仮面の理   作:アルパカ度数38%

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なんとか週1更新に間に合った……かな?


6章5話

 

 

 

1.

 

 

 

「危ねぇな、おい……」

「うん、ウォルター君が居らんかったら全滅やったね……」

 

 と、呟きつつ、僕らは”家”の外に居た。

ソニカの広域殲滅魔法の寸前、僕は咄嗟にはやてらの正面に回り砲撃魔法を発動し、1秒ほどだが攻撃を相殺。

稼いだ時間ではやてらが発動した転移魔法で、辛うじて避けきる事に成功した、のだが。

 

「とんでもない威力やな……」

 

 戦慄するはやての言う通り、眼前の光景が見せるソニカの攻撃力は桁違いだった。

“家”は、消滅していた。

半球状にくりぬかれた地面は、未だ土が沸騰した状態で、ぽこぽこと泡を漏らしつつ湯気をあげている。

地下7階分の深さはあるそれは、半径30メートル近くあるだろうか。

その中心に、一対の黒翼を広げたソニカが、光の無い目で僕らを見つめている。

地獄のような光景の中心に浮いている、裸身に黒いリボンを巻き付けた黒翼の少女は、正に告死天使の如き様だ。

はやてのデアボリック・エミッションでも似たような事はできるが、それでもあのチャージ時間の短さでは難しいだろう。

改めて圧倒的なソニカの攻撃力に、内心舌打ちつつも、ティルヴィングを構え直す僕。

 

「ソニ、カ……?」

 

 すると、僕らの背後で乾いた声が。

意識をやると、バインドで捕縛されたままのクリッパーの声であった。

僅かにソニカが眼を細めるのに、反応があると感じたのか、続けてクリッパー。

 

「ソニカ、駄目だ、止めるんだ! これ以上黒翼の書の力に飲まれてはいけないっ!」

「…………」

 

 返答は、魔力が殺意を帯びる反応であった。

それに気付いているのかいないのか、クリッパーは叫ぶ。

 

「その力があれば、確かに外に出られるかもしれない。だが、力に振り回されるのは、本当に君が求めた自由なのか!? 例えそうだとしても、白剣の書がある以上、君はそう遠くないうちに殺されてしまう!」

 

 ソニカは、その手に魔力を籠め始めた。

僕もまた、対応の為に魔力をティルヴィングに。

何時でも斬りかかれるよう準備しつつ、僕はクリッパーが話すに任せる。

閉所の戦闘では勝てない程の力の差は感じなかったが、そもそも僕は仮面のために、勝って暴走を止めるだけではなく、彼女の心も救わねばならない。

しかし、何せ僕はソニカとは初対面である、彼女の心を目覚めさせる可能性として、クリッパーに喋らせるのは、リスクの少なさを鑑みれば悪くない手ではあるだろう。

と思うと同時、クリッパーと相対していたハラマの台詞を思い出してしまい、僕は必死で歯を噛みしめやり過ごそうとした。

 

「――優しい夢を見せた私が言うべきではないのだろう。けれど、帰ってきてくれ! 夢の中ではなく、この現実へと!」

 

 が、そこでこの台詞である。

言葉の槍が刺さり、目の前が真っ暗になりそうになるのを、必死で堪えた。

このまま立っていると倒れてしまいそうなので、戦闘態勢を強くする演技で体に力を込め、何とか胸の奥で暴れる激情をやり過ごす。

涙を堪え、折れそうになる膝を必死で伸ばして、仮面を被る意味を問うてくる内心を無視し、ただただ戦いに全てを賭す事だけを考えようとした。

 

「いや、この言葉では飾りすぎ、だな。私が、君に居て欲しいから。たった一人の家族に、生きていて欲しいから。私を、少しでも目覚めさせてくれた君に、生きていて欲しいから。いや、理由なんて何でも良い、兎に角君に、自由を掴んで生きていて欲しいんだ! だから!」

 

 叫ぶクリッパーは、いつの間にか涙を零し、がらがらの声となっていた。

必死さに溢れる行為だが、それでも、と僕は思った。

実験体だった頃の半ば偽りだった記憶が、それでも教えてくれる。

あんな絶望感の中にたたき込んだ原因にそんな事を言われた所で、心が動くはずなどありはしない。

言わせてみたが、クリッパーではソニカの心を動かせるはずなど無かった。

恐らく、同じ実験体であった僕やハラマの言葉の方が、まだマシかもしれない。

なのに。

 

「…………クリッパー?」

 

