仮面の理   作:アルパカ度数38%

48 / 58
執筆頑張っても、このペースが限界です(白目
序盤なので、展開はサクサクで行きます。


7章2話

 

 

 

1.

 

 

 

 静かな月夜。

機動六課の寮の中、照明に照らされた屋内で金属質な床板を蹴り、エリオは歩んで行く。

有り体に言えば、体が火照って寝る気になれない為である。

体を鎮める為に、少しでもいい、体を動かし汗を流したかった。

 

 その日、エリオは機動六課としては始めての出動を行った。

大量のガジェットの間を縫って走行中の列車へ突入、キャロと共に大型のガジェットを相手に立ち回って見せたのだ。

キャロを守ってエリオはガジェット相手に立ち向かうも、敗北。

落ちるエリオを追って飛び降りたキャロが愛竜フリードリヒを覚醒させ、飛行した上で、エリオをブーストし大型のガジェットを倒して見せたのである。

 

 戦いを終えて、フェイトに褒められつつもエリオの中には小さな蟠りがあった。

有り体に言って、今回エリオはさほど役に立てなかった。

大型ガジェット相手にも、恐らくキャロがさっさとフリードに竜魂召喚魔法を使い覚醒させていたのなら、エリオの力を借りずとも勝てただろう。

エリオ・モンディアルは、弱かった。

守る相手だった筈の、キャロ・ル・ルシエよりも尚。

 

 仕方ない事だと分かっている。

分かっていて尚、エリオの中では渦巻く熱が確かにあった。

仕方ないだなんて、納得したくない。

この悔しさを、ただ忘れてはいけない。

この熱が残っているうちに、自身を叩き鍛えねばならない。

そんな衝動に駆られ、エリオは夜中の訓練に出ようとしていた。

疲れを残す愚を分かっていて尚、その衝動は抑えきれないほどであるが故に。

――そういう事にしておかねば忘れられそうもない、心の中のしこりを押し流すために。

 

 階段を下り、玄関に差し掛かった所で、人影を見つけエリオは体を硬くする。

体を休めるべき夜の訓練など褒められるべき物ではないし、寝間着ではなく訓練着なのが言い訳を難しくしている。

それを思えばエリオが誰かに見つかるのは得策とは言えない。

どうにか隠れていこうと思ったその瞬間、人影が角度を変え、月明かりがその人物の顔を照らす。

 

 ――ウォルター・カウンタック。

あのフェイトでさえ敵わないという、次元世界最強の魔導師。

その両の瞳が、真っ直ぐにエリオの顔を見つめていた。

 

 内心溜息。

観念して、エリオは両手を挙げる心地で進み出る。

 

「よう、どうした、そんな格好で。喉が渇いて起きてきたって感じじゃねーが」

 

 言いつつ、自動販売機の前でスポーツドリンクを口にするウォルター。

常に黒ずくめだと言うウォルターだが、民間協力者とは言え流石に定時内は地上本部の制服を着ている。

個人訓練に顔を見せる際も所定の訓練着を着ており、今も彼は紺色の訓練着に白いTシャツを着ていた。

フェイトの持っている写真でしか彼を知らなかった身でさえ新鮮に映るのだ、フェイト達昔なじみにとってはどれほど新鮮なのだろうか。

そんな事を想いつつ、エリオは咄嗟に告げた。

 

「その……、ちょっと、気分転換に」

「気分転換に、体を動かしにでもか?」

「……は、い」

 

 萎縮。

思わず縮こまってしまうエリオに、くすりと微笑むウォルター。

 

「自己管理の範囲内なら、別に怒りはしねーよ。ただそうだな、その前にちょっと、何か飲むか? この際だ、ちょっと話そうぜ」

「は、はい。あ、お金、部屋に……」

「それぐらい奢るさ」

「え、でも……」

「遠慮すんなって」

 

 とまで言われてしまえば、断る方が逆に失礼である。

そう教わった事のあるエリオは、勧めるウォルターに逆らわず、それじゃあ、と柑橘類の飲料を選んだ。

電子音、がたん、と音を立て出てきた缶を、ウォルターがエリオに投げ渡す。

危なげなく手に取るエリオに、ウォルターは僅かに目を薄くした。

プルタブを開け、エリオがジュースを口にするのを目に、ウォルターが話し始める。

 

「さて、今日の初出動、見ていたぜ」

「……はい」

 

