〜もしエス〜 もし女子剣道部のマネージャーがインフィニット・ストラトスを起動したら 作:通りすがる傭兵
読んでいてあんまり面白くない、とは思いますが必要なことですので。
要するにこれを伏線と呼ぶ。
麻婆麺、というものが中華料理にあるらしい。
頼んでみたら麻婆をラーメンのようなものに乗せただけだが、これが意外とイケる。
辛く味付けされた肉そぼろと、細めのストレート麺がよく絡み、さらに鶏ガラ出汁の聞いたあっさりスープが口当たりを軽くしてくれる。
要するに、俺は新しい世界の扉を開いてしまったのだ。
「ちょ、考え事しながら七味振るのは良く無いって! こんもり山になってるじゃないか!」
「まだ半分以上残っているというのに、勿体無いことを」
「......んー、もうちょい辛い方がいいかね。めんどくさいなあ、ふた取っちゃお」
「「え」」
いつも通り中蓋を取り外し、瓶の中身を全て皿にあける。そして全体をガシガシとかき混ぜ、赤い粒のついた麺を啜る。
うん、ピリッとした唐辛子の辛さが、その奥の旨味をさらに引き立ててくれている。ここの七味いい奴使ってるな、香りがいい。単純な辛さの中に混じる他に入れられたスパイスの香りがいいアクセントになってる。
そして混ぜ込まれた唐辛子の輪切りを齧れば、
「んー、堪らん! 美味すぎる!」
「正気か?」
俺はそう口答えした織斑の口に、レンゲですくった赤いスープと肉を押し込んだ。
食ってから文句を言ってみろっての。
「あがあああああああああああああああああああああ!!!!」
この料理、一つ問題があるとすれば具材のニラの香りが気になるくらい。食べた後の口臭の破壊力が自分で嗅いでもやばかった。
ちゃんと歯磨きしとかないとな。
「それで作戦の話なんだけど......って一夏は?」
「保健室だ」
◇◇◇
放課後。
「一夏、専用機の話って何か聞いてる?」
「それが全然。そもそも存在すら知らなかったんだぞ、俺に聞くな」
「全く、もっと頑張ったらどうだ」
「俺だってわかってるわ!」
3人で頭を付き合わせ教室で作戦会議。
専用機のせの字も理解していない一夏は役立たずで、残る2人も素人以上初心者未満。
剣道の実力があるといえど、空中戦だったら平面移動だと全く対応できないだろうし。
「とりあえず試合動画を一度見てくれる?」
これくらいしか、今できそうなことが思いつかない。3人よればなんとやら、俺が見えなかった事を、こいつらが見てくれるかもしれない。
本来ならスマホか何かのつもりだったのだが、貸し出し自由ということで学校のPCを借りDVDを中に入れてきた。キーボードを少し叩けば試合動画が流れ始める。
時間にして正味20分ほど、無言のまま時は流れ。
「めっちゃ強そうだな、はぁ」
「一夏に見せない方がよかったかもしれんな」
「そういう可能性は考慮してなかったかも」
終わった途端に弱音を吐く一夏を見て、少し路線変更を強いられることになった。
ああも言い返せるのは勇気がある奴だし、心の方も結構頑丈だと思ってたんだがな。これは少し予想外だ。
たった2人の男子操縦者。
そのうち上手く戦えるのは自分だけ。
少し俺は気楽すぎたのかもしれない。今回は簡単な試合、公式戦でもない。だから別に負けてもいい、背負うものなんて何一つ無いんだってな。
俺と違って一夏は背負うもんがあるんだ。
それを、男だから考えてることも似たようなことだろって今まで考えて来たこともなかった。
「やっぱ代表候補生って強そうだよなぁ......」
涙目になって頭を抱える弱々しい一夏。ダメだ、これじゃ勝てる試合も勝てそうにない。
メンタリティについてはまだ勉強中なんだぞ、こう言ったのってどう励ませば、
「だったら、今すぐオルコットに土下座でもするか?」
顔を上げると、いつのまにか立ち上がっていた篠ノ之が織斑を見下してそう言い放った。その発言にあっけにとられる男子2人を意にも介さず、よく通る強気な声で言葉を続ける。
「そんな弱気な男ではないだろう、一夏!
