仮面の理   作:アルパカ度数38%

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5章2話

 

 

 

1.

 

 

 

 夜闇が世界を包みはじめる頃合い。

本来なら見えるだろう夕焼けは、厚い砂塵に遮られてよく見えず、ただただその橙色の光をだけ通してその存在を見せつけていた。

砂塵が窓を叩く音を背景に、僕ら4人は再び宿屋の一室に集っている。

アクセラとの邂逅から3日。

それぞれの手段で探し出してきた情報を交換するためである。

 

「私たちは、アティアリアの次元世界代表官邸とカテナ神殿とに忍び込んで、そこの人員の話しを聞いてきました」

「猫・子犬モードでの盗み聞きだけどね」

 

 と、口火を切るリニスとアルフ。

アルフが獣耳をぴくぴくとさせ、リニスはそれを微妙な目で見つつ、自分の尻尾を滑らかに動かした。

自分の猫としての部分を嫌っているリニスとしては、アルフの獣っぽい行動は時折目に余るのだろう。

僕個人としては、リニスの猫っぽい所も可愛らしくて好きなのだが。

そんな僕の内心を尻目に、リニスはコホンと咳払いをし、順番に僕とフェイトを見つめた。

僅かに緊張し、言う。

 

「結論から言えば、ここの人員は、心が綺麗過ぎます」

 

 と言うのが、リニスとアルフの言い分であった。

権力を持つと人は腐敗するという何故か不変の法則が有るとおり、通常権力者はどんどん腐敗してゆく。

アティアリアは管理世界の中では後進的とは言え、それでも権力を握れば心が腐ってゆくのは止められないだろう。

無論心が綺麗なまま進んでいける人も居るには居るのだろうが、少数派には違い有るまい。

だがしかし、アティアリアでは違った。

 

「ここ一年ほどの政治において、不正が見つからないのです。証拠どころか、不正が行われたという形跡や、憶測されるべき物事すらも」

「まぁ、リニスの隠密魔法でも入れる場所が限られているんだけど、それにしてもさぁ……」

 

 恐るべき事に、ある時期以降、アティアリアの政治家の殆どは不正を一切しなくなったのだと言う。

正確に言えばリニスとアルフでは見つけられなかったという事になるのだが、それだけでも恐るべき事実である事に違い有るまい。

アルフの調査能力は知らないが、リニスのそれはプレシア譲りの頭脳に僕の戦いの中で磨かれてきた、一級の物である。

政治がらみは専門分野ではないが、不正に関する事を何一つ見つけられないというのはいくらなんでもおかしすぎる。

百歩譲って何かの出来事で政治家の心が綺麗になったとしよう。

清濁併せのむ事無い清廉な行為しかしない上司に苦労するのは、下の者である。

しかし。

 

「加えて、館内や神殿で働く者達も、心が綺麗過ぎるのです」

「この3日間、誰一人休憩時間にすら、愚痴の一つも言わなかったんだ。それどころか、冗談でも汚い言葉を使わない。馬鹿とか、阿呆とか、そんなのをね」

 

 気味が悪いぐらいだったよ、と言って肩をすくめるアルフ。

隣では悔しげなリニスが、溜息と共に言った。

 

「お陰で不正や噂話を見つける事もできず仕舞いでした。何かが異常だと言うことだけは分かったのですが、それ以上は……」

「面目ない。折角リニスとの共同捜査だったのになぁ……」

「そんなことないよ、私も大したことは調べられなかったし」

 

 と告げたのは、フェイトである。

腰掛けた椅子から体を前のめりにさせ、肘をつきながら言った。

 

「私は主に管理局執務官として、社交の場に出てみたよ。噂話とか、あの巫女姫……アクセラ・クレフの事とかね。彼女の評価は、真っ二つ。異常に彼女の事を賛美する崇拝者と、不気味に思っていて腫れ物のように扱っている人たち。前者と後者で、8:2ぐらいの割合かな。共通しているのは、魔導師としての力量が高いって事ぐらい」

「そりゃ随分だな……」

 

 どう考えても普通逆の数字に、思わず僕は軽く突っ込みを入れてしまう。

流石に呆れた僕の表情に、フェイトも困り顔になり、視線を足下へとやった。

少し頬を赤らめながら、続ける。

 

「まぁ、冗談なら良かったんだけどね……。本当なんだよ。事実は小説よりも奇なりだね。経緯としては、最初アクセラは御神輿扱いの魔導師だったらしいよ。まぁ、戦闘力があっても、宗教関連だし」

