開幕
ダキア
それは古代中央ヨーロッパの一地域でダキア人とゲタエ人が多く居た。
そして、今日も内海ならではの黒海が緩やかに波をたてる。魚を獲り、漁を行っているのが此処での生活風景の一つだった。
だが、今日で壊れた。
「おーい、ジョイル。網を揚げてくれ」
「はーい」
少年は父親らしき人物からの指示で船から海中へ降ろした網を引き揚げた。慣れた手つきで網を手繰り寄せる。
中には魚が泳いでいるのが確認出来た。
「よくやったな、流石は俺の息子だ!」
「へへへ、そうかな」
「あぁ、そうだ」
ジョイルは照れながらも網を揚げ終え、船に魚の詰まった網を置く。大漁だ。
父親は煙草を口にしてマッチを擦る。
「いやー、お前を見ていると俺がまだお前の時ぐらいを思い出させるよ」
「爺ちゃんのこと?」
「そうだ。俺の父さんにはたまーに海に落とされたからなぁ」
「どうせ、くだらないことしたんでしょ」
「そ、そんなことないさ。だってあそこに父さんの秘蔵のお酒があるのが悪いんだ」
「へぇー、会ってみたかったなぁ」
父親はその時の愚痴を零しているので、ジョイルは適当に相づちを打つ。
ジョイルは祖父に会ったことはない。何故なら、彼が産まれる前に死んでしまったからだ。祖父は昔、ネウロイと戦うために戦場に駆り出され、戦車の操縦手だった。彼の操縦する戦車はお世辞にも上手いとは言えないが、幸運なことに一撃も被弾はしなかったらしい。
祖父はそのことを誇らしげにしていたと父親から聞いている。
突然、黒海の波が高くなった。普段の波とは大きく変わっており、彼らが乗っていた漁船はグラリと揺れる。
「おっと!? 何だァ!?」
「いててて、いきなり何だろう。珍しいね」
「…なあジョイル、俺は酒を何杯飲んだ」
「えっ、まだ一杯でしょ。しかも度数の薄いの」
「そうだよな、じゃあアレは何だ」
「えっ」
父親は空に指を指した。指した先には黒い竜巻のようなものがダリア本土に近付いていく。竜巻が近付くにつれて風と波が荒れ始めている。
「す、すごい! 黒い竜巻なんて初めてだよ!」
「……ありえねえ。黒い竜巻なんて聞いたこともねえぞ…」
「じゃあ何だろう」
黒い竜巻から黒い瓦礫が飛び出し、こちらに飛来してきた。
父親が目を凝らすと、黒と輝く赤で染められている。すると、ある程度の距離に接近すると黒い物体からパチパチと光る。
すると、漁船が音をたてて新しい穴を空けていく。即座に父親はそれが銃弾であることを察知し、ジョイルを庇うように覆い被さった。
「うわああああ!!」
「ぐおおおおおお!?」
黒い物体は漁船を横切った。覆い被さっていた父親は横になる。
「ぐぅぅ!!」
「お父さん!」
「ちくしょう、肩をやられた!。ジョイル、お前が操縦してダリアに帰るぞ…!」
「わ、わかったよ!」
「俺はその間の間に無線で軍に知らせる!」
ジョイルは先ほどまで眠っていたエンジンを起こし、漁船を本土に引き返す。父親は肩を抑えながらも無線に手を伸ばし、軍へと繋げる。
「こちら黒海の漁船! 応答してくれ」
『こちらはダキア王国所属の黒海沿岸警備部隊。どうかしたか』
「竜巻の中から怪異が出現した!」
『……それは目の前のあれか』
「そうだ! 早く倒してくれ!」
『わかった。すぐにウィッチを派遣する。すぐに本土に引き返せ』
「今やっているさ!」
無線が切れた。さっき攻撃してきた怪異が再度攻撃を行うために旋回して来た。
とっさにジョイルは父親に向かって叫ぶ。
「父さん!!」
叫んだ時にはもう遅く、怪異の放った銃弾が漁船の燃料タンクに当たって爆発した。
「うわああああ!!」
少年は吹き飛ばされて海面にダイブした。奇跡的に怪我はなく、漁船の残骸を掴んで浮き代わりにした。
海面には燃料が漂っている。
「父さん! 父さーん!!」
少年は必死に叫んだ。すると、それに反応するかのようにある右手が流れる。
ガッシリとした手に手首に巻かれていたミサンガ、一目で自分の父親の物だと確認出来た。何処かへ流れていかないようにその手を捕まえた。
「あぁ、父さん…!」
怪異は漁船を撃破して満足したのか、踵を返すかのように黒い竜巻の中へと戻って行った。
そこに残ったのは漁船の残骸とジョイル、そして父親の一部肉塊だった。
