トリックスター   作:再再

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3話 帝国歴479年 宇宙歴788年 ハイネセン

かつて同盟にはブルース・アッシュビーという英雄が存在した。

彼とその仲間は730年マフィアと呼ばれ帝国軍と戦い、そして勝ち続けた。しかしアッシュビーの死後は勝ち負けがはっきりしないまま戦争状態が冗長に続き、緩やかに帝国と同盟は疲弊していった。

 

そんな折エル・ファシルの戦いにより特に辺境惑星での軍への不信感が高まり、辺境星系の有人惑星ヴァラーハで独立を見据えた独自の軍備配備に向けた運動が始まった。ヴァラーハは豊富な資源を持つ機械産業が盛んな豊かな星で同盟から独立させるわけにはいかなかった。軍上層部はヤン・ウェンリーを英雄として祭り上げて事態の収拾を図ったが一度ついた火は中々消えなかった。同盟軍の力をアピールするため新兵器を発表しようにも教育分野の予算カットの影響で優秀な研究者が育ちにくくここ数年は新しい兵器の開発は進んでいなかった。

そこでハード面で帝国に優位に立つのが無理ならソフト面で優位に立とうと最高評議会は艦隊運用システムの刷新を計画した。

システムの受注は入札制度にしていたが実際は国防委員のトリューニヒトの強い働きかけでゼネラル・エンジニアリング社の受注がすでに決まっており言ってしまえば入札は単なる出来レースでしかなかった。

しかしその入札に名乗りを上げた会社が存在した。

それはホーネット・エレクトロニクス社――マリアン・ワレンコフがオーナー兼メインエンジニアを務める会社であった。

 

帝国歴479年 宇宙歴788年 11月9日

 

アレックス・キャゼルヌは可愛い後輩がひょんなことから英雄なんてものに祭り上げられその対応に追われていた。

 

「全くあのバカ・・・変なところで不器用で世渡り下手なんだから見ちゃおれん」

 

そうぼやきつつ影からヤンが余計な仕事をしょい込まずに済むように裏から手をまわした。

その甲斐あってか1か月たたないうちにヤンの周辺の雑音をシャットアウトした。もともと民衆(もっといえば有権者)の目をそらさせるための英雄だったのでしばらくすれば英雄の賞味期限は切れる。その期限をキャゼルヌは早めたのである。

 

エル・ファシルの英雄の熱狂が収まりやっと一息つけると思っていた矢先、今度は艦隊運用システムの刷新が発表されて導入審議委員会が発足した。事前の根回しによりゼネラル・エンジニアリングの受注はほぼ確実であったが入札に名乗りを上げる会社が他にいる以上審議をしなければならない。

その審議委員会の発足式に統合作戦本部付きの参事官として出席するとかつての上司に出くわした。

 

 

「浮かない顔ですね、シトレ中将」

「ああ、キャゼルヌ中佐か。今回の新艦隊運用システムには思うところがあってな。君から見てどちらの方がシステムの方が優れていると思うかね?」

「私は戦略面では優れていないのであまり大きなことは言えませんが・・・多少割高でもホーネット・エレクトロニクスのシステムの方が契約締結後、問題が起こらないでしょう」

「トリューニヒト派に囲まれた中で大きな声で言えないが私もそう思う」

 

ゼネラル・エンジニアリングのシステムは割安だが開発計画の見通しが甘くシステム自体も真新しさに欠け大枚をはたいてまで導入するほどでない。本来ゼネラル・エンジニアリングはハード面の開発をメインとしておりソフト面―システム開発には強くないのだ。

対してホーネット・エレクトロニクスは割高であるが計画がしっかり練られている。システム自体も人工知能や社会インフラシステム構築に長けたホーネット・エレクトロニクスだけあって現状のシステムより作業効率が上がるのは間違いない。

 

「おそらく今回の件はゼネラル・エンジニアリング社が新規事業開拓のため売り込んだ結果でしょう。ですが国防委員会で幅をきかせているトリューニヒト派の連中は揃いも揃って鼻薬を嗅がされてますからね。おまけにホーネット・エレクトロニクスはフェザーン資本の会社です。軍需関係は同盟の会社が優先されるのでいくらでも言い訳はつきます」

