仮面の理   作:アルパカ度数38%

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3章3話

 

 

 

 今にも落ちてきそうな蒼穹の下。

私立聖祥大学付属小学校の屋上で、4人の少女が楽しげに話に花を咲かせていた。

時刻はちょうど昼休み、弁当を食べ終えた彼女らのお喋りは、留まる所を知らない。

そんな中、話の切れ目に電子音が音楽を奏でる。

 

「あ、私の携帯だっ」

 

 目を見開いたなのはは、ポケットから桃色の携帯電話を出す。

瞬間、どくん、となのはの心臓が高なった。

折りたたみ式携帯電話のサブディスプレイには、「ウォルター君」の文字が点滅している。

 

「ごめんなさい、ちょっとお電話してくるね!」

「うん、いってらっしゃい」

 

 手を振って送り出す3人を尻目に、なのはは屋上の片隅にまで足を運ぶ。

胸の高なりが強まり、今にも胃が口から飛び出そうなぐらいだった。

胸を張り深呼吸をするも、緊張は収まらない。

カチコチに緊張したなのはは、直立不動の姿勢で電話に出る。

 

「もしもし、なのはですけど」

『あぁ、俺だ、ウォルターだ。

久しぶりの挨拶と、事件がちょっと進捗したから、その事を話しておきたくてな』

「は、はいっ」

『じゃあ改めて、久しぶり、なのは』

「うん、久しぶり、ウォルター君っ」

 

 久しぶりに聞くウォルターの声は、やはり覇気に満ちており、なのはの背筋をピンとさせる。

朝顔を合わせたらしいフェイトから、なのはは今回の事件にウォルターも巻き込まれた事を知らされていた。

その時からずっとなのははウォルターに会ったら何を言おうか考えており、様々な候補があったのだ。

ヴィータちゃんに襲われて危うく負けそうだったけど、何とか痛み分けに持ち込めたよ、とか。

魔法の訓練を欠かさずやっていたから、またウォルター君との模擬戦やってみたいな、とか。

兎に角なのははウォルターに褒めて欲しかったし、可能ならば実力を認めて欲しかった。

けれど、実際のウォルターの声を聞くと、緊張でなのはは頭が真っ白になってしまい、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。

ええと、とかあぁっと、とか言うなのはの言を遮り、ウォルターは事件の事を話し始めた。

 

『実は昨日の朝早くに、ヴォルケンリッター全員に襲われてな。

一度はシャマル以外の3人をぶちのめしたんだが、仮面の戦士が現れてな。

全回復されて5対1になっちまって、シグナムとザフィーラを残して逃しちまったんだ』

「えぇぇ!? あ、うん。ってえぇぇ!?」

 

 何処からツッコミを入れればいいのか分からない話であった。

なのははウォルターの強さを知っていたが、それでもヴォルケンリッター全員相手に勝利したと聞けば驚かざるを得ない。

しかも実力の不明瞭な仮面の戦士を含めた相手に、シグナムとザフィーラを捕まえたとは。

一瞬なのはは自分やヴォルケンリッターがもしかして弱い方なのでは? と思ってしまうが、ウォルターが言っていた台詞を思い出し、その考えを取り消す。

ウォルターは、次元世界最強の魔導師なのだ。

それならそれぐらいできてもおかしくないかもしれない。

そう思うと誇らしくて、なんだか頬が緩んできてしまうのを抑えきれず、なのはは少しだけ破顔した。

 

『そんで、捕まえたはいいんだが2人とも闇の書とのリンクを切っちまってさ。

ヴォルケンリッターのリンカーコアみたいなのは闇の書にあるから、このままだと魔力が切れたら2人は消滅しちまう。

いや、闇の書の転生プログラムで復活するが、記憶は戻らない』

「えぇっ!?」

『だが、検査した結果、プレシア先生の授業が役だってな。

日々消費する魔力ぐらいなら、俺がディバイドエナジーの応用で補給できる。

それでも消滅までのリミットはあって、2ヶ月ぐらいかな。

つっても、蒐集のペースから見て、それまでにはこの事件にもケリが付きそうだが』

「そ、そうだったんだ、良かったぁ」

 

 と、思わず前かがみになり安堵の溜息をつくなのは。

一時は思わず飛び上がってしまうほど驚いたが、なんだかんだで収まる所に収まりそうなので、良かったと繰り返すなのはであった。

けれど、と思うに、不安が湧き出てきて、なのは口を開く。

 

「でも、実質ヴィータちゃん一人で蒐集をする事になるんだよね?

