仮面の理   作:アルパカ度数38%

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7章8話

 

 

 

1.

 

 

 

 機動六課の全員が集まった部屋の中。

リニスが卓上に置いた簡易デバイスから、映像光が放たれる。

プロジェクターに写った映像は、ティルヴィングが最後に転送してきたウォルター・ログを、リニスが編集し数時間で見終えられるようにした物だ。

口外無用と念を押した上で、なのは達のプライベートにも踏み込むと念を押し、上映をしているのだ。

フォワード陣だけでなく六課全員が集まっているのは、少しでも既に亡いウォルターの事を想って欲しい、ただ知っていて欲しいと言うリニスたっての願いである。

否が応でも陰鬱さに包まれる心の中、リニスは死んだ目でじっと映し出される映像を見つめている。

 

 初めは、ウォルターの記憶に沿ってUD-182の存在を編集追加した”家”から脱出する序章。

さわりだけ知っていたフェイトを始め、皆が涙ぐみながらも、UD-265が己の名を受け継いだ時を見る。

 

 続いて、ムラマサ事件。

まだまだ弱気だったウォルターに、違和感を感じつつも、六課の面々は感情移入してゆく。

母クイントとウォルターとの邂逅に、何とも言えない表情をするナカジマ姉妹を始め、皆がウォルターに同調しながら映像は進んでいった。

そして、店主の死。

ティグラによる店主の殺人が、ウォルターの言葉が引き金だった事実。

凍り付く室内を尻目に、悲壮な決意を固めるウォルターに、胸が熱くなりつつも、切なさに皆ウォルターの事を真っ直ぐには見られなかった。

 

 そしてPT事件。

ウォルターが仮面を被ったままで居た事に、展開から薄々気づきながらもショックを受けるなのはとフェイト。

それを尻目に、ウォルターがなのはに敗北感を憶え、続いてプレシアを救わねばと決意を固めて行く。

時の庭園での戦いに皆固唾をのみ、ウォルターが致命傷を負って焼け死にかけた時には悲鳴があがる。

それでも、仮面を被っている事が知れても尚、彼には他者の心を熱くさせる才能があった。

狂戦士の鎧を纏って戦いに向かう彼に、皆が思わず感涙をすら漏らすのであった。

 

 そして闇の書事件。

リニスとの関係に悩んでいたウォルターに、それに殆ど気づけなかったなのはとフェイトがショックを受ける。

同時、やはりと思いながらも、はやてが会った際のウォルターが仮面を被っていた事に顔をしかめた。

クイントとの、仄かな恋心を暗示させる関係。

そして決戦、ウォルターは言葉通り全身全霊を賭して最強状態の闇の書を打ち破り、代償としてリニスに全てをさらけ出してしまう。

そのウォルターのバトンを継ぎ、はやてを救うなのはとフェイト。

そしてウォルターとリニスの和解、リィンフォースへの謝罪。

はやてとの約束を最後に終えるこの物語は、皆の心に壮大な何かを垣間見させた。

これからウォルターが真の英雄となってゆくのかと、皆の心に期待が孕まれる。

暗い表情になるナカジマ姉妹を除いて。

 

 そして、戦闘機人事件。

墜ちたなのはとの交流、ウォルターがクイントに抱く恋心。

ウォルターに恋する面々が複雑そうな表情で見る中、ウォルターはミッドチルダを去ろうとした瞬間、その直感によりクイントを救いに行く。

しかし間に合わず、クイントはウォルターに呪いを残し逝った。

改めて絶句する六課の面々を尻目に、ウォルターはなのはの初恋に気付きながら止めさせようとする事を、そして幸せを全て捨てる決意をする。

なのはは、今までのウォルターとの関係が全く違う意味を持っていた事に気付き、顔色を青くした。

ここに至り、六課の面々は薄々気づいていた。

これは英雄嘆ではなく、絶望へと墜ちて行く独りの少年の物語だったのだと。

 

 再生の雫事件。

フェイトは即座にUD-182との決着が自分の認識とは全く違う意味を持っていた事に気付き、顔色を悪くした。

それを尻目に、ウォルターはUD-182の疑似蘇生体と剣を交える。

UD-182を斬り殺してでも、己の信念を貫き通すと、自分の信念に全てを賭すウォルター。

UD-182を、必死の形相で、普段とは比べものにならない弱さで、それでも斬り殺す姿は、切なく、胸を引き裂くような光景であった。

それでもウォルターはアクセラを倒し、仮面の裏に絶望の色を濃くしつつも、必死で歩いて行く。

 

