先の砲撃停止から四十分後、ようやく戦車の速度で街に着くことができた。
街の様子は民間人が誰も居ないようで、その代わりとガリアとカールスラントの戦車砲や野戦砲が堂々と鎮座していた。街の一部のオブジェクトと化している。
死角の多い市街の裏道は通りやすいように木箱やゴミ箱で封鎖されてはいない、おおよそネウロイの意表を突くためだろう。
実は家の中にも細工がされており、一階の一部の窓はガラスが取り外されたりして無くなっていたり、二階には機関銃が五軒に一軒程の感覚で設置されている。屋根にはこちらが上から移動するために厚い木の板で簡単な橋ができている。
「すげぇな…」
「本当ですね、市街地をただの要塞にするとは感服モノですね」
「ホントだぜ、しかしまあこんな器用なこと出来得る奴はそうそういねぇな」
「ある兵士から聞いたのですが、数日前にネウロイによる小規模攻勢を掛けられたそうです」
「損害は?」
「それが戦車砲三門に野戦砲一門、そして人員が十五名です」
エドガー自身から淡々と告げられるも若干熱味を帯びている。あまりの損害の少なさにジェネフは口元を引きつった。
「あー、やっぱりあの御方か」
「こんなことはあの人しかできませんからねぇ…」
「やっぱり恐ろしいほどの戦略眼を持ってるよな、ランデル閣下は」
ジェネフたちは西へと孤立しながら撤退を繰り返していたが、ある程度の情報は拾えていた。一つ目はパリ陥落、これは彼らがパリに着いてから間もない出来事であり、この目で陥落してしまった状況を視認していた。二つ目はランデル中将がパ・ド・カレーを防衛していること。無線機が壊れ実質連絡も取れずにいた。偶々落ちていたラジオと無線を繋ぎ合わせて情報を集めている最中に英語で流れていたからだ。このことに着目し、一行はパ・ド・カレー目指して進路を変えたのだ。補足だが本来はもっと西の方角にある国に逃げようとしていた。
「すみませんが此処にから北に一キロある所に戦車の収集場があるのでそこに戦車を停車してください」
「えーと、此処から北だな。わかった」
ある時に巡回していた兵士から声を掛けられる。その兵士は丁寧な口調で案内してくれたが、僅かに顔をしかめていた。ジェネフは余程臭いのだろうと改めて思った。
しかし、兵士を通り抜けた際に再度声を掛けられてしまう。
「あ、あの!」
「おう何だ」
「後ろに乗せられているのはハインツ中尉でしょうか?」
「そうだ。まあ荷台とかの載せるだけどな、起こしてやるなよ」
「それともしやその戦車は消失不明になった試作戦車部隊の車輌ですか!」
兵士は目を煌かせながら次々に彼に問いてきた。そこには一切の悪意はなく、疲弊した顔でやや老けているようにも思えたがまだ青年の兵士であった。戦車を停車させ、青年の話を聞く。
「聞いたことあるよな、山羊隊のこと」
「山羊部隊…?」
「あー、そうかぁ…」
初めて聞いた部隊名に首をかしげる青年、ジェネフはまさか部隊名が認知されていないことに肩を落としながらため息を吐いた。
ジェネフは汚れた手袋でさらに汚い砲塔側面を拭き、泥や煤を除外する。手袋が猛烈に汚くなるが、そのお陰で汚れのベールで隠されたエンブレムが露呈した。そのエンブレム強く象徴させるかの如く、己の手を砲塔に叩きつける。
「試作戦車部隊の別の部隊名、それが山羊隊よォ!!」
「こ、これが山羊隊の車輌…ッ!?」
「そして、この俺がァ! 山羊隊率いる隊長にして戦車兵最強の……」
「ジェネフ中尉だッ!!」
溜めに溜めた言葉は青年の脳裏に焼き付いただろう。彼はまるで英雄を見るかのような眼差しでこちらを凝視する。ジェネフはさらに恰好をつけようと煙草を一本吸ってみせる。先程よりも青年は何故か目を煌かせ、漫画ならきっと星が瞳に映っているだろう。
「こ、幸運だ! 僕はなんて運がいいのだろうか!!」
「はっはー! そうだろうそうだろう」
ジェネフは調子に乗って腕を組みながら首を頷きまくる。
「もう必要ないとは思いますが私の名前はクルト・フラッハフェルトです。階級は二等兵でございます!」
「ふっ、覚えたぜその名前。だからお前も俺らの名前を能吏か瞼の裏にでも焼き付けて大々的に宣伝してくれよ、クルト二等兵」
「はい了解しました!」
クルトは威勢の良い返事と今までの人生において最高の敬礼を彼に向ける。ニヒヒと煙草を咥えながら笑うジェネフは誰がどう見ても人の面倒見の良い不良かガキ大将を彷彿させるだろう。
彼を乗せた戦車は動き出し、彼から遠ざかっていく、しかし彼は戦車が敬礼を見えなくなるまで長く長く続けていた。
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「失礼します」
収集場にて戦車を停車させ、先程同様に部隊の宣伝を挟みつつ、ランデル中将が居る本部である建物に向かった。
建物は赤いレンガで建造されており、ガリア公式の資料では第一次ネウロイ大戦中に造られたという。戦後は未だに軍の基地として利用されており、最近になって壁などの大規模改修工事が行われ、レンガは外観を重視しして残しているが、内部の素材は鉄筋コンクリート造りとなっている。
