人狼は夢を見れるのか   作:渡邊ユンカース

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心配

「ねえハインツ」

 

突如、トマト缶を開けてパンに付けながらノアは尋ねる。手には限界まで乗せられたトマトのペーストが乾パンの

上で鎮座している。

 

「あたしたち、大きくなったでしょ」

「…」

 

その言葉に応対するかのように頷く。

彼女らの成長は孤児院に合ったアルバムにしっかりと残っていた。ハンスは昔一番小さかった背丈が、今となってはルーカスを追い抜かし、腕には年相応の子供の筋肉よりかは肉付きが良かった。無論のことノアも成長しており、ルーカスと同じ背丈だ。

自身が成長したのが慕っていた兄貴分に認められたのが嬉しいのか顔をリンゴの如く赤く染めながら顔を横に背ける。

 

「よかったねノア、ハインツさんに褒められて」

「べ、別に!」

 

何と自己都合的なのだろうか、クリスの問いに対して別に嬉しくはないと嘘をつく。

すぐに見破られる嘘が実に滑稽でくすっ、とクリスは笑う。

今度はハンスが声を上げた。

 

「ハインツ兄ちゃん、俺小学校のサッカー大会で優勝したんだ!」

「ハンスがまさかの土壇場でシュートを決めたお陰なんだ」

 

ハンスの答えに補足を付けるルーカス、人狼はハンスの頭を撫でる。実に微笑ましい光景だろう、満更でもなさそうな顔でにへへと笑いつつ、鼻を擦る。

小学校のサッカー大会は一クラスが一団となって行う学校行事だ。小学五年生になると開催される大会だが、その時にはもう人狼は軍に移ったため参加はできなかった。

 

もし参加できたとしても、人狼は学校の腫物的存在だったのでベンチをひたすらに温めていただろう。

恐らくシュートを決められたのは日頃の練習のことだろう。何故なら前々から彼は参加を夢見て練習をしていたのを人狼は知っていた。年相応以上の筋肉が得れたのはこれのお陰だろう。

そして努力が実を結び、クラスを優勝へと導いたのだろう。

 

「俺のサイキックシュートをハインツ兄ちゃんに見せたかったぜ」

「ハンス、一応言うがサイキックの意味知ってるかい?」

「当たり前だろ! 確かヤバくてスゴくて強烈という意味だ!」

「…全く違うよ」

「な、何だってー!? やっぱ物知りだなルーカス兄ちゃんは」

「そうだ。ルーカスさんは地区の勉強大会で一位を取ったんですよ!」

「ちょ、ちょっと!」

 

クリスの発言で慌てだすルーカス、眼鏡がずり落ちそうになっていた。

勉強大会は地区で行われる学力テストみたいなもので、一位になると感謝賞と贈呈品が貰える。とはいえ安い万年筆に金で自身の名前が刻印される物であるが。

 

幼い頃、バルクホルンが勝手に人狼を申し込み、受けて無事一位を取ると彼女に悔しがられた。補足だが彼女は二位である。

流石に同年代であるルーカスに頭を撫でることはできなさそうで、もししたら兄としての威厳が薄まると考えた人狼は最善の手段かもしれない拍手をする。

恥ずかしそうに頭を掻く彼をよそに、ノアが口を開く。

 

「そういやあたしがあげた人形は持ってるの?」

「…」

 

人狼はコートの内ポケットから贈られた人形を取り出してみせる。

少しばかり汚れてはいるものも、大切に扱っていた様子であった。実は肌身離さず人形を所持していた。そのため一度、風呂場まで持っていこうとしたのをジェネフたちに止められている。それほど彼女の人形は重要であった。

 

当然、院長から貰った帽子も所々ほつれている部分があるがそれを直して日々欠かさずに被っている。唯一取る時といえば就寝と入浴程度だ。過去に入浴の時間を狙って熱烈なるファンの一人が人狼の帽子を盗んだ事件が発生した際は、ただでさえ感情の起伏が少ない人狼が目に映るものを壊しまわるという惨状が起きていた。

 

この出来事にヤバいと感じ取った基地の最高責任者は直ちに犯人捜しを開始、一時間もせずに見つかり、無事返却された。

 

「なあハインツ兄ちゃんの話は聞いてるぜ、やっぱエースの称号は憧れるから俺も軍に入ってエースになりたい!」

「何言ってんの! 家族に二度と会えないかもしれないのよ!」

「だけど俺も男だ! いつまでも守られたいとは思わない!」

「アンタねえっ!」

 

ハンスの発言にノアが反応し、一触即発の空気が取り巻いた。

歳月が経つにつれて彼も守ってばかりはいけないと考えたのだろう。だけど彼女は人狼の喪失によって味わった感情がそれを否定する。

確かにそうなのだろう、人狼に再開して泣きじゃくる程まで戦場で戦う人狼に不安や心配を募らせたのだ。

そんな雰囲気を打ち壊したのは人狼であった。

二人を抱擁したのだ。身体の大きい人狼は容易く当事者二人を確保する。

 

「に、兄ちゃん!?」

「ハハハ、ハインツゥ!?」

 

いきなり行われたこの行動に頭が整理できないのか激しく動揺の色を見せつける。息が荒く、熱い吐息を体感する。

だがそれは数十秒もするうちに和らいでいった。

落ち着いたのを見計らって抱擁を解いて、ハンスに拳骨を喰らわせる。

 

