仮面の理   作:アルパカ度数38%

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お腹風邪にかかってからペースが乱れ、実に遅れる事になりました。
が、投稿です。


5章4話

 

 

 

1.

 

 

 

 フェイトが扉を閉める、重い音。

半地下の部屋にはリニスとアルフの2人だけが残り、すぐに場は沈黙に満ちた。

フェイトを見送ったリニスは暫く視線を扉へやった後に、先ほどまで座っていたソファへと腰掛ける。

アルフは暫時迷い、結局リニスの隣に座る事にしたようであった。

どすん、とリニスの隣に腰を落とすアルフに、リニスはくすりと微笑んだ。

 

「こら、アルフ。座る時はもうちょっと女の子らしくしなさい?」

「……ちぇ、分かったよ」

 

 言いつつアルフは頭をぽりぽりとかき、組もうとした足を下ろし前屈みになる。

手を組み肘をももに下ろし、アルフは視線を天窓にやった。

つられてリニスも、視線を同じく。

時折窓の外のウォルターとフェイトとの会話が聞こえてくるが、それは意味を成さない小さな音にしかならない。

だが、リニスはウォルターがフェイトの心を立ち上がらせると確信していた。

先の、ウォルターの決意。

親友を殺してでも信念を貫き通す。

信念のためには親友でさえも殺すという、信念の化け物への一歩を踏み出した言葉。

それはリニスから見れば、ウォルターが幸せからまた一歩遠のいた事になり、決して肯定して良い筈の言葉ではない。

けれどリニスはどうしてだろうか、ウォルターの言葉に感動さえしていた。

 

 何故ならば、その言葉はウォルターの信念が彼自身の物になった事を示しているからだ。

UD-182を元とした物であった事は確かだろう。

ウォルターが常日頃から言っている通り、借り物の理想、借り物の信念だ。

けれどオリジナルであるUD-182に否定され、オリジナルであるUD-182を殺してまで貫き通す信念が、果たして借り物であるのだろうか?

否、とリニスは考える。

ウォルターは今、生まれて初めてUD-182の意思無き戦いを始めようとしているのだ。

それは例えば、今まで補助輪を外そうとしなかった子供が、自分から外し、自転車に乗ろうとしているかのようであった。

己の信念が真に己の物であると認め、ウォルターが人の心を燃やすだけでなく、それ以上の何かへと至ろうとするかのような、錯覚染みた感覚を起こすモノ。

 

 それを見て、リニスは生まれてから最大級の感動をすら覚えていた。

胸の奥が高鳴り、今までに体験した事の無いような高揚感に包まれる。

体の芯が熱くなり、火照った体が爆発するかのような力をすら得ていて。

何故だろうか、リニスはウォルターが必ず何かを成し遂げてくれるという確信をすら得ていて。

その確信が、ウォルターがフェイトを立ち直らせてくれると告げていた。

 

「あんたは、まだ私たちの姉代わりをやっていてくれるんだね」

 

 急にアルフが告げたのに、リニスの思考が現実へと引き戻される。

見ればアルフは、いつの間にか己の手を見つめ、眼を細めていた。

常の明るい性格とは打って変わったその姿に、リニスは目を瞬いた。

そんなリニスに、アルフは自嘲し、続ける。

 

「ここに来てからの私、正直パッとしなかっただろう?」

「そんな……!」

「いいんだ、本当のことなんだからさ」

 

 事実ではあった。

アルフの捜査能力は獣化しての動作である。

今回は偶々警戒が緩く役に立ったが、偵察系使い魔への警戒は普通カテナ神殿よりもっと強く行われており、あまり意味を成さない事が多い。

加えてその分野において、アルフは殆ど全ての能力がリニスに劣っていた。

かといって、戦闘においてもアルフはサポートタイプであるが、フェイトはさほどサポートを必要としないタイプである。

義兄であるクロノを目標とし、単独スキルを磨いた結果であった。

しかしその結果、アルフはフェイトとのコンビで本領発揮をできない状況にある。

 

「そりゃあ居ないより居る方がまだギリギリマシだけど、それもあと1~2年もすればひっくり返るぐらいだろうさ」

「それは……」

「リニスはウォルターの欠点を補っているだろう? 羨ましい限りだよ、ほーんと」

 

 わざとらしく溜息をつくアルフ。

事実、リニスはウォルターの欠けた部分の多くを補う、優れたペアである事は確かだ。

例えば戦闘能力において、ウォルターは最強を名乗れる強さを持つが、完全無欠とは縁遠いタイプだ。

遠距離戦闘は比較的苦手で、特に射撃スフィアの設置と広域攻撃魔法が苦手な為、特に多数を相手にした場合の遠距離制圧力に欠ける。

他にもバインドが苦手だったり、回復魔法が苦手だったりと、案外苦手な魔法は多い。

その圧倒的な基礎戦闘能力で目立っていないだけで、ウォルターは戦闘において少なくない欠点を持つ魔導師なのだ。

その点、リニスは直射弾スフィアの同時多数展開を最も得意とし、遠距離制圧力に優れた魔導師である。

バインドに関してはさほど得意という程でも無く、ディレイドバインドを扱うほどの技量は無いものの、チェーンバインドなどによる補助は可能だ。

故にリニスとウォルターは、相性の良いペアであると言える。

無論、リニスが居なければ居ないで、供給する魔力分、ただでさえ圧倒的な近接戦闘能力を持つウォルターが更に強くなるため、それはそれで恐ろしい強さになるのだろうが。

 

