仮面の理   作:アルパカ度数38%

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3章6話

 

 

 

 気づけば、八神はやては薄ぼんやりとした暗闇の中に座っていた。

闇の書の内部空間、暴走前の覚醒状態の時、外の世界を見ていた場所だ。

今は意識が途絶えているのか、外の光景は見えず、ただただ暗闇が広がるばかりの場所である。

そんなはやての目前に、闇の書の管制人格が立っていた。

意識が覚醒に向かうのと同時、はやては目を見開く。

思わず立ち上がろうとして、それから自分は精神空間でさえも足が動かず、車椅子に座っている事がわかり、内心苦笑した。

上げようとしていた腰を落とし、それから呟く。

 

「負けちゃったなぁ……」

「えぇ……、完全敗北でした」

 

 完敗であった。

はやてと管制人格、防衛プログラムの三位一体となった闇の書は、暴走前の状態としては闇の書史上最強の状態であった。

別に、暴走前の闇の書に勝利して闇の書を止めようとした人間は、ウォルターが初めてではない。

最大で高位魔導師10人の連携を持ってして挑まれた事もある。

しかしそれを持ってしても、純粋な出力が一定以下の魔法をキャンセルできるバリアジャケットを持つ闇の書相手では、何の意味もなかった。

そも、闇の書のバリアジャケットを突破した魔導師ですら、ウォルターを含め片手の指で数えきれる程だったのだ。

故に闇の書はこれまでの歴史において不敗、聖王級の相手ですら闇の書に勝てる事は無かった。

 

 だが、ウォルターは闇の書に勝ってみせた。

喋る暇も無いぐらいに全力だったはやてを含む闇の書を、ウォルターは負かせてみせたのだ。

はやては、目前のウォルターがどれだけ必死に戦っていたのか、誰よりも承知していた。

闇の書の歴史を僅かながら知り、管制人格の力で相手の肉体の状態が分かるようになっていたはやては、ウォルターの怪我を全て見切っていたのだ。

骨が折れ、臓腑が潰れ、血を穴という穴から吹き出させながらも、ウォルターは戦った。

その必死さが、はやての心から憎しみを取り除こうとする精神が、そうさせたのだろうか。

あれだけはやての心の中を暴れまわっていた憎しみが、嘘のように爽やかに消えていた。

 

「本当に、完敗や」

 

 自嘲を混ぜ、はやては呟く。

全くもって、力でもそうだが、心でもこれ以上ない敗北感をはやては味わっていた。

はやては見当違いの誤解でウォルターを憎み、殺しかねないぐらいに力を込めて戦った。

だのにウォルターははやての誤解を解くために全身全霊を込めて戦い、はやてのために全てを賭して勝利の栄光を掴んだのだ。

これ以上ない、なのに何故かすっきりとした敗北感に、はやては苦笑する。

 

「結局、誤解やったんやろうな、シグナムとザフィーラの事」

「はい。闇の書には過去の技術の多くは蒐集されていますが、最新鋭の技術は蒐集されていません。

ウォルターを蒐集した時に全ての魔法を蒐集しきる事はできませんでしたから、その際漏れた技術に魔力譲渡の技術があったのでしょう」

 

 淡々と告げる管制人格に、はやては胸に手を当てる。

体温が掌につたい、その奥にある肉の暖かさを伝えた。

はやての胸の奥には、新たな願いが生まれつつあった。

誤解から生まれた憎しみは過ぎ去り、代わりに希望に満ちた展望がはやての心に浮かんでくる。

 

「私は、卑怯な子やな。

ウォルター君に申し訳ないって気持ちは勿論あるんやけど、同じぐらい、生まれた希望が心の中を占めとる。

生きたい。

健康に生きて、私の騎士達と一緒に過ごしたい、ってな」

 

 管制人格は、痛ましげな顔で歯噛みした。

膝を折り、はやてに視線を合わせる。

銀麗の髪が僅かに踊り、闇の中だと言うのに輝きを散らした。

 

「仕方のない事です。

ウォルターへの誤解は状況と判断材料を考えれば、あっても可笑しくない物。

むしろ、貴方の騎士でありながら真実を察する事のできなかった私こそが責められるべき事です。

加えて、生まれた希望に心踊らせるのは、当たり前の事でしょう」

 

 そう告げる管制人格に、はやては顔から笑みを消した。

真摯な瞳を、管制人格の瞳に向ける。

僅かにたじろぐ管制人格に、はやては手を伸ばした。

その白磁の頬を小さな手で撫で上げながら、言う。

 

「ウォルター君の事を誤解して傷つけてしまった罪は、私が償わなあかん」

「しかし……っ!」

 

 反論する管制人格に、はやては手を額に移動させ、でこぴんを放った。

ひゃう、と声を上げて、管制人格は顔を伏せ額に手をやる。

可愛らしい仕草に、はやては僅かに笑みを漏らしたが、管制人格が視線を戻すより先にその笑みも消した。

少し涙目になりながら様子を伺う管制人格に、はやては語りかける。

 

