仮面の理   作:アルパカ度数38%

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3章4話

 

 

 

 八神はやて、と書かれたネームプレートを確認し、ドアをノック。

引き戸になっているドアを開き、リノリウムの床を蹴り中に入る僕。

病室内には、一人の少女がベッドに座っていた。

ショートカットの茶髪にスカイブルーの瞳、肌は少し青白くてやや生気が足りていない。

触れてしまえば崩れてしまいそうな、儚げな印象のある少女であった。

二度目となる邂逅に、僕は笑顔で口を開く。

 

「よ、こんちは、はやて。フルーツ持ってきたぞ」

「こんにちは、ウォルター君。ありがとなぁ、この辺に置いといてくれる?」

 

 病人とは思えない元気な声に、僕は頷きフルーツの盛り合わせを置く。

それから近くの椅子を引っ張ってきてはやての横に座り、視線を合わせた。

 

「今日はありがとうなぁ、来てくれて」

「いいってことよ、暇だったしな」

 

 と言うと僕の言葉は謙遜に聞こえるかもしれないが、本当に暇だから困ったものである。

僕がアースラに着任してから、数日が経過した。

僕の主な待機時間はなのはとフェイトが学校に言っている間であり、その後は彼女らに引き継ぎして休憩時間となる。

僕はその休憩時間を、主に鍛錬に使っていた。

が、流石に消耗した状態で戦いミスしては堪らないので、鍛錬は結構余裕を持った物になっている。

よって休憩時間が余ってしまうのだが、その時間を僕は魔法に関する研究に使っていた。

プレシア先生の授業こそ卒業したが、知識は使わないと忘れる物だし、常に最新の研究などを取り込まなければ時代遅れとなってしまう。

そういう訳で、僕はいつも通りだが充実した時間を送っていた。

 

 が、それも昨日までである。

初日以来アースラに引きこもって待機と鍛錬と勉強しかしていない僕を見かねて、リニスさんがリンディさんと共謀して僕を外に放り出したのだ。

多分、一般的な子供らしさが無い僕への心配からなのだろう。

少しは外の空気を吸ってきたらどうですか、と僕に告げるリニスさんの顔には、明らかに僕への心配の念があった。

まぁ、僕としても、着任初日にリニスさんに言ったように、遊びを体験する事で他の何よりも信念を選んだ自信を持つ事ができるので、やぶさかではない。

何せ僕には、戦闘能力以外に関する自信が欠けているので、それを少しでも補完する事は大きな財産となるだろう。

しかし、海鳴に送り出された僕には、一つ大きな問題があった。

 

(なぁ、ティルヴィング)

(何でしょう)

(遊ぶって、どうやればいいんだろう……)

 

 という訳だった。

当たり前だが、僕は世間一般で言う遊びと言うものを殆ど知らない。

何せ7歳の時からすべての時間を信念の為に使っているのだ、事件の解決と鍛錬に絞った生活に遊ぶ余地など少しも無かった。

管理局員とともに事件に当たる時などに、子供の遊びをいくつか知る機会はあったが、ミッド特有の物が多く地球で出来る遊びなど一つも知らないのであった。

 

 それに、遊びと言うのには普通遊ぶ仲間が必要だ。

一人遊びならできるだろうが、それでは僕を送り出したリニスさんの意を十全に汲み取ったとは言えまい。

となれば誰かを誘う事になるのだが、僕の地球での同世代の知人は、僅か5人しか居ない。

なのはとフェイトは僕と入れ替わりに待機に入るので、当然不可能。

アリサとすずかは僕に対しあまり好意的ではないようだし、なのはによるとそもそも習い事が多いらしいので時間が合わない確率も高いだろう。

すると残るは一人。

先日見舞いに行ったばかりの彼女、八神はやてである。

 

 この前見舞いに行ったばかりでまた見舞いに行くのもどうかと思うが、他に思いつく事もあまり無い。

入院しておりシリアスな状況にあるはやてに、なさけない理由で僕の相手をさせるのに、抵抗が無いと言えば嘘になる。

しかし外で遊んできて欲しい、と言うリニスさんの期待を裏切るのも嫌だった。

それに、僕自身何度か入院した経験から言うと、見舞いはよく知らない相手が来てくれても割りと嬉しい物である。

が、それも僕だけの特異な感想だったらどうしようか。

そうなれば、僕の見舞いは一人よがりな押し付けになってしまわないか。

 

 などなどと思いつつも、結局僕ははやての見舞いに来てしまった。

そんな事情をマズイ所やネガティブな所は除いて簡潔に告げ、僕は続ける。

 

「ま、そんな事だから、邪魔だったら遠慮せずに帰れつっても構わないぞ?

