〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら 作:通りすがる傭兵
次の日。
「おはようございます織斑さん」
「......おう、おはよ......」
「起きてください」
「......今何時だよ」
「朝の四時です」
窓を開ければ、まだ薄暗い景色と涼しげな空気が部屋に吹き込んでくる。夜明け前ではあるし当然ではあるんだけれども。
「というわけで、ジャージに着替えてください」
「......なんでぇ?」
「臨海学校といえば海、海といえば砂浜。
砂浜とは、高負荷トレーニングにうってつけです。
さあ、水平線の彼方まで走ろうか!」
「は?」
何を言ってるんだお前はと言いたげな顔をしている一夏。もちろん、拒否権など存在しない。
なぜなら、
「おはよう一夏、成政。さ、朝練に行くぞ」
「うぇえ箒まで?!」
「私もですけどー」
「ヤッホー」
「四十院さんに......って、剣道部の皆?」
「「「迎えに来ましたよ!!」」」
「......」
いやだ俺は行かないぞと布団に包まって無言の抵抗を見せる一夏、だが甘い。
剣道部の女子はそこらの可愛い女子では無いのだよ、主に腕力が!
「じゃ、ウォーミングアップに一夏の簀巻きを海岸まで背負ってダーッシュ!」
「「「オス!」」」
「なんでだあああああああああ!」
なんでだ、と言われてもこうとしか俺は答えられん。
「そこに海があるからな」
「はい腿上げ100かーい、そのあとダーッシュ!」
「「「はい!」」」
「一夏は200かーい」
「多い、多いぞ成政!」
「男だろう! グダグダ言うな一夏!」
「そうだぞ一夏、それに男子の方が筋肉量は多いんだからな、それ相応にトレーニングしないとな」
「ううううううう!」
「唸り声をあげられるならよし! 50回追加」
「鬼、悪魔、成政!」
「鬼でも悪魔でも結構!」
「ぐううううううううう!」
砂浜、そこは絶好のトレーニングスポットなのである。熱血スポ根漫画で走ってるのをよく見かけるのだが、ただの見栄え云々ではなく実際よく行われているのだ。つまり効果的という証左。
砂浜のランニングと普通のランニングには天と地ほどの差があるのだ。
まず砂浜は柔らかい。
故に足を踏ん張る......詰まるところ余分に負荷をかける。さらに走るためにはいつもより踏み込まなければならない。
そして柔らかいということは身体が不安定だ、つまりバランスを自然意識して体に力が入る。
鍛えにくい体幹が鍛えられ、いつもより負荷がかけられるのだ......それもただ走るだけでも。そこにちょいとメニューを足してやればご覧の通り。
「む、むぅーりぃー」
「死ぬぅ......」
「臨海学校なのにぃ......遊びなのにぃ」
「恨みますよ......」
死屍累々の山が完成、いやあ浜に打ち上げられた水死体みたいで壮観だね。
「5分休憩したら、今のもうワンセットね」
「「「「「できるかっ!」」」」」
「出来るかじゃない」
俺は拳を握って親指だけ立てると、それを遠慮なく下に向ける。
「大丈夫大丈夫。死にそうになったら助けてあげる。だから死ぬ気でやって、ね?」
「うわあ朝ごはんも美味しそうだね、ラウラ!」
「うむ」
「おはよーみんな、昨日は良く眠れたか......」
「おはよ一夏、それに箒」
「って、なんでそんなにやつれてんの? あんたらフルマラソンでも走って来たわけ?」
「似たような事はした......」
「師匠はどこに行ったんだ?」
「あいつは頭を冷やしてるところだ」
「「「?」」」
「あんにゃろう砂浜に埋めるなんて酷いことしやがって! ちょっと羽目を外しただけなのに!」
「......自業自得、ですわね」
「あ、オルコットさん散歩?」
「ええ、私実家は内陸の方だったので、こうして海を眺めるのは初めてですの」
「へー、それより助けてくんない? 埋まってて動けないの!」
「......はぁ、人を呼んで来ますわ」
「サーンキュー」
◇◇◇
「それでは、これよりISの装備訓練を行う。各班は割り振られた通り迅速に動くように。専用機持ちは移動だ、専用パーツの試験を行う」
そういやメーカーさんからメール来てたっけな、と思いかえしてみる。中身はまだ秘密との事だが、それなりの量の装備を送って寄越すらしい。
専用機持ちは開発されたパーツ、特に追加パッケージという外見すら大幅に変更する特殊武装なんかの試験を行う。
じゃそれのない一般生徒はどうかというとこれまた忙しい。
学園訓練機として持ってきたラファールと打鉄にも専用のパッケージがある。特に打鉄は日本製の柔軟なOSだからそれはもう大量にパッケージが作れる、と布仏の友達らしい青い髪の女の子が鼻息荒く語ってくれた。
その子はというと、打鉄にでかい砲を外付けするパッケージを見て目をキラキラと輝かせていた。アレをオタクと呼ぶんだろうか。
「おーい成政、専用機持ちはこっちだってさ」
先生方に案内されたのは砂浜近くの入江にあった洞窟。そこをくぐれば、天井に穴の空いた天然のドームが現れた。
ちょうど外から見えないような広いスペース、秘密を守るにはちょうどいいというわけですか。
「あれ、箒ちゃん。訓練機の方の行かなくていいの? 間違えてない?」
「いや、それは......」
「間違いではない」
さもふつうに隣にいた箒に質問すると、若干困った顔をして、千冬さんが答えてくれた。
「束のバカがこいつに専用機を作った」
「............はいぃ!?」
「頭の痛い事だが、今日から専用機持ち、という事だ」
衝撃のカミングアウトである。その割には本人もビックリしてるんだが、まさか本人も知らないサプライズだったり?