余計に隠れて蒐集をするようになって、見つけづらくなっちゃうんじゃあないかな。

本当に2ヶ月で間に合うの?」

『確かにそうだが、俺の勘は逆の事を言っているな。

そもそも、何でヴォルケンリッターは、負けるリスクのある程魔力の大きい俺を標的に選んだんだ?

直前、俺はAAAランクの通り魔を撃退していて、魔力が大きいだけの魔導師ではないと分かっていた筈だ。

もしかしたら、ヴォルケンリッターには蒐集を急がなくちゃいけない理由があるんじゃないか?』

 

 と、言われてみれば、となのはは小さく頷く。

なのはやフェイトであれば、デバイスの改造さえなければ互角以下の相手だ。

容易い相手と考え蒐集してくる可能性は充分にあった。

しかし、あのジュエルシードを操ったプレシアをさえ撃破したウォルター相手に蒐集に挑むのは、少々無謀がすぎる。

事実、ヴォルケンリッターはその半数を捕縛される事になったではないか。

大幅な実力誤認の可能性も、ウォルターの言葉により否定された。

 

「そっか、ならヴィータちゃんは多少目立っても、蒐集を続けるだろうね」

『多分な。実際、今日になってクロノの師匠……リーゼアリアとリーゼロッテも蒐集されたらしいと聞くぜ』

「リーゼさん達が……」

 

 痛ましげに、なのはは制服の上からレイジングハートを握りしめた。

シャマルによってリンカーコアを蒐集された痛みは、今でもなのはの頭の中にこびりついている。

ヴィータ達に何か事情があり、向こうから話してくれるなら杖を下ろす覚悟のあるなのはだったが、痛みの記憶はそれとは別にあった。

大きな怪我をした事もないなのはにとって、それは生まれてから今までで一番の痛みであった。

行動を制限する程の痛みではないものの、意識して勇敢にならなければ跳ね除けられないぐらいの痛みである。

リーゼ達の痛みを想像し、同時に他者にそこまでして闇の書を完成させて、闇の書の主は一体何がやりたいんだろう、となのはは疑問に思った。

 

『ま、積もる話は実際に顔を合わせてからにしようぜ。

あ、あとこの事はフェイトにも話していい事だから、伝えておいてやってくれ』

「あ、うん、わかったよ」

『それでだな、お前に一個、頼みたい事があるんだが……』

 

 ウォルターにしては珍しく歯切れの悪い声に、なのはは首を傾げた。

どうしたんだろう、と言うなのはの疑問をよそに、ウォルターの困惑気味な声が続く。

 

『放課後……そのだな、リニスさんとリンディさんに押し切られて、だな』

「うん」

『なのは、お前とその友達と一緒に、行動してこいって、言われてだな……』

「へっ?」

 

 あまりに急な言葉に、なのはは目を瞬いた。

脳内でウォルターの言葉を数回反芻、意味を咀嚼し、目を見開く。

思わず大声で、携帯電話を持たない片手を広げる仕草までつけて言った。

 

「わぁぁ……!

それって、とっても素敵な事だと思うな!

私のお友達も紹介したいし、お友達にもウォルター君の事、紹介したかったんだっ!」

 

 と、そこまで言ってからなのはは今日の放課後の予定を思い出す。

一杯になって溢れてしまいそうな笑みを漏らし、なのははくるくるとその場で回転しながら続けた。

 

「それにね、それにね、今日は丁度新しいお友達の子のお見舞いに行く予定だったんだ。

ウォルター君なら、お見舞いでその子にいっぱい元気を分けてあげられると思うなっ!」

『あ、あぁ、じゃあ、付いて行ってもいい、って事なんだな?』

「もっちろん!」

 

 鼻息荒くなのはが返すと、何故か通信先のウォルターが、なんとも言えない顔をしているのが思い浮かんだ。

はて、どうしたのだろう、となのはが首を傾げるのに、ウォルターは少し間を開けてから言う。

 

『りょーかい。じゃ、また放課後になっ!』

「うん、またねっ!」

 

 言って、なのはは通話を切る。

なんだか最後、とても行きたくなさそうな空気があったような気がしたが、ウォルターに限ってそれはないだろう。

あの熱い少年の事である、きっと場をこれ以上無く素晴らしい物にしてくれるに違いない。

期待を胸に、なのはは残る3人の友達が居る場所へと駆け寄るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アースラの食堂の一角。