「それが私のマスターとしての勤めや。

貴方のマスターは、今は私やで?」

 

 言いつつ、はやては僅かに身を乗り出し、管制人格の頭を撫でた。

極上の絹のような肌触りの髪を撫で付けつつ、はやては思う。

怖くないと言えば、嘘になる。

ウォルターが良い人なのは知っている。

けれどはやては、誤解でその良い人なウォルターを、殺しかねないぐらいに憎んでしまったのだ。

そこまでの誤解を受けて、それこそ死にそうになりながらでないとその誤解を解けなかったウォルター。

そんな彼が簡単に自分の事を許してくれるとは、はやては思っていない。

その償いに、どれだけの罰と覚悟が要るだろうか。

想像するだけで、心が折れそうな重荷だった。

けれどその重荷を誰かに渡して逃げる事だけは、したくない。

ウォルターの与えてくれた胸の熱さは、はやてにそうさせるだけの熱量があった。

 

「……分かりました、主よ」

 

 それでも、心細さが湧いてくる事をはやては避けられなくて。

だからはやては、管制人格の頭を、軽く抱きしめた。

お腹の辺りに管制人格の擬似体温が伝わり、管制人格が一つの生命といえる事を、改めてはやては実感する。

そんな風に体温を伝わらせてくれる彼女が愛おしくて。

はやてが管制人格の名前を呼ぼうとし、名前が闇の書としか言いようがない事に気づき。

そしてそんな時に、はやては僅かに覚醒の前兆を捉えた。

意識が現実に引き戻され始めるのを感じ、その前に、とはやては告げる。

 

「勤めといえば、もう一つあったなぁ」

 

 管制人格が僅かに身を引き、はやての顔を見上げた。

潤んだ瞳の彼女の両頬に手をあて、はやては続ける。

 

「名前をあげる。

もう闇の書とか、呪いの魔導書とか、呼ばせへん。

管理者のわたしにはそれができる」

 

 臨界を超えた管制人格の赤い瞳から、ついに涙がこぼれた。

はやては、管制人格に正面きって出会うのは今日が初めてだ。

けれどこれまで、はやては何者かが自分の事をずっと見守っていてくれた事に、無意識のうちに気づいていた。

初めて騎士達と出会い、驚いた時も。

騎士達に愛情を注いでいる時も。

一人寂しく、留守にした騎士達に涙しそうになった時も。

どんな時も、はやては自分を見守る暖かな視線があった事に気づいていた。

ぼんやりとした記憶でありながらも、夢のなかで幾度も出会った事に気づいていた。

だから、はやては告げる。

自分にできる、管制人格へと注げる最高の愛情を告げる。

 

「夜天の主の名において、汝に新たな名を送る」

 

 誰かに名前を与えるのは、生まれて初めての事だった。

だから上手くできるかは自分でも分からない。

けれどそれをする事ができるのが自分しか居ないと決まっているのだから、はやては全力を賭して管制人格に名付ける。

 

「強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール」

 

 今まで呪われた名でばかり呼ばれてきた子だから。

誰よりも祝福された子であれと、祈りを込めて。

 

「リィンフォース」

 

 はやては、リィンフォースの額に口付けた。

その瞬間、ついに目覚めの瞬間がやってきた、とはやては自覚する。

ウォルターが与えた超大な魔力負荷が、リィンフォースとはやてのリンカーコアからようやく抜け出たのだ。

現実に帰還する寸前、はやては思う。

目覚めたら、きっとそこに居るだろうウォルターに礼を言って、そして謝ろう。

許してくれるとは思えない。

償いには、きっと長い道のりが必要だろう。

けれど、この子と愛しい騎士達と一緒ならば、私はその道を歩んで行ける。

そう思いながら、はやての意識は覚醒に向かっていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 あっ、とフェイトが呟くのに、なのはは闇の書へと視線を合わせた。

ゆっくりと瞼を開く彼女に、なのはとフェイトは距離を取り、デバイスを構える。

即座に戦闘に移れるようにした彼女らの目前で、闇の書は辺りを見回し、訝しげに告げた。

 

「……ウォルターは、一体どうしたのだ?」

「貴方を気絶させた後ウォルターも気絶して、リニスがそれを抱きとめた瞬間、貴方の魔法が発動し……姿を消しました」

 

 何処か冷たい声で告げるフェイト。

なのはも、ウォルターと闇の書が共に気絶した時、正直勝負が決まったと思った。

なのでその後に後にウォルターが消し去られてしまった事が、どうしても卑怯な手段に見えてしまい、あまりいい感情を持てない。

対し闇の書は、僅かな思案の後に告げる。

 

「そうか、私が負けた後に防衛プログラムが再起動し、近接するウォルターに自動防衛魔法として吸収魔法を使ったのか……。

主はやて、念話を」

(うん。なのはちゃん、フェイトちゃん、聞こえますか!?)

