仮面の理   作:アルパカ度数38%

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3章5話

 

 

 

「えへへ……、楽しかったなぁ……」

 

 小さく呟きつつ、ベッドの上ではやては自身を抱きしめた。

今はすっかり暗くなってしまったはやての個室には、先程までヴィータにシャマル、すずかにアリサになのはとフェイトが滞在していたのだ。

なんでかヴィータとシャマルの2人となのはとフェイトの2人がぎこちないような気がしたが、そんな事は気にならない。

何せ、はやての大切な家族と大切な友人、その両方が揃っていたのだから。

 

 夢のように楽しい時間だった。

胸の奥から次々に言葉が湧いて出てきて、終わってみればもう何を話したのか全然分からないぐらいに興奮していたのであった。

それでも、その楽しさだけは胸の奥に刻み込まれたかのように残っている。

もし闇の書が完成して、家族全員で過ごせるようになったら。

その時は、すずか達4人に加えウォルターも自宅に招待して、みんなでこんな夢みたいな時間を過ごしたい、とはやては思った。

 

 勿論、はやては闇の書を完成させるのに犠牲が必要である事は知っている。

幾多の屍の上に立って生きる自分が、本当に笑って生きていていいのかも分からない。

けれど、せめて夢見る事ぐらいは許して欲しい、とはやては思う。

ヴィータが居て、シャマルが居て、シグナムが居て、ザフィーラが居て、友達が居て。

みんなで遊ぶ事ができたら。

みんなで一緒の時間を共有できたら。

それは、とても素晴らしい事に思えて。

 

「うん、頑張ろうっ」

 

 だからはやては、体を苛む激痛にも、立ち向かって行ける。

時折今にも顔を歪ませ泣きたくなってしまうぐらいの激痛も、笑顔でやり過ごせる。

心の中に、希望があるから。

夢があるから。

だからこそ、自分はこれからも頑張っていけるのだ。

はやてはそう思い、小さく破顔した。

 

「きゃっ!?」

 

 そんな時の事である。

はやては、急に目の前が真っ白な光で覆われるのを感じた。

咄嗟に目をつぶって光をやり過ごす。

すると次の瞬間、体中を冷たい夜風が襲った。

膝下が触れる床の感触もまた、固く冷たい。

思わず震えながらおずおずと目を開くと、そこは夜闇の病院の屋上であった。

晴れた夜空には星々が綺麗に見え、高い場所だからか遠くの山々まで遮られる事の無い夜闇が広がっている。

そんな光景にぽつんと浮かび上がる、三人の少女の影があった。

なのはとフェイトが正面空中に浮いており、ヴィータがその間に磔になっている。

 

「……え?」

 

 いきなりの情報量に、はやての思考が停止した。

何故なのはとフェイトが空中に?

何故ヴィータが磔に?

そもそも、何故自分は今此処に?

疑問詞が膨れ上がり弾けそうになった瞬間、なのはが口を開いた。

 

「君の病気は、もう治らないんだよ」

 

 昼間とは打って変わったなのはの言葉は、はやての心を貫く槍のようであった。

臓腑をえぐられるような痛みを感じ、はやては自身の胸に両手を当てる。

すかさず、続けるフェイト。

 

「闇の書の呪いと言う病気……、それは君が死ぬまで治らない」

「そう、君は死ぬんだよ」

 

 改めて他人に言われると、ショックは否めない。

けれど、だけれども。

はやては、その呪いを解こうとしている家族を信じている。

ヴィータとシャマルが闇の書を完成させて、シグナムとザフィーラを助けられるのだと信じている。

だから、硬い声ではやては言った。

 

「そんな事あらへん、闇の書を完成させれば私は死なないってヴィータが言うてた。

それに、そんな事より、ヴィータに何してん?

この子を早く下ろしてっ!」

 

 叫ぶはやてに、しかしなのはもフェイトも口元を歪めるばかりだ。

あざ笑うばかりのその表情には、欠片の優しさも見受けられず、はやてを嘲笑する邪悪な意思が見て取れた。

浴びせかけられる悪意に、はやては僅かに怯えを感じるも、キッと2人を睨みつけ、それを覆い隠す。

怯えは確かにあるが、ヴィータを思う気持ちがそれを遥かに上回っていた。

 

 それにしても、とはやては思う。

なのはとフェイトはヴィータとシャマルの言っていた、管理局とやらの魔導師なのだろうか?

性格が何時もと大分違うが、闇の書相手に冷徹になっているのだろうか。

様々な疑問詞がはやての中をめぐるが、それを待つ筈もなく2人は続ける。

 

「貴方もこのプログラムも、残念だね」

「この子達は、プログラムなんかじゃ……!」

 

 なのはの暴言にいきり立とうとしたはやての頭に、冷水をかぶらせるような一言が響いた。

 

「とっくに使えなくなっている闇の書の機能を使えると、思い込んで」

「……え?」

 

 呆然と、はやては呟いた。

全身から思考による統制が奪われていき、脱力する。

まるで重力が増したかのように、はやてはその体をだらりと地に近づけた。

ただ2人を見据えるその目と、それを支える首だけが、辛うじて脱力を免れる。

 

 はやては頭の中が真っ白になるのを感じた。

闇の書の力が使えない?

それじゃあどうなるのか。

はやては死ぬ、それは元通りになるだけだ、怖いけど別にいい。

そんな事よりも。

 

「それじゃあ、シグナムとザフィーラは……?」

「助けられないね」

「それにウォルターが倒した後、既に死んじゃったよ」

「そいつと同じみたいにね」

「……え?」

 

 様々な動揺が、はやての中から思考力を根こそぎ奪い取った。

呆然とするはやては、フェイトが顎で示した方に視線をやる。

まず、はためくベージュ色の布地がはやての目に入った。

その奥には緑色のカーディガンやその他様々な服など、はやての記憶を刺激する物ばかりが並んでいる。

何だったか、と思考すれば、一瞬ではやての脳裏に答えが過ぎった。

 

 それは、シャマルに選んだ衣服だった。

何故それが病院の屋上で、まるで着ていた人間がすり抜けたかのように重ねて置いてあるのか。

その光景は、まるで着ていた人間だけが消えて無くなってしまったかのようで。

それが何を意味する事か、はやては分かりたくなかった。

全身全霊で思考を放棄し、理解を拒むようにただただ呆然と口を開けている。

それでも脳裏は前後の言葉からその光景が意味する答えを弾き出し、はやての中でその結果が踊った。

 

 ——シャマルは死んだのだ。

 

 はやては、全身を震わせながらなのはとフェイトの下に視線を戻す。

 

「嘘や……」

 

 絞り出すように言ったはやての言葉に、くすりと小さく笑みを漏らし、2人は口を開いた。

 

「そうだ、壊れた物は掃除をしなくちゃね」

「壊れた物に、この世に居る必要なんてないんだから」

 

 言って2人は、どこからか銀色のカードを持ち出し、手にした。

直後、カードが光へと変化。

反射的にはやては顔を腕で覆うも、はやての身には何も起きなかった。

おずおずとはやてが腕をどかせ、辺りを見やる。

なのはもフェイトも先程までと変わらず浮いていて、その中心で磔になっているヴィータも……。

と、そこまで思考し、はやてはそれを視界に入れた。

ヴィータの足元から、粒子がぷつぷつと現れ、何処ぞへと消えている。

一体何が、と思った次の瞬間、はやては気づいた。

ヴィータが足元から、粒子と化し崩れ始めている光景に。

 