 アルフの自虐的な物言いにリニスは言葉を探すが、主との相性にまで恵まれたリニスがアルフにかけられる言葉は見つからない。

ウォルターであれば何か言葉を見つけられたのだろうか、とも思うのだが、それで何か言葉が飛び出てくる訳でも無かった。

困り果てるリニスを尻目に、アルフは眼を細め、軽快に告げる。

 

「私さ、そろそろ前線から身を引く事を考えるよ」

「……え」

 

 リニスは反射的に腰を浮かせた。

慌ててアルフ。

 

「いや、フェイトの魔力負担を減らす為だけだよ。子犬モードみたいに、子供モードとか作って魔力を節約してさ」

「それは……確かに、選択肢の一つではありますが……」

 

 言う通り、パートナーに負担の大きいアルフはこのまま無理にフェイトと共に行動するよりも、前線から身を引いた方が総合的な戦闘・捜査能力が高まるのは確かだ。

だが、アルフに生涯を共にと約束したフェイトが、それに果たして納得するのか。

そんなリニスの疑問詞を読み取ったのだろう、アルフは立ち上がりながら言った。

 

「別に、フェイトの負担になりたくないってだけじゃあないさ」

 

 言いつつ数歩進み、アルフは両手を広げ半回転。

リニスに視線を向け、満面の笑みと共に告げた。

 

「フェイトの、帰る所を守りたいんだ」

 

 瞬間、リニスは背筋に走る悪寒を感じ取った。

帰る所。

ウォルター・カウンタックの持たない物。

リニスが喜んだ、ウォルターが信念の為に踏み出した一歩で、離れた場所。

 

「なんていうか、フェイトは捜査では完璧に近い行動ができるんだけどさ。プライベートは相変わらずで、可愛い所だらけなのさ。もう見てらんないって事が多くて」

 

 アルフは、頭に手をやり照れ笑いをしながら続ける。

嬉しそうに語る彼女は、まるで日だまりの中に居るかのように暖かであった。

が、それとはまるで見えない壁で隔てられているかのように、リニスは寒気にぴくりと震えていた。

アルフの語る成長したフェイトは、何処かかつてのウォルターに似ている部分があった。

仕事では完璧、プライベートはおっちょこちょい。

リニスが出会った頃のウォルターは、それよりも大分暗い性格ではあったし、仕事の顔を向ける相手が自身をティルヴィングを除く全員であったが、それでも大別すれば似ている部分はある。

 

「だからさ。私は、フェイトの帰る場所を。あの子が一番自然な自分で居られる時間を、守りたいんだ」

「…………っ」

 

 だからだろうか。

アルフのその一言は、強くリニスの心へと突き刺さった。

つい先ほど、ウォルターが告げた信念の為に人生を捨てる第一歩の言葉に、喜んでいたリニスへ。

ウォルターが自然な自分で居られる時間が減る事に、喜んでしまっていたリニスの心へと。

か細い、今にも消え入りそうな声でリニスは呟いた。

 

「私は、一体……」

「ん? 何だい、リニス?」

 

 俯いたリニスに、疑問詞を告げるアルフ。

リニスがアルフにとって姉であり、保護者である事を疑っていない声色。

リニスがアルフに劣等感を感じてしまったなどとは、想像だにしていないだろう言葉。

 

 リニスは、一瞬迷った。

今ここで表情を隠さねば、アルフはリニスの異常からウォルターの異常を感じ取り、ウォルターの仮面をはぎ取る第一歩となってくれるかもしれない。

そうする事が、ウォルターの使い魔たるリニスのすべき事なのではあるまいか。

同じ契約を主から賜り使い魔となったアルフが教えてくれた、主従のあるべき姿なのではあるまいか。

 

 だが、リニスは片手を持ち上げ、ウォルターが自己暗示のためよくするように、五指を広げ顔にやった。

仮面を被るのに似た所作を終え、リニスは目を瞬く。

次の瞬間顔を持ち上げたリニスは、劣等感や罪悪感を脱ぎ捨てた、純粋にアルフへの祝福に満ちた表情となっていた。

 

「いえ、いつの間にか貴方も成長しているんだなぁ、と思いまして」

「ふふ、そりゃあ何時までもリニスに負けてられないさ。アタシだってフェイトの使い魔なんだからね」

 