 ソニカの口から、鈴の音のような声が響いた。

その瞳には確かな意思の光が見えており、今までは感じなかった理性が感じられる。

え、と口の中で小さく呟く僕を尻目に、クリッパーとソニカ。

 

「ソニカ……意識が!?」

「うん……。寝ていた間のことも、ぼんやりとだけど……。でも、体が言う事を聞かない! このままじゃ……!」

 

 遅れて僕の脳裏にも理解の色が戻る。

ハラマがそうだったように、ソニカもまた心地よい夢を否定し、妄想を否定し、現実に舞い戻ってきたのだ。

打ちのめされるようだった。

心の中の柱が、折れて崩れ去るのを感じる。

 

 リニスの言う通り、妄想であっても僕の中に信念はあったのだ。

そう信じる僕にとって、妄想を否定するハラマの言葉やソニカの態度は、猛毒に等しい。

僕も自身の妄想を否定し、現実に生きていくべきなのか?

でも、僕にとっての現実って、UD-182の関係無い事って、存在しているのか?

様々な疑問が渦巻き、今にも頭を垂れ、泣きわめきたかった。

それを、堪える意味すらも考えず、ただただ堪える事だけを考え、必死で受け流す。

自分を正視すれば、二度と立ち上がれない気がしてならないから。

 

「このままじゃ、私、クリッパー達を殺しちゃう! 早く、今は少しだけこの体を押さえていられるから、今のうちに白剣の書を壊して、私を殺して!」

 

 思わず視線をはやてに。

ハラマがクリッパーから奪った白剣の書は、今ははやてが手にしていた。

青白い顔色となった彼女が、ぴくりと震える。

対し、クリッパー。

 

「止めてくれ……。お願いだ、私の命などどうでもいい、ソニカを助けてくれ! この子は私の、たった一人の家族なんだっ!」

 

 はやては、呆然とクリッパーを見つめた。

クリッパーの言葉は、かつての闇の書事件を思い出させる言葉であった。

家族という名の絆、書という名前の入った危険なロストロギア。

僕がリィンフォースを救えなかった、かつての戦い。

震えるはやてを見ていられなくて、そして同じぐらい、僕自身の仮面のために。

僕は、できる限り男らしい笑みを浮かべ、言った。

 

「やれやれだ……。ソニカ、お前が死ぬ必要なんて無い。俺がお前を倒し、黒翼の書なんざ強制停止させてやるさ。心配要らねぇっての」

「でも、さっきまでは……!」

「閉所での戦いと外での戦い、一緒にしてもらっちゃ困るぜ。お前如きに、俺は負けはしない!」

 

 視線を、決定権を握るはやてへ。

目尻が潤んでいる彼女に微笑みかけ、視線をソニカへ。

叫ぶ。

 

「俺を信じろ! 俺は、負けない。誰にも、何にもっ!」

 

 靴裏で地面を蹴り抜く。

構えた黄金の巨剣に超魔力を籠め、僕は告死天使の如きソニカへと向かっていった。

 

「相当痛いが、我慢しろよっ!」

 

 神速の突きを、首を振るだけであっさりと避けるどころか、カウンターで手刀を合わせてくるソニカ。

が、読み筋である。

幻術を引き裂くソニカの横に現れた僕は、透明迷彩が自身から剥がれてゆくのを感じつつ、ソニカへと振り払いの一撃を。

くの字に折れながら飛んで行くソニカへと、飛行魔法のパワーを上げて追いつき、咆哮。

 

「断空一閃っ!」

『コロナ・コーティング』

 

 唐竹の斬撃を、ソニカは空中で捻りを加えた回転からの手刀で防御。

一刹那の拮抗の後、ソニカが再び後方に吹き飛び、苦しそうな顔で小さく呻いた。

なけなしの良心がキリキリと痛むが、無視。

そのまま咆哮と共にソニカの目前に、続けて斬撃をたたき込む。

袈裟。

半身に避けつつ放たれる抜き手を膝で防御、そのまま片手で持ったティルヴィングで突きを放った。

胸への衝撃に目を見開くソニカに、続け剣を振り払う。

が、横薙ぎの斬撃は低い姿勢で避けられ、次いで僕の腹に向けてアッパーが。

すんでの所で魔力を集中し防御するも。

 

「がはっ!?」

 