「あ、あぁあぁぁっ!?」

 

 絶叫と共に、はやては体を乗り出そうとして、その場でこけた。

顔面に疼痛。

痛みに小さくうめき声を上げ、僅かに震える。

本音を言えば、顔を抑えて動きたくないぐらいの痛みだった。

けれど、そんな事をしている場合じゃない、と全身に力を込め、キッとヴィータに視線をやる。

未だ崩壊は続いており、終わる兆しは無い。

 

「ヴィータ、ヴィータ、ヴィータっ!」

 

 叫びながらはやては、足を引きずり腕の力だけで前進した。

たったそれだけで、はやての全身は内側から引き裂かれるような痛みが走る。

血を吐くような痛みに、思わずはやては動きを止めそうになるも、視界に映る消えゆくヴィータの姿がそれをやめさせる。

ヴィータが大変なときに、何が痛みだ、何が足が動かないだ。

そう内心で吐き捨て、はやては擦過傷ができるのも厭わずに這いつづける。

一度体を引きずるだけで、痛みにうめき、小さな悲鳴を上げ、それでも諦めずに前進を続けた。

ついにはやてがヴィータの下までたどり着いた時、ヴィータはもう顔しか残っていなかった。

 

「あ、あああっ!」

 

 助けなくちゃ。

そうは思うものの、はやてには何をどうすればヴィータを助けられるのか、分からない。

分からないけれど、はやてはヴィータのお姉ちゃんなのだ。

ヴィータは自分が姉のつもりでいるので決して言わないが、はやてはヴィータを妹のように思っていて。

あんなに可愛い妹を見捨てる姉なんて、この世に居る筈が無い。

だからはやては、どうしていいかわからないなりに、行動する。

必死で両手で杯を作り、消えゆくヴィータの欠片を集めようとする。

けれど粒子と化したヴィータは風に攫われて消えてゆくばかり。

はやての手には欠片も残る事無く、消えてゆく。

 

「駄目、やめて、消えないでっ!」

 

 絶叫と共に、はやては涙を流しながら懇願した。

最早意味を成さない両手を祈るように組み、頭を下げ目を閉じ、必死で叫ぶ。

 

「神様お願いします、ヴィータを助けてください!

なんでもします、命だって要りません、もう病気が治らなくてもいいです、ずっと歩けなくてもいいです、もっと痛くなってもそれでいいです!

もう私にはヴィータしか居ないんです、もう私の家族はヴィータ一人しか残っていないんです!

だからどうか、どうかお願いします!」

 

 神頼みなど叶わないと、独りで暮らす日常で嫌という程思い知っていた。

けれど他に何も思いつかなくて、はやては絶叫と共に懇願する。

どうか、どうかお願いします。

そんな風に涙を流しながら叫ぶはやてに、ぷっ、と小さく失笑し、なのはは言った。

 

「もう残らず消えちゃったよ?」

 

 呆然と、はやては目を開け、なのはとフェイトの間を見た。

そこにはヴィータの残滓一つすら無く、ただの空隙が広がっているだけ。

どれだけ願っても、どれだけ叫んでも、ヴィータは消えてしまったのだ。

 

「……嘘や」

 

 現実を認める事ができず、はやては呟いた。

両目から涙をこぼしつつ、続ける。

 

「こんなの嘘や、みんなが私を置いて死ぬ筈なんて、無いっ!」

「違うよ、これが現実」

「ヴィータとシャマルはこの場で消した」

「シグナムとザフィーラはウォルターが消した」

「貴方は助かる事無く死ぬだけ」

「何も変わることは無い真実」

 

 代わる代わるに喋る2人に、はやてはしかし、頭をふる。

最早支離滅裂な言葉を、それでも叫ぶ。

 

「違う、違う!

そうや、ウォルター君は私と約束したんや。

犠牲一つなく私を助けてくれるって言ったんや。

それにウォルター君は魔法使いじゃない、みんなを倒す事なんてできないっ!」

「魔導師じゃあないのに、どうやって貴方を助けるの?」

「ウォルターはシグナムとザフィーラを消した、殺した」

 

 なのはとフェイトの一言一言が、はやての臓腑を抉るような言葉だった。

びょうびょうと吹く風が全身から体温を奪って行き、まるで全身に刃を突き立てられているかのように痛い。

頭の中は先程からずっと真っ白で、何も考える事ができず、ただただ思いついた言葉を叫ぶだけ。

認められなかった。

ヴォルケンリッターが、家族がもう居ないなんて事を、はやては認められなかった。

だから、叫ぶ。

叫ぶ事で現実が変わると信じて、叫び続ける。

 

「そんな事ない、ウォルター君は約束したんやっ!

あの人やったらきっと助けてくれる、ヴィータもシャマルもシグナムもザフィーラも何とかしてくれるっ!

魔導師やなくても、きっとなんとかしてくれるに違いないんやっ!」

 

 はやては、無理矢理にそう信じた。

ウォルター、あの覇気に溢れたあの人間ならば、自分には想像もできない事でみんなを助けてくれる。

そう信じなければ、はやては次の瞬間呼吸をする力すらも湧いて来なかった。

うっうっ、と嗚咽を漏らし、熱くこみ上げるものを双眸から漏らす。

最早はやてには、他に頼れる物が無かった。

友達は敵で家族は死んで、あと頼れるのはヒーローが一人だけ。

だからウォルターなら何とかできると、必死でそう信じて叫ぶ事しかはやてにはできないのだ。

そうでなければ、もう家族は皆死んでしまってどうにもならないという現実を認めなければならないのだから。

しかし、それに苦笑するようにして、2人は空を指さした。

 

「ウォルターが魔導師じゃあないって言うなら、それじゃあ、あれは何?」

「あれって……?」

 

 疑問詞と共に、はやては空に視線をやる。

夜空に白い光がきらめいたかと思うと、光源は凄まじい速度でこちらに向かってくる。

最初は小さな点としか思えなかったそれは、すぐに輪郭がわかり、色がわかり、細部がわかり、はやての脳裏と結びつき誰だか分かった。

それは、黒衣に黄金の剣を持った、空飛ぶウォルターであった。

 

「なのはとフェイト? いや、なんか違う、っつーかはやて? 一体何が……!」

 

 叫びながら、隣に茶髪の少女を引き連れ近づいてくるウォルター。

その姿は、どう考えても魔導師としか言いようが無い姿で。

はやては心のなかの、全てが崩れ去っていくのを感じた。

ウォルターは魔導師なのだ。

シグナムとザフィーラを殺した魔導師なのだ。

そしてその上、ウォルターは誰一人犠牲を出さずに助けてくれるって、言ったのに。

はやての家族を奪ったのは、そのウォルターで。

 

「……嘘つき」

 

 自分でもぞっとするぐらいどす黒い声が、はやての口から這い出た。

同時、はやての足元に白い三角形の魔法陣が発生。

すぐさま魔法陣は紫色に色を変え、はやての魔法陣を侵食する。

 

「……嘘つきっ!」

 

 もう一度叫んだのを最後に、はやての視界が暗転。

体が管制人格の物に変化してゆき、その圧倒的な魔力のうち、制御しきれない僅かな部分が威圧として吐き出される。

闇の書の覚醒の、始まりであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「闇に沈め……デアボリックエミッション」