 思わず言葉が硬くなるのをエリオは感じた。

数日もすれば収まっているだろう蟠りも、その日のうちにはまだほぐれきっていない。

そんな風にざわりとする胸の奥を、ウォルターの不思議な光を携えた瞳は、見抜いているかのように思えた。

そんなエリオの内心を余所に、ウォルター。

 

「ま、今日の所は及第点の働きだったな。キャロの前衛としちゃあ十分な働きだったさ」

「……本当にそう、でしょうか」

 

 軽やかなウォルターの言葉に、思わずエリオの口を本音が突いて出た。

一瞬しまったと思うエリオだったが、一人で悩むより先人に相談してみた方が良いかもしれない。

思い切り、そのまま本音を口にする。

 

「今回、キャロがフリードを最初から竜魂覚醒させていれば……、僕の出番なんてなかったんじゃあないでしょうか」

「ほう。どうしてそう思う?」

「最初のガジェット群は、フリードならブレスで一撃です。なんなら、飛んで空から一方的に攻撃しても良かったです。最後にツインブーストで見せ場を貰いましたけど、フリードの爪と牙なら……」

 

 言いつつ、俯くエリオ。

そんなエリオに、ウォルターの言葉は殊更重く響いた。

 

「確かに、その通りだな」

「――っ」

 

 思わず、息をのむエリオ。

ただし、ウォルターは続けこう言った。

 

「前提として、キャロが最初からフリードを竜魂覚醒させる事ができれば、だ」

 

 面を上げるエリオの視線の先では、ウォルターが野獣の笑みを見せていた。

見ているこちらの胸の奥が、じんわりと熱を持つような笑顔であった。

 

「まず、後から振り返ってみたとしても、だ。そもそもキャロは現場到着時にメンタルが不安定で、実力を出し切れていなかった。あんな状況だ、竜魂召喚なんざまず間違いなく失敗してただろうな」

「そ、それは……」

「大体メンタルが安定してたら、あの大型も楽勝だ。キャロの遠距離からのアルケミックチェーンなりの物理系召喚で足止めしてからお前が距離を取って、ダブルブーストしてからもう一回お前が突っ込んでぶった切れば終了だっただろうが」

 

 事実である。

歯に衣着せぬ物言いだが、どうしてか心地よい感覚すらあり、エリオは不思議に思った。

フェイトの柔らかな言葉が悪い訳ではないが、ウォルターのそれは新鮮で、胸の内が空くような不思議な爽やかさがあるのだ。

 

「大体、例え後から振り返ってみてキャロが一人でなんとかできる相手だったとしても、そんなもん後からだから分かる事だ。前衛無しでフルバックを敵地に放り込むなんざ、やる訳ねーだろ」

「それは、そうなんですが……でもっ」

 

 言い、エリオは歯を噛みしめた。

片手を胸に、己の全てを伝える為に、感じるままに叫ぶ。

 

「悔しいんですっ! キャロを守ろうって思ったのに、殆ど役に立っていなかった、自分の弱さが! そして何より……」

 

 一端、言葉を句切る。

そこまで自分を露わにしていいのか、と刹那の躊躇があったが、それを勢いで振り切ってエリオは告げた。

 

「槍を振るって大型ガジェットに立ち向かっている間は、信じられていました。例え僕がガジェットに及ばなくても、キャロと一緒なら、必ず勝てるって。キャロが震えていて何もできていなかった時にも、僕が守らなくっちゃと思うのと一緒に、キャロが必ずすぐに一緒に立ち向かってくれるって」

「…………」

「でも……、信じ切れなかった。大型ガジェットに負けて墜ちそうになった時、一瞬僕は諦めてしまいました。自力では助からないと思った瞬間、ならキャロが助けてくれると信じられなかったんです」

 

 前衛の失敗をフォローするという後衛の仕事を信じられず、諦めてしまった自身の行動は落第点もいい所だろう。

ベストは失敗をリカバーする方法を即座に見つける事。

ベターだったのは、キャロが助けてくれると信じ、その方法を想定し、それを前提に次の一撃を考える事。

エリオは、そのどちらもできなかったのだ。

結果として勝てたのは、運以外の何物でもない。

 

 後悔に胸を焼くエリオの頭上に、ぽん、と暖かい感覚。

気付けば、ウォルターはその炎の瞳をエリオにやったまま、エリオの頭を撫でていた。

 

「信じきらなくっちゃならなかった、と自分で気付けた時点で、お前は十分立派だよ」

「で、でも……」

 