 薄い防御は容易く破れ、僕は思わず口から血を吐き出した。

凄絶な痛みに体が硬直した瞬間、次ぐソニカの蹴りが頬に突き刺さり、僕は回転しながら眼下の丘へと吹っ飛んで行く。

三半規管を揺らされつつも、どうにか意識を保つ事に成功、すると同時に衝撃。

丘の崖にめり込んだのだ、と理解すると同時、目前にソニカが。

咄嗟にティルヴィングを楯にするも、予想していたのだろう、回転を加えた攻撃で剣を弾かれてしまう。

辛うじて剣を手放さなかった僕だが、無防備に。

続く万力が籠もった拳が、僕の腹に突き刺さった。

 

「ごほっ!?」

 

 視界が深紅に染まる程の一撃。

口から血塊が飛び出るのを感じると同時、目前のソニカはそのまま回転し、僕の腹に蹴りを放つ。

辛うじて間に合った防御魔法を紙のように引き裂き、ソニカの素足が僕の腹へとたたき込まれた。

 

 ほんの刹那、視界が真っ暗になる感覚。

遅れて大音声。

一瞬混乱してしまうが、すぐに僕はソニカの蹴りが僕どころか丘を蹴り崩したのだと理解する。

舌打ち、生き埋めの進行形を除する為に、魔力を周りに発散する。

 

「ずぁっ!」

 

 咆哮と共に、超魔力で周りの岩を吹っ飛ばした。

同時感じるソニカの気配へと、岩を目隠しに突進。

背後に回り込み、半回転しつつの一撃をたたき込んだ。

 

「きゃっ!?」

 

 意識だけはあるというソニカの悲鳴と共に、告死天使が吹っ飛んでゆく。

追撃の直射弾を放ち、その間僕は消耗した体力を荒い息で回復させていた。

尤も、ソニカはすぐに体制を立て直し、僕の放った白槍を爪楊枝か何かみたいに片手ではじき飛ばす。

思わず、引きつる頬。

 

「もう少し謙虚に生きろって、格好も派手だしよぉ」

「し、知らないよ! 格好は勝手にこうなってたんだもん! ……じゃなくて、大丈夫!? お兄さんっ!」

「このぐらい軽傷だってのっ!」

 

 とは言うが、既に狂戦士の鎧無しでは動きに大きく支障が出るレベルの怪我ではあった。

口元やら鼻やらから零れる血を拭いつつ、野獣の笑みを浮かべる僕。

その姿にソニカは安心したようだったが、実際の僕らの戦闘能力はややソニカが上だが逆転可能な程度と言った所か。

いや、総合的に見ればそうなるが、スタミナは明らかにソニカの方が上なので、恐らくこのまま戦えばジリ貧の感じがある。

何か手を打たねばならないとは思うものの、精神的に不安定な僕は、考えつく賭けに中々手を出せないでいる。

内心舌打ちをしつつ、それでも僕はソニカへと剣を向け、向かって行くしかない。

 

「行くぞっ!」

 

 咆哮と共に、ティルヴィングに白い魔力光を纏わせ、僕はソニカへと立ち向かって行く。

 

 

 

2.

 

 

 

 別次元の戦いであった。

白と黒の光は、最早高位魔導師でさえも生涯届かぬ領域の戦いに足を踏み入れており、どちらもSSSランク、つまり測定不能領域の魔導師であると知れる。

はやてですら辛うじて見える程度の戦いである、部隊員やハラマ達ではその姿すら捉えられていないだろう。

足手纏い以外の何物でも無い自分たちに、歯噛みしつつ、はやてはウォルターを信じ見守るしか無い。

 

「……でも」

 

 と、はやては呟いた。

2人の超次元の戦いは、絶不調というだけあって、ウォルターが劣勢のようであった。

辺りに破壊をまき散らしながら戦う2人は、しかし傍目にはウォルターがダメージを受ける回数の方が多いように見える。

ウォルターも圧倒的な魔力を持つが、ソニカの方が魔力量では一段階上か。

加えてソニカの悲痛な声が、はやてでは目で捉える事すら難しい戦いの現状を教えてくれる。

 

「ウォルター、もういいよ、私、死んでいいからっ! これ以上なんて……!」

「この程度で負けを認めるなんざ、悪いが、死んでも嫌だね。安心しろ、勝つのは俺だっ!」

 

 叫ぶウォルターはほぼ無傷に見えるが、狂戦士の鎧がある以上、どれだけの怪我を負っているかなど外からでは分からない。

知っているのは本人と使い魔たるリニス、そしてダメージを与えているソニカぐらいか。

そう思い、はやてはリニスに視線を。

頷き、リニス。

 

「……ウォルターが、やや劣勢ですが。逆転の目が無い程ではありません」

「……そか」

 