「あ、はやてちゃん!」

「はやてっ!」

 

 反応するなのはとフェイトだったが、喜色の声をあげてから、再び警戒を顕にデバイスを握りしめた。

はやての誤解が解けたのなら兎も角、もし解けていなければ最悪の状況だ。

冷や汗を浮かべる2人に、しかしはやては閉口一番に告げた。

 

(ウォルター君の事が誤解だったんは、分かった)

 

 ほっとなのはとフェイトが肩を下ろすが、しかしはやては続きを口にする。

 

(だからウォルター君を脱出させてあげたいんやけど、それには防衛プログラムをもう一度落とさなあかんのや。

私の方でこれから防衛プログラムを書本体から切り離して、それで防衛プログラムは止まる筈なんやけど……。

えっと、この魔法はウォルター君の使ってた魔法かな?

なんかやたら怪我しても動ける魔法があって、防衛プログラムはそれを使うて動けてしまうみたいなんや。

けれど一度敗北してコア部分に魔力負荷がまだ残ってるし、私もリィン……管制人格も妨害に加わる。

だから多分、なのはちゃんとフェイトちゃんの2人がかりなら、魔力ダメージで堕とせる。

そうすれば、私とヴィータとシャマルとウォルター君にリニスさんが出てこれるんや)

 

 とはやてに説明されたものの、魔法学問に疎いなのはには今一どうすればいいのか分からない。

冷や汗をかきながら、なのはは隣のフェイトに視線をやる。

 

「え~と、つまり……」

「私となのはの全力全開で、ブチのめせばいいって事」

「さっすがフェイトちゃん、分かりやすいっ!」

 

 喜色満面に杖を構えるなのは。

それに苦笑しつつ、フェイトもまたバルディッシュを構える。

まるでそうする事が当たり前のように、躊躇なしにはやてを助けようとする2人に、思わずはやては零した。

 

(その……ええんか、私を救う事になるんやで?

そりゃ、ウォルター君を助けるのにも必要な事やけど……)

 

 消え入りそうなはやての声に、なのはは僅かに目を細めた。

プレシアをも救ってみせたウォルターは、なのはにとって目標に当たる人間だ。

あんなふうになってみたい。

あんなふうに人を救える力が欲しい。

そう思ってなのははこの半年ほど、魔法の練習を積み重ねてきた。

だから、ウォルターが実質相打ちだったのには、確かにショックを受けた。

 

「ウォルター君を助ける為だけ、じゃあないよ」

 

 そう告げ、なのはは闇の書の瞳を見つめる。

未だに拭いきれぬ絶望に染まったその目は、悲しみの色を醸し出していた。

今にも再び泣きそうな目を、心では泣いているかもしれない目を、していた。

 

 だが、ならばウォルターが負けたのかと言えば、違う。

ウォルターの勝ちとは一体何か?

相手の心を救うことなのだ。

その一点のみに焦点を絞れば、ウォルターははやてと闇の書の管制人格を救えている。

けれどまだ完全に救いきる事はできず、目標を完走する事まではできていない。

けれど。

だけれども。

ウォルターの残したバトンはまだ続いている、なのは達の手に渡っている。

ならばなのはは、自らの内から響く心の叫びに、応えたい。

だからなのはは、顔を伏せ自らの胸に手を当て告げる。

 

「ここがね……、叫んでいるんだ。

泣いている子を救ってあげてって、私の心が叫んでいるんだ」

 

 同時、なのはは面を上げ、一歩踏み出した。

靴裏が地面を捉え、その圧倒的圧力により土埃が僅かに舞う。

世界が震えるかのような、凄まじい踏み込みであった。

その体重は軽く羽のよう、武術の腕など無いに等しいなのはの踏み込みだ、震脚などと呼ぶに到底及ばない。

なのにその一歩は、誰もが背筋を震わせるような、圧倒的迫力に満ちていた。

自然、その圧に管制人格が半歩下がってしまう。

 

「だから私は、ウォルター君から受け継いだバトンを持って、最後まで走りきりたい。

はやてちゃんだけでなく、闇の書さん、貴方も救ってみせたいんだ」

 

 無言であったフェイトもまた、隣でバルディッシュを構え、半歩踏み出す。

その冷ややかな顔に、しかし莫大な熱量の篭った意思で、告げた。

 

「目の前で泣いている子を、放っては置けない。

私はそうやって救われて、今此処に居る。

だから私も泣いている子を、救ってあげたい。

自分と同じ苦しみを抱えている子に、手を伸ばしたいんだ」

 

 なのはとフェイトは、その真摯な瞳で闇の書を見つめる。

その言葉が伝わったのだろう、少しだけ涙ぐんだような声ではやては返した。

 

(……ありがとう、なのはちゃん、フェイトちゃん)

「今から私が引っ込み、防衛プログラムを切り離す。

準備はいいな?」

「はいっ!」

 

 輪唱する2人の声に、柔らかく微笑み、管制人格は小さく頭を下げた。

銀麗の髪が揺れ、火の粉が舞い散る結界内で綺羅びやかに輝く。

ガクン、と闇の書が脱力し、崩れ落ちそうになった。

が、それも一瞬、すぐさま体を起こし、その瞳でなのはとフェイトを見つめてくる。

意思の感じられない瞳に、これが防衛プログラムなのか、となのはは内心独りごちた。

 