 黒翼の書事件。

最近名を挙げてきた陸戦エースのハラマと共に、自分たちの真実を探す物語。

ハラマに妄想の過去を押しつけたウォルターに、苦い物を感じる面々。

しかしその後、ウォルターは最悪と言っても事足りぬ事実を知る。

全てを賭した信念はその根幹から間違っており、ただの妄想、陵辱に濡れた最悪の過去。

それでも、自分の中から漏れ出た物だからと、辛うじて足を踏み止めるウォルター。

虚ろな心で黒翼の書に心臓を貫かれ、それでも生死の境でティルヴィングの言葉により復活し、ウォルターは勝利を収める。

悲壮にも過ぎる戦いに、六課の面々からは既に小さく嗚咽が漏れ出していた。

 

 そして、レリックを追う今の事件。

心折れ、仮面を外せば立ち上がる事すらままならなくなっていたウォルター。

疑心暗鬼と妄想不安に発狂しそうになっていた彼を、リニスの裏切りが襲う。

そしてヴィヴィオに僅かながら心を癒やされた後、セカンドとスカリエッティによる真実の暴露。

全ては妄想ですら無かった。

目前に完璧なUD-182が存在する。

相棒は裏切り者で、目の前で自殺した。

 

「……ここで、ティルヴィングからの映像は途切れました。この後は、目測になりますが、ウォルターはセカンドに敗れ、墜ちました。ここまでがまず、先の精神的な傷によって起き上がれなかった時の話です」

 

 最早室内は、凍り付いたような沈黙に満ちていた。

人が一人発狂するのに余りある狂気と絶望に満ちた道を、それでも他者の心を燃えさからせながら戦ってきたウォルター。

彼の凄絶を極める人生に、声も無かったのである。

そんな面々を尻目に、続けリニス。

 

「そして、先日ウォルターは意識を取り戻しました。……そこからは、スカリエッティの暴いた通り。私は、裏切りの罪悪感からウォルターに逆らえず……、ウォルターの記憶改変によって、あの子の人格を改変しました」

 

 吐く息と共に涙が零れるのを感じつつ、リニスは唇を噛みしめた。

唇から血が滲むのを感じつつ、続ける。

 

「恐らく今の新ウォルターは、セカンドより強いでしょう。恐ろしい事に、今までのウォルターは正常な精神状態ではないが故に、あれで使い切れていない魔力がありました。身体能力はセカンドの方が上のようですが、恐らく魔力ではウォルターの方が上。技術も今の精神状態なら、恐らくはウォルターの方が……」

「それが……どうしたんや……」

 

 乾いたはやての声に、リニスは笑みを浮かべた。

今にも崩れ落ちそうな、儚い笑みだった。

 

「セカンドと違い、ウォルターは人倫を尊ぶ、かつて被っていた仮面の通りの人格です。未だ安定していないが故に先日は撤退させる事を選びましたが、安定すれば必ずセカンドに勝ち、そして……、きっと……、きっと……」

 

 人倫を尊ぶ存在がセカンドに勝ったからと言って、どうなるのだろうか。

リニスの主であるウォルターは、もう帰ってはこないのだ。

大好きな主、リニスに生きる希望を与え、全ての絶望を覆して見せた少年は、もう二度と。

 

「う、うううっ……」

 

 それでもリニスは、自分がウォルターから離れられないだろうと自覚していた。

結局の所、かつてのウォルターの残り香を持つのは、新ウォルターを置いて他に居はしない。

唯一セカンドがその範疇に入る事には入るが、ウォルターを絶望に追いやった相手など死んでも御免だ。

つまり、リニスは変わってしまった、半ば死体と化したウォルターと、共に生き続ける事になるのだ。

 

「ひぐ、うぁぁ……!」

 

