仮面の理   作:アルパカ度数38%

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激しく遅くなりましたが、投稿です。


5章5話

 

 

 

1.

 

 

 

 日は高く、黒々とした影が芝生を染めていた。

カテナ神殿の中庭。

石造りの神殿の中、ぽつんとある芝生でいっぱいのそこに、僕とUD-182は立っていた。

からっとした空気で、砂塵を舞わせる風も、今日は殆ど無い。

額のうっすらとした汗は睫に貯まり、瞬きして振り落とさねばならない。

そうやってクリアになった視界には、ナックルタイプのデバイスを装備したUD-182が目に見えた。

先日のわくわくした好奇心満載の表情から、今日は何処か真剣で空気を鋭利にさせるような表情である。

それは多分、僕も同じだった事だろう。

互いに睨み合いを続けていたが、先行したフェイト達の後ろ姿が見えなくなった頃、僕が口を開いた。

 

「……1日ぶりだね、UD-182」

 

 僅かな動揺がUD-182の顔にあった。

すぐに立て直し、鋭い目つきで告げる彼。

 

「そうだな、265。今日は仮面を被らなくてもいいのか?」

「一対一で観客も居ないし、君を相手に仮面を被る意味なんて、無いだろうからね」

「そっか」

 

 言って、UD-182は深い呼吸をし、構えをより盤石にした。

僕もまた、ティルヴィングを構えながら全身から不要な力を脱力し、何時でも瞬発力を発揮できるようにする。

互いに無言であった。

何を言うでもなく、滑り落ちる汗が地面と激突し弾ける音を合図に、僕らは芝生を靴裏で蹴る。

 

「おぉぉおっ!」

「あぁぁぁっ!」

 

 絶叫。

僕は全力でティルヴィングを振ろうとするも、力んでしまい大ぶりかつ遅くなる。

それでもUD-182を大きく超える力があったのだが、182は互いの力量差を一瞬で把握。

溜めた拳を迎撃に使い、ティルヴィングを逸らしながら半回転、逆の腕の肘を僕の腹にたたき込もうとしてくる。

僕はすぐさまティルヴィングから片手を離し、襲い来る肘の一撃を包むように防御。

そのまま肘を握りつぶそうと握力をかけようとしたが、すぐに察知され距離を取られてしまった。

 

「何故だ! 何故お前は、そんな生き方を選んじまったんだっ!?」

 

 追撃に切刃空閃の直射弾を放つ寸前、182が叫ぶ。

動揺に放った30ほどの直射弾は弾道が乱れ、直射弾同士でぶつかり合い相殺しながら進んでいった。

流石にそれでは避けきるのも難しくないのだろう、容易くかいくぐってくる彼。

そのままUD-182は右手を大きく引きながら高速移動魔法を発動。

大ぶりの拳を放ってくる。

 

「五月蠅い……、僕には、これしかなかったんだ!」

 

 叫びながら僕は迎撃しようとするも、あまりにもあからさまな拳はフェイント。

間合い直前で停止したUD-182はその場から跳ね上がり、横回転。

上から振り下ろすように右の拳を放つ。

安い手だったが、それすら見抜けぬ程に僕は動揺していた。

辛うじて間に合った反射神経が、空ぶったティルヴィングを引き戻し、楯として使い防御に成功する。

刹那、魔力と魔力が拮抗。

UD-182と視線が合う。

 

「そんな腰の引けた理由が、お前の信念を決める理由だったってのか!?」

 

 炎の意思の籠もった視線に、僕は思わず息をのんだ。

怯えから魔力が過度に放出され、バリアを貫けずに拳を当てたままでいた182を吹っ飛ばす。

彼は空中で回転しながら姿勢を制御し、地面に両足で下り立ちすぐさま構えた。

 

 強い。

強い事は確かだ。

しかしそれにしても、僕が苦戦するほどの強さではなく、恐らく彼の魔導師ランクは陸戦AAランクの下の方ぐらいだろうか。

“家”に居た頃の彼はこれほど強くなかったので、恐らくは蘇生されてから習得した技術による戦闘能力向上なのだろう。

推定した蘇生期間からその天才性は窺えるし、事実今の状態でも強い。

だが、本来の僕であれば10秒で決着をつけられる相手である事も確かだった。

 