「アティアリアは建前では政教分離しているしな。建前ではだが」

「うん。まぁ、一年前までは実質、支持母団体にカトナ神殿が入ってたみたいだしね。でも教徒の中でもアクセラは御神輿でしかなかったみたい。実質的な権力は他の人間が握っていたんだけど……」

 

 と、そこで眉をひそめるフェイト。

顎に手をやり、ぷっくりとした唇を指で撫でながら、続ける。

 

「その人達、一年前から実質政治から手を引いているんだよね……。で、アクセラがいきなり賛美されるようになって、彼女の元に政治家が訪れる事が増えた」

「うへぇ……。なんか大体予想がついてきたな……」

 

 と、思わず漏らす僕に、フェイトもまた頷いた。

その瞳に複雑な光を浮かべつつ、異口同音に、4人で言う。

 

「洗脳」

「……だよね?」

「だよなぁ」

 

 思わず顔を見合わせる僕たち。

そういった魔法が得意なのか、それともロストロギアの類いの力なのか、もしくは噂の死者復活と関連していると思われる再生の雫にそういった機能があるのか。

どれが正解なのか不明だが、どう考えてもこの状況にはその類いの魔法が必要だ。

反吐が出るやり方に、僕は表情は軽いままに、僅かに歯を噛みしめる。

蘇生以前に洗脳された人間に、それこそアクセラの言う幸せなどある筈があるまい。

邂逅の時、アクセラが瞳に見せた頑なな光は、僕に内心を見抜かれないための防壁だったのだろうか?

それなら一瞬でもアクセラが信念を露わにしていると思った僕は、最低の間抜けだろう。

自分とアクセラの両方に対し、僕は腹腔が憎悪で熱く燃えるのを感じた。

さて、問題はその証拠なのだが。

 

「さて、俺の番だが……、俺はちょろちょろっと裏技を使って、証拠品を集めていた」

『証拠の撮影物です』

 

 とティルヴィングのコアから写真を投影、空中に書類の類いを何枚か映す。

投影された内容は、死んだ筈の人間とその顔写真と、その人間が死亡日以降に平気な顔をして歩いている写真である。

思わず、と言った様相で目を見開くフェイトにアルフ。

2人がパクパクと口を開け閉めしている間に、僕が続ける。

 

「入手先は秘密だが、これで裏が取れただろう? この中にフェイトが言う賛美者は混じっているか?」

「な、ウォル……うぅ、分かったよ。えーと、この中では少なくともこの3人はそうかな」

 

 秘密と言っても、単に忍び込んで撮ってきただけであった。

当然の如くフェイトから追求が来ようとするも、無駄と悟って彼女は話を続ける方を選ぶ。

実を言えば結構胃を痛めていた小心者の僕は、内心ほっと溜息をついた。

法の網をかいくぐったり、グレーギリギリの行為をするのは慣れっこだ。

しかし流石に、執務官のフェイトにそういった行為の拾得物を見せるのには勇気が要った。

無論話がこじれるのは単純効率の悪さでも嫌だが、そもそもテスタロッサ家と関係の深い僕である、正直フェイトに嫌われたくない気持ちはかなりある。

というか、僕は人間としてフェイトの事を結構尊敬している訳で、彼女に嫌われる事を想像すると体が一回り小さくなったんじゃないかというぐらいの不安が沸いてくるぐらいだ。

彼女が多少の清濁を併せのんでくれて良かった、と安堵しつつ、続けて告げる。

 

「ま、他にも資料はあるが、これで決まりだな。あとは管理局に要請して正式な調査をすれば、片が付く話だ」

「え? でも、普通こういうのはすぐに隠蔽……って、あ、そうか」

「あぁ」

 

 言って視線をリニスへ。

自信に満ちた微笑みと共に、彼女が告げる。

 

「アティアリアの政治家は、ここ一年ほど不正をしていません。これが洗脳によるものであれば、実際に操作が及ぶまで不正を隠す事も難しいかと」

「他の命令を受けているとしても、命令の矛盾で手際悪い隠蔽しかできないだろうな。ま、今回は俺の出番は……」

 

 直後、僕のシックスセンスに引っかかる僅かな魔力の揺らぎ。

溜息。

胸元のティルヴィングを握りながら、眼を細めるリニスを尻目に、視線をフェイトとアルフへ。

 

「無かったら、良かったんだけどなぁ」

「……っ!」

 