 グーを作って空中を殴り抜くアルフに、リニスは悪戯な子供を窘めるような顔で対処する。

しかしその心の中には、暗い感情が幾重にも重なり渦巻いていた。

辛かった。

いつの間にか、ウォルターの幸せを一番に思えなくなってきていてしまった自分が、恐ろしく醜い物に思えてしまって。

内心でリニスは歯噛みする。

許される行為ではない、とリニスは自身を虐めた。

使い魔が一番に願うべきは主の幸せなのだ。

それはプレシアの使い魔であった頃と同じ、そのはずなのに。

 

 だが、と。

それでも言い訳をするのならば。

言葉はたった一つで済んでしまって。

 

 ――格好良かったのだ。

 

 自覚無しにとは言え、生まれて初めて自分の信念で何かを成す事を決意した、ウォルターが。

そして嬉しかった。

あのあらゆる生命を燃え上がらせる炎の意思が、何時か仮面による仮初めの物ではなく、真の意思としてこの世に生まれるかもしれない事が。

その次元世界で最も輝ける魂の持ち主が、己の主である未来が。

 

 始めはこうでは無かった筈だ、とリニスは思った。

始め、ウォルターの使い魔となった頃は、リニスはただただあの壊れそうな少年の幸せをだけ望んでいた筈であった。

信念を貫き通せなくてもいい、ただ幸せになって欲しいと、そう願えた筈だった。

その心が、無くなった訳ではない。

けれど、いつの間にか4年の歳月はリニスの心を少しだけ変えてしまっていて。

ウォルターがUD-182の魂に憧れるように、リニスはウォルターの可能性に憧れるようになっていた。

 

 ふと、リニスは思った。

その4年はつまり、リニスの主がウォルターになってからの事である。

使い魔契約の主従は精神リンクを持っており、ほんの僅かではあるものの、心の一部を共有する事になる。

であれば。

リニスのその変化は、もしかして、リニスがウォルターに似てきた事が原因なのかもしれない。

 

 そう思うとリニスは、自分の不実な心の変化を、少しだけ歓迎できて。

アルフへと浮かべる仮面の笑みは、ほんの少しだけ真実の笑みを含むようになってきたのであった。

 

 

 

2.

 

 

 

 フェイトが扉を開け外に出ると、外は既に夜の帳が落ちきっていた。

空気は冷え切り、奇襲用にと纏っているバリアジャケットの保温機能が無ければ風邪でも引いてしまうかもしれないぐらいだ。

月明かりを頼りにウォルターを探すと、扉の開閉音に気付いた彼はすぐ近くでフェイトへと視線をやっている。

 

「あれ、フェイト、どうしたんだ?」

「その……、ちょっと、お話したくて」

「そっか。じゃあその辺で座ろうぜ」

 

 言ってウォルターは、直方体となっている施設の壁に背を預け、地べたに腰を下ろした。

倣ってフェイトが腰を下ろすと、地べたの冷えた温度が腰に伝わってくる。

なんだか心まで冷えてしまったかのような気がして、フェイトは伝えようとしていた言葉を飲み込み、視線を夜空へやった。

砂塵が収まったこの時刻、見えるのは満面の星空と大きな半月だ。

僅かな間それに見惚れていると、隣からウォルターが呟く。

 

「こんなにはっきりとした夜空を見るのは、アティアリアに来てから初めてだな」

「うん……。私も」

 

 あぐらをかいたウォルターの横で、フェイトは体育座りの形で、顎を膝に乗せながらであった。

フェイトの内心は、ごちゃまぜになった感情で揺れに揺れていた。

何を聞けばいいのか、何から聞けばいいのか、それすらも分からないままで。

それでも一つだけ浮かんでくる言葉があるとすれば、謝罪だった。

 

「……ごめん、ウォルター」

「うん?」

「さっきは、酷い事言っちゃって」

「……ま、いーって事よ」

 

 言って容易く許すウォルター。

逆の立場であったらそう容易く許せるものかと思うと、フェイトは自身の小ささに見が縮む思いであった。

外気に冷やされてから、どうしてか、フェイトの頭の中にはネガティブな思いばかりが浮かんでくる。

どんどんと沈み込んでいくフェイトに何を思ったのか、ウォルターが口を開いた。

 

「そーいや、お前はUD-182の事、全然知らなかったもんな。それを知らずに俺の言動を見ていれば、ああ思うのも無理は無いさ」

「そんな……」

「だから。話せる事は全てではないけど。あいつの事、聞いてくれないかな」

 

 言って、ウォルターは空から視線を外し、フェイトへとやる。

普段の燃えさかる意思に満ちた顔ではなく、何処か儚げで、今にも壊れそうな繊細な顔であった。

思わず心臓が跳ねるのを感じ、フェイトは目を見開いた。

そんなフェイトに、ウォルターは思い出を映す為にだろう、視線を空へ。

フェイトがその横顔に釘付けになっている事など露程も知らずに、続ける。

 

「そっか、182の事を話すのは、リニス以外ではお前が初めてになるのか」

「え!? 私が!?」

「あぁ。なんっつーか、あれから7年も経つんだが、未だに整理しきれてないから、なのかな」

 

 言ってウォルターは視線を空へ伸ばした拳へ。

拳をゆっくりと開き、内側に向けた掌へと視線をやったままにした。

 