 

 恐るべき速度で、魔力が刺青の入った銀髪の少女に収斂した。

一拍。

闇色の球体となり超速度で拡大、こちらへと向かってくる。

 

「広域攻撃魔法!?」

「っておい、何がなんだかっ!?」

 

 叫びつつ僕は防御魔法を発動、リニスさんを後ろに入れてあの少女の攻撃魔法を防ぐ準備をした。

それに僅かに遅れて、なのはとフェイトがこちらにやってくる。

 

「ごめん、私も入れて、ウォルター君っ!」

「私もっ!」

「いいけど、一体どういう状況なんだ、これは!?」

 

 叫びつつ、僕は防御魔法の白三角形に更に魔力を注入。

魔法陣を大きくして4人を纏めて覆いきる大きさにし、ティルヴィングの柄を持つ力を強くする。

僅かに遅れ、銀髪の少女の魔法と激突。

魔力自体は僕よりも更に凄まじいのだが、流石に広域攻撃魔法だけあって、一箇所にかかる魔力ダメージは少なくて済む。

よってどうにか攻撃と防御は拮抗、なんとか抑えきる事に成功した。

それはいいのだが、現状が分からなさ過ぎて、どうすればいいのかよく分からない。

が、僕よりは状況を知っているだろう2人もどこから教えていいのか分からないだろうと、僕から口を開く事にする。

 

「こっちは嫌な予感がしてお前らに会いに行こうとしたら結界に巻き込まれて、足止めの魔導師と戦った。

念話はすぐ遮断されて、情報交換ができなかったよな。

んで足止めの魔導師が逃げたもんで病院まで来たら、はやてが嘘つきって叫んで、今の姿に変身した。

そしたらなのはとフェイトに変身していた2人の仮面の戦士が元の姿に戻って、その後短距離っぽい転移で消えた。

わかってるのは、それだけだ」

 

 混乱を招かない為に、足止めの魔導師の名前と、仮面の戦士の正体と思わしき物は言わないでおく。

その辺りの処分は、クロノが上手くやってくれるだろう事を期待してだ。

今も続くデアボリックエミッションの防御を続けながら、僕は今度はなのはらの声に耳を傾ける。

 

 なのはらの言う所によると、はやての見舞いに来たらヴィータとシャマルに鉢合わせし、屋上へ誘われたのだと言う。

そこで戦闘開始と思いきや仮面の戦士のバインドで封じられ、ヴィータとシャマルは闇の書に蒐集されてしまったのだそうだ。

それからなのはとフェイトはバインドの上からクリスタルケージで封じられ、仮面の戦士はなのはとフェイトに変身。

シャマルの衣服やヴィータの偽物など小道具を配置したあとはやてを転移魔法で呼び、精神攻撃をした。

それで絶望したはやての目前で、闇の書が覚醒。

今の姿になり、ディアボリックエミッションを発動したらしい。

 

 その話が終わる頃にはようやくディアボリックエミッションが終了、僕らは取り急ぎ対応を話しあう為、ビル陰に隠れる。

流石に広域攻撃魔法を防ぎきるのは骨が折れた。

僕は小さく安堵の溜息をつきつつ、首を回す。

そんなふうにしている僕に向けてフェイトが半歩進み、僕の目を見つめながら言った。

 

「それで、ウォルター、私もなのはも捕まったシグナム達とは、会えなくって。

だから、その……、本当にシグナム達は、生きているんだよね」

「応、当たり前だ」

 

 フェイトの視線と僕の視線が絡み合う。

確かに、シグナムとザフィーラは容疑者として収容されており、外部協力者の2人は会うことができなかった。

故にの疑問なのだろう、口調とは裏腹に、その瞳は嘘は許さないとばかりに鮮烈で鋭い物。

けれど僕だって別に嘘をついている訳じゃあないので、それに視線を揺るがさずに見つめ合う。

数秒、緊張した空気を保った後に、フェイトは口元を緩ませた。

 

「分かった、ごめんね、疑って」

「いいって事よ」

 

 肩をすくめる僕に、緊張した空気に呼吸すら止めていたのか、ぷはっ、と息を吐くなのは。

白い視線がなのはに集まり、にゃはは、と誤魔化すように笑いながらなのはは両手を左右に振る。

内心ため息をついているうちに、ふと気配を感じ振り向くと、ユーノとアルフがやってくる所だった。

 

「ユーノ君、アルフさんっ」

 

 なのはが喜びを顕にするのを尻目に、僕ははやてというか闇の書を、どう止めればいいのか考える。

僕に与えられた闇の書、もしくは闇の書の情報は大した量ではないし、今の彼女がどんな状態なのかも分からない。

すると、この場で最も情報を持っているユーノに聞くべきか。

そう結論づけると、僕はユーノに視線をやり、口を開く。

 

「ユーノ、あの銀髪の子の今の状態は、一体どうなっているのか分かるか?」

「えーと、変身は管制人格とのユニゾン、あの刺青は防衛プログラムの特徴だから……」

 

 あーなってこーなって、と思考した後、ユーノは面を上げ答えた。

 

「多分、はやてって子の意識は今は沈んでいる所だと思う。

管制人格と防衛プログラムが体を動かしていて、攻撃してきたって事は、こっちを狙っているんだと思うけど……」

 

 と、ユーノがそこまで言った所で、闇の書が掌を天に掲げる。

直後、彼女を中心に凄まじい速度で結界が発生。

僕ら全員を含め広範囲を取り込んでみせた。

 

「……というか狙っているね、この結界は外に出れなくする結界だ。

多分、その中でも狙いは……」

「俺、か」

 

 はやてへの精神攻撃の内容は多少だが聞いた。

最後の言葉が“嘘つき”だった事から、僕に敵意が向いているのは予想の内である。

勘違いだと分かっていても、胸がかきむしられるように痛かった。

あの健気な少女が憎しみに駆られており、その遠因が僕だと思うと、今にもその罪深さに泣きたくなる。

後悔で胸がいっぱいだった。

あの日ヴォルケンリッターの襲撃を受けた時、僕がヴォルケンリッターを全員捕縛していれば、もう少し状況は違ったのかもしれない。

逆に一人も捕縛できていなければ、それもそれで、はやての憎しみはあんなどす黒い声を上げる程までにはならなかっただろう。

けれど、僕はそれを表に出してもいけないし、そんな事を考えていても、状況は好転しない。

無理矢理に暗い感情を心の奥底に押し込めると、僕は意識して男らしい笑みを作る。

 

「まぁ、それならそれで構わん、わざわざこの中で一番強い俺を狙ってくるんだ、戦いやすくていい。

俺が前衛に出る、中衛はフェイトとリニスさん、後衛はなのは、ユーノとアルフはバインドとかで補助を頼む。

どうやってはやてを助けるかは……」

「クロノが今、調べている所だ。

それまで、僕らで持ちこたえるほか無い」

 

 こくりと頷くと、僕はティルヴィングを構えて空中へ飛び出す。

そんな僕を見つけたのだろう、闇の書は3対の翼を生やし、空中へ飛び出した。

闇の書は、20歳程の美しい女性であった。

銀麗の流れる髪に血のように赤い瞳、均整のとれた肉体に赤い刺青が走っている。

黒に近い紫の魔力光が仄かに光っており、そんな彼女が飛ぶ姿は、まるで闇の中を泳ぐようにさえ見えた。

 

