仮面の理   作:アルパカ度数38%

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こっから凍結後に書いた分です。
間空きすぎて作者が忘れてる内容もあると思うので、突っ込みあればお願いします。


第五章 斜陽編・中 再生の雫事件 新暦69年 (空白期)
5章1話


 

 

1.

 

 

 

 砂塵。

透明なバリアジャケットの表面を細かな砂や埃が流れてゆくのが、手に取るように分かる。

さながら風の道を示すかのように砂埃は流れていたが、やがてその勢いを強くすると、視界全体を覆っていった。

ため息混じりに、完全密閉された容器の中の筈なのに砂っぽい水を口に含む。

口内を湿らせた後にそれを吐き出すと、固まった砂が多分に混じっていた。

バリアジャケットも呼吸を可能とするために、あまりに細かい砂は遮断しきれないのだ。

お陰で目もなんだかチクチクするし、服の間に砂がぎっしり詰まっているかのような感触すらある。

 

「やれやれだな」

「……右に同じく、です」

『後に分解洗浄を要求します』

 

 僕の呟きに、合わせるリニスにティルヴィング。

僕らは2人して、体中に布を巻き付けるような服装をしていた。

別に突然オリエンタル趣味に目覚めた訳ではなく、この管理世界で一般的な格好をしているだけである。

リニスはクリーム色の布に、一枚だけ口元にワンポイントでワイン色の布を。

僕は相変わらず黒尽くめの格好を。

この世界の一般人に可能な限り紛れ込む為、そんな格好をしているのであった。

 

 砂塵で悪くなる視界の中、寄ってくるスリを自然に避けつつ、ぼくらは街の中心部へと進んでいく。

第二十一管理世界アティアリア。

次元世界まるごと砂漠化しているというこの世界は、地下資源の豊富さからその類の商いで有名だ。

そう聞くと腹黒い人間の集まりのように思えるかもしれないが、実際は違う。

アティアリアは、その地下資源の豊富さから、文化的成熟を待たずに管理世界に参加させられた経歴があるのだ。

その後地下資源の利権を求めて暗い職業の人間が集まり治安が悪化し、現地の住民は逃げ出そうにも文明の未成熟さから他所の世界では職にありつけず、この世界に留まるしか無い。

いや、それどころか、他の次元世界に移るという発想事態が殆ど無いのだと言う。

それが文化的未成熟さから来る視界の狭さなのか、それとも故郷に住みたいという念からなのか。

半ば宿なしに生きている僕からしてみれば、どちら故になのかは分からないが。

 

 兎も角、アティアリアは恐ろしく治安が悪い。

こうして首都のメインストリートを歩いていても、何処からか魔力光が煌めき人の悲鳴が途絶えるのが聞こえ、そしてそれでも誰一人歩みを止める奴は居ないぐらいだ。

風化しかけた死体を蹴りそうになってしまった事も一回や二回では済まないし、真っ直ぐ歩いていれば、砂塵故に僕らが魔導師だと気づかないスリに、とっくに財布を抜き取られていただろう。

それだけならまだマシ、と言っていいのか分からないが、この世界は貧民層だけではなく富裕層まで危うい立場にある。

というのは、アティアリアではテロが日常茶飯事なのだ。

民衆の教育レベルが低い割に民主政を取っているアティアリアでは容易く政治家になれ、ゆくゆくは他の次元世界で名を馳せるという道を進む事も不可能ではないが、代わりに爆破テロなどで政治家がよく死ぬ。

それでも地下資源の収集は全て他の次元世界主導で行われており、アティアリアに生まれて成り上がるには黒社会に生きるか政治家になるしか無い。

よって上昇志向が高い奴は黒社会で死ぬか政治家になって死に、生き残った僅かな奴も黒社会ではやっぱり死に、政治家はこの世界に見切りをつける。

おかげでこの世界にはずいぶん長いこと有力な指導者が居なかった。

 

 ――居なかった。

過去形である。

つまりは最近とんとテロリズムによる死者が減ってきており、アティアリアの政治家が徐々に育ちつつあるのだ。

かと言ってテロはどんどん規模を増してきており、警備体制も特に見直された形跡は見られず、よってアティアリアは今不思議な幸運に恵まれているとしか言い様のない状態である。

徐々に民衆の暮らしは良くなってきており、このままいけば名実ともに管理世界に進出できるかもしれない、という噂だそうだ。

勿論事実上の植民地を手放したがる次元世界など無いので、実際はまだまだ困難を極めるだろうが、それでも希望ができた事は確かである。

僕はそれを、臭いと感じ取った。

僕の霊感が、これまでロストロギアと対峙し続けてきた直感が、そして僕がシックス・センスと名付けたレアスキルが、全てがアティアリアに何かある、と感じ取っていた。

が。

 

「これで二週間、収穫はあったが……」

「えぇ、そろそろ行き詰ってきましたね」

 

