〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら 作:通りすがる傭兵
だって扱い易いんですもの。
ちゅんちゅんと小鳥がさえずり、眩しい朝日が窓から注ぐ。周りはまだ静寂に包まれ、自らの立てる心臓の音が聞こえるほどだ。
晴れた空に清々しい空気。
とてもいい日だと普段ならば考え、それこそ気持ちの良い気分で1日を始められるだろう。
俺が腕の中に女の子を抱え込んでいなければ。
(どうして、こうなった......!)
すうすうと腕の中で気持ちよく眠る少女。時折ムニムニと口を動かし、なぜか噛み付くそぶりまで見せているあたりどんな夢なのか気になるところだが、今はそれどころじゃない。
もし誰かに見られでもすれば、そんな事のその後を想像しただけで冷や汗が止まらない。
最悪の事態だけは回避するために着ぐるみだか某電気ネズミだかに似た、フード付きパジャマを着た名前も知らない彼女を引き剥がそうとするが、
「む〜」
(あかん、完全に
偶然か運命のいたずらか、ヒジ関節を完璧に固められて動くに動けない。しかも抜け出そうにもどういうわけか完全にマウントを取られているので動けず、どかそうとすればまずは腕をどうにかしないといけない訳で。
(うん、無理だこれ)
早々に俺は抜け出す事を諦めた。
寝ている彼女の感触を極力頭から追い出して考え出した結論は、力技で抜け出すこともできなくはない。
だがそれは俺の上でグースカ気持ち良さそうに寝ている彼女を起こすことになる訳で、それをするのは忍びないし罪悪感が否めない。
1026室にいたという事は名前も知らない彼女はこれからのルームメイトでもあるわけだし、第一印象が大声というのは円滑なコミュニケーションに害が出る。
(起きるまで、そっとしておこう)
いつも5時くらいに起きているのが習慣だから時間もそれくらいだろう。まだ朝食の時間までは余裕もあるし二度寝と
「河南、起きているか」
(ふぉわあああああああああああ!?)
ドアを叩く音と、まだ慣れない篠ノ之の声。
おそらく朝練のお誘いにでも来たのだろうが、今この場面を見られたとなると色々まずい。
特に寮長の織斑先生が絡むとなると、もっとまずい。
「河南、まだ寝ているのか?河南」
(寝ていると思ってくれています様に寝ていると思ってくれています様に寝ていると思ってくれています様に)
「なんだ、鍵が開いているではないか。入るぞ」
(なんで開いてるのおおおおおおおお?!)
IS学園寮、オートロックではない模様。
すぐ寝てしまったせいで鍵を占めるなんてことがすっぽりと頭から抜け落ちていた。
(終わったー!俺の人生終わったー!)
今の状況から抜け出したくて、残る片一方の手で布団を深々とかぶる。どうにかなるわけではないだろうが、しないよりはマシだろう。
これから俺はセクハラ疑惑の前科者の汚名を背負って歩く事になるんだろうな。クラスメイトからは白い目で見られ、家族には笑われ、世間から冷い目線を浴びるようになって。
さよなら、俺の人生。
「おはよ〜しーののん」
「なんだ、
「幸せそうに寝てるよ〜」
「そうか、朝早くからすまなかったな。
河南、起きろ、朝だぞ」
「......え?」
ゆさゆさと揺さぶられて、意識が現実に引き戻される。
ばさり、と布団がめくられて見えるのは、布団を掴んだ少し困り顔の篠ノ之と、その後ろでニコニコとしている先ほどまで俺を下敷きにしていた子。そして俺にのしかかって来ているのは枕。
訳の分からない状況に困惑しているのを寝起きと勘違いしたか、篠ノ之は普段より腹に力を入れた語り口で要件を告げ、部屋を出て行った。
まるで状況が理解できない。
「なりり〜、早くしないとしののんに怒られちゃうよ?」
「え、あ、そうだ朝練だ!」
言われてあたふたと顔を洗ってジャージに着替え、まだ覚えられない建物が多い中覚えている武道場への地図を脳内に描く。
おそらくあれはきっと悪い夢だったんだ。寝ぼけ頭の見せる幻覚、春の陽気が見せた夢。
「悪い、布仏。迷惑かけた」
「ルームメイトなんだから、気にしなくていいよ〜。
それに、気持ちよかったし」
最後にボソリと彼女がつぶやいた言葉も、幻であって欲しかった。
◇◇◇
「アレだな。お前センスあるな」
「本当か!」
「集中しろ」
篠ノ之と2人で物寂しく素振りしている姿を見てなんとなくそう呟いたら、目ざとく食らいついてきた。
期待に目を輝かせてこちらに近づいて来るのを篠ノ之が注意して竹刀で叩く。側から見れば微笑ましい光景なんだろう。何人か隠れて見てる奴もほっこりしてるんだが、楽しいものなのか?
当事者の身としては楽しいからいいんだが。
思わせぶりなことを言って真実を伝えない、というのは結構気になることで。織斑の身になって考えるに集中できないだろう。休憩時間に伝えるついでに近況報告も済ませておこう。
「さっき言ったセンスある、ってのを説明すると、お前は修正能力が高い」
「修正能力?」
「おうむ返しって事は自覚なしか。
つまり俺がああせいこうせいと言ったのを直す能力が高い、て事だ。要するに癖を直したりするのが人より早いって事だ。
これじゃ練習計画を一から十まで見直すことになりそうだな」
「その割には楽しそうにしているな」
悪態をついていると茶々を入れてくる篠ノ之に、俺は満面の笑みで返した。
「だってさ、自分の予想の斜め上を行かれるのって悔しくない?
