八月、人狼は小学校に入学した。
入学式から一週間も経過すると、子供たちは友達を次々に増やしていき、グループができ始めていた頃である。
本来、友達というものは、小学生のような年頃になると、一緒に遊んだだけで友達と繋がりが結成されるものだ。
しかし、その繋がりを作るきっかけとなった遊びに入れなかったらどうだろうか。
例を挙げるのならば、病気などで思うがままに運動が出来ない子供に対しては声をかけることもあるだろう。そして、声を掛けられた本人に好印象を与えることさえ出来ればいい。
だが、人狼は違った。
彼は孤立を好んだ。校庭や教室で遊んでいるクラスメートには見向きもせずに図書室へと向かった。
人狼に声を掛けてくる子供も勿論いた。だけど人狼はそれを無視した。子供たちはしつこく声を掛けてきたが、鋭い眼光で彼らを睨んだ。その眼光に当てられて子供たちは泣きじゃくった。先生が来て人狼に対し、何故友達を作らないのかと問いては見たものの、人狼は一切答えなかった。
その後、クラスからは危険人物というレッテルを張られることとなり、子供たちは人狼に声を掛けなくなった。
行為に対して、どうすることも出来ない人狼に、ついに教師たちも人狼を見捨てた。
そして、ある事件が起きた。
普段から丸眼鏡を掛けていたルーカスが、上級生に虐められてる姿を見られた時だった。
ルーカスが上級生のクラスが所持しているボールを間違えて使ってしまったのが事の始まりだ。
まだピカピカの一年生であるルーカスに対し、年相応にしては体つきの良い子供四人に囲まれて蹴られていた。
本を読みに図書館に行く途中に偶然居合わせた人狼がハンスの元へと向かった。そして、彼らの前に立ちふさがった。
「おい、なんだよ一年」
「友達を救いに来たのか?」
「へっ、くだらないぜ!」
「おらおら、友達の前で虐められている姿を見られてどうだ丸眼鏡!」
「ハ、ハインツ…。逃げて……」
「…」
「へっ、今回のとこは見逃して…」
いきなり人狼は一人の上級生を殴った。何かが折れたような嫌な音がする。彼は地面に卒倒した。
「い、痛てえええええええ!!」
「お、お前!よくも!」
今度は上級生のほうが殴りに来た。人狼はあらかじめ仕舞っていた胸ポケットから鉛筆を握り、相手の殴る力を利用して鉛筆を突き立てた。右手を必死に抑えていた。
「うぎゃああああ!!」
「ふざけんなよ!」
「う、うらっ!」
二人がかりで襲ってくる彼らに対し、拳を握りとめて見せた。そして、力をじわじわと入れていった。
「いだだだだだだ!!」
「て、手がああああ!!」
「…」
悶絶していた一人の上級生に蹴りを腹に入れた。多少吹き飛ばされて、背後から地面に着いた。立ち上がろうと、腹を抱えて立とうとしても昼に食べた物を吐き出す。
「ごごご、ごめんなさい!」
「…」
「どうか許して!」
拳を握っていた上級生が人狼を怯え、許しを必死に乞う。しかし、人狼は甘くはない。彼の鼻に右手を叩き込んだ。
バキッと鼻の折れる音が聞こえた。
「ふがふが…ッ!」
「ハ、ハインツ?」
「…」
地面に伏した彼らを見下しながらルーカスの手を引く、教師に見つかったら厄介になることを人狼は知っていた。ルーカスの手は恐怖で震えていた。
数分後、事態を収束しに来た教師たちはこの惨状を見る。
すぐに病院に駆け込まれて、処置されたが、この事件の犯人の噂は学校中に広がった。
幸運なことに、同じ家に住んでいるハンスやノア、ルーカスは行内から学区外にかけて虐められることはなかった。
その後人狼は、教師に席を一番奥の端っこに座らせるように指示した。噂を知っていた教師は彼を隔離させるべく、すぐに席を変えた。
変えた次の日に学校に行くと、机には落書きが書かれており、ゴミが大量に置かれていた。
しかし、人狼は何事もなかったかのように図書室にあった小説の短編集を読み始めた。本すらも満足に読めなかった環境に居た人狼は、精神年齢に合っていない授業を無視する。テストなどには参加したが、前世の記憶のおかげで全てのテストは満点だった。それを気に入らなかった子供たちは彼の虐めをさらに強くした。
そんな人狼に、未だに接してくる子供も存在した。
図書館で本を読み漁っていた時だ。授業が始める前のチャイムが校内中に響き渡る。図書館に居た子供たちは次々と出ていくに対し、人狼はその場に留まった。
次の授業は体育、人狼にとっては最も無駄な科目だった。存在的な人狼の能力を発揮しても、周りからは恐怖の目しか向かれることを危惧したのだ。それに、人狼一人抜けても全体が奇数だったので居ないほうが互いにペアを作りやすいと感じていた。人狼はいつも読んでいた短編集を読み終えて、今度は辞書のように分厚い本を読んでいた。
いきなり、凛とした声が人狼に向かって飛んでくる。
「おいっ!貴様何をしている!この学校の生徒ならば五分前には教室に着席しないといけないんだぞ!」
髪の毛を二つに結わいた女子が人狼に向けて叱咤する。人狼はそんな声を無視して読み続けた。
その姿を見た女子は苛立ちを覚えて、人狼に向けて口撃を始める。
「人が話している時は人の目を見ないといけないのことを教わらなかったのか!」
「…」
「聞いているのか白髪頭!」
「…」
人狼は席をムクリと立って、彼女に面を向かった。人狼特有の鋭すぎる眼光を彼女に突き刺した。一瞬、彼女は怯んだような様子を見せたが、それでも屈することもせずに睨み返す。
少女は人狼に対して、胸を張り強く見せているらしいが、彼女の足は小刻みに震えていた。
「そ、そんなんじゃ私は怖くは無いぞ!」
「…」
「な、何故また座る! 貴様それでも此処の生徒か!」
「…」
「何か言え、白髪頭!」
「…」
壁に向かって話しかけているかのように彼女は次々に指摘の声を浴びせた。それでも人狼は本を読む。
このままではどうにもならないと察した人狼は再び席を立ち、今度はその席から遠い位置に座った。無論、彼女は人狼に付いていく。
「動け! 早く行くぞ教室に!」
「…」
「動かないと遅れちゃうだろ! 規則は守らないといけないんだあああ!!」
ぐいぐいと人狼を引っ張る彼女の胸元から、チラリと彼女の名札が見えた。ゲルトルート・バルクホルンと書かれている。学年は人狼と同じ一年生だった。人狼は彼女は教室では見たことない、恐らく別のクラスだろう。
彼女の行動から察するに、規則厳守の頭の固い人間だと感じた。
ここで、授業開始のチャイムが鳴った。
「うわっ!? もう授業開始の呼び鈴が!! …ええい、噂に聞く白髪頭!今日はここまでにしてやるからな、私が絶対に授業に受けさすからな覚えてろ!」
バルクホルンという少女は猛ダッシュで図書館を抜け出し、自分の教室へと向かって行った。途中で他の教師が廊下を走るバルクホルンに注意を掛ける言葉を受けていると思われる声が聞こえた。
そこから彼女との長い付き合いが始まった。