「その通りだ。いくらシステムが優れているとは言えホーネット・エレクトロニクス社は受注出来ないだろう。おっ、噂をすれば・・・」

「ミス・ワレンコフですね・・・」

 

キャゼルヌとシトレが目を向けると小柄で可愛らしい少女と体格の良い男性が近づいてくるのが見えた。

 

 

「初めまして、シトレ中将、キャゼルヌ中佐。ホーネット・エレクトロニクス社のマリアン・ワレンコフと申します。お会いできて光栄です」

「初めまして、ミス・ワレンコフ。シドニー・シトレ中将と申します」

「アレックス・キャゼルヌと申します」

 

キャゼルヌが自己紹介するとマリアンは軽やかに笑った。

 

「キャゼルヌ中佐のことは父とメイナードからお話を伺っております」

「ほう、知り合いなのかね?」

「ミス・ワレンコフと直接の面識はありません。ですが学生時代に書いた論文がワレンコフ財閥の重役のメイナード氏に目に留まりましてスカウトされたことがあるんです。その時に彼女の御父上にもお会いしたんです」

「それは凄い!だがなぜそのスカウトを断ったのかね?」

「フェザーンに移住するのに思うところがありまして・・・」

「それは勿体ないな。軍人になるよりもずっとマシな人生を送れただろうに」

「本当にそう思いますよ」

「じゃあまたスカウトしたら応じてくれますか?」

「御冗談を」

「私が冗談を言っているように見えますか?」

 

マリアンは微笑んでいたがその目は真剣そのもので、キャゼルヌとシトレがたじろぐと笑みを深めていった。

独特な雰囲気に飲み込まれた二人であったが先に立ち直ったのはシトレであった。

 

「ミス・ワレンコフに見込まれるとはキャゼルヌ中佐もなかなか大したものですな。ですが彼は来年結婚するのでフェザーンには行くのは難しいでしょう」

「あらっそうなんですか、おめでとうございます。では同盟内のワレンコフ財閥関連企業に転職なさるつもりはありませんか?今事業拡大中で猫の手も借りたいくらいなんです」

「お世辞でもそう言っていただけて光栄です」

「私は本気ですよ。待遇も軍よりも厚遇をお約束します。それにキャゼルヌ中佐もこの同盟軍の現状に思うところがあるのではないですか?」

 

確かにマリアンの言う通りキャゼルヌは同盟軍の現状には辟易している。

軍上層部は政治家との癒着によって腐敗している。実力でなく政治家へ媚びへつらい派閥を利かせる連中のなんと多いことか。

 

そもそもキャゼルヌは軍人志望でなく経済、企業経営に興味がありそちらに進むつもりであった。しかし手違いで入学できず仕方なく士官学校に進んだという珍しい経歴の持ち主であった。

 

しかし士官として軍に着任したキャゼルヌが見たのは腐敗しきった同盟軍の姿だった。

その才能から補給等の後方支援任務に就くことが多かったが物資の横流しは日常茶飯事で何より酷かったのは物資調達における企業、軍、政治家の癒着であった。

 

戦争と言うのは大量の物資を消費する経済活動という側面も持ち合わせており、特に補給物資や兵器には多くの利権が絡んでくる。

 

例えば兵士に支給される高カロリービスケット一つとっても兵士一人一人に支給するには莫大な量のビスケットが必要となる。

この大量消費は企業にとっては自分の商品を大量に売りつける絶好の機会でもあるのだ。

これは戦闘行為に必要なありとあらゆる物資に当てはまり製造業者だけでなくそれを仲立ちする商社がこぞって軍や政治家に金を落とし軍への物資の納入を求めた。

そして軍や政治家も物資の納入を認める代わりに袖の下を求めた。

 

また後方支援は基本的に戦闘のない部門なのでまず死ぬことがないので配属先の中で人気が高く政治家や企業の要人の子息が優先的に配属される場合が多かった。

 

