仮面の理   作:アルパカ度数38%

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1章2話

 

 

 

 夕焼けももうそろそろ終わる頃合い。

夜の帳が紫の帯と化して空を覆い始め、街灯も所々でつき始める。

探せば一番星が出てくるかもしれない空の元、喫茶店のテラスにクイントの明るい声が響き渡った。

 

「ごめんごめん、待った~?」

 

 と言いながらクイントが近づく。

先程荷物をひったくられた女性に返したのだが、クイントが管理局員だと知ると途端にクレーマーと化し、長々と拘束されていた。

その間手持ち無沙汰と言う事で、先の少年ウォルターには小銭を握らせ喫茶店で飲み物を飲ませておいたのだ。

コーヒーを飲んでいたウォルターは、肩をすくめて答える。

 

「今来た所だよ、とでも答えておけばいいのか?」

「あはは、君面白い事言うねぇ」

 

 明るく笑いつつ、クイントはウォルターと同じテーブルの椅子を引き、座った。

まずはとばかりに手を上げ、店員を呼ぶ。

何故だかウォルターはクイントを呆れた目で見ているようだったが、気にせず来た店員に注文を告げた。

 

「すいません、このストロベリータルトと、チョコケーキと、抹茶白玉と……」

「待った、この時間だし俺は一個でも十分過ぎるぐらい……」

「え? まだ全部私の分だけだけど。

ていうか君は今食べたら夕御飯がお腹に入らなくなっちゃうでしょ」

「あんたどんだけ食うんだよっ!」

 

 ウォルターのツッコミに首を傾げる所作で返し、クイントは止まった注文を再開。

冷や汗を掻いたウェイターにケーキやタルトを5つ頼み終えると、さて、と一息ついて、ウォルターへと視線をやった。

やや線の細い少年で、触れれば折れてしまいそうな繊細さを醸し出しているが、その表情がそれを覆している。

今はクイントの胃の容量に呆れた様子だったが、それまでは野生の狼もかくやと言う獰猛な笑みを見せていたのだ。

まぁ、この年齢であれだけの魔法が使えるのだ、好戦的なのは別段おかしい事ではないし、好戦的な男は職務上よく相手にする。

そう納得すると、クイントはウォルターに向け口を開いた。

 

「さっきはありがとう、貴方が咄嗟にバインドをかけてくれなければ、ひったくりを取り逃がすばかりか荷物すら取り返せなかったわ」

「俺が居なけりゃクイントさんがひったくりを捕まえていただろうし、お互い様だよ。

それに礼なら荷物を取られたお姉さんから言われたしな」

 

 と、斜に構えた態度で言うウォルターに、思わずクイントは眉間に皺を寄せる。

ビッ、と効果音が付きそうな勢いで人差し指でウォルターを指さし、言った。

 

「あら、お礼ぐらい素直に受け取りなさいよ、どういたしましての一言も言えないのかしら?」

「……はぁ、どういたしまして」

「よしよし、それでいいわ」

 

 呆れたように言うウォルターに満足して頷きつつ、クイントは次々と運ばれてくるケーキやタルトにフォークを動かす。

口の中に広がる甘味を味わいつつ、クイントはミルクを入れたコーヒーを飲むウォルターを眺めた。

とんでもないチェーンバインドの練度だった。

クイントは女性とはいえ前衛のベルカ式魔導師である、体重はかなりある。

だのにウォルターは一歩も引っ張られる事なく、クイントはチェーンバインドが張り詰めてすぐに引っ張られ、墜落してしまった。

それに思い出せば、クイントの動体視力はチェーンバインド同士が触れ合った時、ウォルターのチェーンバインドがより強力にクイントのチェーンバインドへ絡んだのを視認している。

バインドは魔法犯罪者を捕縛する時に使う、基本的な魔法である。

クイントも管理局員の常識として一定以上の練度があったが、ウォルターのそれは更に上をいっていた。

 

「君、今いくつ?」

 

 だしぬけに、クイントは問うた。

ストローでコーヒーを吸っていたウォルターは、質問の意図を掴めないようで一瞬視線を明後日の方にやったが、すぐに真っ直ぐに視線を戻し、答える。

 

「今7歳だな」

 

 思わず、クイントは目を見開いた。

ウォルターが背が高めな事や魔法の練度からしてもっと年上だと思っていたのだが、7歳とは。

この年齢層の子は年齢を詐称するとしても大きい方にである、恐らく7歳より年上と言う事はなかろう。

しかし普通魔法に触れ始めるのは、早くて5歳や6歳である。

とすれば、多く見積もってもたった2年で、クイントのチェーンバインドを練度で超えたと言うのか。

 

「へー、凄いわねー、ウォルター君。

この年であれだけの魔法を使えるなんて、お姉さんビックリよ。

普段誰に魔法を教わっているの?」

「こいつに教わるのと、後は実践でだな」

 

 と言いながら、ウォルターは胸元の黄金の小剣のペンダントを掲げる。

なるほど、デバイス頼りか、と手を打ち一瞬納得しそうになってから、思わずテーブルに手をつき身を乗り出し、クイントは叫ぶ。

 

