〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら 作:通りすがる傭兵
うるさくがなりたてる目覚ましを叩いて止めて、もやもやとした目で壁にかかったカレンダーを見上げる。
「......そうか」
もう、そんな日なのだなとひとりごちる。
今日の日付は8月6日、成政さんの命日から1ヶ月が経とうとしていた。
「おはようみんな。相変わらず河南くんは入院中で居ないしクソ暑いけど、だからって気を抜かないように!」
「「「「はい!」」」」
世間では、成政は臨海学校の時に怪我をして長期入院中という事になっている。学友が死んだという事実は伝えるにはあまりに重すぎるし、世界でたった二人の男子操縦者の片割れの所在が不明となれば世界が混乱する。そう考えられてのことだろう。
「篠ノ之さん、河南くんのお見舞いとか行った? 仲よかったじゃん」
「それが面会謝絶で」
「ごめん、悪いこと聞いたっぽい?」
「いえ、そんな......」
「篠ノ之さん、最近なんか寂しそうな顔してるから、ちょっと心配で」
「ああいえ、別に。むしろあいつがいないからせいせいしてるくらいですよ」
当然なのだが、全てを知っている私だけには無神経な言葉が心を削りとる。
この言い訳ももう何回めだろうか。
それを言うたびに、自分の心が締め付けられるような痛みすら覚える。
それは私が自分の罪を自覚しているから、と受け取ればいいのだろうか。
私のせいで成政は死んだ。
一夏はお前だけのせいじゃないと言ってくれはしたが、その大部分の責は私にある。それは不変の事実なのだ。
だからこそ、それをわたしは背負っていかねばならないのだ。あいつの最後の言葉を、二人の幼き日の約束を叶えると言う目標を。
「よし、まずは素振り500から!」
「「「「はい!」」」」
掛け声とともに、自分の竹刀を手に取る。
「重い、な」
たった400グラムの竹刀。昔は軽々としていたそれが今は途轍もなく重く感じるのは、想いを刃に載せているからだろうか。
「篠ノ之さんどこか調子でも悪いの?」
「すみません、考え事を」
「もう、しっかりしてよね」
部長にぺこりと頭を下げてから、真っ直ぐに前を向いて竹刀を握り直す。
まだ心の整理がついたとは言い難い。
未だに私はあの日の事を夢に見る。
だけど、もうそろそろ一区切りつけても良いんではないだろうか。それにあいつがもし隣にいたら、きっとこう言うだろう。
『はいはいクヨクヨしない。もっとスパって切り替えて、集中して!
ほら、また悪い癖が出てるんだから!』
あいつはこれを望んでいない、だからこそ私はその願いに殉じよう。
圧倒的に完膚なきまでの力を。
それだけが、残された私にできる唯一の事。
二人分の想いを乗せて、私は竹刀をこれからも振るい続ける。
その先の、夢に向かって。
「みんな、十分にストレッチして身体をやすめて、明日の練習に備えるように。解散!」
日が水平線に沈みかけるころに練習が終わる。これから皆思い思いに過ごす事だろう。
「ほうきさーん、一緒にご飯食べない?」
「ああ、すまないが今日は宿題をやるつもりでな」
「ぶー、けちんぼ。じゃ明日は?」
「明日はいいぞ。特に予定もない」
「ほんと、やったあ! じゃ明日ね!」
「ああ」
とてて、とかけていく西。あいつは入部当時はいつも騒がしくトラブルばかり起こしていたが今となっては部に無くてはならないムードメーカーだ。
随分と剣道部も雰囲気が良くなってきている。きっと秋大会に向けて一丸となれている証左だろう。とても良い事だ。
「御機嫌よう、篠ノ之さん。また明日」
「ああ、また明日な四十院」
部屋の前で四十院と別れ、自分の部屋に入る。ルームメイトは里帰り中でここにはおらず実質1人部屋、何をしてもとやかく言われることはない。
私は重い身体から汗臭い服を脱いでカゴに入れ、洗面所に向かった。
鏡に向かい合う。
若干前よりはやつれたような気もするが、目の下にくまもなく血色もいい。
そう、まるで
「......っ、く」
思わず心の奥から粘つくような感情が這い上がる。
ひとり、誰もいない部屋。
ここだけならば、心の鍵を外す事ができる。
「......なぜ、どうしてなのだっ!
あいつの思いを背負うなど、私にはできはしないのに、そんな資格など無いはずなのに!
乗り越えるなんてそんなおこがましい真似をよくもまあスラスラと!」
行き場のない怒りを拳に乗せて鏡を殴りつける。放射状にビシリとひび割れ、私の顔が切り刻まれて歪む。
今ある現実、過去の後悔、そして自分。
その全てが憎い。
今あるもの全てを私は憎悪する。
「ふざけるな、ふざけるなふざけるな!
