〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら 作:通りすがる傭兵
最近暑いですねー、体調は大丈夫ですか?
作者は最近夏バテ気味です。
「成政くん成政くん! と保健室でしたね、すみません」
「何でしょうか、山田先生」
試合が終わり、保健室に担ぎ込まれたボーデヴィッヒ。IS学園の立地と起きた事件の特殊さから病院に担ぎ込むことは出来ないのだ。 とはいえ保健室とは名ばかりの半病院ともいうべき我らがIS学園保健室。機材も病院さながらのものが揃えられえており、すぐさま精密検査が行われた。
結果としては、怪我はないそう。骨折はじめ外傷もなく脳もとりあえず障害になりそうなものは見受けられないそうな。
『でも、ラウラちゃんが本当に怪我がないかはわからない。
身体には異常がなくても精神障害になっているかもしれないし、検査は見受けられない、又は見落としてしまった脳障害があるかもしれない。
正直なところ、目を覚ましてみないとなんとも』
保険医さんの言葉が蘇る。でもこれは俺がどうにかできる問題じゃない。できることといえば、ボーデヴィッヒが眼を覚ますまでこうして見守ってやる事だ。
「あの、お風呂が入れる事を伝えに来たんですよね」
「風呂といえば、大浴場の事ですか?」
「はい。本来ならばメンテナンス中なんですが、予定より早く終わったようなので今夜は使えるんですよ。折角なので、男子の成政くんたちに入って貰おうと思って」
「申し出は有り難いのですが......俺はやることがあるので」
ベッドの上で死んだように眠るボーデヴィッヒに眼をやる。
俺が担当すると決めた選手を危険な目に遭わせてしまった。それも俺が一瞬目を離したばかりに!
「成政くんのせいじゃありませんよ。これは私たち学園側の監督不行き届きです」
「違います、これは俺のせいです。俺がもっと見ていれば、ボーデヴィッヒに関わってさえしていれば防げていた筈なんです。先生方のせいじゃありません」
そう、先生方は悪くない。
俺は未だにボーデヴィッヒの事を名前で呼んだことが無い。一夏と違って、だ。
同性異性の違いさえあれ同じ目標に向かう仲間であり、ボーデヴィッヒに至ってはタッグという共闘する仲間。にも関わらず、話したことといえば事務的な事ばかり。
最初のイメージを間に受けすぎ、俺はボーデヴィッヒの本質を見逃していた。
助けを求めていたかもしれないってのに、そのSOSにも気づかないで何がマネージャーか!
「抱え込みすぎだな、河南」
ぽん、と頭を叩かれる。見上げれば、パンツスーツ姿の織斑先生が隣に立っていた。
「風呂にでも入って頭をほぐせ。
人間1人では何もできない、貴様がよく知っている事だろう」
「......それでも、これは俺だけの責任なんです! 俺がもし、気づいていたなら」
「たらればを追いかけてもどうにもならん」
じ、と狼のように鋭い目がこちらを見る。いや、まるで泉の奥底を覗き込むような......