「死ぬほど、格好良い奴だったよ」

「え? ウォルターよりも?」

 

 思わず、一言目からフェイトは横やりを入れてしまった。

言ってからしまったと思ったものの、同時に自己弁護の心が沸いてくる。

何せフェイトが知る限り次元世界で一番格好良い人間と言えば、ウォルターなのである。

彼がこんな台詞を言う日が来るなど、フェイトにとっては想像の埒外であった。

そんなフェイトの内心を悟っているのだろうか、くすりと微笑みながらウォルター。

 

「あぁ。命よりも信念を優先する奴で、人生を燃やし尽くすような勢いで生きているような奴だった。死ぬ間際でも、自分が死ぬ事なんてどうでもよくて、ただ信念の事だけを気にしていたっけ」

「そう、なんだ」

 

 ウォルターもそうなんじゃあないか、と思ったものの、フェイトはそれを口にしなかった。

そうするにはウォルターの相貌は哀しげ過ぎたのだ。

普段というか、彼と出会ってからの4年間、フェイトは彼がこんな表情をするのを初めて見た。

それほどウォルターは、UD-182との邂逅で傷ついているのだろうか。

そう思うとフェイトは胸の奥がざわつくのを押さえきれなくなり、思わず衝動に任せ、ウォルターが地面に投げ出している方の手へと手を伸ばす。

ウォルターとフェイトの手が重なった。

ウォルターは流石に目を瞬き手をぴくりとさせたものの、すぐに落ち着き話を再開する。

 

「あいつは例え命令が無くとも、自らアクセラに協力しようとしていた。多分、自分の命を信念の為に軽視できる奴だから、他人の命も軽視できてしまう所があるからなんだろうな。一緒に居た時は、そんな所があるなんて考えもしなかったよ」

 

 それは私も同じだ、とフェイトは思った。

ウォルターにこんなにも繊細な部分があるなんて、フェイトは想像だにしていなかったのだ。

4年前の闇の書事件の頃、リニスとの使い魔契約の話が出た時に難しい顔ぐらいはしていたが、それでもウォルターがこんな弱いところをさらけ出すのは、フェイトの前では初めてである。

リニスの前では、使い魔たる彼女の前では、ウォルターは同じように、いやそれ以上に弱い部分をさらけ出しているのだろうか。

そう思うと、何故だろうか、フェイトはちくりと胸が痛むのを感じた。

 

「だから俺は今、あいつの信念と対立している。俺は、死の無い世界が命を輝かせるとは思えないから。その信念を貫き通す為に。例えUD-182と……」

 

 ぴくり、とフェイトの手を重なるウォルターの手が、僅かに跳ねた。

深く息を吸い、ウォルター。

 

「殺し合う事になってでも」

 

 暫時場には沈黙が満ちた。

2人の呼吸音だけがその場には残り、互いの口腔が奏でる音だけが響く。

全てを聞き、フェイトはウォルターの決意の裏にあった苦悩を悟っていた。

かつての友と違ってしまった信念、それでもそれを貫き通す為に、選んだ道。

軽いはずが無いとは地下での会話の時に既に考えていたが、ウォルターが語るUD-182の人格がその重さに拍車をかけていた。

 

 UD-182は、ウォルターのライバルだったのだ。

フェイトは、そう理解していた。

この次元世界で最も熱く燃えさかる魂を錬磨する、幼き日の好敵手。

互いを尊敬し、高め合った仲。

もしかしたらウォルターに比類しうる熱量の魂を持つ男へと成長していたかもしれなかった、その可能性。

それがUD-182なのだと。

 

 今回の事件は、ウォルターにとってそのライバルとの魂を賭した戦いなのだ。

例え親友を殺してでも、信念を貫き通す姿を見せねばならぬ、2人の男の戦い。

互いの魂の熱量を競う場所。

ウォルターの精神を疑う事など思いつきもしなかったフェイトは、そう理解した。

そして、自分がウォルターの心をある程度理解したのだ、と思った。

故に。

フェイトは今度は自分の番だと考える。

ウォルターが心を開いてくれたのだから、今度は自分がウォルターに向けて心を開く番なのだと。

 

「プレシア母さんはね」

 

 フェイトは出し抜けに言った。

すぐにウォルターがフェイトへと視線をやり、彼が耳を傾けるのを待ってから、フェイトは続ける。

 

「自分が、世界で一番幸せな母親だって言っていた。死んだ後に、それでも一度でも娘に会うことができる母親なんて、世界で一番幸せな母親だって」

 

 ぴくり、とフェイトが繋ぐウォルターの手が震えた。

ぽつり、とウォルターが何かを呟く。

誰かの名前のようだったが、フェイトの耳朶に音は形を成したまま届きはせず、拾いきれなかった。

誰か、ウォルターが知る母親であった死者の名前だったのかもしれない。

視線を夜空に向けていたため、彼の顔は分からず、どんな関係だったのかは窺い知れないが。

そう思いつつ、フェイトは続ける。

 

「だから、躊躇せず私を殺しなさい……、プレシア母さんは、そう言っていた」

「……プレシア先生の方から、望んでいたのか」

「うん。私、何も言えなかった」

 

 胸を引き裂かれるような言葉であった。

許されるのであればフェイトは叫びたかった。

なんで、もう会えないと思っていたのにまた会えて、なのに自分の手で再び母と永遠の別れを経験するなんて。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ!

