アフリカ最大の港湾都市を誇るダカール。
ここでは亡命ガリア政府や欧州などの植民地の影響下にあったためか、街は栄えて、アフリカ独自の文化と欧州文化が交えた地域だ。
この軍港はガリア政府が組織された際に、ロマーニャ政府とともに改築されてより強固に、そしてアフリカ戦線を維持するのには欠かせない場所となった。
そんな素晴らしい軍港ではなく、トブルクにてある一隻の輸送艦が停泊した。
やや旧式の輸送艦ではあったものも、未だに使われる一品であり、甲板には対空戦闘の機関砲が二挺取り付けられている。
船内からは大きな木箱が幾つも船乗りによって降ろされていく、その光景は蟻が角砂糖を運ぶようにせっせと忙しい。
また、停泊中の輸送艦から大きなボストンバックを持ち階段を降りる影が三つほど存在した。
「ふぅ~、やっと着きましたねハインツ」
「…」
「よ、ようやく着いた……」
それは欧州撤退戦を共にし、肩を並べあったジェネフとエドガー、人狼であった。
エドガーや人狼は二年前とほぼ変わらない風貌であり、変わった所といえばエドガーの眼鏡が新調された程度だろう。なお、彼の身長はとうに成長期を越していたために伸びず、人狼はついに二メートルへと成長を遂げた。
だが、ジェネフだけは違った。
彼はというと、例のクラッシュキャップを被り続けてはいるが、左目には皮で出来た眼帯が着用していた。補足ではあるが、眼帯の裏には自身の象徴である山羊の刺繍が施されている。
欧州撤退戦の終盤で喰らわされた銃弾はマスクを破壊した際に威力が幾分か落ちたらしく、眼球内で弾は止まって死亡するのには至らなかった。
これによって左目は機能を失い使えぬものとなり、一時は軍を辞めることを上層部に勧められたが、何人もの将軍たちに今までの戦績や高い実力が評価されて未だ戦線へと赴くことができた。
この推薦には裏があり、己の戦車長兼信頼する友が去るのを恐れたエドガーが今までに赴いた戦線の将軍に呼びかけて阻止した。
もしもこの暗躍がなければジェネフは軍を辞めていただろう。
「にしても熱い。なんだこの暑さは……」
「そりゃあアフリカですよ、砂漠や荒野が広大なね」
「あーもう、南リベリオン大陸で教官として残ったほうが良かったかもしれないな」
「招集されたとき浮足立っていたくせに何を」
現に南リベリオン大陸はカールスラントが政治中枢を移し、臨時政府を立ち上げることに成功した。その土地にカールスラントの難民が暮らすが、貧困の問題が大きく治安が悪い。
生産力は工場を建てることに専念したお蔭で、カールスラント全盛期の三分の一を有した。
「けどアラビアの物語で出てきた褐色肌の美女とかいそうだよな」
「まったく、貴方はいつもそれだ。事あるごとに女性女性と、結婚願望を抱いてる女性と出会ってお付き合いでもしたらどうです?」
「馬鹿、お前は何もわかっちゃいない。俺は案外ロマンチストだぜ、夢がある結婚がしたいわけ」
「へー」
彼のどうでもいい文句に終始呆れっ放しのエドガー、けど彼は一方で歓喜を覚えていた。
それは戦傷がきっかけで意気消沈し続けた頃とは段違いの元気のよさを見せたのだ。一時期は軍医に鬱病と診断された覚えがあるほどに落ち込んでいた。
そんな彼をエドガーは奮起を促し続け、ようやく立ち上がることができ、それが今に繋がるからだ。
潮風と熱風に身を当てられながらも階段を降り終え、無事に到着できたのを祝おうということで煙草を一服する人狼とジェネフ、人狼らが煙草を吸うといなや紫煙を避けるかのように身を引くエドガー。
そんな彼らに一人の軍人が近づいてきた。
「ようこそジェネフ大尉とエドガー兵長、それにハインツ大尉」