要人の子息が窓口となって補給物資調達の口利きが行われた結果、腐敗の悪循環が止まらず後方支援部門の腐敗は進む一方だった。

 

当然そのような状況が続けば補給物資の劣化は止まらない。こうして人的資源も劣化した後方支援部門と合わさって戦闘に支障が出るほど補給が滞るようになった。

 

補給の手配をするにあたってキャゼルヌにも特定の企業に便宜を図るようにと軍上層部から言われていた。しかしキャゼルヌはそれを無視して効率的で無駄のない物資の調達に努めた。

 

当然上層部からは睨まれたがキャゼルヌの補給手配は見事なもので従来よりも安く仕入れた物資を滞ることなく運搬して戦闘に大きく貢献した。

 

150年にわたる戦争状態で軍の予算もひっ迫し、人的資材の劣化もひどかった。そんな中少ない予算での物資の供給と効率的な運搬を行えるキャゼルヌの手腕を軍の上層部も評価せざるを得なかった。

 

その結果が積み重なり後方支援と言う昇進の難しい部門でありながら27歳で中佐に昇進した。同時に軍上層部には睨まれ続けて日々無理難題を押し付けられている。

 

 

「確かに同盟軍の現状は酷いものです。このまま同盟軍に籍を置くよりはミス・ワレンコフの下で働いた方が経済的にも精神的にもよいと思います。しかし・・・」

「何か問題が?」

「実は後輩が厄介な状況に置かれています。まともな味方もいない頼りない奴なのでせめて私だけはついてやらないとせっかくの才能が潰れかねません。・・・何より私が彼のそんな姿を見たくありません」

「キャゼルヌ中佐がそこまで見込んでいる後輩ですか・・・興味があります。どなたですか?」

 

今やエル・ファシルの英雄の名は銀河中に広がっている。自分とヤンが繋がっているとマリアンに話すべきか悩んだ。

 

「あら、何か話せない事情がおありですか?」

「いえ、そう言う訳では・・・」

「では教えてくださいな。このままでは気になってしまって帰ることもできません」

 

有無を言わせぬ笑みを浮かべ続きを求める。

キャゼルヌは観念して口を割った。

 

「ヤン・ウェンリー少佐です」

「ヤン少佐?確かエル・ファシルの脱出劇の立役者でしたっけ?彼とは同期だったのですか?」

「いいえ。私が士官学校の事務次長で赴任した時に彼が士官学校に在学しておりそこで知己を得ました。ちなみにこのシトレ中将がその当時の校長です」

「へぇ・・・キャゼルヌ中がそこまで見込んでいるということはヤン少佐は軍の失態を隠すための作られた英雄でなく本当に実力のある人物なんですね」

 

キャゼルヌはマリアンが世論に流されることなく脱出劇とその顛末の本質をついていることに驚いた。

本来ならこの事件で軍は民衆に責められなければならないのにそれを避けるための英雄と言う輝かしい存在をクローズアップした。

それがエル・ファシルの英雄、ヤン・ウェンリーだ。

 

本人はやる気のないぐうたらであのままなら一生閑職だったろう。ヤン自身としてはその方が良かっただろうが本人の意思とは関係なく英雄として祭り上げられてしまった。

 

 

「いささか変わった男で歴史をタダで学ぶために士官学校に入ったんです」

「タダで歴史を学ぶために士官学校入学なんてよく思いつきましたね」

「まぁ在学中に戦史研究科が廃止されたとき反対運動起こすぐらいだから本当に歴史が好きなんでしょう。軍人としては落第すれすれでしたが得意教科で何とか補い卒業したような有様でした。ただ彼は歴史に詳しいせいか昔の戦いにも詳しかったんです。そのためか戦略シミュレーションでは負けなしでした」

「それは凄いですね。ただシミュレーションはあくまで仮想現実です。コンピューターは命令したことを忠実に執行して再現して予想した結果を示すだけ、極端に言ってしまえば机上の空論です。もちろん予行演習にはもってこいですが。