「過去に時間は巻き戻ることはない。私達は過去にどんな事があろうとも、現在を受け入れることしかできないのだ。
しかし、思い悩むのは貴様が諦めていない証拠でもあるがな」
俺の目を覗き込んでいた織斑先生が俺を押しのけ、どっかりと椅子に座り込む。
「ボーデヴィッヒの面倒は私が変わってやる。貴様はその疲れた体を休めろ、いいな」
「......はい」
「山田先生、宜しく頼む」
そう言われては、そう動くしかない。
寮に着替えを取りに行き、山田先生が大浴場に案内してくれる。
「一夏くんたちもいますから、仲良くゆっくり入ってくださいね!」
......一夏くん
◇◇◇
「......なるほど、そうなるわな」
目の前の大浴場では、一夏とシャルル、いやシャルロットが背中をくっつけあいたどたどしくではあるが話をしている。
やはりというべきかシャルロットの胸には今まで見なかった膨らみが体に巻いたタオルを押し上げている。......意外とデカイな。
おそらくだが山田先生はシャルロットの男装を知らなかったんだろう、だからこそ単純に男子3人仲良くという心遣いで、3人で入るように言ったんだ。
とはいえ本当に嫌ならばどちらかが断ればいい話。でも2人背中合わせで入ってるって事は、2人きりで話をしたかったんだろう。
しかし、風呂に浸かりたいのも事実。
寮のユニットバスは狭いことこの上ないし、大浴場を使える機会などそうそうない。俺だって日本人の端くれだ、たまには風呂にゆっくり浸からせてほしい。
しかし、どの風呂に向かうにしろ2人の前を突っ切る事になる。気がついたらゆっくり寛ぐこともできないだろうて。
どうにか回り道する手段はないかとあたりを見回していると、ちょうど隣に木の札の看板を見つけた。
「......たまにはサウナもアリか」
俺は木の扉を物音がしないようゆっくりと開けると、隙間に身体を滑り込ませ、また細心の注意を払って閉じた。
「初めて入ったけどめっちゃあちぃな」
全面木張りで、壁際に石を積み上げた箱がある。その隣には水入りの桶が置いてあり、説明によればこの水をかければもっと暑く出来るようだ。しないけど。
タオルを備え付け木製ベンチに敷いて、その上にゆっくりと腰を下ろす。今この中にはヒーターらしき機械の、ごく小さなゴーという音が響くだけでとても静かだ。
背中を壁に預けて、身体を伸ばす。
普段とは比べものにならない暑さのせいか、身体の伸びがいつもよりいい。それに入って数分と経たないというのにポツポツと汗が吹き出してきた。
なんか頭がふわふわするな......
「......なーんでああなっちゃったかな」
俺は今回ベストを尽くした、と思う。だが正直なところ汚い手を使った。
オルコットと鈴音の対策ノートをワザと机の上に放置し、見るように仕向けた。
結果として彼女達は試合前にケガをし、今回出場が叶わなかった。
別の見方をすれば、試合前に実力者を潰したとも取れる。
一昔前じゃよくある事だ。
練習試合の時にワザとラフプレーをして相手選手に怪我を負わせる。
試合前にユニフォームや用具を隠す。
純粋に手を抜くよう脅す。
現在はフェアプレイ精神も浸透してきたし、ネットで拡散、または発覚することも多いからか数は減少してるものの試合前の妨害は多い。特にラフプレイに関しちゃ、その選手の言い分と審判のさじ加減だ、いくらでもどうとなる。
ボーデヴィッヒに2人を潰すように仕向けたのは俺だ。彼女が苛立っているのを見越して、ワザとノートを目立つ位置に置いておいた。
俺は殺意を持った人間に、凶器を手渡したようなもんだ。
俺がたまたま置き忘れたで通せば別に罪には問われないし、ボーデヴィッヒが自分のせいだと言い張るだろう。
それで問題が解決するわけじゃない。
勝ちを求めるあまり、俺は勝利に対する価値観を歪めたんだ。
こいつは一生俺の汚点になるだろうな。
他にもだ。
試合中のトラッシュトーク。
ワザとシャルロットのトラウマを刺激するような言い回しをして、彼女を追い込んだ。
結果一夏がフォローしてくれたからいいものの、もししていなかったら確実にシャルロットの心は折れていた。
「一夏がなんとかしてくれるし? 阿呆」
俺の嫌いな不確定要素じゃないか。
どうして他人任せにした。
たしかに俺はシャルロットの話を蹴った。しかしその情報を悪用するのは明らかにおかしい。どうしてあんなことを言った、フェアじゃない。
考えれば考えるほど自分の事が嫌になる。
クソ、腹が立ってきた。
折角の風呂だってのに、身体をガチガチにしてどうする。
時計を見上げればもう30分以上経っている、流石にそこまで長風呂はしないだろうから、今なら一夏とシャルロットもいないはずだ。
そう思って木の扉を開け、桶でお湯をかぶって汗を流してから身体を沈める。
じんわりと身体の疲れが溶けていくような感じだ。散々射撃を食らったところに出来た薄いアザにもお湯が染み渡り、痛みが引いている気もする。思わずへんな声が出るくらい幸せ......
