人狼が空を飛んで一時間が経過した。
幾ら燃料が満タンといえども出力を最出力にするのは愚策だ。現状では80%で抑えている。武装はライフル一挺にモーゼル二丁、それにライフルに至っては残弾が十五発しかない、モーゼルは今入っている弾倉と他の弾倉があと一つしかないという危機的状況である。
貧弱な武装を抱えて西へ西へとユニットを駆っていくのであった。
「おい早くしろ!」
「うるせえ! そうしてるんだよ!!」
「母さん早く!」
「わかってるわ、さあ行きましょう」
眼下には溢れ出る避難民がネウロイの脅威から一刻も早く逃れようと必死に移動している。空から一望するとそれはまるで蟻の行軍を彷彿とさせるものであった。
そろそろ孤児院に着くと思い煙草を口にし、マッチで点火、紫煙を吹きだす。紫煙は夕暮れの空へと溶けていく。
やっとのことで人狼が生まれ育った街に到着した。
上から見る限りどうやら市民の避難は終えており、先程までの光景は見られなかった。
人狼は何処に着陸しようかと辺りを見下ろす。すると通っていた小学校の校庭が見え、そこに着陸しようと考えた。
地面すれすれまでゆっくりと降下、出力を切りユニットの先端が地面に触れる。
しかし非常に不安定で道化師でもない人狼は態勢を崩して背中を打ち付けた。鈍痛が身体全体に走るも、ユニットを脱いで立ち上がる。
運よくリアカーを見つけ、ユニットを載せて引っ張っていった。
街の様子はというと人を見つけることができずに、この街には何も無かったかのようにも思えた。野良猫がのうのうとカフェのテラスにあったテーブルで寝ている。
やっとのことで孤児院に帰ることができた。
ポケットから古びた鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。鍵はカチリと心地よい音を立てて解錠する。人狼はリアカーと武器を置いて中へと侵入していった。
部屋の内装はというと殆ど変わっておらず人狼は自分がタイムスリップしたかのような気持ちに陥った。軽快な音を立てて階段を上がり子供部屋に入る。
そこには昔使用していたベッドに机があり、写真立てには院長とピクニックに行った際の写真を見つける。
それは集合写真で人狼以外に住んでいた三人の子供は太陽のような眩しい笑顔と何かを頬を緩めている院長の姿があった。
ふと赤いアルバム帳を見つけページを開く、そこには人狼が軍へと行ったその後の物語が貼られており、各々の喜怒哀楽が小さな写真に収められていた。その表情を見ることができなかった人狼は後悔しているようにも思えた。
「ハインツ」
後ろから声を掛けられる。
やたら耳にのこり慈愛に満ちて聞き慣れた声だった。人狼は後ろに顔を向ける。
「お帰り、我が息子よ」
「…」
そう、孤児院を経営しているアドルフ・ヒトラーだった。
彼の身長は人狼よりもやや小さいが、人狼にはとても大きく見えていた。相変わらずちょび髭を蓄えて、至る所にしわがあり、最後に見た姿と同じである。
ほんの少しばかり人狼の表情筋が緩んだ。
「今日お前に会うことができて私は幸運だな」
「…」
「大きくなったな、最後に会ったのはもう二年前だった。ラジオや新聞で話は聴いているさ、昇進おめでとうハインツ」
「…」
院長はしわ寄せた笑顔を浮かべ、人狼を抱きしめる。
近くに近寄ったことで気付いたのだが彼特有の黒い髪には幾つも白髪が混じっており、確かに時間が経過したことが非常に感慨深かった。
「安心しろ、この街に居るのは私とお前だけだ。子供たちは学校の教師に連れられて避難した」
「…」
「なに私は自らの意思で此処に残ったのだ。そう、お前が帰ってくると信じてな」
「…」
「そして私の思惑通りお前は来てくれた。こんな幸運は滅多にない、そう私の幸運を全て使い切ったようにも思えるよ」
「…」
「さあコーヒーを淹れよう、今は代用品のマズイコーヒーしか流通しているが本物のコーヒーだ。好きだっただろう」
人狼の手を連れて階段を下がった。
人狼はこんな楽しい時間は一生続けばいいのにと懇願した。
だが、それは怪異が許さなかった。
突如として轟音が鳴り響き、院長はバランスを崩して床に倒れ伏せてしまう。
急いで人狼は院長を立ち上がらせてリビングまで運び、椅子に座らせた。人狼は急いで孤児院の屋根に上がる。
そこに起きた光景は家が火炎に巻かれて炎上し、上空には小型の航空ネウロイが爆撃に機銃掃射と対地攻撃を行っている。
すぐさま反撃するために屋根から飛び降りてリアカーに載せたユニットを履きライフルを持った。リアカーを掴んで上手く離陸しライフルを抱えて上空に飛び立つ、その姿は己の縄張りを荒らされて怒り心頭の狼のようであった。
高度を早く取るために出力を最大出力にして上昇、bf109特有の高い上昇力を活かす事ができ、高度は二千メートルまで上昇することができた。