 言いつつ、溜息。

現実の不条理さにもう一つ溜息をつきながら、僕らは裏路地へ。

死体がその辺に転がっているが、嫌な臭いはせず、どの死体もさらさらしている。

この乾燥世界では、死体は腐らずに風化するのだ。

骨しか残らない死体に初めて出会った時は、流石にこみ上げる物があったものだが、二週間もいれば徐々に慣れてくる。

そんな自分を擦れたと思えばいいのか成長したと思えばいいのか、数本裏路地を行った所で、頭を振りながら僕は立ち止まった。

直後リニスも、立ち止まったかと思うと一歩横にズレる。

同時に振り向き、僕はティルヴィングをセットアップ。

身に秘める強大な魔力を開放し、僕らを着けていた人間に向かって口を開く。

 

「今朝から付きまとっていたが、お前らは何時からストーキングが趣味になったんだ?」

 

 一息。

心のなかで表情に肉の仮面を。

表情筋を絡繰仕掛けにし、感情との繋がりを廃して。

言う。

告げる。

 

「――フェイト、アルフ」

 

 僕の言葉と共に、よく見知った金髪の女性と、橙髪の女性が現れる。

フェイトは白い外套の中に黒いコートとミニスカート。

アルフは会った時と変わらぬ露出度の高い服装に、マントの色だけ白に変わっている。

こんな砂塵まみれの世界でも何時ものバリアジャケットの2人に少しだけ微笑み、次の瞬間、自分もそうかと思って笑みを苦笑に変えた。

 

 

 

2.

 

 

 

 屋内のカフェ。

木をふんだんに使っているが、所々が傷んでいて黒ずんだ所の多い、とうてい洒落た雰囲気とは無縁の場所で、僕ら4人はテーブルについていた。

久しく出会う彼女は、出会った頃から持っていた美しさの素養を開花させつつある。

白磁の肌に光を反射し輝く金髪、洗練されたルビーの輝きの瞳に均整のとれた肉付きの体、高い背丈。

未だ未完成ではあるものの、僕の一つ下だから13歳という年齢になるのだろうが、その年齢に比して早く、そして美しく彼女は成長していた。

僕といえば身長はまだまだ伸び盛りで、筋肉の量も大分増えたものの、いかんせん顔に迫力が無いのが玉に瑕である。

これが気心知れた関係だから遠慮は無いものの、そうでなければ気圧される程に美醜の差があるかもしれない。

 

 将来の想像に陰鬱な想像を巡らせながら、僕はアティアリア特産というやたら甘ったるい茶をすすった。

フェイトとリニスも同じく、アルフだけは水だけ注文して肘をつきながら僕を眺めている。

僕ら以外の客が居ないこのカフェでは、僕らの茶器の触れ合う音だけが、外の風音と共に鳴り響いていた。

 

「プレシア先生の葬式以来か」

「……うん、そうだね」

 

 僕は自然、僅かに目を細めながら火蓋を切って落とす。

フェイトは数瞬目を閉じ、しかし動揺する事なく視線を僕の瞳にやった。

プレシア先生が亡くなった時期は、こう言うのは難だがタイミングが良く、僕がミッドに帰ってきている時であった。

故に僕はおっとり刀で駆けつけ、悲しむフェイトをリンディさん達と共に支え、葬式の手配などを手伝った。

流石に葬式を終えて僕が旅立つ頃にはまだフェイトは立ち直っておらず、僕は後ろ髪を惹かれる思いで旅だったのだが、この様子ならば大丈夫のようだ。

恐らく、リンディさんに引き取られてテスタロッサ・ハラオウン性になったのも良い影響を与えているのだろう。

この時点で、早くも僕は半ばフェイトを協力相手として認めつつあった。

が、それにはそもフェイトに協力してもらうつもりになってもらわねばならない。

僕は続けて口先を酷使する。

 

「ってことは、フェイトが執務官になってから顔を合わせるのも、初めてって事になるか」

「そうだね、こんな所で会うなんて奇遇だね」

 

 と、白々しく言うフェイトだが、目が泳ぎまくっていた。

呆れれば良いのか、微笑ましく思えばいいのか、複雑な心持ちで肩をすくめる僕。

 

「ま、そうだわな。俺はいつも通り次元世界を旅している途中なんだが、フェイトはどうしてアティアリアに来ているんだ? バカンスか何か?」

「ばばば、バカンスだよっ」

「ここにバカンスねぇ……」

 

 こいつは本当に執務官試験に合格したのだろうか。

胡乱な目つきと共に、僕の内心でフェイトの採点が株式相場の如き勢いで下がっていく。

それを察したのだろう、慌てて両手を差し出し左右に振り、咳払いを一つ。

フェイトが瞼を閉じ開くと、瞳には表情筋を従える凍てついた意思を秘めた、冷涼な光が輝いていた。

美貌と相まって恐ろしいほどに鋭い雰囲気だが、敢えて言おう。

遅い。

遅すぎるだろ。

そんな僕の内心を知ってか知らずか、フェイト。

 

「私は最近歴史に興味があってね。アティアリアは比較的歴史的建造物が残っている世界だし、来てみたかったんだ」

「あぁ、そうユーノから聞いた事があったんだな」

 

 平坦な声で僕が言うのに、フェイトは一瞬相好を崩しそうになるものの、持ちこたえる。

隣では既にアルフは頭を抱えており、フェイトが見えない位置でその横腹をつついているのが、筋肉の緊張具合で知れた。

 

