仮面の理   作:アルパカ度数38%

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7章10話

 

1.

 

 

 

「それでいいのですよ」

 

 と、ティルヴィングが言った。

白いもやがかったマーブル模様の背景に、僕とティルヴィングは浮いているようであった。

僕は何を言ったのかもう忘れてしまったけれど、兎に角ティルヴィングに向かって謝っていたのは憶えている。

自分が何を謝ったのかも憶えていない僕だったが、ぼんやりとした脳裏に浮かんできた言葉を、そのまま垂れ流しに口から発した。

 

「でも、だけどさ」

「私の人格データを礎にして、良いのです。貴方にとって、私は死んでしまったようなものかもしれません。貴方はそれをただの悲しい思い出にしたいのでしょう。私の人格死を糧にしたくないのでしょう」

「だって、それじゃあ、まるで……お前が死ぬ事が、良かった事になってしまうじゃあないか」

 

 ティルヴィングが、微笑んだような気がした。

見目には黄金の巨剣でしかないのだが、ただ、雰囲気が。

 

「それこそが、私の目的なのです。私は、機械です。効率と目的の為に全てを賭す存在なのです」

「それを酌むことが……、お前に報いる事なのか?」

「いいえ。機械に心などなく、故に報いる事など不可能です。私の行動と目的を、酌むかどうか。それは貴方が決める事で、敢えて言うならば、貴方が自分の望み通りにそれを決める事が、私に報いる事になるのでしょう」

 

 明らかにティルヴィングの言葉は矛盾していた。

自己の人格の存在を、目的の存在を、報いるべき何かの存在を肯定しつつも、己の心の存在は否定している。

けれど、そんな矛盾が無性に懐かしくて、心地よくて。

僕は、両目に涙を浮かべながら、告げるのだった。

 

「僕は――……」

 

 なんと答えたのか分からないまま。

目は、覚めた。

 

「…………ん」

 

 声が、漏れた。

2つの暖かな感覚に薄目を開くと、片方は木漏れ日で、もう片方は僕の手を握るなのはの温度であった。

ぼんやりとなのはの目に視線をやると、ぱくぱくと口を開け閉めしながら僕を見つめている。

寝ぼけた僕は、とりあえず言った。

 

「おは、よう」

「ウォルター君っ!? 戻ったの!?」

「あぁ、元通りさ」

 

 叫ぶが早いか、抱きついてくるなのは。

ぎう、と。

柔らかな肌が密着する。

仮面の無い僕は、気恥ずかしさから頬が僅かに赤く染まりそうになるのを感じながらも、それを隠していいのやら、悪いのやら、迷ううちになのはに気付かれてしまった。

あ、と告げ、なのははいたずらに微笑む。

 

「ウォルター君、照れてる?」

「ちょ……ちょっとだけさ」

「今までも、結構照れてたでしょ?」

「偶には、ね」

 

 何故か、花弁の開くような満面の笑みを作るなのは。

何がそんなに嬉しいのやらとんと見当も付かず、僕は首を傾げようとするも、なのはの両手がしっかりと首に抱きついており、動けなかった。

そのまま、あたふたとする僕はなのはに一通り弄られ、ついに完全な赤面を見せてしまう事になった辺りで、ようやくなのはが離れてくれる。

こほん、と小さく咳払いし、ニヤニヤ笑いの止まらない様子のなのはに告げた。

 

「まずは、ありがとう」

 

 六課の面々の無事は記憶の中の手応えで分かっていたので、まずはお礼からであった。

何故か、そこでほっと溜息をつくなのは。

疑問詞を表情に浮かべる僕に、微笑み、告げる。

 

「良かった、そこで”初めまして”なんて言い出してたら、びんたする所だったよ」

「そ、そうかい……」

 

 容赦ないなぁ、と思いつつも再びこほん、と咳払い。

 

「”たすけて”って、僕に言わせてくれて。そして、”たすけて”って言った僕を、助けてくれて」

「そんな、私一人の力じゃあなかったし……」

「うん、確かに皆の力だった。だから皆にも感謝するし、勿論、君にも感謝したいんだ」

 

 じっとなのはの瞳を見つめると、どうしてだろうか、なのはは頬を赤くしながら口を窄め、視線を落としてしまう。

謎の反応に首を傾げると、恥ずかしそうな、それでいて怒っているような、不思議な表情でなのはは僕を見つめた。

ふと僕は過去の表情を想起し、それがかつて鏡に見た、僕がクイントさんに向けていた表情とよく似ている事に気付く。

なのはが恋していたのは、僕の仮面相手の筈だ。

なのに仮面を外した僕に向けてなのはの恋心が向けられているような現状が、上手く理解と噛み合わず、思考が乱れる。

 

 不安、だったのだろう。

助けられて、あれだけ力強い肯定の言葉を貰って、それでも不安になるような僕の人格は真っ当とは言えず、むしろ劣悪な部類なのだろう。

それでも胸の奥の不安は押し殺せず、だから僕は、絶対になのはが肯定するだろうと分かっている、無意味な問いを口にした。

 

「ねぇ、なのは」

「ん、なぁに?」

「改めて。仮面を外した、素の僕と」

 

 深呼吸。

震える唇で、僕は告げた。

 

「……友達に、なってくれますか?」

「もっちろん!」

 