「行くぞっ!」

 

 絶叫と共に、僕は闇の書に向かい飛び立つ。

僕の視線と闇の書の視線が交錯した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「おぉぉぉっ!」

『断空一閃、発動』

 

 絶叫と共に、薬莢を排出。

超魔力を一撃に込め、闇の書に向かって振るう。

対抗して展開されたのは、こちらも超魔力を込められた、濃紫色の三角形の防御魔法。

激突、一瞬の拮抗の後、白光の剣戟が勝利。

どうにか防御魔法を切り裂くも、同時に闇の書は羽ばたき距離を取り、切り返しの追撃を避ける。

 

「ディバインバスターっ!」

「プラズマスマッシャーっ!」

 

 直後、桃色と黄金の極太の光線が、十字砲火で闇の書へ激突。

するかと思った次の瞬間には、闇の書の両手からそれぞれ展開された魔法陣がそれらと拮抗した。

同時に闇の書が口を開く。

 

「刃以て、血に染めよ。穿て、ブラッディ……」

「させるかぁっ!」

 

 が、それを見逃してやる程僕はお人好しでは無かった。

突進と共に繰り出した横薙ぎの一撃を、闇の書は腕をそのままに縦に回転して回避。

そのまま踵落としに移行、僕へ向けて超魔力を込めた一撃を落とす。

しかし、回転していたのは僕もまた同じ。

横に半回転した僕は即座に薬莢を排出、再びティルヴィングに白光を纏わせ、横回転を斜めに切り替え、逆袈裟に切り上げる。

 

「断空一閃っ!」

「断空一閃」

 

 次の瞬間、同種の魔法が激突。

魔力は闇の書の方が上なものの、踵と大剣という武器の差により、ほんの僅かに僕の断空一閃が勝った。

が、その威力差によって闇の書は弾き飛ばされ、なのはとフェイトの砲撃から逃れる事に成功。

どころか、先程発動寸前までいって待機していた魔法を発動してみせた。

 

「ブラッディダガー」

「ぐ、フォトンランサーっ!」

 

 血塗られた短剣が二十程出現、それが僕へ向かって放たれるのと殆ど同時、リニスさんの直射弾が発射。

半分近くを相殺するも、全てを破壊するには至らず、残る攻撃が僕に着弾する。

爆音と共に、魔力煙が広がった。

と言っても、僕のダメージはそれほどではない。

すぐに視界の効かない煙の中から脱出、油断なくティルヴィングを構えながら、一足一刀の間合いで視界が晴れるのを待つ。

その間に広域攻撃魔法のチャージがある可能性を危険視し妨害の準備をしていたのだが、どうやら取り越し苦労だったらしく、晴れた視界には直立した闇の書が見えるのみだった。

肩を竦めながら、僕は口を開く。

 

「やれやれだ、闇の書、お前は一体何の為に戦っているんだ?」

「知れた事、主の願いを叶える為だ」

 

 予想外の反応に、喜べばいいのか、悲しめばいいのか、微妙な所だった。

先程から無言の攻防だったので会話はこれで初めてなのだが、この内容だと管制人格が僕に敵対的であるようだ。

つまり防衛プログラムと管制人格の両方が僕に敵対していると言う訳だ。

喜んだのは、これで防衛プログラムだけで、これから管制人格が起きて強くなるとか言う事が無かったから。

悲しんだのは、管制人格曰くはやてが僕を倒す事を望んでいるらしかったから。

沈みそうになる心をどうにか引き上げ、僕は話を続ける。

 

「へぇ、具体的にどういう願いだ?」

「主は私の中に取り込まれた時に、愛する騎士、ヴィータとシャマルの存在は確認できた。

しかし、シグナムとザフィーラの存在は未だ確認できていない。

どころか、騎士達の記憶を知り、シグナムとザフィーラが既に魔力切れで消えているだろう事を確信した。

よって主は、ウォルター、お前がシグナムとザフィーラを殺したと半ば確信に至った」

 

 実際は僕がプレシア先生から習った技術で魔力供給をしているのだが、いかに闇の書でもその事は分からないらしい。

当たり前と言えば当たり前だろう、闇の書の知る技術は膨大だが過去の物ばかり、最先端の技術は話が別だ。

蒐集はされたが、僕のリンカーコアは半分ほどしか蒐集されなかったので、その中に魔力譲渡の技術が無ければ誤解を招くのも致し方ない。

無言で居る僕をどう思ったのか、闇の書は続けて口を開く。

 

「よって主は……」

(ええよ、続きは私が話す)

 

 と、念話ではやての声がその場に響いた。

思わず目を見開き、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまう僕。

それはなのはらも同じだったのだろう、え、とかふぇ、とか、そんな声が背後から聞こえた。

 

「はやて、なのか……?」

「そんな、闇の書の発動時に主が意識があるなんて……!」

(そうや、最初から意識はあったで)

 

 と、平坦な声で告げるはやて。

そんな彼女に、興奮した様子でユーノが語りかける。

 

「それなら、君の手で管理者権限を使えば、防衛プログラムを切り離す事も出来る筈!

その後防衛プログラムを魔力ダメージでノックアウトすれば、君もヴィータとシャマルも自由になれるんじゃ……」

(多分そうやろな、やればできると思うで)

「なら……っ!」

 

 懇願するユーノに、しかしはやては断言した。

 

(でも、今はしない)

 

 こちらの心が凍えてしまいそうな程に、冷徹な一言であった。

思わず僕は身震いさえしてしまう。

話の流れからその理由が想像できてしまったためだ。

やめてくれ、これ以上話さないでくれ、と願う僕を尻目に、はやては語ってみせた。

 

(だって、まだウォルター君を倒していないから)

「…………っ」

 

 思わず、僕は息を呑んだ。

予想通りの言葉に、しかしそれでも心は準備ができていなくて、今にも崩れ落ちそうだった。

なんだ、この事態は。

僕が加担する事で、全てが悪い方向に向かっていっているようじゃあないか。

今にも崩れ落ちそうになる体を必死で押しとどめ、構えを崩さないようにする。

口内は既に噛み切られ、歯と歯はギリギリと音を立てる程に強く噛み締められていた。

 

(知っている、悪かったのはうちの子達で、私がウォルター君に謝らないかん事ぐらいは。

でも、でも、憎くて仕方がないんや。

家族は、私の命よりも大事な物だったんだから)

 

 血の気が引けていく音が、聞こえるようだった。

今頃僕の顔は真っ青になっているだろう、指先もかじかんで感覚が無くなり始めている。

 

(それに、ウォルター君も悪いんや……。

誰一人犠牲なく救うとか言っておいて、犠牲を出したのはウォルター君やないかっ!

憎い……約束を破ったウォルター君が、家族を殺したウォルター君が、憎いっ!

どれだけ止めようと思っても、心の何処かで復讐を望んでしまうっ!

止められないんやっ!)

 

 最早はやての声は平坦な声ではなく、今にも泣き崩れそうな、感情に溢れた声と化していた。

あの健気でいたはやてがこうまで感情的になる事に、その原因が僕である事に、頭の中が金槌で打たれたみたいに痛くなる。

しかし、全ては誤解なのだ。

吐き気をすら感じながらも、僕は口を開く。

 

「違う、シグナムとザフィーラはまだ生きている、俺が魔力を供給して生きながらえさせている」

(嘘やっ!)