「……行くよっ!」

「……行きますっ!」

 

 輪唱する2つの声が、結界に包まれた海鳴の街に響く。

直後、黄金の魔力光の帯が、続いて桜色の魔力光の帯が現れ、闇色の魔力光と踊るように交錯を始めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ふあぁぁあ」

 

 欠伸をし、リニスは両目を潤ませた。

口を覆い隠していた手をどけて、それからあたりを見回し、懐かしい場所に来ていた事に気づく。

そこは、かつてティグラ達と戦った、廃工場であった。

懐かしいとは言え苦い思い出に、思わず顔をしかめながらリニスは頭を回転させた。

先程、闇の書に間一髪で勝利を収めたウォルターは、意識を失い墜落しかけており、リニスはそのウォルターを抱きとめた筈。

その直後、闇の書が何らかの自動発動魔法を使い、リニスは意識を失った。

そして気づけば廃工場におり、欠伸をしていたのだ。

 

「……精神操作系の幻術か、それとも内部空間にでも取り込まれたのか。

まだ判断材料はありませんね……」

 

 呟きつつ、リニスはあたりを見回しながら廃工場の中を散策し始めた。

廃工場は、記憶にある限り、リニスの知る通りの構造であった。

細かい瓦礫の配置など覚えていないが、違和感を感じる部分は存在しない。

いや、一つそれがあるとすれば、ウォルターがティグラにふっ飛ばされて開けてしまった穴が、ふさがっている事だろうか。

疑問詞を浮かべつつ、リニスは慎重に奥へと進んでいく。

丁度、かつてティグラ達と戦った大部屋に入ろうとした、その時である。

大きな声が、リニスの耳へと帽子越しに聞こえた。

 

「おぉぉおぉっ!」

 

 急ぎリニスが大部屋の中を見やると、そこでは黒髪の少年とティグラとが戦っていた。

叫ぶとともに、黒髪の少年は黄金の巨剣を振り下ろす。

対するティグラはムラマサを振り上げ、2つの剣戟が激突。

一瞬の鍔迫り合いの後、ムラマサが敗北しふっ飛ばされる。

リニスの目は、黒髪の少年の持つ巨剣がティルヴィングである事を、即座に見抜いた。

 

「ウォル……いや、違う?」

 

 と声をかけようとして、リニスは黒髪の男が微妙にウォルターとは違う事に気づいた。

ウォルターは髪は柔らかく顔はやや中性的な印象で、対し目前の黒髪の少年は、髪は硬質で顔は男らしい印象を受ける。

非常によく似ている顔だが、微妙な差異があるのは確認できた。

そして魔力もウォルターがSSランク、当時でもSランクあったのに対し、少年はAAランク相当といった所であった。

しかし代わりに、その剣技は神がかり的な強さである。

その後もティグラと打ち合っているが、魔力量の不利を、先のウォルター以上とすら思える超絶な技量で補って余りあるのだ。

それを呆然と見つめていたリニスの耳に、また別人の声が聞こえた。

 

「今だ、チェーンバインドっ!」

 

 叫ぶと同時、白色の鎖が少年と離れたティグラを拘束。

黒髪の少年はその隙を見逃さず、ティグラに斬りかかろうとするも、その瞬間腹部に直射弾を受けた。

爆音の後、魔力煙が少年を覆い隠す。

チェーンバインドの主は舌打ち、すぐさま別の方向に再びチェーンバインドをいくつか打ち出す。

それを回避しつつ姿を表したのは、ナンバー12であった。

そしてチェーンバインドの主の、正体は。

 

「ウォルターっ!? 一体ここで、何を……!」

 

 と叫ぶリニスであったが、それに気づかぬ様子でウォルターはナンバー12に向けて幾種ものバインドを放つ。

黒髪の少年はすぐさまティグラとの戦闘を再開し、ウォルターはナンバー12を相手取った。

もしかして、リニスの声は聞こえていないのだろうか。

そんな風にリニスが現状を分析している間に、勝負はそれほど時間をかけずに終わった。

順当に黒髪の少年がティグラを下し、ウォルターがナンバー12を下したのだ。

 

「何故……何故、私が貴方に負けたんでしょうか」

 

 バインドで拘束されたティグラが、黒髪の少年に問う。

対し黒髪の少年は、ウォルターがよくするような男らしい笑みを浮かべ、告げた。

 

「あんたの信念に、俺の信念が勝ったからさ」

「信念……?」

 

 疑問詞を浮かべるティグラに、黒髪の少年が自らに刻み込むように言ってみせる。

 

「本当の自分に気づかず目を背けている奴が居るならば。

自らの信念に気づいていない奴が居るのならば。

そいつをぶっ飛ばして、本当の自分に気づかせてやるのが、俺の信念さ」

「それは、ウォルターの……!」

 

 思わず叫んでしまうリニスだったが、どうやらリニスの声が聞こえていないのは本当らしく、何の反応も無かった。

代わりにナンバー12を拘束したウォルターが近づいてきて、誇らしげに言う。

 

「そしてその道を作るのが、182が相手をぶん殴りにいく道を作るのが、僕の信念さ。

僕らは2人で1人、君等は2人バラバラ。

それも君等の敗因の一つだろうね」

「ま、俺と265のコンビに勝とうたぁ、百年早いってこった」

「……え?」

 

 思わず疑問詞をあげてしまうリニスに、しかし265と呼ばれたウォルターは誇らしげな笑みを浮かべていた。

自分の信念を横取りされて、ウォルターは一体何を言っているのだろうか?