 嫌だった。

苦しかった、悲しかった。

何より、許せなかった。

本当に辛かった筈のウォルターを救えなかったのはリニスなのに、そのリニスがウォルターを差し置いて悲しんでいる事が許せなかった。

憎悪と、それでも抑えきれない悲しみにリニスは悲嘆に暮れる。

そんなリニスの前に、影が落ちた。

誰の顔も直視できないリニスがビクリと震えると、なのはが告げる。

 

「リニスさん。今、”未だ安定していないが故に先日は撤退を選びました”って言ったよね?」

「……はい? そう、ですが」

「じゃあ。安定を無くしたら、今のウォルター君の心はどうなるの? 壊れるの? それとも……元に、戻れるの?」

 

 周囲がざわつくのを、リニスは感じた。

呼吸。

肺の奥まで酸素が染みこむような感覚。

血潮の隅々まで万力を籠めて、ようやくリニスはなのはと視線を合わせる事に成功する。

くじけそうな目で、それでも、真っ直ぐになのはを見ながら告げた。

 

「……ウォルターの記憶改変は、現在魔力を用いて固定しています。大量の、それこそ昏倒する程の量の魔力ダメージを負えば、元の人格に戻るのは間違いないでしょう。……その状態も、あと一週間も持たないでしょうが」

「つまり。今全力全開で倒せば。ウォルター君の記憶は、人格は、元に戻るんだよね?」

 

 煌めくなのはの瞳には。

何処か、あのウォルターの瞳にあった物に似た炎が垣間見えた。

 

 

 

2.

 

 

 

「まず、どうやって? 現状、ウォルターは人格固定中のため、魔力ダメージに弱く、タフネスで劣るでしょう。しかしそれ以外の点では、あのセカンドを越える戦闘能力を持っているんですよ? それを、誰が、どうやって倒すんですか?」

 

 悲痛な、今にもねじ切れそうな声を漏らしながら、リニスはその両目から涙を零した。

なのははそれをじっと見つめ、僅かにその内心を慮る。

なのはには想像も付かないだろう絶望の中に居るだろうリニスに、それでもなのはは、ハッキリと答えて見せた。

 

「私たち機動六課の皆でなら――」

 

 本当は自信なんて無い。

あのセカンドを相手になのは達は手も足も出なかったのだ、それ以上の人格改変ウォルターにどう勝てようか。

けれど。

だけれども、虚勢を胸に、震えを胸の奥に隠し。

告げる。

 

「できる。必ず、勝ってみせる」

 

 何故か、リニスは目を見開いた。

まるで懐かしい物を見るかのような目を一瞬し、それからすぐにあの絶望に濡れた目に戻る。

あまりの速度に、錯覚かとなのはが目を瞬くのを尻目に、リニス。

 

「勝って、ウォルターの人格を元に戻してどうするんですか? また発狂寸前の、このまま壊れていくしかないウォルターに戻して。それで、何をどうするんです? ウォルターを発狂死させるおつもりですか?」

 

 事実ではあった。

そもそも、ウォルターは狂気に墜ちたからこそ自分で自分の人格を改変したのだ。

なのはたちが元に戻す事に成功したとして、それがなんだと言うのだろう。

結局ウォルターはどうにかして再度人格改変を行うか、今度こそリニスの言うように発狂死してしまう可能性が高い。

故に、なのはの言う台詞は一つだ。

 

「そのつもりは、無いよ」

「じゃあ、どうするおつもりで?」

 

 苛立ちから何処か攻撃的になりつつあるリニスの言葉に、なのはは深呼吸してみせた。

刹那瞼を閉じ、思いをはせる。

あのウォルターの瞳に宿る、精神の炎。

全身が沸き立つような、圧倒的熱量に血沸くあの感覚。

目を、見開く。

 

「お話をする」

 

 それしか、なのはの中に答えは出なかった。

何故なら。

 

「ウォルター君は、ずっと私たちに本音を隠してきて、ずっと心の底から思った言葉をぶつけ合うのを避けてきた。でも、ウォルター君の言葉だけど、”言葉にしなければ……、伝えようとしなければ、何も伝わらない”」

 

 なのはがかつてフェイトに話をしようとしたように。

なのはがかつて、ヴォルケンリッターに話をしようとしたように。

かつての幼いなのはが、寂しさを押し殺しても誰にも伝わらなかったように。

 