「そうだよ。でもユーノは忙しくて休日が合いそうにないし、アルフと一緒に見に来てみたんだ。ユーノに聞いたけど、ウォルターも結構歴史に詳しいんだよね、案内とか期待できない?」

 

 言いつつ、肩に掛かった金糸を軽く持ち上げ、後ろに流すフェイト。

僕は一瞬見惚れそうになる自身を歯を軽く噛み締めて自制させ、眠そうな目で維持しつつ、口を開く。

 

「別にいいけど、お目当てだと思う首都のカテナ神殿はバカンスは似合わないと思うぞ。入れる所少ないし、解放されてるのは国民向けで、管理局のコネ使わないと入れないし」

「…………う」

 

 痛い所を突かれた、と言わんばかりのフェイトに、僕は小さく溜息をついた。

 

「まぁ、バカンス発言からのリカバリーは難しかっただろうけど、顔見知りの俺相手に裏を取ればすぐ分かる歴史趣味も減点対象だな。カテナ神殿と絡めたんだろうが、割と無理があったぞ」

「うぅ……」

 

 縮こまるフェイトも分かってはいるのだろう、反論は無い。

恩人である僕と姉代わりであるリニスの前で失態を演じたのが、余程堪えたのだろう。

とは言え、と持ち上げようとする前に、アルフが割って入る。

 

「まぁまぁ、フェイトがこれだけミスをするなんて、あんた達が相手だからさ。いつもはもっと上手くやるもんなんだよ? なんとか許してやってくれよ」

「確かに、評判を聴く限りではそうですね。雷神、でしたか」

 

 と、リニスが答えると同時、フェイトの頬に朱が差した。

あぁ、と頷く僕。

 

「雷の如く迅速且つ激烈に事件を解決する新人執務官、雷神フェイト、だったか」

「その美貌もまた雷のように心を居抜き、男を捉えて離さないとか」

「あぁ、確かにそんな風に言われているねぇ」

「やめてよぉ……アルフまで……」

 

 耳まで顔を真っ赤にしながら小さくなるフェイトに、僕らはくくくと小さく笑う。

そうなると笑いは中々止まらず、一頻り僕らは堪えた笑みを漏らし続けるほかなく、張本人であるフェイトは小さく縮こまりながら耐える他無いようだった。

そしてしばらく笑い続け、全員口内を再び甘ったるい茶で湿らせた辺りで、再び僕が口火を切った。

 

「ま、カテナ神殿にたどり着いている時点で、フェイトなら十分合格点さ。お互い腹を割って情報交換と行かねぇか?」

「……うん、ウォルターなら信頼できるし、大丈夫だよ」

 

 ドキッとするような笑顔と共に、フェイトは遮音結界を発動。

万年仮面男の僕に比べるとまだまだ拙いものの、必要十分な出来のそれに、僕は僅かに相好を崩した。

 

 僕の得た情報というのは、それほど大した物ではない。

基本的に中央から離れた次元世界にまで情報網を持たない僕は、足で集めた情報と情報屋から買い取った情報ぐらいしか知らないのだ。

特にアティアリアの地元民には次元世界の人間が混ざっておらず、次元世界を股にかける情報屋も余り深い情報は持っていない。

なので自然足で稼いだ情報ぐらいしか無く、しかもフェイトの情報を補完する程度でしかなかった。

 

 アティアリアでは、死人が生き返る。

 

 明らかに死んだとしか思えない、魔法的防御無しに近接した自爆テロを受けた政治家が、翌日平気な顔で歩いていたり。

明らかに死人が出ざるを得ない戦力差で軍隊と犯罪組織が衝突し、軍隊に死人がゼロだったり。

犯罪魔導師が路上で殺され、政府に死体で引き渡された後、心を入れ替えて魔導師として働き始めたり。

全て不可思議なほどに強力に隠蔽されていたものの、シックスセンスを持つ僕はそのうちいくつかをこの目で捉える事ができた。

勿論、ティルヴィングを用いて映像を記録だってしてある。

とは言え無改竄の証拠があるでもなしに、これだけで次元世界を治める政府を相手に異常を訴えるのは難しいだろうが、それでも管理局が動く十分な証拠にはなるはずだ。

 

 フェイトも似たような情報を持っており、僕よりも大分政府よりの情報から死者蘇生の噂に迫っていた。

例えば政府施設に明らかに書類上の人数より多くの人間が住んでいるとしか思えない、食料などの消費や流通。

アティアリアでの月間死亡人数の奇妙な偏りの開始。

そして関係あるかは分からないが、不自然な貿易の変遷や、奇妙な程の政治的な下手打ちの連続に、管理局の出張所の人間すら不可思議な程に非協力的だったと言う。

 

 加えてフェイトは、無限書庫を通し、この世界での歴史上何度か見つかったが、未だ管理局が保護できていないロストロギアの情報を持っていた。

死者蘇生のロストロギア、再生の雫。

宗教的儀式によって選ばれた波長の合う人間の手により、死者蘇生魔法を成功させる神秘のロストロギア。

 

