こんな作品を読んでくれてありがとなす!
時は遡り十分前、避難民は迫まりくるネウロイから逃げるために町に敷かれた道路を埋める。
避難民は男女子供がおり、芋洗い状態となっていた。
「早く歩け!」
「殺す気か!」
「早くしないとネウロイが来ちまう!」
「皆さん落ち着いて!」
牛歩の如く進んでいく列に反感を覚える者も当然居る。それを諫めようと兵士は必死になっている。
ある者が列を早く進めるために走ろうとする。その際他の避難民にぶつかり転倒、その身が他の者に当たり態勢を崩していき、その負の連鎖が続き、将棋倒しという最悪の事態になってしまった。
「痛い足が!!」
「手前なにしとんじゃ!」
「あぁん!? そっちが転んだんだろうが!!」
避難民同士の喧嘩も勃発、余計避難速度が下がる。
人狼の住んでいた孤児院のメンバーはいつネウロイが襲ってくるのかという恐怖に葛藤、それに加えて大の大人の喧嘩により少なからず恐怖が助長されていく。
クリスやノアは涙を浮かべ、ハンスは顔色を悪い。そんな中、ルーカスは自分が年上なのを利用して、三人を励ましている。無論、膝を震わせながら。
「大丈夫だよ皆、きっとハインツが倒してくれる。だから僕らも頑張ろう」
「う、うん…」
「ハインツはまた腕一杯の食べ物を持ってきてくれるさ、ね?」
「わ、わかったよ。俺頑張る」
「そうさ、その心意気だ」
一方で先頭を先導する中佐はⅠ号対空戦車に搭乗しながら無線を飛ばした。
相手はここから八十キロ離れた航空基地だ。先ほど連絡したが一切繋がる様子は無く、これも駄目もとの一報であった。
しかし、雑音は濁流した川から平時の川へと姿を変える。
『…こちらは…航空基地……要件は何だ?』
「つ、繋がったぞ!!」
「ほ、本当ですか中佐!」
「あぁ本当だ! こちら第18中隊率いる避難民隊、ネウロイに襲撃される間際だ! 救援乞う!」
『…了解した。行くぞミーナ、ハルトマン!』
声色と無線を切り忘れた際に流れ出した女性の名前、察するにウィッチ隊だ。
生憎のことクラウン中佐はこの二人の名前を知らない、そもそも彼は陸軍の人間であり、管轄外だ。それにJg52の部隊は認知してても隊員一人一人の名前など覚えている訳は無いのだ。
彼は助けが来ることに安堵と喜びで満たされ、煙草を吸う余裕も生まれた。
そして煙草を吸い終えるとマイクを持ち、トラックに付けられたスピーカーから彼の声が避難民の列に流れ出した。
『諸君、これから我らにはウィッチ隊が護衛してくれる!』
「おい、本当かよ」
「助かる見込みができた…!」
「生きれる。生きれるぞ!!」
人々は喚起に満ちた。ネウロイを倒すのに一番適した兵科であるウィッチが来るのだ。それは第一次ネウロイ大戦や人狼の活躍を通して認知されている。
朗報を聴いたルーカスたちは喜んだ。そしてクリスはもしかすると自分の姉が居るという小さな期待を抱き寄せた。
そして数分後、その民衆たちが抱き寄せた期待を離すこととなる。
「敵機来襲!!」
「何ィ!?」
「南の方角です!」
僅かながらに残された他の対空戦車の見張り員から告げられる。
まさに最悪の事態である。陸と空からの同時攻撃は予測した中では断トツだ。
見張り員から告げられた方角に双眼鏡を向ける。空中には大型航空ネウロイが鯨の如く空を泳いでいた。
それを母体として、幾つかの小型ネウロイが投射される。
「すぐさま列の最後尾に居る対空部隊に知らせ!」
「了解!」
「機関砲回頭急げ!」
中佐は無線手に指示、対空戦車の車長は機関砲の向きを回すように指示する。
期待から絶望に変わった中、中佐はライフルを構える。それにつられて他の兵士も構えるのだ。微々たる戦力ではあるがしないよりかはまだ良い、それに少しだけ気持ちが落ち着くのだ。何故ならネウロイを仕留められるかもしれないという期待を抱けるからである。
「民衆には伝えますか?」
「いや、余計パニック状態になる。だったらしないほうがいいだろう」
知らないほうがいい事もある。まさにこれであった。
ネウロイは避難民の列に迫る。
対空戦車が機関砲を放つ。二十ミリの弾に入っている曳航弾が暗闇で目立ち、宝石のようで綺麗であった。
機関砲の音が避難民にも聴こえる。瞬時に理解し、慌てふためいた。
「うわああああああ!!」
「死にたくない死にたくない!!」
「早く助けろやウィッチ隊!!」
罵声、悲鳴、絶叫を泣き叫びながら人々は恐慌状態になる。
あまりにも強力かつ膨大な恐怖は伝染していき、兵士にも影響を受けることとなった。
「どうしましょう!!」
「あの家に逃げよう!」
ルーカスたちは空き家となった家に侵入して避難する。
道路からは大音量の悲鳴が聴こえ、ネウロイが対空砲火を切り抜け機銃掃射をかました。人が挽肉になる瞬間を見てしまったルーカスは置いてあったバケツに嘔吐した。
「ヴォエ!!」
