「ジェネフ中尉、被害を再度説明したまえ」
「はっ、百二十人の守備隊の内、百人ほどが戦死、もしくは行方不明。残った兵も全員が大小様々の怪我を負っており、ただでさえも少ない対戦車砲も四門全壊、その上指揮官が戦死なされました」
とある一室でジェネフ中尉と相対して席に着いた金髪の士官に報告する。身なりからして中佐で、よく磨かれた勲章が弱々しく光源に反射していた。
彼は手元にあった書き綴りの書類を眺め、頭を掻きむしってため息をつく。
苦言を呈するようにジェネフに語る。
「現状の指揮官は?」
「衛生兵のキラレス少尉に委任、防衛マニュアルの作成を願います」
「…そうか、戦車の損害も訊いておこう」
「戦車中隊壊滅、私を除いて。私の戦車もちょいとばかし修理が必要。あと砲弾が尽きかけました」
「手痛いな」
「戦争してるんですから当然でしょう」
「それで戦車の性能はどうだった?」
「その点におきましてはもう相方に資料を作成させておきました。読み進めながら説明しましょう」
「頼む」
ジェネフは手に持っていた資料を提示する。そして資料を彼に手渡した。
まじまじと戦車についての特徴やらを読んでいく。
「えーと、まずは口径。口径におきましては七センチとかなり大きい、ですが砲身が短いため威力と射程が半減します」
「確かに長い訓練が必要になるな」
「おっしゃる通り、そして速さです。中々速いとは思いますがネウロイには追いつけないのが痛い。オラーシャでは四号より速い戦車があるらしいです」
「戦車は迅速に動けなければならぬからな、それだけか?」
「はい、それ以外は応用性に長けている上、使い勝手がよろしいかと」
「流石だ中尉」
「ありがとうございますクラウン中佐」
顔を引き締めて敬礼を向けるジェネフ。
するとクラウン中佐は思い出したかのように口にする。
「そういえばハインツ中尉は戦力になりそうか? 此処にはユニットが無い、最後の燃料はルーデル大尉で尽きてしまったが」
「ハハハッ! そんなことでしたか!」
口を大きく開けて大笑いするジェネフをよそに、何がおかしいのだと言いたげな彼は頭を掻く。大きな帽子が落ちそうになったのを急いで直してジェネフは次々に言い放つのであった。
「アイツは、アイツは強いですよ。それはもう一師団を相手にできる程にね」
「それは幾ら何でも盛りすぎなのではないか? 彼は特殊な能力を持つだけの人間だ」
「いやいや、だったらルーデル大尉にも訊くといいですよ。彼女はきっと嘘をつきません。ハインツはあのネウロイの装甲を貫通できる拳、または凌駕する能力を持っている。とても頼もしい奴ですよ、本当に」
その発言を聞いた途端に、息を飲み込む中佐。ジェネフは自信満々に答え続ける。
どうやら鼻が高いご様子である。
「例え敵が俺やルーデル大尉が相手であっても勝ちます。例えハインツがエベレスト級のハンデを付けてもなお勝利を手にすることでしょう。これは確定事項、絶対なんですよ」
「…余程気に入っているのだな、君は」
「そりゃあ私を倒した奴だから当然。他にも大尉の他にあのスオムス一の名将マンネルハイムを始めとする数々の著名人が彼を気に入っている程に」
「あのランデル中将が好む色物と聞いていたがこれほどまでの人物とは…」
中佐は驚きを隠せずに流れる汗を拭いた。ジェネフはまるで自分のことを褒められたように数秒ほど遅れて急に照れくさくなったのか、少し顔色を赤く染め始め、頬を人差し指でぽりぽり掻いていた。
「にしてもアイツ、家族に逢えたそうで何よりです」
「そうか、それはめでたいな」
「本当にめでたいですよね、会えなくなった奴もいることでしょうし」
「彼らが避難できるように明日ガリアに行くことを知らせておいてくれ、家族は大切だからな」
中佐の放った発言に少し遅れて彼は反応を示す。
その顔には影が差し込んでいたが、顔を左右に振って拭き飛ばし、いつもの通りの締まらない顔に戻っていた。
「そのためには頑張らないと、ですね」
夕日が窓から零れ、部屋を夕焼け色の壁紙へと染め上げ、彼の目の奥には赤い炎が灯る。
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「ハインツ、今度はあたしの番ね」
「…」
ジェネフたちが報告しあっている中、人狼は孤児院の家族たちと遊んでいた。
何処からか拾ってきたボールでサッカーに興じていた。かれこれ二時間も遊んでいるが一向にやめる気配が見受けられない、しかし人狼は休まずに子供たちと遊び続ける。