 たったそれだけの言葉が、僕の心にどれだけ強く響いた事だろうか。

胸の奥の不安は晴れ、晴れやかな青空の感覚が僕の胸をいっぱいにした。

かつて、なのはに敗北感を憶えた頃と同じ感覚。

僕は、不覚にもうっすらと涙を目尻に滲ませてしまった。

掌を握りしめて、どうにかそれをやり過ごそうとする。

 

「あ、そうだ。これは昔、フェイトちゃんにも言った事なんだけど……。友達になるには、お互いの目を見て、名前を呼び合う。それだけでいいの。だから、さ」

 

 今更ながらに手遅れの格好付けをしてみせようとする僕に、満面の笑みでなのはは告げた。

 

「なまえをよんで」

 

 シンプルで。

胸の奥の大事な部分を貫くような、力強い言葉だった。

 

「……なのは」

「うん、ウォルター君」

「なのは」

「ウォルター君」

「なのは!」

 

 僕は、こみ上げてくる涙をついにやり過ごせず、両目から零しながら、なのはの手を握った。

震える両手に、なのはの暖かな体温が伝う。

感涙、という言葉がしっくりくるのだろう。

僕は止めなく両目から涙を零し、ぽたぽたと涙滴をシーツに零した。

そんな僕を、なのはは温かな目でずっと見つめていてくれるのだ。

なのはの事を青空のようだと感じたのは、かつてから数えて何回目かだった。

そしてそれは、正しかったのだろう。

そう思えるほどの広い心、爽やかさだった。

 

 暫し僕が泣き続けて、ようやく落ち着いてきた頃。

僕が名残惜しそうに手を離すと、解放されたなのはは僕を気にしつつも、ゆっくり立ち上がる。

 

「それじゃあ、私、そろそろ皆に知らせてこないと。抜け駆けするなー、って怒られちゃいそう」

「……え?」

 

 意外な言葉に呟き、思わず僕は視線を出入り口に。

半ばまで開いたドアから、さくらんぼのように2つ連なり、片側半分だけ見えているフェイトとはやての頭蓋に目をやる。

刹那遅れ、なのはは油の切れたブリキのおもちゃのような動きで、視線を背後の出入り口へ。

唇が笑顔を作ろうとし、失敗し続けているのが僕の視界にも入った。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 無言。

数秒の硬直を終え、何事も無かったかのように、フェイトとはやてが入室してきた。

 

「あ、ウォルター、起きたんだねっ!」

「めでたいわ~。あれだけ六課全員ボッコボコにしてされて、それで悪い結果にでもなろうもんなら洒落にならんからなぁ」

 

 明るい声で2人はなのはの両側に移動、流れるような動きで僕の死角から彼女の尻をつねる。

顔をひくつかせるなのはに、表情に一切見せない2人。

筋肉の張り具合や空気の動きで読める動きだったのだが、気付かないふりをしておこう。

そう思える程度には、僕は賢明だった。

 

「あぁ、2人とも、おはよう。……ありがとう、僕を助けてくれて」

「えへへ、当たり前だよ、友達だしっ」

「うへへ、えーよえーよ、ダチだもん」

 

 僕の言葉を受け、途端顔をだらしなく崩す2人。

仮面を外した僕と直接会うのは初めてなのだ、2人が自然な感情として顔を崩しているのではなく、僕に気を遣っての事なのだろう。

労られている事が仄かに嬉しく、胸の奥が暖かくなるのを感じる。

またもや涙がこみ上げてくるのを、必死の格好付けで抑え、僕は続きを口にした。

 

「そういえば、あれからどれぐらい経つんだい? スカリエッティはどうなった?」

「ウォルター君との戦いから、2日だね」

「スカリエッティについては、シャッハとヴェロッサに探ってもらっている所。六課の皆はもう全快、見つけ次第スカリエッティとの戦いを始めるつもりだよ」

「見つけんでも、スカリエッティの性格を考えるとなぁ。海の部隊が応援に駆けつけるその目前で何かやらかすのは間違いないから、そろそろアクションはありそうなんやけど」

 

 なるほど、とはやてのスカリエッティ分析に頷く僕。

海の艦隊は遠方任務についている上、逐次投入を避ける為にも集合する必要があり、ミッドチルダまでまだ辿り着いていないのだ。

クロノ達がミッドチルダに戻ってきたその目の前で絶望的な状況を作ろうというのは、いかにもスカリエッティらしい演劇調のやり方だろう。

とは言え。

 

「……全快って聞こえたけど、なのはは?」

「にゃ、にゃはは……。きゅ、99%ぐらいかなぁ」

 

 眼を細める僕。

弱っていた上に手打ちだったとは言え、僕の断空一閃を超える威力をたたき出した、ディバインバスター・ブラスター3。

そのブラスター3を超える威力のスターライトブレイカー。

他は兎も角、この2発を撃ったなのはの体が何とも無かった筈が無い。

とは言え、僕がなのはに言える事じゃあなくて。

それでも、何か言わずには居られなくて。

 

「……僕が言うのもなんだけど、それでも言うよ。なのは、どうかこれ以上無茶はしないでくれ」

「うん、分かってる。ほんと、ウォルター君に言われるのは変な気分だけどね。分かった? 目の前で無茶している人を見る気分」

「う、うん……」

 

 多分これから、僕はもう一度無茶をする事になる。

それも、これまでで最高の無茶をだ。

そんな予感もあり、僕は言葉を濁す事しかできなかった。

訝しげに、なのはが何か口にしようとした、その瞬間である。

はやてが、顔色を変えた。

念話の魔力波形。

 