「って君、殆ど独学って事じゃないっ!」

「まぁ、そういう事だな」

 

 流石にウォルターに二、三言いたい事が出来たクイントであったが、口を無理やり閉じ、椅子の背もたれにもたれかかり、ため息をついた。

いくらなんでも疑わしい事だが、ウォルターの目を見るかぎり、嘘を言っているように思えない。

クイントは常識よりも自分の直感の方を優先する人種であった。

それに、そんな事よりも気になることが一つある。

 

「でもじゃあ、実践って、師匠も居ないのに誰を相手にやってるのよ」

 

 この年齢の子供でこれだけ魔法を使えると、嫌な予想が一つ立つ。

常識的に考えて、親とか学校の先生とかそういう答えが返ってくるのをクイントは期待していた。

が、この少年はそういった常識的な場所に居るにしては、野性味が強すぎる。

ウォルターは、痛い事を聞かれた、と言うようにしばし視線を宙に彷徨わせていたが、やがて観念したかのように口に出した。

 

「犯罪者、っつーか賞金首」

「そっかぁ……」

 

 外れて欲しい予想が当たった事に、クイントは思わず天を仰いだ。

念のため、次ぐ質問もしておく。

 

「ご両親は、どうしているのかしら?」

「居ないさ、どっちもな」

 

 想定するケースの一つとして、働けなくなった、もしくは働こうとしない両親を養う為にウォルターが賞金稼ぎをやっているのかと思ったが、そうではないようだ。

ウォルターを見る限り、前者の悲壮感も感じられないし、後者の場合両親を蹴っ飛ばして無理やり働かせる方だと感じるので、それは無いと思ってはいたが。

ともあれつまり、ウォルターは天涯孤独であり、齢7つで賞金稼ぎをしていると言う事である。

本人はどうもそうは思っては居なさそうだが、不憫な子だな、とクイントは考えた。

考えたら即決即断がクイントの持ち味である。

 

「ウォルター君、管理局の保護を受けてみない?」

 

 早速クイントは、そう切り出した。

予想通り死ぬほど嫌そうな顔をするウォルターだったが、反論を許さずクイントは畳み掛ける。

 

「君、魔法が得意みたいだけど、だからって何時までも犯罪者に負けずにいられるとは限らないわ。

管理局の保護を受ければ安定した生活ができるだろうし、学校にだって通えるわよ」

「どうせ後々管理局に就職しなくちゃならねぇなら、総合的な危険度は大して変わらないだろ」

「そんな事は無いし、もし闘う事にかわりなくても、望めば正規の訓練を受ける事だってできるわよ」

「んなもん無くても俺は強いっての。

賞金稼ぎだって、一人でやってるんだぞ?」

 

 強情に提案を避けるウォルターに、クイントは思わずため息をついた。

確かに賞金稼ぎとして生計を立てる事ができている以上、ウォルターは弱い筈がない。

どころか、子供相手に命を託す物好きが居ないだろう事を考えると、単独で賞金首を打倒しているのは予想のうち。

それなら公平な目で見ても、ウォルターが十分な強さを持っている、と言うのは頷ける話だった。

チェーンバインドの練度やフープバインドの詠唱速度を考えると、更に納得がいってしまう。

だが、しかし。

 

「でもね、ウォルター君。

学校に通うのは、学力や強さ以外にも、重要な意味があるのよ?

それに友達ができるって事だって、大切な事よ。

学校にいる間に広い世界を知れば、将来の夢だってできるかもしれない」

 

 当たり前だが、学校を出たと言う裏付けは身分の保証に非常に役立つし、それ以上に学校は協調性を手に入れるのに非常に役立つ場だ。

友達を作り、いざと言う時支えになってくれる人を見つけるのも重要である。

それを理解していない訳ではないのだろう、ウォルターはクイントの言に、俯いてしまう。

 

 先程まで真っ直ぐにクイントの事を見つめていたウォルターの事を考えると、少しだけ過保護だったかな、とクイントは思った。

7歳と言うのは管理世界において社会人として認められなくもない年齢である。

学校を飛び級すればそのぐらいの年齢で社会に出る子供も、珍しいが居ない訳ではない。

ミッドの常識で言えば、ウォルターはやや若いものの、大人扱いしてもおかしくは無い相手だ。

こんなふうに頭ごなしに言って、人生を変えさせる権利なんて、クイントには無いのかもしれない。

 

 それでも尚クイントは、この少年を放ってはおけなかった。

その理由を自己分析してもよくわからないモヤモヤとした物しかないが、それでも放っておけない物は放っておけないのだ。

話していて分かったが、ウォルターはその言動に反して理知的な人間だ。

学校に通うメリットも、考える切欠を与えればすぐに理解できるだろう。

そうなれば、この子を保護手続するのに、今日の休暇は消えてしまうかもしれない。

無理を通して休暇を取り、自分の抱えていた案件を追うつもりだったクイントだが、仕方が無いか、と内心苦笑を作った。

偶然とは言え出会った子供の将来を左右する事を、クイントは放っておけなかった。

 

