仮面の理   作:アルパカ度数38%

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新年明けまして胃腸炎でした。
まさか元旦から何も食えないとは……。
と言う訳で、遅ればせながら、いつもと違った時間に更新でした。


6章4話

 

 

 

1.

 

 

 

 クリッパー・デュトロは幼い折、人類の為を想い研究者の道を志した。

専門は後天的な魔力資質の付与。

魔法主義社会となった現代において、魔力資質の全体的増強は、救える人を増やす意味でも、非魔導師への差別緩和においても、人類に有用である。

そう考え、クリッパーは齢10にして大学の門を叩いた。

 

 しかし、いくら研究を重ねても、クリッパーの研究分野は特定の研究所に先取りされてしまう。

全く同じテーマではないにしろ、明らかに数歩先を行ったテーマに、クリッパーは幾度も研究テーマを変えざるを得なかった。

常に先を行かれる自身の才能に疑問を抱くようになった頃、クリッパーはある噂を聞く。

先取りをしていた研究所は、管理局に見逃されながら、密かに違法研究をしているという噂を。

そしてその成果こそが、先取りの理由であったのだという噂を。

 

 己の努力は、何ら意味を持たない物だったのだ。

自身の専門において、人体実験の有無は天と地ほどの実験効率の差を生む。

それを成しに己が成功を手にする事は、永遠にあり得ない。

そうやって活力を喪失したクリッパーは、酒に溺れ、賭博に打ち込み、それでも縋り付いた研究で一定の成果を上げて生活の糧を得ていた。

 

 そんなある日、クリッパーの元に、違法研究所からの誘いがあった。

倫理観や正義感が、全く無かった訳ではない。

躊躇はあった。

恐れもあった。

けれど失いかけていた夢の為、クリッパーは人類のための犠牲だ、と己を騙し、違法研究者としての道を歩み出した。

 

 違法研究者としてのクリッパーは、すぐに頭角を現した。

皮肉なことに、クリッパーは人体実験に関する天才的な嗅覚を持っていた。

裏の世界でのキャリアを積んだクリッパーは、ロストロギアの移植実験の主任研究者となった。

死蔵されている強力なロストロギアを資源に強力な魔導師を生み出し、管理局の力を強めるための実験であった。

単独で強い魔導師を生み出す事のメリットについての議論はあったが、皮肉にもウォルター・カウンタックという幾度も次元震を防いだ英雄の存在がその有用性を証明していた。

尤も、そこまで高位の魔導師はそうそう制作できなかったのだが。

 

 元々人類のためにと思って研究を始めたクリッパーである、実験体であった筈の子供達をただの実験体とだけ見る事はできず、苦しみながらも人類のためと信じ子供達を犠牲にしてきた。

そんなある日、黒翼の書と白剣の書の移植実験に入った頃、ある実験体がクリッパーの所属する違法研究所に連れ込まれた。

ソニカ・デュトロ。

クリッパーの姪であった。

 

 クリッパーの弟夫妻の娘であったソニカは、弟夫妻に金で売られていたようだった。

その弟夫妻も、次は臓器を売って血を売って、最後には死んだらしいが。

クリッパーは、動揺しつつも立場を利用し、ソニカと直接話をするため、彼女の元を訪れた。

冷たい実験体を入れる個室の中。

患者衣を着た姪は、儚げな笑顔でクリッパーの事を迎えた。

 

「クリッパー……。本当にここの人だったんだ」

「……あぁ」

 

 クリッパーはソニカと仲が良く、自身の仕事についても漠然と話した事があった。

人類のための研究。

人々が救いたい誰かを救うための剣を与えられるようにする仕事。

かつてのソニカはそれを信じ、クリッパーの事を尊敬していた物であった。

 

 しかし、今のソニカがそれを信じている筈がなかった。

既にソニカもその耳で聞いているだろう、非人道的な実験を行われる子供達の悲鳴を、使い物にならなくなれば脳を摘出され、余すことなく利用しつくされる子供達の悲哀を。

そのはずなのに、ソニカは儚げな笑顔でクリッパーに問うた。

 

「じゃあここの人って、偉いお仕事をしている人たちなの?」

 

 クリッパーは、即答できなかった。

代わりに震える唇を噛みしめ、涙を零しながら膝を床に着き、そのまま土下座した。

泣き叫びながら、クリッパーは叫んだ。

 

「そうだ……。だから。君の命を、未来を、人類の為にくれ!」

 

