仮面の理   作:アルパカ度数38%

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胃腸炎とか治ってからの体力回復とかで、ヘロヘロな感じで遅れましたが。
更新です。


7章7話

 

 

 

1.

 

 

 

 残暑の日差しは強く、UV加工された窓越しにも元気に紫外線がたかってきているのが分かる程だ。

うだるような熱気とは遮られた、冷房により快適な温度が維持された室内で、しかしはやての気持ちが上向く事は無い。

それは同じ課長室で暗い顔をするなのはとフェイトも同じだ。

 

「あれから、一週間か……」

 

 呟き、はやては映像を空間に投射する。

一週間前、夏も終わる頃の事であった。

スカリエッティの戦闘機人、ナンバーズと呼ばれる者達の出現に六課のフォワード陣とウォルターが出動。

フォワード陣がナンバーズを追う中、ウォルターは勘による警笛により独断で単独行動を開始し、高所を飛んでいたセカンドなる男と接敵した。

その後の戦闘に関する情報は、強力なジャミングにより子細には分からない。

ただ、遠距離からの目視確認や、その後のウォルターの容体からすれば、ウォルターが敗北したのは間違いなかった。

そして、それからまだ目を覚まそうとしないのも、また事実である。

 

「精神的な傷の影響……。シャマルはそう言ってたよね」

「うん……。ティルヴィングの人格データも消滅して記録はロックされてる、リニスも何も話さないし……」

 

 ウォルターの肉体の傷はそれほど酷い物ではなく、既に癒えていた。

しかしその傷跡に残る魔力波形パターンは、ウォルターの物と同一。

恐らくはセカンドは、その名が示唆する通り、ウォルターの戦闘力をコピーしたクローン体なのだろう。

とは言え、それが分かっていてさえ、3人には未だにウォルターが自分自身と言える相手に敗北した事実を信じられないで居た。

 

「……ヴィヴィオも、信じられないって泣いてたっけ」

「ギンガも、折角出向してきてくれたのにね」

 

 保護されてから一ヶ月程とは言え、ウォルターに随分懐いていたヴィヴィオは、頻繁にウォルターを見舞いその度に泣きそうな顔をしている。

六課への出向の話を受け、ウォルターに内緒で現れ驚かせたいと言っていたギンガは、最悪の再開に涙していた。

改めて、ウォルターが他者に持つ影響力の強さが窺い知れる結果であった。

加え。

 

「……ウォルター君には悪いけど。ウォルター君の意識不明と同じぐらい頭痛いのが、もしもの事があれば私たちでセカンドを倒さんといかんという事やな」

 

 悲痛な感情を押し込め、理屈を表にはやてが呟いた。

そう、なのは達が束になってかかってやっと勝てるかという相手であるウォルター、そのウォルターを倒したセカンドが敵として立ちはだかっているのだ。

はやては対黒翼の書以来ウォルターの本気を見ていないが、あの時のリニス曰く絶不調のウォルター相手でさえ、六課隊長陣総出でなければ勝てないだろう。

あれから3年、シグナム曰く奥義たる斬塊無塵を昇華させ、完全にしつつあるというウォルターは、今やどれほどの強さとなっているだろうか。

そのウォルターにさえ勝利したセカンドの強さなど、想像も付かない領域にある。

 

 やはり、ウォルターには立ち上がって貰わねばならない。

友人として、そして彼に恋する一人として、そして何より機動六課の課長として。

はやては、ウォルターにその両足で立ち、再び歩み始めて貰わねばならない。

 

 ――だが。

どうしてだろうか、はやての内心には、奇妙な躊躇があった。

このままウォルターを立ち上がらせる事なく、もう休ませてやりたいと言う思いがあった。

何故だろうか、とはやては自問する。

ウォルター・カウンタックははやてのヒーローだ。

信念と人倫を尊び、人の魂を燃え上がらせる、最高の英雄だ。

彼が心折れている自分を許す訳が無い。

放っておいてもその不屈の精神で復活してくるのを、少しはやての力で早めたいだけ。

 

 なのに。

あの意識の無いウォルターの顔が、とても儚い、たった一つしか年の変わらないただの人間に見えて。

 

「…………」

 

 はやては、小さく頭を振った。

そんなのは幻覚に決まっている。

ウォルターは確かに戦闘能力において最強ではなくなったかもしれないが、その精神は超人の名を冠すべき領域に達しているのだ。

それをはやての小さな不安で貶めるような真似は、かけがえのない物に泥を塗るような行為に似ている。

 

 けれど。

事実として、ウォルターは精神的なショックで起き上がれないという状態でもある訳で。

 