「ヴェロッサ? ……当たりか! なんやて、すぐ戻るっ!」

 

 はやてが、うっすらと瞬きをした。

その一瞬で、空気が暖かな物から鋭い物へと作り替えられる。

真っ直ぐな瞳で、はやて。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、スカリエッティの居場所が見つかった。アースラまで戻って、出陣するで。……ほんま、すぐ近くに停泊させといて良かったわ」

「うん、了解」

「今度こそ、最後の戦いだね」

 

 と視線を合わせた3人が、示し合わせて僕に視線を。

続け立ち上がろうとしていた僕を、視線の圧力で押しとどめる。

 

「ウォルター君は、留守番な。リニスさんと、一緒や」

 

 代表して、はやて。

反論しようとする僕が言うよりも尚早く、続きが口にされる。

 

「リニスさんとシャマルと担当医の話によると、人格制御が治ったばかりな上にリンカーコアへのダメージで、ウォルター君はまだ全快じゃあない。今動くと精神的な後遺症の危険性もある。体の方に至っては、狂戦士の鎧でしっちゃかめっちゃかになってて、よう分からんそうや」

「勿論、折角助けた人に無茶されるなんて、私、嫌だからね」

「無茶したら、なのはにもっかいスターライトブレイカーぶちこんでもらうから」

「そうそう……って、フェイトちゃん!?」

 

 と悲鳴をあげるなのはを尻目に、僕は苦い顔を隠せなかった。

握りしめる手の力を強めつつ、告げる。

 

「皆は……セカンドに、勝てるのか?」

「勝つ。ウォルター君に勝てたんや、勝てないって事は無い筈や」

「あいつは前の僕と違って、魔力ダメージに弱くは無いぞ?」

「代わりに、前のウォルター君ほどは強く無い筈やね」

「…………」

 

 僕とはやては、数秒、押し黙って視線を交わし合った。

はやての瞳には、隠されていたけれども、怯えの色はある。

セカンドに勝てるとは言い難い現状、僕を戦場に出したいという誘惑。

反して、やっと助けられた僕を失いたくないという我欲、強さを発揮できるのか分からない僕を戦場に連れて行くリスクを強く見る冷静な判断。

僕は、溜息をついて視線を外した。

 

「……負けそうになったら、すぐにでも助けに行く。まぁ、勘とか、シックスセンスでの自己判断なんだけどさ。それが妥協点だ」

「馬鹿やなぁ、言わなければ止められもせんのに」

 

 と、微笑みはやてが言うので、僕は真っ直ぐにはやてを見つめながら、正直に告げた。

 

「少なくとも助けられたばかりの今、君に嘘を告げたくないんだ」

「……え、あ、うん」

 

 何故か、戸惑うはやて。

顔を僅かに火照らせたように見えたが、すぐに回れ右してしまったので、子細は分からない。

疑問詞に首を傾げる僕を尻目に、こほんと咳払い、はやてが告げる。

 

「じゃ、じゃあ、分かった。ウォルター君、またな。なのはちゃん、フェイトちゃん、行くで!」

 

 靴裏で床板を蹴るはやて。

心配そうに僕を見つめながら、なのはとフェイトがそれについて行き、病室を後にしていった。

 

 

 

2.

 

 

 

「さて、我らが宿敵機動六課の方はどうなっているのかね」

 

 呟き、スカリエッティは椅子に深く腰掛けたまま足組してみせた。

暗い空間。

ラボから移動してきた機材の数々が見せるランプが、スカリエッティの相貌を照らす。

同じようにその両隣に経つ2人の女性、ウーノとクアットロもまたその相貌を人工の光に照らされていた。

 

「うふふ、どうでしょうねぇ。今頃、ウォルターちゃんの素の悲惨さに、自分たちがしてきた事を後悔している頃じゃないでしょうかね? それともぉ、自分たちがそんな外道だったと認めたくなくて、ウォルターちゃんに今までよくも騙してきたな、って言ってる頃かしら?」

「くく、後者のように連携が崩れているのなら、私たちの勝ち目も五分まで取り戻せるのだがね。……セカンドでは、あの人格改変後のウォルターには敵うまいよ」

 

 肩をすくめるスカリエッティに、クアットロは手で隠した口元から哄笑を漏らしてみせた。

スカリエッティ達は、一時的に機動六課に対する情報源の殆どを失っていた。

六課に仕掛けた目は襲撃時に半ば無くなり、その後徹底的に除去され一つも残っていない。

管理局全体を見ればまだスカリエッティの情報源は残っているものの、今までのように最高評議会という後ろ盾が無い以上、おおっぴらに大規模な情報を手に入られる程では無かった。

故に、スカリエッティはウォルターが敗北し元の自身へと人格回帰した事を知らない。

 

「うふふ……セカンド、あの役立たずの、硝子の成功作。急場を凌ぐためだけに作られた子ですものねぇ」

「あぁ。あれは、人格の基礎に”己が次元世界最強である”という事実を置いて作った状態に似せた故に、容易く”私の”理想の英雄の人格を宿したが……。ふん、まさかセカンドを上回る相手が、それもあのウォルターがそこまでたどり着くとは思ってもみなかったからね」

 