「......いや、つい1週間前に連絡が来たばかりで、夏休み明けにでも届くと思っていたのだ」
「篠ノ之に打ち明けられた時は本当に驚いた。だが、連絡したが今日ここに来るらしい。時間も指定したはずだがな......」
トントンと神経質に時計を確認する織斑先生。そんな時だった。
「ハイパーセンサーに反応アリ。上空から?」
「ちぃぃぃぃぃいいいいいいいちゃあああああああああん!」
ばひゅーん、という擬音が似合いそうな速度でなにかが上空からカッ飛んで来た。
舞い上がる砂で視界が消え、皆が目を覆う中で俺は見てしまった。
飛んできた人物の頭に遠慮なくグーを叩きつける織斑先生を。
「ぼへっ!」
「やかましい」
......あの、解析したら時速500キロでてたんですけど。プロ野球のボールの3倍なんですけど、あんたら人間ですか?
「そうじゃなくて!」
頭が埋まるほどの速度で叩きつけられていた人影が即座に復帰したかと思うと、ガシ、と先生の腰に捕まってブルブルと震えだした。
「助けてちーちゃん殺される!」
「殺されるだと、お前がか?」
謎の人物の物言いに猜疑の目を向ける織斑先生。まるで世界チャンプがゴロツキ程度に恐怖して震えてるのを見てるような目なんですが、いったいこの人どんな人なの?
「そうだよちーちゃん、捕まってしまったら一巻の終わりなの、あいつらもIS学園なら入ってこないから匿ってぇ!」
「それは今必要か?」
「ちーちゃーん! 無下にしないでぇ! お慈悲を、お慈悲をー!」
ついには土下座までし出した謎の人物。もはや意地も誇りもかなぐり捨てたらしい。
それほどまでにヤバイ人物となると、まさかマフィアとかヤクザ......
「俺だ!」
突然響き渡る、男の堂々とした声。
俺はこの声を知っている......ということはつまり。
「織斑先生、逃げてください」
「どうした河南、切羽詰まった顔で」
「いいから逃げてください! さもないと1週間スイーツ食いながら日本列島縦断する羽目になりますよ!」
「何を言っているのかさっぱりわからんぞ」
「いいいいいいいいいいいやっはあああああああああ!」
叫びながら10mをはるかに超える天井から身一つで飛び降りて来た人影。その顔は逆光で見えないが、俺にはわかる。
「いつもニコニコ貴方の隣に!
這い寄るなんちゃら、河南兼政、です!
というわけでオータム、確保ぉ!」
「任せろ兼政!」
決めポーズをとる兄貴にざばりと海側から重装備背負って突撃してくる見慣れた茶髪をみて、全て理解した。
「これ、『ファンタスっ!』の撮影だわ」
「姉さんも仲間だったのか......」
「えっ......えっ?!」
見渡せばいつのまにか機材を構えるMとスコールの姿を見つけた、というかMの紙袋頭に制服似合いすぎ問題。というかさらっと生徒の列に紛れてるし、誰か気づけよ。
「ひゃっはー、いっしょに北海道に行こうぜー!」
「なあ束ちゃん、旅に出ようや」
「うるさいよ!」
「なんだ貴様ら、ここは部外者立ち入り禁止だぞ!」
「関係者ですー身内ですー! というわけで連行しますいいよねいいですよね答えは聞いてない!」
「ぎゃーこーろーさーれーるー! 簀巻きにされてバンに積み込まれて拉致されるー!」
「この、やめろ!」
「姉さん大丈夫か!」
「千冬姉!」
世界最強と謎の人物といつもの2人を足すと混沌しか生まれない。増して兄貴がハイテンションとなればなおさらカオス。
「......もうこれどうすんの?」
「ほっとけ、そのうちスコールさんが止めるから。......撮れ高取れるまで止まらないってことでもあるけど」
「あっはっはっはっは、ほんと飽きないわねえ、さすが天災、あはははは、うひひひ、あーおっかしお腹痛い!」
ギャースカと騒ぎ立てる先生方に、それを止めようと奮闘して巻き込まれた箒と一夏。そしてオロオロとする山田先生とゲラゲラ笑ってるスコールさん。そして死んだ目をしてるであろうM。
うーん、グダグダしてきたぞう!
「......じゃ、私らは始めちゃいましょうか」
「