 つまり僕は、あれほど大言壮語を吐いたと言うのに、未だにびびっているのだ。

彼を。

UD-182を殺す事に。

あの次元世界で最も輝ける魂を、僕の手で終わらせる事に。

 

「そうだ! だって、僕には他に、君から受け継いだ信念を貫き通す方法は無かった!」

「なんでだよ! お前はお前自身であっても、俺の信念を受け継ぐ事ができただろう!?」

「出来るわけ、無い!」

 

 叫びつつUD-182は、正拳突きを放った。

拳の弾道に円形の直射弾が放たれ、僕がそれを避ける隙に彼が高速移動魔法で踏み込んでくる。

素早い踏み込みによる間合いの侵略に、しかし僕はティルヴィングを振るって対処。

袈裟に切りつける攻撃は、しかし怯えに満ちた震えで切っ先が進行方向とそろってすら居ない。

それでもUD-182はカートリッジを使用し、全身全霊を込めて、僕の無様な斬撃と拮抗。

腰の引けた僕をはじき飛ばし、懐に潜り込んで再びカートリッジを使用する。

 

「なんで最初っからそう……決めつけるんだ!」

 

 高まった魔力と共に僕の腹部へとUD-182の魔力付与打撃が放たれた。

が、必殺の筈のその攻撃すら、僕にとっては容易く跳ね返せる児戯に過ぎない。

僕は即座にティルヴィングを待機状態にし、半身に捻った体で攻撃を回避。

加えてカウンターの一撃をUD-182の顔面に向けて放つが、手が震え、威力は心許ない上に、首を振って避けられた。

そのまますれ違うように距離をとり、再びティルヴィングをセットアップ。

 

「お前は、お前の魂の輝きで、救えたじゃないか! ティグラ・アバンガニも。プレシア・テスタロッサも。リィンフォースと八神はやても! なのに、何故お前は自分を信じようとしない!」

「それこそ、みんな僕が仮面を被っていたから助けられた相手じゃあないか! 君の言うように自分自身を強くさせようとしていたのならば、僕は誰一人助けられなかったに決まってる!」

 

 絶叫しながら、僕は歯を噛みしめた。

自分自身へと向け、吠える。

違う、僕の言いたかった事はこんな事じゃあなかった。

もっと燃えさかる、言語化不可能な何かを秘めた言葉だった筈だ。

フェイトに言った言葉は、半ば自分を鼓舞する為の言葉は、一体何だったんだ?

素直に自分自身を伝えようとする事を説いたのは、何のためだったんだ?

 

「――今、このときの為だ」

 

 思わず口に出して言った脈絡の無い言葉に、怪訝そうな顔をするUD-182。

それに立ち向かおうと、僕がティルヴィングを持つ手に力を込めた、その瞬間である。

明滅する緑の宝玉。

 

(マスター、UD-182の発言に矛盾があります)

(へ? 矛盾って何が?)

 

 珍しく僕に口を開くティルヴィングに、僕は内心首を傾げた。

それでUD-182が引いてくれる訳でもなく、咆哮と共にこちらへと突っ込んでくるUD-182。

僕はそれをあしらいながら、ティルヴィングの情報を聞く。

 

(――……と言う訳です。この事実から導かれる推論は、マスターに任せます)

(そう、か……)

 

 事実を認めた言葉を自分が吐いた事に、僕は自分で驚いてしまった。

加えてその事実に、僕は視界が暗くなるのを感じた。

歯を噛みしめ、前に傾き倒れようとする肉体を、右足で踏みとどまりどうにか支える。

違う。

僕がいまやっていい事は、この場で倒れる事なんかじゃあない。

事実を知ってもまだ心が萎えきらない事に、僕は僅かな炎を胸の奥の感じる。

 

「どうした、いきなり弱くなったじゃあねぇか!」

「……いや」

 

 呟き、僕はカートリッジをロード。

断空一閃。

超常の魔力が込められた一撃を放ち、UD-182へと斬りかかる。

兜割りの一撃を182はすんでの所で間に合った高速移動魔法で避けるも、直後ティルヴィングが地面へと激突。

凄まじい威力に、地面が震えた。

 