 遅れてフェイトとアルフが腰を浮かすと同時、宿のドアが吹き飛び、窓硝子が割れて四散する。

僕は窓側をリニスに任せ、吹っ飛ばしたドアごと切断してこようとする斬撃を、セットアップしたティルヴィングで切り払う。

槍型デバイスを離さず吹っ飛ぶ前衛魔導師と、それを避け構えを見せるもう一人の前衛魔導師。

背後からは二色の光弾が黄色の弾丸に打ち負けていくのが垣間見えた。

鼻で笑い、バリアジャケットの黒いコートを翻しながら、僕は叫んだ。

 

「やれやれ、たった4人とは俺たちも安くみられたもんだぜ!」

 

 言うと同時、階下と階上で魔力反応。

天井をぶち抜きながらハルバードを振るう魔導師に、アルフの防御魔法が拮抗し、部屋の端へと押し戻す。

床板をぶち抜いてきた砲撃は、フェイトがバルディッシュを振るい窓側へと弾き、弾幕を張ろうとした魔導師を牽制した。

6人の魔導師は、全員がAランク前後の魔力を秘める強力な魔導師である。

刹那、沈黙。

疲れ果てた声で、フェイトが呟く。

 

「……ウォルター、口は災いの元って、聞いた事ない?」

「…………ちょ、丁度いいぐらいのハンデだなっ!」

 

 引っ込みが付かなくなった僕のセリフと同時、強烈な魔力反応が遠方から。

思わず防御を固める僕らを尻目に、世界が震える。

地震と間違うような振動が走るが、アティアリアは地震など滅多に起きない大陸である上に、魔力反応の炸裂が僕らにその結果を教えた。

 

「小規模次元震……!」

「く、次元震自体は他次元世界から観測できない程度の小規模さですが、これは……他次元世界との通信が絶たれている!? という事は、転送もですか!?」

 

 そう、僕ら4人はアティアリアに閉じ込められたのである。

遅れて僕は、フェイトの言う先輩執務官がどんな運命を辿ったのか理解した。

フェイト曰く彼女より凄腕の先輩達は、当然の如く真実を突き止め、そしてこんな風にアティアリアに閉じ込められた上で洗脳されたのだろう。

そしてその後管理局を辞し、アクセラの私兵辺りにでもされているに違いない。

非協力的だという管理局の出張所も、恐らくは既に全員洗脳済みか。

そんなことを考えつつ、僕は静かに視線をちらりとフェイトへ。

ジト目で見つめている彼女に、思わず視線を大きく逸らす。

 

「ウォルター……?」

「ご……ごめんなさい」

 

 と、僕が謝った、その瞬間である。

ドアに立つ3人の魔導師が、本来塞ぐべきドアがあった場所を空けた。

同時、僕の耳は床板の軋む2人分の足音を捉えている。

いくらなんでもオーバーキル過ぎはしまいか、と思いつつも、僕はフェイト達と目配せ。

流石に場所も人数も悪い、立て直そうと意図を交換する。

そんな僕らを尻目に足音は近づいてきて、ついにその姿を現した。

 

「え……?」

 

 と、フェイトの呆然とした声。

一人目の魔導師は、紫色の髪を腰まで伸ばし、僕に何度言われようと止めなかった邪悪な魔女のようなドレスのバリアジャケットを着た、妙齢の女性。

その恐るべき魔力を隠す事無く足を進め、3人の魔導師の真ん中に陣取る。

手には宝玉のついた、さんざんティルヴィングでぶつけ合った記憶のある、あの杖型デバイス。

その瞳には哀愁が込められ、かつてとは違う冷静さを宿したままに。

彼女の名は。

 

「プレシア母さん……?」

「えぇ。久しぶり……と言うには、まだ早いかしら。私の葬式から、1年も経っていないようだしね」

 

 戦慄するフェイトの声色は、明らかに正常の色を失っている。

しかし僕は、そんな彼女を気遣う余裕など無かった。

僕は頭の中が真っ白になるのを自覚しながら、静かにその後ろから現れた、10歳児の肉体に魂を秘める、当時と変わらぬ彼を見つめていた。

黒髪黒目。

中性的な僕の顔を男性的にしたような、僕と割と似ている顔の作り。

AAランク相当という高めの、そして肌を刺すような恐るべき質の魔力。

“家”で着せられていた、薄いグリーンの患者衣。

そして何より、その秘める魂を体現したような、激烈な表情。

 

「UD-182……?」

 

 僕は、震える声で問うた。

どうか答えないでくれ、とも、どうかその通りであってくれ、とも、どっちつかずの願いを込めながら。

リニスが息をのむ音。

疑問詞を浮かべるフェイトとアルフ。

それらを置き去りにして、果たして願いは片方叶えられた。

彼は静かに口を開き、その炎の声で言って見せたのだ。

 

「あぁ。久しぶりだな、UD-265。……7年ぶりって所か」

 

 僕は全身全霊を賭して、この場で崩れ落ちない事を維持せねばならなかった。

 

 

 

2.