 己の卑劣さに、クリッパーは嗚咽を漏らし、心臓を掴まれる思いであった。

両親に売られ、子供達が人間の尊厳を失う中、最後の希望として出会った叔父に泣きながら土下座で命を捧げろと請われるなど、齢10の少女相手には酷すぎる。

しかしそれでも、ソニカは告げた。

 

「いいよ」

 

 弾かれるように、クリッパーは床にすりつけていた頭蓋を上げた。

ソニカは変わらずに儚げな笑顔を浮かべていた。

 

「そりゃあ、自由になりたいけどね。皆のためになる事なら、私、我慢するよ」

 

 天使の笑顔だ、とクリッパーは直感した。

そしてこの天使を犠牲になど、できはしないと。

 

 クリッパーは主任研究者としての立場を利用し、逃亡の準備を整えた上でソニカを奪取した。

しかし、決行には遅かった。

知らぬうちにソニカは適合手術をある段階まで受けており、黒翼の書を移植せねば遠からず死す体となっていた。

迷うクリッパーはソニカを連れ出し、噂に聞いていた”家”なる廃棄研究所を再起動させ、ソニカを生体ポッドに入れて生命維持を行う。

そのまま単身管理局から黒翼の書と白剣の書を奪い、黒翼の書の移植を始めていた。

 

「もうすぐだ……、ソニカ、お前をもうすぐ自由にできる」

 

 “家”最深部の研究室。

蛍光緑の光が照らすのは、生体ポッドの中に浮かぶ金髪の瞼を閉じた少女と、それを見守る小汚い茶髪に眼鏡の男であった。

コンソールを前に立つクリッパーは、しかし自分の言葉が現実的ではない事を知っている。

 

 ソニカへの移植実験は、難航していた。

そもそも、クリッパーの担当したロストロギアの移植は低ランクの物が多く、黒翼の書のような高ランクロストロギアの成功例は未だ無い。

加えてソニカに対する調整は途中からクリッパー一人で行っており、腕は兎も角人手が圧倒的に足りていない。

現時点では黒翼の書との親和性は高すぎる調整になりがちであり、暴走確率は大凡7割程か。

一度暴走すれば、敗北するか白剣の書によって宿主を殺害するしか、黒翼の書を止める方法はない。

 

 それでも時間があれば、クリッパーにはソニカを確実に黒翼の書を制御可能な状態へと調整する自信があった。

けれどクリッパーの存在は既に嗅ぎ付けられており、管理局の走狗が既に”家”内部に侵入してきている。

局員として犯罪者を捕まえる為には致し方ないのだろうが、もう少し待ってくれれば、というのが本音であった。

 

「くそ、ソニカと私で一端管理局を撃退するしかないのか……」

 

 無論暴走の危険性は高い。

しかし、かといって管理局を頼る事も出来ない。

何故ならクリッパーは、元を辿れば管理局からの出資で違法研究を行っていた者である。

仮に表向きソニカの調整の許可が下りても、いつの間にかソニカもクリッパーも行方不明になる未来しか思い浮かばない。

奇跡的に管理局でまともな権力者とコネのある相手に捕まれば、ソニカを助けられる可能性はあるが、賭けるにはあまりにもギャンブルが過ぎる。

暴走を押さえきる可能性は3割だが、そちらに賭けた方がまだマシだ。

 

 クリッパーは、コンソールを操作。

呼び出した監視カメラの映像を見るに、ウォルター達は最下層である地下7階に到着しそうな塩梅であった。

眼を細め、クリッパーはコンソールのボタンを押す。

排気音と共に生体ポッドの液面が下がってゆき、ソニカは底面に下り立ち、その瞼を開いた。

光のない瞳。

少しでも暴走確率を下げる為に精神を遮断処理されている彼女に意思はなく、白剣の書を辿った命令に従うのみの人形に過ぎない。

 

「……必ず、救う。君にあげられるのは自由ぐらいしかないけど、それでも」

 

 奪う側に居た自分の誓いの言葉は、空虚で滑稽に違い無い。

けれどもそれでも、気付けば臆病さに震えそうな自身の足を進める為に、クリッパーは告げた。

心を封じられている筈のソニカが、どうしてか、あの儚げな笑みを見せてくれた、ような気がした。

 

 

 

 

2.