「のわっ!?」

 

 と叫びながら後退するUD-182は、見ただろうか。

僕のティルヴィングが激突した地面が、地割れを起こし数メートルに渡って亀裂を刻まれた事を。

ティルヴィングを軽々と持ち上げUD-182の方を見ると、冷や汗をかきながらも構えを解く事の無い彼。

 

「へへ……、ようやく本気になったか。面白くなってきやがったぜ」

 

 強敵に興奮するUD-182に、僕は静かに問うた。

 

「最後に一応、聞いておく」

「ん? 何だ?」

「本当に君は、本心からアクセラの蘇生計画に賛成しているんだな?」

 

 真剣な顔で言う僕に、UD-182もまた真剣な顔を作り、威圧感を放射し始めた。

背筋が凍るような、圧倒的な魂の質量。

物理的圧力すら兼ね備えているのではあるまいか、と勘違いしてしまうほどの精神の格。

敵対する物の心をも溶かす、炎の視線。

全てが僕などでは到底適わない、圧倒性に満ちた魂の輝きがそこにあった。

 

「あぁ、勿論だ」

「――なら君は僕の敵だ。大人しく、切り捨てられるといいさ」

 

 意識して冷たく告げ、僕はティルヴィングを構えた。

僕は、押さえていた全魔力を解放。

いつぞやのプレシア先生や闇の書全開状態のリィンフォースには及ばぬものの、それに比類しうるだけに到達した魔力を、である。

流石に気圧されたのか、半歩下がるUD-182。

 

「圧さ、れた……。この俺が?」

 

 精神の持つ力だけで次元世界最強の魔導師にしのぎを削る彼。

肉体の持つ魔力で次元世界最高の魂に挑む僕。

どちらがより偉大かと言えば、前者であるのは当然だろう。

例えそれは勝敗がどちらに傾こうと、それは同じ事。

けれどUD-182はそうは思わなかったらしく、己への怒りに満ちた顔で、下がった足を前へと踏み下ろした。

世界がその振動で色を変えるようにすら思える、圧倒的圧力。

ただ足を踏み出しただけの動作だと言うのに、惑星が揺らぐような錯覚。

先ほどまでより更に錬磨された彼の魂に、僕は薄く微笑んだ。

 

「あぁ、お前はこれから二度と僕に圧し勝つ事は無い。そのまま負けて、全て終わりだ」

「抜かせよ……! その腐った脳みそ、鍛え直してやる!」

 

 互いの武器を構え、僕らは向かいあったまま睨み合った。

それぞれの呼吸は上手く隠され、筋肉に力が入った瞬間など欠片もわかりはしない。

それでもこれまでの戦闘と呼ぶのにもお粗末な戦いで、互いの呼吸はなんとなく読めていた。

故に、互いに飛び出すのは同時。

全てを賭した刃と拳を武器に、僕らは芝生を靴裏で蹴った。

 

 

 

2.

 

 

 

 石造りの広間。

天井は高く、恐ろしく広い空間に細微な装飾のある石と豪華なステンドグラスが見える。

色付いた光が床を差す所に、物語に出てくる魔女のようなバリアジャケットを着た妙齢の女、プレシアが立っていた。

その後ろでは豪奢な椅子に座るアクセラとそれを守る元執務官が3人。

対するは黒衣の金髪の少女フェイトと、彼女に半歩下がってリニスとアルフ。

テスタロッサ一家のそろい踏みであった。

先頭に立つフェイトは顔を引き締め、口を開いた。

 

「プレシア母さん……。また、会えたね」

「……一応先に言っておくけれど。対話を禁止された訳じゃあないけれど、戦闘を止める事は禁止されているわ。つまり、話すとしても戦いながらしかできないわよ」

「うん、大丈夫。今度は私も戦えるから」

 

 言ってフェイトはバルディッシュを構え、腰を低くした。

同時、リニスとアルフもまた魔力のスパークをちりちりと巡らせ、戦闘準備が万端な事を示す。

プレシアは満足気な笑みを浮かべ、杖を構えた。

 

「それでこそよ。……では行くわよ」

 