ご家族が来るとかだったら、席を外すしな」

「はは、本気で暇みたいやなぁ」

「俺ってそんな奴だからなぁ。

まぁ、せめて愚痴だったらいくらでも聞くぜ?」

 

 と言うと、はやてはやや呆れ気味だった目に、少しだけ面白そうな色を乗せる。

興味と同時、心の奥に愚痴がすっと湧き出てきた目だな、と僕は思った。

健気な印象を受けるはやてでも愚痴ぐらいあるだろうと予測していたので、そんな光を目に浮かばせるのは想定の範囲内だ。

が、それも一瞬、はやては乾いた目になり、口を開いた。

 

「愚痴なんてあらへんよ。

石田先生はこれ以上無いぐらいよくしてくれるし、家族も私のために必死になってくれている、友達やって見舞いに来てくれるようになった。

こんなに良い人に囲まれていて、愚痴なんて言うたら罰が当たるで」

 

 そう言うはやての目は、穏やかでありながらも、何処か光の無い感じだった。

目を細め、やんわりと笑顔を浮かべて、追求の手を遮ってみせる。

まるで覇気の無いそれは、何故か僕を少し苛つかせる物があった。

自罰的な言葉の奥に、“僕”を彷彿とさせる所でもあるのだろうか。

この目は先日5人で見舞いに行った時にも感じた物で、その時は周りに人も居たので追求はしなかったが、2人きりなら話は別である。

その目の奥にある感情を読み取ろうと、僕は口を開いた。

 

「おいおい、人の愚痴を聞くのが大好きな俺に愚痴を言わないとは、ドSだなぁ、お前は」

「くす、ウォルター君ってもしかして変態?」

「あぁ、実はそうなのさ。そんな変態を助けると思って、ほらほら」

「あ~あ、今私って幸せ過ぎて困ってるんよ~、あー困った」

「それが愚痴かよ、嫌味だってそれっ」

 

 と、軽快なテンポで会話を進めると、困ったような笑みを浮かべ、はやては言う。

 

「でも、幸せなのは間違いないで?」

「……そうか?」

 

 思わず眉をひそめてしまう僕。

はやての病状は、先程聞いた通りならば、原因不明の下半身の麻痺が上半身まで登ってきているのだと言う。

詳しい事までは聞いていないが、それだけ聞けば死病に近い病気であると推察できるものだ。

加えて、はやては幼い頃に両親を亡くし、親戚の人々と一緒に住んでいるらしい。

しかも、その親戚とはやては仲が良かったのだが、最近は親戚が忙しくなり、あまり顔をあわせる事ができなくなってしまったのだと聞く。

どれも明らかに幸せとは程遠い事で、到底自分が幸せだなんて断言できる状況には思えない。

けれど、はやては言う。

 

「うん、私はこの世で一番幸せな女の子や」

「…………」

 

 そう告げるはやては、一般的には健気で可愛らしい女の子のように見えるのだろう。

けれど僕の目には、必死で自分を雁字搦めにして、不満を押さえつけている子供にしか見えなかった。

大体、愚痴が無かったり、不幸な状況になった自分に沈み込んだり、そんな事が無い人間なんて居る筈が無いのだ。

本当ははやては何か、我慢出来ない不満を抱えていて、それを必死で押し留めているように見えた。

そしてそれを自覚しており、その上で我慢しているように思えるのだ。

 

 その状況は、奇しくも僕の仮面を被る事と似ているように思えた。

辛くても必死で我慢し、自分は幸せだから何も必要ない、と言ってみせる彼女。

怖くても必死で我慢し、自分の望みだから何も我慢してない、と仮面を被ってみせる僕。

その同一性は、僕は彼女を救うべきなのではないかと胸の奥で軋む音を立てる。

プレシアの時と同じで、僕に似た彼女はせめて僕の手で救うべきではないだろうか。

 

 けれど、僕にできる事は、本当の自分を見つめていない人に無理矢理自分を見据えさせる事。

既に本当にやりたい事を自覚した上で無視しているように見える彼女に、僕ができる事なんて一つも無いのだ。

 

「そう、か」

 

 辛うじて僕が口に出せたのは、こんな言葉だけだった。

せめて戦闘関係であれば力を貸せたのかもしれないが、彼女は管理外世界の病人である。

今の僕に彼女に手出しできる事なんて、ありはしないだろう。

そんな僕の苦悩が顔にあらわれてしまったのか、はやては申し訳なさそうに俯く。

それに無駄だと分かっていながらも、つい僕はこう言った。

 

「ま、幸せだっつーんならいいんだけどさ。

人生何があるか分からないし、俺の力が必要になる事があれば、せめて俺ぐらいには何の遠慮もなく助けを呼んでくれ。

その時は、何があっても犠牲一つなく、助けてやるさ」

「そんな事あるんかなぁ」

 

 苦笑気味に言うはやての言うとおり、そんな状況などまず無いに等しいだろう。

彼女のような薄幸少女と僕のような魔導師とでは、この接点ですら不自然なぐらいだ。

だから僕は、すぐに相好を崩して答える。

 

「だよなぁ、無いよなぁ……。

でもま、約束するさ」

 

 そんな僕の情けない顔が面白かったのか、はやては口に掌をあてクスクスと笑った。

僕もまた顔を微笑みの形にしたまま、はやてと一緒に笑った。

次の話題に移るまでの間、僕らは2人して小声で笑い続けるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「でな、ウォルター君が見舞いに来てくれたんよ」

 

 はやてがそう告げると、花瓶の水を替えようとしていたシャマルが動きを止めた。

首を傾げつつはやてがベッド横に視線を戻すと、ヴィータもまたわずかに目を見開いている。

 

「なんや、2人ともウォルター君の事知ってるん?」

「……いいえ、そういう訳ではないんですが」

「そんな奴の事、知らない」

 

 という2人の言に、ひとまずこの場は納得の色を見せるはやて。

頷きつつにこりと微笑みかけ、そっか、と答える。

それに安堵したのだろう、2人もまた笑顔でそれに答えた。

 