叫びたくて、でもプレシアの穏やかで、とてつもなく幸せそうな顔を見ると、どうしても言い出せなくて。

フェイトは、プレシアを前に言葉を胸の中に詰め込んで、立ち尽くす他無かった。

命令とやらに縛られたプレシアは戦闘において手加減はしておらず、フェイトはまともな戦いすらできぬままであった。

 

 無様だろう、とフェイトは思う。

ウォルターはUD-182と曲がりなりにも戦いながら言葉を交わす事ができたのに、フェイトは母に対し攻撃魔法の一つも放つ事ができず、言葉さえも口にできなかった。

できたとしても、互いの魂を認め合うようだっただろうウォルター達の会話ではなく、泣き叫ぶような惨めな会話だったに違いない。

けれど、ウォルターは言った。

 

「お前たちらしい会話だな」

「……え?」

 

 フェイトは、思わずウォルターの顔を見つめる。

穏やかでいて、その瞳は何時もの通り炎の熱量を持っており、見るだけで体温が上がりそうな目だった。

 

「だって、PT事件の時を思い出せよ。あのときはプレシア先生が本音を口に出来なかったのが全ての原因だっただろう? で、フェイトはなのはとの出会いを通して、プレシア先生に思いを伝えた。それがあのときの2人の会話だった」

「うん、そうだけど……」

「今度は、逆だな」

「逆?」

 

 オウム返しに問うフェイトに、ウォルターは力強く頷いた。

繋いだ手から伝う温度に、フェイトはうっすらと汗をすらかいている自分に気付く。

先ほどまで外気で体を冷やしていた事が嘘のようだった。

 

「プレシア先生は、かつてを反省して、本音でぶつかっていて。フェイト、お前は賢しげに本音を隠してばかりいるだろう?」

「……ぁ」

 

 瞬間、フェイトは己の視界が広がるかのようにすら感じた。

狭い通路を出た先が、まるで何処までも広がる青空だったかのような感覚。

体を縛る鎖が何本もあった事に気付いていなかった事に、やっと気付いたかのようで。

こみ上げてくる熱い温度に、フェイトは空いた手で目頭を押さえた。

 

「なぁ、あのときプレシア先生にフェイトの言葉が通じたのは、なんでだった?」

「私が……本音で、全力全開でぶつかり合って! 諦めないで、立ち上がろうとしたから……!」

 

 そうだった。

フェイトはなのはとウォルターから、大切な物を貰っていたのだ。

なのはからは心からぶつかり合う事でわかり合える事を。

ウォルターからは、諦めずに挑戦し続ける不屈の心を。

プレシアを前に、フェイトはそのどちらも忘れていたのだ。

誰よりもわかり合いたいと思っていた母を前にしたと言うのに、である。

 

「なぁ、フェイト。それで今は、本音を吐くのにもう遅いか? 手遅れか?」

「ううん、全然、違うよ……!」

 

 フェイトは、大粒の涙を零しながら、思わずウォルターに抱きついた。

寸前、僅かに目を見開くウォルターを視界の端に捉えながら、フェイトは両手をウォルターの背に回す。

遅れてウォルターがフェイトの背に手を回し、その男らしいごつごつした手でフェイトの頭を撫でた。

バリアジャケット越しで上手く感じられない筈の体温が、それでも強く伝わってくる。

心とは裏腹に僅かに冷えたウォルターの体温が心地よく、フェイトはウォルターの背に回す両手に少し力を込めた。

ぎう、と。

体と体の距離が縮まる。

 

「なぁ、覚悟を決めないといけないのは確かだ。プレシア先生がこの事件から生きて帰るのも難しいし、もしそうなっても余生をまともに送るのも難しい。でも、それよりも前に、お前にはやるべき事があるだろ?」

「プレシア母さんと……お話する事」

 

 ウォルターが頷くのが、肩越しにも分かった。

嗚咽がフェイトの口から漏れ始める。

恐ろしい程の感情の奔流が、フェイトの内側を暴れ回っていた。

体の中をぐちゃぐちゃにしてゆくそれを、どうしても吐き出したくて、フェイトはウォルターを抱きしめる力を強くする。

僅かに身じろぎした後、ウォルターはフェイトを抱きしめる力を僅かに強めた。

自分が情けなくて心が崩れ落ちそうな今、ウォルターが自分をしっかりと捕まえてくれる事が、例えようも無く嬉しい。

故にフェイトは、自分の中の暗い物が燃え尽きるまで、ただただ涙を零し続けていた。

 

 暫く経ち、フェイトの中の感情が収まってきた頃。

ぽつり、とフェイトは呟いた。

 