 頭を振る。

小さく、内心から漏れ出る溜息。

どちらにせよ、ウォルターに関して手を出しようが無いというのであれば、やる事は一つだ。

はやては机の引き出しから一つROMを取り出し、なのはに渡した。

 

「……さて、セカンド対策に、ウォルター君の残ってるデータがある。シグナムとの模擬戦の奴やけどな」

「最悪、私たちで戦わなくちゃいけないんだもんね……。時間はそれほど無いけど、やってみようか」

「うん、まずは私となのはと、後は空いているヴォルケンリッターに手を貸してもらってやってみるよ」

 

 頷き、課長室を去る2人。

それを複雑な感情を含んだ眼で見つめつつ、はやては両手を机の端に。

丸く削られた角を掴み、僅かに力を込める。

 

「…………っ」

 

 ふと。

気付けばはやては唇を噛みしめており、触れれば血が滲んでいた。

指先に滲んだ血は、不吉な紅の色合いをしていた。

 

 

 

2.

 

 

 

 清潔感ある白い室内であった。

壁紙にベッドのスチールパイプ、椅子に棚などの調度品まで、全てが白く、陽光に輝くかのよう。

窓の外に広がる青空が眩しい程の白さであった。

そんな中、リニスは椅子に座ってただただ目前のウォルターが寝息を立てているのを眺めている。

 

「ウォルター……」

 

 人格死の直前、ティルヴィングはリニスに向かい状況の記録を転送しており、それ故にリニスにだけは現状の大凡が把握できていた。

ティルヴィングが人格データを失ってからの出来事だけは知らないが、こうしてウォルターが墜ちたのを見れば推測するに十分である。

 

 リニスが思うに、ウォルター・カウンタックの心は、最早死んでいた。

 

 これまでの人生、降りかかってきた多くの出来事は、一つ一つですら常人には致命傷。

なのにウォルターの持つ心は、精神力こそ尋常の物ではないが、それでも決して傷つかず傷を気にしない鋼鉄の精神ではなく、むしろ傷つきやすい心に過ぎない。

辛かった筈だ。

苦しかった筈だ。

それでも血反吐を吐きながら、全霊を籠めてやっと歩いてきて。

そこに、今回の仕打ちである。

今度こそ、ウォルターは立ち上がる事ができないだろう。

 

「…………」

 

 無言で、リニスはウォルターの額に手をやる。

かつては柔らかかった顔も、今ではすっかり男のごつごつとした顔になっており、年月と共に拭いきれない絶望に削り取られてきたのを感じさせた。

硬質なその髪を除けてやり、リニスは最早涙が涸れて出てこない眼で、じっと彼を見つめた。

 

 墜ちたウォルターを見て、リニスは思った。

自分さえ居なければ、ウォルターはここまで傷つく事なく生きてこられたのではないだろうか、と。

そう、リニスさえ居なければウォルターは、心から信頼できる仲間無しに旅路を歩まざるを得なかった。

ならば必然、ここまで傷ついてから倒れる事無く、クイントの死か、UD-182の疑似蘇生体を殺した辺りで心折れていただろう。

心が折れた事自体は今とは変わらなかっただろうが、それでも今ほど深く、絶対に二度と立ち上がれないほどの折れ方では無かったに違い無い。

そうなれば、戦わず、静かに自分の幸せを求める生き方をできたのかもしれない。

そう思うと、リニスは自身の存在意義に疑問を唱えざるを得なかった。

 

「私は……、ウォルター、貴方の薬と毒、どちらになったのでしょうか」

 

 2人の間にあった信頼に意味はあったと、そう思いたい。

しかしその信頼を裏切ってしまったリニスにとって、そこに意味はあったとしても辛いだけだ。

後悔の涙が、リニスの両目からこぼれ落ちた。

泣いて泣いて枯れ果てた筈の涙腺から、まだ出てくる涙にリニスは半ば呆れと共に胸の奥がねじ切れそうな感覚を味わう。

今、本当に辛いのはウォルターだ。

彼の信頼を裏切り独りにしてしまったリニスに、涙を流す資格など有りはしない。

 

 けれど。

涙は止まらなくて。

 

「うっ、ううっ、ぐ、うううっ」

 

 唸り声のような嗚咽が、リニスの喉奥から零れ出す。

涙は頬を伝い、顎に集い、ぽつり、とウォルターの頬に落ちる。

幾粒も集った涙は、そのままウォルターの頬を伝い、枕へと落ちて行く。

さながら、ウォルターが泣いているかのようだった。

 

「うぅ、うううっ」

 