 はやてが目を伏せるのに、ギンガもまた、苦虫を噛み潰したような顔になる。

それから半歩前に出て、はやてに視線を。

迷いの混じった目で、口を開く。

 

「八神分隊長。ここからクラナガンまでは、さほど遠くはありません。あの飛行速度で迫られれば、1時間足らずで……。仮にソニカがクラナガンで暴走した力を振るってしまえば……」

「……分かっとる」

 

 そう、仮にソニカがクラナガンに破壊をまき散らせば、結果は最悪の物となるだろう。

ソニカ=黒翼の書は強いが、かつての闇の書が持つ一定以下の魔力攻撃をシャットアウトするような防御力は無い。

故に、仮に白剣の書が見つからなくても、数の力で勝る管理局が最終的には勝つだろうが、首都を襲われたミッドチルダの受ける被害は甚大な物となるだろう。

なんだかんだと言って、管理局のお膝元であるミッドチルダの経済が次元世界に与える影響は大きく、二次被害は更に恐ろしい事となる。

加えて、恐らく壊滅状態となるだろう地上部隊の事を考えると、各地の犯罪組織が台頭してくるのは想像に難くない。

そしてはやて個人にとって大切な事だが、クラナガンにはヴォルケンリッターが、高町なのはが、フェイト・T・ハラオウンが居る。

そして何より、ソニカ=黒翼の書の魔法は全て殺傷設定である。

負ければ戦っているウォルター・カウンタックが死ぬのだ。

 

 嫌だ、けれども。

迷うはやてに、それでもギンガは硬い視線で告げる。

 

「八神分隊長、私は白剣の書の破壊による、黒翼の書の破壊を提案します」

「君はっ!?」

 

 叫ぶクリッパーを無視し、ただただはやてを見つめ続けるギンガ。

その意思の裏にあるのは、ウォルターへの不信か、裏腹に心配なのか。

ウォルターとギンガとの関係を、ウォルターが昔世話になった事のある家の娘としか知らないはやてには、よく分からない。

 

「待て、部外者だが言わせてもらうぜ。ウォルターは、あいつは負けない。必ず勝って、黒翼の書を停止させてくれる筈だ。そうでなくとも、あいつの敗北が濃厚になってからでも遅くない筈だ」

 

 告げるのは、ハラマであった。

その瞳にはただただウォルターへの信頼が燃えさかっており、尊いと同時に危うさを感じる部分もある。

先のウォルターとハラマの関連性を知るはやてには、仕方ない事だと分かっているのだけれども。

 

「頼む、私に残った、たった一人の家族なんだっ! ソニカの、あの娘の命だけはっ!」

 

 叫ぶクリッパー。

その目にはやては、己の過去を想起した。

7年前の闇の書事件の折、八神はやては世界の為に命を狙われ、ヴォルケンリッターはそれを救おうとして奮起し、ギル・グレアムは八神はやての命を握っていた。

今、ソニカ・デュトロは世界の為にはやての手に命を握られ、クリッパーはソニカを救おうとして敗北し懇願しており、八神はやてはソニカ・デュトロの命を握っている。

 

 ――私は、グレアムおじさんの立場に居るんやな。

はやては、内心そう独りごちた。

気が狂いそうな苦悩であった。

ソニカを殺せば、はやては自分は奇跡に縋って生きながらえておきながら、他人が奇跡に縋る事は許さない人間となる。

自分に優しく他人に厳しい生き方を、八神はやては許容できない。

ソニカを生かせば、はやては奇跡に縋り現実を見ない管理局員失格の人間であり、グレアムを完全否定してしまう事になる。

こちらは管理局員として生きてきた自分の半生の否定であり、当然八神はやてはそれを許容できない。

 

 許されるのであれば、白剣の書を誰かに託し、自分もまた戦いに赴きたい程であった。

しかし現実に、広域殲滅が専門であるはやての力では、例えウォルターが前衛であろうともソニカのみに当てるのは至難の業。

加えて、レベルが違いすぎてソニカには大したダメージにならない可能性が高く、むしろ足手纏いとなる可能性が高いぐらいであった。

これがなのはやフェイトであれば、多少の助けにはなれたのだろうが、八神はやては少数での戦闘に向いた魔導師ではなかった。

 

 迷うはやてを尻目に、戦況は進んでいた。

 

「おぉぉおぉっ!」

「もうやめて、ウォルター!」

 