「あんたが俺の事を真剣に考えてくれているってのは、よく分かった」

 

 ウォルターが視線をあげる。

クイントの瞳とウォルターの瞳が直線上に並んだ。

どくん、とクイントの心臓が高鳴った。

 

「でも、それはできない」

 

 灼熱の瞳が、クイントを射ぬいた。

心の奥底が、ごう、と燃え盛るのを感じる。

 

「俺には、既に一生を賭してでもやらなければならない事がある」

 

 理由や過程抜きで、全身が熱くなるような目だった。

腹腔を炎の舌がチロリと舐め、全身から汗が吹き出すのをクイントは感じる。

何の圧力も無い筈なのに、その視線一つでクイントは思わず腰が引けた。

気圧されたのだ。

管理局の最前線で闘う、ベルカの魔導師が。

 

「今はそれに目一杯で、他に手を出す余裕なんて無いんだ」

 

 そう言ってのけるウォルターは、まるで後光が差しているかのように、輝いて見えた。

まるでそこだけ、存在の密度が違うかのような感覚。

カリスマ、と言う単語がクイントの脳裏を過ぎった。

この子は、生まれついてのカリスマを持っている人間なのかもしれない。

 

 例えウォルターの言葉が真実でも、彼が学校にはいるメリットがなくなる訳ではない。

学校に入ったと言う裏付けは多くの事に役立つし、他の夢を見た上で今の夢を選択する事だってできる。

だがそんな理屈を抜きにして、何かを納得させる力が、ウォルターの言葉には篭っていた。

 

「そっか……」

 

 クイントは肩を落とし、小さくため息をつく。

クイントの霊的な直感は、いくらクイントが言っても、ウォルターが考えを変える事はない、と感じていた。

どころか、自分をさえ気圧すこの少年は、自分と対等に扱っても良いのでは、とすら思える。

勿論人生経験が文字通り桁が違う以上そんな事は無いのだが、ウォルターの眩い言葉は、そんな錯覚すら覚えかねない物だった。

 

「ったくもう、ガキんちょの癖して、格好いい事言っちゃって!」

 

 クイントは思わずウォルターの頭に手を伸ばし、ガシガシと力強く地肌を撫でる。

嫌そうな顔で頭を撫でられるウォルターを見て、その子供っぽい顔に安心し、クイントは相好を崩した。

この子は、大人になったらきっと物凄く男らしい大人になる事だろう。

それを思い、思わずクイントは口からこんな言葉を漏らす。

 

「あと私が十年ぐらい若くて、旦那が居なけりゃ、貴方に惚れていたかもね……」

「え? 二十年じゃなくってか?」

 

 にっこりと微笑み、クイントはウォルターを撫でていた手で拳を作った。

ガツン、とウォルターの頭を殴る。

頭を抑えて悶絶するウォルターに、いい気味だ、とクイントは溜飲を下げるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 クラナガンの夜は治安が悪い。

夜暗に紛れて違法魔導師が徘徊し、日夜血と硝煙の匂いを街に振りまきながら全世界の不幸度を上げている。

そんなネオンの明かりも届かない静かな路地裏を、クイントさんと別れた僕は一人で歩いていた。

いや、一人で歩いていると言うのには、少し語弊があるか。

僕の足音と重なるもう一つの足音に向かい、僕は振り返った。

何を考えているのか、にっこりと微笑み、手を降ってくるクイントさん。

 

「さっきも言ったけど、なんでついてくるんだよ、あんた」

「さっきも言ったけど、本当に行き先が同じなだけよ。

ウォルター君、そろそろ夜になるし、お家に帰ったほうがいいんじゃない?」

 

 僕は深くため息をついた。

この女性——ちなみになんと人妻らしい!——は、何を考えているのかよくわからないが、僕と同じ行き先に行こうとしているらしい。

何度か道がわかれて別々の方向に行った事があるので、つけられている訳ではない。

ないのだが、僕は勘に頼って歩いているだけなのに、何故目的地が同じと言う事になるのだろうか。

もしやクイントさんも、魔導師連続殺人事件の犯人を探しているのだろうか?

などと突拍子もない考えが僕の脳裏に描かれた、その時であった。

 

「……したくない……になんで……いけない……ごめん……」

 

 街灯の直下、肩まで届く茶髪に黒のワンピースを来た女性が、壁に向かって額をあてながら何やら呟いていた。

荷物は一つも無く、代わりに何故か布に包まれた長い棒を抱えているのが奇妙である。

思わず、背後のクイントさんと目が合った。

どうしたものかと様子を伺ってみたいが、子供の僕ではむしろ僕が事情を問われる側になってしまう。

無言のアイコンタクトが伝わったのか、クイントさんが僕の横を通って茶髪の女性に話しかけた。

 

「あの、こんな所でどうしたのでしょうか。

私は管理局員です、何か困っている事があれば、お力になりますよ?」

 

 女性が、クイントさんを見た。

瞬間、背筋に凍土が生まれる。

直感が悲鳴を上げ、脳が焼け付く程の超速詠唱で魔法を唱えた。

 

