仮面の理   作:アルパカ度数38%

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3章2話

 

 

 

「おぉおぉぉっ!」

 

 怒号と共に、僕の断空一閃が炸裂。

通り魔の細い肉体を僕の超魔力が駆け抜け、リンカーコアに過剰負荷をかけて意識を落とさせる。

直後、白光と共に僕のバインドが決まり、丁度そのまま倒れゆく所だった通り魔を捕縛した。

深くため息をついて腕で額の汗を拭う僕。

 

 此処は第33管理世界。

地球へ向かう際の中継ポートのある次元世界である。

昨夜クイントさんに泊めてもらった僕は、夕方までギンガとスバルの姉妹の相手をしてやって、それから地球を目指していくつかの転移ポートを通っていた。

そして翌朝未明、丁度手続きの関係でこの第33管理世界で足止めを食らい、それなら、と言う事で外を歩いていたのだが。

まさかの、脱獄した先日の通り魔との遭遇である。

幸い時間帯もあって周りに一般人が少なかったため、以前ほど苦労しなかったものの、中々に苦戦した。

いや、というか、どちらかと言えば胃に悪い戦いだった、と言うべきか。

僕がなるべく市民を守ろうとするのを逆手に、通り魔は矢鱈と市民を狙ってくるのだ。

以前と同じ手段ではあったものの、だからといって防ぎ損なった時の想像が消える訳でもなく、変わらず僕の胃を刺激していた。

 

 安堵とともにティルヴィングを待機状態にまで戻し、管理局に連絡しようと思うが、ふと視線のようなものを感じ、僕はそれをやめた。

今僕のいる場所は、廃棄区画にある廃工場の中である。

いずれ取り壊されるのを待つこの場所は、工場と言っても四方を囲まれるばかりか辺りに錆びた機械が散乱しており、あまり広いとは言えない。

通り魔との戦闘でなるべく人気のない方に誘導してきた結果なのだが、僕が全力を発揮できる場所では無かった。

とは言え、こういった場所でなければ通り魔が素直に誘導されてくれなかった事を考えると、詮なきことでもあるのだが。

とすれば、この状況はどうしようもなかった状態としか言いようが無いのだろう。

深くため息をつきながら、口を開く僕。

 

「出てこいよ、居るんだろ?」

「…………」

 

 無言で一人の20歳程の女性が現れる。

恐るべき美人であった。

ポニーテールにまとめた桃紫の髪の毛を揺らしている。

その髪の一本一本までもが窓から薄っすらと降り注ぐ陽光に輝き、まるでそれ自体が輝いているかのよう。

瞳はエメラルドのような深い翡翠色、まるで南海の澄んだ海を思わせるようであった。

加えて職人が魂を込めて作り上げたような白磁の肌に、太ももの肌が見えるような、やや装飾過剰な騎士甲冑をまとっている。

腰の鞘からは既に剣が抜き放たれており、やや古臭いアームドデバイスと思わしき刃が僕へ向けられていた。

 

「烈火の将シグナムと、レヴァンティン。

ヴォルケンリッターが将として、貴殿の魔力——貰い受ける」

「魔力を……噂の魔導師襲撃事件の犯人か?

確か全部で4人居た筈だが、一人でかかってくる気か?」

 

 返しつつ、僕はシグナムと対角線上に居る影を睨み、次いで上階から僕を狙う影を睨みつける。

奇襲の失敗に気づいたのだろう、二人もまた姿を表した。

一人は、赤を基調とした可愛らしい服を着た少女であった。

恐らくなのはらより更に年下のように思える容姿だが、その青い瞳の深さと手に持つデバイスの輝きがそれを否定している。

一人は、青を基調としたノースリーブの服を着た筋肉隆々とした男であった。

その頭蓋の左右から生えた獣耳と尻から生えた尻尾が、彼を人外であると示している。

 

「鉄槌の騎士ヴィータと、グラーフアイゼン」

「盾の守護獣ザフィーラ」

「わざわざ自己紹介しながらの登場ありがとう。

俺はウォルター・カウンタック、こいつはティルヴィングだ。

お前らみたいに大層な二つ名は無いがな」

 

 肩を竦めながら挑発気味に言うが、硬い空気は全くほぐれる事が無い。

3人ともが恐るべき真剣さで僕の事を睨みつけており、見れば薄く汗を滲ませてもいる。

恐らく先ほどの通り魔との戦闘を見ていた所為で、僕の力量を把握しており十分な緊張を保っているのだろう。

こちらも流石に見ただけでは彼ら3人の力量など分からず、闇の書云々の情報も正式にアースラに協力してからではないと教えて貰えない為、完全に不明である。

少なくとも見る限りの隙の無さは尋常の物ではなく、純粋な戦闘技術では僕でも勝てるかどうか分からない。

そんなの3人に囲まれているのだ、こっちの方が緊張して冷や汗をかきたい所である。

 

 だが、僕はウォルター・カウンタックなのだ。

次元世界最強を名乗る魔導師なのだ。

この程度の事で怯えてはいけない、と自分に言い聞かせつつ、僅かにティルヴィングを握る両手に力を込めた。

それにしても2週間前と言い今回と言い、僕は通り魔に縁でもあるのだろうか。

そんな事を内心考えつつ、僕が僅かに足を動かす。

靴裏が床の砂利を寄せ、3人の目が僅かに見開いた。

 

「……行くぞっ!」

 

 初手はシグナムであった。

紫色の三角形の魔法陣を足元に残し、空中へ飛び出す。

半回転しつつベクトルを横から縦に、恐るべき速度でレヴァンティンを振り下ろしてきた。

金属音と共に、火花が散る。

僕はティルヴィングを構え防御する、と見せかけ、力に逆らわず背後へと飛び去ったのだ。

直後にグラーフアイゼンの一撃が僕の居た場所を貫き、床板を破砕。

目を見開いたヴィータから視線を外し、僕はそのまま回転に逆らわずティルヴィングを切り上げ。

背後より迫っていたザフィーラに斬りかかるも、瞬時に防御に回られ仕留めるには至らなかった。

 

「……ぐっ、読んでいたかっ!」

「防ぎきった気でいやがってっ!」

 

 瞬間、僕は莫大な魔力を練り上げ、ティルヴィングに通す。

反射的にだろう、ザフィーラが防御魔法の白光を強めた瞬間、僕は背後に手を向けていた。

 

『切刃空閃・マルチファイア』

「なっ……っ!」

 

 ティルヴィングの磨き上げられた刃に映った二人の女性を、瞬間発動した25の直射弾が蹂躙する。

通常誘導弾なら兎も角直射弾を、背後の敵に向けて当てるのは至難の業である。

それをあっさりと、しかも大量にやってのけたのは予想外だったのだろう。

シグナムとヴィータはたまらず動きを鈍らせ、ザフィーラの精神にも一瞬の空隙が生まれる。

わざとらしい台詞はプラフで本当の狙いは女性陣、と見せかけ、その実本当の僕の狙いはザフィーラであった。

なにせ見た所、一番魔力が少ない相手だ、この不利な状況を覆すのにまず堕とすべきは彼である。

 

「カートリッジ・ロードっ!」

『断空一閃』

 

 白い魔力光がティルヴィングへと収斂。

僅かに白みを帯びた黄金の大剣が、濡れた紙のようにザフィーラの防御魔法を引き裂いた。

凄まじい勢いで下がったザフィーラであるが、それでもバリアジャケットに一筋の傷ができるのは避けられない。

そして勿論、僕の攻撃もこれで終わりでは無かった。

 

「——二閃っ!」

 

 断空二閃。

かつては腕の筋肉を断裂させながら辛うじて発動できた魔法であるが、成長した僕にならば、日に一回なら何とか後遺症ゼロで発動できるようになったのだ。

魔力強化した筋肉で無理矢理伸びた腕を動かし、袈裟に斬りかかる。

だがしかし、それは予想外の方向からの攻撃に妨害された。

 