幾何学的な形の机の前に座ったリニスは、ぼんやりと光の降り注ぐイルミネーションの辺りを眺めていた。

光の帯に、今までリニスが見てきた光景が映し出されていく。

ウォルターのアパートで、初めてウォルターにあの熱の篭った言葉を貰った時の光景。

モニタ越しに見た、ウォルターがプレシア相手に立ち向かっていくあの光景。

どちらもが喩えようもなく胸が熱くなるような、熱い光景であった。

 

 その美しさに、リニスは小さくため息をついた、

それらの光景は美しく輝かしい反面、決して自分の手が届かない場所にあるように思えたからだ。

詮なきことよと考え、リニスはあたりを見回す。

昼時を少し過ぎた、かといっておやつ時にはまだ早い時間帯。

辺りには局員の姿も無く、たった一人、10歳と言う年齢にしては高い背丈の少年がトレーを手にこちらに歩いてくるのみだ。

ウォルター・カウンタック。

リニスが主として仰ぎたい、英雄的な少年である。

 

「よ、リニス」

「さっきぶりですね」

 

 短い会話を交わし、ウォルターはトレーを置きリニスの対面に座った。

サラダにハンバーグにパンと言う平凡な中身だが、一つ目を引く所があり、リニスは帽子を抑えながらこてんと首を傾げる。

 

「あれ、サラダに随分トマトが入っていますが、ウォルターってトマト好きでしたっけ?」

「いや……、あんまり、と言うか、苦手、だな……」

 

 遠い目で、死ぬほど言いたくなさそうに語るウォルター。

トマト1つにそんな様相を見せる彼に、リニスは目を瞬く。

 

「食堂のおばさんに苦手だから少なくていい、って言ったら、このザマだよ。

あいつらは悪魔か何かか……」

「……ぷっ!」

 

 と、死んだ目で告げるウォルターに、思わずリニスは吹き出してしまう。

名実ともに次元世界最強の魔導師の一角であるウォルターが、トマト如きにこうまで精神的に追い詰められている。

リニスでなくとも、笑いがこみ上げてくるだろう光景だ。

そんなリニスを恨ましげな目で見た後、ウォルターは手を合わせた後に食事の攻略にかかった。

やや早食いではあるものの、矢鱈と上品な食べ方であった。

それを机に肘をつき手組した上に顎を乗せながら、リニスはウォルターを眺める。

その身に宿す覇気とは裏腹に、少年らしい中性的な顔が、リズムよく食べ物を咀嚼した。

その度に硬い黒髪が揺れ、黒服は明るい照明を反射し薄っすらと輝きを見せる。

 

 リニスがウォルターを主としたいと思ったのは、矢張りその心の強さに憧れたからであった。

どんな苦境でも諦める事無く立ち上がる彼の姿は、誰の心にでも火をつける事ができる。

敵味方構わず人の心に火をつけ、その上で事件を解決してしまえるウォルター。

そんな彼の一助となれたのであれば、彼の手伝いができたのであれば、それはどれほど誇らしい事だろうか。

プレシアの元を離れる事となり、リニスが改めて誰を主にしたいかと考えた時、その誇らしさは強くリニスの心を惹きつけた。

 

 足手まといにならないかと、迷わなかったかと言えば嘘になる。

だが、リニスはプレシアが設計しウォルターが魔力を供給する、最強レベルの使い魔である。

アースラ内部での模擬戦ではなのはにもフェイトにも負けは無いし、クロノ相手でさえ戦績はやや勝るぐらいだ。

本格的な使い魔としてウォルターの精神リンクを大きく開き、彼の経験を得る事ができれば、Sランク相当の戦闘力を得る事ができるだろう。

加えて、リニスにはウォルターには無いデバイスマイスターとしての実力がある。

ミッドから離れていたプレシアの知識がベースなので時代に遅れた部分は多々あったが、それもウォルターと合流するまでの半年間で鍛え直し、本局のスタッフであるマリエルに合格点を貰うまでになっていた。

それらを考慮するに、どう考えてもリニスは総合的にはウォルターを強くできると言えよう。

加えてリニスが受けた恩を返す事ができると言うのなら、リニスに是非は無かった。

 