『縮地発動』

「下がれクイントさんっ!」

「えっ?」

 

 とバリアジャケットを展開した僕が到着するより早く、女性は布で包まれた棒を蹴り回転させ、クイントさんの足を払う。

不意をつかれて対応できなかったクイントさんが体勢を崩した次の瞬間、風を裂く轟音と共に棒がクイントさんへ向け叩きつけられた。

 

 甲高い金属音。

辛うじて大剣と化したティルヴィングで、僕は女性とクイントさんとの間に入り込む事に成功していた。

が、なんという膂力か。

咄嗟に片手で柄を、片手の篭手で刀身を押さえていなければ、剣を弾き飛ばされている所だった。

冷や汗をかきながら、鍔迫り合いをする相手の武器を視認する。

 

 カタナ、と呼ばれる片刃の曲刀が存在する。

重さで切るのではなく鋭さで切る武器であり、特に人を切る事を目的としたカタナを人斬り包丁と言うそうだ。

質量兵器時代の初期、火薬が発達する前によく使われた武器であり、今でも一部の特殊なベルカ式に伝えられている武器だと言う。

そのカタナが、女性が両手で握る武器の正体であった。

咄嗟にティルヴィングでもらった魔力波形のパターンと照合し、僕は相手が誰なのか理解する。

 

「あんたが魔導師連続殺人犯か……!」

 

 成る程、その身に纏う魔力は僕と同等のSランク。

更にベルカ式の使い手であるクイントさんを、油断していたとは言え一合で殺しかねなかった技量。

どちらも犯人像と合致する。

詰問の言葉を突きつける僕に対し、女性はカタナを打ち払い、背後へと飛翔、距離を取った。

 

「黙れ……!」

「なっ、この人がっ!?」

 

 言外に僕の言葉を認める女性に、僕の台詞に驚くクイントさん。

すると女性はバリアジャケットを展開。

赤黒い和風の具足を装備すると、カタナを頭の横から空に刃を向け地面と並行に構え、半身に足を大きく開く。

 

「この刀……、ムラマサにさえ選ばれなければ、私だって、普通の女の子だったのに……!」

 

 吐き捨てるように言う言葉の内容とは反対に、踏み込む速度は凄まじい殺気に満ちていた。

瞬きの瞬間を縫うように僕へと接近、上段に構えたムラマサとか言うカタナを振り下ろす。

幸い上段からの攻撃だと理解できていたので、横に構えたティルヴィングで防御魔法を展開。

激突するも、ムラマサの斬撃は僕の防御を貫くに至らない。

あわよくばふっ飛ばした後追撃を、と考えたその瞬間、背筋を氷点下の気温が蹂躙した。

 

「ムラマサ、ロードカートリッジッ!」

『御意、大鷲の剣発動』

「ぐっ、ティルヴィングッ!」

『了解、ロード・カートリッジ。トライシールド強化』

 

 機械音声と共に、ティルヴィングの柄から薬莢を排出。

強化したシールドを展開するも、嫌な予感はまだ消えない。

次の瞬間、オレンジ色の魔力光がムラマサに収束、解き放たれる。

 

「ぐぁっ……!!」

 

 銀光が走ったかと思うと、僕は背後に吹っ飛ばされていた。

どころか、右腕に鈍い痛み。

見れば右手の篭手はティルヴィングの刃が食い込み、数条に分かれた血の川が流れていた。

強化したシールド魔法を抜いた上、残ったパワーのみで篭手を破壊されたのだ。

何処が重さではなく鋭さで切る武器だよ、と内心毒づきつつ、急ぎスフィアを展開。

 

「切刃空閃・マルチファイアッ!」

 

 縦に放射状に十個の直射弾を発射し、狭い路地裏を利用して空間攻撃を行う。

こちらも相手と同じSランクの魔力を用いた攻撃である、流石にこれを防御無しで突っ込んでくる程相手は化物では無かったらしく、防御魔法の三角形の橙光が見えた。

この隙にと立ち上がり、黄金の大剣を構える。

相手も同様に、再びムラマサを上段に構えていた。

腕の傷の分こちらの状況が悪いとも言えるが、クイントさんがある程度離れてくれた為、こちらも心置きなく戦えると言えば未だ互角か。

とりあえず、自分から殺人犯と言外に告白してくれた辺り、口が緩そうなので、適当に挑発してみる。

 

「くそ、馬鹿力女めっ! ゴリラかなんかの仲間かっつーのっ!」

「誰が馬鹿力女ですかっ! 私には、ティグラって言う立派な名前があるんですっ!」

 

 あまり期待せずにした挑発だったのだが、普通に名前を返してくる辺り、頭の出来は微妙らしい。

クイントさんと念話しつつ、作戦を考える。

しかし何にせよ、この路地裏は僕が圧倒的に不利だった。

普通の長剣ぐらいの長さのムラマサは自由自在とまでは行かなくとも振り回せても、僕の馬鹿でかいティルヴィングは横に剣を振ろうとすれば、壁にひっかかってしまう。

両隣が高層ビルなので、空を飛んでも条件は同じ。

何か策を考えねばなるまいが、それより先に相手が突っ込んでくる。

 