 

 

 

「操り人形って所だ」

 

 油断無く構えながら、UD-182は言った。

僕の記憶と寸分の違いも無い様子に、必死で手綱を取ろうとする心が暴れ回る。

許されるなら、僕は今ここで跪いて泣き出したいぐらいだった。

けれど状況が辛うじて僕を押しとどめ、続く彼の言葉にそれが正解だったと知る。

続いて、自身の行為の正しさに喜べばいいのか、それともUD-182が完全な姿で復活したのではないことに嘆けばいいのか、一瞬迷ってしまった。

というか僕は、もし後者だったとして、どうするつもりだったのだろうか。

余裕があれば考えたい事だったが、戦闘態勢に入ってから考える事ではあるまい。

考えを先送りにし、僕はティルヴィングを握る手に力を込める。

それを、どうしてか喜ばしげにUD-182。

 

「ま、完全な洗脳って訳じゃあないが、アクセラに蘇生させられた人間は与えられた命令に逆らえないみたいだ。つってもこの6人は何の命令も与えられていないらしいがな」

「私たちに与えられた命令は、話せないわ。理由は察してちょうだい」

 

 言って、プレシア先生が全員に視線をやった。

僕にとって恩師である彼女もまた、僕にとって割とクリティカルな敵なのだが、流石にUD-182のインパクトが前では霞んでしまう。

震えを辛うじて押さえながら、やっとのことで僕は仮面を被ったまま口を開く。

 

「命令を話せないっていう命令、か」

「応。で、続いて本人から話しがあるみたいだぜ」

 

 言って、UD-182が視線を中空へ。

直後空中に平面映像が投影、白い巫女服を着た褐色肌の少女、アクセラが映る。

ぺこり、と一礼。

その翡翠の目を僅かに細め、口を開く。

 

「こんにちは、ウォルター様、フェイト様、そして使い魔のお二方」

「アクセラ・クレフ……」

 

 フェイトが怖々と告げるのに、アクセラは天使のような柔らかな笑顔を浮かべた。

呼び捨てに6人の魔導師達がデバイスをカチャカチャと言わせるが、正直、僕もフェイトもそれを気にする精神の余裕が無い。

僕もまた、周囲への警戒がおろそかになるほどに映像に集中する。

 

「見ておわかりになったでしょうが……、一から説明します。私は管理局の定めるロストロギア・再生の雫を持っています」

 

 言って、胸元からペンダントを取り出すアクセラ。

褐色の手の先には、銀の鎖で繋がれた青い涙滴型の宝石がある。

あれが、再生の雫。

死者蘇生のロストロギア、と聞いては居たが。

 

「私は再生の雫を用いて、死者を蘇らせる事ができます。そしてそれは、死んだ直後に限らず、私が直接は知らない人間も生き返らせる事ができるのです」

「……参考までに、どうやってなんだ?」

「今回の場合は、ウォルター様とフェイト様、2人にとって最も大切な死者を選ばせて貰いました」

 

 瞬間、背筋を悪寒が走る。

最も大切な死者という台詞に、思わず僕はクイントさんの事を想起してしまった。

無論、僕にとってUD-182が最も大切な死者である事に変わりは無いが、既に処理できている部分が多いのは確かだ。

対しクイントさんの死は、未だ消化しきれていない部分が多い。

つまりもし、アクセラの選んだ条件が違えば、クイントさんが現れた可能性すらあったのか。

どちらにしてもクリティカルな事には違いないだろう、果てしなく嫌な可能性だった。

 

 いや、しかし、それにしても、と僕は思う。

それにしても、アクセラの条件はちょっとファジー過ぎないだろうか?

最も大切なんて曖昧模糊とした条件で、それでも死者を生き返らせる事なんて本当にできるのだろうか?

