仮面の理   作:アルパカ度数38%

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7章・宿命編開始です。
毎回言ってるような気がしますが、これまでで最熱最鬱で行く予定でしたり。


第七章 宿命編 JS事件 新暦75年 (sts)
7章1話


 

 

 

1.

 

 

 

「ウォルター・カウンタックですか……」

 

 多角形の部屋の一面、明かりを採る窓に視線をやりながら、カリムは呟いた。

視界の端のはやてが勢いよく頷き、通信窓の向こうのクロノも力強く頷く。

ウォルター・カウンタック。

次元世界最強の魔導師。

 

「うん、ウォルター君が機動六課に協力してくれるんやったら、心強い。……まぁ、あの人は自由な人やから、ちょっと望み薄やけどね」

「あぁ。彼が所属すれば、必ずはやての力になってくれるだろう。民間協力者たる彼なら、保有魔導師ランクに関係しないしね」

 

 続く2人の言葉に、カリムは眼を細めた。

口唇と平行に人差し指をやり、しばし外に視線をやる。

しかし視線は外に向いているが、彼女の内心は過去の情景に視線をやっていた。

数年前、カリムの目前でSオーバーの魔導師3人を相手に一歩も引かずに戦い、ついに下したあの次元世界最強の魔導師の戦いに、だ。

 

「実を言えば、私も彼と面識がありましてね」

「へ? ほんま!?」

「えぇ。”預言者の著書”の予言を元に防ごうとした事件を、ウォルターさんが防いでくださったんです。それも、予言の解釈を変えるというより、ほぼ予言を元から変えてしまう程の規模で」

「流石ウォルター君やなぁ……」

 

 苦笑するはやてだが、それにカリムは貼り付けた笑みをしか返せない。

実を言うと、その際カリムの弟分たるヴェロッサのレアスキル、”無限の猟犬”で彼の思考を読もうとした場面があったのだが、彼の超弩級の閉心術を前に諦めた事がある。

無論ヴェロッサが長時間かければ彼の思考を読む事は不可能ではなかっただろうが、悟られない程度の接触では、眠っている間でさえまず無理と言って良かった。

彼の言動は確かに心が燃えさかる素晴らしい物で、英雄的と言っていいかもしれない。

しかしカリムは、彼に似合わぬよう思える閉心術の精度がどうしても引っかかり、素直に彼を賞賛できない所があった。

加えて。

 

「そこで、つい先日出た追加の予言について話があるわ」

「追加の……」

「……予言?」

 

 訝しげに言う2人に、カリムは古びた紙片を取り出し、謳うように告げる。

 

“最も強き力を持つ者が鏡を覗いた時

無限の欲望の力を用い、真なる存在へと昇華する

しかし真実に到達できなければ、繰り返される悲劇が始まり

永遠に踊り続ける道化は、幾多の海に津波を起こし続けるだろう”

 

「……現代語に訳した際に、意味は多少変わっているし。いくらでも解釈のしようがある事だけれど」

「最も強き力……ウォルター君?」

 

 はやてが呆然と呟くのに、カリムは静かに頷いた。

視界の端では、クロノが硬い顔で予言を口の中で転がしている。

それらを尻目に、カリムは続け口を開く。

 

「機動六課設立の要因……管理局の崩壊を示唆する予言と同じ単語がいくつかあるでしょう? “無限の欲望”は何らかの力を持つ存在だと示唆されているし、”幾多の海”は恐らく、次元世界全体の事」

「となると……、ウォルター君が何らかの力を使って真実に到達できなければ、悲劇が繰り返されて、道化になって、次元世界に”津波”……、災害を示唆する事が起き続けるって事、なんか?」

「その可能性が、高いわね。加えて、”真なる存在”というのは、彼がプロジェクトHの実験体だったことから、プロジェクトHの完成形にたどり着く事なのかもしれないわ」

 

 青白い顔をしたはやてに、カリムは唇を強く結びながらも、言い切った。

はやては小さく息をのみ、悪寒が走ったのだろうか、大きく一度震えてみせる。

それでも彼女は気丈に歯を噛みしめ、揺れた体をピッタリと押さえてみせ、視線を確かにカリムへ向けた。

 

