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天幕
欧州撤退戦が終焉を迎えて二年、戦争は膠着状態から緩和されていった。
1941年の初夏に大規模作戦バルバロッサ作戦、同月にタイフーン作戦が開始され、ペテルブルグ解放とツァリーツィン解放することに成功した。
これにより人類はまた一歩と勝利に近づけたが、それは千里の道の一歩にすぎず、未だにネウロイ側の優勢である。
そして夏に連合軍における統合戦闘航空団の組織化が始まる。
これはスオムス空軍義勇独立飛行中隊を基盤とした組織で、多国籍の優秀な魔女で構成されたもので、装備や武装の補充には骨が折れるものも、確実な戦果を得れると確証したのだろう。
各戦術的重要都市に配備されることが決まった。
しかし、翌年の冬に北の冬将軍が到来したためにバルバロッサ作戦やタイフーン作戦は中止となり、人類は一時的に反抗の手を緩めることとなる。
そんな中、二番目に組織された統合戦闘飛行隊アフリカでは1942年夏にネウロイを足止めするために築かれた防衛戦であるハルファヤ峠で行われた攻防戦に加え、ペデスタル作戦を開始した。
この道中にマルタ島にネウロイが大型ドーム状ネウロイを基盤に根城を作成するも、撃破する。
九月には各国の戦艦や空母が力を集結し、唯一のガリアの象徴とも呼ばれたリシュシューが凌ぎを削ったダカール沖海戦やイコシウム防衛戦によりアフリカの戦線を維持し続けていた。
だが、激しい戦線で戦力は減っているのにも関わらずに補充や物資の輸入が間に合わない。アフリカの部隊は着実に疲弊しきっていた。
荒野の砂漠に築かされた滑走路に所々に存在するテント、各所に設置された8.8 cm FlaK高射砲が強力な対空防御陣形を形成する。アフリカの昼夜の寒暖差は激しく、たき火がポツポツと周囲をほのかに照らす。月明りはあっても、星々が煌めいる。
周囲のテントと幾分大きめなテントに設置された統合戦闘飛行隊アフリカ司令室に、突如としてロンメル将軍に知らされた内容に動揺が走り抜けた。
「えっ、あの狼がアフリカに?」
「そうだ」
動揺が走り終え、暫しの静寂がこの場を包み込んだ。そしてこの静寂を打ち壊したのは、かつて扶桑にてストライカーユニットで扶桑海事変に参加した加東圭子だ。彼女はカメラマンの職業をこなしていたが、とある出来事でアフリカの指揮官的な役職に就いてしまった。彼女は頻繁に飯を食らいに来るロンメル将軍に再度確認を取る。
ロンメルは返答し、その経緯を話し始めた。
「我が師団は後に重要地点であるスエズ運河を奪還するために攻勢に出ることとなった。それには幾戦の猛者であるハインツ・ヒトラー大尉の手が必要不可欠であるからだ」
「ハ、ハインツ大尉ですか!?」
「そうだ、ライーサ少尉」
司令室の机の隅っこに立っていた金髪でショートカットヘアーの少女が人狼の名称について理解していなかったのか思わず驚嘆の声を漏らした。
それもそのはず、新兵として名乗りを上げた時に付いた、沈黙の狼という渾名は歳を重ねるごとに言われなくなり、いつしか本名のハインツ・ヒトラーと呼ばれるようになったからだ。
これには最強とも揶揄された人狼に敬意を払うのに対し、軽々しく渾名呼びは失礼だという風潮が出回ったため、パッとしなかったのだろう。それに人狼の渾名に影響されたエースが続々と狼と名乗り、狼関連の渾名が世に乱造されたのもある。
「それに戦車大隊を担う大尉と戦車がこちらに向かう」
「戦車ですか」
「素敵なお嬢さんたちみたいに私らは魔力を張れないからな、それにあの忌々しいパットンやモントゴメリーが所持する戦車隊よりもずっと強い戦車大隊が欲しいからな」
「えぇ…」
半分私怨を踏まえた言いぐさをロンメルは零す。よほど戦果を挙げる二人の戦車隊が悔しかったのだろう。今にも地団駄を踏みそうな雰囲気で話を続ける中、一人の少女がその言葉を妨げた。
「ロンメル将軍、つまりは私らの実力が信じられないとでも言うのか」
その正体は綺麗なブロンド色の長髪を靡かせ、黒の軍服がさぞ似合う美女だ。
彼女はカールスラントが誇るウィッチの一人、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ。未でに数々の輝かしい戦果を挙げて、彼女が居なければアフリカの戦線は維持出来なかったとされている。そのためか彼女のブロマイドの売り上げは非常に良く、統合戦闘飛行隊アフリカの数少ない資金源となっていた。
彼女の勝気な性格からしたら、人狼の存在が必要不可欠な作戦に若干の苛立ちを覚えていた。理由としては簡単なもので、彼女は己の腕に自信があった。だが、将来実施されるだろう作戦においては、自分の実力すら物足りず、部隊全体の力でもまだ力不足だと指摘されてしまったからだ。
彼女は威嚇をするかのように圧を掛けながらロンメルに発言する。