頭の中が真っ白になってしまうリニスを捨て置き、場面は早々と移り変わる。

182と呼ばれた少年とウォルターは2人を管理局に通報し、逮捕させた。

どうやらこの空間のおけるティグラとナンバー12は管理局と無関係だったようで、彼女らが非道な目に遭った形跡は見られない。

2人は賞金の振込を携帯端末で確認した後、2人でクラナガンを歩いてゆく。

 

 その後ろをつけながら、リニスは呆然としていた。

念のためティグラやナンバー12を、魔力波形のパターンが本人と一致するか調べてみたが、明確な差異があった。

というか、先程まで戦っていた闇の書にほぼ一致する魔力波形であった。

これでこの空間は闇の書の内部空間である事が判明したのだが、同時にある真実がリニスの意識を揺らした。

ウォルターの魔力波形のパターンは、闇の書ではなくウォルター本人と一致しているのである。

ということは、あそこで182と呼ばれた少年の斜め後ろを歩いているのは、ウォルター本人な訳で。

 

 一体どういう事だ、とリニスが頭を真っ白にしつつも2人を追跡しているうちに。

ふと、リニスは見知った道筋を歩いている事に気づいた。

リニスはクラナガンに殆ど来た事は無く、歩いた事のある道の殆どはウォルターと共に歩いた物である。

ならば、とリニスが自分の行ったことのある場所を想起した直後、2人はたどり着く。

ナンバー12の夫である店主が運営する、ラーメン屋に。

 

「……え?」

 

 思わず立ち尽くすリニスを捨て置き、2人は屋台の安っぽい椅子に座り、ラーメンを注文する。

スキンヘッドの店主は反り返りながらハハハ、と笑い、陽気にラーメンを作り始めた。

死んだはずの人間が生きているその光景に、もしかして、とリニスはつぶやく。

ウォルターの救えなかった人間であるティグラやナンバー12が救われていて。

ウォルターがかつて、自分が殺してしまったと言った店主が生きていて。

これではまるで。

まさかとは思うけれど。

 

「此処はウォルターにとっての、理想の世界……?」

 

 言ってしまいはしたけれど、真実味の無い言葉だ、とリニスは思った。

ウォルターが救えなかった人が生きているのは、まだ分かる。

しかし、あのどこまでも熱く、人間的魅力と活力に富んだウォルターが、心の底では誰かの補助になりたがっていた?

冗談のようにしか聞こえないし、そんな事はありえないと思う。

けれど、リニスがウォルターに言葉を届ける事ができない現状、闇の書の内部空間に居る事実、リニスの魔法知識。

そしてなにより、ウォルターが今此処から脱出する努力を怠っているという現実。

それら全てが、この空間がウォルターの願望から生み出された空間なのではないか、とリニスに思わせていた。

 

「じゃ、ごっちゃんな~!」

「ごちそうさまです!」

 

 ウォルターのような威勢のいい言葉で182と呼ばれた少年が、違和感すらある丁寧な言葉使いでウォルターが言う。

そして2人はやっぱあそこのラーメンは不味いよなぁ、と歓談しつつ、クラナガンの街並みを歩き始めた。

リニスはそれ以上考える事を放棄し、2人の後を兎に角つけていく。

これ以上考えてしまえば、決定的な真実に辿り着きかねない、と本能が警笛を鳴らしていたのだ。

これまでの全てを覆しかねない、決定的な真実に、だ。

それでも主にしたいと思った相手の危険である、リニスは何も考えずとも、ウォルターの後をつけていく。

そうこうするうちに、2人はウォルターのアパートにたどり着く。

かつてと変わらぬ中に入り、2人はベッドとソファーの上にそれぞれ座り、口を開いた。

 

「今日も金になるわ、むかつく奴をぶん殴れるわ、ウハウハな日だったな」

「まーね。君が一々金にならない相手をぶん殴りに行こうとしなけりゃ、これぐらいの収入が日常になりそうなんだけど」

 

 皮肉気に言うウォルターに、リニスはショックを受ける。

例え冗談であっても、ウォルターが金と信念を秤にかけるような事を言うとは思えなかったのだ。

そんなリニスを尻目に、ヒヒッ、と悪そうに笑いながら182が続ける。

 

「それじゃあ、お前は左うちわな毎日がご所望かい?」

「まさか、今の毎日が一番さ。

君との約束が守られている日常が僕の望む所だよ」

 