ふざけるなあっ!」
拳を叩きつける。
何度も、何度も何度も何度も。
拳の皮が擦り切れて肉がむき出しになっても、赤い雫が腕を伝うようになっても。
ひりつくような痛みが手を走る。
だがこれでは足りない、足りなさすぎる。
この程度では足りない。この程度の痛みなぞ成政の死の間際の苦痛、その足元に及ぶべくはずもないのだ。
「何故、私なのだ! 何故お前が生き残らなかったのだ!」
見捨ててしまえばよかったのだ。
腐れ縁、元幼馴染、大切な選手。その全ては自分の命に値しうるものだろうか。
否、そんなはずがない。
「何故、おまえは、お前は私を......」
故に私には理解できない。
「何故、何故なのだっ!」
故に、心の限りを叫ぶ。
「何故
お前の代わりなどどこにもいないだろう!
お前が死んで悲しむ人は沢山いるだろう!
それをわかっていて、お前は、お前は!」
最後の光景がフラッシュバックする。
『わかった、待ってる!』
自分の目の前に広がる絶望を見て笑っていたのだ。
「何故お前は、笑っていたのだ!
叶わないはずの言葉なのに、何故お前は笑っていたのだ! 何故、何故、何故なんだあっ!」
血で拳が滑り、バランスを崩して倒れこむ。
「何故、お前は私を助けたんだ!
何故お前が助からなかったのだ!
何故私を見捨ててくれなかったのだ!」
ああ、わかっている。
残されたものの悲しみは耐え難く辛い。成政はそれを想像することすら耐えられなかったのだ。
だからこそ迷いなく飛び出し、失くさないようにした。
私たちを置き去りにしたまま、自分を犠牲にして。
「何故お前は、理解しなかったのだ!
残されたものの悲しみを、怒りを、憎しみを、妬みを、無力感を、絶望を!」
叫ぶたびに喉が擦り切れて、鉄の香りが鼻を抜けていく。それ以上にあいつの事を思うたびに胸が締め付けられる。
「何故、何故っ!」
それ以上はいけない、理性が叫ぶ。
それを叫べ、と本能が叫ぶ。
だから、私は。
「何故、お前は、私を好きになってしまったのだ!」
気づいていたはずなのに。
それを知っていてなお、お前は私の手伝いをしてくれたのだ。それがどれほどの苦痛だったか推し量ることはできないのだ。
「もうお前はいない! だったら、この想いは! 胸を焦がすようなこの感情の嵐を誰にぶつければいいのだ!」
叫ぶ。
叫ぶ。
叫ぶ。
だが、その想いはもう届かない。
夏はまだ、始まったばかりだ。
「あーテステス、カメラ回ってる?
まあ別に回さなくてもいいんだけどさ、まケジメみたいなもんだよ。それにほら家族なんだし。ビデオレターなんてがらじゃ......え、回ってんの、あそう。じゃあ撮ってて」
どこかの会議室。椅子に座り腕を組んでカメラの目の前に立つ男、河南兼政。
いつも笑顔ばかり浮かべていた男の顔は、今日ばかりは憤怒の形相を浮かべていた。
「物語の最高の終わり方はなんだと思う?
人それぞれ意見はあるだろうが、俺はハッピーエンドだと思うね。
いくら終わりが薄っぺらで、反則技みたいで、脈路もなく御都合主義で本当にふざけていたとしても、みんなが幸せであればそれでいいと思う。
だが見てみろお前、みんなの顔を。
楽しそうに見えるか、ん?
そんなわきゃないよなぁ。だってみんな悲しそうな顔してんだもの。
ヒーローは手を振り、帰ってきませんでした。残された人々はヒーローの銅像を建て、末永く感謝して幸せに暮らしましたとさ。
ふざけんな。
幸せに暮らせたはずねえだろ。
そう思うよな、お前らも。
ああそうだ、残されたものが幸せになる事なんてない。忘れることも出来ない。
できることは悲しみにくれてるだけで、記憶の奥にそれを押し込めて時々思い返してああそんな奴もいたなあとちょっと涙ぐんで。
クソみたいな後日譚だな、ああ?
俺は許さねえぞ。
俺は完膚なきまでの勝利が好きだ。
俺は完膚なきまでの完全で完璧で無敵なハッピーエンドを求めてる。
勝ち逃げなんぞ許さねえぞ成政。いつもクソだのバカだの言ってたが、その言葉そっくりそのまま返してやんよ成政。
お前の方がバカでアホだ、いや大バカでクソアホだどあほう!
いいか、よく聞けよ。
俺の辞書に不可能なんて文字は存在しねえ。
たとえ0コンマ000001パーセントの奇跡だろうが達成してやろうじゃないの。
俺に対して問題を突きつけるって事は俺に対して喧嘩を売ってると同義だからなああん?」
青筋を浮かべながらだんだん声を荒げる兼政。最後にと一際声を大きくして告げた。
「さあ、物語を続けよう。
最高のバットエンドを最悪のハッピーエンドに変えてやる。覚悟しとけよ?」
物語は動き出す。
あらゆる人物の思惑を乗せて。
関わる全てを巻き込んで、事態は加速する。
『もすもすーひねもすー、って君かぁ。
珍しいねえ、私に電話なんて』
「頼みがある」
『なになに、私に頼みごとなんて?
明日は槍が降るのかなー?
でも命の恩人なわけだし、言うこと聞いてあげるよ、できる範囲でだけど』
さあ、救済を始めよう。