「それで、ししょー、さっきのは本当なんですか?」
「さ、さっきのって?」
あいはものすごい剣幕で俺の前に立っている。
いつもは天使のようなあいも今は悪魔に見える。
「とぼけても無駄ですよ、師匠」
「……どこまで聞いていたんだ?」
もう逃げ道は無い、周りで将棋を指していたお客さんいつのまにかいなくなっており、あいと俺の2人しかいなかった。
「全部ですよ、最初っから最後まで」
「………………」
あいは即答し、俺の逃げ道をさらに閉ざしてくる。
俺はもう黙るしかなかった。
「師匠は本当に空先生のこと好きなんですか?」
「……ああ」
言うしかなかった。
このまま黙っていれば、前言っていた通り、本当に拷問でもされるかもしれない
「そうですか…………」
なにか考えこむように言うあい、俺に対しての罰でも考えているのだろうか?
そうだとしたら怖すぎる。俺は冷や汗が止まらなかった。
「いつから好きだったんですか空先生のこと?」
想像していたのは違ったが、とりあえず痛い事はされなさそうだ。
「つい最近だよこの気持ちに気付いたのは……でも、多分俺は気付いてないだけで、ずっと前から姉弟子のことが好きだったんだと思う」
ふいにあいの方を見るとその顔は今にも泣きだしそうになっていた。
「し、ししょーは私のこと好きですか……?」
「ああ、好きにきまってるじゃないか」
あいは自分のことが好きか聞いてきた。
けど、あいの言う好きと俺の思う好きの意味が根本的に違うものだと俺は気づいていた。
「…………どうして私じゃダメなんですか!」
珍しく声を荒げて言うあい、きっとあいは俺の言う好きが自分の好きと違う事に前から気づいていたんだろう。
「私の方があの人より料理店もできるし、……胸だって私方が大きくなると思います!将棋だってあの人より強くなります!…………それでもだめですか?」
どんどん声を震わせ泣きながら言うあい
「…………ごめん」
「な、なんで……私じゃだめなんですか……」
謝ることしか俺はできなかった。
「俺は姉弟子が好きなんだ。だからあい気持ちには答えられない」
これが、真剣に告白してきたあいに対する俺の精一杯の答えだった。
「…………私、師匠が空先生のことが好きだって知ってました」
泣き止んではいるが、まだ涙声で言うあい
「当たり前ですよね……私なんかより空先生の方がずっと師匠と長く一緒にいます。私の何倍も師匠と将棋を指しているんでから……」
そんなことないと否定するのは簡単だったが、それを言う資格は俺には無いだろう、きっとそんな事を言ってもあいをもっと悲しませてしまうだけだ。
「ししょー、そんな顔しないでください、ししょーは悪くありませんから」
こんな時、なんて言えばいいのわからない自分の経験の浅さに嫌気が差してしまう。
こんなに幼い子が俺に気を使っている、自分の方がよっぽど辛いはずなのに
「でも、よかったです。師匠の気持ちをちゃんと聞けて」
「本当にごめん……」
まったく情けない、いつも師匠ぶってるクセに肝心な時はこれだ
「どうして師匠が謝るんですか? それと、今思い出したんですけど今日、桂香さんの所に行く約束をしていたので私、行ってきますね」
「わかった。桂香さんに迷惑かけないようにね」
あいは俺の方を振り返らずにゴキゲンの湯を出て行った。
一瞬見えたその横顔には涙が流れていた
「桂香さん、だれか来たみたいだけど」
暇つぶしのために軽く将棋をしていた所に清滝家のチャイムが鳴った。
「ほんと? ちょっと行ってくるわね」
そう言うと桂香は玄関の方に向かった。
いったい誰だろう? 八一だったりしたら嬉しいな。
そんなことを考えているうちに玄関の方から桂香さんの声が聞こえてきた。
「どうしたのあいちゃん!?」
「ご、ごめんなさい……わ、私……」
玄関から桂香さんの驚く声とあの小童の泣きながら話す声が聞こえた。
いくら宿敵の小童と言えど流石に少し心配なので私も玄関の方に行ってみることにした。
「あ、銀子ちゃんも来てくれたのね。事情はわからないけど、なんかものすごく泣いちゃって」
「ふ~ん、それで何があったの小童?」
小童の目は充血してなおも、まだ涙を流している。
「――――れました」
「ごめんあいちゃん、きこえなかったわ。もう一度言ってもらえる?」
小童の声は泣いている影響か声がかすれていてほとんど聞き取ることができなかった。
「し、師匠に……フラれ……ました」
「小童、それ本当なの?」
驚いた。小童が八一の事を好きなのは知っていたが、まさかこんなに早く告白するとは思わなかった。
「はい、他に好きな人がいるって……」
「ちょ、ちょっと聞こえなかったんだけど、小童、もう一回言ってみなさい」
今とんでもない事を聞いた気がする、聞き間違いだろうか?
念のため聞き返してみる。
「師匠が、他に好きな人がいるから、私の気持ちには答えられないって」
私は一瞬にして頭が真っ白になった。
八一に好きな人がいるなんて……あの時は、いないって言ってたのに
八一がほかの人に奪われてしまうなんて絶対嫌だ。
そんな考えが頭を巡り、どんどん気分が悪くなってくる。
「銀子ちゃん、あいちゃんを2階に連れてくからちょっと待ててね」
「うん、わかった」
桂香さんはそのまま小童の手を引き、階段を上がって行く。
あの小童だって私に泣き顔なんてあまり見せたくないだろう、本当に桂香さんがいて助かった。
「……あれ、ほんとなのかな?」
さっきのことが頭から離れない
八一の好きな人って誰なんだろう、万智さんだろうか、それとも月夜見坂さんか、八一は昔から優しい歳上の女性が好きだったから、そうなるとやっぱり万智さんなのだろうか。
「……勝ち目が無いじゃない」
私が万智さんに勝っている部分なんて将棋が強いことくらいだけだ。
家事だって、社交性だって、スタイルだって万智さんの方が全部上だろう。
ダメだ、自分でものすごく弱気になっていることがわかる。
「ごめんね銀子ちゃん、待たせちゃって」
すると、桂香さんが階段から降りてきた。
「あいつは? 大丈夫だったの?」
「疲れてたのか、すぐに寝ちゃったわ」
ウジウジ考えていても仕方ないので、一旦考えるのをやめて小童のことも気になっていたし、そっちの方に頭を切り替えた。
「なんか、八一君と生石先生の所に行ってたらしくてね、そこから1人で泣きながら帰ってきたみたいなのよ」
「……そうなんだ」
つまり、生石さんの所で告白したことになるんだろうか
いったいどんな経緯でそんなことになったんだろう、生石さんに聞けばわかるかもしれない
「ねぇ、銀子ちゃん……八一君のこと知ってた?」
「……知らなかった」
桂香さんも八一のことが気になってたんだろう、桂香さんなら八一の好きな人について何か聞いてるかと思ったけど、この様子じゃあ私と同じで今知ったみたいだ。
「まさか、八一君に好きな人がいるなんてね」
「……うん」
「銀子ちゃん、諦めちゃダメだからね!」
私の様子を察してか励ましてくてる桂香さん
「これは、あの計画を実行するしかないわね」
「なに?……計画って」
企むように笑みを浮かべ言う桂香さん、正直あまりいい予感はしない。
「銀子ちゃんは気にしなくていいわよ、それに直ぐにわかると思うわ」
その日の桂香さんとの会話はここで終わり、小童が師匠の家に泊まるらしいので私はなんとなく気まずかったので家に帰った。