このシリーズでは三人称がメインだったのですごい新鮮に感じます。
私はどのくらいあいつのことを知っていたんだろう。
最初の出会いは小学校の図書室だった。黙々と本を読み続け、しまいには次の授業を知らせるチャイムが鳴り響いてもあいつは本を読み続けていた。その姿はただ退屈そうに何かを求めているようにも思えた。
規則というものに絶対の使命感を抱いていた当時の私はあいつに注意した。それが今に至る関係になるとは誰が思うだろうか。
話しかけるとあいつは鈍く瞳を光らせてこちらを一瞥すると、すぐに本へ目を戻した。明らかに無視された私はやっきになって説得を試みるも失敗、それで仕方なしに私は教室へ戻ることにした。その授業を終えて図書室へ見に行くと、まだ中にいた。
私はその時思った。どうして誰もあいつを連れていかなかったのかと。
図書室には私が入って以降、誰かが入室した様子はない。変わっている点としては机の上に置かれた本が数冊増えただけだ。
もしかしたらあいつは私にしか見えない幽霊なのではないかと考えたこともあったが、授業を受けている最中に外でけだるそうに運動をする姿を見たことがある。
誰にも相手をしてもらえず、誰にも注目されないあいつがすごく可哀想に思えてしまった。同情してしまったのだ。
そして私はある決心をした。それはあいつと友達になってやることだ。友達になればあいつもきっと心変わりするかもしれないし、何より学校の規則に従わせることができると踏んだ。
結果としては上々だった。
何日、何週間、何か月かけてあいつのもとへ通った。次第にあいつも心を開いてくれたのか、一緒に帰ってくれるようになった。強引に頼めば授業を受けてくれるようになった。
さらに良かったのは妹のクリスがあいつと同じ孤児院に住む子供たちと仲が良くなったことだ。私とあいつだけの個人の繋がりは、いつの間にか家族同士を繋ぐものへと昇華した。
私の家族からは寄付金や生活品の援助、院長のヒトラーさんは私たちに無料で絵の指導を行ってくれた。こうした活動を通して繋がりは強くなっていき、私とクリスは楽しい日々を送っていた。
しかしそんなある日、あいつは孤児院から去った。
理由は孤児院を少しでも豊かにするためだ。ウィッチになれば高収入を得ることができ、軍でも高い地位につける。
そのことを初めて聞いた時は何かの冗談だと思った。ウィッチは魔法力を持つ女性にしかなれない職だからだ。そもそも男性であるからなれないはずなのに、あいつはあろうことかウィッチになってしまった。
非現実的な話が真になってしまったが故に、私は泣いて別れを悲しんだ。目が腫れ上がり声が潰れるまで泣いた。そして無様に泣き叫ぶ私はその時誓ったのだ。
将来ウィッチになればあいつと一緒になれると。
その日以降、私は勉強や体力強化に励んだ。ウィッチになるための試験は倍率が高く、落とされても仕方がないと言われるほど難しい。
だが私は祖国とあいつに対する思いと訓練の成果を披露し、無事合格した。
きつい訓練を軍で受けていると心が挫けそうになる時が何回もあった。だけど新聞で報道されるあいつの活躍を見るごとに悩みは吹き飛び、前向きに捉えることができた。そのおかげで私はトップの実力で卒業することができた。
卒業後に発動したダイナモ作戦では新兵でありながらも前線で酷使された。何度も死にかけたが私のすべてのために戦闘を続けた。そうしているうちに屈指のエースとなっていた。
ある日、ようやくあいつと合流することができた。妹を負傷して傷心していた頃にあいつと出会えて少し心に余裕が生まれた。あいつも多くの者を失い、意気消沈だったが依然として戦う気力は保っていた。
私は初めてあいつと肩を並べて戦闘を行って強さに気づいた。空戦技術こそは平凡だが、固有魔法と経験を活かした戦闘は素晴らしかった。被弾しても霧にまかれて回復する様子は羨ましさを覚えたが、同時に胸がちくちく痛かった。
勇敢で頼もしいとさせる戦闘が私には心配で悲しかった。
ダイナモ作戦以降、あいつはアフリカへ飛ばされた。
あいつのアフリカでの活躍には心が躍らされたが、アフリカの星マルセイユとの熱愛報道を読んで私は何度もアフリカへ赴こうとした。
そして501で久しぶりに出会えたと思ったらあいつは酷く変わっていた。
ギラギラと目を光らせて殺気を纏った様子は私に戸惑いを生ませた。本当に優しい心を持つあいつなのかと疑ってしまった。声をかけても無視されたり素っ気なく対応されて私は悲しかった。あんなに思いを馳せた人物がこうも変わってしまったことに。
クリスとあいつという心の支えを失い、私は自暴自棄になっていた。今思えば宮藤がいなかったら私は死んでしまい、皆を悲しませていたことだろう。深く反省している。