 言って、プレシアは瞬き程の時間で10の直射弾スフィアを発動。

優に音速を超える紫電の魔力弾が放たれると、それらをすり抜けフェイトは低空を飛行。

強化された視力で直射弾を見切り、最低限の動きでプレシアへと迫る。

 

「まずは、ごめんなさい!」

 

 叫ぶと同時、フェイトは死神の鎌と化したバルディッシュを振るい、プレシアへとたたきつけた。

杖型デバイスでそれを容易く押さえるプレシア。

 

「何のごめんなさいかしら?」

「私、昨日の戦いでプレシア母さんに何も言えなかった。母さんが死んでから何があったのかも、母さんにどうして欲しいのかも、伝えようとしてなかった」

「そう……。そうね、許すわ。だって、今からそれを伝えてくれるんでしょう?」

「うん!」

 

 叫び、フェイトは拮抗していたその場から素早く飛び退く。

フェイトの残像を十字砲火していた射撃スフィアの魔力弾が通り過ぎ、遅れてリニスとアルフの魔法がようやく射撃スフィアを残らず処理し終えた。

それに微笑み、プレシアがもう一度杖を振るうと、今度は刹那に直射弾スフィアが20生成。

思わず顔を厳しくするフェイト達へと向かい、紫電の槍が降り注ぐ。

 

「まずは、私……。どんな理由があっても、母さんに死んで欲しくなんてない!」

 

 咆哮。

フェイトは瞬く間に同数の射撃スフィアを設置、紫電の槍を相殺してみせた。

同時自身は飛行魔法でフェイントをかけながらプレシアへと向かっており、黄金の魔力光をまき散らしながら彼女へと迫る。

 

「それは、無理な話よ……」

「分かってる。どんな結末だろうと、母さんが生きたままこの事件を終わらせる事はできないって。でも、私はどんな形であっても、母さんが生きていてくれたら、嬉しいんだ。私はそれを、まず伝えなくちゃいけなかったんだ!」

 

 近接戦となったと見るや、プレシアは杖型デバイスを変形、鞭型となったデバイスに恐るべき魔力を纏わせ振るう。

音速の数倍の速度で振るわれるそれは、見切るのは至難の業。

辛うじてフェイトも初撃、二撃目はバルディッシュでの迎撃に成功するも、続く三撃目は避けきれない。

激突。

短い悲鳴。

思わず動きを止めるフェイトの脇を、二色の直射弾が貫いてゆく。

薄い黄色と橙色の閃光が、続く鞭の攻撃を相殺し、その間にフェイトは距離を取って直射弾をばらまいた。

即座にプレシアもデバイスを杖型に戻し、その圧倒的な量の魔弾であらゆる攻撃を打ち落とす。

 

「そう……、ありがとう、フェイト」

「それだけじゃあない、母さんが死んでから、いろんな事があったんだ。お葬式はウォルターとリンディ……提督達が凄く力になってくれて。その後も、落ち込んでる私を、リンディ提督やクロノ……が面倒を見てくれて。良かったら、養子にならないかって」

 

 プレシアの猛攻が、途絶えた。

その間にフェイト達は最初広間の入り口に集合、互いに辛うじて直撃はしていない事を確認する。

遅れて、プレシアの声。

 

「感謝すべきなんだろうけれど……、ちょっと嫉妬しちゃうわね。確かにリンディには、罪人の私が見てあげられなかった分、フェイトの事をずっと見てもらってきたけれども」

「あ、その、受けたには受けたけど、別に母さんの事を忘れたとかそういう訳じゃあなくて……!」

「くす、冗談よ。嫉妬が無いと言えば嘘になるけれど、安心したのは本当。貴方ったら、頑張り屋だけど、本当は甘えん坊だったもの。執務官試験に受かったのも、最初は信じられない程だったわよ?」

 

 うぅ、とたじろぐフェイトに向け、プレシアは再び魔法を発動。

早撃ちの砲撃がフェイトに向かって放たれ、固まっていた3人は辛うじて高速移動魔法が間に合い回避に成功する。

しかし同時に用意されていた直射弾スフィアは、今度は50である。

流石に顔色が悪くなるフェイトだが、容赦なく魔力弾が雨のように降り注いだ。

 