ただ人間はシュミレーション通りに動くとは限りませんし現実の戦闘で避けられない政治的な根回しや群発的な事故はシミュレーションに含まれていません。

それを踏まえてお聞きしますがヤン・ウェンリー少佐はご自身の才能を生かせるだけの柔軟性と強かさをお持ちですか?」

「それは・・・柔軟性はともかく政治家とやりあえるだけの強かさは持っていないでしょう。彼は本来受動的な性格で積極的に政治家には関わろうとしません。これは彼の性格なのでどうにもできません。

もともとヤン少佐は歴史家になりたかったのです。過去の集積たる歴史を学び、彼は過去から現在や未来を知ることが出来ると知りました。だから遠くを見渡す広い視野は持つようになりましたが自分の足元には頓着しない男です」

 

 

ヤンと過ごした期間はそれなりに長い。その中でキャゼルヌはヤン・ウェンリーと言う人間が歴史に興味を持ったのはとことんまで物事を考える性質によるものではと思い至った。

 

昔ヤンが言っていたが彼の子どもの頃の口癖は「どうして?」だったそうだ。

ヤンは母親を亡くし父親に誘拐同然に宇宙船に乗せられたがクルーにあれこれ聞いてまわり仕事にならないとクルーから訴えられ最終的に父親と父親の収集した壺を磨くことになったそうだ。

そして父親から地球時代の話や独裁者についての持論を語られヤン・ウェンリーの興味の方向が歴史に定まった。

 

ヤンは「どうして」を発展させ歴史の因果関係を学び、時は移り所は変われど人の営みには何ら変わることはないと知った。

過去の出来事であっても現在にも当てはまることは多いのだ。たとえそれが戦争であっても。

 

ヤンは歴史から戦争の悲惨さ、人の愚かさを知り戦争を嫌うようになったが運命は皮肉な方向に動き出しヤンは士官学校に進んで軍人になった。

 

もともと権力に対して思うところがあり現在の同盟の腐敗した利権屋の政治家には特に嫌悪感を抱いているヤンは近づきたくもないだろう。

もっともそれに関してはキャゼルヌも同意見であったが・・・

 

しかしヤン自身はそのような状況を変えるような行動的な性格でない。昇進してもきっとそれは変わらないだろう。

彼は直接的に歴史を動かす実行者でなく、客観的に記録し観察する歴史家になりたいのだから。

 

 

キャゼルがそう説明するとマリアンは少しの間考えた後

 

「なるほど。彼の性格はヤン・タイロン氏の影響を受けたんですね・・・確かにそんな性格では政治家とはやりあうのは無理でしょう。

それに今の政治家に大局的に物事を見られる人材はいませんが彼らは自分の足元だけは良く見えています。性格云々抜かして見えている風景が違いすぎます。これじゃあ話が噛み合いませんよ」

「ヤン少佐にそれを説明し納得させるだけの根気は期待できません。何より政治家だけでなく軍人にも話が噛み合う人間が少ないのが問題なのですが・・・」

「仮に見えていなくてもそれを説明されて理解できれば問題ないでしょう。上の人間に必要なのは提示された提案の中から最善の選択をしてその選択に責任を持つことです」

「確かにその通りですな」

 

この先何が起こるかを推察してそれに対する解決策を提示するのが参謀の役目である。しかしそれを採用するかはその上の立場の人間の裁量である。最終的な判断を行いその判断に責任を持つのが上に立つ人間の役割と言える。

 

きっとヤンは前線にいる限り昇進していくだろうが果たして何人が彼の本質と才能を正確に理解して提示された戦略を受け入れられるだろうか?

 

ただマリアンはキャゼルヌとの会話を通してヤン・ウェンリーの本質を理解できたようだった。

マリアンは物理や工学の分野での天才児とクローズアップされることが多いが、若くして実業家として認められるのは洞察力、情報収集力、交渉力があればこそであろう。

 

 

「このような事情があり申し訳ありませんがこのお話はお断りさせていただきます。そう言えば先ほどヤン・タイロンとおっしゃってましたがヤン少佐の父親のことご存知だったんですか?」