 溜息をつくスカリエッティ。

とは言え、セカンドでさえその強さは計り知れないほどである。

ナンバーズ全員どころか、そこにゼストやアギト、ルーテシアを足し、幾多のガジェットを加えての戦いでさえ、セカンドの完全勝利であった。

ガジェットを一時機能不全に止め、全員を倒すのに優しく倒す手加減をしながら、である。

トーレ辺りはそれに奮起し、触発されたチンク、それに引きずられ姉妹が次々にセカンドに挑むようになり、いつの間にか仲良くなっていったりもしていたが。

それは兎も角、そのセカンドを上回る改変ウォルターが敵という事は、スカリエッティの勝率が大幅に下がった事を意味する。

 

「セカンドと聖王の2人がかり以上しかあるまい、か。しかしその前に、機動六課を全滅させておく必要がある」

「セカンドちゃんでウォルターちゃんを抑えているうちに、他の六課の子を撃破。全員に復活したヴィヴィオ聖王閣下でウォルターちゃんを、こ・ろ・す。ベストプランはそれですわね」

「まぁ、こちらも一人も墜ちずに、とは行かんだろうが……、それぐらいしかないか」

 

 当然だが、限りなく勝率の低い戦いではある。

そもそも、セカンドにすら劣る聖王ヴィヴィオがウォルターとの戦いについていけるのか。

それ以前にナンバーズと聖王ヴィヴィオだけで機動六課に勝てるのか。

などなど、問題点は山積みだ。

加えて。

 

「しかも、私のクローンでの再誕は魅力的だったが、相手がウォルターでは……。敗北して逃げたとしても、一度でも直接会った事があれば、あの勘とシックスセンスを相手に逃げ切れる気はせんね」

「何せあの子、面白い程に自分の運命を引き当てる人生のようですしねぇ……」

「初恋の人に呪いをかけられ目の前で死なれ、親友だと信じる存在が蘇生した相手を斬り殺し、その親友が妄想だったと知り、宿敵たる私との戦いで親友が妄想ですらないと知り、デバイスの人格を失い、最強の名すら失う」

「そんな風に自分の宿命を引き当てる子相手に、逃げ切れるとは思えませんわね……」

 

 事実であった。

この中でスカリエッティが積極的に動いたのは最初と最後の二件だけであり、残りはウォルターが勝手に地雷原へと足を踏み入れていったのである。

これだけ自分の宿命と戦い続ける男を相手に、その宿命そのものと言えるスカリエッティが逃げおおせられるとは思えない。

故に。

 

「セカンド、少なくとも聖王から離れるのは良策では無いな。再誕の選択肢が無い以上、六課の戦力を分散させるのは無理だ。大将は大将らしく、一番守りの堅い所に居るよ」

 

 告げ、スカリエッティは唐突に両手を挙げた。

それから孔雀のように典雅な動きで、ゆっくりと両手を下ろす。

 

「……この、聖王のゆりかごにね!」

 

 薄ら笑いを浮かべたスカリエッティが告げると同時、暗闇に空間投影ディスプレイが登場。

そこに映るナンバーズの姉妹達が、次々にミッドチルダへと向けて放たれる。

ナンバーズは空戦部隊と地上部隊に別れ、最前線に位置するガジェットとの距離を保ちながら地上本部へ向け足を進めていた。

奇しくも、タイミングははやてが読んだ通り、海の艦隊が到着する寸前にゆりかごが月の衛星軌道上に達し、最強の兵器となるタイミング。

海の艦隊がやってきて希望に満ちた面々の顔色を、艦隊を焼き払い絶望の色に変えたいが為であった。

 

「ふん、六課も空戦部隊と地上部隊にしか別れないようだね」

 

 告げるスカリエッティの言う通り、機動六課もまた空戦部隊と地上部隊に別れ、互いにガジェットを排除しつつナンバーズを標的として動いているのが見て取れる。

奇妙な点としては、その中にウォルターが混じっていない点であった。

スカリエッティのように拠点防衛する意味が無いのに、あのウォルターを温存する意味はあまり無い。

つまり、奇襲か。

聖王で時間稼ぎしている間にセカンドを戻す必要がある、とスカリエッティが判断した瞬間、セカンドからの念話。

 

(おい、スカリエッティ。ウォルターの奴、病院でおねんねしてるようだぜ)

(……病院? 人格改変に完全成功した訳ではなかった、のか?)

(知るか。ただ、意識は感じる。そのうちこっちに飛んでくるだろうよ。奇襲じゃねぇだろうから、俺は戻らねぇぜ)

 

 一方的に切られる念話。

心に余裕を持っては如何かね、と内心肩をすくめつつ、スカリエッティは浮かせた腰を椅子に戻す。

 

「さて、ウォルターが居ないのでは私たちの優勢は間違い有るまいが……」

「問題は、ウォルターちゃんがどう出るか、ですわねぇ」

「ただ、そもそもセカンドに、ウォルター以外と戦う気があるのかが微妙な点もあったね。やれやれ、ウォルターが出てこない可能性は考えていなかったからね、校正はしていなかったのだが……」

「うふふ、敵を過大評価し過ぎなのではぁ?」

「くくく、言うねぇ。だが、その方が楽しいだろう?」

 

 哄笑が響き渡り、暗闇を満たした。

2人の悪魔が笑い、隣には鉄面皮が一人、置物のように佇むだけ。

そんな彼らの手をついに離れ、戦いは幕を開ける。

 

 

 

3.

