〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら   作:通りすがる傭兵

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第39話 呆気ない幕切れ

 

 

 

 

作戦は完璧だった。

最初の一撃で仕留められなかったのは痛かったが、それも想定の範囲内。そのまま一夏が私の背中から飛び立ち、2対1での変則戦闘に移る。

私が陽動し敵を引きつけ、その隙に一夏が仕留める。あくまでも決め手は一夏の白式。

 

だが私はこう思ってしまったのだ。

 

この紅椿の力があれば、倒せるんじゃないかと。

 

確実に慢心していた。

普段ならば絶対に犯さなかったミスだ。

攻めっ気を出し過ぎれば隙が生まれるのは自明の理、想定よりもSEが目に見えて減っていた。それを気にした一夏は、自分の役割に徹しきれず私のカバーに回っていた。

そして、訪れた偶然。

 

私の無理矢理な追撃でバランスを崩す銀の福音、まさしく千載一遇のチャンスだった。

 

だがしかし、一夏は......一夏だった。

海域封鎖を掻い潜っていた密漁船。一夏はそれを見過ごすことは出来なかったのだ。

 

「そんなこと言うなんて箒らしくないぜ。どうしちまったんだよ」

 

声を荒げた私に向かって言った一夏の一言。

そこでやっと私は自分の過ちに気がつくことができた。

剣術家たるもの、剣に振り回されてはいけない。剣は力にあらず、剣は強きを挫き弱きを助くものであると。

その1番大切な心を、忘れてしまっていたのだ。

 

だが、気がつくのが遅すぎた。

 

一夏の白式はエネルギーを使い果たし飛ぶのがやっとで、私の紅椿も心許ないSE量。

そして強まる福音の攻勢をかわし切ることは出来ずじわじわとなぶるように、戦況は進む。ついには一夏が私をかばってやられてしまった。

傷だらけでぐったりとしたままの一夏を抱えた私は、無力だった。

 

まるで家族がバラバラになった時のような。

あるいは成政の背中を見送った時のような。

 

 

 

 

 

「まったく、箒ちゃんは昔から新しい道具使うとはしゃぐんだから」

 

福音が白い翼を広げ、エネルギーの雨を私と一夏に向かって降らせようとした瞬間、そんな声を聞いた気がした。

 

「......なり、まさ?」

「やっほ、さっきぶり」

 

盾を掲げて光弾から私達を守るよう立ちふさがる背中。その語り口はこの危機的状況を全く理解していないように普段どおりだった。

 

「どう、して」

「決まってんじゃないの、心配性だったからついてきたの。そしたら案の定って訳よ。

全くう、箒ちゃんは変なところでミスしちゃうんだから。そういうとこだよ?」

 

まるで武道場の隅でノートを持ちながら、練習終わりの時話しかけてくるような雰囲気。

今思えば、それこそが異変だったのだ。

 

「さ、早く行って」

「なんだと」

「逃げてって言ってるの」

 

いつも頼りない背中が、今日だけは頼もしく見えた。

だからこそ、この背中をもう見ることじゃないんじゃないかと、そう思ってしまったのだ。

 

「ふざけるな、私だってまだ!」

「SE2割、腕には怪我人。パイロットも消耗してる。

こんな状態で戦うなんて、マネージャーとしてはゴーサインは出せないね」

「だがお前を置いていくなど!」

「だったらすぐ戻って来ればいいのさ」

 

装甲越しに、いつものように笑いかけている気がした。

 

「失敗は誰にだってある。

大切なのはそこから立ち上がる事。

箒ちゃんは今失敗した、だったらやり直せばいいじゃない。

大丈夫、箒ちゃんが助けてくれるまではなんとか耐えてみせるさ」

「信じて、いいんだな」

「もっちろん、俺は約束は守る男だぜ。

一夏を宜しく頼むよ」

「......ああ!」

 

私は一夏を抱えて戦場に背を向け、出来うる限りありったけの速度で逃げた。

 

「待っていろ、すぐに、すぐに戻る!」

「わかった、待ってる!」

 

気前よく親指すら立ててみせた成政。

まさかこの後あんな事になるなんて、思いもしなかったのだ。

 

 

 

 

「ありがとう、紅椿」

 

砂浜に降り立った直後に消えた新しい相棒に礼を言い、一夏を抱えて砂浜をかける。

 

「一夏、箒、無事か!」

「2人とも大丈夫ですか!」

「一夏さん、箒さん!」

「私は大丈夫だ、それより一夏が......」

 

慌てて駆け寄ってきた千冬さんとセシリアに状況を説明し、一夏を抱えたまま旅館に駆け込む。

一夏はざっと見る限り外傷はあまりない。だが、内臓を傷つけていたり頭を打った可能性があるかもしれないから油断は出来ない。

 

「シャルロット、布団敷いて! 」

「わかった!」

「ラウラ、旅館の人に桶とタオル貰ってきて!」

「了解した!」

 

テキパキと指示を出す鈴音の助けもあり一夏は速やかに安全な場所に移された。

あとは、

「姉さん、今すぐ紅椿を飛ばせるようにしてくれ!」

「箒ちゃんの頼みとあれば!」

「シャルロット、ISの準備を頼む!」

「ええっ、なんで?」

「成政が戦っている、あいつが助けてくれたんだ! だから私が助けにいく番なんだ!

