列車に揺られて二十分ほど経過した。
車内では珍しく車内販売のための台車が人狼の部屋を通る。
幾つもの菓子や新聞、それに酒が置かれている。人狼は慣れた手つきで店員を呼び止め、酒を受け取り空いているスペースに置く。
酒はグラス越しから振動に揺れて波を立てている。
「ねー、お兄さん。ママ知らない?」
暫くすると通路のドアから顔をひょこりと出してきた。その返答に首を横に振る。
子供はどうやら親を捜しているようであり、彼一人で親を探すのは一苦労だと思ったのか人狼は席を立ち、協力することにした。
車内を二人で捜していると彼の母親が見つかった。
「本当にありがとうございます」
「お兄さんありがとう!」
「…」
母親は頭を下げて人狼に感謝の意を露わにしている。
子供はポケットから小さな飛行機の木製おもちゃを取り出した。
「僕はお兄さんのこと一生忘れないから名前を書いてよ!」
「…」
人狼は彼に言われるがままにおもちゃを受け取り、自身のペンで名前を書いた。
それを受け取った子供は母親と手を握り合いながら元の席へと踵を返す。
ふと、人狼は孤児院に同居していた三人の子供たちを思い出す。
六年前、人狼を含め四人の子供たちと院長と一緒にピクニックに行った。
その際にクリスが異常な程興奮して迷子になってしまったのを覚えており、院長と人狼の二人で捜して、ようやく院長がクリスを見つけ出した。
彼は泣きじゃくりながら院長の右手を握っており、微笑ましく思えた。
「ハインツ、君も手を繋ごう。もう迷子探しは勘弁だ」
「…」
そう言うと院長は人狼に手を伸ばす。皮が弛み始めた腕、長年絵を描いていたため手には硬いマメが出来ている。
人狼は出された手をそっと握る。まだ身体が幼い人狼の手には院長の手が大きいことを実感し、包まれると肌はごつごつで肌はやや荒れている掌でもあったが、同時に温かみを深く感じることができた。
院長は慈愛の溢れる笑顔を浮かべ、残していた子供たちの所へと足を進める。
人狼たちの歩調に合わせ、一歩一歩と地面を踏みしめていった。
人狼は淡くも懐古的な思い出を浮かべつつ自席に戻る。
窓を少し開け、懐からタバコとマッチを取り出して一服した。
紫煙はふわりふわりと部屋を漂い、広い世界へと向かって旅立つ。
先ほど買っていた酒を一口飲む。普段とは微妙に違う風味であったため新鮮であった。
人狼は席に横たわり、目を閉じる。
列車の不規則に揺れる振動が眠気を誘い、すぐに夢の中へと入国する。
背が高いため足を畳む姿は、まるでその姿は幼子のようにも見えた。
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人狼が目を覚ます。
列車はどうやら止まっているようで外の景色は殆ど変わってはいない。
人狼が眠りに落ちて間もなくした時に列車は停車したのであろう。
何が起きたか状況を収拾するためにドアを開ける。
すると男性の怒号が飛んでいた。
「おい、何で止まっているんだ! これから会議なんだぞ!!」
「ま、待ってください。今は落ち着いて…」
「何故落ち着かないといけないんだ! 会議に参加出来なかったらどうしてくれる!!」
どうやら中年の男性が車掌に向かって激を飛ばす。その周辺には彼に同乗する者が集まっている。
彼の激の飛ばし方がスオムス義勇独立中隊にて戦闘隊長を務めていた穴吹中尉を連想させた。
それに対し車掌の方も彼らの対応に追われている。
何か線路に問題が起きたのかと仮説を立て、暫くは動かないだろうと思い、自室から外に飛び出した。
そして硝煙と血煙の臭いを嗅ぎとる。
どうやら先ほどまで滞在していた街から臭いだしており、列車の上に乗って小さな双眼鏡で覗いてみる。
そこでは大規模な火災が起き、その上空には黒い雲が立ち込めている。
見覚えがある雲の色で、遠くから何かが向かっていることを視認出来た。
急いで双眼鏡で覗くと四体のネウロイがこちらに迫っている。
すぐさまそのことを知らせようと拳銃を引き抜き撃つ。
何事かと窓から顔を出す乗客たち、一人の乗客がネウロイに気づいた。
「ネウロイだ!?」
「な、何だと!?」
「馬鹿な、此処はカールスラント国内なのに!!」
「うわあああ!! 死にたくない!!」
すぐにパニック状態を引き起こした。
窓から飛び降りて退避を行う乗客も勿論いた。しかし車掌は外には出ずに車内で待機しろと指示を送る。
これにより九割以上の乗客は外に出ることが出来なかった。