「なら……尚更、ウォルター君を機動六課に入れないとあかん、っつー事やね」

 

 道理である。

悲劇を防ぐ鍵となるだろうウォルターは、なるべくならば強い戦力と近くに居た方が対処しやすい。

無限の欲望という単語が他の予言を重複している事から、類似の事件である可能性も高く、機動六課で対処できる方が何かと都合が良いだろう。

何よりウォルターを慕うはやては、彼が窮地に陥れば間違いなく手を差し伸べたい筈なのだ。

 

「えぇ。ただ、貴方も言った通り、自由な人でしたからね。難しいのは確かです」

「海の提督という立場から融通できる条件は無くは無いが、あまり強制力のある話は難しいな……」

「うん、でも、私……、必ずウォルター君を引き入れてみせるっ」

 

 青い顔で無理をしてまで握り拳を作る妹分に、カリムは胸の奥が絞られるように痛むのを感じつつ、笑顔を貼り付けた。

何処か引っかかる物のある彼を信用しすぎるのは、カリムとしては胸に含む物があるのだが、それをこの妹分を前に言い出せるはずも無かった。

そも、カリムが恩人である彼を信用しきれない事は、カリム自身とて恥と感じている物である故に、尚更である。

 

 ちらりと視線をクロノにやるカリムだったが、通信窓の向こうの彼には、しかしウォルターを疑う様子は欠片も無い。

矢張り彼は表面通りの英雄であり、自分の中にある猜疑心は真実を捉えている物ではなく、ただの薄汚い感情に過ぎないのではあるまいか、と思えてきた。

憂鬱な気分に内心気落ちしつつも、カリムははやてを慰めるため、あの手この手に思考をやる事にする。

 

 ――それから一月ともせぬうちに、ウォルターははやての勧誘の言葉に首を縦に振った。

そのあっさりとした態度に、カリムは余計に彼に対する警戒を心の中で強くし、複雑な心持ちをより強くするのであった。

 

 

 

2.

 

 

 

「失礼するぜ。久しぶりだな、3人とも」

 

 言って、僕は開いた自動扉の溝を跨ぎ、室内に入る。

執務机越しに指組みしたはやてがにこりと微笑み、その前に立っていたなのはとフェイトは勢いよく振り返った。

亜麻色の髪と金糸の髪が広がり、陽光を反射し煌めく。

何処か眩しい光景に眼を細める僕に、はやてが告げた。

 

「やぁ、ウォルター君。私は兎も角、2人は久しぶりかな?」

「まぁ、そうなるか? やれやれ、部隊発足前にこき使うのもいい加減にしてほしいもんだぜ」

「おや、準備運動でくたくたなんか? ウォルター君は」

「まさか。ただ、体を温めるだけにもいい加減飽きてきたって事さ」

 

 肩をすくめると、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるはやて。

遅れ、なのはとフェイトがその弾力ある口唇を開いた。

 

「……ん? さっき挨拶してたし、機動六課に入る事は前から聞いてたけど」

「……いつの間に、はやての元で働いていたのかな?」

 

 何故か底冷えするような冷気漂う声であった。

思わず2人の顔を交互に見比べるが、その表情は満面の笑みそのものであり、見目に怒りの色は微かにも見られない。

なのにどうしてか、冷や汗が止まらなかった。

心臓がぷるぷると震えるのを感じつつも、それをおくびにも出さず、僕はとりあえず簡潔に事実をだけ答える。

 

「2ヶ月ちょっと前から、リニスと一緒にだが」

「へぇ……」

「ふぅん……」

 

 どうしてか、寒気が止まらない。

発生源の2人を見るが、心当たりが全く無いので、何が何だかよく分からないだけだ。

一体何が何なんだろうと内心首を傾げる僕を尻目に、楽しそうな笑みのはやてが続ける。

 

「それにしてもウォルター君、挨拶の間スバルから睨まれとったけど……。例の件はまだ、解消できてないん?」

「まぁ、な」

 