 尚も言いつのろうとするエリオに、にやり、と男らしい笑みを浮かべ、ウォルター。

 

「キャロを信じようとするのには、キャロを知るのが一番だ。が、夜中にそりゃできねーし、俺はリニスとコンビだが、使い魔との精神リンクがある分参考にはならんだろ。だが……」

 

 言って、ウォルターは胸元の黄金の剣型飾りに手を。

燃えさかる笑みと共に、告げた。

 

「強さの方なら、軽く訓練をつけてやる。来るか?」

 

 ぞ、とエリオの背筋に戦慄が走った。

ウォルターは今、剣を持っていない。

デバイスこそ手に持っているが待機状態で、構えすらしておらず、隙こそないもののただただ立っているだけ。

なのに、今この瞬間、エリオはウォルターが剣を持ち構えている光景を幻視した。

喉元に切っ先を突きつけられているかのような威圧感に、潤った筈の喉が渇くのをエリオは感じる。

 

 これが。

これが、英雄。

これが、次元世界最強。

打ち震える胸の奥に、エリオは思わず歯を噛みしめ、震えたつ心を元に、全霊を籠め足を前に一歩踏み出した。

 

「――お願いしますっ!」

 

 対しウォルターは、笑みを見せる。

豪、と心の奥から炎が巻き上がる音が聞こえるようにさえ、エリオは感じた。

胸の奥が燃えさかり、マグマのような血潮が全身を巡る。

火照っていた体は今や爆発しそうなぐらいの熱量を秘め、魂が燃えさかっているかのようでさえあった。

 

「――さぁ、来い」

 

 

 

2.

 

 

 

「――すまんな、お前の教導計画だってあるだろうに」

(ううん、エリオのケアの意味合いもあるし、少しの時間なら大丈夫だよ。じゃ、頑張ってね)

「適度に頑張るさ。だから、お前も適度な所で休めよ?」

 

 と、なのはへの通信報告を終え、僕はパルチザンフォルムと化したティルヴィングを手に。

ストラーダを手にし僕に向かい構える、エリオへと視線をやる。

燃えるような赤髪の合間から、闘志の籠もった瞳が真っ直ぐに僕を見据えていた。

その心は、誰も信じようとはせずに自分を偽り続ける僕と違って、誰かを信じようと進み続けているだけ、僕なんかより何百倍も尊いに違い無い。

けれど、それでも強さだけは僕の方が圧倒的に上で。

だから僕には、幸運なことにも彼に伝えられる物がある。

 

「――待たせたな」

 

 告げ、僕は身体強化魔法のランクをエリオに合わせて落とした。

加え、時たま見る訓練と目前の姿を重ね、エリオと鏡合わせの構えを取る。

訝しげに目を細めた後、すぐに気づき、エリオ。

 

「あれ、その構えって」

「いいから、とりあえずかかってこい。俺は教えるのが苦手でな、実践形式で行くって言ったろ?」

 

 言葉を重ねると、すぐに覚悟を決めたのだろう、エリオは僅かに体に緊張を走らせる。

すぐに吐気、脱力し弛緩した肉体に魔力のうねりを走らせた。

僕は、わざと瞬きをしてみせる。

同時、踏み込みの気配。

 

「――つぁぁっ!」

 

 裂帛の気合いと共に、瞼を開いた視界に映る突き。

音速を容易く超えるそれに、僕は映像資料を見て憶えた通りの動きで返す。

つまり、カウンター。

腰を落として構えた刺突でエリオの突進を受け流し、交差。

背後に抜けていくエリオを尻目に半回転、石突をエリオの脇へとたたきつける。

 

「ご、は……!」

 

 肺の中の空気を吐ききり、そのままエリオは地面に二転、三転。

四回転目で辛うじて動けるようになり、弾けるような動きで地面を殴りつけるようにして起き上がり、すぐに構える。

その相貌には、戦慄の色が見えた。

 

「今のは……!」

「あぁ、お前の技だ。他にも、色々な」

 

 と、意味ありげな言葉を含ませてやると、ハッと何かに気付いた様子のエリオ。

確信は無いのだろう、迷いの色が僅かに見えたが、すぐに表情を真剣に戻す。

言葉は無く、そのまま無言で腰を低くし、地を這う低さで突進を始めた。

今度は僕も目を開いたままであり、故にエリオの動きを待つ必要は無い。

僕もまた姿勢を低くし、エリオよりも更に低い位置から掬い上げるような突きを放った。

鈍い悲鳴をあげつつ、エリオは咄嗟に攻撃から防御に切り替え、柄を回転させる動きで僕の突きを弾く。

そのまま流れるような動きで僕の横を取り、槍で僕の背を薙ぎ払いに来た。

が、無駄である。

僕も反対方向に回転しており、エリオよりも尚早く薙ぎ払いを放っていたのだから。

 