練習計画だって、俺はいつもとても頑張れば達成できる、って組んでるんだ。
その上を行かれるってのは練習してるのが潜在能力をきっちり発揮しててくれてるって事になるし、実力がもっとあったって事なんだ。
それを見抜けないのが悔しくて、練習してるのが俺はまだいけるぞって笑ってんのが悔しくて、それが楽しくてたまらんのぜ!」
「そ、そうなのか......」
「悪い、俺には理解できねえ」
「正直なのは美徳だがそこまで言われると傷つくぞ」
「あ、えっと、ごめん」
「冗談だ、気にすんな」
「で、こっから真面目な話......
正直言って、作戦のほうはかなりマズイ」
「ダメなのか?」
「ダメって程でもないが正直、知識がなさ過ぎる。試合動画なんかは見たが、何が何やらさっぱりだ」
「そうか......」
「でー、篠ノ之?
ダメ元で聞くけど、お前の姉さんがIS作ったんだよな? それならお前も詳しいとかないの?」
「ISとは距離を置いていた。好き嫌いで言えば嫌いだったからな」
「じゃ仕方ない」
一旦間を置き、昨日試合を見ながら書いていたメモを見せる。覗き込む2人がハテナマークを浮かべているが、俺が読めりゃ問題ないんだ、気にするな。
「で、試合動画を軽く1000週してたんだが」
「「1000?!」」
「時間が足りんくてな。少ないだろ」
「いや多い、多過ぎるだろ!」
「だからなのか、その目元が腫れているのは」
「昨日はこっ酷く怒られちゃってねえ。
ま、それはさておき」
俺はノートをめくりつつ、なるだけ2人に噛み砕いた説明を重ねた。文字は読めないが、なんとか理解してくれたらしく少しは頷きを返してくれている。
ここで質問ができれば優秀だったんだが、それは酷というものだろう。今後に期待だ。
「で、今のところはだが、剣担いで寄って斬るくらいしか策は無い。
どうせ銃なんて現代日本にゃ縁遠いもんだし、使えないもんはバッサリ切り捨てたほうがいい」
「待った、せめて銃は持つだけはしとこうぜ。多少選択の幅が広がるってもんだろ」
「二兎追う者は一兎も得ずだ一夏。半端な練度で勝負事に挑むのは悪影響しか出ない」
「それはそうだけどさあ」
「その手段もなくは無い。だが、銃ってのはうるさい重い反動強いで、慣れてないと使えないんだよなぁ本当。
下手すると捻挫とか怪我するし」
「そっか......やめとく」
「剣一本に絞った方がこちらもやり易いしな。そうしてくれると助かる」
「で、他に参考になりそうな動画をいくつかピックアップして置いたんだ。あとで見ていてくれ」
「一夏、試合で使用するISはどうなのだ。まだ決まっていないのだろう」
「うげ、そういやそうだった」
「そいつはこっちで考えとく。特性からするに十中八九
「試合で使えるのってIS学園の機体なのか?」
「専用機の話もないしそうだろ。俺は一応アメリカの民間企業から専用機の話が」
「へえ、セシリアと同じなのか! お前実はすごいのか?」
あ、これそういや
「......やっぱ今のなしで」
「専用機ってどんななんだ、どんなやつなんだ?」
「いーまーのーなーしーで!」
「いや、でも」
「あーあー聞こえない聞こえなーい!」
「練習に戻れ一夏、河南!」
遠慮なしに振り下ろされた竹刀は、織斑先生かくもやと言わんばかりの斬れ味でした。
成長したな、篠ノ之。俺は嬉しいよ。
「でも防具なしの頭を叩くのは危ないからやめようね!」
「す、すまない、体が勝手に」
キーンコーンカーンコーン、と中学校と同じような、それでいてメカっぽい電子音のチャイムが響く。もしかして1時間目が、と時計を振り返るがその時間までは余裕がある。
って、そろそろ食堂開く時間じゃん。
「お前ら朝飯まだだろ? そろそろ食堂開くし朝練はお開き、て事で。
話の続きは昼から放課後に、イイね!」
「絶対に聞かせてもらうからな!」
「いいから行くぞ。1時間目は千冬さんの授業なんだ、遅れでもしたらどうなるか」
「今日の朝ごはんはなーにかなー!」
有耶無耶にできた......と信じています。
◇◇◇
「早速で悪いが、織斑には専用機が受領される」
「......えっ」
授業で開口一番のセリフがそれだった。
その時、空き時間を使って打鉄について纏めていた俺の気持ちを答えよ。
(ちくしょおおおおおおおおお!)
俺の10分を返せ、俺の努力と頑張りを返せよおこのクソ教師!
「貴様はすでに専用機を貰っているだろうが」
「唐突にカミングアウト!?」
「貴様はもう使えるではないか、織斑のはギリギリまで仕上げている最中だ。試合で使えるかは五分なんだぞ」
「ねえ先生、自分の専用機わかってます?」
「わかっているが?」
「そうですよねこんちきしょう!」
俺の専用機、というものが一応ある。
知り合いの知り合いの知り合いというほぼ他人だが、伝手でたまたま縁があり、専用機の話が飛んできた。他にも話はあったが得体の知れない赤の他人よりは他人のほうが、というわけでその話を受けたわけ。
その後になってみるとその機体の性能が俺の趣味趣向にドンピシャで、何かしらの縁だか運命を感じた。ただ、思っていた“かっこいい”機体、て訳でも無かったのだが、そう世の中うまくいかないて事だ。
「あら、貴方も専用機を持っていますの。ならば、これで条件も五分ですわね。楽しい試合を期待しています」
「悪いけどそんな風にはならないとは思う」
オルコットの台詞にそう返して、俺はこれからやるべき事を考え、その仕事量に頭を抱えたくなった。
「やべえ、超楽しい」
試合まで、残り5日。
割とピンチだが、やりたいことは十分できそうだ。