今回、何故あいつがここまで堕ちてしまったのかがわかった。そして私はいつも助けられていたことに気づいたのだった。
そこからの行動は早く、考えるよりも体が動いていた。最初は心配そうにしていたハルトマンたちだったが、私を見て支持してくれた。なんて素晴らしい仲間なんだ。
あいつは意外と単純なやつだ。それ故にすぐ見つかった。
「ハインツ、こういう場所が好きだな。昔から」
「…」
やはりあいつは此処に居た。
比較的基地から近く海が一望できる展望台だ。今は軍の機密を保持するために一般人の立ち入りが禁止になっており、人気がない。今ブリタニアの飛行艇であるサンダース・ロー ロンドンが空へと飛び立つ。
あいつは見知った人型の状態でベンチに座り、海を眺めていた。その背中からは哀愁が漂い、顔を見なくても哀しんでいることは確かだった。
私はあいつと同じベンチに座る。
「聞いたよ。私たちの見ず知らずのところで戦ったんだってな」
「…」
「わかっている。お前が対応していた連中は敵意を持っていた。仕方がなかったことだ」
「…」
本当に私の話を聞いているのかわからないほどにあいつは茫然と無気力に海を眺めていた。焦点をただ前に向けるだけでカカシのようだった。
私はポケットから常に携帯しているチョコレートを取り出し、手渡した。するとあいつは僅かに視点が移り、チョコレートを受け取った。
「そのチョコレートはブリタニアの名店で作られた高級品なんだぞ。材料が足りないなかで私たちに融通してくれたんだ。大事に食べろ」
「…」
あいつは片手で半分にチョコレートを割った。そして銀紙を丁寧に剥いで、もう片方のチョコレートを私に渡した。私は昔と変わりない態度に懐かしさを覚え、くすりと笑ってしまった。
……あぁ、やっぱり優しい心は残ってるんだな。
「ありがとう。一緒に食べた方が美味しいからな」
「…」
「……私はお前と一緒に居たい」
「…」
私は本音を暴露することにした。いつもハルトマンに向けて言う説教とは違い、今回そんな余裕はない。また想いを伝えるには短めのほうが良いと考えた。
あいつはこちらを一見してくれた。僅かにだがあいつの瞳が開かれているから驚いたのだろう。私じゃないと気づけないな。
「私はお前と出会って毎日が楽しかった。クリスや孤児院の皆と一緒にサッカーに励んだり、テストでも勝負をしたな。忘れられない思い出だ」
「…」
「アドルフ・ヒトラーさんが開いてくれた絵画教室ではお前が一番上手かった。私は前よりかは絵が上手くなったが全然ダメだった」
「…」
「あと一緒にピクニックにも行ったな。クリスたちが迷子になって大変だった」
「…」
色褪せない思い出をいっぱい話した。あいつが聞いているのかはわからない、だけどどうしても私は話したかった。今まで話せずにいた鬱憤が爆発したのだ。
あいつはただ黙ってチョコレートを齧り、海を眺める。一方的なこのコミュニケーションは次第に成立しているように感じ始めた。何故ならあいつの目の色が徐々に輝きを取り戻していき、視線をこちらに移すようになったからだ。
「私はお前のことを責めないし馬鹿にしない。お前のことは私がよく知っているし、私以上にお前のことを想う人間はいない」
「…」
「お前は私にクリスやハルトマンたちとは違った感情を抱かせてくれた唯一の人物だ。だから私はお前の全部を大事にする。だから―――――」
「私を愛してくれないか?」
いつの日にか私はハインツ・ヒトラーという人間に惹かれていた。この想いは決して文面に表してもうまく伝わらないだろう。不器用な私はこの方法しか想いを伝えられないのだ。
例えこの想いが否定されても悔いは残るが仕方がないと納得できるはずだ。それがあいつのためならなおさらだ。
あいつは口を堅く閉ざしてこちらをジッと見つめる。何か思うところがあるのだろうか、私たちの間で沈黙が生まれる。その沈黙は恥じらいや気まずさから立ち去りたいと思わせない不思議なものだった。
永遠に思える時間を経て、ついにあいつは決断した。
「…」
チョコレートを食べ終えると、私の頭に手をのせて優しく撫でる。温かくて優しい撫で方で懐かしさを覚える。
一通り撫で終えるとあいつは席を立ち、こちらに手を伸ばす。心なしか顔色が良くなっている。
「お前はこういう時ぐらいは喋ったらどうだ」
「…」
私は差し出された手を強く握り、立ち上がる。
あいつからの返事は|承諾≪YES≫だった。
サンダース・ロー ロンドン
イギリスで生まれた複座式飛行艇、サンダース・ロー社で開発された。
1936年からイギリス空軍での運用が開始された。第二次世界大戦の勃発前には退役予定であったが、後継機種が失敗に終わり継続された。
ショート サンダーランドの代替え機として救助や潜水艦の攻撃などで活躍した。