「イダッ!?」

 

力加減をし過ぎて従来の力とは比べられない程の拳が彼の頭に響き渡る。

痛そうに頭を抑える彼は人狼の意図を組み取ったのか反抗、ましては人狼に理由を問わず、ただ頭を抑えて黙りこくる。

 

人狼が伝えた意図、それは家族が向ける心配だ。

人狼自身、自らが親孝行者だとは思わない。むしろ親不孝者だと認識している。

勝手に入隊書を突き付け、幾ら孤児院の経営が成り立たないからと理由を付けたとしても、それはあまりに自分勝手なことだ。

 

育ての親である院長や共に住んでいた家族に心配をかける、それはどれほどの重罪なのかは知っている。

初飛行の際もそうである。アニーサの命令を無視して墜落した際には、彼女は責任を感じ軍を辞めようと思考したまでと酒の席で彼女は言っていた。

心配される存在という当たり前のことは、前世には一ミクロも感じられなかった。しかしこの世界は違う、家族や友達、戦友または上司が自分のことを心配してくれるのだ。

 

「……私もお姉ちゃんが軍に行って寂しいです」

 

重々しい口調でクリスは話し始めた。

彼女の胸の内に秘めた思いを暴露し続ける。

 

「だって今みたいな現状でいつ死んでしまうのかが怖いです。例え死んじゃっても遺体が一部、酷くて何も還ってこないかもしれない。戦死したことがたった一枚の紙で伝達されるのも嫌ですし、平和な時でも軍に居るときには常に会えない状況があるので寂しいから」

 

声を時折震わせながら言う彼女、感情を制御させて筋の通った思いを口にしていた。

瞳は潤み、目尻には涙を溜めていつか泣きだしてしまいそうである。だが、それほど彼女は姉であるバルクホルンのことを思っていたのだ。それは軍に行ってしまった姉を思い続けて蓄積された思いなのだ。

幼い彼女はこれほどまで耐えて忍んでいた。決して表沙汰にせずに。

 

一本、彼女の頬に線が引かれる。透明で塩辛い線だ。

人狼は居ても立っても居られずに彼女を強く抱きしめた。その瞬間、彼女のダムは崩壊し、赤子の如く泣き始めた。普段大人しく、物聞きの良い忠犬のような人柄の彼女は人前で嗚咽を零す。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんにまた会いたいよ!!」

 

強く、強く抱きしめる。蓄積された感情を全て放出させるのが一番だと踏んだからだ。

その光景は彼らにも覚えがあった。人狼が行ってしまった日から数日経っても、彼に対する思いを放出し続けたからだ。ハンスは顔を下に向け、自分がした愚行に憤りを覚える。

人狼はポンポンと背中を叩いて感情の放出を促せており、彼女の涙で肩の布地は濡れている。

 

数分ほど泣いていたクリスはどうやら感情の放出を終えたようで、普段通りの落ち着きを取り戻していた。

もう大丈夫かと抱擁を解こうとする。

 

「もう少し、もう少しだけ居させてください」

「…」

 

彼女の懇願に従い、そのまま居座させる。

数回深呼吸をした彼女は大丈夫だと伝えて、抱擁を解いた。彼女は抜けるとすぐに目元を裾で拭き払う。

宝石のような瞳の目元には赤く腫れているものも彼女は人狼に向かい感謝の言葉を吐きだす。

 

「ありがとうございますハインツさん、少し、いや大分荷が軽くなりました」

 

その言葉を聞き受け、同時にあまり手紙を送らなかった過去の自分を激しく叱咤していた。

少しでも多く手紙を出せば楽になった筈であっただろう。さすれば彼らも荷が軽くなったかもしれないといった推察が頭の中で渦巻く。

 

「クリス、いつでも困ったら言いなさい。僕たちが受け止めてあげるからさ」

「うん、わかったよ皆」

「へっ、気にするなよ!」

「当たり前よ、だって友達でしょ」

 

仲微笑ましい光景がいつまでも続けばいいと思った。むしろ願った。

だが物語には何かしらの出来事があるから劇なのだ。そうでなければ物語という概念に当てはまらないからである。

建物に取り付けた急ごしらえのスピーカーからけたましいサイレンの絶叫が町中に響く。

 

 

人々は困惑し、同時に絶望や恐怖を抱いた。

 

 

これからやってくる存在に恐怖を植え付けられていたから。

彼らも例外ではなく、ガタガタと足が震えている。それを収めるように人狼は四人の手を繋がせた。これは集団心理を用いた恐怖を軽減させる方法である。同じ恐怖を身体の接触で共有し、分散させるのだ。

 

人狼はサイレンが知らせる存在を排除するため、本部に急ぐ。

その後ろ姿にはいつも通りの家族思いの兄という姿ではなく、戦場で見せる沈黙の狼へと変貌していた。

 




M39卵型手榴弾

ドイツで生まれた手榴弾。
M24型柄付手榴弾の後継として1939年から生産を開始した。製造工法には大量生産を考慮して他のドイツ製手榴弾同様プレス加工が用いられ、製造工程が容易な事から、第二次世界大戦中はM24よりも総生産数は多かったとされる。
炸薬量は少なめで遠くに飛ばしやすいが、殺傷能力は低い。
安全キャップには塗装がされており、青だと通常の4-5秒、灰色だと10秒、黄色だと7秒、赤だと1秒である。
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