 だが、ウォルターはリニスを受け入れなかった。

少し時間がほしいと、リニスの実力を把握するよりも先にそう言ったのだ。

それはつまり、ウォルターが精神的な理由でリニスとの主従関係を受け入れる事ができないと言う事である。

リニスはその事実に、二重に驚きを感じた。

一つは単純に自分が受け入れられなかったという事実に対して。

もう一つは、あのウォルターにも精神的な悩みがあったのと言う事実に対してである。

後者の驚きは、同時、リニスに後悔の念をもたせた。

確かにウォルターは、精神的に強烈に強く、悩んでいる姿を欠片も見せようとしない。

しかしだからといって、何も悩まらない筈が無いのだ。

そんな当たり前の事に気付けない自分が、ウォルターと心を共にする使い魔になろうなどと、片腹痛いではないか。

いや、それとも、そんな自分だからこそウォルターは主従関係を結ぶのを戸惑っているのかもしれない。

そう思うと、リニスは穴があったら入りたい気持ちだった。

 

「ごちそうさま、っと」

 

 と、そんな事を考えているうちに、ウォルターは食事を完食したようだ。

上品な仕草で口元をハンカチで拭い、ウォルターはじっとリニスを見つめる。

力強い視線に、リニスは胸元が熱くなるのを感じた。

先程までの後悔の念が、失敗したのならば取り返せばいい、と熱く活発な念に変わっていく。

それほどまでにウォルターのオーラは熱く力強く、それを見る度、リニスは憧れの気持ちが生まれるのを抑えられない。

そんなリニスに、ウォルターが口を開く。

まるで極厚の鉄塊が観音開きするような、強い威圧感であった。

 

「なぁ、リニスさん。

俺とリニスさんの、使い魔としての関係の事だが……。

この事件が終わるまでには、必ず答えを出してみせる。

それしか言えないが、頼む、今はそれで納得してくれ」

 

 言い終えると、ウォルターは頭を下げた。

慌ててリニスは言う。

 

「ちょ、ウォルター、やめてください、頭なんて下げなくてもっ。

その、私も言い出すのが急すぎましたし、じっくり考えて答えを出して貰えるというのは、それはそれで嬉しいですからっ」

「……そうか、すまんな」

 

 少し照れたような顔をして頭を上げるウォルター。

その姿に微笑ましい物を感じつつも、今返事を貰える訳ではないと言うのに、リニスは気落ちするのは否めなかった。

が、そんな姿を見せてウォルターに心配させてしまうのであれば、主従が逆転してしまう。

自分はウォルターに心配してもらいたいのではない、ウォルターの力になりたいのだ。

 

 だが、現状リニスがウォルターの戦闘力において力になれるかというと、そうでもない。

ヴォルケンリッター相手ではウォルター1人で充分すぎる程にオーバースペックだからだ。

ならばリニスがウォルターに力になれるのは、心においてである。

 

「そういえば、ウォルター、なのはから許可は得られましたか?」

「……あぁ、残念ながら、な」

 

 流石に引きつった顔で言うウォルターに、リニスはくすりと小さく笑う。

リニスがウォルターの心に力になれるよう、その一助として、リニスはウォルターに放課後なのはらに付き合うよう呼びかけた。

ノリノリで賛成してくれたリンディの力もあり、ウォルターは放課後に彼女らと一緒にお見舞いに行く事になったのだ。

なのはの許可もあったようなので、覆すことは不可能だろう。

にっこりと微笑みつつ、リニスは続ける。

 

「空き時間の殆どを訓練と言うのも、味気ないと思いませんか? ウォルター。

偶には同世代の子と遊ぶのも、いい経験ですよ?」

「……まぁ、な。

殆ど遊んだ事が無いから今の道を選んだと思うより、自由な選択肢から今の道を選んだ、と思ったほうが自信になるだろうし」

 

 あくまでもストイックな視点からの物言いをするウォルターに、リニスは困ったような笑みを浮かべる。

確かにリニスの意図した通りなのだが、リニスはここでウォルターが子供らしい意識に目覚める事も考えていた。

それはそれで、主候補の心が豊かになるのは歓迎なのでいいのだが、こうまで子供らしい考えを全く考えられないと、思わず苦笑も漏れると言う物である。

どこまでも信念と、それに対する求道に満ちた言葉であった。

しかしそんなウォルターだからこそ、リニスは彼に助けられ、恩を感じたのだ。

勿論、初対面の頃の保護欲だって、無い訳ではないのだけれども。

 

「まったく、何時ものウォルターらしいですね」

「そうか? よく分からんが……」

 

 と首を傾げるウォルターは、何時もは見せない子供っぽさが感じられる。

思わず抱きしめて頭を撫でてやりたくなるのを感じながら、リニスはずっとウォルターの事を見つめ続けるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「よ、なのはとフェイトは久しぶり、そちらの2人は初めましてだな。

ウォルター、ウォルター・カウンタックだ」

 