「間に合えっ!」

『シュワルベフリーゲン』

 

 ヴィータの幼い声と同時、鉄球が僕へと向かってきたのだ。

ベルカ式で誘導射撃を持つ相手だったとは、予想外であった。

刹那、このままダメージ覚悟で敵を一人倒すか、それとも絶好のチャンスを不意にして攻撃を避けるか、迷う。

迷った時は直感頼みである。

霊感の赴くままに、僕は魔力付与斬撃の準備を解除、高速移動魔法を発動し空中へと逃れた。

僕を追って螺旋を描きつつ迫り来る鉄球に向け、掌を向ける。

誘導弾を撃って鉄球を破壊すると同時、視界の端でシグナムの魔力が高まるのが見えた。

カートリッジは床板に落ちる金属音が続く。

 

「飛竜一閃っ!」

「もいっちょ、シュワルベフリーゲンっ!」

 

 現れたのは、長大な蛇腹剣であった。

僕へ向け複雑な軌道で飛んでくる剣に加え、四方から僕を囲むように再びの鉄球が迫り来る。

加えて言えば、僕の攻撃を逃れたザフィーラも魔力を高め、不穏な動きを見せている。

絶体絶命の状況である。

が、それでもあの日、プレシア先生と戦った時程の力の差はない。

ならば勝てる。

直感でそう感じ取り、僕は一瞬眼を瞑って、そして見開いた。

極限の集中が視界をスローモーションにし、僕はその中を泳ぐようにして動きはじめる。

 

 まず僕は、ほんの一瞬高速移動魔法を発動し、その場から蛇腹剣へ向かって前進した。

後方でザフィーラの物と思わしきバインドがいくつか空振るのを感じつつ、僕は蛇腹剣へ向かってティルヴィングを突き出す。

縦横無尽に回転しながら迫る剣先に平行になるよう、僕はティルヴィングを突き入れた。

直後、垂直の力を加え、レヴァンティンを滑らせるようにして僕から逸らす事に成功する。

ついでにレヴァンティンの滑りゆく先を調節し、鉄球を2つ撃ち抜かせた。

爆発音と共に、魔力煙が背後で発生する。

次ぐ剣戟で残る鉄球を破壊しつつ、僕は目を見開くシグナムとヴィータの前へと突貫する。

 

 質量が少ないが故に、弾かれれば目標に当てる事が困難になるのが蛇腹剣の弱点だ。

それ故に複雑な軌道を描き読みきらせないよう動くのだが、僕の前でこの程度のスピードなら読みきる事は容易。

しかし今回は弾いても、その隙に鉄球を食らってしまうという欠点があった。

故に突き出すだけでという次の攻撃に繋げられる動作で、蛇腹剣を滑らせるような軌道変化をさせたのだ。

 

「断空——」

『——一閃、発動』

「がっ!」

「ぐっ!」

 

 直後、カートリッジをロードし白光をティルヴィングにまとわせ、横薙ぎの斬撃をシグナムとヴィータへと叩きつける。

腰だめから横に振られたティルヴィングは、工場の機械を切断しつつ二人の防御魔法に激突。

流石に二人がかりの防御魔法を破る事はできなかったが、二人を機械やベルトコンベアーに巻き込みつつ吹っ飛ばす事には成功した。

悲鳴と共に血を流しながら転げていく二人に、更に僕は剣を担ぎ突進。

二人の目前についたと思ったその瞬間、白いバインドが僕を縛ろうとする。

 

「安易な動きだ、油断したなっ!」

 

 と叫ぶザフィーラのバインドは、しかし空を切った。

魔力に触れて僕のフェイクシルエットは圧壊。

同時、ザフィーラの目前にまでたどり着いていた僕の、オプティックハイドが解ける。

 

「——安易な動きだと思って、油断しただろ?」

「……ぐっ!」

 

 咄嗟に両腕で十字防御をするザフィーラの頭上に、僕の兜割りの一撃が叩きこまれた。

バリアジャケットの手甲が破裂、露出した肌にティルヴィングが激突。

しかし咄嗟に後方へ飛んだのだろう、少ない手応えのままザフィーラは吹っ飛んでいく。

丁度その先にあった階段に激突、潰れた蛙のような悲鳴を上げた。

 

「まだまだァっ!」

 

 次いで僕はザフィーラに袈裟に斬りかかる。

辛うじてバックステップで避けるザフィーラだが、代わりに階段が寸断されて落ちていった。

胴、逆袈裟、表切上。

次々に銀閃を走らせ、僕はザフィーラに傷をつけながら、落ちてゆく階段を蹴り進む。

怒涛の勢いで進む僕らが階段の踊り場に達した時、ザフィーラはバック宙と飛行魔法で背後の壁に膝をついた。

 

「調子乗ってんじゃねーぞてめぇっ!」

 

 ヴィータの咆哮と共に、ジェット噴射の排気音。

空中で2回3回と回転し、その遠心力を持ったまま僕を壁に叩きつけようとしてきたのだ。

当然僕も飛行魔法を発動、上空へ向けて飛び出すと、そこにはシグナムがレヴァンティンに炎をまとわせながら待っていた。

背後でヴィータが工場の壁をぶちぬくのを感じつつ、僕もまた、カートリッジをロードしつつ上空へ向けて突っ込んでいく。

 

「紫電一閃っ!」

「断空一閃っ!」

 

 激突。

勝利したのは、僕の断空一閃であった。

弾かれたレヴァンティンは回転しつつ上空へ、工場の天井に突き刺さる。

目を見開いたシグナムへ向かって僕は次ぐ斬撃と叩きこみにいく、とみせかけ一旦横に離脱。

寸前まで僕の居た場所を白いバインドが捕縛するのを視界の端に、高速移動魔法を発動する。

目標はすぐに我を取り戻し、レヴァンティンを取り戻そうと上空へ向かうシグナムである。

 

「させるかぁ——っ!」

 

 すぐに高速移動魔法を持つ僕が追いつくかのように思われたが、飛んできたヴィータが邪魔をしてきた。

受け流しつつ背中に蹴りを入れ壁に向かって突っ込ませ、すぐにシグナムを追おうとするも、距離が空いてしまい追いつけそうにない。

仕方なしに掌を向ける。

 

『切刃空閃・マルチファイア』

「ておぉおおぉぉっ!」

 

 直射弾を15発ほど打ち込むと同時、今度は下方からザフィーラが向かってきた。

拳の部分しか残っていない手甲で拳を打ち込もうとしてくるが、剣と拳では迎撃は容易である。

が、僕は翻るように一つ上空に身を置くようにして、ザフィーラの攻撃を避けた。

同時、ザフィーラ自身も効果範囲に含めた、自爆行為に近いバインドが彼を拘束する。

舌打ちと共にバインドを解こうとする彼を尻目に、僕はシグナムに向かって直進。

見ればやっとレヴァンティンを手にしたシグナムが、辛うじてこちらに向かって構えたのが目に入る。

 

「おぉおぉぉっ!」

『パンツァーガイスト』

 

 絶叫と共に、僕はティルヴィングを振り下ろした。

シグナムごと廃工場の天井を破壊。

手応えが妙に硬くて目を細めるが、煙の中を飛行魔法で突き抜け、上空へと踊り出る。

誘導弾で追いかけてくる鉄球を落としつつ見れば、シグナムは全身を紫色の魔力光で包んでいた。

恐らく普通体の一部だけで発動する防御魔法を、全身に発動させ、僕の攻撃を防御したのだろう。

妙な手応えに納得している僕を尻目に、すぐさま眼下の廃工場からヴィータとザフィーラが飛び出てきて、シグナムの横に並ぶ。

僕を除く3人は、いずれも肩で息をしていた。

 

「まさか、我らを相手に善戦どころか圧倒してくるとは、貴様本当に人間か?」

「よく言われるし、偶に自分でも自信が無いが、一応人間だぞ」

 