重い雰囲気を醸し出し、堅苦しい印象を与える木製の年季の入ったドアを開ける。入れと言われ、もう一度服を整え入室した。
部屋の中には前の基地で勤務していたと同様にコーヒーと葉巻を嗜みながら書類仕事をしていたランデル中将と毎度毎度苦労をランデル中将により掛けさせられているダロン大佐がファイルを探っていた。
「やあやあ久しぶりだ。ジェネフ小尉、いや失礼ジェネフ中尉」
「お久しぶりでございますね、ランデル中将。それにダロン大佐」
「貴官の話は聞いている。疲れただろう、気休め程度だがコーヒーを淹れようか」
「お気遣いありがとうございますダロン大佐。しかしながら私に今それを与えるのは悪影響ではないかと」
「何故だ?」
「それは私は長い間シャワーも浴びていないので臭いです。それにコーヒーの臭いまで付着するとさらに強力な悪臭へと昇化してしまいますので」
彼はダロン大佐の気遣いに丁寧に断りを入れる。やはりこの臭いで注目を集めることは彼自身あまりよろしくはなかった。早く臭いを落としたいのにコーヒー独特の香りまで付け足されたらたまったものじゃない。
その返答を聞くとランデル中将はケタケタと笑い出した。
「ははははははっ!! 残念だったな大佐、断られてしまったな」
「そうですね」
「けどジェネフ中尉」
ランデル中将は古めかしい椅子から立ち上がり、ゆったりとした足取りでジェネフに歩み寄る。
そしてあろうことか彼の臭いを嗅いだ。彼の身体を舐めとるように何度も何度も、いきなりの常軌を反した狂気的出来事に身の毛がよだち鳥肌が立つ。
そういえばこういう人物だったと、前の基地で一緒だった時の記憶が蘇る。
閣下の瞳には禍々しい螺旋がぐるりぐるりと回転しているようにも見えていた。
「私はこの臭いが好きだ。あぁ勿論良い方の匂いだぞ、この硝煙の匂いと汗、それに泥がいい感じにブレンドされていて大好きだ」
「そ、そうですか…」
「閣下、中尉は嫌がっているので遠慮していただきたい」
「そうかそうかすまないね」
大佐が狂気の混じった行動を打ち止めにするように勧告した。それに応じて閣下は元の席へ戻っていった。
窮地を救われたジェネフは大佐に向かって感謝の意を込めた視線を飛ばした。すると彼からウインクが返される。
それに含まれた意味にはさっき成しえなかった気遣いが含まれていた。
「んじゃあ本題に移るとしよう、大佐資料を」
「はっ」
お目当てのファイルが見つかったらしく、ファイルを開封して二枚の書類を提出した。
一枚目はジェネフを筆頭にした戦車中隊についての資料、二枚目はⅣ号戦車についてである。
「なるほど、戦車中隊を任されましたか」
「嫌だったかね」
「いえいえとんでもない、部隊名の宣伝にもなりますし」
「……どういうのだったけか」
「山羊隊です。あまり認知されていなくて残念ですよ」
彼は戦争好きの将軍にも知られていなかったことに彼は再度肩を落とした。
「いい名前じゃないか。如何せん蹴散らしてくれるのに期待しよう」
「ありがたきお言葉です」
「二枚目は要するにあれだ。使い心地についてでどうだい心地は」
「速さは遅くもないですが砲身ですかね、長砲身にしないと放たれる砲弾の威力が落ちるので」
「軍部大臣に訴えておこう、私の発言なら絶対通してくれるからな」
「…何やらかしたんですか!?」
ジェネフは唐突に発せられた爆弾発言に驚きを隠せなかった。
大佐は目を虚ろにさせながら立ちつくしてしいる。余程嫌な記憶なのだろうとさとれるだろう。
「数年前に起きたクーデターでこっそり大佐を護衛に回していたのさ。元々私だけがクーデターの情報を独自で掴んでいてね、半信半疑だったけどまんまと起きてくれた。軍部大臣も襲われそうになったけど大佐が追っ払ってくれたのだよ。彼は私に特大な借りがあるから実質反抗できないのだよ」
「あの時は死ぬかと思いましたよ……」
「今がその死ぬ時だけどな、ははははっ!!」
ジェネフは冗談にもならないレベルの不謹慎に口を閉ざすしかなかった。
笑い転げる閣下を余所に、大佐がその後の指示を教える。
「兎も角、中尉にとってその体臭は嫌だろう。こちらで服を新調するから海で入浴するがいい、適当な兵士に服を運ぶように指示しよう」
「ありがとうございます大佐」
「それとハインツ中尉にはストライカーユニットを用意しておいたと伝えておいてくれたまえ、配属部隊はないが制空権を保守するために頑張って貰いたいのでね」
「了解しました。では」
カツカツと靴底を鳴らし、部屋から出ていく。
ジェネフの顔には安堵が浮かべられており、その意味は二つほどあった。
一つ目は身体を洗い流せることと、二つ目は閣下と離れることである。閣下については仕事以外では関わらないと強く肝に命じた。
葉巻
葉巻たばこはタバコの葉を筒状に巻いたもので、タバコの加工技術としては最古の部類である。本来は儀式や祭典に用いられる物であった。吸い終わるのに最短でも三十分は掛かるという。
大きいサイズでチャーチルサイズというものがあり、勿論名前の由来は第二次世界大戦時の英国首相である。
革命家のチェ・ゲバラも愛用しており、蛭などを落とすためにも使えたという。