 ウォルターの言葉に、182は眩しげな表情を見せ、窓の外を眺める。

ウォルターは席を立ち、窓を開け放って窓枠に座り、空を見上げた。

182は掌を天に向け、高く伸ばす。

それから万力を込めて掌を握りしめ、ゆっくりと腕を反転させつつ目前にまで持ってきた。

まるで全てをも掴めそうなぐらいに、力の篭った仕草。

 

「掴むんだ、求める物を。

俺はそれを、絶対に諦めない。

そしてその姿を、お前に見せてやるさ……だったな」

「そう……え?」

 

 と、言ってからウォルターは目を見開き、182の方を見つめる。

二人の視線が交錯するのに、リニスは思わずウォルターに目をやった。

リニスの胸中に、複雑な思いが錯綜する。

この光景が、ウォルターが信念無く誰かのサポートをする光景が、嘘であって欲しいと言う思い。

ウォルターが本当にこの光景を望んでいたのだとすれば、自分がウォルターにどれほどの苦痛を強いていたのかと言う思い。

それらを胸に抱き、リニスは胸に両手を当てる。

渦巻く感情は複雑で、自分がどうしたいのかもよく分からない。

けれどそんな迷いが胸に渦巻く時、何時もリニスの心にはウォルターの言葉が浮かんでくる。

リニスの願いどおり、プレシアをも救ってくれたウォルターの言葉が。

 

「ウォルター、気づいてください、此処は現実じゃあないっ!」

 

 気づけば、リニスはそう叫んでいた。

ウォルターの言葉の、何に突き動かされたのかすらリニスには分からない。

ただ、胸の奥の熱さが、自然とリニスにそんな言葉を吐かせていた。

それが届いたのかどうか、ウォルターは目を瞬き、つぶやく。

 

「僕は……約束……そうか」

 

 胸に手をやり、ウォルターは瞼を閉じた。

深く息を吸い、吐き、それからゆっくりと目を開ける。

泣きそうな顔で、ウォルターは告げた。

 

「これは……ただの、夢だ」

 

 瞬間、空間にヒビが入った。

ヒビはすぐさま世界を覆い尽くし、まるで鏡がそうなるかのように甲高い音を響かせ、割れる。

破片となった世界の奥には、ただただ広い暗闇が横たわっていた。

破片が闇の奥に消え去ると、闇の中だと言うのに不思議と輪郭までハッキリと見える、ウォルターとリニスだけが立ち尽くしている。

 

「知られちゃった、な」

 

 涙を堪えていると思わしき顔で、ウォルターは笑顔をつくり言った。

リニスは、何かを言わねばならない、と言う強迫観念に襲われ、口を開く。

しかし口は意味のなさない音をぽつぽつと漏らすだけで、何も言う事はできない。

疑問詞の渦巻くリニスの内心を悟ったのだろう、ウォルターは最低限だった精神リンクを最大にした。

 

「——っ!」

 

 リニスの脳内に、一瞬でウォルターの内心の全てが伝わった。

“家”の実験体だった日々。

その中で太陽の如く輝いていた、UD-182の存在。

死にゆくUD-182との約束と、被る事にした仮面。

弱気で陰気ながらも、虚勢で乗り切ってきた戦い。

救えなかった人。

救えた人。

それら全てをリニスが受け取った頃、精神リンクが使い魔との平均的な物に推移する。

 

 リニスは、ウォルターに何を言えばいいのか分からなかった。

慰めればいいのか、憎めばいいのか、それすらも分からずにリニスは立ち尽くす。

そのリニスに背を向け、ウォルターは臓腑から絞り出すような声で言った。

 

「……僕がどれだけ罪深い事をしているかは、ある程度自覚している。

どんな罰だって受けよう」

 

 言って、ウォルターは面を上げ、半ば振り向く。

虚飾の、しかしそれでもリニスの胸を熱く燃え上がらせる、炎の瞳がリニスを射抜いた。

 

「だけど、今は戦いが待っている。

僕のちっぽけな力を、それでも必要としている人達が居るかもしれないんだ。

だから、少しだけでいいんだ、待っていてくれ……」

 

 精一杯の力が篭った、願いの言葉だった。

ウォルターの膝は震えており、今にも崩れ落ちそう。

口先も痙攣を免れず、その奥にどれだけの恐怖を隠しているのか手に取るように分かる。

だから、リニスはふ、と小さく微笑んだ。

柔らかな声で、告げる。

 

「そうですね、全てはこの戦いが終わった後に」

「……ありがとう」

 

 言って、ウォルターは胸元を掴み、小声でセットアップ、と告げた。

直後黄金の巨剣が発生。

それを直上に向けながら、ウォルターがティルヴィングに命令をする。

 

「突牙巨閃、行けるか」

『イエス、マイマスター』

 

 その両手の先に、超大な魔力が発生。

刀身の先に白い光球を作り、ウォルターの顔を白光で染める。

次いで、ウォルターがその魔法の名を告げた。

 

「突牙巨閃!」

 

 極太の白い光線が、暗い空間の天蓋へ向け、発射される。

魔力的な拮抗が空間を揺らすが、それも一瞬。

空間は白い光線に破壊され、全ては現実へと回帰した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「う、あ……」