「くっ……。そ、その、そんな風にリンディ母さんにも面倒を見て貰って。クロノ兄さんには執務官として色々な事を教えて貰って。そして……」

 

 フェイトはそのスピードと飛行魔法の精度で紫電の槍を避けきっているが、それも長くは続かない事を本人が悟っていた。

やはり、基礎力は3人がかりですらプレシアの方が格上。

加えて、どういった方法かは不明だが魔力が供給されているらしく、プレシアはSSランクの魔導師としてその場に君臨している。

流石にジュエルシードを魔力源とした時ほどでは無いが、それでもフェイト達3人を圧倒するには十分なレベルと言えた。

通じる言葉や心とは裏腹に、防戦一方の展開にフェイトは内心焦りを隠せない。

それでも、話さなければ何も伝わらないから、と言葉を吐き出し続ける。

 

「昨日。母さんに何も言えなかった私に、ウォルターが気付かせてくれた」

「……あの子が」

 

 呟くプレシアが、眼を細めてみせた。

必死で魔力弾の雨を避けながらだけれども、フェイトは内心の炎を吐き出すべく叫ぶ。

胸の奥のウォルターからもらったあの炎を、それでも伝えられるようにと。

腹腔から全身に駆け巡る、あの熱い血潮を再び巡らせて。

 

「私が持っていた信念を。心の奥底に秘めていた、言葉を!」

 

 叫びつつフェイトは、直射弾を避けつつ、ついにプレシアへと接近。

直射弾スフィアを維持したまま、杖を構えるプレシアへ向け、黄金の鎌をたたきつけた。

魔力のスパークが拮抗する刹那、叫ぶフェイト。

 

「私は……、独りぼっちで自分には自分一人しか居ないと思っている子に、貴方は一人じゃあないと。そう教えてあげたいんだ!」

 

 迸るフェイトの内心の炎を表すように、言葉は明瞭に広間に響き渡った。

しかし現実に、バルディッシュに込められた魔力と物理力は、杖に込められた超魔力には及ばない。

はじき飛ばされ、空中のフェイトを直射弾の雨が襲う。

プレシアの魔力弾が激突するかと思ったその瞬間、薄黄色の影がフェイトを攫い、直撃を避けた。

 

「あ、ありがとうリニス」

「えぇ。プレシアに言いたいことはまだあるでしょう? さぁ、続けてください」

 

 告げるリニスの眩しげな笑みに押され、フェイトはリニスの手を離れプレシアへと向き直る。

暫時魔力弾は止まり、プレシアの背に恐るべき魔力が収束。

即座に気付いたフェイトは、一瞬遅れて同じ魔法を詠唱する。

 

「私、ジュエルシードを集めていたあのとき、誰にも助けなんて求めてはいけない、もうこれ以上自分の世界は広がらないって、そう決めつけていた。でも、実際は違っていて、私にはなのはが居てくれて。あの子が、私の世界を広げてくれた。私にはたくさんの人が居たんだって、教えてくれた。だからっ!」

 

 展開されるのは、フォトンランサー・ファランクスシフト。

最早数える事すらままならない、それぞれ50を超える直射弾スフィアが空間を占めるも、フェイトが展開するスフィアはプレシアの数に明らかに届いていない。

焦りがフェイトを支配するが、遅れて薄黄色のスフィアが30ほど浮かんだ。

弾かれるようにフェイトが視線をやると、リニスがにこりと微笑んでいるのが視界に入る。

ありがとう、と心の中で唱えつつ、数ではプレシアのそれを超える、100近い直射弾スフィアが空間に展開された。

 

「だから私は……、自分が与えて貰った物を、今度は誰かに与えたい! 自分がそう思っていた事を、ウォルターに気付かせて貰ったんだ!」

「……そう」

 

 胸を張り、勇者の如き堂々とした宣言をするフェイトに、プレシアは満面の笑みを浮かべる。

遅れて、互いの魔法が発動した。

1つのスフィアに付き毎秒10発以上という、超弩級の直射弾の嵐が荒れ狂う。

1秒で行き交う直射弾は2000発を超え、直射弾と直射弾の激突する爆音が耳を貫いていった。

歯を噛みしめつつフェイトがじっと耐え、10秒。

合わせて1万発以上の直射弾を放ったフェイトとリニス、1人でそれと同数の直射弾を放ったプレシアが、向かい合ってみせた。

3人の手には、直射弾を放った後の残る魔力をつぎ込んだ、巨大な雷が放電現象を起こしている。

 