「——っ!?」

 

 声にならない悲鳴と共に、エリオは歯を噛みしめ、裂帛の気合いと共に僕の薙ぎ払いとぶつかり合う。

身体能力も同程度、魔力強化も同程度に収まっている以上、どうしても体やデバイスの大きさと重さが威力を決める事になる。

はじき飛ばされるエリオに、次いで僕から追撃。

ティルヴィングで振り下ろし気味に突き、エリオの腹部を狙う。

が、反射的にエリオは高速移動魔法を発動。

後退し、僕の攻撃を避けきってみせる。

 

「これは……」

 

 距離を取られたので、ふむ、と様子を見る。

今の一撃が最速軌道を取っていれば当たっていたのに気付いたのだろう、表情を変え悔しげな顔でストラーダを構えるエリオ。

続け、エリオが突進。

そこに僕は、牽制の雷魔法の代わりに細かい純魔力の鞭を無動作で放った。

目を丸くした後、意図を理解したのだろうエリオが歯を噛みしめながらも避けきれない鞭をくらい動きを止める。

 

「全部僕の、技と動き……!」

「その通りだ」

 

 例えば相手に先手を取られた時にカウンター一本調子なのも、体の小ささを活かして低い位置からの突きを多用するのも、相手をはじき飛ばすとすぐ追撃を、しかも焦ってあまり最短距離の突きを放てない事が多い事も。

全部エリオの動き、癖、戦術思考。

その全てを僕は解析し、咀嚼し、動きに変えているのだ。

とは言え僕のへなちょこな大道芸なので、完全にコピーできているとは言い難いし、かなり格下相手でないと使い物にならない。

なのだが、滅多に機会は無いものの、こういう教導時には役立つ代物である。

 

「ま、お前の疲れの抜け方を見るに、制限時間はあと30分って所か。それまでできる限り、自分の動きの欠陥を自覚してけよな」

「……はいっ!」

「欠点を自覚した所で、治すのには基礎力が必要でもあるが……、まぁそこはなのはに任せてるんで、そっちを頼ってくれ」

「分かりました、ありがとうございますっ!」

 

 元気の良い返事と共に、エリオはストラーダを構え立ち向かってきた。

欠点を解消すべく、試行錯誤の動きをしながら自分自身に立ち向かってくるその姿は、燃えさかる精神と相まってとても尊く見える。

僕もその精神に相応しい教えを届けるべく、全霊を賭して残る時間、彼に向かい合うのであった。

 

 

 

3.

 

 

 

 とかなんとかやっているうちに、時は流れ、5月末日。

新人達が個別スキル訓練に移行し、僕は同行しなかったものの、地球の海鳴への出張任務なんて物があったらしい。

というか、僕も出張を求められたのだが、言い訳を並べたら逃げ切れた。

何せあそこにはなのはやフェイト、はやてにヴォルケンリッター達との出会いの場所であると同時、嫌な思い出も売れる程ある。

フェイトは僕が原因でアリシアにならねばと決意し、なのはは僕に致命的な劣等感を抱き、プレシア先生は僕の心臓を止め。

はやては絶望し僕を憎み、リィンフォース・アインと闇の書との戦いでは、僕は全身がバッキボキになるまで骨折する羽目になったのだ。

強敵と戦う度にそんなもんだが、地球の海鳴はちょっと強敵が多すぎて勘弁して欲しい物である。

 

 そんな今日の任務は、ホテル・アグスタの護衛任務であった。

当たり前だが、機動六課の本来の任務には関係無い任務ではある。

何せ僕は、ガジェットと、つまりその背後に居るだろうスカリエッティとの因縁に決着を付けるために機動六課に属しているのだ。

プロジェクトHにクイントさんの仇にと、奴には聞きたい事や殴りたい要因が山ほどあるのだが。

 

「ホテルの料理、美味しそうだなぁ。えへへ、楽しみ! ティア、この辺って何料理が美味しいのかなぁ」

「あのねぇ、護衛にホテルの料理が振る舞われる訳無いでしょ……」

「え、ほんと!?」

「むしろなんで食べられると思ってたのよ……」

 