日本男児ならば、武士ならば、男ならば、自分の言ったことに責任を持て。
己を簡単に曲げようとするんじゃない、軟弱者! 」
項垂れる一夏の襟首を掴み上げて無理やり立たせた篠ノ之の、
「それが、私より強かった男の、お前の、言うことなのか!」
声を詰まらせて訴える真剣な横顔は、同じ剣道場で竹刀を振るっていた昔と変わらないままだった。
「ははっ、弱気になりすぎだろ、俺! サンキュー箒、お陰で目が覚めたぜ」
「当然のことだ、なにせ私を倒したんだからな。いずれ私が勝つまで、負けるのは許さん」
10年以上経つってのに、昔と変わらずに篠ノ之のような勇気ある行動ができない自分が嫌になりそうだ。
「......悪い」
「気にすんなって! 今のは俺のせいだよ。
よく考えれば、こんな強い奴と戦える機会なんてそうそう無いはずなんだ。だったらそれを生かさないとな!」
そう言って俺の背中を叩いて、逆に励ましてくれさえする一夏。すぐに気持ちを切り替えて、前を向けるお前が少し羨ましい。
「少し、外の空気吸ってくる」
半ば逃げるように、俺は教室を出ていった。
◇◇◇
途中自販機に寄ってコーヒーを買い、風が気持ちよさそうな中庭のベンチに陣取った。
飲み慣れてもいないのにコイツを頼むなんて、本当にどうかしている。コーヒーの旨さなんてただ苦いやら酸っぱいやらで解らない。ただ、なにかを洗い流したくて不味い液体を無理やり飲んでいる気がする。
「俺、浮かれてたのかもしれんなあ」
ふと口をついて出たその言葉に、俺は心底同意する。今考えてみればそうだ。
俺は所属するチームを全国優勝に導いた。ただ裏方として、全力で頑張って来た。選手のサポートに、練習計画の立案、試合の前準備、そのほかの雑事。できる事はなんでもした。
だから俺が居たから、俺のおかげでなんて天狗になったんだ。
俺たちのチームが勝ち進んだのはひとえに選手の努力の結果にすぎない。そこにおそらく、俺の因子なんてのはみじんも挟まってはいないだろう。
たった3日の付き合いとはいえサポートする選手の心の不調や内面を察する事も出来ないようなマネージャーなんて、三流以下もいいところじゃないか。
「河南は一流だ。この私が保証しよう」
とす、と誰かが腰を落とす音がした。
「篠ノ之......」
「途中から一人で話して居たが、そのような事で悩むとはな」
「......」
「河南は深く考えすぎやしないか?」
「楽観的に考えてよかった試しがない」
「だったら今から試してみてはどうだ。
一夏は、予想を遥かに超えていく人間だ。もっと楽に考えろ」
「幼馴染としての経験からか?」
「そんなところだ」
幼馴染か、羨ましいな。俺も一緒なはずなのに、どこで差がついたんだか。織斑には言って、俺には何も言ってくれないくせに。
「お前、織斑のことが好きなんだろう?」
「ななななななにゃにをそんなこと」
「
慌てているあたり事実だろう。推測は間違ってはいなかったようだ。
「好きだから、よく見ている。
様子も分かるし、癖もきっちり覚えている。
武道場での試合の時に右に回り込んだのは、織斑が気を抜いた時、左だけ握り直す癖を覚えていたんだろう? そんな細かいところは普通気づかないし、正々堂々とした篠ノ之が相手のミスを誘うような真似普通はしない。ほぼ無意識にやっている事だろうとすぐ当たりはついたさ。
それくらいの長い付き合いだった。
だったら、異性間での感情くらい芽生えるだろうって察しはつくよ」
あと態度もあからさまだったしな、と付け加えるころにはもう顔から湯気が出るほどに赤くなっていた。
「にゃ、にゃんでそんなこと言うんだ」
「羨ましいから」
俺だってそういった感情はない訳じゃない。枯れてる訳でもないし、ちゃんと俺は女の子が好きだ。今まで女子だらけの環境で半ば麻痺していたが、改めて思う。
「俺はマネージャーだから、あんなに織斑と円滑にコミュニケーションができるお前が、羨ましいからだよ」
(お前の事を、俺は多分好きだからだよ)
どうせ負けが決まっているから、口には絶対に出さないけどな。
「気ぃ使ってくれてサンキューな。きっちり気分転換できたし、話し合いに戻るか」
「......いや、一夏には剣道部の練習に参加してもらっている。部長とは顔見知りだったんでな」
「そいつは助かる、すぐに合流して」
「なあ河南、いや
いつもは呼ばれない名前で呼ばれて、思わず立ち止まってしまう。