「私……大切な事を忘れちゃってたんだね」

「無理もねぇさ。プレシア先生が亡くなってから、まだ1年も経ってないんだ」

「でも……」

 

 フェイトは、ウォルターの背に回した手を緩めた。

応じて力を緩めるウォルターの手を解き、フェイトはウォルターの両肩に手をやる。

自然、2人はそれぞれの吐息が感じ取れるような距離で顔を合わせた。

ウォルターの吐いた息を、フェイトが吸って。

フェイトが吐いた息を、ウォルターが吸うような距離。

 

「私もウォルターみたいに、揺るぎない信念が欲しいよ……」

 

 何故か、ウォルターが顔に僅かな陰りを見せた、ような気がした。

しかしそれはあまりにも一瞬の事で、見間違いだったのだと己を納得させるフェイト。

そんな彼女を、ウォルターはあの燃えさかる炎の視線で貫く。

 

「なぁ、フェイト。今お前には、本当に一つも揺らがない信念が無いのか?」

「え……?」

「なんっつーか、ふわふわした言い方しかできねーんだけどさ。お前が俺に食ってかかったのは、プレシア先生を前に動揺していた事も確かだろう。でも、本当にそれだけだったのか?」

 

 フェイトは母に対峙する事すら適わない精神しかなく、その目前で親友を殺す覚悟を決めたウォルターが眩しくて。

それだけの、筈だ。

そう思うフェイトに、熱く、それでいて何処か穏やかな瞳でウォルター。

 

「俺のことでいらついたり、嫌だったりした事。積み重なっていたんじゃあないのか? 俺には、そう思えたんだ」

「それは、ある、けど……」

 

 実験体を残して脱出した事。

それはフェイトがウォルターに反感を覚えた切欠で。

でも、それがどうしたのだろうか、とでも言いたげなフェイトに、ウォルターが告げた。

 

「なぁ。信念ってのは、作ろうとして作るもんじゃあない。何時でも胸の中にある物で、大変なのはそれを見つけたり、見失わないようにする事だ。だから必ず、お前の行動の裏には信念が見つかる筈なんだ」

「そう、かな」

「あぁ。俺はお前の信念が、何となくだが分かる。でも、そういうのは自分の心で見つけて、初めて貫き通す力がわき出すもんだ。だから……」

「うん……」

 

 実験体を残して出たウォルター。

思い浮かぶのは、子供を相手にしていた事、だろうか。

それだけでは、と思うフェイトに、穏やかなウォルターの声。

 

「別に今回だけじゃあなくていい。今までのお前の人生で、大きかったと感じた出来事を思い出すんだ」

「大きかった、事……」

 

 フェイトは瞼を閉じる。

子供。

子供の時、自分が一番嬉しかった事は何だっただろうか。

母を助けられた事?

ウォルターの言葉を授けられた事?

そうじゃなくて。

 

 ――私が居るよ。

 

 なのはの言葉。

自分には母しか居ないと、狭い世界で閉じこもっていたフェイトの心を広げた、一言。

 

 天啓に、フェイトは思わず目を見開いた。

興奮で思わずウォルターに顔を近づけ、告げる。

 

「そっか、私は、言ってあげたいんだ。自分一人になってしまって、誰も助けてくれなくて、自分には誰も居ないって、そう信じてしまっている子に」

 

 わき起こるような興奮が、フェイトの胸の奥から全身へと広がっていた。

血潮は熱く、今にも破裂しそうなぐらいに体中に力が満ちてゆく。

その興奮を言葉に乗せるようにして、フェイトは力強く告げた。

 

「――貴方は、一人じゃないんだよ、って」

 

 刹那。

ウォルターが、泣きそうな顔をした気がしたけれども。

次の瞬間には熱い意思が籠もった、肯定の笑みを見せていて。

 

「頑張ったな、フェイト」

 

 微笑むウォルターに、フェイトは力強く頷く。

先ほどウォルターの言葉で開かれた視界が、それでもまだ狭かったと言わんばかりに世界が広がり、色づいた。

これが、信念なのか。

ウォルターの炎を貰うのではなく、己の内側から炎がわき出るような、とてつもなく心が踊る感覚。

迸る全能感が、フェイトの全身を巡る。

 

 先の疑問もとうに解けていた。

ウォルターが実験体に共感せず、実験施設を2人で逃げ出した事に反感を覚えたのは、自分なら実験体の子供達に理解を示し、きっと不安だっただろう彼らの心に寄り添うだけでもしてあげたかったから。

それは無論、フェイトの身勝手な物言いで、当時7歳だったと聞くウォルターに不満を抱くのは醜い感情だったけれども、少なくとも理由は分かってきて。

 

「ごめんね、ウォルター」

「ん?」

「実験施設から逃げ出したって聞いた時、酷い事言っちゃって」

「気にすんなって」

 

 微笑むウォルターに、フェイトは止まっていた涙がこぼれ落ちそうになるのを感じた。

それでも彼の笑顔には、どうしてだろう、笑顔で答えたくなって。

フェイトは、満面の笑みを浮かべた。

 

「……ありがとう」

 

