向き合う。

ハンカチを手にするリニスの隣に立つウォルターは、ただ立っているだけだというのに驚くほど存在感があるから不思議だ。

久しくなった心地良い威圧に目を細めながら、二人は手をつないでウォルターの元へと歩き出した。

それを見て、クロノが眉を上げる。

 

「ん、まだ時間は大丈夫だが……」

「うん、ウォルター君に言いたい事があってきたの」

「私も、なのはと一緒に言いたくって」

「そうか、そうらしいぞ、ウォルター」

 

 クロノの言葉に頷くと、ウォルターが半歩前に出る。

なのはとフェイトはその前に立ち、ゆっくりと握りこぶしを伸ばした。

伸ばしてから、あれ、と二人の口から同じ言葉が漏れる。

 

「フェイトちゃんもこうやってウォルター君と約束したの?」

「うん、なのはも?」

 

 互いに頷き、視線をウォルターへ。

それを受けたウォルターは深い笑みを浮かべて答えた。

 

「なのはの方が後からだったが、その時はなのはから拳を差し出してきたからな。

俺の意思で、って訳じゃあなく、偶然の一致って奴だ」

「それじゃあ私達、二人ともお揃いだねっ」

「うんっ」

 

 二人は微笑み合うと、改めてウォルターに向けて拳を伸ばした。

それに応えてウォルターも拳を伸ばし、言う。

 

「約束は……果たしたぜ」

「うん、こっちも」

「私もだよ」

 

 カツン、と軽い音を立てて拳が打ち合った。

男らしい笑みを浮かべるウォルターに、気迫の篭った笑みを浮かべるなのは。

ちらりと視線をやれば、隣のフェイトもまた威圧のある笑みを浮かべている。

矢張りウォルターは凄い、となのはは思い直した。

こうして向かい合っているだけなのに、背筋をピンと伸ばしたくなるような空気を作れる。

けれどなのはは、そんなウォルターとの約束に答え、ウォルターの成し得なかった事をできたのだ。

それを誇りに思いつつ、なのははウォルターの気迫に負けないよう胸を張った。

丁度その時である、クロノの声がその場に割り込んだ。

 

「そろそろ、時間だ」

 

 言われて、なのははフェイトと視線を交わし合いながらそうだ、と思いつく。

何か思い出に出来る物はないだろうか。

そう思ってみても、思いつくのはたった一つだけ。

もっと何か家から持ってくれば良かったのに、と思うなのはだったが、それしか無いのは仕方がない。

急ぎ手を回してリボンを解き、フェイトに差し出した。

 

「思い出にできるもの、こんなものぐらいしか無いんだけど……」

「じゃあ、私も」

 

 言ってフェイトも黒いリボンを解く。

二人の手が交差し、白と黒のリボンを交換した。

 

「きっとまた……」

「うん、きっとまた……」

 

 折角友達になったのだから、今すぐ一緒に居たいのが本音だ。

けれどこれからの別れは、必要な別れであり、そしてすこし長くとも永遠の別れではない。

だから我慢、と自分に言い聞かせて、なのははフェイトの黒いリボンを手にしながら胸を押さえる。

クロノの手による青い円形の魔方陣が発動、転移魔法の準備に入る。

 

 大切な出会いだった。

クロノ、リニス、アルフ、ユーノ、そしてフェイト。

誰しもとの出会いがなのはの心に深く刻み込まれ、永い思い出となるのが今から知れる。

そして、誰よりも心通じ合ったのがフェイトであれば。

誰よりも鮮烈だったのは、矢張りウォルターだった。

 

 自然、ウォルターに吸い寄せられるなのはの視線に、ウォルターはグッと親指を立てて返す。

たったそれだけが、胸が燃え盛るような仕草だった。

熱い血潮が全身を巡るのに、顔を薄く火照らせながら、なのはもまた親指を立てて返す。

気づけば、フェイトもまた目尻に涙を浮かべつつなのはに親指を立てており、なのはは親指を立てたままフェイトとも目を合わせた。

瞬間、転移魔法が発動。

二人を含む皆の姿が消え去り、後には青い魔力光の粒子が僅かに漂うだけになった。

 

 潮風に、なのはは解いた髪が揺れるのを抑える。

視線を上げれば、雲一つ無い蒼穹が空を占めていた。

それに少しだけ目を細め、なのはは思う。

燃え盛る炎のようなウォルターは、矢張り炎や熱さが似合うように思えるのだが、不思議とこの爽やかな蒼穹にも似合うような気がした。

だから視界にあの熱い笑みを浮かべるウォルターの顔を思い浮かべて、なのはは思うのだ。

 

「……負けないからねっ、ウォルター君」

 

 何に負けないのかすらも分からず、それでもなのはは呟いた。

その一言で、再び心はあの日ウォルターと約束をした時のように、燃え盛る。

この胸の熱を、絶やさずに生きていきたい——。

そう思いながら、なのははその場に佇んでいた。

 

 

 

 

 


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