 その光景に、リニスは胸の奥が貫かれるかのような思いであった。

心の奥が引きちぎられるかのような痛感。

まだあった心の水分が、再び涙となるのに、リニスは強く目をつむった。

力の限り、瞼が疲れ果てるほどに。

少しでも、涙を引き留められるように。

そんなリニスの内心とは裏腹に、涙は止まらぬ所か勢いを増していって。

 

「……リニス」

 

 ――聞き慣れた、声。

思わず目を見開き、溜まった涙が粒となってウォルターの顔へと落ちる。

頬を叩く涙滴に、ウォルターが眼を細めていた。

 

「……ぇ」

「リニス……、涙、流石に眼に当たりたくは無いな」

「ウォルター!?」

 

 叫び、リニスは信じられないとばかりにウォルターの頬に両手を伸ばす。

触れる寸前、触れたら壊れてしまうのでは、という思いから躊躇するも、それでも彼の実在を確かめたいという想いに負け、触れてしまった。

あった。

確かに、そこにウォルターは居た。

 

「う、そ……」

 

 思わずリニスは、手を己の頬へ。

つねってみるも、痛いだけで矢張りこれは現実だ。

虚ろで、ぼんやりとしていて、それでも意識を現実に取り戻しているウォルターは、現実の存在なのだ。

遅れ実感と共に沸き上がってくる感動に、リニスの両目から涙があふれ出る。

続け、リニスは思わずウォルターの頭を掻き抱くようにして抱きしめた。

 

「ウォルター、ウォルター、ウォルター!」

「そんなに叫ばなくても、大丈夫。僕は今”は”ここに居るよ」

 

 優しげに告げ、抱きつくリニスの後頭部をウォルターの手がなでつける。

ウォルターが意識を取り戻した事自体への感動。

彼がまた立ち上がり、傷つくだろう事への哀しさ。

己の主がここまで傷ついても立ち上がれる勇者である事への誇り高さ。

あらゆる感情が交じり合い、リニスの中で渦を巻き、涙となって零れ出ていた。

リニスは声にならない声を漏らしながら、ただただウォルターを抱きしめ続ける。

 

「――~~!!」

「……大丈夫、大丈夫さ。だから、どうか泣き止んでくれよ」

 

 それでも、困ったように言うウォルターの言葉に、リニスは泣き止む事こそできなくとも、ゆっくりとウォルターを離そうとする。

しかし、それすらも難事であった。

張り付いて離れようとしない手を、渾身を籠めてどうにか剥がし、何とかリニスはウォルターの顔を正面から見つめ返す事に成功する。

疲れ果て、今にも倒れてしまうそうな顔であったが、それでも彼は既に意識を取り戻していた。

たったそれだけの事実に、止まらぬ涙がまた勢いを増すのをリニスは感じる。

そんなリニスに、ぎこちない笑みで、ウォルター。

 

「……ねぇ、リニス。いろいろあったけどさ。もう一度僕が立ち上がるために、力、貸してくれないかな」

「は゛いっ! 貸しますと゛もっ!」

 

 濁点混じりで告げるリニスに、にこりと微笑み、続けウォルターが言った。

 

「お願い、聞いてくれるかな?」

「何でもっ、何でもしますっ!」

「そう……」

 

 告げ、一瞬ウォルターが顔を伏す。

数秒、息を整える程度の時間を置いて、彼が面を上げた。

 

「……今、何でもって言ったよね?」

 

 リニスの視界に入った顔には。

引き裂かれたような左右非対称の笑みが写っており。

ふと、リニスは取り返しの付かない事を言ってしまったかのような気がして、ぞっと背筋に冷たい物が走るのを感じた。

そんなリニスに向け、ウォルターがその口唇を動かし。

告げる。

悪魔の言葉を。

 

 

 

3.

 

 

 

 セカンドはスカリエッティの考えた英雄人格である。

故にウォルター・カウンタックの仮面とは等価の存在ではなく、例えば彼が人倫と信念を共に尊ぶのと違い、セカンドは倫理に頓着しない。

事実、かつてウォルターが相対したUD-182の疑似蘇生体もまた倫理より信念を選んでいた。

そんなセカンドの中にあるのは、ただただ苛烈な熱量による信念のみ。

求める物を掴む事を諦めない不屈の意志。

己が求める物をはき違えている者達に、真に求める者を見据えさせる信念。

それらがセカンドの中に渦巻く全てであった。

 

 故に、セカンドはスカリエッティを許容する。

スカリエッティは性格的に好みではないが、己の欲望に、信念に忠実な男としてセカンドは評価していた。

無論、自分を生み出してくれたことに恩義がある事も彼を許容する一因でもあるのだろうが。

 