疑問が頭を過ぎるが、目前のUD-182が偽物とは思えない現状、無意味な問いでもあった。

とりあえず保留にする、という選択肢を選ぶ僕。

そんな僕に対し、アクセラは微笑みと共に言った。

 

「そして私はこれから、再生の雫を使って死者の無い世界を作ろうとしています」

 

 半ば予想していた答えではあった。

フェイトがいきり立って半歩前に出ようとするのを、僕は止めた。

何か言いたげにするフェイトに、僕は軽く視線を送って黙らせる。

続けて僕は言った。

 

「この2人は、その証明の為に蘇生したのか? それとも、俺たちに対する戦力のつもりで? それとも……人質のつもりでか?」

「さて、それはどうでしょうかね? その判断は、あなた方に任せますよ」

「…………っ!?」

 

 息をのむフェイト。

そう、僕らは死者蘇生のメカニズムなど分かるはずなどなく、故に僕らは証明できないのだ。

アクセラがUD-182とプレシア先生を蘇生したように、今この瞬間殺す事ができない、などとは。

それが自然な状態に戻るだけだと分かっていても、UD-182が再び死んでしまう事を考えると、僕は今にもこの場で卒倒してしまいそうになる。

けれど様々な意味で僕はそれを己に許せない。

仮面を外してしまう行為でもあるし、何より僕はUD-182の前でも格好付けたかったのだ。

あまり彼の前で、無様な格好を見せるわけにはいかない。

それは自然に沸いてきた感情であると言うより、むしろそうでも思わなければ立っている事すらできないかもしれないから、という理屈と利益に基づく感情であった。

そんな風に必死で自分を奮い立たせる僕に精神リンクで気付いているのだろう、いつの間にか近づいてきていたリニスが僕の肩に手をやった。

僅かに震えながらも、僕は必死で歯を噛みしめ沸いてきそうな涙を奥底に沈める。

決して乱れぬよう鍛錬した筈の呼気までもが、僅かに乱れた。

 

「さて。死者の無い世界は、私の理想です。死の恐怖の無い世界で、人間は必ず利己性を捨てる事ができ、必ずしや人類全体への幸福がもたらされる事でしょう」

「何故言い切れる?」

 

 鋭く……というより、鋭くあってくれ、と願うように僕は言った。

幸い不自然な声ではなかったらしく、当然の疑問を待ち構える目のアクセラ。

反論する程度で一々UD-182が殺される可能性は低い、と分かっていても、心が折れそうになる。

肩から伝わるリニスの体温と、共に戦い続けてきたティルヴィングの冷たい温度だけが、辛うじて僕を支えていた。

 

「再生の雫を使えるのがお前しか居ない事や、再生の雫が一個しかない事に、再生の雫が次元震のリスクを孕んでいる事。それら3つは、絶対に解決が不可能って訳じゃあない。再生の雫の過去の適正者や制作者を蘇生すれば、それで済む話だからな。当然いくつかは難問もあるんだろうが、絶対不可能って訳では無いんだろう。だが、食料問題に土地問題はどうやって解決する? いや、それ以前に人間が利己性を捨てるとは思えねぇが……」

「あら、話が早いですね。以前同じ提案をした執務官の方々は、毎回その3つの問題もこちらから解説しなければなりませんでしたわ」

 

 にっこりと微笑みながら、アクセラは両手を広げた。

満面の笑みを浮かべ、告げる。

 

「食料問題と土地問題は、そもそも蘇生に特有の問題ではありません。延命技術の発達には必ずついて回る問題ですよ。この点で医療の進歩を批判せずに死者蘇生を批判するのは、程度問題に過ぎません。そして、死者蘇生が大々的に行えるようになれば、過去の偉人をいくらでも蘇生できるのですよ? 悲観する程の問題だとは思いませんがね」

「技術の発展には才能だけじゃなく時間も必要だと思うが……、そこは主張はできても、お前を説得できる程の明快な理屈ではねぇか」

「お早いご理解で」

 

 一応僕も魔法技術においてある程度の知識は持っており、当然技術史もかなり簡単にだが頭に入っている。

とは言え専門家ではないのだ、アクセラを説き伏せるほどの理屈は唱えられなかった。

が、僕にとって最も大きな問題はそこではない。

誤魔化しで説得されるつもりはない、と睨む僕に、微笑みながらアクセラ。

 

「そして、死の無い世界で人間が利己性を捨てる理由、ですね?」

「あぁ。そんなもの、ある訳が……」

「あります。事実、あなた方は見て来たでしょう?」

 

 瞬間、背筋が凍り付くような戦慄。

まさか、と呟く僕に、フェイトが小さく、え? と疑問詞を呟いた。

指先まで冷え切り、微細に震える僕に、アクセラが告げた。

 

「アティアリアにおいて、死者蘇生を知る人々は皆、不正をしなくなった事を。……心が綺麗になり、罵詈雑言すらしなくなったという、明快な事実を」

「…………ぁ」

 