 と、そんな僕を尻目に、他愛の無い話を続ける凸凹コンビことスバルとティアナ。

その2人を何が面白いのかニコニコと見つめるエリオとキャロ。

今回の僕の配置は、新人のお守りであった。

シグナムとヴィータと行動予定のリニスと、代わって欲しい物である。

 

「やれやれ、攻撃偏重の上、サポートには自信が無い俺が、ねぇ……」

『ホテルの中よりマシでしょう』

 

 とティルヴィングの言う通り、機動六課がここに呼ばれた主要因である華々しいなのはとフェイトとはやては、ホテルの中での警備中である。

肩凝りそう、とか愚痴を吐いていた3人には悪いが、外で新人のお守りの方がまだ気は楽だ。

とは言え、苦手分野に溜息を漏らすのは避けきれない。

それを聞きとがめ、スバル。

 

「……ウォルターさん。やる気の無い態度は、周りの志気まで下げますよ」

 

 凍てついた声。

8年前、クイントさんの死以来、スバルの僕に対する態度は何時もこんな物で、加え僕をウォル兄とは呼ばなくなった。

スバルの変わり身に驚いたのだろう、固まるティアナら3人を尻目に、肩をすくめ、僕。

 

「すまんな。まぁ、それを補う程度には働くさ、安心しろ」

「……貴方相手に安心なんて、できそうもないですよ」

 

 言ってからスバルは、目を見開き、掌を口にやる。

明らかに発言を後悔している様子だが、それでも吐いた唾は飲み込めないのだろう、目に力を込め、僕を睨み付けた。

僕の胸の奥に、痛切な感覚が過ぎる。

心臓がよじれそうで、噛みしめた歯が砕けそうなぐらいだった。

当たり前だ、スバルにとって母親殺しである僕が戦うと言った所で、一体何を安心できるのだろうか。

後悔が胸の奥からしみ出てきて、表情に浸透しようとする。

それでも僕はそれをおくびにも出さず、肩をすくめた。

 

「……あ、すまん、ぼーっとしてて聞いてなかったわ。何が何だっけ?」

「……もう、いいですっ!」

「スバルっ」

「スバルさんっ」

 

 勢いよく踵を返すスバルに、慌て3人。

その様子に溜息をもう一つつく僕の背後から、更にもう一つ溜息。

溜息のオンパレードだな、などと思いつつ振り返ると、深紅のバリアジャケットに身を包んだヴィータが視界に入る。

 

「なんっつーか、お前とスバルの因縁は聞いてたけど、まさかあのスバルがここまで変わるたぁなぁ……」

「まぁ、な」

 

 茶を濁す言葉で返し、ポリポリと頭を掻く僕。

機動六課の隊長陣には、既に簡単に僕とナカジマ家との関係を告げてある。

一時期厄介になっていた家で、僕はそこの母親を守り切れず、その最後を訳あって誰にも話していない、と。

ゲンヤさんは僕に何かあるのだと考え無理に話させようとしていないし、ギンガは僕が話すのを待つ方針のようだが、スバルは僕に敵愾心に近い感情を抱いている様子だ、と。

それを聞いているヴィータとしては、スバルの気持ちも分からないでも無いのだろう、微妙な表情ながらも、それでも告げた。

 

「しっかし、一応お前は三尉待遇だ、上官になる。あの態度は注意しておきてーんだが……」

「管理局の上下関係に関しては、俺も今一機微が分からんからな。そこら辺はお前に任せるさ。だが……」

 

 律儀に僕に確認を取るヴィータが、訝しげな表情に。

僕は弱々しい口調になりつつも、告げた。

 

「なんっつーか、あいつの俺に対する感情は、憎しみとかそういうのじゃない、気がするんだ」

「……お前の勘、か?」

「あぁ。つっても、今一曖昧なんだが」

 

 本当に曖昧だし、実際負の感情があるには違いないのだろうが、どちらかと言うと僕自身への怒りのような物があるような気がする。

加えて、スバルは何か焦っているようにも感じられた。

どういう意味なのか、その辺の詳しいところまでは僕では察せられないけれども。

 

「……俺じゃあ、スバルに冷静に話させるのは無理だろうからな。その辺は任せたぜ、ヴィータ」

「応、言われるまでもねーよ」

 

 と言って、ひらひらと手を振りつつその場を離れようとするヴィータ。

しかし数歩進むと、ピタリと足を止め、背を向けたまま、こほん、と咳払いをする。

 