 

 

 

 靴裏が金属質な床板を踏みつける。

見覚えのある、金属製の大きな扉の前。

僕ら10人……ツヴァイを入れれば11人がそろい踏みし、デバイスを手にする。

 

 小さく、目立たぬように深呼吸をし、瞼を閉じる。

体調は最悪だった。

全力で押さえているが体は今にも震えそうで、根源を失ったが故の恐怖と、行方の分からない憎悪が暴れ回っている。

頭蓋は沸騰したみたいで、何かを判断する事すらも難しく、気力で止めていなければ今にも涙が滝のように流れ出てしまうだろう。

 

 僕が生きてきた理由は、結局の所UD-182の魂の証明が根幹であった。

勿論それだけじゃなくて、そのために僕が背負ってきた事は、僕だけの物なのだろう。

けれど、その背負う理由の根幹となったのは、やはりUD-182の魂があるが故だった。

 

 あの、輝ける炎の魂。

他者にその炎を伝える、最も輝ける魂。

その炎が宿った時の、高揚と言ったら。

あぁ、胸の内側に炎が宿り、血潮が沸騰せんばかりに燃えたぎり、心の全てを燃焼させる瞬間の、なんと心地よい事か。

 

 僕はその魂に魅了されていた。

格好良かった。

憧れていた。

その通りになれなくても、少しでも近づきたかった。

そんな彼の死の間際の遺言。

悔しい、と彼は言った。

この魂を燃えたぎらせる生き方が消えてしまうのが。

継いでみせる、と僕は言った。

お前の生き方は、僕が継いでみせる、と。

けれど僕は、卑小で臆病な弱虫だったから、仮面を被る事でしか彼の生き方を継ぐことができなくて。

 

 必死だった。

仮面を被って生きていくのに僕は必死で、そのために命を背負ってまで戦い続けて。

気付けば背負った命は重く、しかしそれ故に僕は、疑似蘇生体とは言えUD-182本人を殺してでも仮面を被り続けていく事を選んで。

それでも根幹はやはり、UD-182の魂の実在で。

 

 ――でも、UD-182はただの妄想だった。

 

 全ては崩れ去った。

仮面を被る理由は妄想で、僕は妄想のために人の命を蹴り落として、背負った命があるからと妄想の為に妄想存在を斬り殺した。

全ての意味が色を無くしてゆき、心が朽ち果ててゆくのを僕は感じた。

 

 それでも僕が未だ両足で立ち仮面を被っているのは、一体何の為なのだろうか。

リニスは、例え妄想であっても、僕の信じる魂は僕の中にあるのだと言っていた。

僕はそれに納得したふりをしたけれども、正直、実感は無い。

けれど最早それを信じる他に僕が立ち上がる方法はなくて。

だから必死に、僕はそれを信じる言葉を重ねるのだ。

 

 皆は僕の言葉に、勇気づけられたと、燃えてきたと、言ってくれる。

幾分お世辞も混ざっているのだろうが、それでも彼らは少しでもあの魂の燃えさかる感覚を得てくれて。

それが僕の中に信念がある証拠なのだから。

僕に、生きる意味はある。

生きる価値もあるのだと。

 

 それでもふとした瞬間、それがどうしたんだろうと思ってしまうのが怖くて。

立ち上がる意味を己に問う瞬間が怖くて。

僕は、目を開いた。

リニスと視線が合う。

相変わらず白い帽子で猫耳を隠した彼女は、慈愛の満ちた藍色の瞳で僕を見つめている。

右手に視線を、握りしめたティルヴィングを見つめる。

掌を開くと、そこには金色の剣の装飾にはまった緑色の宝玉が明滅していた。

2人の存在の心強さに、ほんの少しだけ後押しされて。

僕は、呟いた。

 

「セットアップ」

 

 白光。

黄金の巨剣と化したティルヴィングを手に、視線を部隊の皆に。

視線を逸らそうとし辛うじて思いとどまった様子のギンガに心抉られて。

僕を真摯に見つめるはやての姿に複雑な感情を抱き。

告げる。

 

「なぁ、この先にはクリッパーの奴と、実験体らしき子が居る」

 

 魔力反応による測定結果の通りである。

既知の情報に、それでも、ハラマを含めた部隊の皆は僅かに顔を硬くした。

 

「実験体の子は黒翼の書を移植されているだろうな。それがその子の望んでのことなのか、生きるために仕方なくなのか、それともクリッパーの奴の欲望の為になのか、分からねぇが」

 

 豪、と部隊の皆の瞳に炎が宿ったように見える。

本当のところはどうなのか、分からない。

僕の感じるような高揚を彼らも感じてくれているのか、少し前まではちょっとだけだけど自信があったけれども、今は欠片も無かった。

けれどそれでも、僕は他ならぬ自分のために、彼らが心を燃やしているのだと信じて。

続ける。

 

「なぁ、理由は分からない。でもお前らは、それを見て放っておけるような奴らなのか?」

「――違う!」

 