 “家”の研究所出身なんで、純粋な人間ではないのかもしれないが。

内心でそう続けつつカートリッジを補給する僕に、戦慄の表情でヴィータとザフィーラが続ける。

 

「シグナムと互角以上の剣技にあたし以上のパワーに、凄まじい見切り……とんでもないな、お前」

「俺のバインドも、結局一度も捕まらず、か……」

 

 とくっちゃべる3人に、僅かに違和感を抱く僕。

こういう騎士前とした魔導師は、通常口先で矛を交わすのをさほど好んでいない筈だ。

剣技や槌技も正統派の技だったので、余計に違和感が強い。

念の為、バインドを隠蔽発動。

あまりバインドは得意ではないので戦闘中に使うような練度は僕にないが、激しい動きを伴わない今なら可能だ。

バインドを形成しつつ、僕も口先の戦いに乗る。

肩を竦めながら、続ける僕。

 

「敵に褒められる事程、気持ち悪い事はねぇな。

見たところ古代ベルカの騎士みたいだが、口先で戦うのが正統なベルカの騎士なのか?」

「ふん、貴様こそ口先は剣ほど上手く扱えないのか?」

 

 挑発に乗らずに返してくるシグナム。

プライドが高そうに見えたので乗ってくるかと思ったが、意外である。

 

 ふむ、と僕は少し状況を整理する。

現在有利なのは圧倒的に僕である。

身の丈ほどあるティルヴィングの所為で工場内では行動を制限されていた僕は、こうやって上空に来たことで自由に戦えるようになった。

更に体力的・魔力的な消耗の度合いにしても、見目の限りでは僕が有利。

問題は、未だ相手の逃げ道も確保できている事である。

今の僕なら目の前で転移魔法を始められれば、例えナンバー12の使っていた高速転移魔法であっても妨害できる。

しかしそれが3人同時、しかも見えない4人目によって予め詠唱されていたとすれば、妨害するのは困難である。

故に僕は、どうにかして4人目を引っ張りださねばならないのだが。

 

 とりあえず僕は、そのままシグナムらの思惑に乗る事にした。

獰猛な笑みを浮かべつつ、口を開く。

 

「生憎、俺は次元世界最強の魔導師。

口先も下手とは言わねぇが、次元世界最高とまでは言えねぇな」

「最強とは、大きく出た物だな」

「あたしらたった3人を相手に倒しきれない奴が、最強だって?」

 

 流石に苦笑気味に言うシグナムにヴィータ。

ザフィーラは無言でこちらを見るばかりである。

素直に取ればザフィーラはバインドの隙を狙っていると言う所か。

僕は大きく肩を竦め、鼻で笑いながら言う。

 

「おいおい、一撃も俺に攻撃を通せない奴らが言う台詞か? それって」

 

 流石に、ヒクリと3人は顔を強張らせた。

事実である。

3人とも僕から数回の攻撃を受けているが、僕は未だ無傷であった。

しかも僕の真骨頂である狂戦士の鎧を用いた戦闘はまだ見せていない。

 

「そうだな、確かに貴様は一撃も攻撃を食らってはいない……」

 

 俯き気味に、シグナムが続ける。

同じようにヴィータもザフィーラもが俯き気味になり、僕の背筋に悪寒が走った。

直後、叫ぶシグナム。

 

「今この瞬間まではなっ!」

 

 同時、僕の腹に魔力反応が生成する。

女性の物と思わしき手が空間を渡って現れて、僕のリンカーコアを摘出。

それを握りしめようとした、まさにその瞬間であった。

白光と共に、その手が僕のバインドに捕まった。

 

「……なっ!?」

「……えっ!?」

 

 疑問詞を上げる奴らと同時に、僕はティルヴィングから手を離し、出てきた手首のバインド隣の辺りを掴む。

同時、女性の手が僕のリンカーコアを掴み、僕の脳を激痛が犯した。

視界が真紅に染まるかのような激痛。

許されるならばもがき苦しみたい程の痛みだが、耐えれないほどではない。

以前プレシア先生に死ぬ数歩手前の大怪我をさせられたまま戦った経験が、僕を痛みに強くしていた。

 

「捕まえ……たぁぁぁあっ!」

 

 即座にそれを引っ張りあげ、肩口までこちらへと引っ張りだす。

きゃあぁあ、と女性の悲鳴が、その空間を繋げるワームホールのみから聞こえる。

矢張り4人目の魔導師は、結界の外から僕に致命的な一撃を加えようと待っていたのだろう。

僕はそのまま、女性の手首を捕まえた手に魔力を集める。

白光の弾丸を、直接女性にぶち込んだ。

 

『切刃空閃』

「あぁああぁっ!?」

 

 通常なら吹っ飛んでしまうものが、バインドで固定されているために、全衝撃を吸収してしまうのだ。

しかも、直射弾とは言えゼロ距離での攻撃。

かなりのダメージだろうが、流石に騎士を名乗る一員だけある、僕のリンカーコアから手を離しはしない。

 

『切刃空閃』

「あぐ、ぐうぅぅっ!」

「くっ、シャマルっ!」

 

 と、二発目を打ち込んだ所で、衝撃から立ち直ったシグナムが突進してきた。

怒り故にか、レヴァンティンを兜割りの要領で打ち込んでくる。

僕はティルヴィングを片手で斜めに構え、単純な軌道の攻撃を受け流し。

流石に手首に来る負担が半端では無いが、どうにか耐えると同時にシグナムが叫ぶ。

 

「シャマル、旅の扉を広げ全身を出すんだっ!」

 

 同時、幾つかの事が起こった。

シグナムが旅の扉と呼んだワームホールが広がり、4人目のシャマルとかいう女性が現れた事。

一対の鉄球が僕を狙い、前方と後方から打ち込んでこられた事。

ザフィーラのバインドが僕を襲ってきた事。

僕はどうにかシャマルをこの場に引きずり出せた事に満足し、その手とバインドを開放する。

同時に高速移動魔法でバインドを避け、こちらに突っ込んでくる鉄球を誘導弾で破壊した。

ようやく消えた痛みに、深く安堵のため息をつく。

見ればシグナムはシャマルを抱えて後退、4人で集まって陣形を作っている。

 

「ようやっと4人目の参戦か……、これで後ろから打たれるのを気にしなくて済むか」

 

 シャマルは、20代前半とおもわれる容姿をしていた。

輝く金髪に真紅の瞳、デバイスと思わしき指輪をしている。

緑を基調としたゆったりとした服をまとっており、左手には黒い表紙の本型のデバイスを持っていた。

デバイス2つ持ちなのか、それともあれが闇の書と呼ばれるロストロギアなのか。

目を細める僕に、シグナムが歯噛みする。

 

「まさか……、シャマルの旅の扉を予想していたと言うのか……」

「さて、お前はどうだと思う?」

 

 肩を竦めながら言うが、勿論そんな訳がない。

僕の知る補助系魔導師のできる妨害魔法に備えて幾つかバインドを用意した物が、偶々上手くハマっただけである。

事実、僕もシャマルを抱えたシグナムを追撃できた筈なのに、びっくりして逃してしまった。

といっても、そんな事わざわざ言う必要も無いので、戦慄した表情のヴォルケンリッターには黙っておく事にする。

 

 さて、これでとりあえずすぐには逃げられないようにはできた。

となれば今度すべき事は、改めての観察である。

と言っても、分かった事は少ない。

彼らがヴォルケンリッターと名乗る4人の騎士であり、魔力量や外見に比してかなり高い戦闘経験と技術を持っている事ぐらいか。

瞳の色からも、義務的にか己からか仕方なくか、どんな気持ちで僕から魔力を取ろうとしているのか読み取れない。

というのも僕が強すぎて、強者に挑む騎士の性として、燃え盛る闘志を秘めた目にしか見えないのだ。

これが弱者や格下相手ならば、その色から感情を読めたのかもしれないが。

仕方なしに、僕は口を開いた。

 

「やれやれ、とりあえず逃げ道を塞いだんで聞くが……、魔力を頂くっていうのはどういう事だ?