「……プレシア母さんも一時探していたから、元から覚えていたんだ」

 

 とはフェイトの言である。

とは言え、再生の雫は最近一度歴史に現れた事があり、その時の調査で分かったことは、未熟な魔導師の手による死者蘇生は、その度に次元震の可能性があるという事であった。

その際は中規模次元震が起き、その時の混乱で再生の雫の在り処はあやふやになってしまったのだとか。

 

「となると、最近の噂の原因は再生の雫とその使用者が見つかったからかもしれない」

「なら、当然怪しいのは、再生の雫の使用者を選ぶ儀式を行うという、カテナ神殿」

「都合が良いことに、最近カテナ神殿に政府関係者の出入りが激しくなっていますしね」

「ちなみにカテナ神殿は管理局と多少繋がりがあって、見学ぐらいなら執務官のコネを使えば申請できるよ」

 

 と、そうは決まったのだが、疑問は残る。

 

「しかし、いくら俺の勘があったとはいえ、2週間で4回も死体になった人間が歩いているのを見るような事件が、何故今の今まで管理局にバレていなかったんだ?」

「う~ん、私の前にも何人か執務官が公式に査察に来ているんだけど、その人達は問題なしって判断したんだよね。ただ、気になるのが……」

 

 言葉を詰まらせ、組んだ指の上に顎を乗せるフェイト。

自分でもその事実を上手く噛み砕けていないのだろう、困り顔で続けた。

 

「その3人の執務官が、全員辞職届を出しているんだよね。その後の足取りは全員は追えなかったけれど、少なくとも1人はアティアリアに行っているみたいなんだ。ちなみに、全員私より凄腕だったし」

「…………ふむ」

 

 いくつか思いつく事はある。

死んだ人を生き返らせて欲しかったからとか、ロストロギアの平和利用の実現性に夢を見たか、それとも再生の雫に死者蘇生以外の力もあったのか。

しかしどれもしっくり来る内容ではなく、僕の霊感にも引っかからない。

分かるのは、わざわざ外部の人間である僕を捜査に引き込もうとする、フェイトの不安の源泉のみ。

 

「……惜しい所までは来ているような気はするんだが、駄目だ。今一その理由は思い浮かばないな」

 

 溜息と共に頭を振り、僕は甘ったるい茶を飲み干す。

茶器の触れ合う音が4つ、続いて靴裏が床を捉える音、椅子脚が床を擦る音。

僕らは外套に身を包み、互いに視線を交わし合った。

目だけが爛々と光る姿で、僕とフェイトが見つめ合う。

念の為にと、僕はフェイトに向かい口を開いた。

 

「カテナ神殿に向かう前に一応言っておくが、引き返すなら今のうちだぞ?」

「そっちこそ、私達が居なければ正面からカテナ神殿に入れない癖に」

 

 プクッと頬を膨らませながら言うフェイトに、悪い悪い、と苦笑しつつ、互いに決意は折れないと確認。

互いに示し合わせたかのように同時に、掌を差し出し、つかみ合う。

 

「それじゃあ、共同戦線と行こうか」

 

 僅かに僕より高い体温が、少し印象に残った。

 

 

 

3.

 

 

 

 カテナ神殿の中は広々としていて、何処か寂しいぐらいだった。

石造りの床を靴裏で蹴り、10メートル以上ありそうな天井へ視線を。

灰色の石で出来た空間は何処か寒々しく、窓から入る陽光も何処か硬質に思える。

視線を戻すと、現地の人間がガイドとしてこの次元世界の歴史を語っていた。

 

「アティアリアは次元世界全体の8割が砂漠に覆われた世界です。加えて大陸は1つしか無く、後は小さな島々が点在するだけ。なので必然、大陸の人間達は手を取り合って生きるため、一つの巨大な国を作ったのです。アティアリア……。次元世界の名称と同じ、この国を」

 

 と、とっくに調べてきた内容を耳から耳へと通り抜けさせながら、僕は神殿を通りかかる人間をチェックし、ティルヴィングのメモリと照合しチェックする。

高い頻度で政府関係者が見当たり、ついでに何人も死んでなきゃおかしいテロに巻き込まれた奴を見かけ、当たりにしても稚拙すぎる内容に頭が痛くなってきた。

ここまで怪しいと、どうしても罠の可能性を強く見てしまう。

どうしたことか、と頭を悩ませる僕に、ふと近づく足音。

軽い体重をしか支えていない音に、ぶつかるまいと僕はその進行方向から身体をどける。

 

「わわっ!」

 

 すると現れた少年がたたらを踏み、そのままこけそうになった。

危うし、と僕は彼に手を伸ばし、支えてやる。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

 問いつつ少年を離してやると、恥ずかしそうにしながら彼はきちんと一人で立った。

色あせたぼろい服を着た彼は見目に年齢は一桁、恐らく5,6歳ぐらいの子供だろうか。

短めにカットされた茶髪から覗く青い目は不安に揺れており、下手をうてば泣き出してしまいそうなぐらいだ。

気になったのだろう、フェイトが彼に近づき、膝を折って視線の高さを合わせる。

優しげな声色。

 