 咆哮が重なった。

そう、夢を持って管理局員を目指した彼らには、僕とは違う真っ当な信念がある筈だった。

それは始めはあった物が摩耗していったのかもしれない。

それとも始めは無かった物が、人々を救い続けるうちに生まれたのかもしれない。

どちらにしろ、僕には想像でしか思えない物だけれど。

それでも、長年共に戦い続けてきた経験からの類推で、僕はティルヴィングを天に向け、叫んだ。

 

「なら、答えは簡単だ! 話を聞いて、手を差し伸べてやればいい! そして、そのために。想いを伝える為に力が要るから。外道を打ち倒すのに力が要るから。そのために、お前たちは力を磨いてきた筈だ!」

「雄ぉぉおぉお!!」

 

 叫び、デバイスを掲げる皆。

気付けば、部隊長のはやてでさえ、そしてユニゾンしているツヴァイでさえもが咆哮と共にデバイスを掲げていた。

皆が高揚を共にしてくれている事に、僕は少しだけ感謝の思いから、涙をさえ零しそうになってしまった。

それを内心で噛み殺し、続け今度は静かながら良く通る声で言う。

 

「なぁ、それでも敵は強大だ。黒翼の書は、かつての闇の書並の力を持つ、最強クラスのロストロギアらしい。白剣の書を壊せば倒せるらしいが、黒剣の書ごと実験体の子は死んじまうし、黒翼の書もそのうち再生しちまうっていうおまけ付きだ。だが、お前らは運がいいな……」

 

 静まりかえる面々。

そこに僕は、可能な限り獰猛な、男らしい笑みを浮かべて見せた。

 

「ここには、俺が居る」

 

 全員が、背筋をピンと張った。

歯を噛みしめ、どうしてだろうか、目を見開き僕を見つめてくる。

 

「黒翼の書なんてなんてことねぇ、いくら暴走しようが、俺がぶちのめしてやるさ! お前らが心配する事は、抵抗してくるだろうクリッパーの奴をぶん殴る役まで盗られないかどうか、それだけさ」

 

 嘘八百の言葉だらけだった。

僕は自分の絶不調を理解している。

体調は悪いの一言で済むが、精神的には絶不調のどん底と言ってもまだ足りぬほど。

頭痛と吐き気とふらつきと腹痛で、こうやって仮面を被り続けているだけで辛くて仕方が無いぐらいだ。

けれど、だけれども。

少しでも彼らの心に大きな炎を灯らせるために、僕は野獣の笑みを浮かべたまま、叫ぶ。

 

「さぁ、行くぞ!」

「雄ぉぉおおお!!」

 

 咆哮と共に、僕らは”広場”へと飛び込んでいった。

 

 懐かしい空間。

かつては高いと感じていた天井が低く感じる事に時間の経過を感じつつも、僕は中心に居るクリッパーと実験体の子へと視線をやった。

茶髪眼鏡に無精ヒゲ、白衣に杖型デバイス、白い本を持った痩身長身のクリッパー。

見覚えのある緑色の患者衣に身を包んだ、10歳前後と見られる金髪蒼眼の少女。

少女から感じる超弩級の魔力に眼を細めつつ、僕は視線をはやてへ。

何故か突入前の音頭を取るよう言ってきた彼女だが、投降の呼びかけなどは管理局員ではない僕には出来ない。

頷き、部隊員達が配置に着いたのを確認してはやてが告げる。

 

「次元犯罪者、クリッパー・デュトロ! 貴方には古代遺失物窃盗の容疑がかかっています! 速やかに投降してください!」

「私にはやらねばならない事があるのでね……。遠慮させてもらうよ」

 

 それを静かに切り捨て、告げるクリッパー。

全員が構えたデバイスに魔力を込めると同時、クリッパーもまた杖型デバイスを構え、魔力を込める。

意外にも慣れた堂々とした構えに、僕は内心でクリッパーの脅威度を一段上げた。

“広場”は地下にしては広めの空間だが、はやての広域魔法が使える程では無い。

故にこの場で僕を除けば最強の魔導師は、リニスとハラマだ。

 

(リニス、ハラマ、クリッパーは任せたぞ)

(分かりました。ウォルターも、無理せずに……)

(応、そっちも負けんなよ!)