 ヴォルケンリッターの2人は、最早八神家に戻る事もなく蒐集を続けていた。

必然はやての世話をする頻度は少なくなり、こうして見舞いに来る事も滅多に無くなる。

せめてシャマルは近くに居たいとはやてに言ってきたのだが、事がシグナムとザフィーラの命に及ぶとなるのだ、はやてはそちらを優先するように言った。

渋々ながらも2人は了承し、結果はやてが2人の顔を見るのは数日ぶりとなる。

はやてはそれを寂しいと思わなくもないが、それでも以前ヴォルケンリッターたちとの距離を感じていた頃よりマシだと思っていた。

ただ、今のはやてはそれ以上の苦しみを味わっている。

何時家族であるシグナムとザフィーラが命を落とすのか分からない、という苦しみをだ。

そんな苦悩をおくびにも出さず、はやては続けて口を開く。

 

「まぁ、此処で話すには微妙な話でもあるしなぁ……」

 

 苦い顔をするヴィータとシャマルであるが、仕方のない話である。

あの発作が起きた日以来はやては病院から出る事はできず、どこに目耳があるのか分からない病院で魔法の話をする事はできない。

結界は管理局が地球を監視している現状万が一を考え使えないし、念話はリンカーコアを侵食されているはやてには使えないのだ。

よってはやてはヴィータとシャマルが敵対する管理局の魔導師の名前を一つも知らないし、シグナムとザフィーラを捕まえた魔導師の名前だって知らない。

尤も腹芸ができるか不安の残るはやてである、地球で出会う可能性が万に一つとは言えあり、知っていた所で何もできない以上、元々魔導師の名前は教えられなかったかもしれないが。

そんなはやてにできることは、ヴォルケンリッターの名前を出さないようにする事だけである。

 

 ついつい暗い顔をしてしまったはやてに釣られ、ヴィータとシャマルも物憂つげな顔になる。

そんな2人に気づき、はやては軽く自らの両頬をペチン、と叩いた。

なるべく優しげな目を意識して2人へ視線をやり、言う。

 

「ごめんな、辛気臭い話してもうて。

話を戻そか、この前ウォルター君が一人で見舞いに来たんよ」

「それでそれで?」

 

 はやての意を汲み取り、ヴィータもシャマルも顔から暗い感情を取り除いた。

ヴィータはベッド横の椅子に座ったまま前のめりになり、興味深げに相槌をうつ。

シャマルは聞き耳を立てながら、花瓶の水を取り替える作業に戻った。

 

「何の変哲もない会話やったけど、矢鱈と覇気のある人でな?

5人で来てくれた時もそう思ったけど、やっぱり一対一の時の方が強く感じたかな。

なんていうか、こう……」

 

 言いつつ、はやては両手を胸に当てる。

それから両手をグッと握りしめ、続きを口にした。

 

「よっしゃー、生きてやるぞー、って気が湧いてくる感じになるんや」

 

 事実であった。

ウォルターとの会話は、まるで心に栄養をもらっているかのような気分になった。

何の変哲もない会話でも、不思議と心の底から覇気が湧いてくるかのようになるのだ。

気のせいか、体中を走る痛みすらも少なくなるような気さえするほどである。

 

「別に他の子達の見舞いが駄目って言う訳じゃあないんやけど。

でも、ウォルター君はやっぱり特別かなぁ、一緒に居るだけで心が燃えてくるんや。

石田先生もちょっと驚いてたで?」

 

 というのは、病は気からと言う言葉の通り、ウォルターの見舞いがあった直後のはやては矢鱈と調子が良かったのだ。

まだ二回しか無いので正確な因果関係は分からないが、もしそうならウォルターの効果は物凄い物である。

ウォルターを解析してウォルター波マシンでも作れば、一財産になるのではないか、などと石田と馬鹿話をしたものだった。

 

 そうやって話をしているだけでも、はやての胸の内にウォルターの覇気が僅かながら蘇る。

心の奥に火が灯り、その熱さで僅かに頬を紅潮させながら、はやては語った。

 

「そんでウォルター君にも、なんか元気出るなぁ、って言ったら、彼はこう言ったんや。

“それは俺の力だけじゃあない。

俺にできたことは、お前の中にある本当の願いを引き出す事だけだ。

つまり、お前の心に、生きたいって気持ちが眠っていたっていう事なのさ。

その気持ち、大事にしな”

——ってな」

 

 はやてにとっては、意外な台詞であった。

八神はやてにとって、家族が全てだった。

家族がみんなで揃っており、看取ってもらう事ができるのならば、死ぬ事だってそれほど怖くはなかったのだ。

けれどウォルターの言によれば、はやての中にはまだ死にたくないと言う気持ちが眠っていたらしい。

ウォルターは、それを引きずり出してくれたのだ。

はやてにはそれに感謝すればいいのか恨めばいいのかまだ分からないが、少なくとも格好いい台詞な事だけは確かだった。

 

 そんな風に嬉しそうに語っていたはやては、ふと、ヴィータとシャマルの顔に困惑の色がある事に気づく。

矢張りウォルターについての事柄は、少し大げさに聞こえてしまうのだろうか。

はやては断じて誇張したつもりはないのだが、それでも10歳児に与える評価としては大きすぎるのも確かだ。

直接目にしていなければ、困惑するのも無理は無い。

そう思い、はやては話を変え、すずかを始めとした4人の事を話し始めた。

 

 はやての近況報告が終わり、2人の見舞いの時間も終わりが近づいてきた頃。

不意に、シャマルが口を開いた。

 