「スパーク・エンド!」

 

 輪唱。

激突する黄系の2つの雷が、プレシアの紫電の塊を逸らしてみせた。

逸れた紫電は神殿の一部を貫き、青空へと向かって直進。

遙か遠くに到達した後、爆音と共に剛風が巻き起こり、砂塵を運んだ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 肩で息をしつつ、再びバルディッシュを構えるフェイト。

少し離れて、まだ余裕があるアルフとは対照的に、リニスもまた疲労を隠せない状態である。

対しプレシアは息を乱す様子すら見せずにゆっくりとデバイスを構え、告げた。

 

「フェイト。それが……貴方の信念なの?」

「うん。だから私は……これからもずっと、きちんと生きていけるよ」

 

 母さんが死んでも、とは告げず、フェイトは答える。

それでも言外の言葉は通じたのだろう、プレシアは破顔してみせた。

片手を胸に、目に薄く涙をすら浮かべながら、続ける。

 

「そう……それじゃあ、示してちょうだい」

「示す?」

「貴方の信念が、言葉だけじゃなくて実も伴っているという事を。私が逝っても、貴方がきちんと歩いて行けると、証明してみせてちょうだい」

 

 フェイトは、思わず口をつぐんだ。

わかってた。

フェイトとプレシアがいくら心を通わせようと、結局プレシアが生きて帰れないのに変わりは無いのだ。

つまり、フェイトはプレシアを殺す覚悟をせねばならない。

 

 けれど、とフェイトは思った。

けれどなんでだろうか、それに感じる抵抗は、蘇生されたプレシアと出会った頃よりも遙かに少なくなっていた。

我が儘放題に叫んだからなのか。

少しでもプレシアと通じ合うことができたからなのか。

何がフェイトの心を動かしたのか、それは分からないけれど。

 

 フェイトは、キッ、と目に力を入れた。

潤んだ目から涙が空中へこぼれ落ち、乾燥した空気に霧散する。

疲れ切っていた筈の体には、無尽蔵かと思えるような力がわいてきて、燃える血潮が体中を巡り脈動していた。

 

「わかったよ。母さんの事、安心させてあげなきゃね」

 

 それでも、出てくる声は震え声で。

構えた体だって震えているけれど。

情けない自分に憤りが沸いてくるものの、それは腹腔の炎に燃やし尽くされ、体中に満ちるエネルギーに変わっていく。

吐く息が燃焼するかのような熱量を胸に、フェイトはバルディッシュに黄金の雷を纏わせた。

 

「バルディッシュ……。ソニック・フォーム、行くよ?」

 

 明滅するバルディッシュの答えに満足し、フェイトは目を薄くした。

黄金の光がフェイトを覆い、次の瞬間、限界まで薄くした黒い水着のようなバリアジャケットがフェイトの肌を覆い尽くす。

どのみち、ファランクスシフトで消耗したフェイトではプレシアの魔力弾に一度でも当たればもう終わりである。

故に防御を捨て、回避に特化するのはむしろ定石。

しかしそれに必要な意思力を知るプレシアは、微笑みつつも紫電を纏い、呟いた。

 

「さて……、そういえば貴方に直接稽古をつける形になるなんて、もしかしたら初めてかしら」

「ジュエルシードの事件が終わってからは、母さんの病気が進行していたしね」

 

 互いに視線を絡ませ、微笑む。

その次の瞬間、紫電と共に雨のような直射弾が空間を満たし、黄金の光が鋭角な軌道でその隙間を縫ってゆく。

援護の薄黄色と橙色の光が、そこに添え物のように控えめに輝いていた。

 

 

 

3.