 

 はやての叫びに、僕は震えそうになるのを必死で抑えねばならなかった。

どうする、僕はどうやってはやての誤解を解けばいい。

助かる筈なのに、僕の所為で憎しみに囚われてしまった彼女を、どう開放すればいいんだ。

罪深さに押しつぶされそうになりながら、僕は必死で考える。

 

 シグナムとザフィーラをアースラから転送してもらえばいいのか?

いや、背後でアースラと通信するユーノが、それを既に念話で提案しているようだ。

しかしシグナムとザフィーラには、逃亡防止用に魔力リミッターやら転送妨害装置が付けられていた。

それを解除して此処に送るまで、30分近くかかるだろう。

それだけ持ちこたえればいいと一瞬思ったが、その前に闇の書の本格的な暴走に入られる可能性が高い以上、無理だ。

ならばどうすればいい。

 

 いっそ、僕が負けてしまうのはどうだろうか?

いや、はやての憎しみが僕の敗北だけで収まるとは限らない。

最悪、殺人にまで至ってしまう可能性を考えると、それを防げる最大戦力の僕が堕とされるのは悪手でしかない。

しかしならば、どうすればいいのか。

 

 方法は思いつかない。

けれど二度目に一人で見舞いに行ったあの日、はやてに感じた同質性が、僕に彼女を救えと叫ぶ。

はやては今、健気に自分を取り繕っていた仮面を剥がされ、素の自分として叫んでいた。

その苦しみは、僕が仮面を剥ぎ取られる事と同意である。

その苦しさは、僕だって想像しかできない。

できないけれど、それでもその苦しみが薄皮一枚隔てたすぐ近くにあると感じている僕が、誰よりもその苦しみを想像できている筈なのだ。

ならば僕は、僕こそが彼女を救うべきなのではないかと思う。

思うけれど、何も思いつかなくて。

そんな風に僕が悩んでいるその瞬間に、はやては叫んだ。

 

(嘘や……、生き残りたいから、ウォルター君が勝てないからって嘘ついただけや!)

 

 と、その瞬間、はやての言葉が、かつて聞いたある言葉に重なって聞こえた。

あ、と思わず小さな声を僕はあげてしまう。

体中に電撃が走り、正に天啓といっていい閃きが僕の中を過ぎっていた。

偶然だろうか、僕は既にこの子を救う手段を、数日前に口にしていたのだ。

 

 肩の荷が下りたかのように、一気に呼吸が楽になった。

まるで一瞬前と見ている世界が違うかのように思え、絶望に狭まっていた視界が広く遠く開ききる。

胸の奥には暖かな安堵と仄かな勇気が湧き出て、ひび割れた心を満たしていくかのようであった。

涙が出そうなぐらい、嬉しかった。

結局これでははやてを落として上げて、プラスマイナスゼロにしているだけだと分かっている。

それでも目の前のはやてに、僕の手で現実から目を離させてしまっている事を解消できるのだと思うと、嬉しくて仕方がなかった。

 

 できる、必ず僕ははやてを救える。

そう思うと、心の中に勇気が湧いてきた。

体の微細な震えは収まり、瞳には力が宿り。

全身から活力と言う活力が満ち満ちて、ティルヴィングを握る両手にも力がこもる。

UD-182を思い浮かべながら僕は男らしい笑みを浮かべた。

 

 闇の書を見つめる。

はやての事で焦りや憤りを感じていた僕の心が、平静になったからだろう。

その奥にあるはやての悲痛な感情とは別に、闇の書の管制人格の感情が見えてきた。

その目は深い悲しみに満ちていて、思い返せば僕らを攻撃する度にその悲しさを増していっていたように見える。

ならば、それも問いたださねばなるまい。

僕ははやてに犠牲一つなく全員を救ってみせると約束したのだ、彼女を捨て置く事はできなかった。

 

「ふん、なるほどな。

はやてのいいたい事は分かった、じゃあお前の方はどうなんだ?」

「……?」

「お前だよお前、闇の書の管制人格だよ」

 

 目を見開き、それから僕を怪しむように細める闇の書。

怪訝そうなその目には、嘘偽りを言っている自覚は少しも見られない。

少なくともこれから吐こうとしている言葉には、少しも偽りは無いと信じているように見えた。

闇の書は、すぐに吐き捨てるようにして答えてくる。

 

「私はただの道具だ、意思などないし、必然、いいたい事などない」

「そうか? その割には、涙を零しているみたいだが」

 

 告げると、僅かに目を見開く闇の書。

それから手の甲で涙を拭き取り、言った。

 

「これは主の涙、私には悲しみなど存在しない」

「…………」

 

 言葉とは裏腹に、その瞳の奥には深い悲しみの色が見て取れた。

何故彼女が悲しんでいるのか、この状況と照らしあわせてみればすぐに答えは出てくる。

しかし、それは本当に正しいのか、と言う疑問が、僅かに僕を戸惑わせた。

僕の言葉なんて所詮、10年しか生きていない小僧の妄想にしか過ぎない。

それが当たっているなんて保証も無いし、それどころか勘違いだと一蹴されるのが関の山。

 

 けれど、だけれども。

僕はその妄想を口にする他ない。

彼女が、本当の自分に気づかず目を背けているのかもしれないと言う、可能性を見てしまったから。

彼女を救うと、誰一人犠牲なく救ってみせると、はやてと約束してみせたのだから。

だから、僕は必死で口を開く。

 

「想像でしかないが……。

主を殺してしまうのが、自分がそれを止める事ができないのが悲しくって。

せめて、自分に意思は無いから止めようともしていない、だから悲しくないと思わないと、自我を保つ事すらできない、か?」

「違うと言っている」

 

 僕の言葉はお世辞にも急いていないとは言えない言葉だったが、闇の書の反応には、明らかに単純な煩わしさ以外の何かがこもっていた。

僕の言った妄想は、案外的外れと言う程でも無いらしい。

そしてもしその通りだとすれば、この娘を救う方法を、僕は今手にしている事になるのだ。

ならば、こんな僕でも救える心があるのなら、それを戸惑う理由は何処にもない。

 

(そんな……、私が、この子を泣かせて……)

「違います主、私に意思などありませんっ!