「……ロ、ロンメル元帥!?」
「そのようなお言葉、勿体ない上でございます!」
「……」
各々は口に煙草を加えながらも急いで敬礼の態勢を取る。何せ、下士官以下の人狼らをわざわざ迎えに来てくれたのだ。当然虚を突かれるに決まっていた。
その滑稽な様子が不思議と面白かったのかロンメル将軍は豪快に笑い出した。
笑う動作の影響で胸元が揺れ、首元に掛けたブリタニア製のゴーグルを目が痛くなる程に眩しい日差しで鈍く反射させる。この反射光の行方はというとジェネフの目に刺さることになり、思わず瞼を閉じる。
「はっはは!! そんなにかしこまらなくてもいい、それよりも長い航海ご苦労だったな」
「いえいえ、我らにとって屁でもありませんでした!」
「そうかそうか、大いに結構」
「新型戦車が乗れなくても、Ⅳ号戦車があれば思う存分に戦ってみせましょう!」
「うむ、よい心がけだ。しかしジェネフ大尉、何故貴官は目を閉じっ放しなのだ」
「それは元帥のカリスマ性が私の眼球を突き刺すのです!」
ジェネフは人伝いに聞いた噂が真実かどうかを確かめるために冗談を言う。
すると彼はジェネフが伝えたい意図を汲み取ったらしく、笑みを浮かべながら返答を返す。
「面白い冗談だ! ならばこのままにしようかね」
「私が盲目になるかもしれませんのでそろそろやめていただきたい!」
「それは困る。折角取り寄せた勇者が戦力外になってはな。どれゴーグルを外すとしようか」
「ありがとうございます!」
彼はジェネフの指摘によりゴーグルを外して、ベルトに取り付ける。
このやり取りで長年相棒を努めていたエドガーに至っては、猛暑とは別の汗で背中に汗の跡を残した。自分よりも地位が上の元帥に冗談を交えた会話など考えられないからである。
「さて」
ロンメルは一息吐くと態度は一変し、仕事時の元帥へと変わる。そして船に積み込まれた物資について言及する。
ジェネフの方も照明のスイッチを押したかのように仕事の雰囲気へと変わり、エドガーは密かに似た者同士だと感じた。
「この輸送艦の中には戦車が十輌、対空戦車が五輌、それに三号突撃砲が追加で明日到着する」
「弾薬は」
「安心したまえ、砲弾も弾薬輸送車も当然こちらで用意した。それにトラックもある」
「ほう、素晴らしいです」
「であろう、反抗作戦なのだからこのぐらいは当然だ」
ロンメルとジェネフは口角を上げる。けれど、この弾薬などを手配したのはロンメルではない。彼は兵站などを軽視する傾向があるために、いつも参謀の左官が苦労していた。
そんなことを知ってか知らずのロンメルは平然と口を開き続ける。
「言っておくが、君たちが着任する基地は非常に粗末なものだ。天幕を張りたき火をする程度だが、君たちを歓迎する」
「欧州の時は天幕すらも張れない状況下でしたので平気です。そうだよなエドガー」
「は、はい!」
「……あぁ、そうだ。ハインツ大尉」
「…」
すると重要な思い出したかのように彼は人狼に話を振る。
人狼は赤い眼で彼の顔をジッと凝視して、口を開くのを待つ。
「貴官には一足先に所属する基地へと行ってもらう」
「…」
「ストライカーユニットがもうじき輸送機に載せられている頃合いだろう、貴官にはユニットとともに搭乗してもらうが、構わないか」
「…」
彼の問いに人狼は頷いて返答した。
「そうかそうか」とロンメルは満足げに呟くと、人狼たちに一枚の写真を手渡した。
その写真には綺麗な美女が被写体であり、カメラに向かって決めポーズをしているもので裏には彼女のサインが書かれている。
「私からの歓迎の印だ。受け取りたまえ」
「…」
「ア、アフリカの星!?」
「ほういい女だ。悪くないな」