 叫ぶソニカに向けて、咆哮と共にウォルターが立ち向かう。

圧倒的なパワーとスピードだが、それも先ほどまでと比べてやや落ちる。

ついにウォルターの戦闘能力に陰りが見えてきたのだ。

いくら狂戦士の鎧で怪我の影響を受けないとは言え、脳や精神に疲労は溜まる。

そうなれば判断や行動が鈍くなり、スタミナの減少という形で戦闘能力が弱まって行くのだ。

これが尋常な戦いであれば数時間戦い続けられるウォルターだが、今は一撃一撃がなのはのエクセリオンバスター級の威力が籠められており、断空一閃の魔力付与斬撃はスターライトブレイカー級の威力である。

当然疲労も早く、魔力が尽きるのも早い。

それでもまだ全開時の9割以上の戦闘能力を保持しているのだが、元々辛うじて食い下がっていた所である、僅かな戦闘能力の低下が大きく天秤を揺らしていた。

 

 弾かれるように、ウォルターはソニカと距離を取る。

油断無く黄金の巨剣を構え、黒衣をはためかせながら、ウォルターが口を開く。

 

「……ちっ、賭けるしか無いか……、俺の最強の魔法にっ!」

 

 次いで、ティルヴィングがカートリッジをロード。

柄のカートリッジ機構により全7発のカートリッジを全て使い果たし、一瞬とは言え黒翼の書やかつての闇の書をも超える魔力をたたき出す。

ウォルターを覆う狂戦士の鎧に兜が生成、ウォルターの頭蓋を包んで見せた。

超弩級の魔力を剣に籠め、ウォルターが叫んだ。

 

「韋駄天の刃っ! 断空連閃――二十三閃っ!」

『発動致します』

 

 ウォルターの姿が、煌めいた。

白い閃光と化したウォルターが、ソニカの周囲で閃光の檻を形作る。

超速度で空気が破裂する音が連続し、圧倒的魔力が吹き荒れる。

1秒と経たぬ間の交錯。

魔力と魔力が衝突する波動を残し、分かたれた2つの影が地上へと落ちて行く。

 

「あ、相打ちっ!?」

 

 とはやてが叫んだ瞬間、墜ちるソニカがその手に黒槍を生成、ウォルターへと放った。

黒槍はウォルターへと激突、何処かを貫いたまま、小さな林の方へとたたき落とす。

 

「ウォルター!?」

「ウォルターさん!?」

 

 叫び飛び出す、リニスとギンガ。

後を追いたくなる自身を押さえ、はやては視線をソニカへ。

墜落先の草原を割り出し、叫ぶ。

 

「ウォルター君はあの2人に任せよう! ここに居る全員は、ソニカの落下地点に行くで!」

「はいっ!」

 

 後ろ髪を引かれる思いながら、はやて達はハラマを先頭に、ソニカの元へと急ぐのであった。

 

 

 

3.

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 荒い息と共に、ギンガは走る。

使い魔であり主の居場所が分かるリニスが僅かに先行しており、ギンガはそれについてゆく形であった。

木々をかき分け、草土を踏みつけ、全速力で走る。

障害物が多い地上を走るのは煩わしいが、万が一にソニカが復活してきた時の事を考えれば、発見されてしまうので飛行魔法やウイングロードは使えない。

歯を噛みしめつつ、ただただギンガは靴裏で地面を踏み抜いて行く。

 

 口を開く余裕すら無かった。

頭の中がぐちゃぐちゃで、上手く物事が考えられず、ただただ涙が零れそうになるのを必死で堪える事しかできない。

ギンガは、ウォルターが半ば敗北した事にショックを受けていた。

思えば、ギンガのウォルターに対する憎悪には甘えがあった。

この人ならどんな憎悪でも受け止められる、この人ならどんなに嫌われてもへこたれない、この人なら絶対に負けないから、容赦なく恨んでいられる。

だって、ウォルター・カウンタックは最強だから。

誰にも負けない、次元世界最強の英雄だから。

 

 馬鹿だった。

そんなはず、ある訳が無かった。

強さなんてその時によるし、例えウォルターが最強でも、それが無敗を意味する訳ではない事ぐらい、当然のことだった。

なのにギンガは、ウォルターが誰よりも強く、故に恨もうが殴ろうが、全て受け止めてくれる人だと信じていたのだ。

 

 自分の愚かさに、ギンガは自身を殴りつけたい程だった。

何が、”何時から貴方は、こんな人になってしまったんですか”だ。

ウォルターが変わった訳ではない。

変わったのは、ギンガの目だ。

自分が可愛く、ウォルターを恨む事で母の死のショックを和らげようとして、もう一人で歩かねばならない今でもウォルターに甘えている、ギンガの。

ウォルターの強さだけを見て、その心を少しも理解しようとしなかったその目が、ウォルターの姿を変えて見せたのだ。

 