 言葉を濁す僕。

はやてはギンガやゲンヤさんから事の概要をだけ聞いているらしく、僕とナカジマ家との間にある確執の事を知っているのであった。

成長したスバルは管理局の陸戦魔導師となっており、機動六課のフォワードメンバーに選ばれ、つまり当然先ほど僕が機動六課の稼働挨拶をした時も同じ部屋に居た。

僕は、ギンガにもスバルにも真実を話せていないし、その予定すら無い。

ギンガはそれでも僕を恨む様子を無くしたのだが、スバルはどうも僕に対する強烈な感情を持っているようだった。

単純な恨みとは思えないのだが、それでも何処か彼女の様子には鬼気迫る所があり、そしてその態度は僕を睨んでいるようにしか見えなかったのである。

 

「……例の件、かぁ」

「……何のこと、だろうなぁ」

 

 液体窒素を脊椎に流し込まれたかと錯覚するような、冷涼な声。

再び心臓がぴくぴく震え出すのを感じ、表情筋の維持に全力を賭してそれを仮面で覆い隠した。

居心地の悪い沈黙。

なんなんだよ、と言おうとする僕を遮って、はやての続く言葉。

 

「そういや、ウォルター君のあのときの、必殺技の斬撃。物になったん?」

「……必殺技? あぁ、”斬塊無塵”の事か。いや、まだ気心知れたリニス相手に、辛うじて9割の成功率に達した所でな。レアスキルのお陰で大分難易度は下がっている筈なんだがな」

「ふぅん……レアスキルかぁ」

「”斬塊無塵”とか、知らない技できてるね……」

 

 再度沸き上がる悪寒に、嘆息。

現実逃避として、自身の魔法について脳内でおさらいをする。

 

 かつて黒翼の書を一撃で堕とした、僕の最強の技にして魔法剣技たる”斬塊無塵”。

あれは簡単に言うと、魔法防御をすり抜けて断空一閃を当てる魔法剣技である。

原理的には簡単だ。

通常、魔法防御には制御できない一定の波のような物があり、その波の凹凸の、凹の部分を攻撃する事ができると、魔法防御の薄い部分を攻撃する事になる。

それを更に細かく見ると、振動する魔力子の密度が低い部分を、攻撃側の魔力子が通って行くのが分かる筈だ。

その理屈で言うと、魔力子が限界まで薄い割合の防御が攻撃軌道上にそろえば、特殊な魔力付与斬撃ならば約1億分の一の確立で相手の魔法防御をほぼ無視した攻撃ができるのだ。

それをレアスキル”第六感”と微細な魔力放出を重ねて人為的に確率を引き上げ、そこに魔力子をすり抜けやすい特殊な断空一閃をたたき込むのが、”斬塊無塵”である。

一応頑張ればレアスキル無しでも使えるのかもしれないが、それには空前絶後の才覚と察知能力が必要になることだろう。

 

「こほん」

 

 と、一つ咳払い。

謎の悪寒を振りまいているなのはとフェイトの正気を戻すと同時、自身の脳内から現実逃避成分をたたき出す。

あとちょっと、と再び夢想妄想にしがみつこうとする精神を必死で律し、意思が覆らぬうちにと口を開いた。

 

「で、改めて俺の機動六課稼働開始後の役割だが……」

 

 うん、と頷くはやて。

 

「当分は今まで通り、他部隊に貸し出されてもらって貸し作りと顔売り兼、地道に敵の戦力削り。で、ある程度準備が整ったらなのはちゃんとフェイトちゃんの手伝いもしてもらいたいんや」

「私の方は、フォワードの皆がある程度形になったら、ウォルター君に手加減して仮想敵をやってもらおうと思っているんだ」

「私は単独で捜査を進める事が多いんだけど、ウォルターにはその勘で力を貸して貰おうかなって。でも、なのはの教導の方が優先度は高めかな」

「なるほど、だな。承知した」

 

 捜査に勘というのは字面は悪いが、僕のやたらと働く勘を思えば猫の手ぐらいには役に立つだろうし、問題は無い。

教導に関しても内容は仮想敵と、僕でも数回だがゼスト隊で経験があった事なので、問題はスバルとの関係ぐらいである。

 

