人狼は死んだ。
セラスという吸血鬼と戦い、銀を入れられて。
人狼にとって死というのは体と魂の分離と理解しており、戦場で死んだ戦士たちが行けるとされているヴェルハラに送られる、と少佐が言っていた。ロンドンで散っていった兵士たちもそこにきっと、いや必ず居るだろう。
人狼は倒れて、目を閉じた。
目を閉じると暗黒に体が包まれたように感じる。それと同時に今までの思い出がふつふつと沸騰した時の気泡の如く浮かび上がった。その思い出には戦場を駆け巡った思い出しかなかったが、彼にとっては良い思い出だった。
最後の思い出のシーンにはセラスが人狼を殺した瞬間のが映っていた。
満足だ。非常に満足だった。人狼から満足感が心という浴槽から零れて、顔に現れた。人狼の最初で最後の笑みだ。
セラスという吸血鬼が言うには、人狼の笑みはまるで小さい子供のような笑顔だったという。
体が青い炎に包まれた。ドクという科学者から入れられたチップによるものだろう。不思議と青い炎から熱を感じない。教養の少ない人狼でも、炎というものは赤色よりも青のほうが高温とされていた。それなのに感じないとなると、もう銀の毒が身体を巡回し、脳まで達しているのだろう。
さあ、寝よう。寝れば覚めた時にはヴェルハラに居る。そこで直にやってくる少佐とそこで待っている仲間と一緒に、また戦争を起こそう。
今度はどんな戦場が人狼を待ち構えるのか。とても楽しみだ。
青い炎は人狼の体を焼却した。最後だけは、炎が一瞬だけ狼のような姿になって吠えた。
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人狼は目を目を覚ました。
とても寒く、雪がしんしんと降りかかっていた。寝ていた所はベンチであり、そこから辺りを見回すと公園だ。雪が服に軽く積もっているのを確認するとそれを払い、地面に足をつけた。
しかし、自然と転んでしまい、雪が顔と髪に付いたという結果になった。ベンチを掴んで何とかして立ち上がると人狼は気づいた。
身長が縮んでいる。身長は、元の身長よりも半分もない。服装としては布一枚の状態で
靴も帽子も無い。当然、拳銃も無いのだ。
まだ日は沈んではいないので比較的大丈夫だが、日が沈むと肌に寒気が突き刺さるほど寒いだろう。かなりお腹を空かせているので空腹が襲ってきた。
生きるためにはしょうがないので、ゴミ漁りに慣れない足取りで向かうことにした。
町の裏路地から観察して、わかったことが三つあった。一つは此処がドイツだと言うことだ。新聞に書かれている文字や通りから聞こえてくる声は全部ドイツ語だからだ。
二つ目は此処の国はドイツではなく、カールスラントという国名になっていたことだ。しかし人狼はこのことを気に留めずにいた。何故なら、容姿が変わっていることの方が衝撃が大きかったからだ。どうやらこの現象は他の国もそうらしく、フランスはガリア。ソ連連邦はオラーシャ。イギリスはブリタニア。日本は扶桑とされていた。
そして三つ目は、女性の多くが下着のパンツを履いていたことだ。流石の人狼もこれには驚いたらしく、眉間が一瞬ピクリッと動いた。寒くはないのかと不審に思ったがそんなことは今の人狼には関係の無いことだったので放置する。
ゴミ漁りで残飯を喰い、古びたナイフと紐を見つけた。そのナイフと脚を紐で縛った。防衛用の武器として使う予定だ。
必要な物は無いかと探りを入れている途中だった。
「どうしたのだ、少年よ」
「…」
背後から人狼に質問を浴びせる声がした。人狼はナイフを右手に触れて、いつでもナイフを刺せるような体勢をとる。声の主は背が高く、中年の男だった。首には十字架が掛かっていた。警戒をしている人狼を諭すように次々と声を掛けてくる。
「君は何処から来たんだい?」
「お腹は空いてはいないかい?」
「喋れるかい?」
「…」
心配をしているのだろう、しかし人狼は声を発しない。それどころか睨みを利かせていた。子供の状態になったからといっても人狼は人狼、人に恐怖を与えるには十分すぎる程だ。
人狼は迷った。この男を殺せば、金が手に入る。金を貰えば命が長らえられる。しかも、人狼の力を使えば捕まることも無い、仮に捕まっても少年院に入れる。雨風や食料については問題もなかった。
だが、この緊迫した状態は終わることになる。
「おいで、君に住むところを与えよう」
「…」
男は人狼の手をとった。手はゴツゴツと角ばっていて大きく、人狼の小さな手を包んだ。その手は非常に温かかった。暗く陰気な路地裏に積もった雪に、小さな足跡と大きな足跡が残った。
「ここさ」
「…」
路地裏から十分歩くと、男は指を指した。ふつうの家よりかは大きな建物だ。庭からは子供の遊んでいる声が聞こえた。看板には、光の家と書かれている。どうやらこの家は孤児院らしい。男は古いドアを開けて中へと人狼を連れていく。中には人狼と変わらない歳の子供が三人いるらしい。
「お前たち、新しい家族を紹介するから集まりなさい」
「「「はーい!」」」
庭へと続いているドアから三人の子供が入ってきた。男の子が二人に女の子が一人だ。
「どうしたの先生!」
「ご飯?」
「その子誰?」
「この子は私たちの家族さ」
「「「わーい!!」」」
「名前は言えるかい?」
「…」
どうやら人狼を紹介するらしい、だが人狼は喋らない。
「もしかして名前が無いのか?」
「…」
「うーん、それなら私が名前を付けるけどいいかな」
「…」
「わかった。そうしよう、君は…」
男は黙りこくってしまう。一分も沈黙を続けていたが、ようやく口を開いた。
「君の名前はハインツだ。ハインツ・ヒトラー」
どうやらハインツという名前を授かったらしい。人狼はこれからハインツという名前を受けて生きることは初めてだった。何故なら生まれた時に付けられた名前などはなかったからだ。仲間からは階級で呼ばれているのもそれのせいだ。
「ハインツよろしくね!」
「ハインツ!」
「遊ぼう!」
「こらこら、そろそろご飯にするから。そうだ、君はそろそろ小学校に入学できる歳っぽいから急いで戸籍をつくらないとね、八月に学校の入学式があるからね」
人狼は学校に行けるらしい。前の世界では小学校にも行けず、軍に入るまでは文字も読めなかった。それに人狼は胸を寄せた。
「そうだ。ハンス、ルーカス、ノアよ、ハインツと一緒に寝る部屋を案内してあげなさい」
「うん、わかった!」
「おいで、こっちだよ!」
「早く早く!」
人狼は子供たちに手を引きずられて二階へと向かっていった。
二階には飾りが付けられたドアがあった。子供たちが寝る所は此処らしい。子供たちはドアを開けて中へと入っていく。内部には二段ベットが二台付けられており、衣服が入っていると思われる木箱が子供一人に一箱設けられていた。ノアが新しい木箱を別の部屋から引きずりながら持ってきた。
「ハインツ。あなたの衣装ケースはこれよ!」
木箱にはハインツと、慣れない文字で書かれていた。
「俺の名前はハンス! 五歳だ!」
「僕はルーカス、君と同じ六歳だよ!」
「あたしはノア、五歳よ」
「…」
こうして、人狼の新しい暮らしが始まった。
名字の順番が違ってたので変えました