「仮面の裏の、本当のウォルター君。彼が、どれぐらい私の知るウォルター君と違うのかは、分からない。でもね、実は私、ウォルター君に偶にだけど、違和感のような物を感じる事はあったんだ。少しだけだけど、本当のウォルター君に気付きかけた時もあったんだ」

 

 その時気付ければ、と言う思いがなのはの中には淀んだ感情として溜まっていた。

例えばなのはがウォルターの本心に気付く事が出来ていれば、そしてそれを受け入れる事ができていれば、何かが違っていたのかもしれない。

そう思うと、その事実は悔恨の極みであった。

それでも、悔しさを振り払い、前を見てなのはは告げる。

 

「ウォルター君は確かに仮面を被っていたけれど。心の中に本音を閉じ込めて、ウォルター君に限ってそんな事なんて有るはずが無いって思い込んで。私も、ウォルター君とお話をしてこれなかった。嫌われたくないって気持ちでいっぱいで、お話を避けてきちゃっていた」

 

 恋心を自覚した直後のなのはは、まだウォルターに真っ直ぐにぶつかっていた。

けれどそれからの年月が、なのはの心に小さな臆病さを植え付けていたのだ。

ウォルターが弱い訳が無い。

ウォルターが臆病な訳が無い。

そんなある筈の無い事実を告げて、ウォルターに嫌われたくない。

無論、ウォルターの超絶技巧と冠するに相応しい演技力に起因する部分が大きくはあるが。

なのはたちに問題が無かったなどと、言える筈がないのだ。

 

「このまま。このまま、すれ違い続けたまま、ずっと隣に居ても一言も話をせず、そのまま離れて行くなんて。もう二度と会えないなんて、嫌だ」

「…………」

「そして、ウォルター君が私と、私たちとお話して、どうなるかは分からない。でも、変わるよ。少なくとも何かは変わるよ」

「……何故、そう言い切れるのですか?」

 

 弱々しく告げるリニスに、なのはは、できる限り彼女を安心させるよう、満面の笑みを浮かべて。

 

「だって、私は、私たちは、ウォルター君の心の炎を継いでいるから」

 

 演技なのか、本心なのか、それすらもよく分からなくなってしまったけれど。

それでも心の炎のあの熱量だけは、確かになのはの胸の奥底に息づいている。

 

「ウォルター君が、その胸の炎を使ってあれだけ沢山の人の心を動かしてきたんだもん。その炎を少しだけだけど、私は貰っている。私一人じゃあ足りないかもしれないけれど、ここには皆が居る。皆で集めた心の炎なら、きっと。ううん、必ずウォルター君の心を動かす事ができる」

 

 それが、どんな結果に結びつくかは分からない。

何せなのはは、仮面の裏のウォルターと向き合って会話した事は、今まで一度も無いのだ。

仮面から覗くウォルターから垣間見える未来はあまりに薄暗く不明瞭で、結果的にウォルターがどんな道を選ぶかは分からない。

けれど。

少なくとも、その道は狂気しか残らない袋小路では無いのだ。

 

「……みんな、私と一緒に、ウォルター君と戦ってくれるかな?」

 

 振り返り、機動六課の面々を見据えるなのは。

全員が、迷い無く頷く。

多かれ少なかれ、皆がウォルターの心から分けて貰った、その心の炎と瞳に宿して。

故に、なのははそのまま視線を僅かにあげ、いつの間にか部屋の入り口に居る男へと視線をやり。

 

「……だから。ウォルター君、お話ししよう」

 

 ウォルターに、告げた。

炎など見えはしない、絶対零度の瞳をした男に告げた。

 

 

 

3.

 

 

 

 いつの間に、というざわめきを無視し、冷徹な目でウォルター。

 

「意味が分からねぇな」

 

 肩をすくめるウォルターの、そのあまりにも凍てついた言葉に、なのはは僅かに身震いした。

しかし道理でもある。

ウォルターの改変後の人格にとっては、己の消滅の可能性を意味する戦いなど、何の価値も無いものだ。

素直に乗ってくる筈も無いと、なのはにも分かっていた。

 

「大体、お前らスカリエッティはどうでもいいのか? ヴィヴィオはあいつに攫われた。しかも、あいつは管理局の体制を崩そうと、セカンドと一緒に何かしでかそうとしている事に間違いないんだぞ?」

「……分かってる、よ」

 