 

 呟きながら、僕は目を瞬く。

視界には、ルビーの輝きの瞳を潤ませた金髪の美女が見えた。

誰だっけか、と脳内で数度その光景を咀嚼、ヴォルケンリッターのシャマルの姿だと気づくと同時、僕は体を跳ね上げようとして——。

視界が真紅に染まる、激痛が走った。

 

「う、づぅっ!」

「あっ、まだ動かないでくださいっ、生きているのが不思議なぐらいな重傷なんですからっ!」

 

 言われ、僕は体にかかっている浮遊魔法に身を任せ、脱力。

首元にかかった待機状態のティルヴィングに視線をやると、緑色の宝玉が明滅、僕の求める答えをはじき出す。

 

『マスターの肉体は骨折が約80箇所、動脈が8箇所で切断、肺や腸に穴が空き、肝臓が少々潰れ、五感にもやや異常が。

その他軽症が多々ありますが、主な損傷は以上になります』

「た、たまに思うけど、俺ってよく生きているな……」

 

 あまりの重傷っぷりに、自分でも冷や汗がダラダラと出てきた。

韋駄天の刃は使った事はあるものの、これまでは最高で四閃までに留めてきたので、全力全開の代償を聞くのはこれが初めてである。

自分で自分に呆れる僕に、リニスさんがシャマルさんと共に視界に入った。

ピンっと人差し指を立て、井桁を浮かべながら言う。

 

「そんな大怪我を負うような魔法、使っちゃメッ! ですからねっ!」

「韋駄天の刃といいましたか、その魔法は当分使用禁止ですっ!」

「あぁ、俺も予想外の大怪我だ、もう滅多な事では使わねぇさ」

 

 予定ではこの半分ほどの怪我で済む筈だったのだが、予想を大きく超えて、マジで死にかける事になってしまった。

流石の僕も、滅多な事が無ければ韋駄天の刃はもう使わないようにしよう、と内心誓う。

いや、それ以前に、僕はリニスさんに命を賭して償いをしなければいけないので、そもそも韋駄天の刃を使う状況が来るかどうかも分からないのだが。

思わず暗くなる内心を捨て置き、ようやく僕は周りに目が行くようになる。

なのはとフェイト、ユーノとアルフにクロノとリニスさん、アースラ組。

はやてにヴィータにシャマルにシグナムとザフィーラ、八神家組。

全員がこの場に揃っていて、どうにか僕の言葉が届いてくれた事に、不覚ながら涙さえ出そうになる。

必死でそれをとどめつつ、僕は口を開いた。

 

「シグナム、ザフィーラ、2人とも無事にはやてとまた会えたんだな」

「あぁ、ハラオウン提督の計らいでな」

「あの御仁には感謝せねばなるまい」

 

 告げる2人に、内心ほっとため息をつきつつ、僕ははやてに視線をやる。

チラチラとこちらを伺いながら、杖に縋りつくようにしている彼女に、声をかけた。

 

「その髪と目、管制人格とユニゾンできたのか」

「あ、うん、リィンフォースって名付けたんよ」

「そっか、良かった」

 

 言って笑顔を作る。

闇の書を夜天の魔導書と呼び替えるのは思いついたが、新しく名前をやると言うのは思いつかなかった。

想像もしない方法で管制人格……リィンフォースの心を救ったはやてに、内心尊敬の念を抱く僕。

すると、おずおずとこちらを伺っていたはやてが、目に涙を貯めた。

首を左右に振り、涙を空中に零しながら叫ぶ。

 

「良かったって……私のせいで、ウォルター君はそんな大怪我をっ!」

「あー、いーっていーって、とりあえずその話は後だ、まだこの後防衛プログラムの暴走があるんだろう?」

 

 言ってクロノに視線をやると、静かに彼が頷いた。

何故か、どこか誇らしげな声で告げるクロノ。

 

「既に防衛プログラムを倒す方策は出来ている、怪我人の君の力を借りる必要はないさ。

個人的に、君に借りも返したい事だしね」

「借り?」

 

 思わず疑問詞をあげると、む、とクロノが眉間にシワを寄せる。

僕がクロノに借りた事ならいくらでも挙げられた。

プレシア関連やフェイト関連で、本来なら僕はクロノに頭が上がらないぐらいの借りを作っている。

勿論リンディさんの方により借りがある状態だが、それでクロノに対する借りが減る訳でも無い。

なので今回も貸しにされると言うのなら納得がゆくのだけれども。

そんな風に悩んでいると、渋々とクロノが告げる。

 

「プレシア・テスタロッサを逮捕する時、僕は何もできず、君に頼る事しかできなかっただろう」

「つっても、お前はきちんと露払いをしてくれたじゃないか」

 

 間髪入れずに答えると、クロノはなんとも言えない表情で吐き捨てた。

 

「……何時もは傲慢に思えるぐらいなのに、なんでこんな時ばかり君は謙虚なんだ。

あぁもう、僕が勝手にそう思っているんだ、僕の勝手だろう」

「じゃ、俺も勝手にお前に感謝しとくさ」

 