「そういえば、はやてちゃん」

「ん? 何や、シャマル」

 

 静謐な瞳で、シャマルははやての瞳を縫い付けるかのように鋭く見た。

僅かに困惑するはやてに、シャマルは続ける。

 

「シグナムとザフィーラが一旦帰郷する事になった事情を作った人の事……、どう思っています?」

「どうって……」

 

 とオウム返しに言いつつ、はやては考えこむ。

シグナムとザフィーラが事情あって帰郷していると言うのは対外的な言い訳。

勿論その人物と言うのは、ヴォルケンリッター4人がかりでも敵わなかった超常の魔導師である。

さて、その人物にはやては一体いかなる感情を持っているのだろうか。

自問して、はやては返ってきた答えに少し吃驚した。

憎い。

素直な気持ちを言い表わせば、そうなってしまうからだ。

 

 元々、悪いのはヴォルケンリッターである。

いくら人の命がかかっているからと言って、了解を得ずに他者に多大な迷惑をかけてまで蒐集をする事が許される訳ではない。

加えて管理局にも手を出していると言う事は、治安維持組織の戦力を低下させている事に他ならないのだ。

それによって間接的に増える犯罪の犠牲者を思えば、はやてとヴォルケンリッターが悪である事に異存はない。

この事は、主であるはやても分かっている事である。

だが、家族を直接奪った、その魔導師だけは。

家族の命を危険に晒す直接的な原因となった、その魔導師だけには。

隔意を感じずには、居られなかった。

 

 こうしてシグナムとザフィーラと顔を合わせる事が無くなり、はやては家族の命が危険に晒される苦しみを初めて味わった。

怖かった。

自分がベッドの上で呑気に寝ている間に、シグナムとザフィーラが死んでしまうかもしれないと思うと、怖くてたまらなかった。

夜寝る時、朝になって“新しい”シグナムとザフィーラが目前に居たらどうしようと思うと、不安で眠れなかった。

これがほんの僅かな間であれば、はやては誰かを恨む事など無かっただろう。

しかしジワジワとはやての心に染み渡るような絶望は、はやての心を強く蝕んだ。

逆恨みだと、分かっている。

けれどはやては、その魔導師に憎しみを覚える事を避け得なかった。

もしもシグナムとザフィーラに決定的な何かがあった時、その憎しみもまた決定的になるだろうと言うぐらいには。

 

「……思う事は無い訳やないけど、悪いのは私達や。

憎いとか、そういう事は無いで?」

 

 そんな内心をおくびにも出さず、はやては笑顔で言った。

心の奥でドロドロに堆積するその気持ちを、愛する2人の家族に告げたくは無かったのだ。

そんなはやての内心に気づかなかったのだろう、シャマルがほんの僅かに安堵のため息をつく。

逆に何処か聡い所のあるヴィータは、はやての内心に感づいたのか、困惑した表情を作った。

それでもはやてが手を伸ばし、その頭を撫でてやると、誤魔化されてくれてその表情も消える。

それを細めた目で眺めながら、はやては遠くシグナムとザフィーラに思いを馳せていたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 鉄格子で2つに区切られた部屋の中。

壁から座席がせり出す形になった部分に、シグナムとザフィーラは腕組みし座っていた。

瞼は閉じたまま、2人は呼吸の僅かな動きを除き微動だにしない。

そんな室内に、ピッ、と電子音が響いた。

直後扉が排気音と共に開き、外の光が中に差す。

現れたのは、ウォルターであった。

 

「よ、今日の魔力供給にきたぜ」

 

 と短く告げつつ、ウォルターは出入口で扉が締り、きちんとロックされた事を確認。

分けられた部屋の中心辺りに歩み寄るウォルターに、目を開いたシグナムとザフィーラは立ち上がり、頭を下げる。

 

「毎度済まないな」

「いいってことよ、捕縛したつもりなのに死なれちゃ後味が悪いしな」

 

 言いつつウォルターは鉄格子越しに立ち、ティルヴィングをセットアップ。

室内では振り回すのも難しい程の巨剣を、床に突き立てるようにする。

直後、ウォルターの体から白いもやのような物があふれ始めた。

それがティルヴィングの緑色のコアにまとわりつき、微かな白光となる。

それから、ウォルターが口を開いた。

 

「ティルヴィング」

『ディバイドエナジー、発動』

 

 機械音声と共に、ティルヴィングのコアを通し、2人に白いラインが走る。

直後、シグナムの胸元にラインがたどり着いた。

シグナムはそれを目を閉じながら受け止め、次いで来る魔力の暖かな感触に口元を緩ませる。

シグナムが魔力で体を保っているからか、ウォルターの手で魔力供給される事は、心地良い感覚であった。

と言っても、魔力の供給には数分かかり、毎回その間は他愛のない話をする事になっている。

すぐに経路を確立したのだろう、ウォルターが口を開くのが、その始まりの合図であった。

 

「うし、あとはほっとけばオッケーだな」

「ありがたい事だな、恩に着る」

 

 言いつつ、シグナムは目を細める。

一度は死を覚悟して闇の書とのリンクを切り、主はやての下へたどり着く情報を遮断した。

かつての闇の書の主の一人に、管理局ではない当時の治安維持機関に自首した者が居たが、何の罪も無いと言うのに徹底的に人体実験をされ、闇の書の転生先を調べる為のデータ取りをされたのだ。

それを考えると、闇の書の主が管理局に捕まれば、罪の有無に関わらずろくな目に会わないのは確実である。

 