 

 

 

「おぉぉおぉっ!」

 

 怒号と共に、UD-182の拳が振るわれる。

威力は並。

速度も並で、込められた魔力による付与効果も無い。

しかしその威圧の、なんと巨大な事か。

実物の数倍の威力を感じ取り、大きく避けようとする自身を、僕は必死で制御。

鋼鉄の如く、と意識した精神でどうにか小さく避ける。

そのまま超魔力を込めた剣をたたき込もうとしたが、容易く避けてみせるUD-182。

相貌に冷や汗を滲ませつつ、彼が呟く。

 

「やれやれ……、一撃でも貰ったら死亡とか、笑えねぇな」

「そうかい? 案外試してみたら、死なないかもよ?」

 

 呟きつつ僕は飛んでくる膝を、片腕で防御。

反撃に体当たりするも、体重で勝る僕に抵抗する愚を犯さず、UD-182は後方へと高速移動魔法で避けた。

鼻で笑う僕。

 

「さっきから逃げてばっかりだけど、勇ましい言葉は何処へ行ったんだい?」

「お前こそ、大ぶりばっかだが脳筋にでもなったのか?」

 

 飛び交う皮肉に、互いに微笑み合う。

UD-182が逃げてばかりなのは一撃でも貰えば終わりだからだし、僕が大ぶりばかりなのは、UD-182の恐るべき威圧に対抗するために力が入ってしまい、繊細な動きができないからだ。

互いにそれを恥じてはいるものの、それを表に出さない程度の余裕はあると再確認。

お互いの武器を構え、UD-182が僕の心を揺さぶるべく叫ぶ。

 

「なぁ、UD-265。お前の仮面、今までに綻ぶ事は無かったのか?」

「無い……訳じゃあ、ないね」

 

 事実に僕は肯定の意を返した。

次いで高速移動魔法でUD-182へ向けて突進、ティルヴィングを振るう。

最も避けにくい斬撃である袈裟の軌道に、UD-182は間合いを見切った上で大きめに後退。

UD-182の目前を、見目の間合いより大きいティルヴィングを取り巻く魔力の衝撃が走ってゆく。

 

「それは、お前が仮面を被って取り繕おうとするから出来た綻びじゃあないか? お前が、お前自身を貫いて輝けば、それは無かったんじゃあないのか?」

「そんなわけあるかっての」

 

 大ぶりの一撃の合間を縫ってUD-182は踏み込む、と見せかけ拳から直射弾を発射。

しかし僕がティルヴィングを横にして構え楯にすると、衝撃すら殆ど無くかき消えた。

同時、楯にしたティルヴィングを目隠しに迫るUD-182だが、僕の耳朶は音だけでも距離を捉えている。

直射弾を防ぎきると同時にティルヴィングを待機状態に、そのまま目を見開くUD-182へと正拳突きを放った。

 

「ある。あるし、それは今からでも遅くない! 少しずつでいい、お前自身をさらけ出していけば、きっとお前は、お前自身の魂で輝ける筈だ。俺はそう信じている!」

「確かに、そうかもしれないな……」

 

 が、UD-182は野生の勘か、首を振って拳を回避。

頬を切り裂いてゆく感覚と共に、僕の腕はUD-182の目前で伸びきった。

すかさず腕を折ろうとしてくるUD-182だが、僕は同時に叫んだ。

 

「けど、嫌だね」

 

 バリアジャケット・パージ。

僕の行動に目を見開いたUD-182は、しかし力んだ僕の魔力の漏れで素早く察知、高速移動魔法で後退してみせた。

遅れてバリアジャケットの魔力が物理的衝撃となって爆発。

魔力煙が視界を防ぐ間に僕は即座にバリアジャケットを生成し、更にシックスセンスで危険が無い事を確認し踏み込んだ。

視界が無い中で踏み込む僕に動揺したUD-182の動作が一瞬遅れる。

それでも煙の動きで一足早く察知できたのだろう、僕の次ぐ斬撃はかすり傷を残すのみであった。

続けて叫ぶ僕。

 

「何故ならそれは、僕が今まで信念の、信念と信じようとしている物の為に犠牲にしてきた人たちへの、裏切りだからだ」

「それは……!」

 

 叫びながらも距離を取るUD-182に、僕は僅かに眼を細める。

 

「なんでだろうな。”家”を出た時、僕には君の信念だけしか無かったのに。気付けば、いろんな物が僕の肩の上に乗っていたんだ」

 

