〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら 作:通りすがる傭兵
睨みあう2人。
かたや笑顔、かたやぶっ倒れる寸前。
殺気ってこんな感じなのかなぁ、と味わいたくもない感覚を味わいながら、俺はこの場に立っている。選手っていつもこんな感覚をぶつけられているのかね。やだ精神力強すぎない?
......なんて現実逃避をするくらいには切羽詰まっている。
「後ろは壁だよ?」
目の前には天使のような悪魔、後ろには壁。
逃げ場なし。
こりゃ天変地異でも起きてくれないと逆転は......うん? 視界の端っこにアラート反応、右に接近するIS反応あり?
『一体誰が......』
背中を伝う冷気、粘つくような感覚、ひりつく視線が伝う。
とっさに左手、盾を右方向に突き出した。振り返ってみればファインプレイとしか思えない反応速度だった、100点あげてもいいくらい。
『ななな、何だこれ?!』
「下がって成政!」
今まで鉄壁の守りを見せてくれた盾に刃が食い込む、その刀身は闇のような漆黒で......とか観察してる場合じゃねえ!
命令を送って盾を外し、同時に後退するよう指示して無理やりに身体を吹っ飛ばす。
そこでやっと、全身像が見えてきた。
「うわキモ汚水の塊みたい」
「真顔で言うことがそれ!?」
ISサイズなんだけど、全身を泥で覆うISなんて聞いたことも見たこともない。なんというか、黒い泥だかヘドロが人型を形作っているイメージ。
「そも、どっから湧いたこれ」
「......ラウラだよ」
「一夏?」
「ラウラのISが変身したんだ!」
『
この土壇場で二次移行は都合が良すぎるとも思うけども可能性は無きにしも非ずだし』
「そういうんじゃないだろどう見たって!」
さっきから剣を下げて動かない人影。そういやどっかで見たことあるような、無いような......
『解析よろしくアンサング』
《yes,sir......解析終了、対象はシュバルツェア・レーゲンの反応が出ています》
『本当に?』
《識別コードはそうなっております》
『明らかに違うんですけど?』
《外見を検索......76%の確率で暮桜と一致します》
『ああ、どうりで』
そうだ、あの装甲パターン、デザイン、そして大太刀、あれぞまさしく世界最強の証。
でも、なしてまたレーゲンが暮桜に?
《シュバルツェア・レーゲンは現在、ヴァルキリー・トレースシステム、略称をVTシステムを発動しています》
『ヴァルキリー・トレースシステム?』
《およそ4年前まで欧州が合同で開発を進めていたプロジェクトです。
全盛期の織斑千冬の動作、技能、判断を再現することを目標に開発が進められてきましたが事故によって危険性が発覚、即座にプロジェクトが凍結されてしまい、アラスカ条約でも搭載が禁じられております》
『危険性とは』
《VTシステムは搭乗者の脳、肉体に高い負荷がかかることが確認されております。長時間使用した場合廃人化の可能性が高く、死亡例も確認されております》
◇◇◇
「隙が、ねえっ......」
八相に構える千冬姉の偽物、すぐにでも切り捨ててやりてえのに、本能が動くなと言ってるようだ......
こんな姿を見た事がある。まさしくあの時、ドイツのアリーナ観客席でまさしく見た光景だ。
自然体に構えているはずなのに相手は全く動かない、最初は不思議に思ってたけどこんなプレッシャーを感じてたのか......
「クソ、動け、動けよ......!」
心は動いて、今すぐにでもあいつを切りつけろと叫んでいる。でも理性が、今まで培ってきた技術がそれにノーを突きつけている。
(怖い、てのかよ! 怖がってるのか、俺は!)
敵を目の前に足がすくむなんて事があればみんなは守れないだろ織斑一夏。ここで勇気をふり絞らなくていつ振り絞るんだ!
「っああああああああああああああ!」
恐怖を振り払うように叫ぶ。そして、なんの工夫もなく馬鹿正直に突っ込んだ。
居合に見立てた中腰に刀を構えるやり方、必中の距離から繰り出される一閃、その太刀筋。俺の刀を弾き飛ばし、上段に構えて切り返すやり方まで、
「ぐ、うっ!」
とっさに後方退避命令を出し、バックステップで躱す。避けきれなかった左腕はじんじんと痛み、最後まで俺を守ってくれていた白式は消え失せた。
同時に、ふつふつと怒りが湧き上がる。
あの剣、あの踏み込み、あの太刀筋、あの繋ぎ方。
あれは全部、全部......
「千冬姉のもんだ、返せ、返せよっ!」
拳を握りしめて、黒い偽物に殴りかかる。
寸前でシャルルが俺と偽物との間に割り込み、押しとどめた。
「落ち着いて一夏、死んじゃうよ!」
「うるせえ! あのやろうぶっ飛ばしてやる! そうでもしないと気が済まねえ!」
「ISも無いのに勝てるわけないよ!」
「勝つとか負けるとかじゃねえ!」
あれは俺が初めて千冬姉から教えてもらった技だ。そのあとはじめて真剣を握らされて、全然持ち上がらなかった。
『いいか一夏。刀は己が振るうものだ。己が振られるようでは剣術では無い』
『重いか? そうだろう。それが命の重みだ。それをしかと胸に刻んで、生きてゆけ』
あの時の千冬姉の言葉は、今でも覚えてる。
だからこそ俺は怒りを隠せない。
「千冬姉の覚悟を、生き方を......想いを、穢すんじゃねえ!」
「いい加減にしてよ!」
ばしん、と頰を叩かれて我に帰る。目の前には、今にも泣き出しそうなシャルルが立っていた。
「死んじゃうかもしれないんだよ!