「そーいや、ついでに思い出したけどよ」

「ん? どーした」

「……今まで言う機会が無かったけどよ。8年前、お前も大変だっただろうに、事故にあった頃のなのはを元気にしてくれて、ありがとよ」

 

 思い出の時期的に痛切な思いが胸を過ぎるが、それ以上に、耳を真っ赤にしながら告げるヴィータが可愛らしく、思わず微笑みが顔に漏れた。

雰囲気が伝わったのだろう、耳の赤さが増すヴィータに、本心からの言葉を。

 

「俺にできた事は、あいつが気付いていなかった、本当にやりたい事を見据えさせる事だけだった。そっから立ち上がれたのは、なのは自身の力だぜ」

「うっせー、人が礼を言ってるんだから、素直に受け取りやがれっ!」

「応、どういたしまして」

 

 告げると、ふん、と鼻を鳴らし大股に歩みを進めるヴィータ。

ぷんぷん、という効果音が似合う、頭から湯気でも出そうな雰囲気で、すぐに彼女は小さくなって行き、やがて曲がり角に差し掛かり、視界から消えてゆく。

それを微笑ましく見送ってから、僕もまた持ち場へと向かい靴裏で地面を蹴り、進んで行くのであった。

 

 

 

4.

 

 

 

 収斂。

スバルの拳に魔力が収束、震足と共にひねりの加えられた拳が突き出される。

魔力によって強化された人外の膂力が発揮、ガジェットの鋼鉄の肌を紙のように破壊し、臓腑に当たる基盤部分を圧壊させた。

破壊の拳を振るったスバルは、ガジェットの機能停止を悟ると同時、拳を引き抜きつつ姿勢を低くしてみせる。

その頭上を、光を伴う熱線が通過、バリアジャケット無しの生身で食らえばコンクリが泡立つ熱量が駆け抜けて行く。

結界魔法たるバリアジャケットの見目は本当に見た目だけである、実際には露出している肌にも服が有る部分と同等の防御力があると知っていても、冷やっとする光景だった。

 

 とにもかくにも、新人達がようやく7体目のガジェットを破壊する。

最初の訓練の頃の駄目っぷりから見るに、中々の成長具合である。

最も、僕がそれを褒めても、特にスバルには嫌味にしか聞こえまい。

何せその横で僕は、いつでも新人4人のフォローをできる距離を離れずに50体ものガジェットを破壊しているのだから。

 

「やれ、やれだな……」

 

 溜息。

視線をやるまでもなく背後からの強襲を回避し、返す刃でまた1体のガジェットを切り裂く。

その破片を超魔力による超絶の膂力で投擲、次いで3体のガジェットを破壊。

ガジェット達の制空権が開いたので、そこに跳躍、次ぐ熱線の嵐を回避する。

 

『切刃空閃』

 

 直後、40の直射弾を超音速でガジェットへと発射した。

うち30が囮で、残る10は多重弾殻型である。

多重弾殻でAMFを軽減した上に僕の超魔力による威力だけあって、当然の如く10のガジェットを破壊。

スコアを64に伸ばしつつ、思わず叫ぶ。

 

「っつーか、多すぎだろ、こいつらっ!?」

 

 思わず咆哮。

新人には目もくれず、僕の包囲を続ける100体以上のガジェットへとティルヴィングを油断無く向けた。

スカリエッティはよほど僕の戦闘能力を警戒しているようだが、それにしたって限度があるだろう。

苛つきに歯噛みする僕を尻目に、新人達が呟いた。

 

「す、凄い……真竜以上の実力って聞いてはいたけど」

「僕でも全力じゃないと切れないあのガジェットを、紙みたいに……」

「っていうか、私がちょっと前まで一度に1発しか撃てなかったヴァリアブルバレットを、今一度に10発ぐらい撃ってなかった……?」

「…………っ」

 

 個性豊かな台詞は良いのだが、新人達に隙が出来てしまう。

ガックリときつつも、ガジェットの壁へと直行。

直情的な行動に、好機とばかりに集中する光線を飛行アルゴリズムの急激な変化で避け、進路上のガジェットを3体ほど切り裂きながらも直射弾を発動した。

白光の弾丸が歯噛みしつつこちらを睨んでいたスバルの、その背後に迫っていたガジェットを牽制する。

 

「わっ!? ……ぐ、くそっ」

「スバル!? ……あ、ありがとうございます、ウォルターさんっ!」

 