 誰が呟いた言葉だったのだろうか。

小さな、喉が震えるような声を最後に、その場に沈黙が満ちた。

重苦しい沈黙の中、僕は最早思考を上手く回転させる事すらできなくなっている。

UD-182の蘇生、仮面の意味、戦う意味、死の無い世界は本当に否定すべきなのか、今言われた事実の反証。

考える事が多すぎて、流石に頭が回らない。

だが、頭は混乱し、心はふらついていても、体に染みついた仮面は、僕を動かして見せた。

チャキ、と小さな金属音。

無言で僕がティルヴィングを構えた、その音であった。

 

「交渉決裂……というより、冷静に考える為の時間稼ぎ、という所ですか。しかし、ウォルター様の戦闘能力であれば、一人で次元震の影響を乗り越えて逃げる事も不可能ではないでしょう」

「いや、流石にそれは無理だと思うが……」

 

 言いつつも、僕は己から発する魔力をより濃密にしてゆく。

戦闘準備、の振りをして近くの次元世界の管理局支部に強化念話を送ってみると、アティアリアの外に通じはしないのだが、手応えが全く無い訳ではなかった。

リニスの技術でも僕の超魔力でも通じないとなると念話不可能と言えるだろうが、次元震の発生地から離れれば、確かに連絡も不可能とは言い切れない。

まぁ、転送は博打過ぎて流石にしたくないのだが……。

とにかく。

するとアクセラ達は僕らを野放しにする事はできず、かといって監視下でゆっくり考え事ができると思う程、僕は状況を楽観視していなかった。

当たり前だが、アクセラが死者蘇生を知る人間全てを洗脳しているという可能性も別に無くなった訳ではないのだ。

そして僕は、自分の精神力という物を1ミリたりとも信用しておらず、洗脳に対抗できるなどとは考えていなかった。

となれば、少なくとも現時点では決裂である。

同じ結論に至ったのだろう、フェイトもまたデバイスを握る力を強くするのが、視界の端に映った。

 

「では、貴方が考えを改めて、自らカテナ神殿に来てくださる事を祈っております」

「抜かせっての……」

「そんなこと、無いですっ!」

 

 呆れた僕の声と、フェイトの強がった声を最後に、投射映像が切れる。

僅かな沈黙。

僕は視線を下ろし、UD-182へとやった。

なんでだろうか、意味は不明だが、やたらとキラキラした目で拳を構えるUD-182。

真逆のテンションでティルヴィングを構える僕。

 

「へへ、そいじゃあ喧嘩って事になるわな。お前が強くなるとは思っていたが、この年で次元世界最強の魔導師なんて呼ばれてるたぁ、思ってなかったからなぁ。楽しみで仕方ねぇや!」

「君は……」

 

 と言ってから、僕は歯を噛みしめた。

万力で全身を制御し、心臓の鼓動さえ操ろうとするぐらいの心意気で仮面を被り直す。

眼を細め、敵意を込めて言い直した。

 

「お前は、本当に元気だな……。本当にな」

「へへっ、それが取り柄でなぁ!」

 

 叫ぶと同時、UD-182を中心に魔力の奔流が風を巻き起こす。

隣ではプレシア先生が溜息交じりに超常の魔力を解放し、紫の魔力光をうっすらを放ち始めた。

僕もフェイトもリニスもアルフも戦闘態勢へ、周りの6人の魔導師達もデバイスを握りしめて。

戦闘の火蓋が切られようとする、その時である。

UD-182が、何でも無い事のように言った。

 

「そういや、戦闘中に分かって動揺されたくないから言うけどよ」

「何だ?」

「俺たちは純魔力生命体って奴になってるみたいだからな。非殺傷設定魔法……魔力ダメージでも、食らえば物理ダメージと食らったのと同じ事になるみたいだぜ」

「…………は?」

 

 思わず呆然とする僕に向かい、UD-182は床を蹴った。

 

 

 

3.

 

 

 

「おぉぉおぉっ!」

 

 咆哮。

同時、ティルヴィングを器用に振るってUD-182の手を柔らかく弾く。

そのまま反転、Aランク魔導師達の魔力弾を弾き返しつつ、咄嗟にそのまま切り捨てようとして、押し止まった。

UD-182の言は本当らしく、これまでの幾度かの交錯でUD-182の防御を抜いた攻撃は、物理ダメージとして通っている。

そしてそれは他の6人の魔導師達も同じようであり、それはつまり、僕の超魔力で切りつければ殺してしまう可能性すらあると言うことだ。

これが、心底の敵であると確信している相手であれば、僕は心を押し殺して殺人にすら手を出していたかもしれない。

しかし僕は、未だにアクセラの言葉を否定しきる事ができなかった。

全力攻撃の代わりに魔力を手加減した攻撃を放つも、その一瞬の合間を使って避けられてしまう。

舌打ち。

 