それには一番防御が優れているお前が適任だ、頼む!」

 

恥も見聞ももういらない、それを捨てて成政が助かるのなら、なんでもする。

私は躊躇する事なく額を地面に擦り付けた。

 

「そんなことしなくてもやるってばもう!」

「箒ちゃん準備できたよ!」

「ありがとう姉さん!」

 

シャルロットの手を引いて、焦る心のなすままに旅館の外に飛び出す。

 

「声に答えて、リヴァイヴ!」

「来い、紅椿!」

 

叫ぶ、だが何も起きなかった。

 

「どうした、紅椿!」

「あれ、リヴァイヴ?」

 

待機状態の紅椿に向けて叫ぶ。だが、先ほどまで私の思いに応えてくれていた相棒は何も答えようとはしない。それはシャルロットも同じだった。

 

「ちょっと待って、今原因を調べるから!」

 

空中に展開されたキーボードを叩き始める姉さん。すぐに原因がわかったらしく最初は軽口すら叩いていたはずだが、だんだん不機嫌になり始める。

 

「なああああもうなんでよ!」

「どうしたんだ姉さん、故障か?!」

「違う、ISがロックされてる」

いらだたしげに、半ば驚きすら交えて姉さんは皆に言った。

 

「ここにある専用機全部クラッキングされてて展開できないようになってる。それもすごいロックがかかってて私でも解除できない」

「それってつまり......」

「クラッキング解除には少なく見積もっても2時間はかかる。それまでISは飛ばせない」

 

残酷な死刑宣告。

私と一夏2人がかりでも30分と持たなかった相手に、2時間。

やるせない絶望感が、私に襲いかかる。

 

「それじゃ、成政は......」

 

助からない。あいつが死ぬ。

いてもたってもいられなくなった私は、絶望感を振り払おうと海に飛び込んだ。

 

「箒ちゃん何を」

「やめろ箒! いけるはずがない!」

「離せロラン、たとえISが使えなくても私は、私はぁっ!」

「よせ、死ぬだけだ! これ以上悲しむ人を増やすつもりかい!」

 

羽交い締めを振り払おうとジタバタともがく私にロランが声を荒げる。

 

「うるさい! たとえ私が死んでも、成政だけは私が助ける!」

「そういうことを言うな!」

 

ばしん、と鋭い音がした。

頬を叩かれたと気がつくのと同時に、ロランが泣いているのに気がついた。

 

「君が居なくなって悲しむ人がどれだけいると思ってる。そんなことを軽率に言うんじゃない!」

「っ......それでも!」

「バカ言ってんじゃ無いわよ、少しは頭冷やしなさい!」

 

鈴の声が聞こえて、意識が途切れた。

 

 

 

目を覚ました後には、全て終わっていた。

 

福音は倒された。

 

成政が戦闘開始からずっと戦闘データを旅館に送り続け、それを踏まえて立てた作戦がうまくいったのだという。

福音の二次移行(セカンド・シフト)という予想外の展開はありはすれ、そこに同じく一夏と二次移行した白式が駆けつけ事なきを得たという。

 

臨海学校が終わりバスに乗り込もうという時、福音のパイロットだというアメリカ人らしい女性が声をかけてくれたが、何も覚えてはいない。

 

学園に戻ってきた後、シャワーも浴びずに私は身体をベットに横たえた。

 

もうなにもしたくなかった。

 

心にぽっかりと空いた穴は、どうあがいても埋まりそうになかった。

 

 

 

 

 

 

学校を休んだ私は、その日の放課後に一夏を人気のない部室棟に呼び出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

部室棟の裏手、たまに私が真剣を振っている少し開けた場所に来て欲しい。一人で。

 

放課後珍しくメールが来て、行くと箒が待っていた。

 

 

今日は教室にいなかった箒。昨日から着替えた様子のない皺だらけの制服で、髪もボサボサ。顔も明らかに生気がなくて、目の下のクマはよく眠れていないことが見て取れた。

 

「はなしが、ある」

 

そう言って顔を上げた箒。目が合った瞬間、俺は思わず一歩後ずさりしてしまった。

 

ぽっかりと、目に穴が空いているようだった。そこから暗闇が覗いているような、そうとしか形容できないような感覚。

 

「......わたしはなりまさをころした。わたしがぜんぶわるいんだ。わたしがすべてのげんきょうなんだ。

わたしが、ことわっておけばよかったんだ」

「......箒」

「わたしが......わたしがわるいんだ。いっそのこと、わたしが......わたしが......」

「箒っ!」

 