例えあるとしても、貴方がこの涙の原因だなんて事はないっ!」

 

 と言ってから、闇の書は僕に向けて険しい顔を向けた。

明らかに怒りの表情を顕にしながら、両手で手刀を作り、小声で断空一閃と呟く。

次の瞬間闇の書の両手に薄暗い紫の魔力光が収斂、恐るべき魔力付与攻撃と化した。

 

「主を惑わせるな……これ以上、そのよく喋る口を開かせはせんっ!」

 

 叫びとともに、闇の書はこちらに向かって突進、両手で十字の軌道を描き振り下ろす。

僕もまた薬莢を排出、断空一閃を繰り出し、闇の書の攻撃と激突。

本来ならぶっ飛ばされている所だが、全身の魔力を絞り出してどうにか拮抗、鍔迫り合いをしながら僕は叫ぶ。

 

「ったく、お前ら似た者主従だなぁおい、お前ら2人を纏めて救う案を見つけたぜっ!」

「何を……!」

 

 吐き捨てるように言う彼女に、僕は真剣な顔を作る。

そして数日前、シグナムに言った言葉を思い出しながら、言ってみせた。

 

「俺が、勝てばいい」

 

 え、と。

僅かに闇の書の力が弱まったのを見逃さず、僕は彼女を弾き飛ばす。

明らかに動揺している彼女に、しかし僕は追撃をかけず、ただただ視線をやるだけに留めた。

 

「俺が勝てるなら、はやては俺の言う事を生き残りたいからついた嘘だなんて思わずに、シグナムとザフィーラの生存を信じられる。

闇の書、お前は暴走前に力づくで暴走を抑えてもらい、自分の思う通りに主に仕える事ができる。

どうだ、2人の悩み、一気に解決できるだろ?」

 

 ついでに言えば、僕はシグナムとの約束を守る事だってできる、と内心で付け加える僕。

そんな僕を尻目に、主従は輪唱した。

 

(出来るわけがあらへん)

「出来るわけがない」

 

 軽く視線を辺りにやると、なのはらもまた不安そうに僕を見つめている。

そんな事できるのか、今までだってギリギリ拮抗していた所だったのに、と言う心の声が聞こえてきそうなぐらいだ。

だが、僕は未だ狂戦士の鎧も切り札のフルドライブも、どちらも使っていない。

勿論、だからといって勝てるとは限らないだろう。

同じように闇の書とはやても全力を出していたとは限らないし、僕の全力がそれに届くとは限らない。

 

 けれど、僕の中には不思議な確信があった。

勝てる。

僕は彼女ら2人を、必ず救える。

プレシア先生を救った時と同じ、不思議な確信が僕の胸にはあったのだ。

だから、僕は叫ぶ。

 

「いいや、俺は勝つ、必ず勝ってみせるっ!

なぜなら俺は……次元世界最強の魔導師だからだっ!」

 

 そう、心がいくら弱くとも、僕にはこの最強の肉体があるのだ。

だから勝てる、必ず救える。

そう信じなければ、この難事に挑む事すらできないのか。

それとも、本当に僕の霊感がそう言っているのか。

どちらにせよ、僕はそう叫んだ。

天に向け、そう叫んでみせたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「おぉぉぉっ!」

「たぁあぁっ!」

 

 叫びつつ、僕と闇の書は共に断空一閃を発動。

ティルヴィングと手刀が激突、僕が僅かに押し負け、剣を弾かれる。

この距離で剣を手放せば敗北に直結する、僕は多少の痺れを覚悟してティルヴィングをどうにか握りしめたままにした。

直後、風切り音。

斜め後ろに弾かれる僕の無防備な腹に、続く闇の書のもう一方の手刀による突きが迫り来る。

 

「バリアジャケット・パージっ!」

 

 既の所で僕の着ていたバリアジャケットのコートが爆発。

僕を吹き飛ばし、手刀の軌道上から回避させる。

空振った闇の書に、爆発の流れに乗りつつも手土産に一撃、ティルヴィングを振るった。

首を振って回避した闇の書は、頬に僅かな白光を残すのみで、カスり当たりしかしない。

舌打ちしつつ、魔力で足場を形成。

足場が壊れるほどの勢いで蹴り、間合いで勝る僕の方から突きを放つ。

 

「やれやれ、女の顔を傷つけるとはな」

「非殺傷設定だろうがっ!」

 

 魔力光を纏った手刀で突きを弾く闇の書。

僕はその慣性に刀剣を乗らせ、小さく半円を描く軌道で袈裟に斬りかかる。

しかしそれも、もう一方の手刀に防がれた。

どころか、込められた魔力の違いか、強く弾かれるティルヴィング。

少し無理にティルヴィングを握っていた僕ごとふっ飛ばされ、僕と闇の書の間に僅かな距離が空いた。

 

「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」

 

 ほぼ1秒間で、50近い直射弾が僕と闇の書の間に形成。

一つ一つがなのはのディバインバスター並の威力という凄まじい攻撃に、僕は必死で距離を詰めるも、間に合わずフォトンランサーの雨が降り注いだ。

僕は薬莢を排出、砲撃魔法を放ち正面の10個程の軌道を変え、その間に体を滑りこませ、どうにかそれをやり過ごす。

そして更なる距離を取ろうとする闇の書に、こちらも更なる薬莢を連続して排出しつつ、高速移動魔法を発動。

ヴォルケンリッターの記憶からか、それとも蒐集した魔法に狂戦士の鎧があるのか、僕の高速移動での曲線移動を知って為なのだろう。

防御ではなく迎撃を選択、闇の書は両手に魔力を纏い、十字に放つ断空一閃で僕のカートリッジを2つ使った断空一閃を迎え撃つ。

激突。

鍔迫り合いの形になり、戦況が一旦硬直する。

 

 僕は一応SSランクの近代ベルカ式魔導師で、近代ベルカ式はミッド式によるエミュレートである以上、ミッド式の魔法による中距離戦闘も可能だ。

しかし当然、僕をはるかに超える魔導師である闇の書を相手に勝ちを取りに行くならば、近距離戦闘に持ち込むしかない。

となれば、当然援護は距離が離れてしまった時にしかできず、あまり意味を成さない。

加えて、はやてと闇の書の心を確実に救うには、言い訳しようのない1対1での勝利が確実である。

更に決定的な事に、先程エイミィさんからの通信で一般市民の存在が確認され、その防御の為になのは達の手が必要だ。

その事から、僕はなのは達に1対1での戦闘を願い、そしてその通りに戦っている。

 

 しかし戦況は思わしくなかった。

純粋な魔力量で言えばジュエルシードを使ったプレシア先生の方が強かったのだが、闇の書に蓄積された戦闘経験が半端ではない。

恐らく、中距離戦闘に限定しない総合的な強さでは、闇の書はあの時のプレシア先生以上。

なにせ近接戦闘では両手にそれぞれ断空一閃を纏わせ、距離が離れた瞬間弾幕で更に距離を離し、広域攻撃魔法による撃墜を狙ってくるのだ。

こちらは一々カートリッジを使わねば断空一閃を使えず、通常斬撃では容易く弾かれてしまう。

距離が離れる度に、プレシア先生との戦いで身につけた弾幕の泳ぎ方でどうにか距離を詰めているが、あれは恐ろしい程の集中力を使う。

恐らくあと5回はできないだろう。

どう考えても僕は劣勢、というか自慢の勘が無ければとっくのとうに撃墜されている筈だった。

 

 しかしまぁ、相手が格上なのは予想通りではある。

僕はこのままでは敗北が目に見えている事を内心で再確認し、どうにか作った鍔迫り合いの硬直の中で、新たな魔法を発動した。

 

『狂戦士の鎧、発動』

「——っ!」

 

 闇の書が息を呑むと同時、僕の全身の隅々、至る所までバリアジャケットが根を張る。

続いてバリアジャケットのコートが再生、魔力量とカートリッジこそ減ったものの、動作の阻害率は開戦時と同等まで戻った。

野獣の笑みを浮かべつつ、僕は高速移動魔法の原理でティルヴィングに押し出す力を付与。

腕の筋肉を断裂させながらも闇の書の両手刀を弾き、がら空きとなった腹に蹴りを打ち出す。

 