 逆にセカンドは、オリジナル・ウォルターを見下している部分があった。

その精神的な弱さでよく生きて来られた、と呆れ混じりの賞賛も無いでは無いが、それだけ。

自分を偽り、全てを欺き、求める物をどこかはき違えて生きてきた彼を、セカンドは許容できない。

 

 最も、そこには恐らくセカンドの同族嫌悪のような物も含まれているのだろう。

セカンドを生み出したプロジェクトH+Fは、優れたスペックと優れた経験を持った魔導師を簡単に作れるが、代わりに量産はできない。

何故なら、スカリエッティの作った試作セカンド達は全員、同族嫌悪で殺し合いになってしまったのだそうだ。

ウォルターは大きく差異のある精神故に嫌っている程度で済むのだが、完全同一精神の持ち主同士は殺し合わざるを得ないようだった。

改善する余地は、ある可能性はあるのだと言う。

しかしウォルターという強敵さえいなければ、人の魂の輝きを人造するような研究を行いたくないと、スカリエッティは研究を放棄しているようだった。

 

「さて、何にせよ、どうせウォルターの奴が立ち上がってくる事はもう無いだろうな。あとは、スカリエッティへの恩義に報いたら、ウォルターの名を受け継ぎ、信念を貫いてゆくか」

『そのためにも。です。今回の作戦、成功させましょう。です』

「あぁ」

 

 告げ、セカンドは通信用の空間投影ディスプレイに眼を。

各地の戦況に目を遣る。

 

「地上本部へはチンク達が。機動六課には、俺たちとルーテシア、オットー達か。どうみても俺抜きでも優勢だな」

『マスターの手で、ナンバーズは育てましたからね。です』

 

 頷くセカンド。

あまりに機械的で最適行動を尊び過ぎるナンバーズに、セカンドは模擬戦を通じ揺らぎある読みづらい戦闘を憶えさせた。

お陰で対弱者の戦績はやや横ばい気味だったものの、対強者の戦績はうなぎ登りとなったのである。

お陰でトーレに睨まれ、頻繁に模擬戦を挑まれたのも良い思い出だ。

 

「とは言え、オリジナルが六課のフォワード陣に訓練を付けていたのも確かだ。ついでに、流石に一対一では並のエースは兎も角六課隊長陣はきつい物があるだろうから……」

『マスターの出番、という訳。ですね。です』

 

 などと2人が告げているうちに、始まる。

チンクのランブルデトネイターにより、地上本部にて多数の爆発が発生。

続き、ガジェットのAMFにより魔法を阻害、その中でフルスペックを発揮できるナンバーズ達が次々に魔導師達を撃破してゆく。

中にはエース級魔導師も混ざっているが、特殊なISを駆使するナンバーズの前では永くは持たず、次々に墜ちていった。

セイン・ノーヴェと共にチンクがタイプ・ゼロを狙い潜入してゆきつつ、セカンドに向け報告。

 

(セカンド、こちらチンク。地上本部側、接敵開始。戦況優勢、私とセイン・ノーヴェでタイプ・ゼロの確保に動く)

「了解。俺は機動六課側、ただいま移動中だ。そろそろ接敵する辺りだ」

 

 短く通信を切ると、セカンドは視線を仲間へ。

髪をの長短以外は似た物同士の双子の姉妹は、応じて視線をセカンドへ。

 

「お兄様、先陣は僕たちにお任せください」

「お兄様に教わったこの剣の冴え、奴らに見せてやりますとも」

「……毎回言うが、お前らお兄様は止めろよ……いや、聞こえない振りするなっての、分かりやす過ぎるわっ!」

 

 げんなりと告げるセカンドに、2人は不安げな視線をセカンドへ。

 

「その……嫌、だったかな?」

「でしたら、改めます、けど……」

「い、嫌って訳じゃないが、なんか背中がむずがゆくて……な?」

「掻きましょうか?」

「いや、そーゆーんじゃなくてだな……っつーか、俺も後発組だから年は大して変わらないだろうが……って、ほら泣きそうになるなよ……」

 

 などと他愛の無い話をしながら、3人は機動六課上空にたどり着く。

慌てセカンドは通信を開き、ルーテシアに通信。

 

「ルーテシア、こちらはそろそろ仕掛けるが、準備は大丈夫か?」

(……大丈夫)

「ならいい。ま、行くとするか」

 