 

 告げるハラマの様子は既に立ち直ったようにしか見えず、僕は自分の弱さを浮き彫りにされるかのようで、内心歯噛みした。

それでも、必死で視線を実験体の子に向けると、殆ど同時、クリッパーが告げる。

 

「ソニカ……、この場だけは、君の力を借りる!」

 

 クリッパーの持つ白い本、恐らく白剣の書が輝いた。

瞬間、実験体の少女ソニカの目前に黒い本が出現。

恐るべき魔力をまき散らしつつページがめくれ、やがてあるページで停止した。

黒い光がソニカを包み込み、次の瞬間、バリアジャケットと化す。

黒いリボンを巻き付けたのを所々で止めただけのような淫靡なバリアジャケットだが、それを着ているのが年齢が2桁になるかという少女なので、酷くインモラルに感じる。

遅れ、飛行魔法の類いを収束したのだろう、一対の黒い翼がソニカの背から生えた。

青い瞳を僕に向け、肌を刺すような圧倒的魔力を僕へと向ける。

 

「…………」

 

 黒い光がソニカの手に収束した。

背筋に液体窒素を流し込まれるような、凄絶な悪寒。

咄嗟に発動した縮地の魔法が僕をソニカの目前にまで到達させ、ほぼ同時にソニカの口が開かれた。

 

「……プロミネンス」

「うぉおぉぉ!」

 

 絶叫と共に、ティルヴィングをたたきつけ、発動しようとする黒い光を相殺。

そのまま慣性に身を任せて蹴りをソニカの腹にたたき込み、クリッパーと分断、次なる魔法を溜め始めたソニカへと飛び込んだ。

即座にソニカは魔法を中断、両手に纏った魔力付与魔法で強化された手刀を振ってくる。

ティルヴィングで打ち合いつつ、思わず叫ぶ僕。

 

「いきなり広域殲滅魔法かよ!? “家”とクリッパーごと吹っ飛ばす気か!?」

「…………」

「ち、感情が封印でもされてるのか?」

 

 無言のままにソニカは残る片手で僕の顔面の残像を貫く。

僕は地を這う姿勢のまま半回転、ティルヴィングで表切上に斬りかかった。

超反応で魔力を纏った肘で防御、されるのを見越して魔力付与の抜き手をソニカの腹へ放つ。

 

「てやぁあっ!」

「…………」

 

 しかし、やはり超反応でソニカは防御魔法を展開、抜き手が激突するも、防御を抜くには至らなかった。

舌打ち、高速移動魔法で回り込もうとする僕の頬を、ソニカの黒槍の射撃魔法がかすっていく。

こちらも射撃魔法でそれを逸らしつつ、カートリッジをロード。

薬莢が落ちるより尚早く、咆哮。

 

「断空一閃っ!」

「……コロナ・コーティング」

 

 白光を帯びた黄金の巨剣を、しかしソニカは一瞥するだけで、超弩級の魔力を込めた片手の魔力付与手刀で迎撃しようとしてきた。

激突。

刹那競り合った物の、すぐさま僕が打ち負け、吹っ飛ばされる。

追い打ちの黒槍の射撃魔法を打ち落としつつ、舌打ち。

 

 明らかに僕は攻撃力・防御力、共にソニカに劣っていた。

僕には魔力付与された抜き手をノータイムの防御魔法で受けきる事などできないし、先の魔力付与攻撃の激突も、ソニカは片手を残し僕を僅かとは言え上回っていた。

速度ではやや勝っているが、それすらもこの閉鎖空間では上手く使い切れないだろう。

戦闘技術と勘で僕が上回っているため辛うじて生き残っているが、そうでなければ既にミンチにされている所だった。

 

 と、戦慄を覚える僕に、ソニカは再び手に黒い光球を。

再びの悪寒を振り払うため、高速移動魔法で突っ込む僕。

 

「馬鹿の一つ覚えかよっ!」

「…………」

 

 すんでの所で魔法を中断させる事に成功。

顔色一つ変えないソニカは、すぐさま射撃魔法に移行するが、見え見えの軌道なので避けつつ僕はソニカの元へ。

“広場”の壁へ射撃魔法が激突する音を聞きつつ、袈裟に斬りかかる。

迎撃の手刀と、今度は威力は互角。

しかし僕は激突点を支点に空中へと回転、もう片方の手刀が僕の残像を貫くのを見つつ、ソニカの後頭部に膝をたたき込んだ。

 

 ソニカが遊具へと吹っ飛んでゆき、滑り台付きの半球の遊具が崩壊してゆくのが目に見えた。

どうせ大して効いてないだろう、と突進する僕に、予想通りの黒槍が飛んでくる。

避ければいいのだが、角度的にはやてやハラマ達に当たりそうなので、舌打ちしつつ全部打ち落とした。

見ると、ソニカの手にはまたもや広域殲滅魔法の溜めが。

 

「おぉおおぉ!」

「…………」

 

 叫びつつ突進、必死の刺突で溜めを解除させる。

僅かでも距離が空けば広域殲滅魔法の溜めに入るソニカに、僕は作戦を考える暇も無く連続で攻撃し続けるしか無い。

計算なのか、それとも暴走しかけているのか不明だが、どっちにせよ厄介なこと極まりない。

はやて達の方に向かった攻撃魔法を殆どたたき落とす余裕があるのが、せめてもの救いだろうか。

そう思い、僕は僅かに意識をクリッパー達の方へとやる。

 

 

 

3.