ブツブツと言葉を垂れ流すようにして話していた箒を思い切り抱きしめる。なんとなくだが、これ以上言わせちゃいけない気がしたんだ。

それに、

 

「......俺だって悔しいさ。他のみんなもだ」

 

悲しいのは、お前だけじゃない。

 

「あれは誰のせいでもない、みんながみんなベストを尽くした、その結果がああだっただけなんだ」

「しかし......わたしは」

「お前は悪くない」

「ちがう、違う違う違う!」

 

どん、と身体を押しのけられる。

箒は、悔しそうに拳を握りしめながらボロボロと涙を流して泣いていた。

 

「ぜんぶ、ぜんぶ、わたしがわるい!

おまえがしにかけたのも、

なりまさがしんだのも、

みんなをきけんなめにあわせたことも、

まわりのみんなに、つらいおもいをさせていることも!」

 

まるで小さな駄々っ子のように自分の殻に閉じこもっているその様は、あまりにも滑稽で、あまりにも酷すぎる。

 

「......だけど、だれもいってくれない。

おまえのせいだ、おまえのせいであいつがしんだ、おまえはひとごろしなんだ。

そんなこと、いっかいもいわれなかった!

だれもわたしをせめてくれない!

だれもわたしがまちがったといってくれない!

だれも、わたしをみてくれない。

 

ひがいしゃのわくにわたしをおしこめて、かわいそうだとこていかんねんをすりつけて、だれもほんとうのわたしをみてくれないんだ!」

 

そんなの、言えるわけがないだろう。誰もいうはずがない。

悲しい事には誰しも蓋をする。そして癒えるまでずっと閉じ込めて、忘れようとする人もいる。まだ1日しか経っていないんだ。傷を掘りかえすなんてこと、俺はしたくない。

 

「......今から本当の事を言う」

 

ああそうだ、成政はこんなこと望まないさ。いつもみんなが笑って、ハッピーエンドにさせようと一人影で頑張ってるあいつが、箒を悲しませるような事は望まない。傷つけようなんて思うのは以ての外だ。あいつなら絶対にしないし許さない。

だけど......今回ばかりは許せよ、成政。

「お前のせいだ、お前が悪い」

「そうだ......わたしが、わたしだけが」

「違う! 俺と箒が悪いんだ!」

 

箒ほどではないにせよ、俺だっていまにも泣き出しそうなくらいに悲しいんだ。

 

「俺が、もっと上手く立ち回れていればなんとかなった! 俺がもっと強ければよかったんだ、それで! 密漁船を見捨てられなかった、甘ったれの俺が悪かったんだ!」

 

助けた事自体に後悔はない。後で聞いたが、あの人たちはちゃんと無傷で脱出していた。警察に捕まってしまったらしいけどまあ当然だよな。

けど、思ってしまうこともある。

あの時密漁船を見捨てていれば、全てうまく行ったんじゃないかと。あの攻撃は自分でも渾身のキレで、意識がそれなきゃ確実に福音を捉えていた筈だ。

「お前が気を抜いたのが悪かった!

それを見て気を使ってお前を信じきれなかったお前が悪いんだ!

お前が無茶な攻撃をしたのが悪かった!

それを咎めもしなかった俺が悪かった!」

 

箒に罪があるなら俺も同罪だ。あの場にいたのは紛れもなく俺と箒の2人だけだったんだから当然の事だ。

 

「箒のせいでこうなったのかもしれない。その責任の一端は箒にあるのかもしれない。

だけどな、それは俺も同じ」

「ちがう、ちがう」

 

思わず胸ぐらを掴み上げる。そうでもしないとこの分からず屋には俺の言葉は伝わらない。

 

「そうだな、全く違う。

 

あの場に居合わせていたみんなが悪いんだ。

千冬姉も山田先生も、お前も俺も鈴もセシリアもシャルのラウラもロランも他の先生方も束さんも成政の兄貴たちも、全員悪い」

 

だけどな、と俺は叫ぶ。

 

「あいつはそれを望んじゃない、誰も傷つく事なんて望んじゃいないんだ!

たしかにあいつが悪いこいつが悪いと思う心は誰だって少なからずある。けどな、あいつは......成政はそんな事させたくないんだよ!

みんなに、笑って欲しいんだよ!」

「......そんなこと、わかるはずもないだろう!」

「わかるよ」

 

ポケットからボイスレコーダーを取り出し、手渡す。唐突にそんな事したからか混乱してるようで固まってるけど、話を聞いてくれるんならなんでもいい。

 

「成政からのメッセージだ。戦いが終わった後に、旅館に届いてた。

みんなに一言ずつ、というか結構な量言ってたよ。とかく律儀なのはあいつらしいけどな」

 

箒が震える手で再生ボタンを押す。

 

「一件のメッセージがあります......」

 


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