「か、はっ……」

 

 肺の空気を吐き出しながら、闇の書は背後のビルへと吹っ飛んでいった。

それを僕は高速移動魔法で追いかけつつ、カートリッジを込めなおしながら誘導弾を5つ形成。

闇の書がビルにめり込み、そこに微妙にタイミングをずらした誘導弾が激突する。

ガンガンガンガンガン、と5回音を立てつつ闇の書はビルの反対側まで貫通、宙に放られたと同時、追いついた僕がティルヴィングを振るった。

 

「づあぁぁっ!」

『断空一閃、発動』

 

 白光を纏う一撃を、しかし辛うじて闇の書が防御魔法を展開、受け止める。

だが断空一閃なら闇の書の防御を貫通出来る筈、ここで終いだ。

と思ったその瞬間、背筋に悪寒。

咄嗟にGを無視して高速移動魔法を発動、あばらが数本折れるのと引換に後退する。

 

「バリアジャケット・パージ!」

 

 直後、大轟音。

闇の書のバリアジャケットが爆発、僕をすら一撃で昏倒させうる超威力の攻撃を発したのだった。

敗北の鎌が首筋をカスっていた事に冷や汗をかくが、まだ闇の書の攻撃は終わっていない。

距離が空いた以上、今度は闇の書の独壇場だ。

 

「闇に沈め——デアボリックエミッション!」

 

 直後、闇の書の右手に黒い魔力が収斂、デアボリックエミッションが発動した。

すぐに黒い球体が巨大化、まるで台風のような圧力を持ってして僕へと迫る。

明らかに最初の様子見の一撃とは違い、殺意の篭った一撃である。

僕は舌打ちしつつ薬莢を排出、強化した防御魔法を展開。

どうにか防ぐが、効果時間の長いそれに、ミシミシと音を立てながら両腕の骨にヒビが入る。

 

『身体損傷率、25%。

再起不能まであと50%です』

「くっ、分かっている」

 

 狂戦士の鎧はダメージを無視して行動できる魔法ではあるものの、決してダメージそのものが無くなる訳ではない。

なので闇の書ははやての体を傷つける事を厭い使わないだろう、と言うのは僕の読み通りだ。

しかしそれは僕にも言える事で、ダメージを無視した行動も無限にできる訳ではない。

当たり前だが、狂戦士の鎧を解いた瞬間死んでしまう所までダメージを受ければ、魔力が切れた瞬間死んでしまうのだ。

加えて言えば、狂戦士の鎧無しには二度と動けない所までダメージを受けた再起不能状態になるのも、好ましい展開とは言えない。

なので速攻を心がけたのだが、こうやって遠距離戦闘になってしまえば、ジリ貧になるのは目に見えている。

このままではフルドライブからの最強魔法の発動に必要な身体損耗率すら残らないかもしれない。

 

 内心舌打ちしつつ闇の書を睨みつけると、同時に僕の背筋に悪寒が走った。

恐るべきことに、闇の書はデアボリックエミッションの発動中だと言うのに、残る左手を掲げ、こんな事をつぶやきはじめたのだ。

 

「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

 

 同時、闇の書の左手に桃色の魔力が集まり始める。

かつてなのはが見せた収束魔法独特の魔力の集まり方に、悪寒どころか死の予感が全身に走った。

が、今の僕はデアボリックエミッションの防御で精一杯、それ以上の行動などできはしない。

せめてもの抵抗として、なのは達に念話で呼びかける。

 

(くそ、闇の書がデアボリックエミッションを放ちながらチャージしてやがる!

次、スターライトブレイカーが来るぞっ!)

(嘘っ!?)

 

 悲鳴を上げながら、デアボリックエミッションの範囲外から見ていた皆が後退。

防御の準備をするのを確認しつつ、僕は視線の力で奇跡的に闇の書がチャージ動作を誤る事を期待するしか無かった。

当然、そんな不思議な奇跡が起こる事はなく、デアボリックエミッションの終了と殆ど同時、闇の書はチャージを終え、告げる。

 

「貫け閃光、スターライトブレイカーっ!」

「く、そぉおおぉぉっ!」

 

 絶叫しつつ、第2弾との僅かな間隙に僕は雀の涙程度の距離を取り地面に降り立ち、カートリッジを連続使用。

残るカートリッジ5発を全て排出し、今までで最硬度の防御魔法を展開する。

無理なカートリッジの使用でリンカーコアに激痛が走り、体にかかる負荷が超常の機動で傷ついていた臓腑から血をにじませ、喀血させた。

その直後であった。

闇の書は左手の桃色の光球を、眼下に向けて発射。

地面に激突したスターライトブレイカーは、半球型の光のドームと化し、光の爆発を起こす。

 

「うおおぉおぉっ!」

 

 叫びつつ、僕はスターライトブレイカーの恐るべき圧力に対抗。

構えたティルヴィングを支える両腕の骨がついに折れ、体を地面に突き立てる両足の骨も嫌な音を立てて骨折した事を伝えてくる。

激痛に視界が真紅に染まるのを耐えつつ、僕は歯噛みしてこの時間が過ぎ去るのを待っていた。

しかし、最悪な事態はまだ終わっていなかった。

更なる凍土が背筋に生まれ、今度こそ死神の鎌が首筋に当てられるのを僕は感じる。

なんと、闇の書がまたもや右手に魔力を収斂。

流石にチャージが遅くなっているものの、またもやデアボリックエミッションの発動準備をしているのであった。

 

 不味い、と僕は内心舌打ちする。

このまま連続広域攻撃魔法を連発するのは、恐らく次のデアボリックエミッションで限界だろう。

だが、カートリッジを使い果たした僕に次の防御は不可能、できても遠くまでふっ飛ばされ、今以上の劣勢になるのは確定的。

となれば、数秒程しかない広域攻撃魔法の間に、防御魔法を解いて長距離高速移動魔法を発動、更に攻撃魔法を発動して斬りかからねば、恐らく僕の敗北は確定する。

 

 一応、不可能ではない。

不可能ではないのだが、それにはティルヴィングをフルドライブさせるのが必要になり、その為にはカートリッジが最低1発必要なのだ。

今それを込めるには片腕で防御を続けなければならないのだが、それには腕のダメージが大きすぎる。

魔力に余裕があれば防御魔法を強化してダメージを抑える事も可能なのだが、既に僕は限界近くまで魔力を使用しているのだ。

後の攻撃に使わねばならない大魔力を考えると、これ以上の魔力の消耗は不可能である。

 

 駄目なのか、と諦めが頭の中を過ぎった。

僕は、プレシア先生を救えた筈だった。

完璧に誰しもが幸せになる、ハッピーエンドを導き出す事ができた筈だった。

けれどそれはただの偶然で、僕がほんの僅かでも強くなれていたから得られた幸せではなかったのか。

絶望に、心が暗く落ちてゆくのを僕は感じる。

 

(ティルヴィング、何か手は思いつかないかっ!)

(いいえ、何も)

(もうちょっと考えてくれよっ!?)