「また子供を殺したくなんてないけど、仕方ない、か……!」

 

 ムカつく物言いだが、先程よりも早い踏み込み。

しかし一撃目で速度に目は慣れた、今度はこちらの番だ。

再びオレンジ色の三角形がティグラの足元を照らし、薬莢の跳ねる音と共に斬撃が来襲。

しかし相手の振りおろしのタイミングに合わせて、こちらもティルヴィングを振りおろし、ムラマサを地面にたたき落とす。

そのまま流星の速度で剣を跳ね上げ、無防備なティグラの顎を狙うも、咄嗟の判断でティグラはムラマサを手放し飛行魔法で後ろ上空へ後退、斬撃は空を裂く。

予想外にデバイスを手放させた、と思った、その瞬間である。

 

「来て、ムラマサ!」

 

 と、一言ティグラが声を発したかと思うと、ムラマサをオレンジ色の結界が包み、次の瞬間ティグラの手にムラマサは舞い戻っていた。

 

「自動送還機能付き……ロストロギアか?」

「くっ、ムラマサがロストロギアだってバレたッ!?」

 

 またしてもカマかけに引っかかるティグラ。

自動送還機能があったとしても、ムラマサではなく仕込んであった他のロストロギアの可能性もあるのだが、わざわざ口に出して教えてくれた。

内心なんとも言えない気分になりつつ、こちらも飛行魔法を使ってティグラへと突貫。

大上段に振り上げたティルヴィングを振り下ろそうとし、対するティグラは今度は中段の構えで迎え撃つ形に。

激突の寸前、ローラーの摩擦音が背後に近づいているのを確認しながら、僕は高速移動魔法を発動する。

 

「悪いがっ」

「ここで選手交代よっ!」

 

 地面に飛燕の速度で落下する僕と入れ替わりに、青い帯の道を走るクイントさんが突撃。

当たり前だが、この横幅の狭い路地では僕の大剣よりティグラのムラマサの方が扱いやすく、そしてティグラのムラマサよりも、念話で教えてもらったクイントさんの拳の方が扱いやすい。

そしてクイントさんには近距離の攻撃しかできないが、僕は中遠距離からの援護射撃ができる。

となれば、このスイッチは妥当な戦術判断と言えよう。

クイントさんのリボルバーナックルがムラマサを弾くのを尻目に、僕はティルヴィングに呼びかける。

 

「パルチザンフォルム、行くぞっ!」

『了解、ロード・カートリッジ。パルチザンフォルムへ変形します』

 

 ティルヴィングの刀身が二つに別れ、緑の宝玉から一直線に空洞が伸びるように。

柄は倍に伸び、二条槍のような形状の薙刀へと変形する

ベルカ式には珍しい、遠距離からの射撃系魔法をメインに使う際の形態、パルチザンフォルムである。

早速ティルヴィングをティグラへと向け、叫ぶ僕。

 

「誘導弾、チャージ……!」

『イエス、マイマスター』

 

 早速誘導弾を同時に制御できる限界である5つまで形成。

青い光と帯、オレンジ色の光が激突する箇所へと向けながら、タイミングを見計らう。

 

「おぉおおぉっ!」

「てやぁあぁっ!」

 

 状況はクイントさんが不利だった。

スイッチして一分と経っていないのに、既に全身には刀傷が所々にあり、失った血の量も相応の物だ。

当たり前といえば当たり前か、先程密かに念話で聞いたクイントさんの魔導師ランクは陸戦AA。

以前AAランクのベルカ式魔導師がバリアジャケットを抜く事すらできずに殺された事を思えば、不利なのは当然と言えよう。

しかし背後に隠れた僕が誘導弾で狙っているのを気にしてか、ティグラはクイントを攻めきれないようだった。

そして戦況をコントロールしきれないのだろう、クイントさんとティグラが直線で並び、ティグラが僕の姿を確認できない時が来た。

 

「踊剣小閃ッ!」

 

 と同時、僕は誘導弾を発射。

五閃の白光がクイントさんの背中近くまで到達すると同時、軌道を歪曲。

クイントさんを回りこむようにしてティグラへと突撃、4つが命中し爆発する。

 

「ぐあっ!?」

 

 悲鳴をあげるティグラへ、しかし容赦無しにクイントさんは突貫。

薬莢を右手から排出しつつ、すれ違いざまに鉄腕を叩きこむ。

 

「ナックルダスターッ!」

「——っ!」

 

 声にならない悲鳴と共に、落下を始めるティグラ。

赤い具足のバリアジャケットが砕け、破片が下へと落ちていく。

腹部にはクイントさんの拳の形の痣が残っていた。

しかしその目には、わずかながら意思の光が見受けられる。

が、外れてしまった誘導弾がまだ一つ残っているのだ。

明後日の方向に行ってしまったそれを操作、ティグラへと向け発射し、これで勝利かと思った、その瞬間であった。

 