 

 

 

 戦いは、六課優勢であった。

セカンドの眼下、高みの見物を決め込む彼を尻目に、ナンバーズは決死の表情で機動六課に挑むも、矢張り一歩、届かない。

リミッターを解除した隊長陣は元より、フォワード陣でさえやや劣勢と言って良い。

特に際立つのは、シグナムの剣戟と、ティアナからの透明化直射弾。

前者はあのトーレですら一対一では劣勢、後者に至ってはどういう仕組みか、射手の位置が特定できない奇妙な弾である。

セカンドでさえ口惜しい事に察知できないそれは、威力こそそれほどではないが、神がかった精度で仲間を援護し続けていた。

 

「ぐっ! くそ、こいつら……強い!」

「セカンドとの訓練で、私たちも強くなってる筈なのに……!」

 

 叫ぶ姉妹にどうしてか、セカンドは己の心が揺れ始めたのを感じる。

セカンドは、次元世界最強の英雄である。

故にウォルターの仮面がそうしていたように、特定の親しい相手というのはなるべく作らず、利害によってのみ組む相手を作る一匹狼でなければいけなかった。

ウォルターは六課と組んだが、それも六課の宿敵がスカリエッティだと直感したから。

そうでなければ、ウォルターは孤高を選んでいただろう、とセカンドは考えている。

 

 故に。

セカンドは、ナンバーズとはドライな関係でしかないつもりだった。

 

 たまたま、恩のある相手の娘というだけ。

ウォルターの仮面とスバル・ギンガとの付き合い以下だと考えればいい。

つかず離れず、関係のケリだけはつける、それだけの関係であればいい。

決して馴れ合うような、深い関係になるつもりは無かった。

 

 何故ならば、セカンドの、スカリエッティの理想の英雄にしがらみは不要だったからだ。

英雄はその地に来て去りゆく者。

問題を解決し、去って行く者。

その地に生きる者達の外側に存在する者。

その考えが深く根付くが故に、セカンドにとって身内とは存在してはならない物でもあったのだ。

 

 だから。

今、ウォルターとの戦いを前に、セカンドを温存し続ける現状を、セカンドは歓迎している筈であった。

 

「ぐぁぁっ!?」

 

 けれど、姉妹達の悲鳴がセカンドの耳朶を叩く。

するとセカンドは、胸の奥がカッと熱くなり、血が煮えたぎるような気さえするのであった。

兄様と、セカンドと、己を呼ぶナンバーズたちの声が脳裏を過ぎる。

手が胸元のダーインスレイヴへと伸びると同時、チンクが叫んだ。

 

「セカンドっ! ここはお姉ちゃんに任せて、お前はウォルターを相手に力を温存するんだっ! 私たちは大丈夫、だからっ!」

「ぐ……、あー分かってるっての!」

 

 叫び、手を引っ込めるセカンド。

しかし、その声と同時、チンクがどこからか打ち込まれた透明化直射弾に打ち抜かれた。

かは、と肺から空気を漏らすチンクに、相手をしていたフェイトが眼を細め、高速移動魔法の前兆を見せる。

瞬間、セカンドは思考の時間すら無くダーインスレイヴをセットアップ、超速度の高速移動魔法を発動。

チンクの前に立ち、フェイトの超音速の剣を受け止めていた。

 

「けほ、けほ……、せ、セカンドっ!?」

「……お前が墜ちれば、どっちみち俺が出る羽目になっていた、だろ?」

「ま、まぁ、そうだな……。あ、ありがとう」

 

 嘘では無いが、行動してから考えた言い訳であった。

それを悟ったのかどうなのか、チンクは悩ましげな声で返す。

肩をすくめて答えるセカンドを前に、六課の面々は事態に気付き、集合。

改めてナンバーズもまた集合し、互いに向かい合った。

流石に、隠密行動を是とするティアナやセインは姿を消したままではあったが。

 

「セカンド……来るか」

「昔のウォルター君を超えるかもしれない実力者……! 来るよ!」

「”かも”じゃねぇし、今のウォルターも超えている、がな!」

 

 咆哮。

セカンドが全開の魔力を解放するも、どうしてか、六課の面々は慣れた様子で顔色一つ変える様子を見せない。

ウォルターの全力を、なんらかの形で見たのか。

察すると同時、ウォルターの魔力が己と互角以上だと知り、歯軋りするセカンド。

「おぉおぉおぉっ!」

 

 怒号と共に、セカンドは空を駆けた。

音を刹那で置き去りにし、音速程度とは桁の違う速度でフェイトへと襲いかかる。

が、透明化直射弾がセカンドを捉えた。

鈍い悲鳴と共に歩みを止めるセカンドに、彼の姿を捉えたフェイトが真・ソニックフォームに。

いきなり極限の薄着になったフェイトに、思わず、と言った様相でチンク。

 

「な、ちょっと待て、それは破廉恥だぞっ!」

「なっ!? わ、私エッチじゃないもん!」

『否定。です。どー見ても恥女。です』

 

 肩の力の抜ける会話を無視、セカンドは再びの超速度でフェイトへと剣を振るう。

袈裟。

双剣を繰るフェイトの剣を片方弾き、その反発を利用しもう片方へと迫るダーインスレイヴ。

が、そこになのはの誘導弾が。

舌打ち、体を翻し避けるセカンドに、ヴィータの鉄槌が迫る。

 

「どりゃぁぁぁっ!」

「……ち」

 