 告げ、セカンドは視線をオットーとディードへ。

頷き合い、双子の姉妹が先陣を切って機動六課へと襲撃をかける。

レイ・ストームの緑色の光線雨が降り注ぎ、バリアを次々に打ち抜き建物にたたき付けられる。

オットーの攻撃に加え、引き連れたガジェット達の攻撃も加わり、AMFが展開された。

僅かに体が重くなるものの、すぐさまセカンドは魔力を練り直し、ウォルターの開発したAMF下でも魔力の減衰の少ない強化魔法に切り替える。

ウォルターの体質にパーソナライズされたそれはセカンドにとっても最適化されており、十分な効力を発揮していた。

 

「お、ヴォルケンリッターか」

 

 とセカンドが興味深く視線をやると、シャマルとザフィーラの2人が防御に現れてきていた。

共にエースクラスの中でも更に上位に位置する魔導師達である、これは助力が必要かとセカンドはダーインスレイヴに手をやる。

が、即座にディードが対応。

死角からの強襲に対応しきれず、ザフィーラが背中に大きな十文字傷を負う。

 

「――“スペックの違いによる正面からの不意打ち”が有効なら、普通の不意打ちだって有効という事だな。さて、なんかもう俺の出番無いんじゃねーか?」

『そんな気もしますが……いえ、転移魔法察知』

 

 と、ダーインスレイブの声と共に、上空に多数の転移魔方陣が発生。

極光。

遅れ、強大な魔力と共に機動六課の戦闘員達が姿を現す。

 

「……っ、遅かった!?」

「ザフィーラ!?」

 

 悲鳴をあげるなのはとはやてを尻目に、閃光と化したフェイトが追撃をしかけようとするディードの前に割り込んだ。

遅れ、攻撃を仕掛けようとするオットーに地上から襲い来る橙色の弾丸が牽制する。

口をひくつかせ、セカンド。

 

「……まさか、オマケの方の地上本部を切り捨て、フォワード陣までこちらに来るとはな」

「切り捨てた? 何を?」

 

 家族を堕とされた怒りでいきり立つはやての、凍り付くような皮肉の笑み。

セカンドが眉をひそめると同時、通信が開く。

 

(セカンド、こちらチンクっ! 地上本部側、目標の半分までは破壊できたが、陸のエース部隊に補足されたっ! くそ、失敗作のデブの分際でっ!)

(誰がデブだっ!? これは体重を増やして近接戦闘を有利にしようという思想に基づいた……!)

「ち、ハラマの奴が動いたか。地上本部側はもういい、デモンストレーションには十分だろう。引いて構わねぇっ!」

 

 通信先でナンバーズを押さえ込むのは、かつてウォルターと共に戦った”家”の実験体、ハラマ・エスパーダであった。

彼は腐ってもプロジェクトHの被検体に選ばれる程の才能を持っており、かつての黒翼の書事件以降、その才能を開花させつつある。

今やかつてのゼスト・グランガイツに迫る戦闘能力を誇る彼に、同じ部隊との連携を加えればナンバーズでも分が悪い。

舌打ち、セカンドは急ぎ通信を閉じ、縮地を発動。

窮地のディードにたたき込まれようとするフェイトの雷刃を抑え、そのまま蹴りをフェイトの腹にたたき込む。

寸前で間に合った防御魔法の上から吹っ飛ばされるフェイトを尻目に、届く隠匿念話に頬を緩めるセカンド。

 

「オットー、ディード、ルーテシアが目的を果たしたっ! 殿は俺がやる、待避しろっ!」

「でも、お兄様っ!?」

 

 悲鳴を上げるオットーとディードに、野獣の笑みを浮かべ、セカンドは告げた。

 

「大丈夫だ、安心しろ。こいつら全員をここで再起不能にするまではしねーよ、お前らの分も残しとくさ」

「……分かりました、ご武運を」

 

 告げ、踵を返す2体のナンバーズ。

それを見逃すはずもなく、ヴィータが吠えた。

 

「って、そう易々と帰れると思うなよっ!」

 

 鉄球の誘導弾が発射、2人の後方へと迫る。

が、同時白光が発生。

爆発。

魔力煙がまき散らされる。

 

「……俺が居るんだ、そう易々と追撃させると思うなよ?」

 

 引き裂かれたような笑みを見せ、セカンドはダーインスレイヴを構えた。

白銀の威容に超魔力が集結、圧倒的な威圧感を放ち始める。

舌打ち、ヴィータを含めた機動六課の面々がセカンドへの追撃態勢を取った。

 