 遅れその事に気付いたスバルが、悔しげな表情を見せつつガジェットへと立ち向かうのを尻目に、僕もシューティングゲーム状態の戦場を飛び交った。

ティアナの礼に少しだけささくれた心が静まるのを感じつつ、適当にガジェットを減らしつつ、僕は意識を新人達にやったままにする。

 

「雄ぉおぉおぉっ!」

 

 怒号を上げながら、スバルが突貫、ラインを上げて行く。

その隙間を縫う敵を、戦場を動き回るエリオと、合間を縫う射撃でティアナが排除。

キャロは森林火災の危険があるためフリードを使いこなせず、強化魔法でのブーストに終始している様子であった。

一見、バランス良く見えるのだが、致命的な部分がある。

というのは。

 

「スバルっ! あんた前に行きすぎよ、もう少し後衛との距離を気にしなさいっ! 漏れは処理しきれてるけど、あんたのフォローが間に合わなくなる!」

「ううん、大丈夫! まだ、私は戦えるっ!」

「スバル!?」

 

 咆哮と共に、突貫するスバル。

ウイングロードを駆使した変速機動に、なのはとの訓練で培われた防御力、それらが合わさったスバルは多少のガジェットの攻撃など物ともしない。

が、それが通じるのもほんの僅かな時間だけだ。

明らかにスバルは、突出しすぎていた。

舌打ち、僕は半ば新人達の戦いを見守るつもりでいた気分を切り替え、瞬き程の時間で本気に意識を切り替えた。

吐気。

高速移動魔法を発動、軌道上のガジェット数体を切り捨てながら直射弾をばらまき、スバルを何時でも助けにいける環境作りに力を込める。

 

「うぉおおぉおぉっ!」

 

 咆哮と共に、ガジェットへと殴りかかるスバル。

既に5,6体のガジェットを撃破したスバルだが、その辺で限界だろう。

次ぐガジェットの熱線への意識が遅れた。

 

「ぐっ!?」

 

 悲鳴と共に、辛うじてスバルの防御魔法が発動。

熱線数本をまとめて防御しきるも、遅れ反対側のガジェットの光線発射部分が明滅した。

今から防御魔法を用意したとしても、スバルの魔法構成速度では十分な強度は発揮できまい。

顔色を青くするスバルだが、その時点で僕は、100を超えるガジェットの半数以上を堕とし、スバルの助けに入る十分過ぎる程の時間を確保している。

 

『縮地』

 

 電子音声。

爆音と、砂塵の巻き上がる音。

しかし、すぐに風が粉塵をまき散らし、無事な姿の僕とスバルを周りに映す。

白光の線分と化した僕がスバルの目前に下り立ち、黄金の巨剣から発動した防御魔法を用い熱線を遮断していたのだ。

 

「おいおい、スバル。何やってんだよ、お前」

 

 思わず気怠げに言うと、スバルが大きく目を見開く。

動揺したようで、荒い呼吸と共に、口をぎこちなくパクパクと動かして見せた。

続けて力なく膝を突く彼女に言い過ぎたかと思うも、流石にあの無謀な突貫に何も言わずには済ませられない。

何よりウォルター・カウンタックには、スバルを腫れ物のように扱って怒らない事なんて、許されない。

してはならない。

だから、僕は改め肩をすくめる。

 

 たったそれだけの仕草に、スバルは打ちのめされたような顔を見せた。

こちらも、内心に動揺が響いた。

心の古傷に塩を塗りたくられたかのような感覚。

今本当に辛いのはスバルだと言うのに、比して小さいはずの辛さにすら耐え切れなさそうになる、そんな自分の弱さが情けなくて。

精神から血が滲むのを感じつつ、僕は無言でスバルに背を向け、ガジェット達へと立ち向かう。

 

「スバルっ!? あんた無事なの!?」

「スバルさん、怪我は無いですか!?」

「か、回復魔法は必要ですかっ!?」

 

 ガジェットに突貫してゆく僕の背後で、スバルを心配する3人の声。

この時ばかりは、どうしてだろうか、呆然とするスバルがとても羨ましく思えて。

その分だけ、ティルヴィングに力を込めてガジェットへと振るった。

振るってみせた。

 

 

 

5.