 故にシグナムは、命を賭してでも主はやてが見つかる可能性を排除した事に、後悔はなかった。

なかったが、辛い選択だったのは確かだ。

間違いなくはやてを悲しませる事になってしまうし、シグナムの好きなはやての笑顔を見る事すらできなくなってしまう。

はやてが闇の書の主として全快したとしても、新しいシグナムとザフィーラを見る度に悲しませてしまう事は避けられないだろう。

だから、生きる事ができると聞いた時、シグナムは思わず喜びを顕にしてしまった。

シグナムが死んでから新しいシグナムが発生するまでにどのぐらいの時間がかかるかも不明瞭なのだ、ならば主を悲しませる事の無い可能性がある現状はどう考えても歓迎すべきである。

勿論その感情を管理局に気取られては、主の人物像を絞られてしまう。

が、それでも、命を救った恩人であるウォルターに対し、非礼は許されない。

故に少なくともウォルターに対しては、シグナムは礼を尽くしていた。

そんな2人に対し、ウォルターは微笑みながら口を開く。

 

「相変わらず、シグナムは丁寧でザフィーラは無口だなぁ」

「そうか?」

「……む、気に触ったのならすまぬ」

「いや、気に障るとかは無いがな」

 

 首を傾げるシグナムに、なんとも言えない顔をするザフィーラ。

2人にウォルターは苦笑しながら返し、ティルヴィングを持ち替え僅かな金属音を鳴らす。

シグナムがウォルターに対し礼の言葉で返すのに対し、ザフィーラは寡黙で礼の行動で返している。

図らずとも、主はやてに対する態度と似たような物となってしまった。

そう思うと、矢張り自分たちはウォルターに対し、敵ながら敬意を持っているのだろう、とシグナムは思う。

 

 当然ながら、ヴォルケンリッター4人を相手に圧倒したウォルターの強さは、素晴らしい物だ。

それもウォルターから聞く限り、才能だけでなく不断の努力によって作られた強さだと言うのがよく分かる。

流石に年齢的に才能に頼る部分も多いが、それでも驚くべき努力の密度であった。

それだけでも尊敬に値すると言うのに、ウォルターはシグナムとザフィーラに魔力供給ができるほどに優れた魔法技術を持っている。

文武両道とはこの事か、とシグナムはウォルターに対し尊敬の念を持って相対していた。

 

 そんなウォルターは、何時も態度も自信に満ちあふれていており、主の事を話せない2人に対し話題を提供してくれる。

口下手なシグナムはそれに感謝しつつも乗り、局員相手にはできない肩の力の抜けた聞き役をやっているのだ。

なのだが、今日のウォルターは、少し様子がおかしかった。

口ごもってばかりで、何を言おうとしているのかよく分からない事が多い。

どうしたものか、とシグナムが内心首を傾げるのに、ウォルターは片手で頭をかきながら、やっとの事口を開いた。

 

「ちょっと最近、使い魔の事で悩んでいてな。

ザフィーラは守護獣だから、使い魔の気持ちが少しは分かるだろう?

シグナムは使い魔って訳じゃあないが、主に仕える立場として、感想を欲しいんだが、構わないか?」

「……あぁ、構わん」

「俺も右に同じく」

 

 頷く2人に、ウォルターは目を細め、遠くを見るようにして言う。

 

「俺に使い魔として仕えたい、と言う人が居てな。

小さい頃……つっても今も小さいが、3年ぐらい前からの知り合いでさ。

主が病魔に侵されて契約破棄した人なんだがな。

俺は、その人との使い魔契約を、断ろうと思っている」

 

 意外な言葉に、シグナムは目を瞬いた。

ウォルターであればその言葉に是とするのでは、と思っていたのだが、そう来るとは。

しかし、かなり曖昧な情報のみである、そういう事もあるか、とシグナムは内心独りごちた。

ウォルターは目を細めながら足元に視線をやり、決まり悪そうに続ける。

 

「ただ……俺は、その理由を言えないんだ」

「……何?」

 

 反射的に、シグナムは鋭い声を出した。

忠誠を断るのであれば、せめてその理由は伝えて欲しい物だ。

例えその忠義が重いとか、その程度の理由でも、話しては欲しい。

そんなシグナムとザフィーラの様子が予想通りだったのだろう、ウォルターは頷きながら言う。

 

「その理由が、理由を他者に話す事で効力を失うような理由なんだ」

「……それは、確かに、何も言えないが……」

 

 シグナムは苦しげな声を漏らしつつ、考えた。

確かに、それではウォルターとしては何も言うことができないだろう。

それでも同じ忠誠を主に誓う者としては、苦言を呈したいものだ。

だが、そもそも忠義とは主の為に持つ物で、主の不利益になってしまっては本末転倒である。

仕方なしか、と答えようとするシグナムを遮り、ザフィーラが口を開いた。

 

「つまり、背中を押して欲しいのか?」

 

 ウォルターが、目を見開いた。

ウォルターの言う通りなら、それこそ他者に口を出せるのは背中を押すことぐらいしか存在しない。

すぐに自分がどんなことを口走っていたのか気づいたのだろう、ウォルターの顔に苦い物が走る。

しかしそれも一瞬、何時もの、いやそれ以上に覇気に溢れた顔になり、ウォルターは口を開いた。

 

「……悪い、どうやらそうだったみたいだな。

格好わるい所見せて、済まない」

 