死んじゃったら、何もできないんだよ!」
シャルルの剣幕に、俺の怒りも押さえ込まれてしまったらしい。狭かった視野が広くなり、頭もスッキリしてきた。
「......わりぃ、シャルル」
「落ち着いた?」
「ああ」
でもこの怒りだけは止めることは出来ない。
「けど、俺はあいつをぶん殴る。
どういうわけか知らねえけど、千冬姉を踏みにじったことだけは許せねえ! 正気じゃねえなら、叩いて正気に戻して」
『ISも無いだってのに何ができるんだ馬鹿たれ。それとも素手でISに勝てる方法があるのか?』
音を響かせ、となりに成政のアンサングが並ぶ。表情は装甲に隠されて伺うことは出来ない。多分、呆れてるか軽蔑してるかなんだろうな。
「そんなもんわからねえ......だけど、1発殴らないと気が済まねえんだ!」
『この様子じゃ教師陣がもうすぐ出てくる。ろくにエネルギーも残ってないだろうし、先生方に任せてもいいんじゃ無いのか?』
「ダメだ」
「一夏っ?!」
「たしかに誰かに任せるべきだ、その方がいい。けどな、これは俺のケジメなんだよ。ここで引いちまったら、俺はどうにかなっちまいそうなんだ......頼む」
『......ったく、だろうと思ってたよ。
こっちにも決着をつける理由はあるしな』
ぴぴぴと電子音がしたかと思うとシャルルが慌てた声を出し、ラファールの腕からコードが伸び、白式の待機形態のガントレッドに繋がる。
『リヴァイブはじめ量産機にはコアバイパス機能、要するにエネルギーを共有する機能がある。そいつを使えばまあ、右腕と零落白夜くらいは動かせるだろ』
「もう、やるんなら言葉で言ってよ!」
『時間が惜しい。一刻の猶予もないんだ』
「むむむ......」
そんで作戦だが、と目の前に見慣れた空間投影スクリーン、散々見慣れたアンサングの特殊機構で文字が映る。
『あの暮桜もどき、詳細は省くが織斑先生を模倣したものだ、実力もな。
でも残りエネルギーもほとんどなかった分、積極的には動いてこない。一定範囲外のものに攻撃しないのはそのせいだろう。
解析したが、ボーデヴィッヒはあの中にいる。絶対防御がどうなっているかわからない以上下手に切れば、真っ二つだ。
でも彼女の位置は普通の搭乗者の位置と同じ、見慣れてるからって間違えるなよ。そこをきらないように手足を落とすか、腹を薄く裂け。駄目押しにボーデヴィッヒも引っ張り出せば確実に停まるはずだ。
そのための攻撃役を一夏、頼む』
「でも、避けられたり防がれたりしたらどうするの?」
『コンビネーションで行く。攻撃してくる一撃を俺がいなし、一夏がその隙に決める。簡単だろう?』
「わかった、それで行こう」
「......エネルギー譲渡終わり。頑張ってね一夏」
「ああ!」
「失敗したら明日から女装してね?」
「あ、ああ?」
『ついでに特訓メニューCもついk』
「それは絶対に嫌だ」
青白い光が俺の右肩から先を覆い、純白の装甲と雪片弐型を実体化させる。
念じて刀身を展開すると、心なしか刃が細く鋭くなっているように感じた。
『準備は』
「いつでも」
最初は成政、人間の俺に合わせてくれている以上いつもよりスローモーなんだが、俺はついて行くだけで精一杯だ。
『ちぇああああああああ!』
千冬姉必殺の居合の構えを崩す突き。
身体をまっすぐ伸ばして突き出した刀身が正確に偽物の右肩を捉えるコースに乗る。
だが千冬姉はそんなに甘くない。
刀身一本分沈み込み、ガラ空きになっていた成政の胴に渾身の一撃を叩き込む。
『そいつを......待っていた!』
「たああああああああああ!」
身体がほぼ伸びきった今の体勢なら切り返しはない!
一閃二断、居合に構えた体勢から出す篠ノ之流が技が一つ。
千冬姉が教えてくれた、そして箒が鍛え、成政が伸ばしてくれたこの攻撃で!
下から上、相手の左腰から右肩に抜ける斬撃。
上から下、相手の正中線を真っ直ぐに割る振り下ろしをほぼ同時に行う、防御不可能攻撃!
「これで、終わりだぁ!」
零落白夜がエネルギーを食いつぶして消えると同時に、偽物がドロドロに溶け、砕けたレーゲンの破片が顔を出す。
『おっ、と』
地面に落ちそうになったラウラを成政が無事にキャッチ。こいつめ、幸せそうに寝やがって......こんなんじゃ殴る気も失せちまうよ。
「これにて一件落着」
「だね!」