「ねぇ、君、お父さんとお母さんは?」

「2人とも、迷子になっちゃった……」

「そ、そっか。じゃあ、一緒に探しに行く?」

「えっと、えっと……うん!」

 

 と、少年が元気な声で言うのに合わせ、僕も腰を下ろし、彼と視線の高さを合わせた。

 

「そいじゃあ、お前の名前、教えてくれないか? 俺は、ウォルター。ウォルター・カウンタック」

「私はフェイト、フェイト・T・ハラオウンだよ」

「僕は、プレマシー・ミレーニアです! ねぇねぇお兄ちゃん、今ウォルターって言った!?」

 

 と、何故かいきなり元気そうになるプレマシー。

僕は思わずフェイトと視線を合わせてから、すぐにプレマシーへと向き直り、頷いた。

パァァ、と背景が明るくなりそうなぐらい、喜色満面になるプレマシー。

 

「読んだことある、凄い魔導師の本に出てる人!」

「……ウォルター?」

「あぁ、そういやそーゆー雑誌の取材を受けた記憶が……」

「1年ぐらい前でしたっけ?」

「ほ、本物だ! 凄い!」

 

 僕の言う雑誌は、いわゆる戦闘能力に重点を置いた「今次元世界最強の魔導師は誰か!」とかいう特集を組んでいた奴だ。

僕は現代でぶっちぎりの最強の魔導師として名前を挙げられており、嬉し恥ずかしな気分になった物である。

と言っても現実はそんなに容易くは無く、SSランク相当の魔導師相手だと苦戦する事も多い僕は、例え最強だとしても逆転可能な僅差による所なのだろうが。

 

「ま、軽くなら話しぐらいしてやるからさ、とりあえず入り口にあった休憩所に行こうぜ? 合流できそうな所、それぐらいしか見当たらないしな」

「はい! わかりました!」

 

 と、拙い敬礼をするプレマシー。

その背後で、なんだかプクゥ、とフェイトが頬を膨らませていた。

多分最初にプレマシーへと話しかけたのが自分なのに、彼があっさりと僕になついたのが不満だったのだろう。

可愛い反応に薄く微笑みながら、僕はプレマシーを連れ、入り口近くへと歩いて行った。

ガイドが手を煩わせるなんて、とは言ってきたが、気にするな、と言って僕らはプレマシーの話し相手を買って出る。

どうせガイド付きの今回、入れるのは解放されている僅かな部分だけである。

次回以降忍び込むなどするための前準備みたいな物なので、僕らは今回はそれほど余裕が無い訳ではないのであった。

ついでに言えば、執務官が来た事による警戒を緩めるのも目的ではあったが。

 

 いくつかの十字路を越えて進むと、休憩所の看板が掛けられた部屋がある。

中には石造りのベンチがいくつもあり、ぽつぽつと人が座っているのが見えた。

アティアリアの現地人は浅黒い肌ばかりで、明らかにアティアリア出身ではない白い肌の僕たちは十分に目立ってしまう。

視線が集まるのを感じつつ、僕らはとりあえず向かい合ってベンチに腰掛けた。

当然のように、僕の正面にはプレマシー。

きらきらに輝かせた目を僕に向けてくる。

どうしたら最強になれるの、とか聞かれるんだろうなぁ、と困っていると、予想外の質問が来た。

 

「お兄ちゃん、正義の味方なんだよね?」

「へ?」

 

 思わず僕は、目を点にしてしまった。

正義って僕がか?

あまりに似合わない言葉に、苦笑が漏れそうになると同時、鋭い視線。

隣に座っている、フェイトによる物だった。

子供の夢ぐらい守ってやれよ、という視線なんだろうが、僕はそれを無視して告げる。

 

「違う違う、俺は正義の為に戦った事なんて無いさ」

「え? じゃあお兄ちゃんは何のために戦ってるの?」

 

 “何のために”。

刹那、脳裏を過ぎ去る複数の光景。

UD-182が息を引き取ろうとする瞬間。

穏やかな顔で娘を見るようになったプレシア先生。

死して尚はやての幸せを願ったリィンフォースの、最後の笑顔。

口から血の筋を零しながら、僕に呪いをかけたクイントさん。

継がなければならない信念、背中を見せなければいけない人たち。

それを、僕は常に心に浮かばせなければならないから。

だから。

原初の想い、UD-182のあの燃えるような信念を思い起こしながら、僕は言った。

 

「信念のためだ」

 

 ず、とプレマシーが身を乗り出す。

その光景はまるで、かつての僕がUD-182に惹かれた時のようで、内心懐かしさが過ぎった。

けれどそれは心の奥底に封印し、僕はできる限りの、作り物の野獣の笑みを作る。

 

「しん……ねん?」

「あぁ。ここの……」

 

 と言って、僕は自身の左胸を指さす。

 

「奥の方に、皆燃え上がる炎を持っている。その炎は、そいつにとって大切な何かの為だけに、燃え上がる事ができる。その炎を燃え上がらせる大切な何かを、俺は信念と呼んでいる」