「えっ!?・・・以前父に聞いたことがあるんです。同盟に金銭育ての名人の異名を持つ商人がいると・・・ヤンと言う名を聞いてもしかして思ったのですが違ってましたか?」

「私もヤン少佐の父親の名前までは知らないのでわからないです。ただ士官学校入学前に亡くなってと聞いています」

 

ヤンの父親のことをマリアンが知っていたと知らなかったが、なぜ知っていたか尋ねたとき何故か動揺していたがすぐに元の余裕のある態度に戻った。

 

「そうでしたか・・・一度お会いしてみたかったのですが残念です。それにしても歴史家の卵が英雄になるなんて人生どう転ぶかわからないものですね」

「そうですね・・・私自身軍に入隊するとは思ってませんでしたし皆そういうものなのでしょう」

「確かに。人生思い通りにいかないものですね。子供の頃描いた夢を実現できる人間なんてそういませんもの」

「子供の頃の夢か・・・そういえば私は昔ジャン・ピエールみたいな冒険家になりたかったんです。フェザーンの出版社が出版したジャン・ピエールの絵本を片手にジャン・ピエールごっこを良くしたものです。でも真似した絵本の内容が子供の教育に悪いもんだからだからすぐに親に止められましたけどね」

 

当時は大人がなぜその本を読ませたがらないのか不思議だったが大人になった今ならわかる。主人公が人妻に手を出した挙句人妻の旦那に銃で撃たれそうになる話など自分の子供に読ませたくない。ちなみにその絵本は保護者からのクレームが来たのか出版後1年もたたないうちに絶版となってしまった。キャゼルヌが苦笑いするとマリアンは目を見開いて驚いた。

 

「私もですよ!子供の頃私も新品の絵本を片手にジャン・ピエールごっこしてたんですけどすぐに止められましたね。流石に人妻を寝取るような話を絵本に書くのはまずいですよね。でもあの本が切っ掛けであんな風に誰も知らない遠い宇宙に行きたいと願ったものです」

 

そう笑うマリアンは年相応のあどけなさがあり見ていて微笑ましかった。しかしマリアンは新艦隊運用システムを売り込みに来た会社のオーナーでありずっと世間話をしていて大丈夫なのか気になったシトレがついに尋ねた。

 

「そう言えばミス・ワレンコフは他の方の元に行かなくて宜しいのですか?」

「ああ、一通り挨拶してきたのですが駄目ですね。取り付く島もありません。さすがゼネラル・エンジニアリング社・・・いえ、トリューニヒト議員と言うべきですね。軍上層部と国防委員会にしっかり根回ししていて私が入り込む余地がありません」

「そうでしょうね。ここだけの話ホーネット・エレクトロニクス社のシステムの方が優れているのですが上層部は鼻薬を嗅がされていています。いくら売り込んでも無駄足に終わりますよ」

「御忠告ありがとうございます、シトレ中将。わが社のシステムが正当に評価されていることが分かっただけで十分です。それではこれで失礼いたします。またお会いしましょう」

 

マリアンは困ったように笑いながらその場を立ち去った。

シトレとキャゼルヌはまだ幼さを残す少女が健気に立ち回る姿を見て心が痛んだ。

しかしマリアン・ワレンコフは彼らが思うような少女ではなかった。二人がそれを思い知るのは審議委員会から2日後のことであった。

 

 

 

帝国歴479年 宇宙歴788年11月11日

 

ゼネラル・エンジニアリングは同盟でも有数の軍需企業である。

戦艦やブラスターはもちろん、タンクベッドやレーションなど戦闘を支える物資の製造も行い各分野に進出を果たして成功を収めている。

 

近年は新兵器の開発が進まず業績が低迷していたが国防委員のトリューニヒトの口添えもあり業績は回復していた。

見返りにトリューニヒトは軍需関係の利権を得て同盟議会内での立場強化に励んでいた。すでにトリューニヒトの影響力は国防委員長を凌駕しこの件が片付いたらトリューニヒトは国防委員長に就任するのが目に見えていた。

新艦隊運用システムもトリューニヒトの根回しのおかげでほぼ受注は確定していたが反トリューニヒト派の筆頭のシトレ中将はトリューニヒトに呼び出され釘を刺されていた。

 