 ウォルターが僅かに眼を細め、僅かに頬を紅潮させる。

それから視線をフェイトの顔から外し、恥ずかしそうに告げた。

 

「おう。……で、だ。さっきからちょっと、距離が近すぎる気がするんだが」

「え?」

 

 言われて、フェイトは気付く。

互いの息が吹きかかるような距離。

あと少し顔を進めれば、唇同士が触れ合いそうな距離であった事に。

 

「わ、わっ!?」

 

 思わずフェイトは、ウォルターの肩を置いていた手で突き放した。

至極当然、壁際にあったウォルターの頭蓋は、コンクリの壁に痛そうな音を立て激突。

 

「――っ!」

「あぁっ!? ご、ごめんっ、ウォルター!」

「だ、大丈夫、だ……」

 

 ぴくぴくと蠢くウォルターを尻目に、フェイトは先ほど考えた事を反芻する。

唇の触れ合いそうな距離。

キス。

思わずフェイトは、人差し指を己の唇に沿わせた。

先ほどまでの魂の熱量とは別の意味で、胸がどきどきするのが、自分でも分かった。

何せ男の子とそんな距離に居たなんて、自分でも破廉恥だと思ってしまうし、はしたない。

何より恥ずかしくて、頭が爆発しそうだ。

などとフェイトが思っているうちに、回復したウォルターがよろよろと頭を上げる。

 

「と、とりあえず、だ。さっきの言葉、もう一度言わせてもらってもいいか?」

「え? さっきの?」

 

 疑問詞を浮かべるフェイトへと、ウォルターはあの炎の笑みを浮かべ、手を伸ばした。

胸の奥を燃やす、恐るべき熱量の言葉。

 

「――お前に、力を貸して欲しい」

 

 ぞわ、と。

背筋を戦慄が駆け上るような、魂が燃え上がるような、そんな言葉だった。

フェイトもまた、己の内側に燃えさかる炎を意識しながら、手を伸ばし、ウォルターの手を掴む。

がっしりと。

離れないように、手を握り合って。

 

「――私で良ければ」

 

 答え、2人は握手をした。

それだけでウォルターの手から、燃えさかる信念が伝わってくるような気さえして。

フェイトは思うのだ。

 

 ――独りぼっちで自分には自分一人しか居ないと思っている子に、貴方は一人じゃあないと、教えたい。

 

 今はまだ、その自分の信念を見つけたばかりで、ひな鳥のような自分だけれども。

何時かはウォルターへと追いついてみせる。

彼と隣り合い、信念を貫く者同士として対等に顔を合わせてみせる。

心燃える感覚に身を委ねながら、フェイトはそう思っていた。

 

 

 

3.

 

 

 

 アクセラ・クレフはある日、再生の雫を使えるようになった。

経緯としてはなんて事は無い。

アティアリアの神官達は必ず一度はカテナ神殿において再生の雫に祈りを捧げ、そして反応が無くても満足し、正式な神官となる。

その儀式において、再生の雫はアクセラに呼応し、覚醒したのだ。

生まれが特別だった訳ではない。

クレフ家は代々神官を輩出する家であった事は確かだが、特別地位の高い家だった訳でもなく、血だってさほど古くは無い。

精々200年程度しか神職と関わっていなかった。

生まれ持った魔力だって高い事は高く、回復魔法の適正があったため時空管理局からスカウトが来る程だったが、それだけだ。

珍しい事は珍しいが、次元世界では多々あるケースである。

故にアクセラが再生の雫の契約者となれたのは、ただの突然変異とされた。

そしてそれは、アクセラにとって暗い日々の始まりに過ぎなかった。

 

 再生の雫を使えるようになった当初、彼女は政治家の圧力に屈した神殿により、軟禁状態となった。

家族であった父母も軟禁され、人質として十分に活用される中、アクセラは権力者のいいなりになって人を生き返らせる毎日であった。

それだって、感謝の言葉をかけられた事は一度も無い。

ただ死体を運ばれてきたら再生の雫を使い、その後起きる前に蘇生された人間は運び出されてしまうだけ。

アクセラはその時、半ば己の人生を諦めていた。

自分はこのまま死者蘇生の道具として残る一生を過ごすほか有るまい。

一人で生き、一人で死ぬ他無いのだ。

それでも、人を生き返らせているのだから、これは良い事なのだ、と自分に言い聞かせて。

そう思って、日々感情が薄れていくのを感じながら過ごしていった。

 

 1年ほどが経った頃である。

従順なアクセラは、美少女と形容していい容姿に成長しており、それ故に一つ、事件が起きた。

監視役だった男が一人暴走し、欲情しアクセラを襲おうとしたのだ。

アクセラは抵抗し、そのまま弾みでアクセラは男を殺してしまった。

慌てて何も考えず、アクセラが男を生き返らせると、不思議な事が起こった。

生き返った男は、アクセラに謝罪を始めたのである。

何故と問うと、男は言った。

死を経験した事で、浮世の欲が消え、善性に目覚めたのだ、と。

 