 片手を上げ挨拶をしながら、ウォルターは翠屋のテラス席に現れた。

黒いシャツに真っ黒なジーンズ、黒いコート、と黒尽くめで現れた彼に、全員少し微妙な顔になる。

あまりセンスのある組み合わせではなく、黒髪黒目がその印象を更に強くしていた。

しかし矢鱈と覇気に溢れたその存在感が、その野暮ったさを中和している。

ひょっとしてこの服装のセンスの無さは、わざとなのかもしれない。

そんな風に思うなのはの横で、機嫌悪そうにアリサが、それをたしなめるようにすずかが挨拶をする。

 

「私はアリサ・パニングスよ」

「私は月村すずかです」

「よろしくな」

 

 爽やかに言いつつ、ウォルターは2人と握手をしてみせた。

思わずなのはは回想してしまうが、果たして自分は初対面で握手などしてもらっただろうか。

確か初対面では半ば無視してフェイトと話され、二度目だって握手などしなかった。

なんだか、面白く無い。

椅子を引いて座るウォルターに、机の下から蹴りを入れたい衝動になのはは襲われた。

が、そんな子供っぽい事をして、ウォルターに失望されるのも嫌だ。

何とか我慢するなのはを尻目に、ウォルターが口を開く。

 

「なのはとはフェイトと3人で同時期に出会ってな、その頃から付き合いが始まったんだ。

なのはから俺の事は聞いているか?」

「えぇ、あんたの事はなのはとフェイトから何度も聞かされてるわ」

「初対面なのに、初めて会った気がしないぐらいだね」

「そうなのか?」

 

 意外そうに視線をやるウォルターに、なのはは思わず視線を足元にやる。

頬が赤くなっているのが、自分でも分かった。

なのははフェイト達と別れてから、2人とのお喋りの中で何度もウォルターの事を話題にあげている。

こんな凄い人と対等な友達になれたんだよ、と言う主旨であり、別に恥ずかしい話をした訳でもないのだが、ウォルターに知られるとなんだか恥ずかしい。

ちらりと見ると、フェイトも似たような感情を持っているらしく、白磁の肌に薄っすらと赤みが差していた。

そんななのはらをため息混じりに見て、アリサが続ける。

 

「全くもう、2人から惚気話を聞かされる身にもなって欲しいもんだわ」

「えぇ!? そ、そんなんじゃないもんっ!」

「そ、そうだよ、本当にウォルターは凄いんだからっ!」

「はいはい」

 

 と言うアリサは、右から左へと言わんばかりに2人の言葉を受け流す。

ウォルターの事を凄いと言うなのはとフェイトだが、その具体的な凄さを2人に分かって貰えた訳では無かった。

何せその精神に秘める熱さなどを客観的に説明するのは難しく、強さに関しては魔法を知らない2人に教える訳にはいかなかった為だ。

どころか、どうやら2人はなのはに春が来たのではないかと思っているフシがある。

それが気に入らないアリサはウォルターの事を懐疑的に見ており、すずかも表には出さないが似たような事を思っているらしかった。

風当たりの強い現状に、ウォルターは苦笑し口を開く。

 

「まぁ、俺が凄いかどうかは置いといて、2人とは恋愛的な何かがあった訳じゃあないさ。

別に2人を取っていきゃしねーよ」

「なっ……!」

 

 と、アリサが目を丸くし、呻いた。

図星だったのだろうか、と思うなのはは、思わずくすりと笑みを漏らしてしまう。

頬を赤くしながら弁解をしようとするアリサが、可愛らしくて仕方がなかったのだ。

そんななのはとフェイトの生暖かい目を感じたのだろう、アリサはあたふたと慌てながら続ける。

 

「べ、別に取って行かれるなんて思ってないわよっ!

ただ、2人とも抜けた所があるから、変な奴だったらただじゃあ置かないってだけで……!」

「そうか、優しいんだな、アリサは」

「んなっ……!」

 

 と声に詰まるアリサに、ウォルターは少し意地悪そうな顔である。

これ以上喋っても傷を広げるだけだと思ったのだろう、アリサはプルプルと震えながら俯いてしまう。

それを尻目に、今度はすずかが口を開いた。

 

「所でウォルター君、ウォルター君は何処の小学校に通っているの?」

「フェイトもそうだったが、小学校には通っていないな。

色々と事情があって、家庭教師みたいな人に教わってるよ」

「ふ~ん……どんな人?」

「厳格な人、っつーのが一番合ってるかな。

日本では飴と鞭と言うらしいが、飴の部分は滅多に見たことが無い。

まぁ、あんまり温かい感じの人ではないが、信頼できる相手だよ」

 