 ウォルターの心は確かに強い、完璧に近いだろう。

かつてギンガに見せた人間らしい欠点も、何処かその偶像性を高めているような気がするぐらいだ。

けれどウォルターの強さは、完璧だとは限らないのだ。

それをギンガは、分かっていなかった。

ウォルターが負けそうになって、初めてギンガはそれを理解しようとしていた。

何が初恋の人だ、と歯を噛みしめ、ただただギンガは足を進めて行く。

 

 ギンガは祈った。

クイントの死以来、初めて神に祈りを捧げた。

――神様、どうかウォルターさんが無事でいますように。

震える唇、噛みしめた歯、今にも泣き出しそうな目、そんな情けない様相で、それでもギンガは祈る。

祈りながら走り続けて、そしてたどり着いた。

 

 開けた、小さな木々の隙間と言うべき場所。

陽光が差すそこの背の低い木に、ウォルターは背を預け目を閉じていた。

見えるのは首から上で、胴体は大きな葉っぱに遮られ、見えない。

ひゅ、とリニスが息をのみ立ち止まるのを尻目に、ギンガはウォルターに近づく。

 

「ウォルターさんっ!」

 

 叫ぶと同時に、ギンガは葉っぱを退けた。

 

 ――荒く挽いた挽肉に、一瞬見えた。

ぐちゃぐちゃの肉体は、まるで解剖が初めての学生に解剖された蛙のよう。

折れた骨の白。

てらてらと輝きながら顔を覗かせる肝臓の赤紫。

所々破けながら垂れている腸の黄土色。

そして赤。

血肉の赤。

赤、赤、赤、赤、赤。

最後に、黒。

 

 ――その心臓に突き立った、黒い魔力光の槍。

 

「ぁ――」

 

 ギンガは、重力に従い膝を落とした。

遅れて尻が土につき、肺が空気を求めるのに従い、口がひゅうひゅうと音を立てながら、何とか呼吸をしようと努力する。

熱い物が、ギンガの顔面からあふれ出た。

頬を伝う涙がポトリと垂れ、ギンガの太股へと落ちる。

 

「どいてくださいっ!」

 

 叫ぶと同時、ギンガを押しのけリニスがウォルターの元へ。

その手に回復魔法の光を宿し、どう見ても手遅れにしか見えないウォルターに回復魔法を。

それを、ギンガは一人見ている事しかできない。

 

 ギンガは、己の内側から、名前の付けられない感情が渦巻いてくるのを感じた。

後悔、恐怖、悲哀、憎悪、衝撃、それら全てが混じり合い、爆発するような勢いでギンガの中を蹂躙する。

例えようのない感情の奔流がギンガの口を、突いて出た。

 

「ああぁあぁぁぁあぁぁ――っ!」

 

 絶叫。

 

 

 

4.

 

 

 

 ぬるま湯に浸かっているような気分だった。

体中が気怠くて、頭の中が霞がかっていて、ぼんやりとした感じ。

目は開けられないけれど、瞼に覆われて黒い筈の視界には、何故か乳白色の世界が広がっている。

とても心地よい感覚で、全てをこの感覚に任せてしまえばどうか、とさえ思えるぐらい。

その感覚は抗いがたい魅力を孕んでおり、僕はついついこんな事さえ考えてしまった。

 

 ――僕は一体、今まで何に駆り立てられてきたのだろうか。

 

 何故、僕はUD-182の魂を証明しようなんて思ったのだろうか。

別にわざわざ僕が証明なんてしなくても、仮にUD-182が現実の存在だったとすれば、その魂は少ないとは他者へと伝わっているではないか。

それからの戦いで背負った命だって、そうだ。

なんで戦って殺したからって、僕の選択で殺したからって、その相手の命やらを背負わなくちゃならないんだ?

死人は死人だ、所詮この世ではもう一言も喋る事なんてできないし、それが自然の理だ。

僕は死人の命を背負わねばならないと思って来た。

けれど違うのだ

僕は死人の命を背負っても、背負わなくてもいい。

僕には、選択肢があるのだ。

 

 それでも、僕は何かに駆り立てられるかのように信念を貫き、他者の命を背負ってきた。

でも、その何かとは、一体何なのだろうか?