「私も歴戦のウィッチだ。誰にも負けない自信だってあるから増援は必要ない」
「確かにマルセイユのようなウィッチに加え、ライーサ少尉や稲垣軍曹も不動の実力者だ。しかし、まだ足りない。このままの面子で作戦を開始すれば物資と人材の浪費で終わるには飽き足らずに、このアフリカまでも手放さなければならなくなる」
「だけど!」
「君らの腕は大変素晴らしいものだ。だからこそ失いたくはない、それに私も彼の腕は買っていてな」
彼女は不機嫌そうに舌打ちを鳴らし、司令室のテントから出る。それを追いかけるようにライーサがテントを抜け出していく。
マルセイユは外に出るといなや、近くにあったガソリンが入っていないドラム缶を蹴り飛ばした。感情が込められた一蹴はドラム缶はべコリと凹まし、音を立てた。
怒りが込められた金属音を適当に聞き流しながら加東は頭に手を置き、やれやれと頭を振る。
「……まったく驚いたわね、またハインツ大尉と対面するなんて」
「初対面ではないのですか?」
「そうね、実は過去に取材をしたことがあって――――」
ため息を吐きながら彼女は今まであったことを話し始める。
彼女は半年前に人狼と会合し、取材をした。だが、かなりの無口な上にかなりの身長差に圧迫されて緊張しっ放しだったという。それに反して成果としては一切喋らなかったため、写真だけ撮ったという嫌な思い出があった。
あはは、と自嘲気味の笑い声をあげる。
「扶桑本国ではハインツ大尉の話は出ても話題には持ち上がりませんでしたからね」
「そういうものよマスメディアは。いつも一つしか見てなくて、その他はまあ大きくなったら少し取り上げるか程度の認識よ、現にアフリカの状況やスオムスの時だってそうだったじゃない」
「何か解せない気持ちですね」
「軍人なんてそんなものよ」
国としては重点的に力を置いている戦線や地域に報道を集めるのは当然のことだ。嘘でも過大な戦果を挙げることによって支持率や期待が高まるのだ。
社会の闇を知ってしまった稲垣は暗い表情になる反面、人狼はどういう料理が好みなのかが無性に知りたくなった。ここまで謎のベールに包まれた存在なのだ、彼女の探求心が疼いた。
「ロンメル将軍、大尉の料理の好みとかってわかります?」
「……そうだな、前にランデル中将が言っていた気がするのだが。資料とかに記載されていたっけか」
そう言って人狼に関係するファイルを弄るロンメル将軍、やや書類で分厚いファイルから一枚の紙を取り出し、朗読した。重要資料をそんなので大丈夫なのか、と疑問に思う加東であった。
「えーと、ブレット俗にいうハンバーグにポトフ」
「案外英雄も庶民的なものね」
「けど流石に作れませんね」
口々に呟く苦労人と調理人、しかしロンメルの口から放たれた言葉によってその口は閉じるはめとなる。
「酒に煙草に……女」
「ぶっ!?」
「ふぇっ!?」
唐突に発せられた衝撃発言に驚きを隠せな二人、稲垣は顔を紅潮しあたふたとして、歳相応の行動に出る。まだ初心な彼女には早すぎたようだ。
一方のところ加東は唖然とした表情で、無口な彼の横に全裸の女性が居る想像をしてしまい違う意味で赤らめる。如何せん彼女はそっち系のことを想ってしまうむっつりなのかもしれない。
「おおっと、これ戦車隊の大尉の方だ」
「お、驚かせないでください!」
「ははは、すまないね」
「本当にロンメル将軍間違えないでください! セクハラでリベリオン合衆国にて訴えますよ!」
加東は変な想像をしてしまった自分に羞恥心を抱きつつも、裏ではこのようなことを抱いていた自分を今すぐにでも処したいとも心の中で感じていた。
補足ではあるがリベリオン合衆国は裁判大国とも呼ばれ、よく裁判が開廷されて、この場合だと彼が多額の賠償金を払うこととなる。
「…見つけたが記載されてはいない。残念だな、彼らをもてなそうとしたのだろう」
「はい、けど皆さんから受けがいいカレーライスを出そうと思います」
「それは楽しみだ。私も彼らの到着を待つとしよう」
「ちなみに到着する日程は?」
「確か明後日だ。航海に何かしらの影響がない限りは」
ある者は緊張を、ある者は期待を、そしてある者は不信感を胸に抱いて明後日を待つ。
朝日が乾いた地平線から徐々に上がっていき、人狼を乗せた船は着実にトブルクの港へと航跡を曳いていく。
「…」
船の甲板上では人狼が煙草の紫煙を吐いて、これから降り立ち、戦闘を繰り広げる戦場へと視線を向けた。
8.8 cm FlaK高射砲
ドイツで生まれた高射砲、1928年にクルップ社とラインメタル社によって開発された。
対空砲として開発された8.8cm砲であったが、同時に優れた対戦車砲としての能力も有し、有名な重戦車ティーガーに載せられ、弾の芯にはタングステンが用いられた。
戦後にスペイン、ポルトガル、ユーゴスラビア、アルゼンチンで用いられるほどである。
日本にも輸入されてはいるが、海上戦闘用の物で別物ある。