 ――陸戦魔導師達も、追撃はしないか。

全体を見渡しながら、セカンドは内心一つ頷いた。

機動六課のフォワード陣の多くは陸戦魔導師である、空戦魔導師であるウォルター相手には戦いづらい相手であり、オットー達に追撃を仕掛けるのも一つの手段ではあった。

無論、セカンドはそれを成功させるつもりはなく、そんな真似をすれば瞬殺するつもりではあったので、賢い手段ではあったのだが。

 

 にしても、とセカンドは思う。

セカンドはティルヴィングが人格データを損なうまで、定期的にウォルターの記憶をアップデートしてきた。

機動六課隊長陣とは少なくないつきあいがあり、フォワード陣にも訓練をつけるなど関連性が深い記憶をセカンドは持っている。

その機動六課と相対するというのは、正直妙な気分だった。

だが、その感覚も、戦いの火蓋が切られた時、終わる。

 

「――っ」

 

 吐気。

閃光と化したフェイトが斬撃を仕掛けてくるが、それでもウォルターの最高速度に劣る程度。

余裕を持って対処できるレベルだったが、セカンドは敢えて何もせずにそれを受け入れる。

交差する、幻術。

 

「見抜いたっ!?」

「だけど、これでっ!」

 

 そしてフェイトの幻術によって死角となっていた後ろから、光を押さえられた桜色の誘導弾が姿を現す。

開く花弁のように直前で散会、四方八方から襲い来る誘導弾に、セカンドは慌てずダーインスレイヴを振るい前方の誘導弾を破壊し前進回避。

遅れフェイトの雷速の直射弾が迫るが、隠蔽発動していた直射弾でたたき落とす。

同時に襲い来る蛇腹剣を片手の剣戟で弾き、超速度で迫るフェイトの雷刃を半身に避け手首を掴み、襲い来るヴィータに向かい投げ飛ばした。

 

「わっ」

「きゃっ!?」

 

 悲鳴を上げる2人を尻目に、セカンドが直射弾をはやてに向かい放つも、なのはの砲撃でかき消される。

が、それでなのはのチャージしていた砲撃は消費された。

同時、地上からバネのように渦巻いておいたウイングロードで跳ね上がってくるナカジマ姉妹。

 

「てやぁぁっ!」

「いやぁぁっ!」

 

 咆哮と共に空中へと躍り出る2人に眼を細めるセカンドであったが、冷静に続く直射弾を地上へ。

キャロの召喚魔法を中断させつつ、空中への一撃必殺の突撃を狙っていたエリオを牽制する。

続きフェイトが高速移動魔法ですれ違い様に切りつけるのを、容易く受け流すどころか逆にフェイトの体勢を崩してみせた。

きりもみ回転しながら高度を下げるフェイトを尻目に、襲い来るウイングロードに眼を細めるセカンド。

 

「やはり、ウイングロードは移動妨害のステージ造りに使う、か。集団戦を分かってやがるな」

『ですが、脆い。です』

 

 同時、一発目のカートリッジがたたき込まれる。

 

「断空一閃っ!」

 

 瞬間、世界が悲鳴をあげた。

音速どころか光速に迫る剣戟が、空間を軋ませる威力で回転切りを放つ。

セカンドの移動を妨害していたウイングロードをスバルの物もギンガの物も両方破壊、どころか風圧で2人をはじき飛ばし、地面へとたたき落とす。

 

「うぉおおおぉおぉっ!」

 

 が、まだ終わらない。

追撃を仕掛けようと迫っていたヴィータに向かい残る断空一閃をたたき込み、鉄槌グラーフアイゼンを破壊。

慣性のままに回転、続きグラーフアイゼンの一撃を避けた所を狙っていたシグナムの紫電一閃へと斬撃をたたき込む。

 

「馬鹿なっ!? く、おぉぉお!?」

「おぉおぉっ!」

 

 せめぎ合いは一瞬、打ち勝ったのはセカンドであった。

弾かれ、無防備になったシグナムの腹へとセカンドの蹴りが突き刺さり、地面へと彗星の速度でたたき落とされる。

しかも狙いはキャロ、再び真竜召喚の詠唱をしていた彼女を、エリオが必死で庇うのがセカンドの視界に入る。

流石に終わった断空一閃に、ダーインスレイヴに宿る白光が消えた。

が、それを待っていた、とリィンフォースとユニゾンしたはやての眼が煌めく。

 

「しかし油断したなっ! 皆と距離を離したでっ!」

(ウォルターさんの仇です!)