 加えてこちらも、事実である。

ヴィヴィオの事を想うと胸が張り裂けそうになるし、そも、スカリエッティの行為を許すつもりも毛頭無い。

なのにウォルターの事にかまけてばかりでいいのかと言えば、そんな訳は無いだろう。

 

 けれど。

だから言って、ウォルターの事を放っておいていい訳が、ある筈が無いのだから。

 

「だから、両方皆でケリを付ける」

 

 なのははそう言い切った。

僅かに目を見開くウォルターに、なのはは続ける。

 

「ウォルター君の方がタイムリミットが近い上、相手が見つかっているからね。ウォルター君から先に人格を戻してお話して、それから一緒にスカリエッティの野望を阻止してヴィヴィオを助ける」

 

 微塵の震えも無く言い切れた自身に、なのはは内心僅かな安堵を覚えた。

これほどまでに迷い無く言い切れた自分に、心の奥から勇気が燃え上がってくるのを感じる。

今のウォルターの凍土のような気配に一歩も引かずに、なのはは続けた。

 

「私たちはそんな事あるはずが無いと思っているけど、仮に私たちが負けたとしたら、ウォルター君の事はタイムリミット。一端諦めて、スカリエッティの野望阻止とヴィヴィオの救出に全力を注ぐよ」

 

 口では無いと確信していると言って居るも、無論それは虚勢。

ウォルターのタイムリミットは一週間とリニスから聞いた以上、この約束をするのならば最早ウォルターを救える戦いは一度きり。

後の無い、引けない戦いなのだ。

プレッシャーに握りしめた手が汗ばむのを隠しつつ、続けるなのは。

 

「これなら、ウォルター君にもメリットはあるよ。……君にとっては必勝の筈の戦いに勝つだけで、記憶改変での周りの軋轢とか騒動を、少なくとも表向きは鎮静化させられる。……はやてちゃん、勝手に決めちゃったけど、いいかな?」

「やれやれ、なのはちゃんには敵わへんなぁ。ええよ。リミッターも全部解除で場所も時間も何とか作る。責任は私が全部取るわ」

「ありがと、はやてちゃん。……どう? ウォルター君」

 

 何時も迷惑をかけてばかりの親友に心からの感謝を告げ、なのはは視線をウォルターへ。

絶対零度の視線に真っ向から対抗しつつ、目の感情の色が読めない彼に、冷や汗をかいた。

緊張に唾をのみつつ、それでもなのはは必死に真っ直ぐにウォルターに立ち向かい、視線をぶつけ続ける。

 

「……いいだろう」

 

 やがて、ウォルターはそう告げて踵を返した。

瞬間、消えたプレッシャーと安堵に崩れ落ちそうになるなのはを、慌て近くに居たフェイトが支える。

それに背を向けたまま、続けウォルター。

 

「ついでだから、俺のスタンスを表明しとくか。俺はかつてのウォルター・カウンタックの仮面そのものであって、UD-182ではない。人の命と魂の輝きの為にだけ戦い続けるつもりだ」

 

 大方、リニスの告げた通りの内容である。

要するに今までのウォルターの仮面だけと同じ活動をするという事だ。

恐らくはリニスの告げた通り、次元世界という広い目で見ればウォルターという一個人の魂が消えるだけで、何も変わらず多くの人は助けられていくのだろう。

 

「……スカリエッティの野望は信念と輝きに満ちてはいるが、それは他者の命を吸い取って初めて生まれる輝きだ。俺はそれを許すつもりはねぇ。気に食わないでな。……いつだか、それをただの喧嘩だ、と言った日もあったかね。そんなもんだ」

 

 肩をすくめ、ウォルター。

先ほど流れていたウォルターログにもあった内容なのに、どうしてだろうか、聞こえる声がもたらす温度は真逆であった。

背筋に液体窒素を流し込まれたかのような感覚に、なのはらは身震いする。

 

「……じゃあ、後で戦いの日が決まったら教えてくれ。負ける気は欠片もねぇ、ってだけ言っとくぜ」

 