 舌打ち、鍔迫り合いの最中の透明化直射弾を嫌って避けるセカンド。

しかし、直後衝撃。

セカンドの判断を読んでいた再びの透明化直射弾の命中に、セカンドは歯軋りする。

 

「くそ、ティアナの奴、どこまで……!」

 

 実はティアナの弾丸は未だ命中率は半分以下。

残る弾丸は誰にも悟られずに戦場の外へと消えるか、味方に当たる軌道なら発射前に消滅させているため、誰も気付いていないだけで、結構外れてはいた。

とは言えそれを知らぬセカンドは戦慄するも、既に時遅い。

動きを止めたセカンドをなのはの誘導弾が包囲、セカンドへと襲い来る。

 

「く、そっ!」

 

 味方に直射弾を当ててはならないセカンドに、直射弾での迎撃は百発百中を可能とする確信が無ければ使えない。

人格改変ウォルターほどの勘を持たないセカンドは、歯軋りと共に確実に当てられる誘導弾のみ処理しつつ、フェイトやヴィータの猛攻を凌ぐ。

集中を稼ぐ一瞬さえ見つければ、セカンドは斬塊無塵で形勢逆転できる。

故にその一瞬を稼ぐべく思案を始めたセカンドであったが。

 

「よっしゃ、やっぱこいつ、ウォルターより弱いっ!」

「うん、ウォルター相手ならとっくに私たちの半分は落とされていた。セカンド相手なら、行ける!」

 

 苛つく会話に、セカンドは脳の血管が数本切れるのを感じた。

もういい、消耗を抑えて倒すのには、巧遅より拙速。

そう信じ、セカンドは怒号と共に剣を振る。

 

「うぉおぉおおぉっ!」

「なにっ!?」

 

 断空一閃・フルパワー。

辛うじて耐えきるグラーフアイゼンだったが、その奥にいるヴィータを守り切れる程では無かった。

一撃で墜ちかける程のダメージを受け、意識を朦朧とさせるヴィータ。

それを地上へと蹴り捨て、直射弾をばらまき誘導弾を相殺、その間に次いでセカンドはトーレを追い詰めたシグナムへと斬りかかった。

 

「断空一閃っ!」

「紫電……一閃!」

 

 一瞬で押し負ける紫電一閃だったが、奇しくも対ウォルター戦と同じく、ティアナの一撃がそれを補助し、刹那の拮抗を生み出す。

そこにフェイトが割り込み、双剣と直剣、3本の剣がダーインスレイヴを押しとどめた。

が、それだけ。

 

「まだ、だっ!」

「きゃっ!?」

「ぐっ!?」

 

 突如、ダーインスレイヴより圧倒的魔力が吹き荒れ、シグナムとフェイトを吹き飛ばす。

距離を取るや、今度はザフィーラとスバルに負けそうになっていたノーヴェの援護に。

だが2人はあっさりとセカンドから距離をとり、その背後の光景がセカンドの顔を引きつらせた。

 

「いくで……」

『デアボリック・エミッションです!』

 

 広域殲滅魔法。

判断と同時、セカンドは最大魔力を発揮し、高速移動魔法で追いつき発生寸前の核を切り捨てる。

が、当然その動作は読まれていた。

誘導弾が迫るのに対処しようとした瞬間、透明化直射弾が命中、一瞬硬直するセカンドへと、誘導弾の嵐がたたき込まれる。

 

「セカンドっ!?」

「兄様っ!?」

 

 悲鳴をあげるナンバーズを尻目に、半呼吸遅れ黄金の砲撃魔法がセカンドを貫いた。

防御魔法を展開して耐えるセカンドに、更に半呼吸遅れ桃色の砲撃魔法が。

遅れフリードのドラゴンブレスがたたき込まれ、ついに防御魔法が決壊。

そこに、空中を駆る赤い影が。

 

「いちち……これで……」

 

 その手の鉄槌が、見る間に巨大化。

ビルが鉄釘に見えるような大きさにまでなり、セカンドへと振り下ろされる。

 

「どうだぁぁぁっ!」

『ギガント・ハンマー』

 

 しかし。

相手は、自称とは言え次元世界最強の魔導師を名乗る男であった。

 

「……断空一閃」

 

 攻撃の途切れた一刹那の溜めで、ヴィータのギガントハンマーを迎撃。

そのまま体勢を崩したヴィータへと剣をたたき込もうとして、しかしそれを許さぬ剣士が居た。

 

「紫電、一閃っ!」

「……ち」

 

 舌打ち、セカンドはシグナム渾身の一撃を弾く。

そのままその腹に蹴りを入れ、距離を取ると同時に囲んできた誘導弾を、ばらまいた直射弾で相殺してみせた。

魔力煙が薄れるのを待ち、セカンドは戦況を見る。

 

 ナンバーズは、既に多くが敗北していた。

セカンドとの戦いに参加していなかったスバル、ギンガ、エリオ、ザフィーラ、シャマルが特に活躍したらしく、驚くべき事に空戦タイプのナンバーズは殆どが堕とされ、残るはトーレのみ。

加え地上にもチンクとノーヴェの2人しか残っておらず、遠くから砲撃を撃っていたディエチも既に堕とされたようだった。

 

「…………」

 

 セカンドは、己の内側に冷たく、凍り付くような何かが生まれるのを感じた。

表情が抜け落ちて行くのが感じられ、臓腑が硬質化してゆくのが手に取るように分かる。

剣の切っ先が、僅かに下がった。

 

