姉弟子と遊園地に遊びに行ってから一週間がたっていた。
それから姉弟子とは会っていない。
タイミングが無かったのもあるし、それ以上に、なんとなく気まずかった。
少し時間を置けばこの気持ちが収まってくれると思っていたが、そうではなかった。
姉弟子に対しての気持ちはどんどん大きくなり、今では、銀将の駒を見ただけで姉弟子の事が頭に浮かんでしまう程度には症状は悪化していた。
「おい八一、手が止まってるぞ」
「す、すいません」
今日はあいと一緒に、生石さんの所で軽い研究会のようなものと、振り飛車を少し教わりに来ていた。
「どうした、何かあったのか?」
生石さんは自分のタバコを一本取り出し、火をつけた。
「別に、何もないですよ」
「嘘つけ、そんなに上の空で何もないわけないだろ」
少し恥ずかしくて誤魔化してしまったが、生石さんにはあっさりと見抜かれてしまった。
「それで、どうしたんだ?」
あいは今、他のお客さんと将棋をしており、言うには悪くないタイミングだった。
恥ずかしくはあったが、1人の男として生石さんに相談したいとも思っていた。
「その前に、今日、俺に隠して姉弟子と研究会、なんてのはないですよね?」
これだけは絶対に確認しておきたかった。
生石さんと話している時にうっかり姉弟子に聞かれるのだけは、避けなければならない。
「今日は呼んでないが…………ってことは、銀子ちゃんについての悩みなのか?」
「……まぁ、そんなかんじです」
「銀子ちゃんが原因だなんて、ますます気になるな」
生石さんにしては珍しく興味津々に見えた。
「……生石さんは、恋ってどう思いますか?」
「いきなりどうした? さっきまでの話とずいぶん飛ぶじゃないか」
驚き、タバコを吸う手が止まる生石さん。
当然だ、悩み相談を持ちかけられてる相手からいきなり恋についてどう思うか、なんて聞かれたら驚くに決まっている。
「飛んでません、それが俺の悩みなんです」
「…………それってもしかして」
俺の言いたいことを察した様子の生石さん
「お察しの通り、俺、姉弟子のことが好きみたいなんです」
言ってしまった。
まだ誰にも言ったことの無い自分の本当に気持ち、他の人に言ってしまったら、もう本当に後戻りはできなくなってしまうだろう。
「つまり、銀子ちゃんのことを考えすぎて将棋も手につかないと」
「……そうなんです」
生石さんはタバコの火を消しながら言った。
「そんなに好きなら、告白でもすればいいだろ」
生石さんの言ってることは正しいと思うが、俺が告白なんてしたらきっと姉弟子を困らせてしまうだろう。
「姉弟子、他に好きな人がいるらしいんです。それに、3段リーグも始るのに俺が告白をしたら姉弟子は将棋に集中できないと思うんです」
「そうか……」
こんなの本当はただの言い訳でしかない。
本当は姉弟子にフラれるのが怖くて告白できないだけだった。
「え!? 銀子ちゃんの好きな人って八一、お前じゃないのか?」
意味のわかららないことを聞いてくる生石さん
姉弟子が俺のことを好きなんて万に一つもありえないのに
「違いますよ、姉弟子は俺のこと、ただの弟弟子としか思ってないですよ」
「それって、本人が言ってたのか?」
そんなことを聞き返してくる生石さん
もしかしてこの人は姉弟子が俺のことを好きだと思っていたんだろうか?
だとしたら、俺は恋愛相談をする相手を間違えたのかもしれない
「……そうです、他に好きな人がいるって……」
姉弟子の言ってたこと思いだし、少し悲しい気分になってしまう。
「……まったく、お前って奴は…………」
理由はわからないが、俺を憐れみの目で見る生石さん
「……俺どうしたらいいですかね……」
「本当はもう、わかってるんじゃないか?」
「わからないから聞いてるんですよ!」
少し気が立っていたのだろう、強く言い返してしまった。
「落ち着け、お前がわからないのに俺が知ってるわけないだろ」
「そうですよね……ごめんなさい少し熱くなっちゃて……」
最悪だ、いくら余裕がないからって強く当たってしまった。
「お前の気持ちはお前にしかわからない、よく考えて自分のしたいようにすればいい」
「でも、それだと姉弟子の迷惑に……」
深く考えずに発した言葉だったが、こんな言葉が出る時点で俺の答えは決まっているのだろう。
「お前の姉弟子は告白をされたぐらいで弱くなっちまう棋士なのか?」
「……いいえ、姉弟子はとても強い棋士です」
完全に告白する流れになってきている。
これは、生石さんが上手いのか、それとも俺が流されやすいだけなのだろうか
「八一! 男、見せてこい!」
「はい!」
その言葉に後押しされ、俺は姉弟子に会うために走りだそうとしていると、生石さんに腕を掴まれ引き留められる。
「どこ行くんだよ八一」
「姉弟子の所にです!」
男を見せろと生石さんが言ったはずなのに何を言っているのだろう
「何言ってるんだ、お前は今から俺の代わりに指導対局をするんだぞ」
「え?」
意味がわからない、俺は一分一秒でも早く姉弟子に会いに行かなければならないのに
「実は少し用事があってな、少し出ないといけないんだ」
「でも、男を見せろって生石さんが言ったんですよ!」
「別に今日とは言ってないぞ」
やられた、生石さんにまんまと一杯食わされてしまったようだ。
「それじゃあ八一、後よろしくな」
生石さんはそのまま近くにあった上着を手に取りそのまま出て行った。
「…………まんまと利用されちまった」
ちゃんと相談に乗ってくれた分、断わることができなかった。
「…………ししょー……」
気がつけば、お客さんとの対局が終わっていたあいが目の前にいた。
「どうしたんだ、あい? 悪いんだけど、店番引き受けちゃったから帰るのはもう少しまっててね」
「それはいいですけど、ししょー、一ついいですか?」
「なに?」
気のせいかもしれないけど、あいの元気がなさそうに見える。
いつも笑顔のはずなのに心なしか表情も暗い
「空先生のことが好きって本当ですか?」
いつも通り笑顔で言うあい、だがその笑顔は普段のとは似て非なるものだった。