人狼は夢を見れるのか   作:渡邊ユンカース

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大人

午後七時を迎えた。

 

普段の職場から一時的に離れ、食堂をたくさんの人々で埋め尽くしている。

皆で同じ料理を食べ、共に味を共感しているであろう。そして、仕事を終えた、もしくは非番の者はビールを飲みほして笑顔を浮かべながら騒いでいる。

 

食堂には一番人気の無い場所がある。一番右端の三人分しかない場所でで、そこの椅子だけが壊れかかっている席だ。体重を載せて座るとギシギシと音をたて、背もたれに身体を預けようとするとひび割れが広がる。いつしか割れてしまいそうな状態であった。

 

人々は普段からそこを回避するかのように場所を取っているのだが、珍しく一人座って夕飯を食べている。

 

「…」

 

人狼だ。墜落し、軍医に運ばれて検査をされたが、何処も軽傷も見受けられなかった。

自身の履いていたユニットは壊れてしまったらしく、後で廃棄されるだろう。

医務室では人狼の指導に当たっていたアニーサ中尉に酷く怒られてしまった。それもそうだろう、教官でもあり上官の指示を無視し、高度を上げて、しまいには墜落してしまったのだから。

だが、中尉は頭を抱えて始末書が云々と愚痴を零してはいたものの、真っ先に駆けつけてくれたのは彼女だった。前世ではあり得ない話だ。

 

そして人狼の検査を行った軍医は知ることとなったであろう。魔法力と強い自己治癒の固有魔法を持っていたとしても、高度一万以上から落ちたら普通は死ぬのに、何故人狼は生きているのだろうと。

駆けつけて来た兵士や彼女、軍医は口々に奇跡だと言い張るが、そんな不確定要素が満ち溢れる甘いものでは断じてない。ほぼ確定的な人狼の保有している吸血鬼以上の自己治癒能力によるものだ。

これがある限り、銀を身体に入れられること以外の攻撃はほぼ無効化されるのだ。

 

「…」

 

しかし、常人では到底持ちえない異色の能力は、本来の人々から見れば恐怖しかない。化け物を所持している異端者を除けば、誰から見ても怖いだろう。

噂は瞬く間に基地内を回り、人狼を恐怖という負の印象を焼き付けることとなった。

そのことを察したのか、人狼は独り寂しく夕飯を食べ続ける。こちらに目を向けるようなことをしない、見たことによって、人狼の反感を買い、絡まれてしまうと思ってであろう。

 

 

だが、独りで夕飯を食べていた際に、机に強い衝撃と音を感じた。すぐさま音の鳴った方に顔を向けた。

 

「おうおう、独りで飯とかつれないぜ」

「車長、もうちょっと丁寧に料理置いてくださいよ。机が汚れてしまう」

「うっせ、どーせ俺らが最初で最後の使用者になるだろ」

「だとしてもですよ」

 

一緒にこの基地に越してきた戦車の搭乗員、ジェネフ少尉とエドガー上等兵だ。彼らは人狼を挟んで座る。

 

「けっ、にしてもここの飯はどうかと思えば、前の基地と同じ味してるぜ。ったく、美味い料理が食いたーい」

「大人げないですよ、第一食べられるだけいいではありませんか」

「だけどよ長年食ってるんだ俺は、いい加減飽きる。お前だって嫁の飯食いたいだろ?」

「なっ!?」

「知ってんだぜ、一週間に一度嫁に手紙を送ってんの」

「ぷ、プライベートですよ!」

「まあまあ気にするな。…俺なんて彼女も居ないし」

「髭でも剃ったらどうでしょう?」

「そうするか」

「そうだ、ハインツは身体の調子はどう?痛くはないかい?」

「…」

 

エドガーの答えに口の中にあった物を飲み込んでから頷いた。その答えを聞いたエドガーは安心してニコリと微笑んだ。

ジェネフは何処からともなく取り出したビールを飲み始めていた。

 

「くぅ~、仕事終わりのビールは最高だぜ!」

「明日も仕事なんで限度を考えてくださいね」

「…」

「そうだ、お前も飲むか?」

「ちょっと車長! まだ十六歳にもなってませんよ!」

 

ビールを人狼に突き出す。頷き、ビールを奪い口にする。喉を鳴らし、ビールを急な角度へと傾けていき、遂には全て飲み干してしまう。一滴も残らずだ。

 

「素晴らしい飲みっぷりだな! まだまだあるからな」

「はあ、ホントこの人は…!」

「怒るなって、嫁さんと娘に嫌われるぜ」

「怒る原因作らせてるの誰だと思ってるんですかまったく!」

「へっ、知らん」

「あぁランシー、お父さんこの人についていけないよ…」

「さあ酔って全て忘れちまおうぜ、ガハハハハ!!」

「アハハハハハ!! もう嫌だこの人!」

 