『デアボリック・エミッション』

 

 遅れ、ウォルターより僅かに離れた位置に黒い球体が発生。

刹那の収縮の後、圧倒的膨張を見せようとした、その瞬間である。

 

「――遅い」

『断空一閃。です』

 

 なんと高速リロードによる二撃目の魔力付与斬撃が発動。

デアボリック・エミッションの刹那の発生準備状態を、真っ二つに切り割った。

 

「なっ……」

「くっ!? でも、これならっ!」

 

 が、そこになのはのチャージが完了。

桜色の光球が光度を増し、カートリッジを山のように使った一撃が放たれる。

 

「ディバイン……っ」

『バスター』

 

 桜色の洪水。

かつてはウォルターの砲撃魔法と互角以上であった、超威力の砲撃魔法が、広域殲滅魔法を切り裂いた直後のセカンドへと迫る。

しかしセカンドは眼を細めるだけに止め、集中を増しながら告げた。

 

「斬塊無塵」

『防性型。です』

 

 同時、セカンドはその超筋力で切り返しを放つ。

砲撃魔法は単調な魔力波で、斬塊無塵の難易度は最低に近く、矢張り成功。

魔力付与斬撃ですらない通常斬撃は、桜色の洪水をいともたやすくかき分けるように切り裂いてみせた。

なのはが目を見開くと同時、セカンドはそのまま砲撃を切り裂きつつなのはに向かって直進。

なのはのディバインバスターの切り裂いた残りを防御膜として利用しつつ、なのはの目前にたどり着く。

 

「悪いが……、一人ぐらいは決戦まで起き上がれなくなってもらう事にするかね」

『断空一閃。です』

 

 凍り付くような声色で、告げるセカンド。

遅れダーインスレイヴが白光を纏い、振り上げられた剣先が、僅かに揺れて。

 

「ぁ……」

 

 ――振り下ろされる。

 

 

 

4.

 

 

 

 走馬燈。

なのはの脳裏に、今までの人生の光景が映し出される。

 

 父士郎が大怪我をして、家族がなのはに構う余裕を無くした幼少時代。

それを経て成長しすずかやアリサと友達になる。

そして9歳の時、魔法と出会い、フェイトと出会い、ウォルターと出会った。

フェイトに手を差し伸べる為、ウォルターの言葉を胸に秘め、全力全開で戦ったあのとき。

続け冬、ヴォルケンリッター達との戦い。

ウォルターの圧倒的強さと決意、そしてそれを引き継がせてもらえた戦慄と高揚。

救えなかったリィンフォース・アインの命。

 

 そして管理局に入り、成長し、墜ちた。

全てに絶望したなのはに、夢を、生きる希望を、全てがまだあった事に気付かせてくれたウォルター。

そして、初恋。

教導隊を目指すのと平行して、ウォルターに対する恋心を持てあましながら、それでもアタックを続けてきて。

 

 そして機動六課が出来た。

憧れのウォルターと同じ職場。

教導メニューを共に練ったり、フェイトやはやてに嫉妬したり、意外な伏兵スバルに度肝を抜かれたり。

楽しくて、やりがいがあって、心から安らげる家族のような部隊で戦って。

ヴィヴィオ、娘のように愛おしい子と出会えて。

ウォルターと3人並べば、親子のような光景ができて。

 

 ウォルターが墜ちた。

 

 信じられなかった。

なのはの中ではウォルターは次元世界最強の肉体と精神を併せ持つ男だったのだ。

それが負けるなど、例え相手がスペックで上であったとしても信じられない。

加え、起き上がれないのは精神的な傷が理由と言う。

何がなんだか分からなくて。

ただ、それでも何かをしてあげたいという心だけがあって。

 

 墜ちられない。

けれど目前に迫る白銀の刃は、凝縮した時間の中、ゆっくりとなのはへと近づいてきて。

動けないなのはに、それをどうこうする事はできなくて。

だから。

自分ではどうしようも無い時、力を尽くして気力を尽くして、それでもどうしようもなくて、届かなくて涙が零れる時。

なのはには、つい呼んでしまう名前があった。

その人が今誰よりも辛い状態にあると知っても尚、呼んでしまう名前があった。

 

「ウォルター、君……!」

 

 言ってから、後悔の念がなのはの胸に渦巻き。

かくして、答えの言葉があった。

 

「応、待たせたな」

 

 白金の閃光。

なのはが思わず目を閉じると、豪快な金属音と共に、セカンドが吹き飛ばされるのが感覚で分かる。

うっすらと、目を開ける。

はためく黒衣に黄金の巨剣、短めの黒髪が風に僅かに揺れる巨体の男。

なのはの呼んだひと。

ウォルター・カウンタックがそこに――。

 

「うぉる、たーくん?」

 