「とは言え、流石に正規の隊員と比べると暇になるな……。まぁ、そこは”斬塊無塵”を完成させるために修行って所か」

「あはは……、ウォルター君、まだ強くなる気なんかい……」

「まぁな。剣と言えば、丁度良くシグナムと同じ部隊だし、あいつに付き合ってもらって完成させるさ」

 

 と、軽妙に告げると同時、何故か空気が凍り付いた。

はやては口元を一瞬ひくりと動かした後、硝子玉のような冷たい瞳を僕に向ける。

なのはは笑っていない笑みで僕を表面上だけにこやかに見据え、フェイトに至ってはほぼ無表情になって穴が開きそうなぐらいに僕を睨み付けていた。

思わず悲鳴を上げそうになってしまうのを、気合いで耐える。

 

 暫し、沈黙。

じんわりと嫌な汗がにじみ出てきて、同時僕は耐えたはいいが、この先何をどうすればいいのか全く分からない事に気付いた。

助けを求め3人に視線を順繰りにやるが、3人とも凍てついたかのように表情は不変のままである。

ちょっと泣きが入りそうになってきた所で、ゆっくりとはやてが口を開いた。

 

「ここはシグナムと付き合うには私に話を通してからや、って言っとく場面かな?」

 

 空気が、溶け出した。

遅れ脳がはやての言葉を理解、意図を探るより早く口を開く。

 

「は、はは、訓練に付き合ってもらうだけだっつーの」

「あはは、ウォルター、言動には注意しようねっ」

「お、応。じゃあそんな感じで、とりあえず部屋引っ越したから、荷物整理に戻るが、まだ何かあるか?」

「あぁ、まだちょっとだけ……」

 

 言って、続くはやてとの簡素な事務会話を終え、僕は課長室を後にした。

課長室を離れた後、注意深く、隠匿念話をティルヴィングに向かって発動。

その中でさえ思わず小声になりながら、僕は問うた。

 

(なぁ、ティルヴィング、僕は今までなのはが僕を好きな事には何となく気付いていたけれど)

(はい)

(……もしかして、フェイトとはやても僕のことを好き、なんじゃないだろうか)

 

 何故僕なんかを好きになったのかは謎だが、2人の反応やはやての話題選びは、そう考えると全てつじつまが合うのだ。

それに2人の感情には、よくよく考えるとクイントさんに僕が感じていた感情に、そしてなのはが僕に向けている感情に似たような物を感じる。

 

(…………え?)

 

 核心を突いた鋭すぎる質問に、ティルヴィングでさえも呆けた声を漏らした。

僕は内心少しだけ得意顔になりつつ、隠匿念話を続ける。

 

(理由もタイミングも謎だけど、間違いないんじゃないか、と思うんだ。確信は無いけど……)

(いや、あの、今さ……)

(でも、こんなに早く気づけて良かったよ。取り返しのつかない失敗をする前で良かった。流石僕の勘、素早いね)

(……むしろ、おそ……)

(ん? どうしたティルヴィング?)

 

 と、そこで僕の台詞に割り込んで何か言おうとしているティルヴィングに気づき、問うた。

すると何故か、これ見よがしにティルヴィングから嘆息の音声。

続け電子音声が、なんでか珍しく人間味ある感じで。

 

(……何でも無いです。マスターはマスターのままで居てください)

(うん? 何だか良く分からないけど、まぁ、そりゃあその通りになるだろうさ)

 

 よく分からないなりに納得してみせた僕は、隠匿念話を閉じて自身の部屋へと向かう事になる。

そこで隠匿念話を聞いていた筈のリニスが、何故か顔を真っ赤にしてぷるぷる震えているのを見て、何があったのかと多大に心配する事になるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

3.