「ルーカス兄ちゃん大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ…」
銃声が鳴り響く、それは味方か敵かは一般人の彼らにはわからない。
だがこちら側が不利であることにはかわりはない。彼らは陸から来襲するネウロイに備えて二階へと逃げていった。
先頭の対空砲を放つ銃手を余所に中佐もライフルを放つ。
当たっているかはわからないがいつかは当たると信じて乱射する。ネウロイは進路を虐げる対空砲火に向かって小さな爆弾を投下した。
「爆弾で――――」
注意を促そうとした車長の乗っていた対空戦車に爆弾は直撃、無事に爆破した。
爆風にもろに受けた中佐は吹き飛ばされる。幸運にも小型の爆弾だったので威力は少なく、それに加えて破片も刺さることもなかった。
地面に転がり、むくりと立ちあがる。
「大事な戦力が…!!」
しかし一度に幸運は二度も来ない。
彼の存在に気付いたネウロイはUターン、彼目掛けて機銃掃射。ボロ雑巾のように身体を引き裂かれたのちにぱたりと倒れこんだ。
この時までにはもはや対空砲火の効果性は零に近かった。何故なら対空砲火を効率的に行える対空戦車は全て撃破、破壊されてしまったからである。
あとは無慈悲な殺戮が繰り広げられた。逃げても逃げても追ってくる異形の化物に己の身を傷つけられ、絶命していく。
業火が町を覆い尽くし、その影響はルーカスたちにも及んだ。
「この家燃えているわ!」
「何処か安全な所へ避難しよう!」
「でも何処へ!?」
「それは…」
ルーカスは必死に案を練る。
そんな彼の元に一発の小型爆弾が屋根を貫いて二階の床へと落ちる。
黒々と禍々しく着色されたそれは死の臭いであり、爆弾本体から滲み出るのが確かであった。
彼の脳裏に映ったのは全滅、回避するのは一つしかない。
「うわああああああ!!」
何とルーカスは爆弾を抱き上げて窓へ向かって走り出した。
この行動にノアたちは悲鳴を上げる。窓を蹴破り、窓枠からその身を挺する。
「僕にも勇気ある行動が取れたよ、ハインツ」
小さく呟くと、爆弾は作動、爆発を起こす。
避難していた家に爆風を受け止めきれず半壊した。その際に飛来した木片がハンスの心臓に突き刺さる。
「ハ、ハンス!!」
即死であった。目を見開いて今にも動き出しそうなまでにその瞳は生気に溢れていた。
唇を噛みしめノアとクリスは手を繋ぎながら急いで家から逃げ出し、炎に溢れた町中をひたすらに走る。
敵がいつ来るのかと真上を見上げる。
空ではネウロイと交戦するウィッチらしき姿が映る。
「ウィッチ…」
力なくノアは呟き、手製の人形を握りしめながら安堵の息をついた。
だが彼女の中では家族である二人を犠牲にして得てしまったことに苛立ちを感じて人形を地面に叩きつけた。そんな自分が嫌だったのだ。瞳は徐々に光が失われていく。
「ノアちゃん…」
「ごめんね、ごめんねハンスにルーカス…!」
「…早く逃げようよ。二人を忘れないように」
「……うん」
ノアは熱が感じられない応えをする。ゆっくりとした足取りで安全な場所へと歩き回る。
時々近くで爆発が起きながらも歩いていた。
「ねぇノア」
クリスは後ろを振り向いた。
「え?」
歩いていた道をなぞって戻る。
そしてやっとのことで彼女を見つけた。
「…ノアちゃん。 駄目だよ死んじゃ」
光が消えた瞳は何も応えない。瞬間、彼女は壊れた。
臓物が溢れだしたのにも関わらず彼女は必死になって彼女の身体に押し込んでいく。
彼女の瞳にも光は存在はしない。虚ろな眼で何かを案じた。
「そうだ。多分だけど包帯を巻けば治るよね、そうだよね」
彼女はノアに巻くための包帯を探しに燃え盛る町を探る。
どうやら上で戦っているウィッチ隊が大柄ネウロイを撃破したらしいく、白い破片がクリスに落ちていく。
「クリス!!」
とあるウィッチの一人が彼女の名前を叫ぶ。
ぷつりと糸が切れた人形のように倒れこんだ。そのウィッチはクリスを抱いて何処かへ飛んでいってしまった。
少し遅れて人狼がやってきた。
町は大きく変貌を遂げ、家族である彼らを捜索する。
人狼はある柔らかい物を踏みしめ、足をどかす。踏んでいたものはノアが所持する人形だ。
丁寧に土を払いしてから懐に入れ、そのまま捜索を続行、また事実に出会うこととなる。そう、彼女の上半身だ。
開かれた瞳を閉ざし、爆撃によって空いた穴に埋める。
他の家族を見つけるために奔走しているが、もはや誰が見ても生存は絶望的であった。
三本の電柱が交差しながらも何とか立っている。その中の一本が不意に崩れ落ちた。
残された二本の電柱はいつか倒れるだろう。
Ⅰ号対空戦車
ドイツで生まれた対空戦車でⅠ号戦車の車体を流用。
武装は二十ミリ機関砲ひとつで対戦車には向かないが、水平射撃による支援で東部戦線は活躍した。
何気なくであるがパント・オブ・ブラザーズに出演している。
そしてこの小説を読んだ読者さんはSAN値チェックです。1d100をお振りください。