「僕……そんなの、感じた事あったかな」

 

 不安げに視線を下ろすプレマシーに、微笑み僕は続けた。

 

「それはまだ、自分の炎に気付いていないだけだ。誰もが、自分だけの信念を持っている。気付いていてそれを知っている奴と、気付いていない奴と、気付いていても目をそらしている奴が居るがな」

「う~ん、よく分かんないや。でも……大切な人だけは分かる」

 

 と、僕と視線を合わせるプレマシー。

かがり火のような、まだまだ小さい炎ながらも、確かに燃え上がる炎がその瞳にはあった。

 

「パパとママだよ」

 

 圧倒されそうなぐらいの、意思の強さであった。

こんな子供の何処にここまでの意思が眠っていたのか、と驚嘆すると同時、彼と同い年の頃の、”家”で腐っていた自分を省みて情けなくなってしまう。

けれど僕は必死でそれを隠して、口を開いた。

 

「応、それでいい。なら、お前のパパとママを、何時か守れるぐらいにならないとな」

「うん……」

 

 と言って、俯いてしまうプレマシー。

見れば顔は、僅かに頬を赤らめている。

どうしたのか、と首を傾げる僕を尻目に、フェイトが声をかける。

 

「プレマシー、ちょっと恥ずかしくなってきちゃった?」

「う、うん。何かお兄ちゃんの前だと、普段なら恥ずかしくて言えない事、言えるようになっちゃって……」

「へ? 恥ずかしい事じゃないだろ?」

 

 と僕が告げると、呆れ顔で視線を交わす、フェイトにプレマシー、アルフ。

養豚場の豚を見るような、温度の無い目であった。

 

「ウォルター、相変わらずだね……」

「お兄ちゃんって……」

「たまにこいつ、アタシよりも……」

「な、なんか納得がいかんぞ……この展開」

 

 言ってちらりと視線をやると、リニスだけは何も言わず、代わりに困ったような目で僕を見ている。

しかし、それもまた微笑ましい物を見る生暖かい目である。

何か言い返さねばならないが、咄嗟に思いつく物もなく、焦る僕。

そんな僕を尻目に、大声が響いた。

 

「プレマシー!」

「あ、パパ、ママ!」

 

 と、何処かプレマシーと似た雰囲気を持つ夫婦が、休憩所の入り口に立っていた。

ベンチを下りて歩み寄るプレマシーをプレマシーの母が抱きしめ、父はその厳格そうな目を細めつつも、どこか安心しているのが見て取れる。

2人はすぐに僕たちに視線をやり、礼を言ってからプレマシーを叱りつつ、休憩所を去って行った。

それを僕らは笑顔で見送りつつ、視線を交わす。

 

「可愛い子だったね」

「えぇ。でも、ウォルターは割と子供の扱いが上手いですからね。ウォルターと一緒だと、子供も素直になる事が多いんですよ」

「たまに思うけど、それって脳みそのレベルが同じって事じゃあ?」

「おいおい……」

 

 と言いつつも、女三人寄ればかしましいとは言った物だ、割って入る隙が見当たらず、3人はぺらぺらと僕に地味な人格攻撃を仕掛けてくる。

僕は顔をひくつかせながら、ネタにされている現状と、休憩所から人が居なくなっている現状に3人が気付いていない現状に、二重の意味で溜息をついた。

わざとらしく、視線を辺りに。

気付いたリニスが眼を細め、遅れてフェイトとアルフが僅かに居住まいを正した。

 

 直後、こつこつと足音が響く。

廊下を歩いてきたそれは、入り口正面に差し掛かると同時、その靴裏の持ち主の姿を現した。

現れたのは、褐色の肌に銀髪碧眼の少女であった。

アティアリア独自の純白の巫女服は小さなその体躯を隠すゆったりとした物で、羽織るように白い長方形の布地を肩にかけている。

年の頃は僕やフェイトよりやや上、15歳前後と言った所か。

周りには足音一つ立てない護衛の魔導師が取り囲んでおり、彼らの魔力ランクはAからAAほどとかなり高め。

しかし少女の魔力ランクはそれさえも霞む、目測でSランクという恐るべき物。

肌を刺すような魔力に、しかし僕は平然とした表情でそれを迎え入れる。

 

「初めまして。ウォルター・カウンタック様、フェイト・T・ハラオウン様、並びにその使い魔様達」

 

 鈴の音のような、美しい声。

少女の護衛の表情に陶酔の色が混じり、僕は僅かに眼を細めた。

気にせ少女はスカートの端を持って軽く頭を下げ、その美貌にうっすらと笑みを浮かべる。

 

「私の名は、アクセラ・クレフ。アティアリアの巫女姫をしております」

 

 幻想的な声色で告げる少女。

彼女こそが、再生の雫の使い手としての最有力候補……、再生の雫を扱う事のできる宗教的儀式を受ける事のできる、最大の身分の持ち主であった。

 