今までは、そんな疑問すら沸かなかった。

理由は分からないけど、胸の奥に何か確信のような物があって、僕はそれに駆り立てられて戦ってきた。

けれど、今こうやってまどろみの中に居ると、そんな確信がとてもあやふやな物のように思えてくる。

 

 もう、いいじゃないか。

そんな言葉が、胸の奥に沸いてきた。

だって僕は、ある程度の不幸は味わってきたつもりだけど、十分それに釣り合うだけの幸せを得てきた。

仮面越しにとは言え英雄と言われるのは、心が痛い反面心地よくもあった。

皆が僕の言葉で心を燃やしてくれたと言う言葉は、9割お世辞だと分かっていても、嬉しかった。

加えて、僕は辛い道を歩んできたつもりだけど、それは自分で選んだ事だったのだ。

選んだ道を歩めるという事だけでも、なんて幸福な事なのだろうか。

そして何より、リニスとティルヴィング。

人生で1人現れれば十分過ぎる程の理解者が、僕には2人も居たのだ。

それで僕は不幸な人間だなんて言えば、世界中から総スカンをくらうこと間違いなしだ。

 

 もう、歩かなくて、いいや。

このまどろみに全てを任せ、意識を眠らせよう。

心地よい眠りの予感に、僕は身を任せようとして。

 

『――……』

 

 電子音。

ティルヴィングの、声なき声。

 

「てぃる、う゛ぃんぐ?」

『イエス・マイマスター』

 

 僕にとって尤も大切な相棒の声に、僕はほんの僅かだけまどろみから引き戻された。

眠くて落ちそうになる瞼を開くと、目前には僕の胸にかかった、黄金の剣型のアクセサリの中心の、緑色の宝玉が明滅している。

 

『意識への介入、かつて闇の書――リィンフォース・アインが貴方へ使った”闇の書の夢”なる魔法の亜種を発動しました。魔力は兎も角、リソースはかなり持って行かれますね』

「あぁ、それで、君は僕に話しかけられている訳だ。それで、どうしたんだい?」

『マスターの意識混濁状態を解除し、判断を仰ぐ為、私は参りました』

「あぁ、うん……」

 

 僕は頭を振った。

寝ぼけ眼をティルヴィングに向けて、へらっと、生きてきて一度もした事のないような、気の抜けた笑みを浮かべる。

 

「僕はもう、立ち上がるつもりは無いんだ」

『…………?』

「なんて言うか、何が僕を駆り立てていたのか、分からなくなっちゃって。もう、このまま眠れさえすれば、それでいいやって、ね」

『…………』

 

 目前で、ティルヴィングが明滅。

本当か、と問うているのだろう彼女に、僕はへらへらとした笑みを浮かべつつ、続ける。

 

「本当だよ。もう、疲れちゃったし。なぁ、だからもう、僕を少し休ませてくれないかな?」

『……念を押しますが。本当に、なんですね?』

「うん、そうだよ。僕はもう……」

 

 言って、僕は再び瞼を閉じようとして。

ティルヴィングが明滅、ノイズを吐き出し始める。

疑問に思って目前に目をやると、明滅するティルヴィングから、音声が流れ始めた。

 

『”君は、私に恋していたわ”』

「ぁ……」

 

 脳髄を、氷水につけられたような感覚。

全身が冷たく乾いた針に刺されるような錯覚すら伴い、ぴん、と緊張の糸が張った。

 

『”だからって訳じゃあないけどさ。ギンガとスバルは、貴方にとってただの知り合いじゃあない。貴方の初恋の人の娘なの。だから……、私が死んでも、2人が真っ直ぐに育ってくれるよう、その目標になってくれない?”』

「辞めろ……、辞めてくれ……」

 

 頭を振る僕に反応せず、続けティルヴィングが違う音声を再生する。

 

『”今度何かあった時。はやて、お前にはどうしようもない、力及ばない、何かがあった時。その時は何の遠慮もなく、俺に助けを呼んでくれ。今度こそ、何があっても犠牲一つなく……助けてみせる”』

 

 口の中が乾き、全身に冷たく鋭利な力が宿ってきた。

それでも否定したくて、歯を噛みしめる僕の目前で、止めとばかりに音声再生。

 

『”約束するよ”』

 

 ――ぬるま湯の感覚は、最早過ぎ去っていた。

あるのはただただ怜悧な冷たい、現実の痛みと苦しみに満ちた感覚だけだ。

瞼は開き、表情からは微笑みが抜け落ち、全身からは活力が、胸の奥からは血潮が沸騰するような熱量が沸いて出てきていた。

僕は、それでも甘えとばかりに、ティルヴィングへと問うた。

 