 と、スラスラ答えるウォルターに、なのははふと気づいた。

そういえば、なのははウォルターの過去を詳しくは知らない。

7歳の時ティルヴィングと出会って初めて魔法を使い、それ以来賞金稼ぎとして一人で生活してきたらしい。

彼の言う家庭教師とはティルヴィングの事であり、その時からずっと一人暮らしだと聞く。

それだけでも衝撃的な過去なのでそれ以上を聞くのを忘れていたが、なのはは7歳以前のウォルターの事を全くと言っていい程知らないのだ。

それになのはが少しだけ寂しさを感じているのを尻目に、すずかが幾度か質問を続け、ウォルターが答えていたようである。

質疑応答が終わり、さて、とウォルターが口を開く。

 

「ま、俺の人柄云々はこれからの時間で確かめてくれ。

見舞いだから、買ってくのは花束と食べ物……あぁ、摂食制限とか確かめたか?」

「うん、ケーキとかも大丈夫だって」

「じゃあ、折角だし翠屋のケーキにするか。

花屋は確か此処からなら病院に行く途中にあったな、それでいいか?」

「いいけど……まぁいいわ、行きましょう、みんな」

 

 と、アリサの合図で皆立ち上がった。

はやての入院している病院目指し、歩き出すのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 斜陽が道を赤く染める。

ブロック塀が影を落とし、繰り抜かれた部分が赤で描かれた図形を残す。

アスファルトには、黒い影が2つ伸びていた。

その影の一つ、なのはは背負ったカバンの肩紐に手をやりつつ、隣を歩くウォルターに話しかける。

 

「にしても、ウォルター君、思ったよりも熱い事言わなかったね」

「初対面の相手に見舞いするのに、どう熱い事を言えばいいんだよ……。

足が悪いってぐらいしか知らないのに」

 

 そう続けるウォルターに、それもそうかと思ってなのはは渋々頷く。

できるならばウォルターの熱さをアリサとすずかに分かってもらい、早急になのはがウォルターに惚れているという誤解を解きたかったのだけれど。

なのはは、ウォルターへの感情は恋というより尊敬に近い物だと理解している。

なのはにとって、ウォルターは憧れで目標なのだ。

なのはは恋を未体験だったが、聞く限りもっとドキドキする物だと言うのだ、それは違うだろう。

 

 見舞いにいってから数十分。

なのはは、ウォルターとともに家路についていた。

アースラに帰るべきウォルターがついてきているのは、一度高町家にも挨拶をしておきたい、と言う事からである。

リンディ達はウォルターの持つ高速転移魔法を理由に、それを許可した。

このまま闇の書が完成してしまえば不味いので、現状を楽観視こそできない。

けれど敵戦力が実質ヴィータと仮面の戦士のみになったため、こちらの戦力が過剰気味であるために、余裕があるのだろう。

 

「そうだけど、もうちょっと喋っても良かったんじゃあないかなぁ……」

「お前らのテンションが高すぎるんだって」

 

 呆れ気味に言うウォルターは、見舞いの間あまり喋らず、女性5人の聞き役に徹していた。

それでもきちんとはやてに快癒を願う言葉を言っており、見ていたなのはにも分かる程に心のこもった物だったのは、流石と言うべきか。

アリサやすずかも、少しウォルターを見なおしたようだった。

そうはいってもなのははまだ不服であり、もっとウォルターの良さを発揮してもらいたかったのだけれども。

 

 しかしそういうのも我儘かと思い、なのはは頭の中を切り替えた。

数歩、たたっと前に出たかと思うと、後ろ歩きをしながらウォルターに話しかける。

 

「そういえば、わたしこの半年で大分魔法も練習したんだよ?」

「ほほう、どんな訓練メニューだったんだ?

俺がバッチリ評価してやろう」

 

 と腕組みしつつ言うウォルターに、うん、と頷きなのはは最近の訓練メニューを話す。

魔力養成ギブスに早朝の誘導魔法訓練、授業中の仮想空間訓練。

加えてその成果である、パワーアップしたスターライトブレイカーなどの魔法の数々。

簡易資料でしかそれを知らないウォルターは、一々関心した様子で頷いてみせる。

ウォルター君に、努力を認められているんだ。

そう思うと、なのははもっと話してもっと認められたくなってしまい、夢中で自分の魔法の訓練について語った。

 

「……って訳かな」

 