「やりづらい事この上ねぇな、本当!」

「ウォルター、バインド苦手だもんね……」

 

 言いつつ、フェイトもまた苦戦している。

こちらはそもそも全力を出せても勝てるかどうか不明なプレシア先生相手であり、リニスを彼女の援護に行かせ、アルフを加えて3対1なのだが、それでも互角と言った所か。

残る魔導師とUD-182をまとめて相手にする僕も、流石にこの人数差で苦手なバインドを決められる余裕は無い。

それでも未だに相手をできているのは、魔力による力押しではない、技術による魔剣技を鍛えていたからだろう。

それを悟っているのか、目を爛々と輝かせるUD-182。

 

「すげぇ……、あんなに剣とぶつかってるのに、俺の拳、壊れるどころか殆どダメージがねぇぞ……!! なんつー剣技だよ!」

「余裕だなぁ、おい!」

 

 叫びつつ僕は、フェイトと視線を交錯。

この場は逃げるが勝ちと伝え合い、同時に魔力を床板にたたきつける。

白と黄金の閃光を目くらましに、僕らは宿の窓から飛び出した。

残っていた窓硝子が空中を舞い、砂っぽい空気の中、夕焼けの放つ最後の光を反射する。

遅れて、空中を舞う僕らへと雨のように直射弾が飛んできた。

定石通り地上へ向かって逃げて人混みに紛れようとするフェイトの襟首を掴み、僕は急上昇。

 

「な、何を!?」

 

 とフェイトが叫ぶと同時、地上の人々すれすれの所の巨大な紫の雷が、数本。

外部供給無しでもSランクという超常の魔力によって放たれた、プレシア先生の砲撃魔法であった。

食らっていれば、防御の薄いフェイトでは致命的となり得ただろう。

 

「あ、ありがとう……」

「ま、いいって事よ。とりあえず逃げ切る方法を考えなくちゃなっと」

 

 青い顔で告げるフェイトの襟首を離し、ティルヴィングを構える僕。

砂塵を切り裂く雷を見たのだろう、人々が悲鳴を上げ始めるのが眼下に見えた。

何とか苦手な閉所から空中へ出てフルスペックを発揮できるようになったのだが、そもそも非殺傷設定が意味を成さない今、さほど大きいアドバンテージとはならない。

加えて不幸な事に砂塵は晴れ間に入ったらしく、視界は悪くないため、逃げる難易度が上がっている。

ついでに言えば、地上ではここから逃げだそうとしている人ばかりのため、あまり時間をかけると紛れる人混みが無くなってしまう。

内心溜息をつきながら、砂塵を突っ切ってきたUD-182の拳をティルヴィングの腹で受け止めた。

視界の端では、プレシア先生へと接近しようとするフェイトの姿が。

本人を攻撃できないのでデバイス狙いか、と内心見当を付けつつ、僕は意識を目前のUD-182へと。

 

「ははっ、命令で縛られてるのは気分悪ぃけど、まさかお前と戦えるなんてなぁ! いい日が来たもんだぜ!」

「……さっきは元気つったけどな、それを通り越して呑気だよ、お前は」

 

 言いつつ、僕は内心不安を感じた。

僕は、UD-182は死の無い世界に反対していると思っていた。

けれどそれにしては彼は楽しそうに僕に殴りかかってくるし、特別アクセラに反抗しようとしている様子も無い。

もしかして、と言う恐怖に、僕は内心打ち震えた。

疑問詞が、流れるように口を突いて出る。

 

「と、いうか。お前は死の無い世界に、賛成なのか?」

「へ? なんでお前がそんな事を聞くんだ? 俺の意見がどっちだろうと、お前はそれに左右されないだろ?」

 

 純粋に疑問に思っている様子のUD-182に、ぴくりと僕は震えた。

UD-182が賛成だとして、僕は果たしてどうするのだろうか。

そもそも僕が仮面を被って生きてきたのは、UD-182の信念を世に示すためである。

死の無い世界がUD-182にとって否定すべきもの、という僕の考えが、もしも間違っていたのだとすれば。

僕は、アクセラに協力すべきではあるまいか。

管理局などの勢力と戦って次元世界から死を駆逐する戦士として、彼女に従うべきではあるまいか。

それも、かつての夢の通り、UD-182の隣で剣を振るって……。

 

 僕は内心頭を振るい、甘い夢想をはじき出した。

あまりゆっくり考えられる状況ではない今、まともな考えが僕にできるとは思えない。

一端引くという一時的な目標を忘れてはならない。

それを自身の胸に刻みつけるように、僕は固い声で言った。

 

