――――かつて、地上には魔神と女神がいた。
天上に住まう主神が、何の気紛れか創造した二柱の神。
二柱はまず、自らが創造する生命の為に大地を割り、いくつかの大陸を作った。
山を作り、谷を作り、平野や森を作った。
そして、魔神は闇を好む吸血鬼を、女神は光を好むエルフを創造した。
双子のような彼ら/彼女らが生まれてから幾星霜。
魔神は吸血鬼たちの上に君臨し、「王」として振る舞った。
女神はエルフたちの営みに寄り添い、「母」として接した。
しかし、どこかで、間違えたのだ。
魔神も、そして女神も。
いつしか思想の違い故か、彼ら/彼女らは対立する。
1000年にも及ぶ戦いの末、勝利したのは女神とエルフたちだった。
魔神は何処へと姿を消し、吸血鬼たちは誰一人として生き残ってはいなかった。
対して、生き残ったエルフたちは7人。
女神はこの7人を七賢者とし、ハイエルフと名を改めさせた。
原初のユーストリス
知恵のウルヴァリア
憐憫のリィネアリス
覆滅のパンディラミア
気炎のデザール
怠惰のロロス
その100年後、知恵、憐憫、気炎、怠惰の4人が立て続けに天に召され。
瞋恚は誰に何を言うでもなく姿を消し、原初と覆滅だけが女神のもとに残った。
それを憂いた女神は新たに5つの種族を創造した。
ハイエルフに次ぐ気高き
猛々しき剛腕の
繊細な技巧を持つ
俊敏かつしなやかな
そして――――脆弱な
それぞれ、
創造が終わり、女神は各種族にかつて魔神とともに割った大地を分け与えた。
エルフには広大な森を
ドラゴニアには閑寂な洞穴を
ドワーフには峻厳な山岳を
ブルートには温暖な盆地を
ヒューマンには肥沃な平野を
ぎこちなく始まった各種族の営みを見つめ、女神はふと、思った。
――――ワタシはもう、
それから1200年。
全ての営みが滞りなく続き、安寧がおとずれる。
故に女神は地上から去った。
後の事を原初と覆滅に任せて。
ヒトの営みがこれから当然のように続く事を願いながら。
けれど、安寧はそう長くは続かない。
女神が姿を消してから200年が経つ。
最初に狂ったのはドラゴニアの青年だった。
そんな彼に多くのドラゴニアが付き従い、洞穴を抜け出していった。
自らを魔王と名乗った彼は、世界を恐怖のどん底に叩き落とす。
鬱々とした黒雲が
討伐に乗り出したのは同族の少女とブルートの戦士、そしてエルフの魔術師。
ドワーフは武具を作り、ヒューマンは脆弱であるからと戦地から遠ざけられた。
ハイエルフの二人は彼ら/彼女らの戦いを傍観し、その結末を見守った。
――――30年。
それが、魔王の討伐にかかった年月だ。
多くの者が死んだ。
大地は荒れ果て、ヒトは太陽の輝きを失った。
漸く取り戻した蒼穹と太陽に歓喜し、同時に悲しんだ。
一族から魔王を出してしまったドラゴニアは衰退し、300年ほど後にひっそりと表舞台から姿を消す。
それからさらに300年。
魔王の恐怖が消え去った頃に、第2の魔王が誕生する。
それが――――ハイエルフ、覆滅のパンディラミアである。
女神の存在を知る生ける伝説に、誰もが抵抗を諦めた。
原初のユーストリスでさえ、彼女をどうするべきか苦悩した。
そんな中、一人のヒューマンが立ち上がる。
女神の神託を受けたというその青年は、同族の仲間と共に魔王討伐へと向かった。
その間、僅か10年。
前回と比較して、圧倒的に短い期間で魔王を討伐してみせた青年。
そんな彼を、人々はこう呼んだ。
――――"勇者"、と
帰還した青年の隣には、美しいエルフの少女がいた。
けれど、エルフたちはその少女の事を誰も知らなかった。
ただ、原初だけが静かに涙したという。
魔王健在の証ともいえる黒雲が晴れると、人々は心の底から喜んだ。
それを横目に、青年は、開墾の進んでいない北西の大地へと旅立つ。
その理由は、祭り上げられるのを疎んでというが、事実は定かではない。
その後、北西の大地に強大な帝国が築き上げられることとなる。
名を、【パンドラ帝国】。
勇者と呼ばれた青年が、エルフの少女と興した、魔術国家として知られる。
そして、現在。
女神が地上を去ったその日から、1000年以上の時が流れた。
ディオレス歴1345年、第3の魔王が誕生する。
魔物の大軍を率いて現れた魔王は、自らを吸血鬼と名乗った。
黒雲が立ち込め、一夜にしてパンドラ帝国が滅ぼされる。
ブルートたちの住処は氷山へと姿を変えた。
武具を作るドワーフの多くは魔物に殺された。
エルフたちは委縮するように森の奥深くに隠れた。
ヒューマンたちは次に滅ぼされるのは自分たちだと恐れた。
魔王は、かつてドラゴニアたちが住んでいた大陸を根城とし、空に浮かべた。
魔王討伐に立つ者は、誰一人としていない。
原初はただ、女神の代わりにヒトの営みを見守るだけである。
ここで彼が出る事はない。
ヒトの営みは、ヒトの手で守られるべきなのだから。
ディオレス歴1408年、誰もが待ち望んだ勇者が誕生する。
フロンティア大陸はローゼリア王国。
その王国から馬を走らせて1日もかからず行ける場所に、その街はあった。
商業都市【ガンダグルヴァ】
そこに住む7歳の少年が神託を受け、5年後魔王討伐の旅に出る。
空に浮かんだ魔王の居城に至るまで、さらに5年。
1年間、魔王と熾烈な戦いを繰り広げ。
そして、ついに、ディオレス歴1419年――――魔王が倒される。
「――――――――わたしの、負け、か」
どう、とその巨躯が床に倒れ伏す。視界が眩み、倦怠感から指一本も動かせない。体中傷だらけなのにもかかわらず、痛みを感じない。――――死は、もうすぐそこまで迫っている。
首をもたげ、己を討伐せしめた存在を見つめる。魔術に精通したエルフではない。武具製造に長けたドワーフもいない。ブルートによく似た俊敏な者こそいたが、魔王たる己に止めを刺したのは、まだ幼い、脆弱な
不覚にも、笑いがこみ上げてくる。先代二人の魔王よりも長く君臨していたというのに、敗れるのは瞬きのごとく一瞬だった。
しかし、憂いはない。己は、この身をもって証明したのだ。――――魔王が誕生すれば、勇者もまた誕生する。その事実を。
「よくやった、人間。だが、心するがいい。――――悪夢は、これで終わりではない」
体がぼろぼろと、砂の城のように崩れていく感覚。虚勢でもなんでもなく、本心から不敵な笑みを浮かべて己は言った。人間は怪訝な顔で首を傾げ、傍にいた魔術師が何かに気付いたように空を見上げる。
――――そう。蒼穹はまだ、黒雲に覆われている。
「次なる災厄が何であるか、恐怖しながら待つがいい」
そこで、意識が途絶える。最期に見た、絶望に染まった人間の顔は、素晴らしい冥途の土産に違いなかった。
「――――そんな、嘘だろ」
魔王だったものの残骸が風に散っていく。それを、勇者となった少年は、呆然と立ち尽くし見つめていた。
次は用語説明とか、登場人物紹介とかになるかと。