 言って、ウォルターは伏せていた視線を2人に寄越す。

まるで物理的に風が押し寄せるかのような、凄まじい威圧が2人を襲った。

遠い記憶、圧縮されて記憶の片隅に押しやられていた、戦乱の時代が蘇り、シグナムは目を瞬く。

ウォルターの持つカリスマとでも言うべき威圧は、聖王や他の書の主と比しても遜色ない程である。

思わず武者震いをしてしまうシグナムを他所に、ウォルターが言った。

 

「借りを作っちまったみたいだな。

なんか相談があれば聞くけど、あるか?」

 

 言われ、2人は目を合わせる。

それから視線を床にやり、小さく内心でため息を付いた。

悩みがあるといえば、ある。

闇の書の真実について、である。

クロノを代表とするアースラの乗組員達から、シグナムらは管理局における闇の書がどんなロストロギアか説明された。

主を乗っ取り、純粋な破壊にしか使えず、破壊をまき散らした後アルカンシェルで消滅させられ転生を続けるロストロギア。

主はやての未来を作る事などできず、むしろその未来を閉ざすことしかできない物。

 

 勿論その事実は管理局における情報でしかない、間違いがあったり意図的に歪められた情報を与えられている可能性はある。

しかし、根拠となるデータの信憑性から鑑みるに、その事実が真実である可能性は非常に高い。

かと言って、蒐集をやめれば主はやての麻痺が強まりいずれは命を落とす事にしかならない。

最早八方塞がりと言うしかない状況である。

それでも手があるとすれば、蒐集の道しかない、と言うのが2人の結論であった。

どの道破滅ならば、奇跡的に主はやてが闇の書の暴走を止められる可能性にかけるしかない、と言う事からの判断である。

 

 だが、とシグナムは思った。

この眼の前の男であれば、何か他の手段が思いつくかもしれない。

ウォルターは他者にそんな印象を与える所があって、それに縋る自分たちはまるで誘蛾灯に群がるかのようだ。

情けない、と自分でも思う。

敵に頼らねば状況を打開できず、それで騎士を名乗るとはお笑い種だ。

けれど結局、シグナムは口を開いた。

 

「もし、闇の書の完成が防げなかったら……お前はどうするつもりだ?」

 

 内心の吐露にザフィーラが一瞬苦い顔をしたが、シグナムの言を遮る事は無かった。

ウォルターは少しだけ視線を泳がせ、すぐに視線を戻し言う。

 

「ま、最悪の場合はアルカンシェルに頼る事になるんだろうけどよ。

その前に、俺にはやる事がある」

「……やる事?」

 

 オウム返しに問うシグナムに、こくりと頷くウォルター。

そして彼は、白い歯をきらめかせ、男臭い笑みを作りながら、片手を天に向けて掲げる。

渾身の力を込め、手を震わせながらゆっくりと顔の前まで下ろしつつ、その手を握りしめた。

まるで天から降り注ぐ星々を掴むような、力強い仕草であった。

 

「勝つ。暴走した闇の書を、俺が勝って止める」

「…………っ」

 

 思わず、シグナムとザフィーラは息を呑んだ。

予想だにしなかった言葉に、シグナムの内心に僅かな炎が灯る。

胸の奥に堆積した暗くてジメジメした物を、炎が撫でるようにして燃やし始めるのをシグナムは感じた。

 

「今までは、暴走した闇の書が強すぎてアルカンシェルで消滅させるしか無かったから、暴走を止められなかったんだろ?

ならその闇の書を魔力ダメージでノックダウンできれば、その間に主の手で闇の書を掌握できる可能性がある。

ま、その辺は闇の書の主の良識に期待、って所だが」

 

 ウォルターはそう言ってみせるが、完成された闇の書の力は絶大である。

クロノらから見せてもらった資料によると、高位魔導師10人近くのチームですら闇の書には勝てなかったと聞く。

この世のどんな魔導師でさえ、完成された闇の書の主には勝つ事はできない。

 

 けれど、だけれども。

この男であれば、分からない。

そんな非論理的な思考が、シグナムの脳内を踊った。

何故だろう、彼の言葉から聞くと、どんな事でもできない事は無いように思えてくるのだ。

腹腔は熱く、喉はカラカラで、目は限界まで見開かれ、血潮は熱く全身を巡る。

ウォルターの圧倒的な存在感に、シグナムは軽く畏怖をさえ覚えた。

永い時を戦いに費やした、シグナムがだ。

 

「……ありがとう」

 

 思わず、シグナムは小声で呟くように言った。

それでさえもきちんと聞き取ってくれたのだろう、ウォルターは圧力を弱め、微笑みを形作りながら頷く。

ようやくウォルターから発せられる威圧が弱まり、小さくシグナムは安堵の溜息をついた。

 

 もしかしたらこの男であれば、例え闇の書が暴走しようとも、主を救ってくれるかもしれない。

根拠のない確信に、シグナムは目が潤むのを感じる。

涙が溢れる前に、と拭い取り、シグナムは改めて告げた。

 

「頼むぞ、ウォルター」

 

 シグナムは満面の笑みを浮かべてそう口にする。

対しウォルターは、あの猛禽のような鋭く男らしい笑みで、こう告げるのだった。

 

「応、任せろっ!」

 

 まるで絵画から飛び出してきたかのように美しいシグナムと、それに答えるカリスマに満ちたウォルター。

その場面はまるで神話の中から引っ張りだしてきた場面であるかのように、神聖で、犯しがたい物であるように思えるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 地球では12月24日は、特別な日らしい。