 救えた人。

救えなかった人。

ラーメン屋の店主。

ナンバー12。

ティグラ・アバンガニ。

なのは。

フェイト。

プレシア先生。

はやて。

リィンフォース。

ゼスト隊の面々。

クイントさん。

リニス。

そして目前に居る、UD-182もまた、当然ながら。

 

「だが、死人は死人だ。お前は今を生きているんだぞ?」

「あぁ、そうかもしれない。だが君もまた死人だ。だから僕は、君をもう一度殺してでも選ぶ。君の信念に反する事だったとしても、選ぶ。僕の手で、他の誰でも無い僕の手で」

 

 深呼吸。

吸った息が肺に染み渡り、全身を巡るのが分かるぐらいで。

高速移動魔法、縮地。

UD-182の目前に現れ、一切の乱れ無き完璧な力の配分で。

振り下ろす。

刃を。

 

「君を模した仮面を、それでも被り続けていく事を!」

 

 UD-182の、僅かに目を見開いた顔を最後に。

ティルヴィングの切っ先は、UD-182の肩口へとたどり着いた。

超魔力によって重さも切断力も強化されている黄金の巨剣は、容易くUD-182の皮膚を切り裂き、鎖骨へと到達。

柔らかな骨を叩きおる、瑞々しい感触が僕の手に伝わってくる。

 

「おぉぉおおぉぉっ!」

 

 度し難い事に、気付けば僕は涙すら流していた。

そのまま止める事無く刃はUD-182の骨を切り裂き心臓へ到達。

分厚い筋肉の塊を切断する、鈍い感覚が僕の手に。

吐き気を堪えつつ僕は切り進む。

 

「おぉおぉおぉっ!」

 

 咆哮。

遅れて背骨へと到達した刃で太い神経を切る、とても言い表せない感触を残し、切断は右半身へと移行。

程よく重量の乗った刃は更に抵抗無く血肉を切り裂き、あばらを切断し腋下へと抜けてゆく。

 

「おぉぉぉおぉっ!」

 

 おぞましい感触を僕の全身へ残し、UD-182の体は2つに分割されていた。

空中を、UD-182の上半身が回転する。

まき散らされる血飛沫はそれぞれが光る粒子となってかき消えてゆき、まるで光のシャワーのようだった。

そんな中、僕とUD-182の目が合って。

視線が交錯する。

開くUD-182の口唇。

 

「そっか……、ならま、いっか」

 

 何故か、UD-182は最後に微笑みを残し。

その上半身すらも、地面にたどり着くことなく光の粒子と化して消えていった。

後にはデバイスすら残らず、彼の居た痕跡は何一つ残らず消え去った。

次元世界最高峰の、あの輝ける魂は、二度とここには存在しない。

そしてそれは、他でも無い僕自身の手による行為なのだ。

 

 思わずこみ上げてくる物を、僕は必死で飲み干した。

今は時間が無い、フェイト達の元へ急がねばならないのに、僕の目はUD-182が最後に居た場所に釘づけられていた。

時間が許せば、僕は何時までも惚けてそこを見つめ続けていただろう。

けれど現実にそんな事はあり得ず、僕は進まねばならない。

何時までも彼が最後に居た場所を眺めようとする自分自身に、ケリを付けるべく、自身へと告げる。

 

「……さようなら、UD-182」

 

 その場に突き刺さっているのではないかというぐらいに動こうとしない足を、必死で動かし。

釘づけになった視線を万力を込めて剥がし。

歯を限界まで噛みしめて。

僕は、全身全霊を込めてようやく、その場を背にし、歩き始めた。

辛かった。

胸がはち切れそうなぐらいに痛くて、少しでもそれが収まるようにと、僕は自身の胸を押さえる。

それでも痛みは治まらず、僕は左右に頭を振り、涙を振り落とした。

歩いていては、僕はここを離れるまでに力尽きてしまいかねない。

故に僕は全速力でフェイト達の居る最奥部へと向かい、靴裏で芝生を蹴り始めた。

柔らかい反動はすぐに石畳の堅い感触に変わり、その間に両目から零れる涙を強引に拭き取る。

僕は決して、振り返りはしなかった。

 

 

 

 


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