 

 

 

 蛍光緑の灯りが、スカリエッティの相貌を染めた。

スーツの上に白衣を羽織った彼の紫色の髪は、光の色も相まって奇っ怪な色となり、金の瞳を含め彼の狂気を際立たせるパーツとなる。

その視線の先には、空間投影ディスプレイが。

先のホテル・アグスタへの襲撃、その際の機動六課の魔導師達の戦闘映像が流れていた。

冷涼に保たれた空気の中、金属床を片足の靴裏でリズムカルに叩く。

一小節の音楽が奏でられた頃、排気音と共にドアが滑り開き、一人の男が姿を見せた。

 

「やっと来たのかい」

「悪いな。トーレに捕まっていて、中々来られなかったんでな」

 

 肩をすくめる、長身の大男。

部屋に入った後、扉のすぐ横に背を預けたその相貌は、闇に飲まれ形もあやふやである。

それを一瞥もせず、スカリエッティが告げた。

 

「今回私が確保したいのは、アルザスの巫女とタイプ・ゼロの2体さ。特に、アルザスの巫女と真竜の生態には興味があってね。タイプ・ゼロも、できの良さは偶然とは言え私以外が開発した中では最高峰の出来の戦闘機人だ、手中に収めてみたいものだよ」

「ほう、プロジェクトFの遺産にはあまり興味が無いのか?」

「比較的ね。数年前なら兎も角、今は。それは、君も分かっているだろう?」

 

 つまらない冗句を聞いた、と言わんばかりの反応を示すスカリエッティ。

肩をすくめつつ、眼を細め乾いた声をぽつりと漏らした。

 

「プロジェクトFの逆位置と言うべき計画。プロジェクトH。あの死ぬほどつまらん計画の遺物だけあって、UD-265もつまらん凡作な上に、失敗作だよ」

 

 呟きつつ、スカリエッティは映像を切り替える。

投射映像には、ガジェットのカメラを通したウォルター・カウンタックの戦闘が映されていた。

ガジェット100体を超える戦力を、狂戦士の鎧すら使わずに圧倒するその姿は、戦闘能力に限ればスカリエッティですら背筋が凍り付く物だ。

だが。

 

「――何せ、あれは人造魔導師ではなく天然物。高い資質を持つ子供を攫ってきてはいたものの、UD-265のあの戦闘能力は偶然による物なのだからね」

 

 そう、ウォルター・カウンタックの魔力や戦闘の資質に、スカリエッティはほぼ関与していなかった。

多少のてこ入れこそしたものの、彼の強さを大きく変えた訳ではないのだ。

己を介在する事なく勝手に最強の魔導師となっていった彼は、死ぬほど嫌味な上に、である。

 

「プロジェクトH。あれの目的を鑑みれば、奴は完全な失敗作だからな」

「あぁ。全く、あの腐った見るに耐えない魂を見せつけられるなど、気分が悪いにも程がある」

 

 吐き捨てるスカリエッティに、暗闇の男が緩やかに首肯する。

続け、男。

 

「……ちなみにその場合、”俺”は成功作という事になるのか?」

「まぁね。その分、UD-265よりはマシな物だよ。凡作だがね」

 

 溜息と共に、スカリエッティは頭を振った。

目論見通りの存在が出来上がったとは言え、背後の男もスカリエッティにとっては凡作であった。

プロジェクトHの完成作。

スカリエッティにとって、最もつまらない研究の成果である彼も、スカリエッティにとっては退屈な玩具でしかない。

戦闘能力以外にスカリエッティにはなんら価値が無いと言うのに量産不可能、どころかたった一人ですら同じタイプの存在は作れない。

唯一の救いと言えば、彼を作成する過程で得た技術によるフィードバックが、彼の誇らしい娘達をより強力にしていることだろう。

とは言え、男を作成した事は、スカリエッティにとっても忌まわしいことである。

 

「全く。UD-265がここまで忌まわしい戦闘能力を持っていなければ、対抗するために君などを作らなくても良かったというのに」

「そうだな……それ故に」

 

 言って、男は首元にある鎖を辿り、胸元に隠し持っていたペンダントヘッドを取り出した。

青い宝玉をあしらわれた、銀色の剣型飾りを手に、告げる。

 

「奴は……、ウォルター・カウンタックは、俺が倒す。真に次元世界最強の魔導師たる、俺がだ」

 

 何やら闘志を燃やしているらしい背後の存在に、スカリエッティは内心溜息。

視線を、暗闇で輪郭を無くしている男へ。

プロジェクトHの。

プロジェクトHERO……、英雄計画の成功作へと。

 

 ――スカリエッティが、ただ”セカンド”とだけ呼ぶ男へと、やった。

 

 

 

 

 




露骨な伏線でした。
次回、スバル回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。