「私に釘を刺しても意味はありませんよ。国防委員と軍上層部の大多数はゼネラル・エンジニアリング社に票を入れるはずです。今更私を抱き込む必要はないでしょう」

「それでも一票でも多くの票が集まれば確実だろう?」

「私は私が良いと思ったシステムに投票するだけです」

 

堂々巡りにうんざりしているとトリューニヒトの秘書が慌ただしく部屋に入ってきた。

それとほぼ同時にシトレの携帯端末にキャゼルヌから着信が入りトリューニヒトに断りを入れてから退出した。

 

「何かあったのか?」

「なかなか愉快な事態になっておりますよ。今どこにおられますか?」

「トリューニヒト議員のオフィスだが」

「ならすぐに統括本部にお戻りください」

「一体何があったのだね?」

「実はベスパIBなる新興投資銀行にゼネラル・エンジニアリング社の株が買い占められているんです」

「何だと!?」

 

慌てて統括本部に戻りキャゼルヌに詳しい話を聞くとすでに事態は終わっていた。

同盟有数の大企業であるゼネラル・エンジニアリング社の株が買い占められてすでに過半数の株をベスパIBが取得していたのだ。

 

「まさか同盟有数の大企業を新興投資銀行に買い占めるだけの資金があるとは・・・」

「代表は同盟の投資家ですがこれだけの資金を同盟内で調達したとは考えにくいです」

「すると背後にはフェザーンが?」

「そう考えるのが自然です。このタイミングで買収したとなるとおそらくミス・ワレンコフが一枚噛んでいるでしょう」

「艦隊運用システムの受注のためにここまでやるのか!?」

「違法スレスレですが買収は有用な手段です。ゼネラル・エンジニアリング社は同盟有数の軍需企業ですしここで経営権を握れば軍にも口出ししやすくなると判断したのでしょう。ただあのトリューニヒトの厚顔無恥は馬鹿にできません。今後ミス・ワレンコフに取り入るんでしょうが果たしてうまくいきますかね?」

「・・・トリューニヒトがあのお嬢さんのお眼鏡にかなうとは思えんな」

 

シトレの予想通りゼネラル・エンジニアリング社は入札を降りてトリューニヒトとの関りを絶った。トリューニヒト自身は変わらず高い人気を誇っていたが、ゼネラル・エンジニアリング社からもたらされる利権を失ったトリューニヒトの派閥と与党は急速に勢いを失くしつつあった。

追い打ちをかけるかのように情報交通委員長の不祥事など与党内での不祥事が相次いでマスコミにすっぽぬかれ支持率は過去最低を更新していた。トリューニヒト自身もゼネラル・エンジニアリングからの献金問題が明らかとなりその弁明に追われていた。このままで来年の総選挙に突入すれば建国以来第一与党であった平和国民会議が歴史的大敗の末、野党に転落するのではとまことしやかにささやかれ始めた。

 

そんな平和国民会議に変わって勢力を伸ばしているのが野党である反戦市民連合だった。もともと反戦主義の左派の政党だったがトリューニヒト派閥から離脱したアイランズ議員が加わってから政策転換して労働、教育分野に力を入れるようになり低所得者や学生、その保護者を中心に人気を伸ばしていた。アイランズは国民平和会議時代は大した活躍を見せてこなかったが反戦市民団体に移ってからは当選当初の志を思い出したのか精力的に活動し評価を上げている。

 

アイランズが中心となって提出した労働環境改善のため軍に徴兵されている民間技術者を民間に戻す法案は最高評議委員会、特に人的資源委員委員長のホアン・ルイに支持されこのまま軍と国防委員会の横やりが入らなければ成立も夢ではなかった。

 

またもともとの発端となったヴァラーハには資源開発権取得を条件にゼネラル・エンジニアリング社が軍と協力してアルテミスの首飾りの改良版の軍事衛星を配備することが決定し、独立運動も下火になっていった。

 

 




キャゼルヌが士官学校時代に企業スカウトを受けたと原作に書いてありましたがスカウトマンは見る目がありますね。
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