それは人狼なりの気遣いだろう、何故なら数年も会えずにいた家族に対しての謝罪と育ての親である院長の死、院長についてはまだ言及していないがバレるのは時間の問題だ。彼らに問われたら嘘をつかないと心に決めている。
ならばその時まで楽しませようという思惑だ。
自身の長身と暇なときに鍛えあげたリフティングを併用しながら、ノアからボールを捕らせずにいた。
「つ、強いわね…!」
「流石だぜハインツ兄ちゃん!」
「相変わらずすごいな~」
隣ではバルクホルンの妹のクリスが眺めている。人狼は彼女に混ざれと言わんばかりの挑発をかます。
だが、それを自分にやられたと勘違いしたノアとハンスが二人がかりで攻撃を仕掛ける。
「でりゃあああ!!」
「おりゃ!」
日頃から戦闘で鍛えていた瞬発力で向きを推測、二人の攻撃を華麗に交わした。もう一度と仕掛けてくるも難なく躱した。
それでもしつこく攻めてくる二人に人狼はワザとボールを捕らせてあげた。
思惑通りにいった様子の二人は満更でもないような顔で鼻息を荒あげ、どうやら疲労と興奮が合わさった模様だ。
「や、やったわ!」
「ハインツ兄ちゃんに勝ったんだ!!」
「…けどワザと、じゃないですよね!」
クリスは何かに気付いた模様で、口にしようとするが、人狼は人差し指を立てて、内緒という意味を示す手話をする。その意図を読み取れたクリスは慌てて修正した。
二人は怪しいクリスの発言には気にもせず、遊びを続行しようとしていた。
「おーい皆、ご飯だってさ」
「マジか!?」
「さっ、早くいきましょ!」
ルーカスが夕食の知らせを聞きつけたらしく、早く並ぼうと催促を促す。子供たちは喜んで小走りで向かった。
人狼は徒歩で行こうとしていたが、子供たちに手を引っ張られて列へと向かうのであった。
「また乾パンかよ…」
「もう飽きたわ…」
「はぁ……」
「そんなこと言うんじゃない、今は非常時なんだ!」
「だって量少ないし」
「美味しくないからなー」
乾パン八個をそれぞれ受け取った人狼たちは空いていたベンチに座り、愚痴を零していた。
どうやら彼らが言うにもう避難した時から食べているらしく、普段からお利口なクリスでさえもため息をつきながら嫌々しく手に持った乾パンを眺める。
ルーカスはしょうがないと激を飛ばすが、彼もあまり食べたくはないらしいのが読み取れる。
人狼は各々に乾パンを平等に配り、ガサガサとコートから一個の缶詰を取り出した。
「ハ、ハインツ兄ちゃん!? それって…!」
「トマトの缶詰じゃない!?」
「えっ! ハインツさんいいんですか!?」
「…」
クリスが尋ねると人狼はこくりと頷いた。
すると子供たちの目は煌めき、先程までの表情が何処かに飛んでいってしまった。
缶切りで丁寧に開けると、中からトマトの匂いが漏れて、子供たちの食欲をそそう。
「けどハインツは食べなくていいのか?」
ルーカスの問いに人狼は縦に振って答える。
「ありがとうハインツ兄ちゃん!」
「感謝しますハインツさん」
「ありがとうねハインツ!」
「ありがとうハインツ」
口々に感謝の言葉を人狼に向ける。
人狼は水筒を開けて水を飲み、彼らを眺めながらつかの間の休息に浸る。
今まで人狼はネウロイと戦いながら独りで過ごしていたから羽を休めることがままならなかったのだ。
昔あんなにも小さかった子供がこんなにも大きく成長することは見ていて感慨深く、人狼は孤児院にあったアルバムと過ごした日々を思い出しながら本を読みだした。この本は駅で買った本である。
しおりが挟まれてあったページを開き、読み進める。何度も読んだ本であるため手垢や汚れがついており、ページが擦れていた。
開かれた場面はというと、狼男が最初に起こす事件の前日の話である。
その時、唐突に風が吹きさらし、ページを無造作に捲る。
捲られた先は最初の事件の真っ最中で、村人たちが混乱している場面だ。人狼はそれに違和感を覚え、しおりを挟み、本を閉じてしまった。
それは不幸の前触れなのかは誰も知らない。
缶詰
瓶に入れる方はフランスで生まれ、缶の方はイギリス生まれである。
一般に水分の多い食品を金属缶に詰めて密封した上で微生物による腐敗・変敗を防ぐために加熱・殺菌したもの
しかし、最初は接合の際に使われた鉛のせいで鉛中毒で死ぬ人や缶切りが発明されていないため、銃弾や銃剣で開けていたという歴史がある。
また、ジョーク商品として1968年には「東京の汚れた空気」の缶詰が売られていた。