さっきは俺のリンカーコアを摘出して魔力を取ってたみたいだが……

話を聞かせてもらえないか?」

 

 シャマルがゼロ距離直射弾に耐えつつも僕のリンカーコアを握りしめていた為、大分魔力を取られてしまった。

これは短期決戦で行かねばな、と頭の片隅で思いつつも、一応口で対話してみる事にする。

なにせ、僕の理想は本当の自分に気づけない奴らに、本当の自分を見つめさせる事なのだ。

彼らが何を考えているのか、何をしようとしているのか、知らずにはそれはできない。

少なくとも正統派の騎士の技を収めている彼らが、何の理由もなく人を傷つけているようには思えなかったのだ。

 

 一瞬、ヴォルケンリッターの面々は目を瞬き、呆然と見合った。

それから僕に向き直り、微笑みを見せる。

 

「襲ってきた相手に理由を聞いてくるとは、あの子らを思い出すな……」

「ったく、高町なんとかみてーな事言ってくるたぁな」

「フェイトちゃんも、よね」

 

 しかしそれも一瞬、すぐさま鋼鉄の表情となり、透き通った氷のような冷たい目で僕を見つめた。

 

「だが、我らヴォルケンリッターの願いは闇の書の完成、ただそれのみだ」

「闇の書はリンカーコアを蒐集する事でページを埋める事ができる」

「だから貴方を襲った、それ以外に理由なんて無いわ」

 

 内心、舌打ちする。

流石に戦闘における人生経験豊富なだけはある、明らかに格上の僕相手に精神的隙を見せる真似はされなかった。

このまま戦っていても、彼らは理由を口にはしないかもしれない。

僕の霊感と言うべき部分がそう言っていた。

となれば、すべき事は一つである。

 

「ならとりあえず、ぶちのめして捕まえてから、ゆっくりと聞くとするか」

 

 僕はティルヴィングを構え直し、ヴォルケンリッターを睨みつけた。

シグナム、ヴィータ、ザフィーラは各々の武器を構え。

シャマルは後方のビルにまで下がって着地し、闇の書と思わしき本を手放す。

ダメージを受けた右手をダラリと垂らしながら、左手でいつでも支援魔法を使えるよう構えた。

 

 肩で息をする3人の呼吸をじっと見つめる。

揺れる3人の呼吸が重なり、全員が息を吐いた瞬間を狙い、僕は飛び出した。

遅れて超速度による衝撃波が砂塵を舞わせる。

全身に白光を纏った僕は、一直線にシグナムへと突っ込んだ。

 

「おぉぉぉおぉっ!」

 

 怒号と共に、縦にティルヴィングを叩きこむ。

外だからこそ出せる超速度での剣戟に、シグナムは驚愕と共に体ごと剣を下に弾かれた。

そのまま第二撃を切り上げれば勝てるのだが、残念ながら両隣に居る騎士と守護獣がそれを許さない。

縦に振り下ろされた槌と襲ってくるバインドを、後方に高速移動魔法で避ける。

ほんの人一人分の後退と同時、僕は振り下ろしたままだった剣を跳ね上げ、無防備なヴィータを狙った。

 

「か、ふ……っ!」

 

 肺の空気を吐き出しながら、すっ飛んでいくヴィータ。

そこに瞬間発動した直射弾を10発ほど打ち込むと同時、剣先に曲線を描かせ、今度は逆袈裟に大剣を振り下ろす。

辛うじて間に合ったザフィーラの白光の防御魔法の上から、ティルヴィングが叩き込まれた。

三角形の魔法陣ごと、先ほどの会話の間に回復していた手甲を再び破壊、破片を散らしながらくぐもった声を漏らしつつザフィーラが後退する。

重傷とまではいかなくとも、かなりのダメージだ。

そのままシャマルの元に行くザフィーラを、しかし僕は見逃す。

 

「ぐっ、紫電一閃!」

「カートリッジ・ロードっ!」

『イエス、マイマスター』

 

 薬莢が跳ねると同時、僕の切り上げる断空一閃とシグナムの切り下ろす紫電一閃が交錯。

炎熱を白光の純魔力が切断、レヴァンティンを再び弾くも、今度こそシグナムは剣を手放さない。

しかし代わりに大きく体勢を崩した上に右腕を痺れさせたようで、レヴァンティンを握る手は左手のみだ。

そこに追撃できれば勝ちである。

 

「こんのぉぉおっ!」

 

 が、突進してくるヴィータと彼女が放つ4つの鉄球がそれを許さなかった。

即座にこちらも誘導弾を生成、相殺しつつ、兜割りの一撃でヴィータを迎え撃つ。

火花が散り、僕とヴィータの視線が交錯した。

しかし拮抗は一瞬、僕の斬撃がヴィータを弾き、大きく体勢を崩させる。

通常ならばここでバインドが来るのだが、ザフィーラはシャマルの回復魔法を受けている途中、残るはシグナムしか居ない。

自然、彼女は残る片手でレヴァンティンを繰る他無かった。

 

「く……おぉぉっ!」

 

 絶叫と共に横薙ぎに振るわれる剣は、しかしその気迫に比して弱々しかった。

半回転しつつ僕が放つ斬撃は容易くレヴァンティンを壊しつつ弾き、その奥にある胴体をついに捉える。

激突。

同時、体をくの字に折り肺の空気を吐き出すシグナム。

辛うじて意識だけは保ったそこに、残酷な宣告の機械音が告げられた。

 

『切刃空閃・マルチファイア』

 

 僕の最大瞬間発動数、つまり25発もの直射弾がシグナムに殺到。

さながら獲物に蜂が集るかのように白光が炸裂する。

 

「おい、てめぇぇっ!」

 

 絶叫しながらグラーフアイゼンを振るうヴィータに、即座にティルヴィングを振り回す。

といっても、結果は先程の交錯を繰り返す事となった。

再び弾き飛ばされるヴィータを尻目に、視界の端に映るシグナムは、気を失ったまま工場の屋上へと墜落していっていた。

慌てて駆け寄るシャマルが居るので、墜落死は無いだろう。

と、その瞬間僕を白光が包み、拘束しようとする。

既の所で高速移動魔法を発動、避けきると、その先には回復したザフィーラが拳を構え待っていた。

 

「ておぉおおぉぉっ!」

 

 獅子の咆哮と共に突き出される拳は、なるほど見事な物であった。

高速移動魔法の終わり際に設置するように突き出された拳は、いかに僕であっても避ける事は難しかっただろう。

というのは、高速移動魔法は連続使用ができず、終わり際に一瞬隙ができてしまうからだ。

それに高速移動魔法は直線でしか動けないので、軌道だって読みやすく、本来なら多用すべき魔法ではない。

——通常ならば。

 

『狂戦士の鎧、発動』

 

 僕の体を覆うバリアジャケットが、一瞬で僕の全身に根を張る。

と同時、僕は高速移動魔法で曲がった。

勿論過剰なGが全身を軋ませ、通常ならばその後動く事もままならないが、狂戦士の鎧が不可能を可能にする。

そのまま僕はザフィーラの背後に出現、薬莢を排出しつつ叫ぶ。

 

「断空一閃っ!」

「が……っ!」

 

 無防備なザフィーラの背に、超魔力を宿したティルヴィングが激突。

袈裟懸けに臓腑を切り裂く一撃が魔力ダメージに転換、ザフィーラの意識を落としながら地面へと叩き落す。

一応、狙ってシャマルの方に撃ち落としたのだ、死ぬことは無いだろう。

次いで僕は半身になりつつ剣を斜めに、篭手で受けつつ、背後から急襲してきたヴィータの一撃を受け流した。

舌打ちしつつ下がろうとするヴィータだったが、一対一になった以上逃すつもりはない。

 

『踊剣小閃』

 

 機械音と共に5つの直射弾を発動、それを纏いつつヴィータへと突っ込む僕。

それを見てヴィータは、迎撃ではなく防御を選択、グラーフアイゼンを構えながら叫ぶ。

 