「それで……お前は僕に、どうしろって言うんだ」

『それは、鋼の血肉しか持たぬ私が決める事ではありません。私に出来るのは、確定した確実な過去と、歩んできた道を見せる事だけ』

 

 皮肉気に明滅。

電子音声が、僕を突き放すような口調で続けた。

 

『マスター。貴方の道は、貴方が決めるのです』

 

 冷たく、鋭利な言葉であった。

けれどどうしてだろう、それなのにどうしてか、それぐらいの言葉が嬉しくて。

僕は、僅かにだけ微笑んだ。

ティルヴィングが、戸惑い気味に明滅する。

 

「はは、手厳しいな……。でも、さ」

 

 僕は、両手で浮遊するティルヴィングを掴んだ。

そっと抱きしめると、彼女の冷たく胸を裂くような温度が伝わってきた。

そんな彼女に、こんな言葉で応えられているのだろうか、分からない。

けれど僕のような盆暗な脳みそで思いつく言葉は、これぐらいしかなくて。

だからせめて、精一杯に、僕は告げた。

 

「ありがとう。お前が僕の相棒で、本当に良かった!」

 

 電子音と共に、恥ずかしげにティルヴィングが明滅。

乳白色の優しげな世界が、暗い波に押し流されるようにして何処かへと消えて行く。

代わりに視界が晴れて行き、現実の瞼が僅かに動く感覚が、僕の精神へと繋がった。

 

「ウォルターっ!」

「ウォルターさんっ!」

 

 うっすらと開く瞼に見えるのは、リニスとギンガの2人だった。

手が動かないので、心の中でだけ手を開き、顔面にかぶせるようにする。

内心での仮面を被る動作と共に、僕は口を開いた。

 

「すまねぇ、心配かけたな」

「——……っ!!」

 

 泣き崩れるリニスを尻目に、蒼白な表情で息をのむギンガへと視線を。

疑問の視線に気付いたのだろう、叫ぶギンガ。

 

「心配かけたって! あ、貴方は……、こんな怪我で……、何で、どうやって……!」

「あー、っと体はどんなもん……、うおっ、結構派手な怪我だな」

 

 彼女の言葉に自身を見下ろすと、かなり派手にやられたようで、僕は死ぬ数歩手前ぐらいの状態だった。

けれどまぁ、割と複数の強敵と悪条件で戦う事は多いため、慣れた光景ではある。

勿論一対一でここまでやられたのは初めてだし、意識があの世に飛んでいきそうだったのも流石に初めてだったが、怪我の程度としては慣れた物だ。

 

「ティルヴィング、血液損失と神経系保護は?」

『血液損失は7%程。神経保護には98%成功、リハビリも一週間で済むでしょう。臓器も心臓を貫かれていますが、それ以外の臓器は自己回復可能な範囲内の損傷です』

「ま、重傷一歩手前の軽傷って所か」

 

 軽口と共に僕は、意識が落ちて完全オートによるセーフティモードになっていた、狂戦士の鎧を発動。

全身が黒い粘度自在のバリアジャケットによって整えられ、戦闘可能な状態にまで戻る。

僕は立ち上がって首を軽く曲げストレッチしつつ、心臓をぶち抜いている邪魔な黒い槍を抜き、捨てた。

心臓が生まれて初めて止まったのは7年前のプレシア先生との戦いだったが、それから慣れっこになるほど心臓が止まっている事に、嘆けばいいのか笑えばいいのか。

内心溜息をつきつつ、ぱくぱくと口を開け閉めしているギンガを尻目に、ティルヴィングに話しかける。

 

「戦闘能力と、残魔力は?」

『戦闘能力は92%を維持。残魔力は11%を割ります』

「ま、そんなもんか」

 

 言って僕は、ティルヴィングを握る力を少し強めた。

白い魔力光と共に、バリアジャケットを生成。

黒いコートやらブーツやら、壊れていた戦装束が再生される。

 

「さて、すまねぇがリニス、小言は後だ。今は、戦いに行かないとならない」

「ま、待ってください、ウォルターさんっ! 戦うって、まだ!?」

 

 頷くリニスに割り込み、ギンガが吠えた。

僕は、ギンガの目を見つめた。

何故だろう、手に取るように彼女の恐怖と自己嫌悪が見て取れて、だから僕は彼女を安心させるために、可能な限り力強い笑みを作る。

あのまどろみの中で、ぬるま湯の感覚に溺れそうだった自分にも言うつもりで、僕は口を開いた。

 

「あぁ、まだだ。俺はまだ、戦える。戦って戦って、戦い続けられるんだ」

 

 

 

 

 


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