 絶大な悪寒。

咄嗟に誘導弾をクイントさんに向け発射、こちらは全力のプロテクションを発動、殺意の大体の方向へ向け防御姿勢を取る。

 

「ウォルター君っ!?」

 

 クイントさんの悲鳴の直後、爆音が二つ響く。

一つはクイントさんの間近に迫っていた、幻術により隠蔽された透明の直射弾。

もう一つは、幻術で隠れながら僕に接近し、背後から奇襲してきた者による直射弾によるものであった。

すぐさま晴れる土煙の中から、オプティックハイドによる透明化が剥げた襲撃者が姿を現す。

 

「……うっ!」

 

 思わず、と言った風にクイントさんが悲鳴をあげる。

襲撃者は普遍的な杖型デバイスを手に持ち、バリアジャケットは黒いコートにパンツと普通の姿だったが、その顔が異様だった。

襲撃者の顔面は、焼け爛れていた。

鼻はそぎ落とされ筋繊維が所々姿を見せ、唇は異様にも真っ白な色をしている。

髪の毛は一本も残っておらず、頭は禿げ上がっていた。

一体こいつは何者なのか。

脳裏に走る疑問を口にだそうとするより早く、ティグラが口を開く。

 

「お、遅いですよ、ナンバー12っ!」

「……お前は相変わらず口が多い」

 

 男とも女とも取れない皺がれた声で、ナンバー12は答える。

要するに、ナンバー12はティグラの仲間と言う事なのだろう。

早速情報を明かされて、ナンバー12が呆れているように取れるのには、少々同情心をそそられないでもない。

こうまで片っ端から言わなくてもいい事を口に出されては、さぞかし嫌な気分な事だろう。

 

 しかしそれにしても、僕とナンバー12との距離が近いのはマズイ。

僕は未だティルヴィングの基本形態であるソードフォルムに習熟している途中であり、現在のパルチザンでの近接戦闘はお世辞にも形になっているとは言い難い。

その上当たり前だが、刀身の面積は減っていない以上、大剣より薙刀の方が狭い路地では扱いにくい。

かと言って形態変化をする暇があるほど力量の低い相手か、今はまだ判断できない。

冷や汗をかきつつ僕はナンバー12と相対する。

そして不安なのはクイントさんも同じだろう。

僕の援護なしにティグラと相対すれば、クイントさんは数分と持たず地に伏す事となる。

 

「よ、よし、ナンバー12が来たんだし、これならきっと勝て……!」

「引くぞ」

「あれ?」

 

 しかし援護は意外な所から現れた。

ナンバー12はそう告げると同時、高速移動魔法で上空へ。

ティグラも慌てた様子でナンバー12に続き、上空へと飛び立つ。

意外な台詞にビックリした瞬間を狙われ、阻止はできなかった。

当たり前だが、上空へ逃げられては、こちらは追いたくても追う事はできない。

クイントさんはあの青い帯の道の魔法である程度空中戦闘ができるとはいえ、空戦魔導師に比べれば自由度に劣る。

となれば僕一人でティグラとナンバー12に対応せねばならず、それは勿論僕の死を意味するからだ。

 

「殺さなくて済むからいいんですけど、なんで?」

「クイントは兎も角、あっちのガキは未知数だ。

殺れるかどうか、不確定要素が多すぎる」

 

 という事らしかった。

確かに相手から見れば、ティグラと同等の魔力を持つ僕は、なるべく相手にしたくないのだろう。

こちらとしては一応下からチマチマ射撃で応戦する方法もある。

勿論こちらの不利は免れないが、時間稼ぎをしつつ管理局員であるクイントさんに応援を呼んでもらい、数の暴力で片付けると言う選択肢があるためだ。

僕の報酬金がかなり減額されるだろうが、背に腹は代えられない。

早速ティルヴィングを向けるも、先程から隠蔽発動していたのだろう、ナンバー12の転移魔法の展開の方が早かった。

僕とクイントさんは、二人を転移魔法の魔力光が包み、消えていくのを黙ってみている事しかできないのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 クイント・ナカジマは元々魔導師連続殺人事件を追っていた。

計13人と言う大量連続殺人である、それほどの非道を許す訳にはいかないと必死に現場をかけずり回り、やっと法則性らしきものを見付け出した、その日である。

クイントは突然、捜査権限の移譲を上司に伝えられた。

しかも、その移譲先が管理局の存在しない部隊と言われる部隊であった。

どんな人員が居てどんな活動をしているのか一切分からない部隊であり、管理局上層部の都合の悪い事態をもみ消す為に使われる部隊だと言う噂すらある。

当然烈火の如く怒ったクイントであるが、上司は上からの圧力だ、と言う以上の事は何一つ教えてくれなかった。

業を煮やしたクイントは通常業務の他に独自に魔導師連続殺人事件の捜査をし、夫に謝りつつ休暇をその調査に使っていたのであった。

 

「……って訳だ」

 