宗教関連の日らしいのだが、日本では形骸化し男女や家族が共に過ごす日になっているのだと言う。

僕の年代の子供たちは、親しい仲間と集まってパーティーをし、プレゼントを交換したりするのだとか。

僕もその御多分にもれず、なのは達から誘いが来た。

はやての所にサプライズでプレゼントを持っていこう、と言う計画があるらしいのだ。

 

 僕は当然、柄じゃあないと断った。

一応プレゼントだけは渡してあるのだが、はやてを含めた4人のテンションの高さに、ついていけそうになかったのだ。

一度最初にはやての見舞いに行った時など、僕は殆ど喋れていなかったぐらいである。

日本では箸が転んでもおかしい、とか言うらしいが、あの4人は正にそんな感じのハシャギっぷりだった。

元気だなぁ、とか思ってしまう僕は、老けているのだろうか。

兎も角もう女の子達の中で一人男が混じり、置物みたいにじっとしているのは、勘弁してもらいたい。

 

 せめてもの心遣いとして、プレゼントは真剣に選んだ。

意外に思える話かもしれないが、僕はクイントさんから何度かプレゼントを貰っているし、スバルとギンガに何度かプレゼントをした事もある。

勿論地球の流行はよく分からず、プレゼント選びは難航し、恐ろしいほどの時間がかかってしまったが、それなりの物は選べたつもりだ。

といっても、地球では未成年扱いなので、怪しまれないようあまり高い物は選べなかったのだけれども。

 

 まぁ何にせよ、これであのなんとも言えない空間に参加しなくて済む、と思ったが、それでも甘かったらしい。

断固拒否した僕に、それじゃあ念話で実況してみるね、と告げるなのはとフェイト。

ものすごく嫌な予感がした通り、キャッキャウフフな話が念話を通じてきたのであった。

僕は死んだ目になりながら少しは我慢したのだが、やがて力尽きて念話をこちらから閉じた。

よくあんなに元気に喋れるもんだな、と思いつつ、僕は休憩室に足を伸ばす。

結果、奇しくも後で探すつもりだったリニスさんと出会い、2人で軽く話でもする事にしたのであった。

 

「ははは……、確かに女の子に付き合うのは大変かもしれませんね」

「まぁな、男相手ならまだマシなんだが……」

 

 クリーム色の机に突っ伏す僕にクスクスと笑いながら、リニスさんは珈琲を口にする。

文字通りの猫舌らしく、ふぅふぅと冷ましながら飲むその姿は、なんだか子供っぽく見える。

いつも大人びた仕草ばかりだからか、その姿はなんだか可愛らしくって、僕は思わず微笑みを漏らしてしまう。

そんな僕を尻目に、ちびちびと珈琲を飲みながらリニスさん。

 

「と言っても、ウォルターに男友達は居るのですか?

聞いた事が無いんですけれども」

「……ユーノ、とか?」

「何で疑問詞なんですか……」

 

 言っている僕からして自信が持てず、疑問詞になってしまった。

何せユーノとはPT事件解決からあまり会っていないし、会話も少ない。

そして僕の密かなユーノへの嫉妬は未だ燻っており、2人になっても何処かぎこちない会話になってしまう。

知り合い以上友達未満、と言うのが正解だろうか。

 

「まぁ、俺はかなり人に恨まれる仕事をしているからな。

自衛手段の無い友達が増えても、困る事が多い」

「つまり、男友達が居ないんですね……」

 

 呆れたように言うリニスさんだが、女友達だって多いとは言えない。

せいぜいクイントさんとギンガにスバル、リニスさんになのはとフェイトぐらいか。

他にも事件を解決する際仲良くなった相手は居るが、プライベートでも親交があるのはこれぐらいである。

 

 そんなくだらない話をしているうちに、休憩室に居る人もまばらになり、ついには僕ら2人だけになってしまった。

空調の低い音だけがその場に響き、僕ら2人も何となく無言で、時折飲み物を飲む喉音ぐらいしかしない。

しばらくそうしているうちに、僕はふと先日シグナムらと話したことを思い出す。

 

 僕は数日前、シグナムとザフィーラにリニスさんとの関係について話した。

“俺”が悩みを漏らすなどとやってはいけない事だと前なら思っていただろうし、それを表情に出す事など皆無だっただろう。

だがしかし、僕の表情には迷いが現れていたらしく、シグナムらにそれを指摘されてしまった。

それでもいつもなら誤魔化してしまおうと思う所で、僕は不意にクイントさんの言葉を思い出したのだ。

——私には吐き出せない他の部分を吐き出す相手が貴方には必要だわ。

人に頼る、という事は、僕にとっては仮面がバレてしまう可能性がある上に、“俺”と言う虚像を揺るがしかねない事だ。

だからこれまでは、なるべく人に頼らずに生きてきた。

けれども、クイントさんの言葉を思い出した僕は、自然とシグナムらにリニスさんとの事を話してしまっていた。

ばかりか、それが背中を押して欲しい甘えだった事を諭されまでしてしまったのだ。

顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしかったが、不思議と心地良い答えだった。

 