 告げ、ウォルターは扉を開け部屋から出て行った。

途端、あまりにも巨大だった存在感の急激な消失に、部屋に居た全員が脱力する。

記憶改変後のウォルターは、まるで抜き身の刃であった。

常に凍り付くような威圧感を持ち、圧倒的という言葉が似合う男である。

汗を拭いつつ、なのはは辺りを見回した。

先ほどまでウォルターに勝つと息巻いていた皆は、あまりにも凄味のあるウォルターに疲弊して見える。

 

「勝てる、んでしょうか。本当に、あのウォルターさんに……」

 

 ぽつり、と漏らしたのは、彼に憧れていたティアナであった。

皆が同様に思っていた弱音であるが故に、波紋のようにその言葉は伝わって行く。

俯く者も多くなる面々を尻目に、告げたのはフェイトだった。

 

「分からない。私たちの強さがウォルターに届いているかなんて、分からない。そこまで自分たちを信じられはしないよ。……けれど」

 

 皆の視線がフェイトに集まる。

その瞳には、やはりかつてウォルターの瞳にあった物と同質の炎が燃えさかっていて。

 

「私たちが、前のウォルターから貰った心の炎なら、信じられる気がしない?」

 

 波打つように、その言葉は皆の胸を打った。

機動六課の面々の顔色から、青い物が薄れる。

 

「ウォルターは、どんなに辛くても苦しくても、そして相手がどれだけ自分より強くても、今まで必死で戦って、勝ってきた。私たちが胸の奥に貰ってきた炎は、そのウォルターの心の炎なんだよ? なら、それを皆で集めれば……、今の変わっちゃったウォルターに勝つ事だって、できる」

 

 告げ、フェイトは掌を天にかざした。

万力を籠めながらゆっくりと視線の高さまで下ろし、同時にゆっくりと握り拳を作り。

掴む。

ウォルターがよくやっていたのと、同じ仕草で。

 

「ううん、必ず勝つ。できる、私たちなら。ウォルターと一緒の時間を過ごしてきた、私たちならっ!」

 

 本人とは比べるまでも無い、小さい炎ではあるが。

確かにフェイトの瞳には、あのウォルターが浮かべていた、心の芯を熱くする、あの炎が宿っていた。

身震いするような嬉しさと誇らしさに、なのはが目を潤ませるのを尻目に、続けはやて。

 

「やれやれ、言いたい事はなのはちゃんとフェイトちゃんに大体言われてしもうたけど、一応言っとくで。なぁ、こん中に居る人、皆がウォルター君と仲良いとは言わんやろう。接点が少ない人だって居るやろうし、そりが合わない人だって居るやろう。いくら、同じ機動六課の仲間やいうてもな」

 

 言われ、なのはは目を瞬く。

恋は盲目というか、ウォルターがあまりにも多くの人に受け入れられているからか。

なのはは、ウォルターに反感を抱く人が六課の中に居るなどとは思っていなかったのである。

確かに先ほど、ウォルターと一緒に戦う事を意思確認した時は皆頷いてはくれたが。

気恥ずかしさに頬を赤くするなのはを尻目に、勇ましい笑顔ではやて。

 

「そんな皆は、ウォルター君の為やなくてもいい。ウォルター君とお話したい私たちの為に、力を貸してくれんか。この場に居た、ウォルター君の過去を観た皆の力が必要なんや。私は。私たちは、ウォルター君を、どうしてもこのまま放ってはおけんのや。……頼むっ!」

 

 勢いよく頭を下げるはやてに、皆が慌て見回し、すぐに視線を交わし、全員が頷いた。

ウォルターに近しい面々を除いた代表として、はやての副官であるグリフィスが一歩前に出る。

気配にそっと頭を上げるはやての顔には僅かながら不安がにじみ出ており、グリフィスは柔らかな笑みを浮かべながら、優しく告げた。

 

「やれやれ、スカリエッティとの決戦の前哨戦としては、随分豪華な相手のようですけどね」

「それじゃ……!」

「えぇ。機動六課全員、ウォルター・カウンタックとの戦い、参加させてもらいますよ」

 

 私なんかは場所と時間作りの交渉がメインでしょうが、と肩をすくめながら付け加えるグリフィス。

それに目を潤ませながら、はやてを筆頭に隊長陣、フォワード陣の面々が頷く。

なのはもまた、胸の奥に目前の光景を焼き付けるようにしながら、思うのだった。

 

 ――ウォルター君、貴方とお話をするために、こんなにも多くの人が力を貸してくれるんだ。

貴方にも、この光景を見せたかったよ。

ううん、違う。

もう一度、貴方と一緒にこんな光景を見られるように……、勝ってみせる!