 ティグラとの交戦から約1時間。

クイントはウォルターを夕食に誘い、念のため個室で食事をできるバーに連れ込んで、ウォルターの事情を聞いている所であった。

大体の事情を聴き終わったクイントは、そうかぁ、と口に出してから机に肘をつき、手の上に顎を乗せる。

ウォルターの話は非常に単純で、情報屋に魔力パターンの波形をもらって勘で彷徨いていたらクイントと同行する事になり、ティグラと遭遇したという事である。

いくらなんでも都合が良すぎる話だが、単独では流石に勝ち目の無いウォルターにとってクイントを仲間に引きこむ絶好のチャンスだ。

この場で態々嘘を言う事も無いだろう。

 

「はぁ……」

 

 現状に思わずため息をつきながら、クイントはウォルターを見つめる。

ウォルターが料理を食べる姿は、意外にも上品な物だった。

言動からもっと野性的な食べ方を想像していたのだが、クイントよりも上品なのでは、と言うマナーの良さである。

どうやらデバイスに指図されての事らしく、時折デバイスから叱声が飛ぶのを見ると、微笑ましくて思わず笑顔になってしまうクイントであった。

こうしてみると、普通の子供である。

しかし先程の戦闘を思い浮かべると、そうも言えない。

 

 ウォルターは恐らく、クイントよりも強かった。

武器の差もあり比較しづらいが、単純な近接技量ではクイントよりやや劣るものの、魔力量はウォルターが圧倒的。

何より魔力運用が非常に上手く、勘の良さが凄まじい。

特にクイントの目を引いたのは、ナンバー12の透明化直射弾からクイントを守った、あの誘導弾である。

直前まで自由落下するティグラを狙う単純軌道から、鋭角に曲がって見えない目標へ向かっての軌道変換は、かなりの難易度だろう。

加えて、ウォルターがあの透明化直射弾を察知した勘も凄いが、もっと凄いのはその勘を十全に信じたその精神力である。

決まったかもしれない勝負を捨て、仲間を誤射する危険性を孕みながらも、尚自身の勘を信じるのは非常に難しい。

 

 クイントとウォルターが戦えば、恐らくウォルターに軍配が上がるだろう。

遠距離からの攻撃に徹されていてもそうだし、近距離戦闘に持ち込むことができても、技量差を覆す魔力によるスペック差がある。

加えてあの凄絶な勘と、それを信じきる精神力。

状況にもよるが、近接戦闘に限定しても4:6でクイントが不利と言う所だろう。

この年齢でこの領域である、クイントの脳裏には「天才」の二文字が過ぎった。

 

 対し、ティグラもまた凄まじい強者であった。

近接戦闘での力量はクイント以上、その上ウォルターのような天才型ではなく、その剣技には重厚な経験が見て取れた。

言動や見目の若々しさからすると妙だが、少なくとも経験値はクイントの上を行く程度はある。

その上魔力量でウォルターと互角である、クイントではティグラ相手に足止めにしかならない。

加えて対峙したクイントだから分かる、口では殺したくないと言いつつ、その手腕は人を殺す事に既に躊躇を覚えなくなっている。

 

 ナンバー12の存在を加えれば、既に事態はクイントの手には余る状況となっていた。

それでも、13人もの魔導師を殺したティグラを、存在しない部隊などと言う不透明かつきな臭い部隊に任せてはおけない。

特に13人の死者のうち、4人がまだ幼い魔導師だったと言うのがクイントの義憤を買った。

どうしてかは自身でも分かっていないが、子供の不幸はクイントの逆鱗である。

クイントは何としてもこの事件に食い下がりたかった。

 

 普段なら同じ隊の仲間に呼びかけて捜査を手伝ってもらう所だが、上司も仲間も今新たに降り掛かってきた案件に関わっている所で、手が離せないのが見て取れる。

この状況では、クイントが休暇を使って個人的な捜査をするのを黙認してもらっただけでも上出来だ。

恐らくクイントにとっての逆鱗である、子供の死が関わっていたから許されただけだろう。

加えて、AAランクのベルカの騎士が敗れた、と言う報がある前だった事も一因か。

とにかく、これ以上となれば、苦汁をなめながらもこの件について諦める事を要求されるに違いない。

 

 そこで手なのが、ウォルターを民間協力者として私的捜査に加える、と言う手段だった。

ティグラと互角に切りあう事のできるウォルターであれば、クイントは残るナンバー12を相手にすればいいだけだ。

ナンバー12の力量が不明瞭なのが不安要素だが、少なくとも見て取れた魔力量はクイントと互角程度。

幻術使いと言うのは厄介だが、とある理由でクイントは幻術使いとの戦闘経験を積んでいる、勝てない相手では無い。

 

 では何が問題かと言えば。

ウォルターが子供なのが、問題だった。

子供達の敵を取るのに子供を危険に晒すのか、と言う事だ。

それも、夕方に管理局で保護しようかと誘った、その日のうちに手のひらを返して、である。

 

「……っ」

 