 

 

 

 ハラマは、愛槍に魔力付与しクリッパーへと刺突を放った。

避けようとするクリッパーだが、戦闘に慣れていないだろう彼の動きでは次ぐ神速の刺突を避けきれない。

 

「う、うわぁぁっ!」

 

 叫ぶクリッパーは、思わず、と言った様相で両手で顔面を庇う。

当然、右手に持った白剣の書を楯にされる形となり、舌打ちつつハラマは刺突を逸らした。

白剣の書を破壊してしまえば、黒翼の書も同時に破壊される。

2つの書は自動再生するが、宿主である少女ソニカは死んでしまうので、避けざるを得ないのだ。

クリッパーの白衣の肩口に槍が突き刺さり、吹っ飛んでゆく。

 

「う、ぐぅ、シュートバレット!」

 

 吹っ飛びながらも、クリッパーが咆哮。

追撃のリニスのフォトンランサーを迎撃しつつ、靴裏で床板を掴んだ。

摩擦音と共にどうにか踏み止まり、体制を立て直す。

 

「アラクネ・プロテクション!」

 

 続けクリッパーが紫色の魔力光と共に、魔法を発動。

蜘蛛の糸の如き防御魔法に低ランク魔導師達の援護射撃が激突するも、破壊効果は現れない。

代わりに攻撃力を維持したまま防御魔法に張り付いているだけだ。

珍しい魔法に、部隊員達に動揺が走る。

 

「さぁ、お返しだっ!」

 

 クリッパーが叫ぶと同時、味方の物だった筈の魔力弾はハラマに向かい飛んでくる。

舌打ち、トライシールドで防御を固めるハラマ。

緑色の正三角形の防御魔法に、数十の魔力弾が激突、魔力煙をあげる。

 

「ふはは、仲間の攻撃の味はいかがかな!」

 

 哄笑するクリッパーであるが、その直後、響くローラー音に気づき、そちらに視線を向けた。

凄まじい速度で向かってくるのは、近代ベルカ式の魔導師、ギンガ・ナカジマである。

 

「ひ、ひぃぃっ!」

 

 思わず悲鳴をあげ、後方に大きく逃げるクリッパー。

遅れてクリッパーが寸前まで居た場所を、はやてとリィンフォース・ツヴァイの氷の拘束魔法が覆う。

接近するギンガの姿に防御魔法でその場に止まるだろうという、はやての読み違いであった。

 

「く、こいつ素人やけど強いっ!」

『ぐぬぬ、魔導師としての実力と戦闘勘の無さが、嫌に噛み合わないですっ!』

 

 叫ぶはやては、場所柄として広域殲滅魔法を封じられているため、できるのは偶にこうやってバインドを放つぐらいであった。

というのは、他にはやてには役割があるからである。

 

(すまんはやて、2発、射撃だ!)

(オッケーウォルター君!)

 

 ウォルターの咆哮と共に、はやては全力の防御魔法を展開。

ウォルター達の戦いの流れ弾である黒槍の射撃魔法が、はやて自慢のウォルターとお揃いの白い魔力光の膜へと激突した。

爆裂。

噛みしめた歯茎から血が滲まんほどの、衝撃。

はやてが辛うじて防御しきると、後には漂う魔力煙だけがその場に残っていた。

 

『うぅ、とんでもない威力です……。ウォルターさんは、よくあれを相殺できますね』

(1本に付き何本も射撃魔法を打ち込んどるみたいやけどな)

 

 歯噛みしつつ言うはやて。

涙目でリィンフォース・ツヴァイが告げる通り、ソニカ=黒翼の書の攻撃力は異常である。

射撃魔法の1本1本が、あの高町なのはのディバインバスター並の威力を誇っているのだ。

それも凄いが、そんな魔法が雨あられと降り注ぐ中、一撃もくらっていないどころか流れ弾を処理する余裕すらあるウォルターも、大概常識外れである。

とにかく、さほど防御の得意では無いはやてだが、そんな馬鹿魔力を防ぎ続けられるのは、ウォルターに次いで魔力量に優れたはやてのみである。

故にはやては半ば強制的に、戦場を2分し流れ弾を処分する役割となっていた。

 