 

 そう内心で吠え。

なのはは、胸の奥の炎で、血潮を熱くさせ、手を握りしめる。

ウォルターを前に冷や汗が滲んでいた手は、今度は内心の熱量で滲み出た汗に濡れていた。

 

 

 

4.

 

 

 

 シグナムは、口に出さず胸中を燃やしていた。

元より、シグナムはウォルターに大恩ある身である。

闇の書事件の時はもとより、黒翼の書事件の時もはやての心を救ってもらうなど、彼にある恩の量は数え切れない程だ。

故にシグナムは、ウォルターが斬塊無塵を完成させる為に協力してくれ、と頭を下げてきた時、一も二も無く承諾した。

 

 そして剣を、幾度も交えた。

ウォルターの剣は、そもそもが必殺の威力を持っており、一合一合が魂を削るような緊張感ある瞬間だった。

多くの戦場を渡り歩いたシグナムでさえ希にしか感じない、恐るべき緊張感ある剣戟。

それはシグナムにとって主と家族を除けば最も欲する物であり、心動く物であった。

 

 一撃一撃に、全人生を籠めた。

幾千幾万の戦いの経験を。

剣を振ってきた気が遠くなるような時間にたたき上げられた、誇りを。

はやてを主と仰ぎ、戦場以外の空気を知ったが故の柔らかな剣を。

シグナムは全てを賭し、そしてウォルターもまた全てを賭していたのだろう、と感じていた。

剣を通してしか理解出来ない部分を、2人で共有しきれている、と信じていた。

 

 違った。

今思えば、ウォルターの剣はその強さに隠れ、仄暗い何かを孕んでいたのだ。

それにウォルターログを見てから気付くというのでは、剣を交わして内心を一つも理解できていなかったと言うのと何が違うのか。

悔恨にシグナムは、できるのなら己を殴りつけたい程であった。

ただでさえそうなのに、加えウォルターははやての思い人である、一層気をつけねばならなかったと言うのに。

 

 だから、なのはがウォルターともう一度話す方法を見つけ出した事に、シグナムは視界が晴れるかのような感覚をさえ抱いた。

同時、胸の奥に炎が沸き立つのを感じたのである。

ウォルターを救うとまではいかなくとも、手を貸す事ができる。

加え、その方法がシグナムが何より得意とする戦いである。

2つの条件が揃った事で、シグナムはこれまでに無い己の血潮の熱さを感じ取っていた。

プログラム体である筈なのに、それでもここまで熱くなれる自身に、最初は僅かな戸惑いがあったが、すぐにそれは誇りへと変わり視線は前に向いている。

 

 ――2日後。

不眠不休で走り回った、隊長陣・フォワード陣を除いた機動六課の面々のお陰で、恐るべき事に超速度で対ウォルターの戦場は作られていた。

シグナムは子細を知らないが、対ウォルターのシミュレートに全霊を賭していたはやてが涙して感謝していた程である、相当な内容だったのだろう。

心からの感謝を抱きつつ、シグナムを含め、機動六課の隊長陣とフォワード陣はウォルターと相対していた。

幸いなことに被害の殆ど無かった機動六課の演習場、廃棄区画をシミュレートした部隊である。

面々を尻目に、気怠そうにウォルターが告げた。

 

「……一応、俺が必ず勝つから無駄だと言っておくが。引く気は無いんだな?」

「とうっぜん!」

 

 なのはが握り拳と共に告げるのに、ウォルターは溜息を一つ。

開始前に大きく距離を取り、特にフォワード陣とギンガは地上戦メインのため姿を隠した位置取りをしている。

 

 戦いに挑むのは、総勢13名。

なのは、フェイト、はやて、リィンフォース・ツヴァイ、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、ギンガ。

リニスも心持ちとしては参加したがっていたが、主から供給された魔力で主を傷つける事は、不可能では無いにしろ非効率的極まりないため、不参戦となった。

今頃緊張しながら、辛うじて機能を残している六課本部にてバックアップに参加している筈だ。

 

 13対1という酷い数の差だが、それでも劣勢なのは六課チームだ、とシグナムは直感していた。

ウォルターから感じる感覚は、心の熱量こそ消え失せたかのようにさえ思えるものの、威圧感は数段増している。

より一層の緊張感を内心に巡らせ、それをシグナムは闘志で押し込め、戦闘に最適な量の緊張に押さえ込んだ。

張り詰めた空気の中、念話によるカウントダウンが始まる。

 

(では、開始の合図を。……3……2……1……GO!)