 と言い終えると、なのははウォルターの顔をじっと見つめる。

すると、ウォルターの少し難し気な顔が目に入った。

途端、ふわふわと浮ついていたなのはの内心に、陰りができる。

自信満々に言ったけれど、もしかして思ったより大した事じゃあなかったのだろうか。

それは勿論、ウォルターのような超人から見れば大した事ではないのかもしれない。

けれど、ちょっと魔法が得意なだけの普通の女の子な自分にしては、結構頑張ったつもりなのだけれど。

不安に揺れるなのはの目に気づいたのだろう、にっこりと笑みを浮かべ、ウォルターが告げた。

 

「ん、すまん、思ったよりずっとスパルタな訓練だったんで、少し気になってな。

ちょっと嫌な聞き方するけどさ、なのははどうしてそんなに魔法が好きなんだ?」

「え? え~と……」

 

 と言われ、なのはは内心首を傾げる。

理由はいくつかあるだろう。

自分と同じ悲しみを抱えていた人を、助ける手段だったから。

単純に魔法そのものが好きだから。

ウォルターに負けたくないと考えた時、一番最初に思い浮かんだ事だから。

どれも立派な理由ではあるものの、ピンと来る物はない。

言葉を纏めるのを諦め、なのはは言った。

 

「ごめん、よくわかんないや」

「ま、此処じゃあ好きこそものの上手なれと言うらしいしな、無理しなきゃいいか」

 

 と頷くと、ウォルターはぽん、となのはの頭に手をやった。

あの熱く燃え盛るような笑みを浮かべ、染み入るような言葉を吐く。

 

「頑張ったな」

 

 血潮が熱く、今にも煙となって肌から漂ってきそうなぐらいだった。

胸の奥は轟々と灼熱の炎が渦巻き、全身には今にも跳ね上がりたいぐらいの活力が満ちる。

頬を好調させながら、力強くなのはは答えた。

 

「……うん、ありがと!」

 

 それからなのはは、今にも体中から溢れてしまいそうな活力に、思わずスキップしながらウォルターを先導する。

それを苦笑気味に見守るウォルターとともに、それは高町家に着くまでの間続くのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……あ、ウォルター!」

 

 思わず見かけた顔に、フェイトは手を振り声をかける。

事件も佳境に迫った事で、リンディ達は殆どの時間をアースラ内部で過ごしている。

故にフェイトも一人で家の中に居る理由もなく、帰宅後は基本的にアースラ内部で過ごしていた。

よって食事は食堂で取っており、こうやってウォルターと食事の時間が合う事も、これからは少なくないだろう。

手を振るフェイトに気づいたのだろう、ウォルターはフェイトの方に向かってくる。

 

「こんばんはフェイト、隣いいか?」

「うん、勿論!」

 

 力強く頷くフェイトに、ウォルターはフェイトの隣の席に着く。

トレイに持つのは、大盛りのカレーライスである。

何時もウォルターが定食を頼んでいると聞いていたフェイトは、思わず首を傾げた。

視線の先から疑問を理解したのだろう、あぁ、とウォルターは口を開く。

 

「ちょっと食堂のおばさんとの諍いがあってな。

流石に単品のカレーにトマトは入れられんだろう、と。

ラーメンも候補っちゃ候補だったんだが、ここ3年、何となく食ってないんでこっちにしたんだ」

「はぁ……」

「まぁ、この手もティルヴィングがうるさいから、一日に一回しか使えんのだが……」

 

 よく分からない会話であったが、もしやウォルターはトマトが苦手なのだろうか。

何となくフェイトが自分のトレイを見ると、魚のソテーとパンについてきたサラダには、真っ赤に熟したトマトが入っている。

フェイトはフォークでトマトを刺し、ウォルターの口元にまで運んだ。

 

「ウォルター、好き嫌いはいけないよ?」

「え、いや、もう今日は一日分のトマトをだな……」

「おっきくなれないよ?」

 

 ウォルターはなんとも言えない苦みばしった顔で百面相をした後、覚悟したのだろう、フェイトの差し出すトマトを口にした。

微妙な顔をしつつトマトを咀嚼するウォルターに、ウォルターにも苦手な物があったんだな、と思うフェイト。

普段の様子から見るに、意外な事実であった。

 