 アクセラはその時、夢想した。

このまま知る限りの悪い人間を殺して生き返らせれば、善性に満ちた世界が作れるのではないか、と。

権力者のいいなりに、本当は生き返らせてはならない人を生き返らせてきただろう、悪い事を続けてきただろう自分にできる、償いができるのではないかと。

 

 怖いぐらいに計画は上手く行った。

まずは男の同僚を次々に殺しては蘇生し、善性に目覚めさせた。

男達には必ず生き返らせるから、と約束した上で政治家や権力者と差し違えさせ、そしてアクセラは双方を蘇生した。

そこから手を広げつつけるうちに、巡回している執務官に感づかれた事もあった。

その時はアティアリアを次元震で封鎖した上で、Aランク魔導師10人を蘇生し続けながら戦わせ、どうにか殺して蘇生する事に成功した。

 

 計画に修正も幾分入った。

当初のアクセラの計画だけでは、アクセラが殺されたり寿命が尽きた時、世界に善性が続くかどうか分からない。

故にアクセラは蘇生した有識者と会話し、時には蘇生する前の人間とも話し合い、そして無論蘇生する前の人間は殺して生き返らせたりもした。

その結果が、ウォルターに話した通りの計画である。

アクセラはより再生の雫を使いこなせるようになり、直接知らない人間を生き返らせる事もできるようになっていた。

今は何故か直接蘇生者と違い悪性をそぎ落とす事ができず、あまり多用はできないのだが、それも修練が解決する事だろう。

故に時間をかければ再生の雫の制作者やその関係者を蘇生する事も不可能ではなく、つまりは再生の雫を量産する事も、安全に動かす事も可能だ。

無論まだ準備が出来ていない状況な為、実際に行ってはいないが、十分な実現性があると蘇生者達のお墨付きである。

 

 私は正義なのだ、とアクセラは確信した。

何せ蘇生者達はそろってアクセラの事を正義と言っていたし、生き返ったことの無い人間達はアクセラの事を気味悪がっていたが、そんな悪性の残る人間の言うことなど信用できない。

故にアクセラは己の正しさを、正義を確信していた。

私は正義なのだ。

正義なんだから、正しいと思った事をやらねばならない。

この道を完遂せねばならない、と。

その心に満ちた正義感に従って。

 

 そして、アティアリアにウォルター・カウンタックが現れた。

次元世界最強の魔導師。

次元世界で最も輝ける魂を持つ英雄。

彼がアクセラに賛成しようが反対しようがどちらでもいい、殺して蘇生するべきだ。

彼を蘇生者とすれば、必ずアクセラの理想に共感してくれる筈。

加えて新人とは言え有名な執務官を加えれば、次元世界を揺るがしうる貴重な存在となるだろう。

そしていずれ、次元世界は善性に満ちた世界のみになるのだ。

 

「――ん」

 

 アクセラが瞼を開く。

カテナ神殿の最深部。

再生の雫との契約を執り行った間において、アクセラは豪奢な椅子の上に座っていた。

灰色の石造りの外側と違い、材料となった石達は細かな装飾が掘られており、ステンドグラスからは色彩のついた光が降り注ぐ。

アクセラを囲むように立ち、守ろうとするのは、3人の元執務官だった高ランク魔導師である。

アクセラは座ったまま、再生の雫の機能の一つで命令を下している相手、プレシアへと視線をやった。

 

「今の魔力の波動……感じましたか?」

「えぇ。ウォルターね。あの子、また強くなってるわね……」

「それは恐ろしい事です。が、神殿の入り口にはUD-182を配置してあります。ウォルター・カウンタックも彼を素通りはできないでしょう」

 

 UD-182はウォルターとの関係性を黙しており、アクセラも詳しい関係についてはどうでもいいので、命令で吐かせることもしていない。

だが明らかにウォルターと強い関係にあった事は間違いなく、それ故にウォルターはUD-182を置いてはゆけず、分断される。

残る3人が合わさっても、プレシアと3人の元執務官を同時に相手はできまい。

加えてもしウォルターが合流しても、アクセラの配下には10人ものAランク魔導師がおり、その数を相手では如何にウォルターでも敗北は必須だろう。

万が一その数を相手に倒す事ができる戦闘能力を持っていたとしても、再生の雫の蘇生魔法は低コストである、何度も蘇生させられる魔導師達に勝てるはずなど無い。

蘇生すると目の前に蘇生してしまう制限があるので、最大戦力であるプレシアを最深部でしか使えないという弱点はあったが、それも戦力比の大差で霞むだろう。

万全の体制であった。

 

「さて、プレシア。フェイト執務官と使い魔2体の相手、頼みましたよ」

「……えぇ」

「元執務官のお三方も、劣勢のようでしたら手を貸してあげてください」

 

 頷く3人を尻目に、アクセラは視線を通路の方にやる。

靴裏で床を蹴る音が3対近づいており、戦いの予感をそこに響かせていた。

 

 

 

 

 




敵にも味方にも精神的にボコられるウォルターさん。
次回から決戦です。

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