 

 断言するティルヴィングに、内心ズッコケそうになりつつも、必死に残る精神力で様々な思索をしてみせた。

カートリッジを弾丸のまま暴発させて、一瞬の均衡を作るのはどうか。

いや、僕へのダメージが大きすぎて最後の一撃が打てなくなる、というか打てるが僕が死ぬので却下。

本来保留でもいいが、今回僕が死ぬと、元々少ない闇の書の管制人格を救える可能性がゼロになってしまう。

バリアジャケット・パージを再度使うのは。

いや、手段は悪くないが、僕のバリアジャケットの外装に込められている魔力では1秒も時間が稼げない、だが試す価値はあるか。

そう思い、バリアジャケット・パージを試そうかと言う、まさにその瞬間であった。

グッ、と僕の中に、余剰魔力が発生した。

目を瞬く僕の脳裏に、リニスさんからの念話による会話が走る。

 

(ウォルター、危ないようでしたので、私がプールしておいたウォルターの魔力を今返しました。

主と使い魔は、一心同体。

そもそもあちらとて八神はやてと管制人格、防衛プログラムの3人がかりなのですから、これでも1対1のうちでしょう?)

(ありがとう、リニスさん……!

恩に着るぜっ!)

 

 叫びつつ防御魔法を強化、減じた圧力に片手でティルヴィングを持ち対抗し、その合間に懐から取り出したカートリッジを全弾込める。

再び両手持ちに戻り、僕の様子に眉を上げる闇の書相手に、野獣の笑みで笑いかけた。

直後、スターライトブレイカーの攻撃が終了。

同時に防御魔法を解き、カートリッジを排出した。

 

「ティルヴィング、フルドライブっ!」

『ソードフォルム・エクステンドギア、変形』

 

 変形といっても、アームドデバイスたるティルヴィングに形状変化は少ない。

鍔の部分が上下に別れ、合間から魔力煙排出機構が外に張り出すだけと言うシンプルな変化でしかないのだ。

しかし、その効果たるや絶大。

耐用魔力量が3倍に跳ね上がって僕の最大運用魔力を受け止められるようになり、残る全魔力の殆どを使う一撃を放つ事ができるのだ。

そう、プレシア先生の教えにより、僕も最大運用魔力が魔力量に比して高い、準大魔導師と言える存在となっていた。

僕は残るカートリッジをロードし、叫んだ。

 

「行くぞ……韋駄天の刃っ!」

『韋駄天の刃、発動』

 

 直後、僕のバリアジャケットが変形。

首筋の辺りから頭部を守る兜が発生、狂戦士の鎧が先程までと違い、頭部を含めた視界確保部分と呼吸用部分以外の全身を覆う。

これでもう闇の書のデアボリックエミッションの準備はほぼ終了してしまったが、何の問題も無い。

次の瞬間白光が全身を覆い、僕は超速度で闇の書へと突貫していた。

 

「断空——」

『一閃、発動』

「なっ!?」

 

 驚いた闇の書は咄嗟にデアボリックエミッションを中断、一瞬で断空一閃を両手に纏わせた。

僕の斬撃を片手の手刀で防ぐも、圧倒的速度による破壊力に抗いきれず、弾かれる。

だが闇の書には残るもう片手が残っており、単純に見れば僕の敗北は明らかだ。

だから、僕はすぐに二撃目を放つ。

 

「二閃っ!」

 

 絶叫とともに、半回転しつつ次ぐ一撃。

残る闇の書の断空一閃を弾くも、反射的になのだろう、闇の書の防御魔法が発動する。

が、僕の攻撃はまだ終らない。

 

 韋駄天の刃は、狂戦士の鎧の応用といえる魔法である。

狂戦士の鎧の特徴の一つとして、バリアジャケットを動かす事によって、中の肉体を動かす事が可能だと言う事が挙げられる。

その特徴を限界まで強めたのが、韋駄天の刃と言う魔法だ。

 

「三閃、四閃、五閃っ!」

 

 続く突き、切り上げ、袈裟と連続した攻撃で、防御魔法を破壊した上に、バリアジャケットの機能を破壊しつくす。

毛細血管が切れた目から、血の涙が流れ始めた。

痛みにより元々真っ赤だった視界に、血液の赤が入り混じり始める。

 

 韋駄天の刃は、要するに予めプログラムしておいた通りにバリアジャケットを動かし、同様に内部の肉体も動かす魔法である。

ただし、その速度が飛行速度一つとってもフェイトの数倍あると言う、超常の速度であるのだが。

勿論その発動によって肉体は過大なダメージを受けるため、即死しないよう狂戦士の鎧の併用も前提条件だ。

 

「六閃、七閃、八閃っ!」

 

 耳や鼻からも出血しつつ、防御面が丸裸となった闇の書へと斬撃を叩きこむ。

それでも恐るべき戦闘経験が僅かに芯をずらし、意識を無くす徹底的な一撃を回避してきた。

しかしそれでも魔力ダメージが強いのだろう、目を朦朧とさせている。

 

 加えてフルドライブ状態のティルヴィングであれば、僕の無闇に多い魔力を使いきれば、最大で11発もの断空一閃が連続で放てる。

勿論通常状態であれば負荷で僕が即死してしまうのだが、予め身体へのダメージが最小限になる動きをプログラミングしておく韋駄天の刃であれば、死なずに使用可能だ。

 

「九閃、十閃……」

 

 続く二撃は、最早死に体となった闇の書に、吸い込まれるようにして激突した。

同時、僕は振り切った体を回転、ベクトルを横から縦に入れ替え全力の一撃を繰り出す。

そして意識も魔力も残る全てを賭けた、最後の断空一閃が発動した。

 

「……十一閃っ!」

 

 絶叫と共に振り下ろした剣が、無防備な闇の書へと突き刺さる。

超大な魔力ダメージが闇の書のリンカーコアに過負荷をかけ、その意識をも奪い取った。

完全に闇の書の意識を失ったのを最後に、僕の意識もまた閉ざされていく。

それでも最後に、内心で僕はこう叫ぶのであった。

 

 ——勝ったぞ、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それはまるで、神話の世界の出来事であった。

白と黒紫の魔力光を帯びた超絶の技の交錯、続く黒い太陽のごとき魔法と星砕きの桃色の光球。

それら全てを乗り越え、ウォルターは白光煌めく超速度の刃を連続で放ち、暴走前とは言え圧倒的な力を持つ闇の書を下してみせたのだ。

 

「ウォルターっ!」

 

 が、闇の書が意識を落とした直後、ウォルターもまた意識を失った。

黒衣をはためかせながら落下するウォルターに、リニスが悲鳴を上げ飛び出す。

リニスがフェイトに次ぐスピードを持っていた事も味方したのだろう。

リニスは出遅れたなのは達に一歩先立ち、闇の書のすぐ近くを落下していたウォルターを抱きとめる。

正に、その瞬間であった。

リニスの帽子に隠れた猫耳が、不吉な言葉を耳にする。

 

『防衛プログラム再起動開始。

最優先排除指定敵性個体の近接を確認、管制人格に応答願う。

……応答無し、最優先指定魔法である吸収及び闇の書の夢、発動』

 

 闇の書の内部から流れる言葉に、リニスは抱いたウォルターと共に咄嗟にその場から逃れようとするも、失敗。

2人の肉体が白光に包まれ、次の瞬間、その場から消え去った。

 

「ウォルター君……?」

「リニス……?」

 

 遅れて闇の書を抱きとめたなのはとフェイトは、目を瞬き呟く。

2人の言葉に答える者はおらず、その言葉は風に乗って消えてゆくのであった。

 

 

 

 

 


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