「伝達! 敵ネウロイ接近とのこと、それも巣です!」
「巣が相手か…」
「はい、到底敵う相手ではありません」
「知ってはいるが、これは難しいな」
小さな天幕で構成された即席の前線司令部にざわめきが起こる。此処は第一防衛線のため被害がどうしても大きくなってしまうのだ。一番死と接する場だ。あまりの強大な敵に対し呆れ果て、ため息を漏らす。
本来ならばパ・ド・カレーはネウロイが支配した欧州奪還の足掛かりとなるつもりだが今回防衛できるかも危うい状態であった。避難民も完全には収容できてはおらず、今頃必死になって輸送船が忙しく動いているだろう。最低限でも民間人だけは避難させなければならない。これは軍人としての義務であることを誰しもが知っていることだ。そして無事輸送船を出港させることがこの場に居る一人一人の兵士に課せられた使命である。
第一防衛線の指揮を任された指揮官は冷や汗を額から流しながらも兵にそれぞれの兵科に合わせた持ち場に就かせるように指示を送る。
『敵発見、それぞれの持ち場に就いて待機せよ』
事態を淡泊に告げるアナウンスとともにけたましく流れるサイレンで兵士はそれぞれの持ち場に向かって走りだした。トイレに行っていた者も軍機違反である賭博を行っていた者も必死に戻る。
塹壕では兵士がライフルを構え、機関銃手は相方とともにいつ頃から敵が来るかもしれない彼方を凝視して、砲兵が野戦砲などを標準を合わせて砲撃可能状態にする。
指揮官は最後に戦車部隊を後方から取り寄せるための無線を行う。
「こちら第一防衛線、戦車の取り寄せを要請する」
『了解、戦車中隊を送る』
「感謝する」
荒々しく無線機を切り、すぐさま地図を確認する。平原のある区域には線で丸に囲まれ、その中には×印が幾つも書かれている。
ネウロイの巣というのは非常に厄介な存在で、漆黒の竜巻の中には数多の航空ネウロイが存在する。それに追従して陸戦ネウロイも釣られていくという。あまりに厄介な敵を屠るために必死に策を練る。
しかし、戦の天才でもない彼はその作戦を思いつくことができずにいた。
幾つかの地雷を仕掛け前方五百メートルに地雷原を構築しても、これは第一波が喰らって役を終えることだろう、その後は地雷の数は減っていくのが必然の算段であるため、大数波と来襲したら地雷は無くなることだろう。
彼は軍帽を着脱したりと焦燥感を覚えるのが目に見えた。
手の震えが止まらない、むしろ悪化していく。震える手を抑え込み、部下に悟られないように隠蔽した。
「なんとか、なんとか耐えることしかできないのか」
ポツリと小言を呟いた。
絶大な力を前にして彼は絶望を目の当たりにした。
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ブリタニア本土の航空基地では人が、物資が、飛行機が止まることなく動いている。
爆弾を搭載した飛行機が今滑走路を離陸する。
「行くぞ、音信不通となったジョン隊長、それにアーロンの奴とステックの敵討ちだ!」
「「了解!」」
「しかしながら大量のネウロイ相手となれば殲滅はできるのでしょうか?」
「できるできないじゃない、やるんだよ!」
「そうですよね、やらなければいけないんですよね」
「勿論だ。それにアーロンやジョン隊長ならいざ知らず、ステックが死ぬはずがない」
「あの不運なナメクジの異名を持つ男ですからね、脱出してるか無線機が故障したんですよ」
「きっとな」
隊員と談笑しながらも飛行帽を被り、顎ひもを止める男。実はこの男は先程ステック本人と話を交えた者であった。彼とステックの仲は良好で親友と呼べていた。彼の瞳には復讐という業火が焚き上がっている。己が曹長である階級を示す章をチラつかせて一歩一歩力一杯に踏みしめていく。
「整備完了しました。クリフ曹長」
「ご苦労だ。さあ野郎ども行くぞ!」
「なあ、共同撃墜しようや」
「いいなそれ」
「おいおい、俺はお前らのこと手伝わないぜ。けど存分に暴れてこい」
「わかってます」
「陸さんと一緒に敵を殲滅しましょう!」
整備兵に感謝の言葉を伝えながら隊員らは各機体に乗っていく、機体は当たり前の如くハリケーンを使う。ベルトを締め、無線機に指示を送る。無線機の調子は良好、扶桑では不良が当たり前だというがここブリタニアは違う。故障している機体はあるがそれは稀であった。
「俺が先に離陸し、基地上空で小隊を編成する。いいな」
『『了解しました』』
エンジンを起動させてからエンジン出力を上げる。誘導員が指示を送りハリケーンは徐々にスピードを上げていき、ついに離陸する。風防を開けているため外から風が侵入し心地良いが、今となってはそれに浸る余韻は一切ない。
基地上空を二周するとどうやらいざこざも起きずに二機は離陸した。それを視認しつつ彼の機体を隊員に合わせ、先頭に立つ。