 高速移動魔法。

瞬く間にフェイトの目前に表れ、セカンドは彼女に切りつけた。

ギリギリで間に合った防御の上からはじき飛ばし、遅れ六課の面々がセカンドが移動した事に気付く。

そのまま返す刃でヴィータへ断空一閃、悲鳴を挙げるヴィータが墜ちたかどうかも確認せず、続けシグナムへ。

ようやく追いついた透明化直射弾を喰らい、僅かに遅いタイミングになるも、剣戟を見舞う。

その刹那のお陰でシグナムは剣を合わせる事に成功するが、それも一瞬、すぐに負けはじき飛ばされた。

追い打ちの直射弾を置き土産に、セカンドは次の目標になのはを定める。

 

「う、うそ、いきなり強く!?」

「これが、本気なの!?」

 

 なのは達の悲鳴を尻目に、セカンドはダーインスレイヴを握る力を強くする。

憎悪が、セカンドの力を増していた。

仲間達の悲鳴、己がオリジナルに届かぬ苛立ち、全ての憎悪を込め、セカンドは剣をなのはに向け振るう。

辛うじてレイジングハートの防御が間に合うなのはだったが、一合で弾かれ、切り返しの斬撃がなのはへと向かった。

 

「ぁ……」

 

 なのはの、消え入りそうな声。

それすらもセカンドの心に波一つ起こさず、故に剣戟は一定の速度で空気を切り進み。

そして。

 

「断空、一閃っ!」

 

 金属音。

はためく黒衣、黄金の巨剣、炎の意思の瞳が輝くその相貌。

ウォルター・カウンタック。

真の英雄が、ダーインスレイヴの刃を受け止めていた。

 

 

 

4.

 

 

 

「きやがったか……!」

 

 燃えさかるセカンドの声に、僕も静かに心の奥を燃やし始める。

強がって強がって強がって、今まで通りの炎。

自分なんて信じられないけれど、自分の強さを信じ、誰かにその炎が通じる事を願う炎。

加え、ほんの少しだけ、なのは達が僕を信じてくれた事による、ちょっぴりの自信。

それらをまぜこぜにして、僕は吠えた。

 

「あぁ、来たぞ。”俺”じゃあない、元の”僕”がっ! 弱虫の、UD-265だったウォルター・カウンタックがっ!」

「……なにっ!?」

 

 顔色を変えるセカンドに、僕はティルヴィングを向ける。

何故だろうか、彼を前に、不思議と僕は怯えを感じなくなっていた。

かつては僕の完全品である彼を前に、錯乱と恐怖でまともに目を見る事も出来なかったと言うのに。

今は、彼がとても小さく見える。

 

「馬鹿な、どういう事だっ!?」

「……完全な筈の改変人格は、けれど敗れた。奇跡的に、ね。それが答えだ」

 

 動揺にセカンドの剣が揺れるが、その隙を、僕は自身の攻勢に使うつもりは無かった。

代わりに、なのは達へと声をかける。

 

「皆! なのは、フェイト、はやてはスカリエッティのゆりかごとやらに行ってくれ! シグナムは、そこの飛んでる奴の相手を! 僕はここでセカンドを、陸戦部隊の皆にザフィーラとシャマルで残るナンバーズを仕留めて、それから必ず追いついてみせる!」

「……分かった、必ずだよ!」

 

 叫ぶなのはを始め、フェイト、はやてが空中へ。

ゆりかごへと飛んで行くのを、墜ちたヴィータを保護するシャマル達と共に見届ける。

その頃にはセカンドの動揺も収まったようで、震える剣の切っ先を、どうにか僕に向けていた。

視界の端では、同じようにシグナムが3人の後を追おうとするトーレに切っ先を向けている。

 

「何故だ」

 

 セカンドの声は、怒りと安堵の入り交じった、奇妙な物であった。

僕にも、気持ちはよく分かる。

殆ど同じ記憶を持っている彼だ、僕が人格改変後の僕に感じていた感情と、同じ物を感じているのだろう。

即ち。

英雄誕生への喜びと、嫉みと、自分の位置を奪われる恐怖。

 

「何故、お前は真の英雄を蹴落としたっ! 俺なら……、俺ならっ!」

「君なら、どうしたって?」

 

 言葉にならない叫びと共に、セカンドが飛び出した。

僕より僅かに早い動きだが、見えない程ではない。

怜悧な読みに体を従え、ダーインスレイヴの刃を受け流す。

交錯。

その瞬間に半回転し、互いに第二撃を放ち、それは互いの中心で激突してみせた。

パワーは僅かにセカンドの方が上だが、剣戟は拮抗。

動揺の色を見せるセカンドだが、体勢的に互いに距離が離れ、追撃の直射弾は流石に迎撃される。

――少しは消耗しているのかと思ったが、彼のタフネスは改変後の僕に比し、今の僕より。

つまり、消耗やダメージは無いに等しい。

 

「……俺なら、俺なら、自分を捨てていたっ! きっと、きっとだ! だからこそ、お前のやった事が理解できねぇっ! 何故、何故なんだ!」

 

 涙を流しながら、セカンドは哭く。

袈裟。

片手の手甲を上手く使いティルヴィングで受け流し、その隙に蹴りをたたき込む。

が、セカンドは半回転、こちらも蹴りで僕の蹴りを迎え撃った。

筋力は向こうがやや上、しかしタイミングの関係で、これもまた拮抗。

鏡合わせにデバイスを待機モードに、僕は肘打ちを、セカンドは掌底を放つ。

互いの頭蓋近くを、超音速の肉塊が通り過ぎて行った。

 