 クイントが声にならない声を小さくあげると、ウォルターは食事の手を止め、クイントを仰ぎみた。

上品な手つきなのに不思議と食事は早く、その皿はクイントに負けない速度で露出度を上げている。

背丈はやや高めなものの、その顔はまだ歳相応に幼い。

 

 クイントより強いとは言え、ウォルターはまだ7歳の子供なのだ。

とは言え、ミッドの常識では独り立ちしている彼を大人扱いするのも、然程おかしい話でもなく。

子供らしい仕草もあるけれど。

時折クイントをさえ超える覇気を感じさせる時もあり。

迷うクイントの内心を読み取ったのだろう、口元で小さく笑みを作ると、ウォルターは口を開いた。

 

「心配するな、俺はティグラなんざに負けはしねーよ。

必ず勝つ。

勝って、生きて帰る。

大体、心配なのはこっちさ、クイントさんはあのナンバー12とか言うのに勝てるのか?」

 

 また喫茶店の時と同じ、全身に電撃の走るような凄まじい笑み。

心の中で、何処かナンバ−12との戦いを不安に思っていた部分が浮き彫りにされ、その上でそれが燃焼する。

カッ、と全身が熱くなり、思わず食器を強く握りしめてしまう。

血潮は熱く、活力はみなぎり、腹腔の燃え盛る炎を吐き出すようにクイントは言った。

 

「勿論よ。

私だって、ナンバー12なんて男に、負けはしないわ。

そっちこそ、ティグラに負けたりなんかしたら、大爆笑してやるわよ」

 

 言い切ってから、はっとクイントは実質ウォルターの同行を許すような発言をしてしまった事に気づく。

あっ、と声に出してしまうと、ウォルターは悪戯が成功した子供のような表情で忍び笑いをしていた。

それに怒ろうと、身を乗り出して何か言おうとするものの、何を言えばいいのか思いつかない。

ぱくぱくと口を開け閉めしてから、仕方なしに大きくため息をつき、クイントは席についた。

 

 そも、ウォルターの事を子供扱いするなら、夕方の時点で無理にでも保護していただろう。

そうならなかった以上、クイントは本能的な部分でウォルターをある程度大人と認めている事にほかならない。

とすれば、言う事は最早一つである。

 

「あーあ、分かったわよ、ウォルター君を民間協力者として認めるわ。

『偶然』出会った事件に関する調査の協力者って事になるのかしらね」

「で、『偶然』捕まえてみたら犯人が魔導師連続殺人犯だった、って訳か」

 

 訳知り顔で言うウォルターの顔に何となくムカムカして、クイントはテーブルの下で蹴りを出すも、あっさりと避けられる。

悔しくて何度も蹴りをしてみるも、テーブルの下を見ているんじゃあないかと言う精度でウォルターは次々に足を避け、結局一つも当たらなかった。

むすーっと膨れ顔を作るクイントに、ウォルターは再び忍び笑いをしてみせる。

これじゃあどっちが子供だか分からないな、とクイントが思った時、ふと、ウォルターが真剣な表情で口を開いた。

 

「そういや、ナンバー12を男って言ってたけどよ。

あいつ、骨格から見て女じゃあないか?

女にしては、胸が無さ過ぎる気がするけどさ」

 

 ピタリ、とクイントは動きを止めた。

ウォルターの目を見つめるも、そこに嘘の色は無い、とクイントの勘は判断する。

 

「それ、本当?」

「ああ、胸に関しても、あんまし想像したくないが、削ぎ落とせばいい話だしな」

 

 クイントは、静かにグラスを手に取ると、一口、二口と水を飲む。

一旦頭を冷やす行為が必要だった。

頭の熱を追い出すように頭を振り、じっとウォルターを見つめてクイントは口を開く。

 

「だとすれば、少し心当たりがあるの。

ティグラと言う名前からも何かたどれる事があるかもしれないし、明日は別行動でいいかしら」

「ああ、管理局への伝は無いからな、そっちは頼む。

俺は情報屋と、ちょっと気になる噂があるんで、それに関して聞き込みをしたい」

「えぇ、そうしましょう」

 

 言って連絡先を交換すると、ちょうど食事も終わりだった。

立ち上がり、割り勘を主張するウォルターを寄せ付けずに全額支払い、バーを後にする。

一旦帰宅するというウォルターと別れてから、夜風に涼みながらクイントは思った。

直射弾を透明化する幻術使いで、女。

嫌というほどに心当たりがあった。

陸士訓練校時代の先輩であり、卒業後空士の資格を取り執務官となった人。

そして、故人である。

秘匿任務での死亡という事で、何一つ家族にすら知らせずに死んでいった先輩。

もし本当にその先輩が関わっているのだとすれば。

顔面が焼け爛れ乳房を抉り喉を潰した、身元不詳の人間がその先輩だというならば。

そして更に、存在しない部隊への捜査権限の移譲を考えるとすれば。

存在しない部隊への噂程度だった疑念が、真実味を帯びてくる。

 

「この事件……、本当に管理局が裏で関係している……?」

 

 答える者は誰もいない。

クイントの言葉は、夜風に乗って果てないどこかへと消えて行くのであった。

 

 

 

 

 


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