「......何か、私に隠していないか?」
「いや、全く」
息をするように嘘をついて、俺はその場を後にした。また俺は現実から目を背けて逃げた。
俺は、弱虫のままだ。
◇◇◇
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「なりり〜どうしたの〜」
「ごめん、静かにする」
あの後表面だけは繕って練習には参加した。どうにかこうにか作り笑いを顔にはっつけて、篠ノ之の疑う視線に極力入らないように立ち回る事2時間弱。
床のモップ拭きと防具の清掃と竹刀の片付けやらなんやらをいつも通りに終えて、織斑と篠ノ之に極力会わないように部屋に戻ってきた。
幸いにも消灯時間まで時間もなかったし、誰かが部屋に押しかけてくる事もないはず。
気が抜けた瞬間、今までやってきたことに対する自己嫌悪や嫉妬やら羞恥心やら土砂降りのように降り注いできて、今に至る。
誰かに話せば楽になるだろうけど、こんな個人的なこと話せるのは織斑か篠ノ之くらい。その2人と顔合わせるのが気まずいのだから、抱え込む事しかできない。
「日記書いて寝よ......」
昨日は疲れ切って書き忘れていた日記をつけようと机に向かう。
だが、今日のことを赤裸々に書くのも
「......なんも書けねえ」
このまま寝落ちで突っ伏して寝てしまえればどれほど楽だったか。
だが、机に向かって固まっていても眠気に襲われないばかりか目がギンギン冴え渡ってくる。
「ぬぐぐぐぐぐぐ」
「なりり〜?」
「なんでもない」
かつかつとペンで紙を叩いてもネタは出て来ないし、頭を叩いても頬をつねっても逆立ちしても歯磨きを3回もしても現状は何も解決しない。
「明日どのツラ下げて2人に会えっての......」
「何か悩みごと〜?」
「どわっ!」
顔を上げると布仏さんの顔がドアップだったので思わず倒れ込んでしまった。どうやら横から覗き込んでいたらしく、机の横でニコニコ笑っていた。
「いいのいいの〜、同じるーむめいとなんだから、話してもいいのよ〜」
「いや、しかしだなぁ」
「ん〜?」
はっきりと答えるでもなく、鳴き声のようなものを出しながら静かにこちらを見つめてくる布仏。やる気のない垂れ目とダボダボの服が創るポワポワとした雰囲気。それが醸し出す摩訶不思議オーラがそうさせるのか、気がついた時にはうっかり口が滑り出していた。
「友達と気まずくてな......というか俺が勝手にそう思ってるだけなんだが。
今日の朝、ポロッと織斑が弱音を吐くのを聞いてしまってな、そればかりはどうしようもない事は理解してる。
だけど、その原因の一端が俺にあると考えると、自分が今やっていることが正しい事なのか、それともただの逃げなのか。
あとそれと、行動力のない自分が腹立たしくて、嫌になって、でもどうしようもなくて。
自分で折り合いがつけられれば全部解決するんだけど、そうもいかなくて」
「なりり〜は馬鹿だねえ。人間は神様にはなれないんだよお、頭大丈夫〜?」
「君ィ意外と辛辣だね!? 外見からしてゆるふわ系なのほほんとした人じゃないのかい」
「人をイメージで決めつけるのは良くないよぉ」
「ともかく、君が不調だと、おりむーも試合に勝てないよ?」
一つアドバイスするなら、と付け加えてベッドに引っ込んでしまった布仏。消灯時間で部屋の電気が強制的に落とされ、ベット側のライトが作るぼんやりとした弱い灯りだけが眼に映る。
「......おりむーも試合に勝てないよ?」
そもおりむーって誰だ、織斑か?
話からするとそうだしそれでいいやもう。
「試合に勝てない......勝てない、か」
布仏さんは俺の事を過大評価している。
試合なんぞ俺がどうこうあがいても、9割がたオルコットが勝つ。残り1割の分の悪い賭けに、俺が付き合う必要もない。
勝てないものは勝てない。
織斑は竹刀をクソ真面目に愚直に延々と降るだろうし、篠ノ之もそれしか知らない。
そんな状況だったら、負けは十割、100パーセント。
確実に負ける、そうなると断言できる。
でも、その努力は間違っちゃいない。
その努力がドブにゴミのように捨てられるのが嫌だったから、無駄な事になるのが嫌だったから、
なあそうだろ、河南成政。
お前自身の悩みなんぞは考えてもクソの役にも立たん。そんな時間は、限られた時間しかない選手たちに注ぐべきじゃないのか?