「おぉぉぉっ!」

「がぁあぁっ!」

 

 同時に、頭突き。

これもまた、互角。

互いに弾かれると同時、頭蓋を揺らしながらもデバイスを具現化し、振るう。

やはりセカンドの方がパワーは上、しかし回復が早かった僕の剣がより深くまで吸い込まれて行き、これも互角。

鍔迫り合いになる。

 

「独りじゃあ、なかったんだ」

 

 僕は、セカンドの問いに返した。

眼を細めるセカンドに、続け叫ぶ。

 

「ずっと独りだと思っていた。リニスだって、文字通り思考が通じ合えている、半分自分自身だから一緒に居られるんだと思っていた。ティルヴィングだって、機械で僕に逆らえないよう設定されているから一緒に居られるんだと思って居た」

「そうだ。俺たちは独りだ。孤高の強さ、孤高の精神の高さ、今はそうでなくとも、それを求めるが故に」

「でも、違った」

 

 バリアジャケット・パージ。

刹那遅れるセカンドと互角、舌打ちする僕。

矢張り、身体能力とデバイススペックではセカンドの方がやや上、技術と勘は僕が上、魔力は互角という所か。

人格改変から戻った影響と、精神的な変化故に、僕の勘と魔力は更なる向上を見せていた。

とは言え、今は辛うじて凌いでいるが、そのうち勝負に出ねば、タフネスで僅かに負ける僕の勝機が薄い。

隙をうかがう事を意識しつつ、僕は勘を頼りに魔力煙の中に突貫。

バリアジャケットを再生させようとし、隙だらけのセカンドへと迫る。

 

「でりゃぁぁっ!」

「な、ぐおっ!?」

 

 断空一閃を使う間も無く通常の斬撃だが、やっと一撃。

袈裟にたたき込まれた斬撃に、セカンドが胃液を漏らしながらもたたらを踏んだ。

銀閃。

首を振って避けた突きは殺傷設定、僕の頬にうっすらと血のラインが引かれる。

 

「なぁ、なのは達はね。僕を、友達だと言ってくれたんだ。救いたいと、言ってくれたんだ! そして、僕が独りで悩んでいては、永遠に辿り着けなかった答えまで、辿り着かせてくれた」

「なんだ、そりゃあっ!?」

 

 叫びセカンドは突きを縦薙ぎに変化。

僕はギリギリでティルヴィングを回転させ、防御位置にまで辿り着かせることに成功する。

刹那遅れれば、首を落とされていた斬撃に、流石に肝が冷える僕。

ダーインスレイヴの一撃を受け流し、そのままティルヴィングの一撃を袈裟に振るった。

神がかり的な速度で手首を回転させ、セカンドは剣の柄でそれを受ける。

当然弾かれるが、その勢いに乗じて距離を。

そこに隙を見つけ、僕は咆哮した。

 

「僕の今までの人生は! 間違ってなんか、いなかったって事にだ!」

『韋駄天の刃』

「ぐっ!?」

『韋駄天の刃。です』

 

 斬塊無塵同士の戦いの方が勝率が高いが、故にセカンドは絶対に僕に集中を許さない。

加え、前回斬塊無塵同士の戦いで負けた事から、今一勝利のイメージがし辛いのだ。

ならばすべきは、絶好のタイミングで次善の強さの魔法、韋駄天の刃をたたき込む事。

いくら身体能力差で放てる断空一閃の数で僕が劣るとは言え、先に攻撃を当てれば僕が勝つ。

故に。

頭蓋を覆う兜の感触を味わいながら、僕は叫んだ。

 

「セカンドぉぉおっ!」

『断空連閃・四十一閃』

「オリジナルぅぅうっ!」

『断空連閃・四十七閃』

 

 僕は金閃と、セカンドは銀閃と化した。

音速の三十倍を優に超える速度で動き出す、その瞬間。

背中に悪寒が走る。

半身になると同時、僕をかする軌道で飛ぶ紫色の斬撃が走っていた。

視界の端ではトーレだったか、ナンバーズの一人が背にシグナムの斬撃を受けながら微笑んでいた。

 

 ――しまった。

脳裏にその言葉が刻まれると同時、それでも動きを止める訳にもいかず、むしろセカンドより遅れたタイミングで僕は動き出す。

超速度で僕たちは幾度となく激突、互いの剣戟をたたき込んだ。

引き延ばされた時間感覚。

永遠にも思える程の時間が過ぎ去った後、僕は視界に捉える。

墜ちて行く、セカンドの姿を。

 

 やった、と思ったのは、束の間。

声も出ず、全身に力が入らず、あれ、と思った瞬間、気付いた。

墜ちているのは、僕の方だ。

途切れそうになる意識を必死でつなぎ合わせながら、僕は動かぬ体に動けと命令する。

それでも体は動かず、刻一刻と地面は近づいてきていて。

――視界に。

空に浮かぶ、勝ち誇ったような、泣きそうなような、不思議な表情をしたセカンドの顔が見える。

どうしてか、僕にはそれがたいそう哀れに思えて。

 

 次の瞬間。

追い打ちの直射弾が、セカンドから山のように放たれた。

視界を、白い魔力光が染めて、そして――。

 

 

 

 

 


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