「ふざけるな! 俺らは何もしていないだろ! クソたれええええ!!」
渾身の叫びは怪異には届かず、ゆっくりと竜巻が本土に近付いていくことを傍観することしか出来なかった。
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あの竜巻が発生して約一時間が経過した。
怪異は竜巻から飛び出し、本土へ上陸、そして蹂躙を始めた。
道に車両を並べただけのバリケードを張り、二十人程度の警察や憲兵が小銃や拳銃を構える。
「沿岸警備隊はどうした!」
「恐らく、初撃で壊滅したかと」
「ちくしょう! 俺らより給料貰っている癖にちゃんと働けよ!!」
警備隊について警官や憲兵が愚痴を垂らし始めている。士気は最悪の状態だった。
指示を出すのは警察署長のラスだ。このダキア出身の人間でもあり、ダキアをこよなく愛していた。
テーブルに乗り、己の長い顎ひげを弄りながら、拳銃を抜き、いつでも指示が出来るように構えていた。
「ダキアは儂が守る」
「通信手から伝達! 陸上特化型の怪異が接近の模様」
「そうか、儂が指示するまで射撃はするのではないぞ」
「「「「了解!」」」」
「少しでも、少しでも数を減らす。そうすれば市民が避難出来る時間が増える」
ラスの額から汗が流れ落ちる。
するとその汗に応答するかのように、怪異が曲がり角から体を出した。前方に砲を構えた四足歩行型だ。
「怪異確認! 発砲許可を!」
「うぬ、撃てェ!!」
戦列を揃えた警官隊や憲兵から銃弾が放たれ、普段から訓練をしていた警官隊の銃弾は怪異に何発も当たる。
とある憲兵が手榴弾を投げ、弧を描いて怪異の目の前で落ちる。そして爆ぜた。
「やったあ!!」
「訓練の成果だな!!」
「まだだ! 弾幕を張り続けろ! 手榴弾を投げろ!」
「了解!!」
小銃を撃ち続け弾幕を構成、手榴弾による爆破で怪異に攻撃を続ける。
土煙が舞い、怪異の居た場所を隠した。
「……これほどやったんだ。死んでもらわなきゃ困るぞ」
ラスは銃を仕舞い、煙草を吸うために懐に手をかけた。
その時、目の前のバリケードが吹き飛び、構えていた警官たちを吹き飛ばした。不運にも首の骨を折り即死した者もいた。現場は叫び声で埋まっていた。
怪異は土煙を抜け出し、何事も無かったかのように前進を続ける。
「な、なんだと…!? 防衛線再構築! 弾幕を張れ!!」
生き残った警官たちは弾幕を張る。手榴弾を投げる。
しかし、怪異の砲が牙を剥き、小石を蹴り上げるかのように排除していく。
「ぎゃあああああ!!」
「痛え痛えよ!!」
「足が! 足が!!」
「足止めだけでも行えー!!」
必死に小銃を連射するも、それは効かずに弾幕は徐々に薄れていく。
ラスは持っていた煙草を落とし、自身の拳銃で撃ち、攻撃に参加した。
暫くしてからふと気づくと、防衛線には彼しかいなかった。警官たちの屍が辺り一面に散乱していた。
「…ハハハ、まさか防衛線が易々と突破されるなんてな」
もう彼の拳銃は空だ。どうすることも出来ない。拳銃を捨てて腰に掛けていたサーベルを抜く。
そして構えた。
「例え一秒でも、いや一瞬でも止められれば市民の命が助かるかもしれない。市民を守るのが、我ら警察の役目だ!!」
ラスは勇敢にも怪異めがけて突撃を始める。
怪異は彼を避けようともせずにただ前へ前へと進む。彼も負けじと前へ前へと前進を続ける。
「だああああああああああ!!」
怪異から放たれた砲弾が腕に当たり、身体ごと吹き飛ばされた。
彼は地面に強く叩きつけられてしまった。
「……情け、ない…死に、ざまだ……」
弱弱しく呟き、右半身を喪失した状態を目視して、彼は息を引き取った。
ラス・トライクス署長、五十八歳。市民を守るために奮闘し、殉死
マンリッヒャーM1895
オーストリア=ハンガリー帝国で生まれた小銃、そして第一次世界大戦の主力。
またオランダ陸軍が主力としていた。1940年のドイツ軍が侵攻してきた時に用いた。
高い発射速度と頑丈さで信頼を築いた。
銃口は7.92ミリで1895年から1940年にかけて約3,000,000挺以上が製造された。
ちなみにギリシャやブルガリア、ユーゴスラビアに使われており、国ごとにタイプが違う。