〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら 作:通りすがる傭兵
今日は楽しいけど酷い目にあった。
掌底蹴り関節技その他諸々を吐くほど貰い、身体中を痣だらけ傷だらけにしてふらふらとさまよう男......俺なんだけどね!
いやはや珍しい技を知っているからと言って打ち込んでくれと頭を下げたのはいいものの、こんなに意識が飛ぶとは思わなかったなあ。
でも
「さーてと、箒のお見舞いにでも」
打撲は冷やしときゃ問題ないし、擦り傷は気になるものは処置している。
問題があるとすれば見栄えが悪くなることくらいだが、そんな些細な事気にする人なんて居ないだろう。
「ハロー! 箒いるー?」
「箒? そろそろ帰ってくるんじゃねえの。とりあえず上がってけよ」
扉を開けると、一夏の声しか帰ってこなかった。水音がするから大方シャワーでも浴びているんだろう。そうなるとISの練習帰りって事か。
「んじゃ上がらせてもらうぜい」
お言葉に甘えて、一夏の部屋で待たせてもらうことにした。
おそらく箒の私物であろうちゃぶ台の前に座り、急須に茶葉を入れお湯を注ぐ。一夏に断りを入れて三つ湯呑みを出し、そのうちふたつに茶を注ぐ。
暇つぶしに机の上の教科書をめくって暫くすると、タオルを被ったラフな格好の一夏が顔を出す。
「何の用だよ......ってなんだその怪我!」
「いや、鈴って強いんだねえ、流石代表候補生って訳よ」
「そんなわけにもいかないだろ! 今すぐ保健室に行った方がいいって!」
「ヘーキヘーキ、ちゃんと処置してあるし、2、3日で青あざもひくから」
「それ以前に青あざまみれになる事がおかしいんだよ!」
「本場の八極拳というものを身をもって体感しただけさ。学ぶものも多かったし結果オーライ」
「骨とか折れてないんだな、本当に大丈夫なんだな?」
「お前は俺のオカンか何かか? あと近い」
ともすれば掴みかかってきそうだった一夏を押しのける。邪険にされたことに不満げな顔をしているようではあるが、
「心配してくれるのは良いんだけどね、俺は大丈夫だから、な?」
「......大丈夫なんだな?」
「大丈夫だって、体動かすのに支障はないし、ほとんどかすり傷だし」
「本当に大丈夫なんだな?」
「大丈夫だって。その心持ちだけでも」
「ただいま一夏......と成政?! どうしたんだその怪我は!」
勝手知ったる自分の部屋とノックもなしに帰ってきた箒を見、また一から同じ説明しなければいけないのかと思わずため息をついた。
結局のところ、帰ってきた反応は似たようなものばかりだったので助かった。お前ら良い夫婦になれそうじゃん。
「んで、気分悪いとかで見舞いに来たんだけど大丈夫? 今日部活休んだんだし、安静にな」
「え、俺箒と一緒に訓練してたんだけど。今日は剣道部はオフだからって」
さっ、と目線をそらす箒。君サボったな?
どうせ動機は一夏と一緒に過ごす時間が欲しかったてところだろうし、応援してる身とあっちゃあ怒るわけにもいかんなあ。
「身体を動かしてたんだし、いいか。次はちゃんと報告してね」
「怒らないのか......?」
「運動はしてたんだし、真面目にやってるんなら咎める理由もないさ」
「珍しいな、成政が怒らないなんて」
「特訓メニュー2倍ね」
「ふぐぅ......」
ひどく情けない声をあげてるので、お説教の代わりくらいにはなっただろう。今度からはホウレンソウはしっかりとね、箒。
「ちなみに特訓メニューってなんだ?」
「千冬さんが現役時代の時にやってたの、のさらに改良版。やる?」
「やる、明日混ぜてくれよ」
「じゃあ一夏も特訓2倍、と」
初見で2倍とはお主、修羅の道を歩むのなとカッコよくテロップでも思い浮かべていると、扉を叩く音がする。
扉に近い方の箒が対応したのだが、
「やっほー、一夏。
今日から私ここで生活するから、よろしく!」
「......なんだ貴様」
相手が鈴だとは誰が予想できようか。
剣呑な雰囲気が漂い始める室内、いわゆる修羅場の予感的なあれである。
「ここは2人部屋だ、3人は入らん」
「だったらあんた出てきなさいよ」
「なんだと」
「あんたみたいな見ず知らずの誰かよりも、最近までずっと一緒にいた私の方がよっぽど良いじゃない常識的に考えて」
「男女7歳にして同室せずと言うが」
「あんた女じゃないの」
「まーまー、落ち着きなよ」
2人の仲裁に入るが、内心は冷や汗ダラダラである。道理としては鈴の言っていることがおかしいのだが、ともすれば正論に聞こえない事もない。
それにこの2人、
「あんたは黙ってて」
「成政は黙っていてくれないか」
血の気が多すぎるのである。
「なんだよ、そんなにこの部屋がいいなら俺が」
「「一夏はもっと黙って!」」
「アッハイ」
俺の時よりも気持ち大きい声で怒鳴られる。これにはさしもの一夏も目を回してしまったようで、若干フラついている。
「うるさいうるさいうるさい、いいからでてけって言ってんでしょ!」
「ここは私の部屋だろう! 出て行け!」
「約束した事があるの、いいから退きなさいよ!」
「断る!」
口喧嘩はさらにヒートアップ。
これ以上は流石に見過ごせないと腰を上げ、2人の間に割り込もうと箒の隣をすり抜けようとして、
「あんたみたいなのなんて、こいつみたいな自分じゃ何もできない軟弱野郎がお似合いよ!」
「どうどう、少し頭を冷やして......」
噛みつかんばかりに唸り声を上げる鈴を押しとどめて、頭が冷えたか黙り込んだ箒の方を向いて、
「......したな。
......貴様、成政を馬鹿にしたな」
そこに修羅がいた。
顔は俯き、目もとは隠れて窺い知れない。
だが、そこには言葉では表現しきれないような、凄みがあった。
「貴様が、あいつの、何がわかると......?」
「な、なによ! 事実を言っただけじゃないの」
俺を押しのけ、戸口に立てかけてあった木刀を手に取る。
「貴様が......貴様ごときが......!」
箒は片手で木刀を天井高くまで振り上げ、
「わかったような口を聞くなぁ!」
硬いもので肉を撃つ鈍い音と、
近くで何かが折れる音を、俺は聞いた。