斜め上から人狼は加速しながら街を破壊していたネウロイに向けてライフルを発射、魔法力を保持した弾丸はネウロイを貫通して白い結晶へと姿を変える。流石のネウロイもこれには反応できなかったらしい。
コッキングをして次弾装填、次の敵へと照準を合わせる。
ネウロイは回避しようと旋回する。しかし、ユニットを格闘戦が不向きの重戦闘機ではないため難なく照準を合わせて引き金を引いた。
だが弾は逸れる。もう一度コッキングして放つもこれまた失敗、今度こそと放った銃弾は貫いた。だけどそれは致命傷にはならず白い煙を細くたなびかせている。
弾が当たったことによる効果でスピードを出せずにいるところを、人狼は急接近してライフルで叩き落した。落下している最中、態勢を立て直すこともできずにそのまま地面に衝突して爆散する。
最後にライフル内に残った弾丸を明後日の方向に打ち込み、新たな弾倉を取り出してリロードをする。
こちらに向かってネウロイ二体が光線を照射し、人狼の横腹が抉り取られる。仕返しと言わんばかりにライフルを撃つ。横腹には霧が巻かれて治癒していき、ものの一秒で完治した。
コッキングして発射、コッキングして発射を何度も繰り返す。その結果ようやく一体撃破するも後ろにつかれて光線を放ってくる。
人狼は眉を暗くする。何故なら人狼はユニットや己の体型状、格闘戦が不得意であった。そのためいつもは後ろにつかれたら僚機が対応してくれるのだが生憎今はいないのだ。
最後の弾丸を放ち終えてリロードしようと弾帯に手を伸ばすも、ネウロイは器用なことをやってのけた。それはライフルを破壊したのだ。一条の真紅の光線はライフルを貫通して人狼の胸を貫いた。口からは鮮血が零れる。
胸に霧が巻かれ治癒しようとするも次々と風穴を空けていき、攻撃により魔法力をユニットに上手く流せずにいた人狼を追い抜かす。
しかしそれは失態であった。それは人狼がモーゼル二丁を抜いていたのだ。
すれ違った一瞬の瞬間に抜いて連発、ネウロイの装甲は削られていき白い結晶となって消えた。
人狼は辺りを見回した。もうネウロイもいない、恐らくはぐれネウロイか偵察部隊だと踏んで孤児院に帰投しようとした。
だがその判断は間違えていた。
突如として街全体が空爆されたのだった。地獄の様子を書かれた絵画のように炎が街全体を包みこみ、ガスが爆破して激しく炎上していく。それは別の建物へと延焼していき、新たな建物が燃えていくのだ。
嫌な予感を感じて上へと視線を見上げる。
そこにはスオムスに居た時に見た大型ネウロイが二体空を航空しており、その周囲には子機が無数にも護衛している。
人狼は急いで孤児院に向かう。
孤児院はというとそれはもう悲惨な惨状であった。業火が瓦礫に移り炎上、よく遊んでいた手製のブランコが樹丸ごと燃えていたのだ。
人狼はリビングがあったであろう場所の瓦礫を退かしていく、感覚と嗅覚を研ぎ澄まして掘り出していくのだ。
そこで院長の指が露呈した。その指を辿っていくと院長を見つけた。
「あぁ、ハインツか……」
彼の目は虚ろでまさしく風前の灯火という状況に置かれていた。
しかし瓦礫によって下半身は隠されており、人狼はそれも退かそうと手を伸ばす。
すると手を彼は掴む、一切力を感じなかった。
「私はもう、助からない」
全てを理解した弱弱しい口調で、とてつもなく冷淡な言葉を彼の口から吐き出された。
その言葉を聴いて人狼は腕を止めた。
「や、やはり全ての…運を使い尽くして……しまったからなのか。残…念だ」
「…」
「やはり死ぬことは、怖いものだ……」
「…」
「なあハインツ…願いが、ある……」
「…」
「お前の、お前のもう一つの姿を見せてくれ……」
どうやら彼は人狼の正体を掴んでいたらしい。
霧化や恐ろしいまでの治癒能力、それから特定したのだろうか、人狼は一歩後ずさり姿を変貌させる。
身体は大きくなり、爪や牙がむき出しになる。そして艶のある銀毛に覆われた一匹の大狼が現れた。
それを見た院長は恐怖を抱くこともなく笑みを浮かべた。
「あぁ、俺が幼い時に夢で見た狼だ。……ありがとう、我が息子ハインツ・ヒトラー」
そのまま院長は瞼を閉じる。大きな特異点としては彼の死に顔は非常に満足げな笑顔であった。
ブランコを支えていた樹がついに折れる。
その街に場違いな狼の悲痛の遠吠えが遠くにまで響き渡った。
bf109
ドイツで生まれた戦闘機、ドイツの戦闘機と言えばこれと知名度は高い。
本機の生産数は30000機を超え、歴史上もっとも生産された戦闘機であると同時にエーリヒ・ハルトマンやゲルハルト・バルクホルンといったエースパイロットを輩出させた。
初実戦はスペイン内戦、速度も武装も機種を変えるごとに上がっていく。
とても評判が良い、しかし航続距離が短いためバトル・オブ・ブリテンではあまり活躍できずにいた。
なお、人狼が履いていたユニットはbf109E-1である。