「ゔぁ〜」
誰もいないもんな、ツッコミはねえか。
......1人だもんな、この広い浴場全部貸切状態。一曲歌っちゃってもいいんじゃないの?
他人に気兼ねする必要もなし、何より一回風呂場でゆったり歌うのもちょっと憧れてたんだし。
「ーーーー♪ ーーーー♪」
観客はいないが、気分はコンサートステージに立つ歌手。上手いこと歌声が反響して響いて、なぜか上手く感じた。
しばらくの間気持ちよく思い切り歌い、疲れたので身体を流そうと一息つこうとして、
「......うん、いい曲だったよ。聞く気は無かったんだけどね」
「ふぁっ?!」
物陰に気まずそうな顔をして隠れていたシャルロットとばったり顔を合わせる結果になった。
◇◇◇
風呂から上がり、自販機で買ったスポーツドリンクを口に含む。それからプラスチック製のベンチに腰を下ろし、反対側に座ったシャルロットに向き直る。
「......あの」
「先に言っとくが、一夏と話した事はほぼ聞いちゃったのよ、
「そうみたい、だね。それなら話が早い」
「ありがとう、僕を助けてくれて」
告げられた言葉を、一瞬理解できなかった。
一拍おいて言葉の意味を理解して、その意図がわからなくなった。
「いやおかしいだろ、俺は試合中君にひどいことを、それもわざわざ言わなくていいこと言ったんだ。罵倒はされてもおかしくはないが、感謝される筋合いなんて」
「ううん、僕は感謝してるんだよ」
ゆっくりと首を横に振るシャルロット。訳がわからなくて混乱する俺の手を彼女は優しく握ると、ゆっくりと語りかけた。
「僕はね、多分一夏に甘え過ぎてたんだと思う。一夏はそれで良いって言うだろうし、むしろもっと頼って欲しいと思ってるだろうね。試合前までは僕もそう思ってた。頼って良いって言うなら頼ろうって」
「そうしなかったのか?」
「うん、ちょっと違うかなあって思ったの。
それのきっかけは、成政が厳しい事を言ってくれたからなんだよ。
今までの僕は諦めて何もしなかった。そこに君達がやってきた。一夏は優しく手を差し伸べ、成政は厳しい言葉を告げて何もしなかった、そうでしょ?
だから気がつけたんだ。ただ頼るのと、手段として頼るのとは」
(......いや都合よく解釈し過ぎだって)
俺はそんなこと思っちゃいない。シャルロットにしたことといえばただ諦めた事を罵倒し、見捨てた事だけ。そこに裏の意図なんてない、あるのはただの悪意だけ。
「......ありがと」
去っていくシャルロットの背中を見て、思わず呟く。
「俺はそうできた人間じゃないぜ......」
事の顛末を語るとしよう。
結局のところ、タッグマッチトーナメントは中止になった。成績をつけるために一回戦だけは行うらしいが、それ以降は行われないらしい。
そこに問題がひとつ、シャルル改めシャルロットの事だ。
一夏に聞けば学園特記事項の文言にある『外部からの干渉ダメですよー』的なニュアンスをもってしてシャルロットを政府や会社から守ろうという結論を出したらしい。一夏にとってはベストなんだろうが抜け穴が山ほどあった。
まず第一に、卒業後シャルロットは無防備になる。その隙を見逃すとは思えない。
ふたつ、特記事項が適用されるのが学園内だけであって、一歩踏み出せば無力となってしまうこと。三年間外出禁止は華の女子高生には辛いだろう、それに修学旅行とかどうすんだ。
みっつ、そもそも特記事項が役に立つか怪しい。専用機『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』は彼女の実家であり元凶デュノア社の持ち物。メンテのついでだのなんだのと理由をつけられたり、家族旅行だのと個人的な理由で呼び出されちゃ無力だろう。
一夏の努力は買うが、正直何もしないよりかはマシかな? というレベルの事だ。向こうがちょっと考えれば抜け穴がいくらでも見つかってしまう。
そのためには何をするか。
「兄貴、フランス政府かデュノア社を恫喝できるネタない?」
『わあお過激、嫌いじゃないわ!』