 

 

 

 機動六課の課長室。

ウォルターが出て行って数分、何処か居心地の悪い沈黙を破り、溜息が3人の口から漏れた。

顔を見合わせ、小さく苦笑する。

 

「……ちょっと、感じ悪かったかな、私たち」

「うん」

「そう、やなぁ……。一番悪いのは私やったし、ごめんな」

「ううん、そんなことないよ」

「悪いのは皆だったもん」

 

 と、なのはとフェイトが庇ってくれるのを嬉しく思いつつも、心の中が晴れるとまではゆかず、はやては乾いた笑みを浮かべた。

リィンが居なかったのは、不幸中の幸いか、それともむしろ居たほうがブレーキになってくれたのか。

今となっては知る由も無い話だが、そんな言葉がはやての脳裏を過ぎる。

それもこれも、ここからの展開によるのだろうが。

 

「……なのはちゃんもフェイトちゃんも、かな」

「うん。私も、ウォルター君の事が……好き」

「私も。ウォルターの事が、好き」

 

 満面の笑みで言ってみせる2人には、後ろ暗さが欠片も見えない。

ちくり、と胸の奥を刺される感覚を負いつつ、はやては口をまごつかせた。

本当は、隠し通すつもりだった。

けれど2人を前にしてしまったら、自慢のような事を止められなくて。

シグナムと付き合うという字面だけにも耐えきれなくて。

結局、最早こうなっては隠す事は不可能で。

それでも嫌われたくない、という我が儘が心の奥底で滲むのが、自分でも卑劣で仕方なく思える。

けれどはやては、鋼鉄の如き重さの顎を開き、告げた。

 

「……私も、ウォルター君の事が好き。でも、ええの? 2人とも。多分私、こん中で一番最後にウォルター君を好きになったのに」

「……?」

「何が?」

 

 事の次第を理解していないかのような、2人の声。

僅かに苛立ちを憶えながら、はやて。

 

「だから。友達の好きになったウォルター君を、後から私が好きになってるんやで? ええの?」

 

 言ってから、自分は何を喧嘩腰になっているのだ、と自己嫌悪に陥る。

そんなはやての目前で、パチクリと目を瞬かせ、見合わせる2人。

それから花弁の開くような華やかな笑顔を、はやてへ。

桜色の口唇を開き、告げた。

 

「だって、そんなの仕方ないじゃない」

「はやては強敵だけど、友達だもん」

 

 思わず、はやては息をのんだ。

そんなはやてに、くすりと微笑み2人は意地悪な笑みを浮かべる。

 

「っていうか、はやてちゃん、これからは一番ウォルター君と接する機会少ないんだし、もっとがんがん行かないと駄目なんじゃないかなぁ」

「なのはは教導で、私は捜査で一緒になるしね。なのはは一緒に大きな仕事をやって、私はウォルターと2人きりになるのかな?」

「うぐっ……」

 

 痛いところを突かれ、はやては胸に手をやり顔を引きつらせた。

事実であった。

実力や予言関係での位置は兎も角、ウォルターの立ち位置は責任の少ない民間協力者である。

責任者であるはやてとの立場的な距離は遠く、会う機会は少なくなる事違い無い。

ウォルターの人脈を利用する事も偶にはあるだろうが、それもなのはやフェイトに比べれば少ない機会である事に違い無かった。

が、そんなはやての葛藤を余所に、きゃぴきゃぴとした雰囲気で、なのは。

 

「ほらほら、はやてちゃん、じゃあこれからガンガン行くために。はやてちゃん、ウォルター君のどんな所が好きになったの?」

「うっ。あ、あんなぁ、そんなの恥ずかしくて言えんってばっ」

「え、私も聞きたいなぁ。あ、じゃあさっき言ってた、後から好きになったの、これでチャラって言うのはどうかな」

「ちょま、仕方ないって言ってたやんっ!?」

「それはそれ、これはこれ」

 

 と、珍しく2人にはやてがやり込められる形になった。

そんなはやてを見つめる2人の瞳には、期待の光が綺羅星の如く鏤められている。

そうなると罪悪感を利用される形となったはやては、素直に答えるほか無い。

憶えとけや、と内心閻魔帳に書き留めつつも、期待を裏切れず、はやては小さく呟いた。

 

「は……」

「は?」

「白馬に乗った、王子様みたいな所……」

 

 なのはとフェイトが、無言で5メートルほど距離を取った。

 

「遠っ!? 2人が言えって言ったんやんっ!?」

「いや、うん……」

「素面でここまで言えるって、ちょっと……」

 

 心の底から引いている顔に、ほぼ本心を告げたはやては結構なショックを受ける。

頬をひくつかせながらも、慌て解説を続け、納得させようと試みた。

 