 僕たち4人が返礼を告げ終えると、アクセラは先ほどまでプレマシーの座っていた、僕の向かいに腰掛けた。

護衛の魔導師が彼女を囲む正方形を作り、掌をデバイスに当てた姿勢で硬直する。

隣でフェイトが薄く汗をかいているのを尻目に、僕は厳重だが不用心だな、と思った。

4人がかりの防御結界だろうと、断空一閃の一撃で破壊する事は難しくないし、駄目なら返す刃で二撃目をたたき込めばいいだけの話である。

この距離であればさほど警戒する必要性も無いので、僕は早速口を開く。

とは言え、流石にいきなりのボス候補の登場で、緊張こそはしていたのだが。

 

「この次元世界の感想か何かでも聞きに来たんですか?」

「えぇ。あぁ敬語は要りませんよ? 私も先ほどの少年と同じく、貴方の一ファンでして。故にこそ、幾多の次元世界を救ってきた貴方の感想が気になるのです」

「そうかい、なら気楽に話させてもらうさ。さて、この次元世界の話だったな。……やたら砂っぽい気候だが、飯は中々いけるし、茶が美味いな。酒は残念ながら滅多に飲まないんで分からんが。服装も独特で、異文化情緒あって中々楽しい。それに、そうだな……、妙な噂話も聞くな」

「どんな?」

 

 僅かに身を乗り出すアクセラ。

僕は隣でパクパクと口を開け閉めするフェイトを尻目に、薄く微笑んでみせる。

実は飛び出てきそうな心臓を根性で押さえ、必死で裏返りそうになる声を平静に出して見せた。

 

「この次元世界では、死人が生き返る……とか」

「へぇ……」

 

 アクセラは艶然と微笑んだ。

銀嶺の髪が流れるシルクのように、少し前のめりになった彼女の肩から流れてゆく。

護衛とフェイト達に緊張が走り、僕は薄い微笑みを維持した。

場違いな笑みと共に、アクセラ。

 

「本当に人が生き返るなんて事があれば、どれだけ良かった事か。どこでもそうでしょうが、恥ずかしながらアティアリアにおいては不慮の死を遂げる方が多すぎますからね」

「……っ」

 

 隣で、プレシア先生の事でも思い出したのか、息をのむフェイト。

その両手が硬く握りしめられるのが視界の端に映り、僕は思わず視線はそのままに、フェイトに手を伸ばした。

爪が皮膚を裂かんばかりのフェイトの手に重ね、柔らかに包む。

目を向けていないのでどんな表情をしているか分からないが、少なくとも、握りしめられていた両手は脱力した。

結果に内心ほっとしつつも、僕は続ける。

 

「さて、そうかな。真面目に人が生き返る事を考えると、結構怖い未来が待ってると思うぜ?」

「さて、そうでしょうか?」

 

 頑なな光が、アクセラの瞳に宿った。

ここだ、と思い、僕は続けて口を開く。

 

「そりゃ、限られた命じゃあないと人の命は輝けない。俺はそう思っているからな」

「おや、そうなのですか?」

「あぁ。俺が今まで戦ってきた中で、多くの人が命を輝かせていた。それを見て来た実感から言うと、な」

「私の意見は違いますね」

 

 断言するアクセラに、僕は真剣に彼女の瞳を見据えた。

事件の中心人物が相手からこっちに来てくれるという、折角のチャンスなのだ。

彼女がどんな信念を持ち、どうその信念と向き合っているのか、知らねばならない。

 

「例えば、ですよ? 寿命ですら死ぬ事の無い永遠の命があれば、どうなると思いますか?」

「満足する……か?」

「えぇ。その結果として、自らの命の為に余計な選択をする必要性が薄れ、心置きなく自らの心に従う事が出来るようになるでしょう」

 

 そう告げるアクセラの瞳には、必要以上に頑なな光が見える。

しかし、それ以上にどんな意思が秘められていたのか、現時点では分からず、僕はその光景を脳裏に秘めておくに止める。

自信満々に言うアクセラの言い分は、まぁ、性善説度合いが高いが、分からないでもない物だった。

だが、果たしてUD-182が永遠の命を持っていたとして、彼の命を輝かせる事はできただろうか。

確かに彼は銃撃で死する事は無かっただろうが、障害の存在に燃え上がる彼の心が従前にその輝きを発揮できたとは、僕には思えない。

それに永遠の命があったところで、食料問題がどうにもならなくなり、いつかは破綻の日が来るだろう。

と思いはしたが、僕は別にアクセラと口喧嘩しに来た訳ではないので、こう告げるに止めた。

 

「ま、俺個人の意見としては、反対だってだけだ。与太話だがな」

「えぇ。しかし、あのウォルター・カウンタックと、与太話とは言え軽い討論が出来たとは、自慢話のネタにできそうですね」

 

 と、あちらも一歩引き、この話はここまでだと言外に告げる。

それから十数分ほど話しは続いたが、雑談以上の物にはならず、僕らは互いに内心を引き出すことなく会話を終える事となった。

 

 

 

4.