「無理な追撃は禁止とする」
昔、飛行訓練の教官から教わった言葉を伝えてパ・ド・カレーに向けて飛翔していく。方角は海峡ドーバー海峡を越えたガリアの地。流石に巣の撃退はできないものも現状維持は可能である。
その数分後、ある部隊にも動きが見られた。
「イーストウッド小尉、部隊の整備完了致しました」
「感謝する。よし、我ら爆撃隊も出撃するぞ」
「「「「了解!!」」」」
格納庫の待機室では初老の男性を中心に何十人の搭乗員が囲んでいる。傍から見ても一番偉い地位だと断定できるだろう。彼の一言で各爆撃機の機体の操縦手が、通信手が、機銃手が急いで自機に乗り込んだ。葉巻に翼を生やしてそれに二基のエンジンを搭載した爆撃機ウェリントン。鈍重ではあるが側面には機銃を生やし、搭載量は多い。
部隊の隊長を務めるイーストウッド小尉の機体には羽を生やしたタラのエンブレムが描かれている。彼曰く、自分は漁村出身で魚とは関わり深く、第一次ネウロイ大戦の際もこのエンブレムを描いたと言う。
一段と狭くもない爆撃機機内の通路を通って操縦席に着いた。
「やれやれ、まさかこの老いぼれにまだ仕事が来るとは」
「やめてくださいよ。貴方ほどの名操縦手は中々いませんよ」
と機体の後部銃座を務める隊員が煽てた。それに対し小尉はツッコミを入れる。
「そこは貴方だけと言ってほしかったが」
「はははっ、まあ何がともあれ頼りにしてますよ。リーダー」
「お前の方も頼りにしているぞ、何よりも後部銃座で敵を追い払えよ」
「任せといてください!」
後部銃座の若者は満面の笑みを浮かべる。それに感化された小尉もしわの増えた口元を緩め、略帽を深く被る。そして昔から気合を込めるためにしていた動作で両頬を叩く。するとどうだろうか目が鋭く細くなる。
「では出撃だ。第十四ウェリントン爆撃隊、通称フライングフィッシュ出撃する」
「「「「了解」」」」
皆に無線機で呼びかけ、エンジン出力を上げて滑走路を走行する。腹の爆弾槽には百キロ爆弾を十個搭載し、ネウロイが密集して作られる黒い海に向かって羽の生えたタラは発破効果を持つ卵を産卵するのために空を飛ぶ。
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「急げ急げ! 早く積み荷を船に載せろ!」
「ほらそこ何をモタモタしている。一刻の猶予を辞さない状況下に置かれているんだぞ!」
「す、すみません!」
港では物資や避難民を輸送船に積み込んでいた。誰もが汗を垂らし、一生懸命に動いている。避難民の全員が恐怖で顔が青ざめている。中には再度現れた恐怖に吐き気を抱いたり体調を崩す者もいる始末である。
しかし、その民衆の中には例外が存在した。
「許さない、これ以上はパリっ子じゃなくても許さないぞ!」
「そうだ! この最後の砦を俺の住んでいたパリのようにさせるか!」
「今度は今度こそは俺も戦うからな!」
「ただ守られるのは嫌だ。今度は守るほうに回るのだ!」
一部の民衆は戦意を高鳴らせ奮起する。ここまでくるに至っての鬱憤が積もりに積もって今爆発したのであろう。人々の目には魂を通して闘志という灯火が燃え盛っている。
親を殺された者、恋人を殺された者、そして土地や家族を全て無くした者が立ちあがった。それを諫めようとしている兵士には到底止めることができない。この闘魂を唯一消せるのはネウロイという異形の化物しかいない。前までは好戦性すら好まなかった文明人が近世の革命を引き起こした民衆の如く立ちあがった。彼らはきっと武器を持たずとしても、例えそれが匹夫の勇だとしても必然と戦いに赴くだろう。
「やはり、やはりこうでなくてはなァ!!」
この狂乱とした光景を見物していたランデル中将は歓喜した。膨大な力を誇るあの化物に立ち向かっていく姿はまさしくお伽噺そのものだ。巨悪に立ち向かう姿を感動を覚える。すぐさま側近のダロン大佐に声を掛け、耳打ちをする。大佐は驚嘆の声を上げるも意図を読み取り承認、書類作成へと移るために本部に戻る。
「さて、果敢なる弱者を纏め上げてしまおう。きっと役に立つに決まっている」
彼は相変わらずの狂喜的な笑みを浮かべ上げ、現状況に高揚しながら果敢な民衆らに近づいていった。
歴史上で彼らの望みに叶いつつも理にかなった、最悪最低非人道的な部隊を悪魔の魔術師という一種の怪物がこの戦場に生み落とした。
ウェリントン
イギリスで生まれた爆撃機、1937年頃に採用されて第二次世界大戦で活躍した。
葉巻のような形状で、金属製の細い素材を籠状に編み、その上から羽布を張った構造で、頑丈かつ軽量で多少の敵からの攻撃でも大きな破壊から免れることが出来るという利点があった。しかし、これが裏目に出て高高度性能は劣悪なものであった。それに速度も遅かった。
爆弾の搭載量はニトンとかなり大きいものであった。