各々の反応はわかりやすく差分されており、人狼は平常運転で、エドガーはブロマイドの事情を知っているためか驚いていた。またジェネフに至っては自身の合格水準を超える美貌だと漏らす。
煙草を加えていた人狼とジェネフは火が口元へと攻め入っていることに気づき、足元へと吐き捨て足で潰す。煙草は中の葉を熱された地面に散乱させる。
「どうだ。これかなりのレア物でな、私が直々にマルセイユにねだって得たものだ」
「…」
「へぇー、こんな美女が映されている紙切れ一枚だけに元帥が面子丸つぶれの行為をするとは。小官にはそれほどの価値があるとは考えられないが」
「車長! マルセイユ中尉は世界のスターですよ!」
「ははっ、アフリカの星だけにか」
「洒落とかいうじゃないです! いいですか、このブロマイド一枚に大金を出す者も存在するのですよ!!」
熱弁を語る彼にジェネフはやや引いていた。
そんな中、問題児ジェネフにはある考えが頭の中に浮かんだ。
「……俺のサイン付きブロマイドとか売れない?」
「無理です諦めてください。てか、上映されてるプロパガンダ映画で貴方出演してるじゃないですか」
「嫌だ! あの映画俺という何かじゃねぇか、それに髭面じゃない!!」
「しょうがないでしょ、貴方大根役者なんですもん。それで審査落ちたのでしょ」
実はプロパガンダ映画が作られており、【欧州の悪魔】という勇ましい題名が付けられていた。カールスラントの皇帝が扶桑で作られた映画に感化されたらしく、こちらもと製作された。
なお、同日に二作公開されており、その一作というのウィッチ募集を促す作品で暗い一面が少なくこちらの方が売り上げがよかった。まあ男が戦うよりも美少女が戦うシーンの方が面白いのだ。
ちなみに、【欧州の悪魔】は戦車や歩兵がメインの作品で人狼やルーデルたちの存在を消した作品だ。理由として損傷を多く与えていたのは魔法力を使える人狼たちだったので、主体がウィッチに移ってしまうからだ。
事実の改変で怒られた脚本家は人狼役を凄腕狙撃手に変えて、ウィッチ役を女性パイロットという役に代えた。
しかし何十年後かに、事実に基づいたリメイク版が製作されることとなるとは知りえないことだろう。
「……案外男性に売れるかも」
「流石にやめろ、俺にそっちの気はない」
「…」
「映画は私も見たが面白かったぞ」
「元帥……!」
「結局はウィッチ主体だった映画の方が好きだが」
「ちくしょう、ちくしょう……!!」
途方に悔しがるジェネフに哀れみの言葉が見つからないエドガー、最近調子に乗っていたから丁度いいかと思っていた。毎度の通りに人狼は黙りこくる。
「ま、まあ山羊隊の名前を広めているはず。当然だ」
「山芋隊とか山執事とか言われてましたがね……」
「安心したまえ、私は覚えているぞ」
「……手前ら大っ嫌いだ」
無様にも涙を尻目に浮かべる彼は何とも悲愴感に溢れ、同情を誘うものであるが、付き合いが長い人狼とエドガーは無対応で、似た波長を持ち合わせたロンメルは「可愛そうだけど、まあいいか」と思っただけで終わった。
周囲で荷物降ろしの従事していた船乗り曰く、偉大らしい独りの男が小さく見えたと証言した。
三号突撃砲
ドイツで生まれた突撃砲、1940年に大量生産された。
当初は歩兵戦闘を直接支援する装甲車両として設計され、三号戦車の車台を流用して製造された。所属は戦車部隊ではなく砲兵科に属する。
東部戦線では一キロ先に存在するT-34を一キロ先から撃破できる攻撃力を持ち、歩兵からは最強の盾と親しまれた。主砲は七十五ミリと大きい。
装甲戦闘車輛中では最大の生産数を誇るものであり、ミハイル・ヴィットマンを生み出した車輛である。