 

 

 

「ねぇ、ウォルター。私の事は、どう思うの?」

「へ?」

 

 宿屋の一室。

隣の部屋を取ったフェイトとアルフは一端僕の部屋に集合しており、部屋に結界を張った上で得た情報を整理していた。

それも一息ついて、ルームサービスで取ったあの甘ったるい茶を飲んでいる、その最中である。

唐突に告げるフェイトに、僕は思わず目を瞬く事しかできない。

話の流れが掴めない僕に気付いたのだろう、続けるフェイト。

 

「ほら、アクセラと人が生き返る事の話をしていて、ウォルターは人が生き返る事に反対していたじゃない? なら、人を生き返らせる為の人造生命体だった私の事は、どう思うのかな……って」

「フェイト、フェイトはそんなんじゃあ……」

「ごめんアルフ、ウォルターの意見、聞いてみたかったんだ」

 

 触れれば裂けそうなぐらいに、鋭い視線であった。

こちらに真剣さを必要とさせる類いの鋭さで、僕は内心たじろぎながらも、脳を回転させる。

フェイトを傷つけないための答えはすぐに思い当たったが、簡単に話せる類いの内容ではないので、脳内で数回読み上げ吟味。

多少UD-182に関連する真実に近い所があるが、真実の持つ重みが彼女の問いに答えるのには必要だと言う霊感もある。

それにフェイト相手なら問題ないと言う結論が出て、僕は素直に口を開いた。

 

「別に何とも思わないぞ。人を生き返らせようとしたのはお前じゃないし、人造生命だって事も特に。っつーか、俺も人造魔導師の類いだしな」

「……へ!?」

 

 その場で飛び上がるフェイト。

驚くのも分かるが、そんなに驚くべき事だっただろうか。

あんまりにもオーバーなリアクションに、僕は思わず目に呆れの色を浮かべてしまう。

漫画かよ、という内心の突っ込みは口に出さず、慌ててフェイトが喋り始めるのに耳を傾けた。

 

「じじじ、人造魔導師? え? え?」

「と言っても、実験施設で実験体として色々されてたって記憶があるだけで、人造魔導師なのか攫われてきた実験体なのかは不明だが……。まぁ、俺自身の強さを考えると、人造魔導師って考えるのが妥当だろうな」

 

 息をのむフェイト。

視線を狼狽えさせながら、落ち着かない様子でフェイトが言った。

 

「でも……あれ、ウォルターって小さい頃、一人で賞金稼ぎしてきたんだよね。助けてくれた人は?」

「いや、俺が自分一人で逃げ出したんでな、そーゆーのは居なかったぞ?」

「…………」

 

 絶句するフェイトを尻目に、僕は肩をすくめる。

事実、生きて逃げ出せたのは僕一人、間違っては居ないだろう。

そう思いはするのだが、それでも心の奥を痛痒が走るのは避けられず、僕は内心震えた。

そんな僕の内心を精神リンクもあって悟ったのだろう、静かに隣に座ったリニスが僕の手を握る。

それで初めて、僕は手先が微細に震えていた事に気付き、自己嫌悪とリニスとの感謝で、脳内がない交ぜになった。

そんな僕に気付いていない様子で、フェイト。

 

「……その、ウォルターなら、他の実験体の子も、助けられたんじゃあないかな」

「…………」

「同じ人体実験で苦しめられている子供達を、救おうとは思わなかったの?」

 

 フェイトには似合わない、無神経な問いだった。

自分が人造生命である事に悩み、一度はアリシアとなって自分を捨てようとしたが故の焦りか何かなのだろうか。

当時の実力を考えろ、無茶言うなよ、と返すのは簡単だった。

しかしそんな彼女に冷たい返事をしたくはなかったし、それ以前にウォルター・カウンタックに弱音は吐けない。

真実を微妙に隠した言葉を告げる。

 

「まず、一人居た友達は一緒に逃げようとした。脱出の最後に死んだがな」

「……っ」

 

 息をのむフェイトとアルフ。

僕の手を握る力を強くする、リニス。

僕は泣きそうになる自分の手綱を必死で持ち、続けて告げる。

 

「ただ、他の奴らはなぁ……。脱出に二回失敗したけど、そのどちらもいくら呼びかけたって、誰一人外の世界に出ようとしなかったんだ。どうしようもねぇから、俺はついてきてくれた友達と二人で逃げ出したんだ」

「…………そっか。変なこと聞いて、嫌なこと思い出させちゃって、ごめんね」

 

 ぺこりと頭を下げるフェイト。

いいってことよ、と返し、甘ったるい茶を口にする僕に、独り言を囁くような音量でフェイトが呟いた。

 

「なんか、寂しいな……」

「ん?」

「いや、何でも無いよ、ただ……」

 

 僕が疑問詞を口にすると、目を見開き、慌て両手を振りながらフェイト。

その動きを止め、僅かに眼を細め、フェイトは手を下ろした。

それから眩しい物を見る目で僕を見つめ、静かに微笑み告げる。

 

「ウォルターは、本当に強いんだな、って」

 

 違う、と叫びたくなる内心を、全力で押さえつけて。

涙を零さんとする顔面を、表情筋で捕まえて。

噛みしめたくなる歯を、必死で僅かに浮かせて。

告げる。

 

「さて、俺が強いかどうかは分からんが……。お前が思うのなら、そうなのかもしれないな」

 

 僕はそう言って、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

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