「いや、ほら、ウォルター君ってピンチに駆けつけてくれるから、私だけのヒーローに思えてな? そこが、私を迎えに来てくれた、その、王子様みたいに思えて……」

「あー。分からなくもないけど、私はちょっと違うかなぁ」

「うん、私も。私も場合、どっちかって言うと一緒に手を取り合って歩いて行く感じかなぁ」

 

 と、子細を告げるはやてに2人もまた心の内を語り始める。

引きずられるように次々と言葉は零れ出て行き、3人はそれぞれの切ない感情を共有し始めた。

そのままウォルターの好きなところを上げる大会と化したその場は、短い間だが、甘酸っぱいガールズトークの場と化す。

それが終える頃には、はやての心の中にあった2人に対する引け目は完全に消えているのであった。

 

 

 

4.

 

 

 

 六課施設の高層階の廊下。

大きく取られた窓からは丁度眼下に広場が見えるようになっており、今は訓練中のフォワード陣が見えた。

なのはの指導を元に訓練を積む彼女らは、現時点ではランク通りかそれ以下の実力でしかないものの、それぞれ原石のような光を感じさせる物である。

防御力に秀で、ウイングロードによる機動力も併せ持ち、まだまだ未熟だが武術の腕も光る物のあるスバル。

視野が広く、幻術などの多彩な魔法を使い、指揮も個人戦闘もこなせる射撃型のティアナ。

突破力と速度を併せ持ち、雷の魔力変換資質まで持っており、シグナムとフェイトの間ぐらいのタイプに成長していきそうなエリオ。

補助魔法と召喚魔法を主体とし、召喚魔法に至っては、まだ制御こそできないものの真竜まで呼び出せるというキャロ。

全員高位魔導師となり得る才能の光を感じさせる戦闘である。

 

「ふむ。まぁ、光る物はあると思うが……。そこまで言う程か? キャロの真竜は兎も角、他は具体的な強さとして感じるにはまだ早いと思うが」

「素直な感想としては、そうなんだよ。特に真竜には苦戦した憶えがあるからなぁ」

 

 と、隣から訝しげな声をかけるシグナムへと返答する。

偶々出会った彼女とスバル達の訓練を見ていたのだが、何故か彼女達の品評会になってしまっていた。

そこから連想した真竜との戦いを思い出し、思わずげんなりとした僕は、溜息をつきながら手すりにもたれかかるようにする。

その隣で、動揺の混じった声。

 

「待て、真竜との戦闘経験があるのか? 私達の場合はヴォルケンリッター4人で戦い、辛うじて勝った記憶しか無いのだが……」

「あぁ、15歳ぐらいの頃だったか? アルザスに仕事で行ったら、運悪く竜の群れに絡まれてな。大竜クラスを十数体相手にしてたら、派手にやり過ぎて寝てた真竜を起こしちまってな。しかも、番いの真竜が来て二対一になるし……。流石にあれは死ぬかと思ったぞ」

「……お前は相変わらず存在が冗談のようだな」

 

 思わず、と言った様相で頭を抱え、溜息交じりに呆れ声で言うシグナム。

何気に酷い事を言われているような気がするのだが、この手の台詞は言われ慣れて気にならなくなっている。

それより片腕組みして強調されるシグナムの胸部に、思わず視線を逸らさざるを得ない自分の助平心の方が寂しくなってきた。

 

 誰の体にも反応する訳ではないのだが、ある程度心を許した相手だと僕の精神的ガードががくんと下がってしまい、この程度の色香にも反応してしまう。

巷では童貞を脱出すればさほど気にならなくなるとは聞くが、一時期魔導師としての才能のため遺伝情報を狙われて以来、遺伝情報の流出には気を遣っている身である。

色町には興味があるが、その辺に遺伝子をばらまく訳にもいかないのだ。

結果、初心な”俺”のできあがりである。

せめてもの抵抗として、表情筋を一切動かさない事で、単に視線を動かしたのと勘違いしやすくするようにしている。

それも効いているのか、哀れ過ぎて見逃されているのかは不明という現状であった。

 

「で、新人達の前に姿を見せなくていいのか?」

 