「アイゼンっ!」

『パンツァーヒンダネス』

 

 と、ヴィータの全身を覆う赤い水晶体のようなバリアが出現。

確かにヴィータの誘導弾には鉄球を生成・グラーフアイゼンで打ち出すの2ステップが必要だ。

ここで防御と言うのは最善に近い選択肢だが、それでも僕には通用しない。

瞬時に僕の誘導弾は結界の一面に集中して激突、ヒビが入ったそこに僕の斬撃が重ねて襲い掛かる。

通常斬撃とは言え超常の魔力を込められた一撃は、容易くヴィータの防御魔法を叩き割った。

目を見開くヴィータの目前で僕はティルヴィングを担ぐようにし、そのまま全力で振り下ろす。

グラーフアイゼンでの防御すら間に合わず、僕の斬撃はヴィータの肩口から斬りかかる。

 

「……っ!」

 

 声にならない悲鳴を上げ、襲いかかる魔力ダメージにヴィータが意識を明滅させた。

辛うじて意識を繋ぐ彼女だったが、次ぐ僕の回転蹴りがその腹に突き刺さる。

こちらも再び、先の屋上へと吹っ飛んでいった。

ヴィータちゃん、と言う悲鳴と共に土煙が止んでいく。

僕もそれを追いかけ、工場の屋上へと飛んでいった。

屋上では、シャマルが範囲回復魔法の中に3人を入れ、両手を広げ3人を守るようにして立ちはだかっていた。

 

「……くっ、これ以上3人を傷つけさせはしないわっ!」

「バインドで捕縛させてもらえるなら、別にそれでも構わねぇよ。

悪いようにはしねぇ、管理局にもいくつかコネがあるからな、突き出してほいサヨナラとは言わないさ」

 

 刹那、シャマルの顔に迷いの色が現れた。

本来ならば彼女らもバインドで捕まえれればそれが一番良かったのだが、バインドは元々ミッド式の魔法である。

近代ベルカ式の術者である僕もある程度バインドは使えるが、今回のような高位魔導師相手に戦闘中に使えるほどの練度は僕には無い。

そんな事を考えながらバインドを構成しつつ、数歩シャマルの方に近づいた、まさにその瞬間である。

背筋を悪寒が駆け巡った。

咄嗟にティルヴィングで防御をすると同時、凄まじい衝撃に僕はふっ飛ばされてしまう。

が、悪寒はまだ消えない。

 

「ぐ……おぉぉっ!」

 

 絶叫と共に、魔力を収束させずに全身から放出。

直後に現れた青色の四重バインドを安定構成させずに破壊する。

しかし危なかった。

感じる魔力も構成も、今まで見たバインドの中では最高峰の物であった。

流石の僕でもあれに捕まったら敗北を喫していただろう。

冷や汗をかきつつ襲撃者を見ると、襲撃者は仮面をかぶった戦士であった。

青髪に青と白を基調とした服、成人と思わしき背丈に四肢の長さ。

どこか獣じみた感覚を覚える人間であった。

 

「……闇の書の力で仲間を回復させろ」

 

 はっ、と目を瞬いたシャマルは、すぐに緑色の魔法陣を展開、何やら詠唱を始める。

邪魔したい所だが、目前の仮面の戦士の動きに警戒を解けず、動くことができない。

あの時僕は、寸前までこの戦士の接近にすら気づく事ができなかった。

加えて奴は、一瞬の攻防で見るにザフィーラ以上の体術の使い手である。

更に言えば、感じる魔力はこの場で僕に次いで多く、更に一瞬で四重ものバインドを繰り出す実力。

間違いない、仮面の戦士はオーバーSの実力者だ。

うかつに動けないが、かと言って待っていればヴォルケンリッターに回復されるだけ。

覚悟して動こうとした、その瞬間である。

 

「闇の書よ、守護者シャマルが命じます。

仲間を癒す力を今ここにっ!」

 

 膨大な魔力が、シャマルの持つ闇の書から放たれた。

魔力炉の供給を受けたプレシア先生並の魔力である。

思わず目を見開く僕を尻目に、黒い魔力光が明滅。

数瞬の後に、倒した筈の3人のヴォルケンリッター達が、頭を抱えながら起き上がる。

あんまりな事態に、思わず僕は叫んだ。

 

「って嘘だろ!? 回復って、全回復かよ!?」

 

 そう、ヴォルケンリッターらは見たところ傷一つ残っていないし、感じる魔力も全回復しているように思えた。

せいぜい立ち上がれるようにするぐらいだと思ったのだが、ロストロギアに常識は通じないと言う事か。

思わず顔をひきつらせながら、僕は改めてティルヴィングを構え直す。

そんな僕に、なんとも言えない表情でシグナム。

 

「……ちっ、また助けられたのか。

4人がかりで襲って言う話ではないが、すまないな、横槍が入ってしまった、ウォルター」

「本当に言う話じゃねぇがな……」

 

 と言いつつ、僕は目を細める。

正直言って、本音は流石に負けそうで怖い。

このまま帰ってくれないかなー、と仮面の戦士に視線をやるが、構えを解く様子はなく、明らかに戦闘継続の意思を見せている。

当たり前の事実に、ため息をつきたくなった。

 

 ならば僕は負けるのかと言えば、しかしそれも微妙な線である。

未だ仮面の戦士の実力は不明瞭であるし、そもそも僕には最近作ったばかりのティルヴィングのフルドライブモードがある。

それに狂戦士の鎧だってまだほんの僅かしか活用しておらず、全身はちょっと痛いぐらいで済んでおり、まだまだダメージを受けても戦闘継続は可能だ。

魔力こそ旅の扉からの蒐集で大分削られて心許ないが、心配と言えばそのぐらいである。

 

 僕は深呼吸をして、動揺した心を落ちつけた。

波紋一つない水面のように心が沈みきった頃、僕はティルヴィングに念話で問う。

 

(なぁ、ティルヴィング、僕はかつて自分の事をなんと言った?)

(俺は負けない、誰にも、何にもと。

そして最強の魔導師であると)

 

 そう、その通りである。

僕はプレシア先生を助ける時、心のなかで燃え盛る炎に身を任せ、そう叫んだのだ。

なのはらに心配をかけたくなくて叫んだという割合が多く、本気で心の底から自分を最強だと思っていた訳ではない。

けれど、僕は一度そう宣言してみせたのだ。

ならばその言葉ぐらい守って見せたいじゃあないか。

そう、僕は負けたくないのだ。

 

 大体、僕の唯一の信念らしい物を守る為には、ヴォルケンリッターの本音を引き出さねばならない。

鋼の表情で感情を覆い尽くす事に長けた彼らから言葉を引き出すには、戦いの中では不可能だろうと僕は直感している。

ならば僕は彼らに勝ち、その上で話を聞かせてもらわねばならない。

そう、僕に負ける事は許されないのだ。

 

 負けたくない。

負ける事は許されない。

その2つの気持ちが合わさったのは、プレシア先生との戦い以来であった。

あの時のような、心の底から燃え盛る炎が僕の身を焼く。

今なら見開いた目から、物理的な波動すら出せるかのような気分だった。

 

「しかし、丁度いいな」

「……何?」

 

 僕は思わず漏らした言葉に、シグナムが返す。

それに僕は不敵な笑みを浮かべながら、UD-182ならこんな言葉でも言うだろう、と言う言葉を続けた。

 

「5対1……それが丁度いいハンデだって、言っているんだよ」

 

 残る僕の魔力が、爆発するかのように膨れ上がった。

そしてすぐに僕の全身に収斂、研ぎ澄まされた刃のように変化する。

誰かが生唾を飲み込む音が、複数聞こえた。

 

「……行くぞおぉおぉぉっ!」

 

 絶叫と共に、僕の足元に白い三角形の魔法陣が出現。

それに反発するかのように、僕は5人の居る場所に突進していくのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うぉおぉぉっ!」