エドガーも自分の腰ポケットから金属の水筒を取り出して飲み始めた。匂いから察するにアルコール類だろう。彼は先ほどジェネフに言ったことを無視するかの如く酒を飲みに飲みまくった。このことを世間一般にはやけ酒と言う。

 

「生きているなら誕生日! 長年軍に居たものだけが知りえる事実だ、歌え笑え叫べ!」

「アッハハハハハ、愛しの嫁イメシアにその娘ランシーに会いたいな!」

「俺はー、すごいぞー! それなのにー女ができないー!」

「イメシアー! ランシー! お父さんは愛してるぞー!」

「…」

 

阿鼻叫喚となっている二人の行いはすぐに食堂を伝染させて一段と騒がしくさせた。ある者は笑い、ある者は下手くそな歌を歌い、ある者は愛しい者の名前を叫ぶ。

兵士たちが騒ぎを起こしていると聞きつけた上官を軽く引かせる惨状がそこにはあった。

人狼は黙って酒と料理を食べ進めていた。

騒ぎを起こしたジェネフから感じ取る。彼は油、それは燃焼性も高く、なおかつ広範囲に広がる油。彼は英雄になれる素質を備えていることに気づいた。

そしてそれは人狼にも伝染することがわかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

コーヒーの匂いが漂い、煙草の匂いが充満する。

そこではランデル中将とダロン大佐が仕事をしていた。

ランデル中将は眠気覚ましのコーヒー飲み干して、趣味の煙草に火を点けようとマッチを擦りながらダロンに問う。

 

「なあ、今の状況をどう思う?」

「はい、非常に面倒ですが諦めないでください。そうすれば残業を早くに終わらせることが出来ます」

「いいや、そうではないさ」

「何です? 今やることはこの書類の山を終わらせることです」

 

閣下の足元には沢山の書類が山のように積み重なっていた。

マッチを擦ってもなかなか火が点かないのを気に入らないのかその山を蹴飛ばし崩す。書類が床中に散らばった。

大佐は頭を掻きながら一枚一枚拾う、彼の目元には隈が出来ており、もう何日も安眠が出来ていないようであった。

大佐が拾い続けた結果、あと一枚で再び山が完成する。その最後の一枚を閣下は自らの手で拾う。

未完成の書類の山を机の上に置く。

 

 

「舞台の幕があがるのを予告するブザーが鳴った」

「はい?」

「舞台裏では役者や係が道具を揃え、観客は何が起こるかわからない舞台に構えている。それはただ楽しむものかそれとも恐慌か。幕はすぐになるであろう、人類を何度も何度も貶めたあの舞台が!」

「…まさか」

「そうだよ大佐。あの愉快でもあり恐怖の舞台が始まりかけている。戦争という舞台が! 今開けるのだ! 扶桑の海鳥がブザーを鳴らした! さあ整えろ揃えろ覚悟しろ、観客全員を巻き込んだあの動乱の舞台を今!」

「それは! それは止められますか!」

「無理だ。例え私たち観客が暴動を起こしてもあの舞台は必ずやるだろう。延期するのならまだしも中止は不可能、まあそれ以前に延期をするための時間はもう無い。我らはもう観客席に体を固定されているのだ。何が起きるかわからない舞台に覚悟することしか出来ないのだ」

 

閣下はようやく火がマッチ着火して火を点けた。そして火を煙草に移し口に咥え、書類の山を空中にぶちまけた。

書類は空中を飛散し、閣下が事前に拾っている書類を大佐に突き出した。それを見た大佐は目を丸くした。

 

「た、大戦の準備…!?」

「そうだ。ならば最後まで舞台を見終えることしか出来ないのだ」

「……まさか生きているうちで二度も体験するとは思いませんでした」

「私もだ。非常に胸が高鳴る、新しい兵器も手に入れたかいがあった」

 

閣下は不敵な笑顔を浮かべながら紫煙を吐き出した。

コーヒーの容器に書類が混入した。書類は端から近いところを浸食して黒寄りの茶色に徐々に染め始めている。

 

「たくさんの菓子を準備しようか、それが無ければ流石の私も詰まらなすぎて死んでしまうからな」

 




水筒

水を溜めることの出来る容器
当時の水筒はアルミ製で表面にはフェルトで覆われている。水筒のふたはコップとしても利用、パン袋に取り付けた。
そして何故かアルミの水筒の中身=酒、と解釈されている時がある。
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