人狼は出発前にユニットはその列車に乗せられていることを思い出し、すぐさま貨物の車両へと向かう。
鍵が掛かってはいたものも、強引に引きちぎり解錠、ユニットを外へと運び出して装着し、魔法力を流し込む。
だが、当然燃料が入ってはおらず起動しない。仕方がなしにMGFF機関砲二挺を持ち、対空砲の代わりを務めようとした。
その間にネウロイは列車に近づき、各々の爆弾を投下する。
人狼は機関砲を振り回して抵抗を続けたものも、爆弾は列車の一部に次々と当たっていき爆ぜる。
外からでも車内に居た乗客たちの絶叫や悲鳴が聞こえる。何処も彼処も阿鼻叫喚の地獄絵図であろう。
爆風で破片が舞い、人狼の頬を傷つける。すぐに治癒するが再度付けられる程にネウロイによる攻撃の手は激しかった。残った車両には人狼が立っている車両だけである。ネウロイの攻撃が集中した。
あの一家を守るために必死に抵抗を続けた。
人狼の胴体目がけて無数の弾丸が向かうのに対し、人狼は避けることも可能ではあったがそれよりもネウロイを追っ払うことに専念する。
そのせいで人狼の身体に無数の風穴を作るも対空射撃を続けていた。
だがそれも一体のネウロイによる体当たりで十メートル程吹き飛ばされてしまう。
その隙を見計らって、最後の爆弾を所持していたであろうネウロイが車両を吹き飛ばす。
そして爆弾は最後の車両にぶち当たり、盛大に爆ぜた。人狼はただただ傍観することしか出来なかった。
列車の残骸が頭上から降り、ある物が頭に落ちる。
幸い軽い物であったため怪我はなかったが、その物は人狼に強い衝撃を与えることとなった。
ややひびの外傷が確認出来る飛行機のおもちゃで、確かに人狼の字で名前が記入されている。
そうだ。あの子供に与えた物だ。
轟々と燃え盛る列車が黒煙を天へと伸ばす。
まるでそれは無念の死を遂げたものに送られる天国への道のようにも思えた。
その道をネウロイは喜々として煙を突き破る。よほど破壊出来たことに悦びを感じたのだろうか。
人狼は足を先ほど滞在していた街へと進める。
去り際に拾っておいたおもちゃを近くの炎に投げ込む。燃焼剤として心もとない量であるが、これにはちゃんとした訳がある。
それはあの子供の私物を渡すため、ただそれだけであった。
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「さあ諸君、戦争だ」
一方その頃、ネウロイの襲撃があった基地には新しい指揮官が置かれた。
皺だらけの顔面に白髪が増えた髪、そして仕事が忙しくなって剃れずにいた無精髭を蓄えた初老の男性、その名をランデル中将という。
中将は基地からスピーカーで全兵士につらつらと演説を叙述し始める。
『諸君らの働きに私はは多いに期待している。戦争は自由、無法地帯だ。愛国心を持っても持たなくても、あの化け物を殺しても構わない、むしろ大大歓迎だ。職場での日頃の鬱憤を奴らにぶつけてから死のう、そうすれば未練もなく死ねるぞ。そして戦友諸君にある股座を使って奴らを思う存分に犯してしまえ、例え穴が無くても無理やり作って挿れろ。そんな素晴らしくも阿保みたいなことが出来るのが戦争だ。さあ諸君!戦争を楽しんで死んでいきたまえ!』
狂気しかない演説だったが兵士たちの士気は高かった。
「クリーク」
一人の兵士がポツリと呟く、その呟きは黒死病の如く広がっていき、最終的には全兵士が右手を挙げ、戦争を連呼しながら一致団結する。
どの兵士の表情は狂気に満ちた笑顔を浮かべ、瞳孔を見開いている。その全体はほぼ宗教と酷似していた、
『さあ行け、自分が思うままに行動せよ。さすれば奴らに痛手を与えられるぞ』
ランデル中将は悪魔以上の狂気の笑みを浮かべる。
その姿は戦争という悪魔に取りつかれた被害者ではなく、戦争という悪魔そのものであった。
Z1型駆逐艦 レーベレヒト・マース
ドイツで生まれた駆逐艦で1935年8月18日進水。1937年1月14日就役する。
艦名は1914年のヘルゴラント・バイト海戦で指揮官を務めたドイツ帝国海軍少将レーベレヒト・マースから取られた。
1940年2月22日ヴィーキンガー作戦に参加。作戦中に友軍機に誤爆される。爆弾が命中しその後爆発、沈没。原因はイギリス軍の敷設した機雷による可能性あり。乗員286名が死亡する。
新型の高圧ボイラーを搭載したが、整備が困難で大きな振動を発するなどと十分な性能を発揮できずにおり、4隻で改良型の1934A型へ移行してしまった。
ちなみに人狼を護衛していたのはZ1とZ2である。