 と。

そこまで思ってから、なのはが疑問詞を吐き出した。

目前の男は、確かに見た目はウォルター・カウンタックそのものであるし、セカンドの攻撃を正面から打ち払った強さもまたそう。

けれど。

しかし。

目前の男には、熱量が無かった。

ただ居るだけで心が高揚し、全身を炎の血潮が巡るような、あの独特の威圧感が無かった。

代わりにあるのは、凍てついた絶対零度の硬質感だけ。

なにが、となのはが口を開くよりも早く、セカンドが叫ぶ。

 

「馬鹿なっ!? オリジナル、何故お前がそこに居るっ!? 今度こそ、お前は立ち直れない筈じゃあっ!?」

「…………」

「……この、感覚! なんでここまでの同質性がっ!?」

 

 叫ぶセカンドの横に、突如空間投影ディスプレイが現れた。

写るは紫髪に金目の男、機動六課の宿敵。

 

「スカリエッティ!?」

 

 叫ぶなのはらを無視、スカリエッティは信じられない物を見る目でウォルターの事を睨み付けていた。

 

(馬鹿なっ! 確かに使い魔への信頼を失った直後に仕掛けるのは情報収集のタイミングからして不可能だった。だが、間が空いたからといって、それだけであの絶望から抜け出す程のタフネスを得られたというのか!?)

「…………」

(答えてくれ! 君は、あの半ば発狂した壊れた心で、立ち直る事が出来たと言うのか!? 一体、どうやって!?)

 

 叫ぶスカリエッティは血走った目を見開き、唾を吐き散らし、鬼気迫る様子であった。

普段余裕ぶっているイメージにそぐわない彼に、そしてその言葉の内容に目を見開く六課の面々を尻目に、ウォルターは静かに答えた。

 

「いや、確かに俺の精神は、壊れた。もう二度と、少なくとも戦えはしないレベルではあっただろう」

(…………)

「だが。心が壊れたなら。……心を、取り替えればいい」

 

 え、となのはは呟いた。

呆然とした声が、六課の面々から次々に漏れた。

 

(どういう、事だね……?)

「……スカリエッティ、お前の言った台詞だ。”君の記憶をベースに、要らない部分の記憶を削除するだけで、そこまで手間をかけずにセカンドの人造英雄人格は完成できたよ”」

(記憶操作による、自己記憶改変……!? だが、独力で? いや、それは使い魔が居るが、そもそも、君にそんなノウハウが……いや!?)

「リニスを使い魔として造ったのは。そして、途中からとは言え、俺に魔法学を教えたのは。誰だった……?」

 

 嘲りながら告げるウォルターに、悔しそうな様相で告げるスカリエッティ。

 

(プレシア・テスタロッサ……! プロジェクトF、記憶操作クローンの第一人者……!)

「そういう事だ」

 

 何を、言っているのだろうか。

真っ白になったなのはの脳裏に、ただただウォルター達のやりとりだけが刻まれて行く。

精神崩壊。

記憶操作による自己記憶改変。

プレシア・テスタロッサ。

意味が、分からない。

ぐるぐると単語だけが脳裏を回るなのはを尻目に、話は続いて行く。

 

(くくっ、素晴らしい狂い方だ! 予想を超えて、まさか君も真の英雄に、プロジェクトHの異例の成功作となったとは!)

「褒めてもらえて嬉しいね。ついでにそこに脂汗かいてるセカンドも、逃してやろう。この場で仕留めるには足手纏いが多すぎるしな」

「ぐっ……!」

 

 確かに、この場でセカンドを倒すのにはリスクが大きすぎた。

ウォルターが復活した今倒せない相手ではないが、その場合の被害が大きすぎて手を出しづらくてしょうがない相手だ。

そんな実利ばかり計算できるなのはの脳みそだったが、逆にウォルターの精神に関する思考は空回りを続け動こうとしない。

 

「ち、狂ってやがるな、オリジナル。だが、お前はいずれ俺が倒す。倒して、その名は俺が奪い取る。いいなっ!」

「お前如きにできるのなら、何時でも歓迎だ」

 

 舌打ち、セカンドは空を飛びこの場から去って行く。

誰も、セカンドを追撃する精神的余裕は無かった。

ただただ、現状に対する疑問が大きすぎて、思考が空回りし続けるだけ。

動く事もままならず、ただただ真っ白な頭の中に混乱しながら呼吸を続けるなのは達。

そんな全員に、ウォルターは静かに振り向く。

 

 その目はまるで、魂の籠もらぬ硝子玉のようで。

凍てついた狂気をだけ感じさせる、絶対零度の地獄の如き瞳であった。

 

 

 

 

 




やっと2章でプレシアが助かった伏線出せましたよ……。
次回、ようやく仮面バレ回。

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