かつて、その街には何千人もの民衆が家庭を持ち、仕事を持ち、各々の人生を謳歌していた。酒場では仕事の自慢話や恋人の愚痴といった話題で常夜賑わい続けていた。
人々は笑い、歌い、いつまでもこの生活が続けもいいと誰しもがそう想った。
しかし、現状のこの街に活気は溢れず、むしろ死体や瓦礫で溢れかえる。バラバラに飛び散る五臓六腑に人体の部位、破壊されたバリケードに崩壊した建物。
最初訪れた時のような風景はその場にはあらず、たった一日前の風景とは酷くかけ離れている。
瓦礫が散在する道路を車が走る。
普段の小型とは打って変わって、より小さなネウロイが剥き出したパイプやら鉄片を食らっているところを踏みつぶす。ネウロイは簡単に壊され、車内に振動を与える。
「ちぃ、こんな光景になっちまったか…」
「そうですね、元々綺麗な街でしたので心に刺さりますね」
「だな。こんな感じじゃ生存者も期待薄だろう」
「…」
車の運転をしているのはジェネフ、助手席に負傷して気絶したままのエドガー、ルーデルやアーデルハイトは後部座席、そして肝心の戦力である人狼は車の天井に乗っかり、辺りを索敵していた。
人狼の手には唯一無事であったkar98、後部座席の足元には第一次ネウロイ大戦で用いられたMP18が横たわる。壊滅した前線の司令部から拝借した一品でかなり古めかしいデザインであるものも未だ使用可能であった。
「砲弾の誘爆で前線司令部が全滅するとは、撤退の道しかないな」
「ですね、航空戦力が少ないのに、よく前線はタコ型を倒すのに耐えきれましたね」
「まあ兵士の士気とあのランデル閣下のお蔭だ」
「ともかく、これからどうするかが肝心だな」
ルーデルは煙草を口しつつ、これからを模索していた。
どうにもこうにも市街地の防衛線はズタズタに引き裂かれ、地図を見る限り、本部がある港の防衛線しかないと踏んだ。
「このまま港の防衛線まで下がるのはどうだろうか、それなら残存部隊と合流可能だ」
「……それが一番ですね、今は合流が先かと」
「じゃあそっちに向かうという流れで」
行き先が決まり、そこに車を走らせる人狼一行。
しかし、十分ほど経過した時、車の天井に乗っかっていた人狼が天板を踏み鳴らす。すると後部座席に着いた彼女らは足元に置いていた機関銃を後ろに向け、ジェネフがハンドルを握っている片手に力が入った。
途端、後方から五体の陸戦ネウロイが建物の陰から出現し、こちらを追跡してくる。天板から機関銃の発砲音が聴こえ始め、彼女らもトランク越しから射撃を始める。後方のガラスが機関銃で割られ弾丸が車外へと射出されていく。魔法力を込められた一発一発は、確実に装甲を削りいき、一体ずつ消滅させていった。
「マズい、前からもだ!」
「くそっ!」
前方には銃声を聴きつけたネウロイが十体ほどの集団でこちらに向かう。人狼が反転して前方へと射撃を開始するがこのままでは衝突は免れない、とっさの判断で狭いが車一台分のスペースがある路地へと進路を変更した。
ネウロイたちは普通に道路を駆けて追いかけてきたり、建物の壁に張り付きながら迫りいくが、如何せん幅の広さの問題のせいでどうしても数は絞られ、難なく撃破・消滅を繰り返していく。
再度大通りに出ると別のネウロイの集団から追われるはめとなった。その中には中型ネウロイの姿も確認でき、ほぼ車長の勘を用いて激しい回避軌道を描く。激しく揺れる車内で強制的に起こされたエドガーは眠気眼の状態で辺りを見渡す。
「……あれ、タコ型は?」
「アイツは殺した。だけど今はこんな状況に陥ってしまった!」
「げっ!? しかも此処パ・ド・カレーの街並みじゃないですか!」
「ちなみに防衛線はほぼ全滅、武器はどれもこれも故障品ばかりだ畜生!」
今度は人狼たちの車が来るであろう位置を予測し、中型ネウロイは頭部に付けた砲を放つ。車は中型が思った通りに動き、砲弾はそこへと収束をしていく。本来なら木っ端微塵に車は粉砕されるが、人狼という存在がそれを覆した。人狼は砲弾を蹴りあげ、明後日の方向へと飛ばしたのだ。人狼は最大の脅威として車から降車し、中型へと接近する。
接近する最中に勿論、他の小型が襲い掛かるも、圧倒的な戦闘力の前では無残に蹴散らかされて、難なく中型へ攻撃を加えることに成功した。途中で回転を行うことで回し蹴りの威力を上げた必殺の一撃が自慢の砲塔を砕く。そのまま中型を踏み台として利用することにより高度を得てから、踵落としを決める。中型は酷く脚部を痙攣をしつつ、ガタが外れたかのように風船が割れるように弾け散った。