 それに思う事はあるが、それよりも今はリニスさんとの関係についてである。

結局僕は、リニスさんとどんな関係になるべきか、決めているのだ。

効率的にも心情的にもそれしか選べない、と言う選択肢が決まっており、それを実行できなかったのは、僕の心の弱さ故にである。

そんな僕の背を押してくれたシグナムとザフィーラの期待に答えぬ訳にはいかない。

丁度、今日は地球で言うクリスマスイブという特別な日なのだと聞く。

リニスさんに使い魔にできないと告げるのに、良い切欠になるだろう。

 

 思うが早いか、僕はリニスさんの目を覗きこんだ。

そして大きく息を吸い、結論を告げようとして。

正にその瞬間、背筋に悪寒が走った。

 

「——っ!?」

 

 思わずその場で立ち上がり、胸元のティルヴィングに手を伸ばす。

が、僕の勘は危険は僕にあるのではない、と直感していた。

驚き目を丸くするリニスさんに、急ぎ告げる。

 

「嫌な予感がした、なのは達が危ない!」

「へ? ……いえ分かりました、念話は?」

「通じない……、糞、妨害結界の中かっ!」

 

 さっきまで念話を閉じてあったので、何時通じなくなったのかは分からない。

叫びつつ僕は走りだし、アースラのトランスポートに急ぐ。

後ろをついてくるリニスを尻目に、リンディさんに念話を繋いだ。

 

(リンディさん、こちらウォルターだ。

物凄い嫌な予感がする上、なのは達と念話がつながらない。

地球の海鳴大学病院に行ってくるっ!)

(海鳴大学病院? ……分かりました、こちらからもサーチャーを回してみます)

(頼んだぞっ!)

 

 トランスポートの前についたので強引に通信を切り、転移魔法を展開。

一拍遅れて飛び込んでくるリニスさんを抱きしめ、2人で海鳴市の病院近くに転移する。

到着と同時、誰かの封時結界が発動。

ギリギリで僕らを入れながら、馬鹿でかい結界が完成する。

 

「矢張り結界の中心は病院か。

……ち、アースラとの念話が通じなくなった。

だが、恐らく代わりに……」

「えぇ」

 

 短く答え、リニスさんが念話を繋ぐ。

 

(フェイト、聞こえますか?)

(リニス!? 良かった、来てくれたんだね。

今ヴィータとシャマルと鉢合わせになって、戦闘になろうとしている所で……)

 

 と、状況把握をしようと思った正にその瞬間である。

背に凍土が生まれる感覚。

咄嗟にリニスさんを突き飛ばし、僕は斜めに防御魔法を張る。

それと殆ど同時に、黄土色の極太の閃光が激突。

なんとか後方に弾いて体勢を立て直し、僕はその発射源の空中に視線をやった。

 

 壮年の男であった。

白くなった髪の毛をオールバックにしており、手には高価そうな杖型デバイス、バリアジャケットは管理局制式の物をカスタマイズした物。

蓄えた髭に鋭い目付き、顔に刻まれた皺は彼が長年戦い続けた勇士である事を教えてくれる。

一度、リンディさんに連れられ挨拶しにいった事があるから、誰だかは僕にもすぐに分かった。

リニスさんはあり得ない物を見る目で、その男を見つめる。

 

「ギル・グレアムか。

俺たちに何の用事だい?」

 

 自然と僕は、敵に対してするよう彼の事を呼び捨てていた。

セットアップしたティルヴィングを両手で持ち、構える。

戦闘態勢に入った僕に、表情一つ変えずにグレアムは告げた。

 

「まさか私自身が出る事になるとは思わなかったが……。

老いたとしても、時間稼ぎぐらいはできるだろうからな」

 

 次いで手にもつ錫杖をこちらに向け、黄土色のスフィアを幾つも背に浮かべる。

そのいずれもが超常の魔力が込められており、管理局でも屈指の実力を持つ魔導師の名が伊達ではない事を示していた。

薄く笑い、僕もまた白光の魔力をティルヴィングに込める。

小さく肩をすくめて、皮肉げに言った。

 

「何であんたが此処に居るのか知らんが、あんたが敵だって言う事だけは直感で分かるな」

「……隣に居る彼女のように、少しぐらいは動揺してくれるのを期待していたのだがね」

 

 ちらりと視線をやると、リニスさんはどうにか戦闘態勢を取ってはいるものの、動揺を抑えきれていない様子である。

体は震え、頭は真っ白になっているようで、戦闘能力を十全に発揮できるようには見えなかった。

それも致し方ないだろうが、動揺で足手まといになられると困る。

僕は念話でリニスさんに告げる。

 

(俺が奴を相手にするから、リニスさんは先になのはとフェイトの方へ……)

(いえ、見たところグレアムは相当な実力者です。

ウォルター一人では、突破に時間がかかるでしょう。

相手の目的は、自称ではありますが時間稼ぎ。

それを打ち破るには、2人で速攻した方が良いでしょう)

 

 僕は隣に立つリニスさんに、ちらりと視線をやった。

流石に動揺の色を隠せないが、それでもさっきまでに比べれば雲泥の差である。

よほど自分が足手まとい扱いされて悔しかったのだろうか。

何にせよ、共に戦う為の及第点は超えているだろう。

そう判断すると、僕は目を細め、言った。

 

(そうか、それじゃあ俺たちの初のコンビでの実戦を、始めるとしようか)

(……えぇ!)

 

 嬉しそうに告げるリニスさんと共に、僕はグレアムを睨みつけた。

足元に白い三角形の魔法陣が展開、反発で僕は空中に吸い込まれるように飛び立つのであった。

 

 

 

 

 


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