パンドラの箱レベルに災厄とか厄介ごとの詰まった兄貴を召喚すればいいのである。
『じゃあ聞くけどスキャンダル、贈収賄、殺人、違法実験施設、書類改ざん、テロリストとの繋がり......パッと上がるのはこれだけど、どれにする? 選り取りみどりだけど』
「あーうん、そこまではいらない」
2、3ネタを提供してもらい、一夏とシャルロットついでに織斑先生はじめ学園の先生方に手渡し、これこれしかじかと理由を説明。
シャルロットの悲惨な身の上話で何人もの先生方の涙腺が決壊し、力になるからと何人もの先生が涙ながらにシャルロットに抱きついていたっけか。その筆頭は山田先生だったんだが、交渉すら立候補するとは思わんかった。
それから3日ほど、フランス政府要人やデュノア社幹部、学園首脳陣と情報提供者のM(?!)と兄貴(?!!)を交えて話し合いは進み、
『シャルル・デュノアはIS学園側の手違いで生まれた架空の生徒である』
要するになかった事になった。
生徒情報を誰かさんが寝ぼけて書き間違えられ、さらにそれを聞いた生徒本人が男性だと嘘をついて悪ふざけしていた......という話になったとか。絶対に兄貴の仕業だこれ。
そして主に兄貴とMによる裏取引の結果、シャルル君改めシャルロットちゃんはフランス代表候補としてこれからも1組に在籍する運びとなりました。
「これが行動するってこった」
「ありがとう......本当にありがとう!」
「まーいいって事よ」
「ほんとなんて言ったらいいか......」
「その涙はモンドグロッソの表彰台に取っときなさい」
「うん、うん! 僕頑張るよ!」
なんかいい感じに纏めてめでたしめでたしと。
この時は、あんな些細なことがあんな大事故に発展するなんて思いもしなかった。
あれから3日後。
「えーと、今日新しく転校生がやって来ることになりました!」
山田先生の突然な発言に、ガヤガヤとさわがしくなる1年1組。
とはいえ虚仮威しというか、期待しただけ無駄というか......って感じなのは黙っておくべきだろうか。
「失礼します」
カツカツと靴音を響かせて、その転校生は教室に入ってきた。
陽光を反射し、美しく輝く金髪。
中性的な顔立ちに、愛くるしい目つき。
違いがあるとすれば、束ねていた髪を流し、
「さ、自己紹介をお願いしますね」
「はい!」
その女子生徒はこちらへ向き直ると、満面の笑みで挨拶をした。
「シャルロット・デュノアです。
これからよろしくお願いいたします!」
状況を飲み込めず、静まり返る教室。
すると、どこからか拍手の音が聞こえた。
「ああ、こっちこそよろしくな!」
そうだ、固まってる場合じゃない。今は新しい仲間の門出を盛大に祝うべきだろう。
一夏に負けじと、大きく手を叩く。
釣られてクラスメイト達も拍手を始め、すぐに1組教室は暖かい拍手の音で包まれた。
「......あれ、そういえば3日前大浴場に男子が入るってまやまや先生言ってたような?」
今言うかそれ。
「一夏ぁ! どういうことか説明しなさいよ!」
「い ち か さ ん ?」
怒りをたぎらせてドアをスパーンと開けた鈴に、青筋と微笑を浮かべるオルコット。
「あれ、箒ちゃんはいいの?」
「貴様もいたのだろう、だったら間違いは......おい、なぜそっぽを向く。説明しろ成政ぁ!」
一夏と手早くアイコンタクトを交わして、俺は一夏を見捨てる事にした。
「俺ボーデヴィッヒの見舞いに行ってたから大浴場使ったとか知らないなー、初耳だなー」
「おいテメエ裏切った......と言いたいけどそういえば」
「嘘は良くないんじゃないの?」
「入ったのか貴様、シャルロットと一緒に。女子と、一緒に、風呂に!」
「やめて箒模造刀でも当たったら痛いというか下手すると痛いってか死ぬぅ!」
「問答無用、成敗してくれる!」
今日もIS学園は平和......です?
活動報告もよろしく。
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