「たぁぁぁあっ!」

 

 絶叫と共に、ウォルターとヴィータのデバイスが激突。

しかしグラーフアイゼンは容易く弾かれ、ウォルターはそのまま空中で回転する。

そのままの勢いで、背後から忍び寄っていたシグナムの剣戟を弾いた。

直後その場から弾かれるように動き、白いバインドを回避。

続く仮面の戦士の多重バインドを次々に避けつつ、5人に向かって大量の直射弾をばら撒く。

後衛として働いているシャマル、ザフィーラ、仮面の戦士はなんとかそれを避けたり相殺できるが、距離の近い前衛はそうもいかない。

シグナムはレヴァンティンと鞘の二刀流でどうにか防ぎきる。

視界の端では、ヴィータが数発食らってしまったのだろう、肩で息をしながら顔をしかめている。

 

 駄目だ、とシグナムは思った。

加わった仮面の戦士は実力者だが連携はとれておらず、総合的な戦力は少し上がっただけにすぎない。

先程までは4対1で圧倒されていたのだ、5対1となっても劣勢は覆せなかった。

どうにかして戦闘開始時のような閉所に押しこめば五分五分まで持ち込めるかもしれないが、ウォルターはそれをさせてくれるような生易しい相手では無いだろう。

同様に闇の書による回復魔法を何度か打てれば粘り勝ちできるかもしれないが、それも許されないに違いない。

ならばどうするのか。

ウォルターを取り囲んだまましばし思案し、シグナムは仲間に念話を通じさせた。

 

(……聞こえるか、皆。

ウォルター相手では、我らにあの仮面の戦士を加えても、恐らくは勝てない。

逃げる他、道は無いだろう)

(でもシグナム、ウォルターはそう簡単に私達を逃してくれるかしら?)

 

 シャマルの問に、シグナムは僅かに目を細める。

そう、ヴォルケンリッターにとってはウォルター相手に逃げることすらも難しかった。

一人ひとりが転移魔法を展開する余裕はまず存在しない、故にシャマルが集団転移魔法を発動させるしか無い。

しかしそれすらも、シグナムら3人を相手にしつつシャマルに牽制の直射弾を撃つウォルター相手では難しかった。

ならば、とシグナムは考える。

 

(多重転移魔法ではなく、単一の転移魔法ならどうだ?)

(……できるけれど、簡単に追跡されちゃうわよ?)

(術式が消えるまで仮面の奴が足止めしてくれる、って訳は無いか……)

 

 そう、単一の転移魔法であればウォルター相手であっても逃げ出すこと自体はできる。

しかし普通の魔導師であっても単一転移魔法であれば追跡できるし、転移魔法での追いかけっこになれば管理局にも補足されてしまうだろう。

何故転移魔法を追跡できるのかと言うと、少しの間残留した転移魔法の術式を読み取る事が可能だからだ。

故にシグナムは、こう結論づける。

 

(いいや、足止めを行うのは正解だ。

ただしやるのは、私とザフィーラとでだがな)

(——っ!)

 

 息を呑む音が、3つ聞こえた。

すぐさまヴィータが、顔を険しくしながら叫ぶ。

 

(こんの大馬鹿っ!

そんな事してはやてが喜ぶとでも思ってるのかよ!?

大体、なんで将のシグナムが足止めに残るんだよ、そこはあたしの出番だろうが!)

(そも、此処で全員捕まれば、闇の書の完成は不可能になる。

そうなれば主はやての命は無い。

優先すべきは、我らの命より主はやての命、これはいいな?)

(ぐっ……そりゃ、そうだけど!)

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするヴィータを尻目に、鋭い目付きとなったシャマルが口を開いた。

 

(でも、残るのがヴィータちゃんなのは何故?

私が居ないとそもそも逃げられないから、私が逃げる事は解るんだけど)

(レヴァンティンのダメージが大きいからだ)

 

 と言いつつ、シグナムは自身のデバイスを見つめた。

幾度と無く超魔力を纏ったティルヴィングと打ち合ったレヴァンティンは、全体にヒビが入っている。

なるべくウォルターの攻撃を受け流すような事にしか使っていないから機能停止にまでは至っていないが、恐らく全力の紫電一閃に耐えれるのはあと数合。

自動修復機能を働かせたとて、完治まで数日かかる事は目に見えている。

対しヴィータのグラーフアイゼンは、回避される事が多かった分ダメージは少なく、半日もすれば完全回復できるだろう。

はやての命があとどれだけ持つか分からない現状、数日とは言え時間を無駄にする事はできない、というのがシグナムの判断であった。

 

(それは、そうだけど……!)

 

 尚も言い募ろうとするヴィータであったが、言葉につまり、無言で泣きそうな目になりシグナムを見つめた。

その様相に、シグナムは心苦しく思うと同時、僅かに温かい物を感じる。

シグナムらヴォルケンリッターは、ただの魔法生命体である。

故に感情らしい感情を持つ事無く、ただ戦闘のみに明け暮れる毎日を送っていた。

それはどんなマスターが主である時も同じで、少しでも思考を過去にやれば、血と魔力煙に満ちた光景が簡単に思い浮かべられる。

 

 だが、八神はやてが主となった時に、それらは全て変わった。

はやては、騎士達に心をくれたのだ。

驚くほどに安らかな日々であった。

確かに主に忠誠を誓っていたあの日々の中で、今まで自分が何に駆り立てられて戦っていたのか、それすらも判らなくなるぐらいに。

敵を貫く瞳は、主を見守る暖かな瞳となり。

血飛沫を浴びる体は、足の不自由な主を助ける体となり。

命を散らす剣は、近所の子供に守る力を与える剣となり。

全てが温かみを帯びた、心に春を芽生えさせる何かへと変わっていったのだ。

 

 以前であれば、合理的な判断にヴィータは無表情で頷くだけだっただろう。

だが、今のヴィータの、泣き縋るようなあの瞳はどうか。

まるで人間のように感情豊かではないか。

それを思うと、主であるはやての偉大さが身にしみるようだった。

故にシグナムは、はやての命を守るために、自らを犠牲にする事も厭わない。

例えそれが、主が願わぬ事であったとしてもだ。

 

(悪いな、後は頼んだぞ、ヴィータ、シャマル)

(……ぁ)

(シグナム、ザフィーラ、貴方達こそ武運を)

 

 そう一方的に告げ、シグナムはウォルターの周りを旋回、ザフィーラと共にシャマルとヴィータの前に出る。

ウォルターが目を細めるのと同時、シグナムは口を開いた。

 

「レヴァンティン、ロード・カートリッジ」

 

 薬莢を排出しつつボーゲンフォルム、弓へと変化したレヴァンティンを、肩の高さまで持ち上げる。

再びのカートリッジ使用と共に、シグナムは矢を形成。

弓を引きながら、ウォルターへ向かって構える。

隣ではザフィーラが静かに魔力を溜め、巨岩のような存在感を醸し出していた。

それを見て訝しげな顔をするウォルターであったが、すぐさま眼の色を変え叫んだ。

 

「なんだ……? いや、まさかっ!」

「行けっ、二人共っ!」

 

 ザフィーラが叫びつつ、鋼の軛を発動。

近くのビル群から数々の白く太い針が飛び出て、ウォルターを拘束しようと次々に伸びる。

限界を超えた魔力の使用により、ウォルターを拘束しようとする鋼の軛は凡そ50近く。

流石のウォルターも上空に逃れる他に避ける方法は無く、動きを制限させる。

その結果を見る事なく、シャマルは転移魔法を発動。

僅かな術式残滓を残し、シャマルと目を潤ませたヴィータが消えた。

 

「ちっ、逃すかよっ!」

 

 叫びつつも、鋼の軛に追われるウォルターは真っ直ぐ上に行く他に行動のしようがない。

と思われたが、逃げつつもウォルターはカートリッジをロード。

薬莢を落としつつ、ティルヴィングを二叉槍に変化させ、叫んだ。

 