 クロノは、不意を打たれたかのように頬を赤く染め、歯ぎしりしながら視線を逸らす。

さてはこいつ、恥ずかしがっているのか。

悪戯心が相応に湧いてくるが、残念ながら身動きできない今の僕では十全に彼をからかう事はできない。

後で情報をエイミィさんに託すとして、この場は仕方なしと流すしかあるまい。

断腸の念でそう思うと、最後に僕はなのはとフェイトに視線をやった。

 

「なのは、フェイト、俺が脱出するのに必要な魔力ダメージを与えたのは、2人だよな?」

「あ、うんっ!」

 

 輪唱。

そっぽを向いて足をブラブラさせていたなのはと、チラチラとこっちを見ていたフェイトとが、物凄い勢いでこちらを向く。

その目はキラキラと輝いており、僕から声がかかるのを待っていたのが手に取るように分かる。

勢いでふらふらと揺れるツインテールが、まるで犬の尻尾のように見えるぐらいだった。

過激な反応に内心汗をかきつつも、すぐに内心を落ち着かせ、告げる。

 

「ありがとう、2人とも。

俺の託したバトンを、最後まで持って行ってくれて」

 

 正直言って、この事は死ぬほど嬉しかった。

あの状況なら当然そうしてくれるだろうと言う予感はあったけれど、僕は基本的に他人を信用していない。

というか、仮面を被って接している相手に信用しているだなんて、片腹痛い物言いだ。

僕は結局の所誰一人をも信用せずに生きている。

更に言えば、仮面が外れた時蔑視を受けるだろうと言う思いがあるのも、他人を信用していない証拠だろう。

だから、僕も闇の書の内部空間から出た後、最悪僕の命を賭して再戦闘を行わなければいけないかもしれないと思っていた。

 

 けれど、2人は僕が託した、というか放り投げたバトンを受け取り、ゴールまで走りきってくれたのだ。

僕が一人きりではないような錯覚に、僕は至上の喜びをすら感じる。

2人がまるで、僕の信念を肯定してくれているような感覚。

いや、実際にそうしてくれているのだろう。

だが、現実を見れば、彼女たちはここまで僕の信念を肯定してはくれないに違いない。

命と天秤にかけて信念を取る僕の事を肯定してくれる人は、限りなく少ない。

罵声や裏切りを受けた事だって何度もあるし、クイントさんとリニスさんも全肯定してくれる訳ではなかった。

今はたまたま、命を救うと同時に信念も貫き通せる状況だから肯定してくれるに過ぎないだろう。

だけど、それでも尚嬉しかった。

間違っていると信じて尚貫きたい信念を肯定してもらえているという錯覚は、それほどまでに嬉しかったのだ。

 

 そんな僕の感情が、僅かでも伝わってくれたのだろうか。

2人は僅かに顔を紅潮させて、僕の近くまで飛んでくる。

動かせない僕の両手を、それぞれなのはとフェイトが両手で包み込んだ。

涙が出そうなぐらいに、暖かった。

そんな感動をしている僕に、なのはが告げる。

 

「まだ、ゴールまでたどり着いた訳じゃあないよ」

 

 思わず視線を彼女に集中させると、なのはは恐ろしく精悍な顔をしていた。

まるで間にある空気が圧力を増したかのように、迫力ある声。

 

「防衛プログラムを倒すまで、私達の戦いは終わらない。

だから、それが終わるまで、ウォルターは見守っていて欲しいんだ」

 

 続くフェイトもまた、まるで夜闇に浮かぶ雷のように鮮明な表情で、そう告げた。

その奥には深い母性が現れており、動く事もままならない僕への労りが伝わってくる。

こんな子を育てられるなんて、何度か思ったが、本当にリニスさんは子育ての天才だったのかもしれない。

フェイトの表情を見てそんな事を考えながら、僕もまたにこやかに告げた。

 

「そうか、そうだったな。

分かったよ、ここで静かに見物させてもらうさ。

心配すんな、もう鼻くそほじる力も残ってねぇよ」

 

 悪い笑みで汚い言葉混じりに告げると、仕方ないなぁ、と言わんばかりの笑顔で2人が僅かに手を握る力を強めた。

それを合図に、彼女たち2人は僕の元を離れ、防衛プログラムを倒す為の配置に着く。

 

 それからの事は、語るべくもないだろう。

実の所、僕の狂戦士の鎧や韋駄天の刃が変な影響を与えていないか心配であったが、その心配は要らないようだった。

次々に放たれる皆の魔法は、防衛プログラムの四層防御魔法を打ち砕き、本体を破壊。

露出したコアは軌道上に転送され、無事にアルカンシェルで破壊された。

それを最後まで見届けた僕は、星々煌めく夜空にアルカンシェルの光が輝くのを最後に、視界を閉じ眠りにつくのだった。

 

 ——リニスさんが僕に望む罰次第では、生涯最後となるかもしれない眠りに。

 

 

 

 

 


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