「まぁな。でも聞いておきたいのが人情ってもんだろ?」

「……そう、か。ま、俺は賛成だがな」

「…………っ」

 

 悲鳴を上げないようにするので、精一杯だった。

流石に動揺を隠せない僕に、何処か訝しげな視線を向けながら、UD-182。

 

「つっても、アクセラの言葉が全部正直で正確な物だった、っつー前提の上でだが……。俺は、死の無い世界だろうと人の魂の輝きが無くなるとは思っていない。少し違う輝き方にはなるだろうが……」

 

 言って、UD-182は視線を僕の目へ。

その圧倒的な精神力が、物理的圧力を伴っているかのように、僕へとたたきつけられる。

心に火が灯るかのような感覚。

胃のもっと奥の、腹腔が燃えさかるかのように熱くなる。

何時も悩みうじうじしてばかりの僕の心の汚濁が、燃えさかる炎と触れ合い、爆発するかのような勢いでその莫大な熱量を解放した。

 

「必ず、人は輝ける。俺はそう信じている!」

 

 理屈なんて無いに等しいのに、信じたくなるような言葉であった。

これが。

これが、UD-182だ。

オリジナルの、最も輝ける人類の至宝たる魂。

僕の親友にして、僕が全てを賭してでもその存在を証明し続けたかった、燃えさかる炎の心。

 

「だから、俺はお前が相手であっても戦う。俺の信じる物の為に。掴むんだ、求める物を! 俺はそれを、絶対に諦めない!」

 

 構えるUD-182の魔力は、高い事は高いが、僕よりも数段下の物。

相手になんてならない筈で、本気で戦えば数合で僕が勝つ事間違いない。

だが、なのに一体何なのだろうか、この威圧は。

全身を針で刺すような緊張感が襲い、僕は反射的にティルヴィングを構え魔力を解放していた。

力の差は歴然で、僕が勝つと言う未来は確定している筈なのに、死の気配すら感じる緊張感でいっぱいになる。

恐怖に顔面が熱くなり、涙が出そうになるのをこらえるのに、僕は必死だった。

 

 勝てない。

何故か、そんな確信が僕の中に過ぎりさえする。

僕は、つい口を開いた。

 

「僕は……」

 

 いや、と僕は辛うじて口を閉じる事に成功する。

しかし、彼を前にしては、それですら遅かったのだ。

UD-182が目を見開き、呟くように言った。

 

「お前……もしかして、この7年で変わったんじゃあなくって」

 

 止めろ、止めてくれ。

内心で泣き叫び、僕は今すぐに出さえティルヴィングを振るって彼の口を閉ざさせるべきだと思うのだが、体が言うことを聞いてくれない。

結局僕が止める間もなく、UD-182は言った。

 

「仮面……、なのか?」

「…………っ」

 

 息をのむという僕の言外の肯定に、UD-182は呆然と目を瞬く。

僕は、真っ白になった頭で何も考えられず、ただただ棒立ちになっていた。

UD-182が、次に口を開こうとした、その瞬間である。

 

「きゃぁあっ!?」

「フェイトっ!?」

 

 悲鳴。

僕は咄嗟に高速移動魔法を発動、負傷したフェイトの前に立ち、カートリッジを排出。

超常の魔力を発揮し、反射のままに目前に迫る砲撃へと剣を振るう。

 

「断空一閃!」

 

 咆哮と共に、紫色の雷を切り裂き、それでも僕の断空一閃はまだ終わらない。

そのまま回転しつつ、追撃として放たれた6人の魔導師達の砲撃魔法を相殺。

続けて直射弾をばらまき、牽制の一手とする。

運が良いことに、包囲の一部が今の攻防で空いた。

 

「あんた今まで何を……!」

「すまんアルフ、今は逃げるぞ!」

「あぁ、もうしょうが無いねぇっ!」

 

 リニスとアルフと共に、僕はフェイトを抱えながら、何も考えずにただただ直射弾をばらまいた。

流石に足を止める魔導師達を捨て置き、最高速度の飛行魔法でこの場を逃げだそうとする。

その最後に、僕の耳朶へとUD-182の叫び声が、聞こえてきた。

 

「俺はお前に、そんな生き方をして欲しくって、夢を託したんじゃあないっ!」

 

 心が削がれるような、このまま墜死しそうになってしまいそうな、恐るべき重さの言葉。

それでも、抱えている傷ついたフェイトの体温が辛うじて僕の意識を引き戻し、僕は辛うじて墜ちずにその場から逃げ出す事に成功したのであった。

 

 

 

 

 

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