 と、気付いていないのか、気にしていないのか、よく分からないシグナムの反応。

肩をすくめながら、僕は答える。

 

「まぁ、まだいいだろ。俺は割合飲み込みの早いほうだったからな、指導者向きじゃないんだよ」

『などと言っていますが、クイント・ナカジマからシューティングアーツも教わっていますから。少なくとも、そのうちスバル・ナカジマの指導にはあたるつもりでしょう』

「おいおい……」

 

 でこぴんの刑をご所望か。

待機状態のティルヴィングを持ち上げる僕を尻目に、ほう、と関心を見せるシグナム。

 

「無手もできるのか?」

「剣が一番で、そこから大分開いて槍、そこからちょっと落ちて無手って所だな。デバイス無しでもある程度は魔法使えんと、不味い場面もあるからなぁ」

「つまり、エリオの指導もできるのか。あぁ、そういえばお前は幻術も使えたな、ティアナの指導も行ける、と。真竜との戦闘経験からキャロへの仮想敵としても優秀。何気に全員指導できるんだな」

「まぁ、な」

 

 事実ではある。

最近余り使っていないが、ティルヴィングには基本のソードフォルムの他に中距離・遠距離用のパルチザンフォルムも存在しており、その状態では槍として扱う事になるのだ。

ゼストさん仕込みの槍術は、流石にセカンドウェポンだけあって一流とは言いがたい物だが、それでもそこそこは使えるという自負がある。

無手は言ったままの理由とクイントさんのお節介で習得、幻術は透明化とその誤魔化しにかなり特化しているが一応現時点のティアナよりは良い腕前だろう。

アルザスでは嫌と言う程竜と戦ったので、竜の弱点なども熟知している。

とは言え。

 

「ただ、もう少し基礎ができてからじゃねぇと、流石に俺の出番は無いかな。試しにあの4人用に基礎メニュー組んだらなのはに駄目出しくらったし」

「ほう? どう駄目だったんだ?」

「きつすぎて、レリック関係の事件があって出動があった時に出られないから、だってよ」

「道理だな。その当たりの機微は風来坊のお前には分かりづらいか」

 

 頷くシグナムに、肩をすくめ答える僕。

事実、管理局の地上部隊の出動頻度なんて、僕が知るはずが無い。

ゼスト隊の経験こそあるものの、あれはあれで機動六課とは別の意味で特殊なエース部隊だったので、あまり参考にはならないのだ。

 

 と、駄弁っているうちに眼下での訓練は一区切りを終えたようであった。

フォワード連中の一通りの動きを脳裏に焼き付けた僕は、手すりから体を離し、こきこきと首をならした。

同じく、僅かな闘志を表情に秘めるシグナム。

 

「そいじゃ、そろそろ俺たちも訓練と行くか」

「”斬塊無塵”と言ったか。お前の新技、存分に見せて貰うぞ」

「見て、立ってられるかは知らんがな」

 

 互いに燃えさかる闘志を瞳に。

爆発せんばかりの血潮通う握り拳同士をかつん、と合わせ、肩を並べ歩き始める。

 僕の斬塊無塵は相手の技量のみならず、癖や魔力パターンの把握などによって大幅に難易度が変わる。

つまりリニス相手に9割方成功させられるからと言って、シグナム相手でも同じという訳ではない。

そしてその錬磨としては、多彩な技と経験を持つヴォルケンリッター、中でも技術に最も秀でたシグナムが最適な相手と言えよう。

 

 そしてシグナムとしても、数少ない格上との戦闘で得られる物は少なくない。

記憶がすり切れるぐらい昔は聖王のような格上との戦闘もあったそうだが、闇の書時代には殆ど格下との戦闘ばかりだったらしく、負ける時もほぼ数の利に負けていたそうだ。

そのため一対一で圧倒されるのは珍しいらしく、その経験はシグナムの鈍った部分を鍛え直すのに有用だと言う。

 

 結果。

互いに上機嫌で訓練に向かう事になり、そこから漏れた噂でなのは達3人の機嫌が急降下するという未来など、僕は知る由も無く。

僕らは2人して、野獣の笑みを浮かべながら訓練場所へと向かうのであった。

 

 

 

 

 


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