 一方、対クリッパーのハラマ・リニス、108地上部隊の面々。

迂闊な射撃魔法は利用される上に、バインドの類いは構成を読み解くのが得意な研究者タイプには大した効果が無い。

故に部隊員にできる事は、残るは近接戦闘のみ。

しかし、前衛のハラマと中衛のリニスについていけるのは、隊員中近接最強のギンガのみである。

必然、他の面々は後方で魔力を温存する事となり、歯噛みしながら戦況を見つめるほか無かった。

 

 そんな中、ハラマ・リニス・ギンガの3人がクリッパーを追い詰めてゆく。

ウォルターからの魔力供給を最低限に絞っているリニスは戦闘能力が低下しているが、それでも戦力比は圧倒的。

追い詰められてゆくに連れ厳しい顔をするようになるクリッパーに、ハラマは叫ぶ。

 

「てめぇは、一体何であのガキに黒翼の書を仕込みやがった!? 一体、何の為にだ!?」

「……あの娘の、命の為だ」

「はぁっ!?」

 

 恫喝に似た疑問詞を叫びつつ、ハラマは神速の突きを放つ。

腹部を狙ったそれに、クリッパーは先の蜘蛛の糸の防御魔法を発動。

絡め取られるデバイスに、ハラマが判断を迷う一瞬に、クリッパーは紫色の射撃魔法を放った。

ほぼ鼻先で放たれた射撃魔法に、吹っ飛ばされるハラマ。

低空を飛んでいたリニスが抱きかかえるも、文句を垂れる。

 

「は、ハラマ、重っ! ダイエットしてくださいよ! 魔導師でしょ、貴方!?」

「うるせぇ、前衛は体重があった方がいいんだ、足りないぐらいだ!」

「……私も前衛ですけど、ハラマさんはもう少しお腹の肉を減らしても良いような……」

 

 軽口を叩きつつ、流れるような動きで2人の穴を埋める為に動くギンガ。

直撃すれば鉄塊でさえひしゃげるパンチを、クリッパーは顔色を青くしながら避ける。

尤も回避の基本ができておらず、続く拳は避けきれず、防御魔法に頼っての防御であった。

しかし、魔力量の差故に、ギンガの拳は防御を突破できずに終わり、絶大な隙を晒す事となる。

 

「とぅたぁっ!」

 

 が、咆哮と共に追いついたハラマの槍がクリッパーの次ぐ射撃魔法を防いだ。

後退するギンガと入れ替わりに、ハラマが怒濤の連撃を浴びせかける。

先ほどの続きとなる、問いかけも共に。

 

「どういうこった、ソニカとか言う娘の命が何故危険になる!」

「あの娘は……、私の姪は、研究所に居る事を知ったときには既に実験を施されていた。黒翼の書が無ければ生きていけない程に!」

 

 息をのむハラマに、クリッパーの杖が襲いかかる。

が、所詮素人の付け焼き刃、あっさりと躱すハラマ。

続けて背に刃を向けようとするも、足が動けない。

床に仕込まれたアラクネ・プロテクションに捕縛されたのだ。

続き、振り向きざまにクリッパーが杖で殴りかかってくる。

が、それをリニスの精密射撃が打ち落としてみせた。

床を舐めるように回転してゆくデバイスに、舌打ちつつクリッパーは後退。

懐から2つめのデバイスを取り出し、杖型形態に戻し構える。

 

「……ち、何個デバイス持ってるんだよ、お前は!」

「さて、な。それより私の言いたい事は分かったか? 私はこれから、あの娘の暴走しかけの状態を白剣の書で押さえ、体に調整を施さねばならない! 今のままでは、完全に暴走してしまうからな!」

 

 叫ぶクリッパーに、ハラマはしかし、躊躇無しに怒濤の連撃を放つ。

そこに、はやてが口を挟んだ。

 

「待ってください、そういう事なら管理局に投降すれば、ソニカちゃんの命は必ず助けます!」

「管理局など信じられるものか! 大体、それでは時間が足りん! 今の、あの娘の心を精神遮断処理で閉じ込め、心地よい夢を見させているうちだけしか、時間が無いんだ!」

 

 クリッパーの叫びに、ハラマは一瞬静止した。

その隙にクリッパーは後退、射撃魔法をばらまくのに、ハラマ達は一端防御を余儀なくされる。

 

「……心地よい、夢、だと……」

 

 思わず、ハラマは震えながら呟いた。

対し、目を瞬き、はっと気付いた様子でクリッパー。

 

「君は……、ここの記録にあった、幻覚剤を投与されていた……」

 