「行くぞっ!」

『突牙巨閃、発動』

「くっ! シュツルムファルケン!」

 

 真っ直ぐにシグナムを狙ってきた攻撃に、既に攻撃準備に入っていたシグナムは相殺以外の防御方法を持たない。

故にシグナム最大の魔法であるシュツルムファルケンを発動、カートリッジ2つ分の魔力を食い尽くし、超常の魔力を纏った矢を放つ。

超速度で進む矢と砲撃が激突。

シュツルムファルケンはウォルターの突牙巨閃を切り裂き進むも、照準が大きくズレて見当違いの方向へ行ってしまう。

術後硬直でウォルターとシグナム、双方に隙ができた、その瞬間である。

 

「はっ!」

 

 叫ぶと同時、仮面の戦士が多重バインドをウォルターに向かって発動。

青い光がウォルターを包もうとする瞬間、ウォルターが槍先をシグナムとザフィーラに向ける。

 

「くそっ、タダで捕まると思うなよっ!」

 

 直後、ウォルターの周りに25もの直射弾が発生。

バインドが決まるのとほぼ同時、シグナムとザフィーラに降り注いだ。

舌打ちしつつ、ザフィーラは鋼の軛を解除、硬直しているシグナムの前に出て全力の防御魔法を張る。

白光と白光、同じ魔力光の魔法同士が激突した。

ただの直射弾だと言うのに恐るべき威力の魔法に、ザフィーラは歯茎から血が滲む程の力を込め、辛うじて防ぎきる事に成功。

肩で息をしながら防御魔法を解き、魔力煙が薄れるのを待つが早いか、超魔力が迫るのを2人は感じた。

 

「下がれ、ザフィーラっ!」

 

 叫びつつシグナムが前に出て、全力の防御魔法を発動。

紫の魔法陣に、恐るべき速度で飛んできたウォルターとティルヴィングが激突する。

あの凄まじいバインドで数秒しか拘束できなかったのか。

背筋に冷たい物を感じつつも、シグナムは即座にシールドを斜めにずらし、直進してきたウォルターの攻撃をいなす。

たったそれだけの一瞬にもティルヴィングが防御魔法を侵食し、レヴァンティンにかすり当たりをされながらの防御となった。

大きく肩で息をしつつ、シグナムはザフィーラと並び立つ。

ウォルターが距離をとって停止、再びティルヴィングを大剣に変えつつ振り向き、忌々しげに口を開いた。

 

「……ちっ、2人、いや3人は逃したか」

 

 言葉の通り、術式の残滓は既に消えていた。

本来ならばもっと時間のかかるものなのだが、そのすぐ近くで大魔法が連続して発動した結果である。

加えて、辺りを見るに仮面の戦士は既に戦場から姿を消していた。

 

 シグナムとザフィーラは、満身創痍もいいところであった。

本来の能力以上の魔力を消費したザフィーラは既に外部への魔力行使ができず、徒手での戦い以外は不可能。

デバイスにも負担が大きいシュツルムファルケンを発動したシグナムのレヴァンティンは、最早通常の斬撃すら数合受けれるかどうか。

だがしかし、二人は目標を達成したのだ。

その事実に薄く笑いながら、二人は構えを取る。

それに眉をひそめながら、ウォルターは言った。

 

「一応言っとくが、投降するって事はしないんだな?」

「無論。我が主の元に帰還できる可能性がある以上、投降などもっての他。

加えて言えば、貴様のような超常の実力者を前に刃を置く事など、出来る筈もあるまい」

「バトルマニアかよ……」

 

 呆れたように言いつつ、ウォルターはティルヴィングを構える。

再びウォルターの元から、無尽蔵とすら思える超魔力が発現。

それを全身に恐るべき精度で纏い、ティルヴィングが薄く白光を漏らす。

絶望的な戦いが、二人を待っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん……」

 

 小さい声と共に、はやては瞳を開ける。

寝ぼけ眼で外を見るに、まだ太陽が登ったばかりの時間である。

もう一度寝る事にしよう、とそのまま眠りの世界に引きずり込まれる前に、はやてはふと気づく。

同じベッドで寝ている筈のヴィータが、その場に居なかった。

トイレにでも行っているのだろうかと思い、再びはやては横になるも、気になって眠気が来ない。

仕方なしに、はやては車椅子に乗って寝室からドアを開け、家の中を探しまわった。

 

 ヴィータは何処にも居なかった。

他のベッドに紛れ込んでしまったのかと思ってシグナムとシャマルの部屋も覗き見たが、何処にも居ない。

それどころか、シグナムにシャマル、ザフィーラの姿すらも見えなかった。

 

「……みんな、やっぱりどっか行っちゃったんやな」

 

 ぽつり、とはやてはそう漏らし、気落ちしたままキッチンへと車椅子を進める。

冷えた牛乳を取り出し、コップに入れて飲んだ。

半分程飲んだ辺りで一旦コップを置き、目を細めながらリビングに目をやる。

何時もなら家族が揃っているそこには、誰一人の影も存在しなかった。

 

 かつて八神はやては、一人だった。

物心付く前に両親が亡くなり、はやては家で一人きりで生活する事になっていた。

近所の住人ははやての事をまるで空気のように扱い、滅多に会話する事などない。

最初のうちは頻繁に来ていたヘルパーも、はやてが一人の生活に慣れるに従い来訪の頻度を減らし、いずれは来なくなってしまった。

担当医の石田とは会話があったが、医師と患者という関係は崩れず、更に石田の忙しさがその会話の回数を減らしていた。

要するに、はやてが会話する相手などほんの一握りしかいなかったのだ。

八神はやては、孤独であった。

 

 ただ、はやてはそれを心から辛いと思った事が無い。

何故なら、物心ついてからこの方はやてはずっと孤独で、家族や友人の良さというものを知らなかったからだ。

故にはやては自分の境遇に、漠然と自分は不幸らしいんだな、とだけ思っていただけである。

ただ、興味はあった。

果たして自分に友達や家族が居たら、どんな感じなのだろうか、と。

加えて言えば、友達よりも家族の方にはやては興味を持っていた。

友達はこれから作れる可能性は少ないなりにあるが、家族は恐らく二度と持てまい。

そのため、家族が居たら自分はどんなふうに生活していたんだろう、とはやては何度も夢想した。

趣味の読書でも、家族愛をテーマとした本を何冊も読んだ。

 

 そんなはやての元に、ある日突然ヴォルケンリッター達が現れた。

気づけば病院に居たはやては、咄嗟に彼らを親戚だと説明し、石田の理解を得た。

その後、ふとはやては思う。

彼らを親戚と言ったのは、咄嗟の嘘であった。

けれどもしも、彼らと本当に家族のようになれるのであったら、ずっと欲しいと思っていた家族が手に入るのではなかろうか。

そんな思いが、はやてにヴォルケンリッターを家族を呼ばせたのだった。

 

 はやては何も、初めからヴォルケンリッターに愛情を感じていた訳ではない。

主としての義務と言う物だって今一よく分かっていなかったし、無機物のような振る舞いをする4人とのすれ違いに悲しんだ事も数多くある。

けれどヴォルケンリッター達はスポンジが水を吸うように感情を取り入れ、人間のようになっていった。

その姿が、はやての琴線に触れた。

まるで赤子が大人になっていくような姿を早回しで見せられるようで、それはまさに一つの命がこの世に生まれる系譜のように思えたのだ。

始めは家族なんて形だけだったのに、気づけばはやては、何よりも家族の事が大事になっていた。

そしてそれは気のせいでなければ、ヴォルケンリッター達も同じように思ってくれているようにはやてには思えたのだ。

 