 それからウォルターと会話しながら食事を片づけ、そのままの流れでウォルターとフェイトは談話室で少しばかり話をする事になった。

白い床に四角いテーブル、クリーム色のソファーに飲み物の自販機。

L字型のソファーの角を挟んで座った2人は、様々な話に興じた。

フェイトの学校生活。

ウォルターの賞金稼ぎ生活。

その他様々な話が話題に出たが、2人は示し合わせたかのようにリニスの事は話題に出さなかった。

少なくともフェイトが言わない理由は、2人の主従問題は2人で決めるべき事だと思ったからだ。

話題に出せば、どうしてもリニスを擁護する物言いになってしまう。

そんなこんなで話題が闇の書事件の事に移った時、不意にウォルターが言った。

 

「そういや、フェイトは今回どうして管理局に力を貸す事になったんだ?」

「……えっと、最初は友達のなのはが襲われてたから。

そこから保護観察官で世話になっているリンディ提督やクロノが頑張ってるのに、呑気に遊んでられないから、かな」

 

 と、フェイトは答える。

事実、フェイトはそんな流れで闇の書事件に関わっていった。

なので正しい物言いなのだろうが、ウォルターの瞳は納得していないように見える。

 

「それだけか?」

 

 言われ、フェイトは言葉を詰まらせてしまう。

他に何かあっただろうか?

両腿の上で手組した手をいじりながら、考える。

矢張り思い浮かぶのは、シグナムの目であった。

三度の交錯で見た、あの硬い目。

 

「シグナムは、私と同じ目をしていたんだ。

母さんの事を聞くだけだった頃の、私と同じ目。

硬い意思で固めた分だけ、他の事が見えなくなっちゃった目」

 

 思い返す。

フェイトは本当は絶望的な現実を認めたくなくて、わざとアリシアになるという夢をつくり、それだけを見据えようとした。

その意志は決して弱くはなかっただろう、とフェイトは思う。

食べ物をあまり受け付けず、魔力は何時も心ともなく、それでもジュエルシードを見つけなのはと戦えたのは、意思が強かったからに違いない。

けれど勿論、それは本当の目的を見据えた物ではなかった。

薄々と感づいていても、他の事に目を向けられなかった。

 

「もしシグナムが昔の私と同じように他の事が見えないのなら、私の手で助けたいんだ。

なのはは、私のことを昔の自分と同じ悲しい目をしているって、助けてくれた。

なら私も、誰かの事を同じように助けたいんだ」

「助け“たい”、か……」

 

 何処か寂しげに、ウォルターが言った。

不思議な反応にフェイトが首を傾げるより早く、ウォルターは笑顔で続ける。

 

「PT事件が終わってからあんま見てられなくて悪かったけれど、無事に自分を始められているみたいだな」

「……あ、うん」

 

 不意打ちであった。

フェイトは言われる程に自分が自己を確立しているとは思わない。

今やっている事だって、なのはの真似と言われれば否定できないのだ。

自分がきちんと新しい自分を始められているかどうか、よく分からない。

 

 そこに、ウォルターの言葉であった。

フェイトにとって、ウォルターは大恩人であり、英雄であり、尊敬すべき人である。

その言葉は絶対と言う程ではないが、フェイトは非常に頼りにしている。

母に大嫌いだったと言われ、一度は心折れた時、立ち上がるのに頼ったのだって、なのはとウォルターの言葉だ。

そんなウォルターに、新しく自分を始められていると、認めてもらった。

それが嬉しくて嬉しくて、フェイトは顔が真っ赤になるのを自覚する。

思わず両手を頬に当て、顔を隠してしまった。

それに、クスリとウォルター。

 

「そんなに真っ赤にならなくてもいいのになぁ」

「うぅ……」

 

 思わず俯いてしまうフェイトを、ニヤニヤと笑いながらウォルターは眺めている。

今にも床にゴロゴロと転がってしまいたいぐらい恥ずかしいフェイトは、それを発散するために、キッとウォルターを睨めつけた。

といっても、頬の赤さ故にか迫力は無いようで、ウォルターはニヤニヤ笑いを止めない。

 

「も、模擬戦、模擬戦しよう?

私、この半年で随分強くなったんだよ?」

「くく、運動しないと忘れられなさそうか?

まぁいいぜ、味方の戦力も確かめたい所だったしな」

 

 言って立ち上がるウォルターは、本当に卑怯である。

フェイトが頑張って考えている悩みを、不意打ちでアッサリ飛び越えてたったの一言で解決してしまうのだ。

だからウォルターは、卑怯である。

誰が何を言おうと卑怯である。

なので、模擬戦で一発ぐらいは当てて、罰を与えなければならない。

そんな自分すら騙せないような事を考えながら、フェイトは訓練室へと歩いてゆく。

その後ろを、僅かに沈んだ顔をして歩くウォルターが続いてゆくのであった。

 

 

 

 

 

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