 全員が、硬直した。

ハラマにとっての致命傷としか言えない言葉に、全員の視線がハラマに集中する。

ハラマは、一瞬落とした視線を、しかしすぐに持ち上げた。

豪、とハラマの瞳に炎が巻き上がる。

 

「あぁ。俺は、幻を信じて生きてきた、ただの馬鹿野郎さ。幻の親友を心の支えに生きてきた、大馬鹿野郎だ!」

「馬鹿な……、君は一体、何故立ち上がれるんだ……?」

 

 思わず、と言った様相で問うクリッパーに、ハラマは眼を細めた。

片手を胸に。

灼熱の血潮が巡る心臓に当て、僅かに微笑み言った。

 

「なぁ、俺はヒーローの親友じゃあなかったんだろうさ。俺の過去は全部妄想、俺が心の支えにしてきた誇りだって全部妄想だ」

 

 告げ、ハラマは思い出す。

妄想の過去において、ハラマが心折れた時、ウォルターは常にただただ無言で手を差し伸べてくれた。

立ち上がるのはお前の意思だ、とでも言うかのように。

目を見開く。

濁った青の瞳が、その瞬間、澄み切った青色に変わる。

 

「でも、少なくとも。現実に、ヒーローは居た」

 

 そう、現実のウォルターもまた、全く同じ事をしていたのだ。

彼もまた、ハラマが迷った時、ただただ無言で手を差し伸べてくれたのだ。

そのたった一つの行為に、ハラマの心がどれだけ震えたものか。

打ち震える心に、ハラマは確信したのだ。

 

「俺はヒーローの親友じゃなくても、せめてヒーローは現実に、居てくれた。俺が立ち上がるのには、それだけで、現実だけで十分なんだっ!」

 

 構えたデバイスに、魔力がたたき込まれる。

次いで、カートリッジを排出、薬莢を落とし床を跳ねさせながら、爆発的に上昇した魔力を操りながら、ハラマは叫んだ。

 

「妄想の言葉なんて、心地よい夢なんて、俺には要らないっ!」

 

 魔力付与刺突が、クリッパーへと迫る。

あまりの迫力に体が硬直し、動きが鈍ったクリッパーは、回避もままならずに防御魔法を展開してみせた。

クリッパー得意の蜘蛛の巣の防御魔法に絡みとられ、槍は蜘蛛の巣を伸長させるに止まる。

が、同時、咆哮。

 

「おぉぉおぉっ!」

 

 怒号と共に全力を振り絞ったハラマの攻撃が、ついに防御魔法を破った。

あり得ない物を見る目のクリッパーの腹部へと、吸い込まれるようにハラマの一撃が決まる。

 

「ごふっ!?」

 

 悲鳴と共に胃液を漏らしつつ、クリッパーはその場にうずくまった。

遅れ多重バインドがクリッパーを拘束、駆け寄る部隊員達の手で十、二十とバインドが重ねられ、最早逃げる事は不可能になる。

急ぎハラマは白剣の書を回収し、クリッパーへと叫んだ。

 

「さあ、ソニカを止めろ! 俺たちを信じてくれ、俺たちは決して、ソニカみたいな娘を殺す為にこの仕事をしている訳じゃねぇんだ!」

「け、けほ……」

 

 呻きながら、クリッパーはハラマの顔を見つめた。

疑いの目で睨み始めたが、すぐに、す、とその表情から憎悪が抜け落ちる。

困り顔で、クリッパーは言った。

 

「そうだな、忘れていた。上は兎も角、管理局に入ろうとする若者達は、正義に燃えているのだと。こうなった以上、それしかないが……、君を信じるのは、吝かじゃあない」

「あんま褒めんなよ。あっちに本家本元が居るからさ、恥ずかしいんだっての」

 

 告げるハラマに、ふ、とクリッパーは微笑んだ。

次いで視線をソニカへ。

同時、顔色が変わった。

 

「しまった、あれは……! まさか、完全暴走に入ってるのか!?」

 

 ソニカの手には、黒い光に形作られた、疑似太陽があった。

恐らくウォルターの迎撃が追いつかなかったため、ソニカの広域殲滅魔法が発動してしまったのだ。

高速移動魔法でウォルターが斬りかかろうとするのが見えたが、間に合わない。

はやても時間さえあれば広域殲滅魔法で相殺できたが、今はその時間が無かった。

 

「――プロミネンス」

 

 次の瞬間、黒光が世界を満たす。

闇の書の最強状態をすら上回る攻撃力によって放たれた広域殲滅魔法が、”家”を破壊の光で蹂躙した。

 

 

 

 

 




みんなウォルターに精神的腹パンするの止めればいいのに……。

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