 しかし、黄金の日々はそう長く続かなかった。

ここ数カ月、ヴォルケンリッターははやてに隠し事をするようになってきたのだ。

はやてが寝ている間に抜け出したり、昼間用事があると言って頻繁に家を空けたり。

最初はヴォルケンリッターが外の世界に魅力を感じるようになった為だと思っていたはやてだが、それにしては様子がおかしい。

少なくとも、それならはやてが寝ている間に抜け出す必要は無いだろう。

では、一体何があったのか。

はやては、それを追求する事は無かった。

本能的な部分で、もしもそれを明らかにしてしまえば、自分とヴォルケンリッターとの関係に亀裂が入ってしまうように感じたのだ。

だからはやては、みんなも外で色々やりたい事があるのだろう、と自分さえも騙しきれないような嘘で自分を無理矢理納得させていた。

 

 はやては小さく身震いし、自らを抱きしめる。

冷えてきたもんなぁ、と小さく言うが、それだけではないと自分でも分かっていた。

家族の居ない家は、恐ろしい程に冷たかったのだ。

最近夜中に目を覚ますと、結構な頻度でこんな事がある。

いつかこれにも慣れる日が来るのだろうか、と考えながら、はやては残る牛乳を飲み干し、コップを流しに置いた。

暫し、リビングを眺める。

 

 昔は何も辛くなかった。

家族の居る幸せなんてはやての妄想の中の出来事だったし、それはテレビの向こう側のような幸せだった。

想像でしか考えられず、決して手の届かない物だと思っていたから、今の自分と比較する事なんて無かったのだ。

けれど今は。

一度家族ができた今は。

 

「みんなに、居て欲しいなぁ……」

 

 家族の前では零せない弱音を、はやては口から零した。

欲張りだと分かっている。

孤独だった自分に家族ができた、それだけでも素晴らしい奇跡だと言うのに、それ以上を望むなんて罰が当たるだろう。

けれど、分かっていても、はやてはそう思わざるを得なかった。

 

 涙がにじみそうになるのを服の袖で拭い取り、はやてが気落ちしたまま自室に戻ろうとした、その瞬間である。

緑光が、リビングの中に満ち満ちた。

目を瞑ってしまったはやてが目を開くと、そこにはシャマルとヴィータの2人が立っていた。

思わず、はやては目を見開く。

2人は騎士甲胄を着ていた上に、ボロボロになっていたのだ。

 

「2人共、どうしたんっ!?」

「は、はやて!?」

「はやてちゃん、なんで起きて!?」

 

 急ぎはやては車椅子を駆り、2人の目前にまでたどり着く。

見ればみるほど、酷い様相であった。

ヴィータはお気に入りの帽子を無くした上に、騎士甲胄のあちらこちらがボロボロになっていた。

シャマルは怪我の様子こそないが、よくよく見れば右腕がだらりと下がって動かせないのが解る。

こみ上げてくる感情を抑えきれず、はやては何も言わず2人を抱きしめた。

 

「は、はやてぇ……」

「はやてちゃん……」

 

 それに抱きしめられた2人も目を滲ませ、静かに涙を零しながら、はやての背に手を回す。

暫くの間、3人の無言の抱擁は続いた。

 

 それからはやては2人を着替えさせた上で温かい飲み物を用意してやり、3人でテーブルについた。

話を聞く体制になったはやてに、2人は何度も謝りながら話し始める。

はやての病気の原因は闇の書である事。

自分たちヴォルケンリッターではどうしようもなく、例え消えようにも復元プログラムが発動し記憶を無くした自分ができてしまうだけな事。

その為に、はやてとの誓いを破り、闇の書の蒐集をしていた事。

そして今日、狙ってはならない相手を狙ってしまい、敗北した事。

 

 ——そして2人を逃がすのに、シグナムとザフィーラが残った事。

 

 最初ははやては、喜ばしくも悲しいような、複雑な気持ちで話を聞いていた。

家族の心から自分から離れていなかった事は嬉しかったが、しかしはやては人様に迷惑をかけてまで長生きしようとは思っていなかったのだ。

その為なんとも言えない表情で2人の話を聞いていたが、話が進むに連れ思わず顔をひきつらせる事になる。

最後にシグナムとザフィーラが足止めに残ったと聞いた時には、はやてはまるで平衡感覚を無くしてしまったかのようにすら感じていた。

愕然としつつ、はやては2人に問う。

 

「それって、シグナムとザフィーラが捕まってもうたって事なんか?」

「そうだけど……それだけじゃあないんだ」

 

 ヴィータの不吉な言葉に、はやては生唾を飲み込む。

顔を伏したシャマルが、続けて言った。

 

「シグナムとザフィーラは、余計な情報を取られないようにと思ったんでしょうね、闇の書とのリンクを自分から切りました」

「それって、どういう……?」

 

 疑問詞を投げかけるはやてに、シャマルは今にも泣きそうな目ではやてを見つめ、続ける。

 

「これが闇の書の主の手で行ったのなら兎も角、私達騎士の手でやると、魔力源を闇の書から私達の中に移せません。

つまり、シグナムとザフィーラへの魔力供給が無くなってしまいます。

このままでは何時か魔力切れになり、2人は……消えてしまいます。

復元プログラムが働き新しいシグナムとザフィーラが復活しますが、その2人にはやてちゃんと過ごした記憶は……ありません」

「…………」

 

 思わず、はやては絶句した。

重力に引っ張られ、今正に底なしの穴に落ちている最中のようにさえ思える。

全身から嫌な汗がじわっと湧き上がり、はやての幼い肢体を濡らした。

口の中はカラカラに乾き、目は限界まで見開かれる。

そんな瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「他に何も要らないって思っとった……。

家族さえいれば、残りの命が少なくてもいい、死んでもいいって思っとった……」

 

 気づけばはやては、内心を口にしていた。

まるで自分の中で巨大な獣が暴れているみたいに、自分の制御が効かない。

思った事を、舌がそのまま言葉にしてしまう。

 

「だけど、家族は、家族だけは、持って行かないで……!」

 

 一体誰に言っているのかすらも分からず、はやては泣き叫んだ。

ぽつりぽつりと、涙がはやての膝の上に落ちる。

同じようにして、シャマルもまた涙を零す顔に手をやっていた。

そんなはやてに、思わず、といった様相でヴィータが続ける。

 

「はやて、シグナムとザフィーラが消える前にはやてが闇の書の主として覚醒すれば……。

2人を奪い返して、リンクを繋ぎ直す事もできるかもしれない。

まだ何も……何も、終わっちゃあいないんだ!」

 

 はっ、とはやては面を上げた。

その先では、ヴィータが涙を零しながらはやての事を見つめている。

シャマルもまた、充血した目ではやての目を見据えていた。

その通りならば、はやてにはまだ家族を救う手立てはあると言える。

けれど、それは。

かつて自分が言った言葉が、はやての内心に響いた。

『人様の迷惑になる事なんか、しちゃいかんで』

ヴォルケンリッターに告げた言葉が、僅かにはやてを躊躇させた。

けれど。

けれど、家族だけは。

2人の期待と僅かな希望に縋り、結局はやては言うまいと思っていた言葉を口にする。

ごめんなさいと、これまでとこれから蒐集される、数多の人々へ頭を下げながら。

 

「闇の書の主として、騎士ヴィータと騎士シャマルに命ずる……。

蒐集をして、闇の書を完成させてっ!」

「拝命しました」

 

 輪唱する二人の言葉に、はやては大きく頷く。

そして続けて、両手を胸に当て、2人に問うた。

 

「なぁ2人とも、私にも何かできる事は……」

 

 正に、その瞬間である。

ドクンと。

はやての視界が揺れた。

 

「は……ぁ、うぁ……」

 

 小さなうめき声と共に、はやては胸をかきむしるように抑える。

まるで全身の神経がメキメキと音を立てながら固く太い大木となり、全身を内側から引き裂くような痛みであった。

必死でそれを抑えようとはやては気を保とうと努力するが、それも全身をはしる痛みには叶わない。

直後、はやては一気に脱力した。

 

「はやて……はやてぇっ!」

 

 ヴィータの叫びを聞きながら、ゆっくりとはやては意識を手放すのであった。

 

 

 

 

 


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