「いっけぇっ!」

 

 言い終えるが早いか、無数の誘導弾と直射弾がなのはらによって生み出された。

牽制の魔力弾に、眉一つ動かさずにウォルターもまた直射弾を生成。

その数、瞬く間に100を超え、300を超え、500に達する。

 

「早いっ!?」

 

 思わず悲鳴を上げるフェイトを尻目に、ティルヴィングを構えたままのウォルターから発生する直射弾が雨のように降り注いだ。

それをかいくぐろうとする誘導弾でさえ、その正確無比な狙いでたたき落とし、魔力弾が近づく事すら許さない。

だが、そこまでの魔法を使っているのであれば処理能力を大分直射弾に裂いている筈。

シグナムが蛇腹剣を放ち、それにウォルターは初めて剣を動かした。

他愛も無く弾かれる蛇腹剣だが、僅かな隙がそこにできる。

 

「ち、行くぞっ!」

 

 弾丸による制圧は不可能と知れば、難しいと知っても前衛がウォルターの前進を抑えねば、いずれ近づいてきたウォルターに全員切られて終わる。

故にヴィータが咆哮、中距離での剣戟に徹するシグナムを追い抜き、ウォルターへと迫った。

そこに、同時に赤い影。

キャロのブーストを限界までかけられたエリオが、建物を這うように伝ってウォルターへと一本の槍と化し迫る。

 

「うぉおぉおぉ!」

『ラーケテン・ハンマー』

「てやぁああぁぁっ!」

『紫電一閃』

 

 絶叫。

蛇腹剣がウォルターの剣に弾かれた、つまり僅かな隙が垣間見えた瞬間、前後から同時に襲い来る2人。

右方に弾かれたティルヴィングは、前方か後方どちらかの攻撃を防ぐ事は出来ても、もう片方を同時に防ぐのは難しい。

今までのウォルターであれば、全力攻撃で前後のどちらかを空けて、空いた空間に身を滑り込ませたのだろうが。

さぁ、どう防ぐか。

目をこらし、シグナムが記憶改変ウォルターの剣を観ようとした、その瞬間である。

 

「斬塊無塵」

 

 前兆は無かった。

極限の集中や魔力を観る動作などなく、ごく自然にウォルターはヴィータを切った。

カートリッジを使ってのラーケテン・ハンマーなど物ともせず、一撃で治ったばかりのグラーフアイゼンを切断、続いて奥にたどり着きヴィータを仕留めた。

凄まじい勢いで落ちて行くヴィータにウォルターの前方が空くも、紫電一閃を纏ったエリオの槍撃がウォルターへと迫る。

 

「もう一回、と」

 

 が、狂戦士の鎧による慣性無視機動による急速回転・急速停止によるウォルターは視界にエリオを。

紫電纏うストラーダに眉一つ動かさず、吐気。

黄金の剣閃。

必殺の刺突はあっさりと弾かれ、そのまま剣はエリオに吸い込まれるかのようにしてたたき込まれる。

強烈な魔力ダメージに、一瞬でエリオもまた昏倒。

地上へと落ちて行き、慌てバックアップのロングアーチ達が保護用の魔法を放つのが視界に入る。

 

「…………」

「……うそ、でしょ」

 

 開始20秒足らずで2人撃墜という結果に、絶句。

凍り付くシグナムを含めたなのは達を尻目に、つまらない物を見る目でウォルターが告げる。

 

「今の俺は、ほぼ溜め無しで斬塊無塵を放てる。……今の俺を相手に、近接戦闘など自殺行為だな」

 

 戦慄に震える面々を尻目に。

溜息、ウォルターは告げた。

 

「じゃ、続けるぞ。……5分は持ってくれよな」

 

 絶望的な戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 




なのはさん「OHANASHIしようなの!」→オリ主
というテンプレ。

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