「…」
集団を壊滅させると人狼特有の脚力で屋根に飛び乗り車の元へと走り抜ける。ちょうど車を十メートル越した所で屋根から飛び降り、再び車の天板へ着地を決めた。
やや天板の中心が凹んだ気がするも走行するのに問題はない。
「……今何キロで走行していましたっけ」
「八十キロだ」
「八十キロの車に追いつくとかどんな脚力をしているのだろう……」
「気にしたら負けですよ、エドガー兵長」
「これで脅威は去ったわけだが、もし残存部隊と合流を果たせたとしてもどうやってドーバー海峡を越えてブリタニア本島に撤退する?」
最終的な問題はこのブリタニア本島に撤退である。船が存在すればいいのだが、この防衛戦で本部の方にもかなりの被害を受けていると判断した。
もうじき夜を迎えようとして、夕焼けが目に刺さる。今日避難することができなければこちらが圧倒的不利に立たされるのが確定であろう。何せこちらは主に視覚を頼りに生きている生物だ、夜でも夜目が利くネウロイ側が有利なのだ。
「泳ぐしたって無理だ。体力が持たないし俺とエドガーは怪我人だ、渡ろうにも渡れそうにもない」
「そうなんですよね、私らも体力が残ってはいませんし……」
「あとはドーバー海峡を渡っている最中に襲われたら元の子もないぞ」
「問題しかないじゃないか!!」
どうやってこの問題を解決しようかと各々の思考を巡らすが一向に良案が思いつかない。むしろ非現実的な案が浮かんでくるのである。その一例としてはいきなり伝説上の竜が現れ助けてくれるやら、扶桑やリベリアンの軍艦が偶然向かってくるといったものばかりだ。
そして気が付けば本部の元へとたどり着いてしまった。
車の燃料も切れて移動手段は徒歩しかない、一同は降車して本部内を散策する。室内はネウロイに蹂躙されて間もない鮮血が壁に描かれ、時折ネウロイが天井にぶら下がっていたりする。死体を避け、ネウロイを撃ち殺しながら進むと見覚えのある扉へとたどり着いた。
「司令室大丈夫かね」
「大丈夫なわけありませんよ、駄目もとの救出なのですから」
「まっ、万に一つはいるといいな」
荒廃した本部へわざわざ向かった理由、それは将軍の救出。生存が見込まれない状況ではあったが一応は確認し、亡骸の一部や遺品回収するのが目的である。
「では開けます。構えてください」
それぞれの火器を携えて、アーデルハイトが扉を蹴破る。中からネウロイが出てこないのを確認すると慎重に部屋へと侵入する。当然室内は荒らされており、書類や家具が散乱や破損していた。誰の死体か見分けがつかないほどに原型を保たない亡骸に憎悪感を覚える。
ルーデルが執務机の引き出しを弄ると、中から一つのやや錆びたロケットを取り出した。
「ランデル閣下のだな、それ」
「わかるのですか?」
「そりゃあ俺は以前あの人の軍事施設に居たんだぜ、その時に一度だけな」
彼女がロケットの蓋を開けると中には、まだ若かりし士官の時のランデル閣下に彼を取り囲む若者たちがいた。彼らはどうやら新兵らしく、おろしたての軍服の彼らは誰もカメラに笑顔で向けていた。
「……こんな顔見たことないぜ」
「ですね、あの人が戦争以外でこういう笑顔をしてはいなかったから」
「どういうことだ?」
「何かこう、一人の青年としての笑顔だ。今のような狂気の笑みとは断然違うモノだ」
人狼はルーデルからロケットを引ったくり自身のポケットへと突っ込んだ。そして人狼だけは写真について気づいたことがあった。ある一人の若者だけが唯一ちょび髭を蓄えていた。
まだ若人である彼にはまだ合わないものだったが、不思議とそれが似合っている。
その青年こそがアドルフ・ヒトラーであった。
彼は終始、第一次ネウロイ大戦のことを口にはしなかったが彼にもこんな一面があることを初めて知ることができた。
人狼たちは港へ向かうために、一旦装備を整えることとした。幸いにもランデル中将の趣味が功を奏し、隠し扉を発見して抜けると、大量に銃器が掛けられていた。
拳銃を始めとし対物ライフルがあり、各自に合う武器を携えて、港へと足を進めた。
MP18
第一次世界大戦末期にドイツ帝国で開発された短機関銃で1918年3月のドイツ軍春季大攻勢用の決戦兵器として35,000挺製造された。後継の銃はこれを受け継いでいる。
塹壕を突破するために作られた一品で、何気に上海事件でも使われている。